キングズ・クロス駅は当たり前のようにマグルで混みあっていた。しかし、所々にマグルに変装しようとして失敗している魔法族の姿を見ることもできた。男の人なのにズボンとスカートを一緒に履いている人、首に巻くというネクタイをベルトのように腰に巻いている人と、それは様々だ。
「ルイス、こっちだよ」
ルイスが何度も中身を確認したトランクをカートに乗せて押しながら、ラウルは心配そうに手招きをした。ルイスは人の波に揉まれながら、ラウルと離れてしまわないように、彼の服の裾を掴んだ。
「ハリーはちゃんと来られたかな」
ルイスは何だか心配になってきた。
ハリーと出会う前は、ハリーが高飛車で傲慢な、知り合いのドラコ・マルフォイのような男の子だと信じて疑わなかった。けれど、会って話してみると、そのような考えは一瞬にして消えてしまった。どれだけ自分が偉大なことをしたのかも、よく分かっていないようだったし、魔法族の存在すら知らなかったと話していた。マグルの家庭で育ち、そのマグルがいかに酷いマグルかという話を、以前ダイアゴン横丁で会ったときに、ハリーから聞かされていた。ハリーはその家庭で蔑まれて、今まで過ごしたのだという。父親や母親の亡き後に預けられた、おじおばの家での生活は、きっと地獄のようだったろうとルイスは想像していた。
「きっと大丈夫だよ。さぁ、ここを通るんだ」
九と四分の三番線へ行くには、九番と十番の間にある柵に向かって真っすぐ進む、という話は聞いていた。しかし、いざその柵を前にしてみるといらない物怖じをしてしまう。もしこの柵にぶつかってしまったら痛いに違いない。
そんなことを考えながら足を止めると、ラウルはルイスの心を見透かしたかのように、ルイスの背中をそっと押した。
「大丈夫。ぶつかったりはしないから、さぁ、行って」
ルイスはラウルを見上げてこくりと頷くと、九と十の間の柵に向かって歩きだした。二メートル、一メートルと徐々に柵に近づいてくる。そして、ルイスは柵を通り抜けるその瞬間、ぎゅっと目を瞑った。ふわりと、身体が何かのなかをすり抜けていくような感覚がして、恐々と瞼を押し上げる。するとそこには、紅色の蒸気機関車が止まった、人、人、人でごった返すプラットホームだった。
「こんなところに立っていたら後がつかえてしまうよ、ルイス。奥へ行こう」
ぼうっと辺りを見回していると、いつの間にか後ろに立っていたラウルが、ルイスの耳元でそう囁いた。たくさんの人に囲まれて驚いたのか、カートの中でラウルに買ってもらった灰色のふくろうがほうほうと小さく心配そうに鳴いている。
列車の戸口の前辺りまでくると、前を先導するように歩いていたラウルが急に足を止めた。振り返ったラウルの顔には、曖昧な笑みが張りついていた。
「僕はここまでだ」
ここからはひとりきりだ。そう言われているような気がして、ルイスは心細さを覚える。それでも、ラウルに心配をさせまいと笑い、こくりと頷いてみせた。
「うん、送ってくれてどうもありがとう」
「ルイスがいなくなると寂しくなるよ」ラウルはそう言って、ルイスの頬にキスを贈った。「手紙を待っているからね」
「クリスマス休暇には帰るから」
「それまでには友達がたくさん出来て、帰ってきたくなくなるはずだよ」
「……そうなるといいけど」
ラウルはホグワーツの生活に必要なものがすべて詰め込まれたトランクを押し上げ、汽車に乗り込んだルイスは、それを上から引っ張り上げる。
「それじゃ、あの、えっと」
ルイスはどう言っていいのかが分からず、服の裾を握りながらもじもじとした。
ずっとラウルとの二人暮らしを続けてきたルイスは、こんなにも長く離れ離れになるという経験をしたことがない。行ってきます、そう言えばいいとは分かっているのに、喉がつっかえてどうしても言葉が出てこなかった。
そのような様子のルイスを見て、安心させるようににっこりと笑ったラウルは、下から覗き込むようにしてルイスを見上げた。
「いいかい、ルイス。肝心なのは、これから自分がどうしたいかだよ。他の誰でもない、ルイスがどうするかだ」
「……何?」
「そうだな、例えばみんなは――まぁ、僕もだけど、君にスリザリン寮に入ってほしがるかもしれない。だけど、最後は自分の意志で決めなくちゃだめだ」
「組み分けは帽子が決めるんでしょう?」
「それはそうなんだけど……あぁ、そうだ、ルイスは前にハリー・ポッターと会ったね?」
「うん」
「ルイスはずっと、ハリー・ポッターを好きではなかった、そうだろう?」ルイスは話の意図が掴めず、僅かに首を傾げた。「ルイスはハリー・ポッターがドラコ・マルフォイのような子だと考えていた。高飛車で傲慢、そうだね?」
「でも今は、そんなふうに思ってない」
ルイスの横を丸顔の男の子が通り過ぎていった。その男の子はおばあさんに見送られていたが、ルイスの目にはそれが見えてはいなかった。ラウルの話の真意を掴もうと必死だったからだ。けれど、列車は無情にももう少しで出発してしまう。
「そう、今は思っていない。だけど前はそう思っていたよね? それはなぜ?」
「なぜ? なぜって、それは……」
それは、どうしてだろう。ルイスは急に分からなくなった。
「それはね、少なからず周りがそう思わせていたからだ。ありもしない噂が、ルイスにそう思わせていた」
「……何が言いたいの?」
ルイスはきゅっと眉根を寄せてラウルを見つめた。
プラットホームの喧騒が余計にひどくなった。列車の窓から身を乗り出し家族に別れを告げている。子供たちの声がひとつの大きな生き物のように唸り、何ひとつ聞き取ることができない。それでも、ラウルとルイスはその場を動かなかった。
「自分の意志を強くもつんだ。誰かの意見に左右されてはいけないよ。しっかりと前を見据えて、何が真実で、何が偽りなのかを見極めなくてはならない。その上で、ルイスは何をやりたいのか、何を成すべきなのかを考えるんだ――さぁ、出発する。お別れのキスを」
ルイスは何が何だか分からないまま、ラウルの頬に軽く唇を押し当てた。ラウルはいつものように微笑みを浮かべ、ルイスに視線を向けたまま数歩後ろへ下がった。
「行ってきます」
やっと口をついて出た言葉は、やはりありきたりな一言だった。もっと気の利いたことを言えたらいいのにと思っていると、汽車は少しずつ動き出す。
「いってらっしゃい、ルイス。あまり羽目を外さないように。手紙を待っているよ」
そう言って手を振るラウルの姿を、ルイスは出発した汽車の戸口から、見えなくなるまでずっと眺めていた。しかし、それからすぐに、ルイスは動きだした汽車の中を、開いているコンパートメントを求めて歩き出さなければならなかった。トランクを引っ張りながら、ふくろうの入っている籠を抱えて通路を行く。
けれど、どのコンパートメントもいっぱいだった。空いている席を見かけても、同年代の子供たちとたいして話をしたこともないルイスには、そこに座ってもいいかと声をかけることさえ難しい。こうなったら通路の隅っこにでも座っていようかと、空いているコンパートメントを探すことを諦めようとしていたときだった。
「そこの君! ちょっとその蜘蛛を捕まえてくれよ!」
ドアに隙間が空いていたのか、ちょうど脇を通りかかったコンパートメントの中から、そんな声が聞こえてきた。ルイスは声の方向を確かめてから、咄嗟に足元を見やる。すると、そこには手の平ほどの大きな蜘蛛が、ルイスの靴を目がけてかさかさと突っ込んでくるところだった。
「わあ、タランチュラだ」
ルイスはその場に屈んで、その蜘蛛を言われた通りに捕まえた。素手で鷲掴みにすると、蜘蛛はジタバタともがく。図鑑でしか見たことのないそれをまじまじと眺めていると、コンパートメントの扉が大きく開かれた。
「ごめんごめん、ちょっと目を離した隙に逃げ出しちゃってさ」
そう言って出てきたのは、細かい三つあみをたくさん結ったドレッドヘアの男の子だった。
男の子は平然とした顔でタランチュラを鷲掴みにしているルイスを僅かにぎょっとしたような顔で見つめ、口を開いた。
「……君、恐くないのかい?」
「毒はちゃんと抜いてあるんでしょう?」
「ま、まぁね」
自分のふくろうがタランチュラを威嚇するように鳴くので、ルイスは慌てて男の子の手に蜘蛛を押しつけた。すると、男の子は「ありがとう」と言って両手でそれを受け取り、ルイスが引き摺って歩いていたトランクを一瞥する。
「君、空いている席を探しているの?」
「うん。でも、どこもいっぱいで」
「もしよかったらだけど、僕たちのところにくるかい? 男ばっかりでうるさいかもしれないけど、どう?」
「え、いいの?」
「もちろん」
男の子は小脇に挟んでいた籠をルイスに持ってくれないかと頼み、蓋を開くとタランチュラをそのなかに押し込んだ。そして、なかに入りなよ、と言ってコンパートメントに戻っていった。
「おい、リー。タランチュラを捕まえに行く振りをして、実はナンパをしに出て行ったんじゃないか?」
男の子が入っていったコンパートメントの前でルイスが立ち尽くしていると、そう言う声が聞こえてきた。それでもなかに入れずにいると、もうひとりの男の子が立ち上がってこちらにやってくる。顔を上げると、燃えるような赤毛が目に飛び込んできた。
「こんなところに突っ立ってないで、なかに入って座りなよ。ここは俺たち三人だけだ、別に取って食ったりしないさ」
「そうだそうだ、気にすんなよ。いいから入ってこいって」
そう言って更に現れた男の子を見て、ルイスは思わず目を丸くしてしまった。同じ赤毛で、まったく同じ顔をした男の子が並んで立っているのだ。少し考えれば双子だということが分かるのに、ルイスの脳裏にはドッペルゲンガーという言葉がぽっかりと浮かび上がった。
赤毛の片割れがルイスのトランクを、もうひとりがふくろうの入った鳥籠を抱えてコンパートメントに戻っていく。荷物とふくろうを取られてしまったからには、追いかけないわけにはいかない。ルイスはそこへ足を踏み入れると、後ろ手に扉を閉めた。
「トランクは上に乗せておくから、降ろしたいときは言ってくれな」
「ふくろうは座席のほうがいいか?」
「……あ、うん、ありがとう」
三人はごちゃごちゃとしているコンパートメント内を適当に片付け、ルイスの席を用意してくれた。その場所に腰を下ろすと、隣に座った赤毛の男の子が手を差し伸べてくる。
「俺はフレッド・ウィーズリーだ。そっちの俺と同じ顔をしているのが、ジョージ・ウィーズリー」
ウィーズリーといえば、純血の家系だったはずだ。ルイスはフレッドとジョージ・ウィーズリーの握手に応じながら、そのようなことを考える。
「僕はリー・ジョーダン。君は?」
「ルイスよ」
「よろしく、ルイス」
リーはルイスの手を大きく上下に振ると、人懐っこい笑顔を見せてそう言った。フレッドとジョージ、そしてリーは見るからにルイスよりも年上だ。しかし、今は私服を着ているために寮を判断することはできない。そこで、ルイスは思い切って訊ねてみることにした。
「三人はどこの寮なの?」
すると三人は顔を見合わせ、にっと悪戯っぽく笑った。
「グリフィンドールさ! ホグワーツで一番の寮だよ!」
「君は見たところ一年生だろ? どこの寮に入りたいと思っているんだ?」
「あたしは別に、どこでも構わないけれど」
「どこでも? 本当に?」
「ハッフルパフでもかい?」
「うん、どこでも」
三人は再び顔を見合わせ、信じられないというような顔をした。振り分けられる寮など、どこでも同じだろうと思っているルイスの考えは、どうやらここでは受け入れられそうにないようだ。
ルイスはあえて、三人に自分の姓を明かさなかった。せっかく、こうして楽しそうな時間を過ごしているのに、自分の姓を教えて驚かせたくはないと思った。ルイスの姓を聞けば、どこの寮に入りたいかなどという分かり切った質問は、誰もしないだろう。
ジュリアード家は代々スリザリン寮と決まっているわけではない。だが、ルイスの父を知っている者は、間違いなくルイスがスリザリン寮に入ると断言するだろう。そしてルイスは、グリフィンドールとスリザリンが不仲であるということを知っている。
「そうだ、ルイスは見たかい?」
フレッドがにやりとしながらルイスに言った。
「見たって、何を?」
ルイスが怪訝そうに顔をしかめると、今度はジョージが続けた。
「ハリー・ポッターだよ。俺たち、さっき会ったんだ。後ろの方で俺たちの弟と同じコンパートメントに乗ってる」
「まあ、ハリーが? よかった、ちゃんと汽車に乗れたのね」
「あれ、君、ハリー・ポッターと知り合いなの?」
リーが驚いたようにそう訊ねてくるので、知り合いというほどでもないと言いながら、ルイスは軽く肩を竦めて見せた。
「ホグワーツの学用品を買いにダイアゴン横丁に行ったとき、ハグリッドと買い物をしているハリーに会ったの。そうだ、ちょっと行ってきても構わない? すぐに戻るから」
ルイスがそう言って席を立つと、ジョージはトランクのなかから爆発スナップゲームを取り出しながら頷いた。そして、汽車の後方を指差しながら、ハリーのいるコンパートメントの位置を大まかに教えてくれた。
ハリーのいるコンパートメントを目指して通路を歩いていると、正面から新調したばかりのホグワーツのローブを着た女の子が、こちらに向かって歩いてきた。背筋をぴんと伸ばし、歩くたびに栗色の髪がふわふわと揺れる。
「あ、ねえ、そこのあなた」その女の子が突然声を上げる。「どこかでヒキガエルを見なかった? ネビルのヒキガエルがいなくなってしまったのよ」
ルイスはまず、左右を見回して自分以外に誰もいないことを確認した。どうやらこの女の子はルイスに話し掛けていたようで、質問に答えるのを待っているらしい。
「えっと、ごめんなさい、見ていないの。あたしが見たのはタランチュラだけ」
「あら、そう」
女の子はタランチュラという言葉に一瞬顔を顰めた。
「もし見たら知らせるね」
「ええ、お願い」
女の子はそう言うと、ルイスの横を通り抜けてまたヒキガエルを探しはじめた。コンパートメントを開けては、同じ台詞を繰り返す。ルイスは首を左右に振り、通路を更に進んだ。
けれど、あるところまで進んだところで、ルイスは進めていた足を急に止めたくなった。聞き慣れた声が突然飛び込んできたのだ。
「ポッターくん、そのうち家柄のいい魔法族と、そうでないのとが分かってくるよ。道を踏み外した家系の者とは付き合わないことだね。まあ、その辺のことは僕が教えてあげよう」
開け放たれた扉の向こう側から、わざと大人びた口調で話すドラコ・マルフォイの声が聞こえてくる。また言ってる――ルイスはそう思いながら、大きなため息を吐いた。
「ご親切にどうも。だけど、何が間違っていて何が正しいかを見分けることは、自分でもできると思うんだ」
「……僕なら、もう少し言葉遣いに気をつけると思うね、ポッターくん」
これはドラコが苛々としているときの声だ。何か嫌な予感を覚えたルイスは、反射的にポケットに手を入れて杖の柄を握り締めた。
「純血の恥を晒しているウィーズリー家の人間やハグリッドみたいな下等な連中を選ぶっていうなら、君も所詮はそれと同等な人間だということだ」
コンパートメントのなかから、がたっ、という音が聞こえてきた。それと同時に、ルイスは自らの感情が一気に沸騰するのを感じる。他者を侮辱する言葉は聞いていて気持ちのいいものではない。
「おい、もう一回言ってみろ!」
「へえ、僕たちと一戦交えるつもりなのかい?」
「今すぐに出て行かないなら、そうなるかもしれないな」
ハリーも相当頭にきているようで、声の調子から察するに、もう少しで殴りかかるのではないかと思ってしまう。ハリーはマグルの家で育ってきたのだ、まだ魔法をどのように使うのかも分かっていないだろう。対して、ルイスやドラコは親の目を盗んで杖を拝借し、魔法を使って遊んでいたような子供だ。もし決闘をするようなことになれば、勝敗は目に見えている。
「ドラコ、いい加減にしたらどう?」
ルイスは何歩か前に進み出ると、ドラコの後ろから冷ややかに声をかけた。その両脇には、マルフォイ家で何度か見かけたことのあるクラッブとゴイルを従えている。なるほど、水樽のような頭でも図体が大きな仲間を従えていることで、いい気になっているのだなと、ルイスは幻滅したようにドラコを睨んだ。
「やあ、誰かと思ったらルイスじゃないか」
後ろを振り返ったドラコが、素晴らしい仲間が現れたとでも思っているような顔で、そう声をかけてくる。しかし、ルイスはふんっとすぐに顔を逸らした。
「邪魔だからそこを退けてくれない? あたしはそこのコンパートメントに用事があるの」
「ここに? 君、場所を間違えているんじゃないか? ここにはマグル贔屓のウィーズリーと生き残った、ええと、何とかって呼ばれているハリー・ポッターしかいないよ」
ルイスがちらりとコンパートメントのなかを見やれば、目を丸くしているハリーと目が合った。その隣には赤毛の男の子の姿がある。おそらくその男の子が、フレッドとジョージ・ウィーズリーの弟なのだろう。
「ルイス、君はこんなやつらと一緒にいるべきじゃない。君はこちら側の人間だろう? 僕たちは由緒ある純血の家系なんだ。付き合う友達は慎重に選ぶべきだと父上もおっしゃっている」
「あたしが誰と一緒にいようとあなたには関係ないでしょう? 早くそこを退いて、あたしはハリーに会いに来たんだから」
ルイスは杖を持った手を前に突き出した。ポケットのなかでずっと準備をしていたのだ。それをドラコの喉元に突きつけると、すうっと目を細める。すると、ドラコの勝気な表情が一瞬にして消え、狼狽したような顔になった。
「や、やめるんだ、ルイス。僕にこんなことをして、どうなるか分からないぞ。父上がこんなことを知ったら、なんと言われるか――」
「おあいにくね、ドラコ。残念だけれど、ここにお父さまはいらっしゃらないし、誰かに杖を突き付けられたなんていう失態を演じたと知ったら、どう思われるかしら」
「お、脅しじゃないぞ、ルイス! 僕は――」
「ファーナンキュラス!」
ルイスは何の躊躇いもなく杖を振った。そして、呪いにかけられ呆気に取られたドラコの顔を見て笑いたくなるのを必死に堪える。ハリーたちもその顔の変化に気づいたのか、そちらは耐え切れずに吹きだしてしまっていた。
「悪いけれど、あなたのお父さまなんて関係ないの。早く自分のコンパートメントに戻って、鏡で顔を確かめたほうがいいんじゃない? そんな顔をお父さまに見られるわけにいかないわね」
ルイスは耐え切れず、くすくすと笑い声を漏らしてしまった。
ドラコを囲むようにして立っていたクラッブとゴイルも、ドラコの顔の変化を見て取ると、笑いたそうに頬の筋肉を引きつらせる。そうしてみんなが自分の顔を見ていることに気づいたドラコは、半信半疑の自分の顔を撫でるように触れた。そして、元々青白い顔から更に血の気を失わせ、今にも卒倒してしまいそうになる。
「――なっ、何を笑っているんだ! さっさと戻るぞ!」
鼻を隠すように押さえたドラコは、真っ青になっていた顔を一瞬のうちに赤く染め、逃げるようにしてその場を立ち去った。すれ違う生徒たちを蹴散らすように通路を進み、何を見ているんだ! と叫んでいる声が聞こえてくる。
「君、今の本当に最高だよ。何をやったの?」
「ファーナンキュラス、鼻呪いだよ。鼻に膿んだ出来物を作るの。試してみる?」
ルイスがそうして冗談を言うと、興奮に頬を紅潮させていた赤毛の男の子は、急にその顔を青ざめさせた。ルイスはすぐに冗談だよと言って笑うが、男の子は引きつった笑みを浮かべるだけだ。
「久しぶり、ハリー」
「やあ、ルイス」
「無事に汽車に乗れたみたいで本当によかった、心配していたの」ルイスはそう言ってから、手にしていた杖をくるりと回した。「今度ドラコに何か言われたら、今の呪いを使うといいよ。あの顔、見たでしょう?」
ポケットに杖を戻しながら悪戯っぽく言い、ルイスはコンパートメント内に視線を巡らせた。そこはたくさんのお菓子で溢れかえっている。甘い匂いが立ち込めていた。
「まだたくさんあるから、ルイスもよかったら食べてよ」
ハリーはルイスに向かいの席をすすめてくれた。自分の横にあるたくさんのお菓子を指し示し、好きなものを取ってくれと言う。ルイスはお礼を言ってから、一番手前にあった蛙チョコをひとつだけもらうことにした。
「君、名前は?」
「ルイス」
「僕はロナルド・ウィーズリー。みんなロンって呼ぶから、君もそう呼んでよ」ロンはもぐもぐとお菓子を食べながら首を傾げた。「君はドラコ・マルフォイと知り合いなの?」
ロンはまだ少しだけ怯えたような様子でそう問いかけてきた。油断をすれば、自分も鼻呪いをかけられてしまうのではないかと思っているようだ。それでもルイスの隣に恐々と腰を下ろすと、顔を覗き込んでくる。
「うん、そう」ルイスは蛙チョコの箱を分解しながら答えた。「小さな頃から知っているけれど、ずっとあんな感じなの。純血が偉いって思い込んでいて、あたしは好きじゃないな――うーん、アグリッパかぁ」
「えっ、アグリッパだって!?」
寸前までドラコ・マルフォイの話をしていたというのに、ロンはルイスが目の前に掲げた蛙チョコのカードを見ると、目の色を変えてしまった。
「アグリッパがどうかした?」
ルイスがそう訊ねたとき、ロンが答えるより早くコンパートメントの扉が開かれた。そこには、先ほど通路で会ったばかりの栗毛の髪をした女の子が立っている。それを見たロンは、酷く面倒臭そうに女の子に目をやった。
「何? 何か用?」
「別に用ってほどのことじゃないわ。でも、そろそろ着替えた方がいいんじゃないかと思って、教えに来てあげたのよ。運転手に聞いてみたんだけど、もうすぐ駅に着くらしいわ」
「それはわざわざどうも」
「ねえ、そんなことより、あなたたち何か問題を起こしたりしていないでしょうね? さっき男の子たちがここから慌てて出て行くのを見たわ」
「え、それ本当? でも、ほら、何かの見間違いじゃないかな。もしそいつが鼻に吹き出物を作っていたなら、まあ、話は別だけど」
そう言うロンの言葉に、ハリーとルイスは思わず吹き出してしまった。すると、ロンは満更でもなさそうににやりと笑う。
ルイスは急いで暴れまわる蛙チョコを口に頬張り、ごくりと飲み込んでしまうと席を立った。
「教えに来てくれてどうもありがとう」ルイスは女の子に向かってそう言ってから、ハリーとロンに目を向けた。「もう戻らないとね。あたしも着替える必要があるから」
そのまま立ち上がってコンパートメントを出て行こうとしたルイスだったが、思い出したように引き返してくると、手にしていたアグリッパのカードをロンに向かって差し出した。
「これ、あなたにあげる」
すると、ロンは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。どうやら、冗談でもルイスに呪いをかけられそうになったことを、都合よく忘れたようだった。
それから急いでウィーズリー兄弟とリーのいるコンパートメントに戻ると、三人は既にホグワーツ指定のローブに着替えてしまっていた。しかも、にやにやといやらしい笑いを浮かべ、何やら嬉しそうにしている。
「おい、ルイスも見たか?」
「誰だか知らないけど、新入生が鼻呪いをくらってたぜ」
「いやいや、ありゃ最高だよ。誰が呪いをかけたか見なかったか?」
そうして三人があまりにわくわくとしているので、その気持ちがルイスにも伝染してしまったらしい。僅かに頬を赤らめたルイスは、身体の前で両手を合わせながら小声で口を利いた。
「あ、あれ、あたしがやったの」
それは本当に小さな声だったが、三人にはしっかり届いていたようだった。最初はそれぞれが目を丸くしていたものの、次の瞬間にはまるで同志を得たような嬉しげな表情を見せ、代わる代わるルイスの手を握り、握手を求めた。
「君って子は、本当に素晴らしい! 是非是非グリフィンドールに入ってくれ!」
だがしかし、今度はルイスが目を丸くする番だった。スリザリンに入るべきだという言葉は言われなれていたが、グリフィンドールに入ってくれと言われたのは初めてのことだ。嬉しい反面、とても複雑な気持ちがしていた。
「ほ、ほら、あたしもそろそろ着替えないと」
ルイスがそう言ってトランクを取ってくれないかとお願いをすると、フレッドがそれを上から下ろしてくれた。そして、三人は察したようにコンパートメントを出て行ってくれる。
ルイスが着替えを終える頃、ホグワーツ特急はホグズミード駅にその車体を滑り込ませようとしていた。