ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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The first class

 次の日の朝、ルイス・ジュリアードは自分がホグワーツに来ているということを、すっかり忘れてしまっていた。ルイスを叩き起こすハーマイオニーの声が、耳の奥でラウルの声に変換されて聞こえていたほどだ。

「ルイス! いい加減に起きて! 起きなさい!」

 ルイスはもぞもぞとベッドの上で動き回って、シーツの中から少しだけ顔を覗かせた。半分だけ開いた目からは、ハーマイオニーの呆れた顔が見え、この時初めて、自分が今ホグワーツにいるのだということを思い出した。ハーマイオニーは既にパジャマから制服に着替え、髪もちゃんと整えてある。

 またハーマイオニーが口を開きそうになるのを見て、ルイスは慌てた。

「分かった。起きる。だから、お願いだから大声を出さないで」

 ルイスはベッドの上に起き上がると、長い黒髪の頭を手櫛で撫で付けた。

 クローゼットの中からローブを引っ張りだし、パジャマを脱ぎ捨てながら着替える。その脱ぎ捨てられたパジャマを、ハーマイオニーが母親のように拾い上げてたたみ、ベッドの上に置いてくれた。

 眠い目を擦りながら大広間に降りていくと、朝食をとっている生徒の姿がちらほらと見えた。学校にきた次の日だからか、みんな夏休み惚けが抜けないのかもしれない。

「おはよう」

 ルイスが寝呆け眼でグリフィンドールとハッフルパフのテーブルの間を歩いていると、聞き慣れない声で挨拶された気がした。きょろきょろと人相の悪い顔で周りを見回すと、ハッフルパフのテーブルからこちらににっこりと微笑みかけている顔が見えた。

「ああ、おはよう、セドリック」

 ルイスは欠伸を織り交ぜながらセドリック・ディゴリーに向かって挨拶をすると、その横を素通りしてグリフィンドールのテーブルについた。ハーマイオニーは何故か可哀相な人を見るようにこちらを一瞥したが、ルイスは何よりも眠気が勝っていて、何故そんな顔をしているのかを聞く気にもならなかった。

 テーブルの上にはオートミール、ニシンの薫製、山のようなトースト、卵やベーコンに焼きトマトが色鮮やかに並んでいたが、ルイスはそれを見て更にげんなりとした。紅茶をゆっくりと飲みながら、ハーマイオニーが『バンパイアとバッチリ船旅』というギルデロイ・ロックハートの本――今は闇の魔術に対する防衛術の教科書だが――を読んでいるのを見て、大慌てで天上にかけられている魔法の空を見上げる。今日は生憎の曇り空だった。

 しばらくすると、ハリーとロンが連れ立って大広間に入ってきた。ハリーはハーマイオニーの隣に座ったが、ハーマイオニーはつっけんどんにふたりにおはようと言ったきり、もう何も言わなくなった。

 ハーマイオニーはハリーたちのことを怒っているに違いないと、ルイスは思った。

「そろそろふくろう便が届く時間だ」近くの席に座っていたネビルが嬉しそうに言った。「ばあちゃんが、僕の忘れたものをいくつか送ってくれると思うよ」

 ネビルがそう言うとほぼ同時に、頭上に慌ただしい音がして何百というふくろうたちが大広間に飛び込んできた。生徒たちの上から手紙や小包み、新聞を落としていく。ネビルの言うとおり、彼のお祖母さんはネビルの忘れ物を送ってきたようだ。

 しかし次の瞬間、何かの固まりがハーマイオニーのすぐ近くにあった水差しに突っ込み、その周りにいた人たちにミルクのシャワーを浴びせかけた。

「エロール!」

 そのふくろうは、ルイスも見たことがある。ジュリアード家に手紙を運びにきた、ウィーズリー家の老いたふくろうだ。ロンは足を引っ張って、ミルクでぐっしょりと濡れたふくろうを、自分の元に引き寄せた。エロールは気絶をしていて、テーブルの上にこてんと転がっている。

 だが、ルイスは今にも死んでしまいそうな哀れなエロールよりも、そのエロールがくわえている赤い封筒に目が釘づけになった。

「ああ、大変だ……」ルイスには、ロンが息を呑む理由が分かった。

「大丈夫、まだ生きているわよ」

 ハーマイオニーは見当違いにも、指先でエロールを突きながら言った。

「そうじゃなくて、ほら、あっちだよ」

 ロンは赤い封筒を指差している。ハリーとハーマイオニーは何ともない顔をしていたが、ルイスは顔を引きつらせ、近くに座っていたネビルは、今にも封筒が爆発するのではないかと恐怖するような目付きで見ていた。

「ねえ、どうしたの?」

 ハリーがあまりにも不思議そうにしているので、ルイスは赤い封筒から片時も目を逸らさずに言った。

「吼えメールっていうの」

「吼えメール?」

 ハリーはきゅっと眉を寄せて、少し首を傾げた。その横では、ロンが顔を青くしている。

「ママが――ママが吼えメールを寄越すなんて――」

「ロン、早く開けたほうがいいよ。開けないともっとひどいことになるよ。僕のばあちゃんも寄越したことがあるんだけど、放っておいたら……」ネビルは迫ってくる何かに怯えているように、生唾を飲み込んだ。「酷かったんだ」

 ハリーは、ロン、ネビル、ルイスの強ばった顔を見渡したあとで、吼えメールに目を移した。

「吼えメールって、なに?」

 ハリーはもう一度聞いた。けれど、その質問に答えてくれる人は誰もいなかった。ルイスは説明するよりも、一度見てみたほうがいいと思った。

 ロンはじっと吼えメールを睨んで、全神経を集中させている。封筒の四隅からぷすぷすと音をたてて煙が上がりはじめていた。

「……ロン、開けたほうがいいよ」

「そうだよ、ほんの数分で終わるから」

 ロンはふたりに頷いてみせると、震える手でエロールの觜から吼えメールを恐る恐る取り、開封した。ネビルは耳に指を突っ込み、ルイスは手の平で耳に蓋をした。次の瞬間、ウィーズリー夫人の声が大広間中に響き渡った。

「車を盗みだすなんて、退校処分になって当たり前です。首を洗って待ってらっしゃい。承知しませんからね。車がなくなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか――!」

 手の平で耳に蓋をしていても、それはほとんど意味のない行為だということが分かった。耳の鼓膜が破けそうだ。

 広間中の生徒たちは一体誰が吼えメールを受け取ったのか興味津々で、周りを見回している。ロンは真っ赤になって、テーブルの下に隠れようとしていた。

「昨夜ダンブルドアから手紙が来て、お父さんは恥ずかしさのあまり死んでしまうのではないかと心配しました。こんなことをする子に育てた覚えはありません。お前もハリーも、まかり間違えば死ぬところだったんですよ。全く、愛想がつきました。お父さんは役所で尋問を受けたのですよ。みんなお前のせいです。今度ちょっとでも規則を破ってごらん。私たちがすぐ家に引っ張って帰ります」

 全てが終わっても、まだ耳がじりじりとしていた。吼えメールはロンの手から落ち、テーブルの上で炎となって燃え上がった。灰になって散っても、ルイスは目を逸らすことができなかった。ハリーとロンは何かに取りつかれたように硬直して動かない。何人かがけらけらと笑い声を上げてから、段々と普段どおりの大広間に戻っていった。

 ハリーとロンは完全に打ちのめされていた。ハーマイオニーはぱちんと『バンパイヤとバッチリ船旅』の本を閉じ、テーブルの下に隠れたままのロンを見下ろして、冷ややかに言った。

「まあ、あなたが何を予想していたかは知りませんけど、ロン、あなたは――」

「当然の報いを受けたって言いたいんだろ」

 ロンがハーマイオニーの言おうとしていた先を続けた。ハーマイオニーは分かっているのならいいの、とでも言いたげに、ふんっと鼻で息を吐いた。

 ハリーはあまりのショックに食欲を失ったらしく、食べかけのオートミールを脇に避けていた。

 まるでウィーズリー夫人の吼えメールが終わるのを待ち構えていたかのように、マクゴナガル先生がグリフィンドールのテーブルにやってきて、時間割りを配り始めた。今学期最初の授業は、ハッフルパフとの合同で薬草学の授業だった。

 ハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーは一緒に城を出て、野菜畑を横切り、魔法の植物が植えてある温室へと向かった。大広間でロンが吼えメールを受け取ってからというもの、ふたりはもう十分に罰を受けたと思ったのか、ハーマイオニーはつっけんどんな態度を取らなくなっていた。

 温室の近くまでくると、他のクラスメートやハッフルパフの生徒たちが外に立って、ハッフルパフの寮監であり薬草学の教授でもある、スプラウト先生がやって来るのを待っているのが見えた。四人がみんなの後ろについて温室が開くのを待っていると、先生が芝生を横切って大股で歩いてくるのが見える。なんと、そのうしろからは何故かギルデロイ・ロックハートがついてきていた。

 ルイスは思いきり顔を顰めた。スプラウト先生は腕いっぱいに包帯を抱えている。遠くの方に見える暴れ柳の手当てをしていたのだろう。スプラウト先生はずんぐりした小柄な魔女で、継ぎ接ぎだらけの帽子を被っていた。いつも服は泥だらけだったが、いい先生だ。

「やあ、みなさん!」

 ロックハートが集まっている生徒たちに向かって笑いかけた。トルコ石色のローブを着て、ブロンドの髪には、金色の縁取りがあるローブと同色の帽子を被っている。ルイスはまるでゴキブリでも見るように、ロックハートを一瞥した。

「スプラウト先生に暴れ柳の正しい治療法をお見せしていましてね。でも、私のほうが先生より薬草学の知識があるなんて誤解されては困りますよ。私は偶然、旅の途中で暴れ柳というエキゾチックな植物に出会ったことがあるだけですから」

「さあさあ、みんな、今日は第三温室へ!」

 スプラウト先生の普段の快活さはどこに行ってしまったのか、どういうわけかルイスと同じように不機嫌そうだった。

 これまでは一号温室でしか授業をしたことがなかった。三号温室は今日が初めてだ。スプラウト先生は大きな鍵をベルトから外し、ドアを開けた。

 天井から下がっている傘ほどの大きさの花が、強い香りを放っている。湿った土と肥料。臭いも、それなりに強烈だった。ハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーは並んで温室の中に入ろうとしたが、ロックハートの手がすっと伸びてきたので、ルイスは思わず後ろに飛び退いた。ロックハートは何故かハリーの腕をがっちりと掴んでいた。

「ああ、ハリー! 君と話したかった! スプラウト先生、彼が二、三分遅れてもお気になさいませんね?」

 スプラウト先生の顔を見れば、一瞬でお気になさると言っているのが分かるのに、ロックハートはそのようなことにも構わず、お許しいただけましてと言うなりスプラウト先生の鼻先で扉を閉じた。

 ルイスは閉じられた扉の向こう側を睨むように見ていたが、ロンとハーマイオニーに半ば引きずられるようにして奥に進んだ。スプラウト先生は、何か文句のような言葉をぶつぶつと呟きながら授業の準備をしている。温室の真ん中に架台をふたつ並べ、その上に板を置いてベンチを作り、そのベンチの上に色違いの耳あてを二十個程置いた。

「ハリーとロックハート、何を話しているんだろ」

「さあ、知らない」

 さっきまでつっけんどんな態度を取っていたハーマイオニーの代わりに、今度はルイスがそのような態度を取り始めたので、ロンは目を丸くした。ルイスはハリーが戻ってくるまで、扉の向こう側にいるはずの見えないロックハートのことを睨み続けていた。

「今日はマンドレイクの植え替えをやります」

 ハリーが戻ってきてルイスたちの隣に立つと、スプラウト先生はやっと授業を始めることができた。戻ってきたハリーの顔は、とても茫然としていた。一体何を話していたのだろうと思いながらも、そんなことは聞きたくないとも思った。

「マンドレイクの特徴が分かる人はいますか?」

 全員が思ったとおり、誰よりも先にハーマイオニーが手を挙げた。

「マンドレイク、別名マンドゴラは、強力な回復薬です」

 いつものことではあるが、ハーマイオニーの回答は教科書通り、完璧だった。ハーマイオニーは歩く教科書だと、ルイスは密かに思っていた。

「姿形を変えられたり、呪いをかけられたりした人を元の姿に戻すための魔法薬に使われます」

「大変よろしい。グリフィンドールに十点あげましょう。マンドレイクは大抵の解毒剤の主成分になります。しかし、危険な面もあります。誰かその理由が言える人は?」

 またハーマイオニーが勢い良く手を挙げると、その拍子にハリーの眼鏡に手が引っ掛かりそうになった。ハリーは後ろに仰け反り、かろうじてそれを避けた。

「マンドレイクの泣き声は、それを聞いた者にとって命取りになります」

「その通り。もう十点あげましょうね。さて、ここにあるマンドレイクはまだ非常に若いものです」

 スプラウト先生がそう言って一列に並んだ苗の箱を指差すと、生徒はもっとよく見ようとして前に詰め寄った。

「みんな、耳あてをひとつずつ取って。私が合図をしたら耳あてを付けて、両耳を完全に塞いでください。耳あてを取っても安全になったら、私が親指を上に向けて合図します。それでは――耳あてを付けて!」

 みんなは先生の合図と同時に耳あてを付けた。

 スプラウト先生はピンクのふわふわした耳あてを付け、ローブの袖を捲り上げてふさふさした植物、マンドレイクを一本しっかりと掴み、一気にひっこ抜いた。土の中から出てきたのは、植物の根だけではなく、泥まみれになった不細工な赤ん坊だった。

 ルイスは以前、家の図書室でちらりと見た図鑑に載っていたマンドレイクの挿し絵そのままだと思った。頭から葉が生え、肌は斑な薄緑色だ。マンドレイクは力のかぎり泣き叫んでいるように見える。スプラウト先生はテーブルの下から大きな鉢を取り出して、マンドレイクをその中に突っ込むと、ふさふさした葉だけが見えるように、黒くしめった堆肥を赤ん坊の上からかけてやった。

 先生は自分の手に付いた泥を払い、親指を上に上げると耳あてを外した。

「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声も命取りではありません。しかし、苗でもみなさんを間違いなく数時間気絶させるでしょう。新学期最初の日を、気を失ったまま過ごしたくはないでしょうから、耳あては作業中しっかりと装着しているように。あと片付けをする時間になったら、私からそのように合図します」

 ルイスはスプラウト先生の説明を聞きながら、マンドレイクの声をロックハートに聞かせたくてしょうがなくなった。命を奪えないのなら、今日一日くらい気絶させておきたいと思った。今日の午後には闇の魔術に対する防衛術、ロックハートの授業が控えている。

「ひとつの苗床に五人、植えかえの鉢はここに十分にあります。堆肥の袋はここです。解毒手草に気を付けること。歯が生えてきている最中ですから」

 ハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーのグループに、髪の毛がくるくるとカールしたハッフルパフの男の子が加わった。

「僕はジャスティン・フィンチ-フレッチリーです」ジャスティンと名乗った少年は、ハリーと握手をしながらにこやかに笑った。「君たちのことは知ってますよ、もちろん。有名なハリー・ポッターとルイス・ジュリアード」

 ルイスはどう有名なのだと突っ込みたかったが、ただよろしくとだけ言って握手を交わした。そういえば、同じハッフルパフのセドリック・ディゴリーも同じようなことを言っていたと、不意に思い出す。

「それに、君はハーマイオニー・グレンジャーでしょう? 何をやっても一番の。それから、ロン・ウィーズリー。あの空飛ぶ車は、君のじゃなかった?」

 ハーマイオニーは何でも一番と誉められてにこりと微笑んだが、ロンはにこりとするどころか、苦いの表情を浮かべて見せた。吼えメールのことをまだ気にしているらしい。

「ロックハートって、たいした人ですよね?」

 ルイスは鉢にドラゴンの糞の堆肥を詰め込みながら、ジャスティンの一言に誰よりも早く反応した。一体何故、薬草学の授業中に、よりにもよってロックハートなんかの話をしなければならないのだろう。

「もの凄く勇敢な人です。彼の本、読みましたか? 僕でしたら、狼男に追い詰められて電話ボックスに逃げ込むような目にあったら、恐怖で死んでしまう。ところが彼ときたらクールで――バサッと――素敵だ」

「素敵?」

 ふんっと、ルイスは思いきり鼻で笑った。すると、ジャスティンだけではなく他の三人も驚いた顔でこちらを見たので、肩をすくめて話を流した。何が、彼ときたらクールで――バサッと――素敵だ、なのだろう。ルイスには小指の先ほども理解することができない。

 ルイスは耳あてを付けながら心の中で悪態を吐いた。皆は一体、狼男、人狼を何だと思っているのだ。マンドレイクを一気にひっこ抜き、ドラゴンの糞の堆肥を敷き詰めた鉢のなかに放り込んで、更に上から堆肥をぶっかけた。半ばやっつけ仕事のように片付けたのにもかかわらず、ルイスは誰よりも早くマンドレイクの植えかえを終えた。

 ルイスのマンドレイクの性格がやけに大人しかっただけなのか、他の人の作業は酷く難航しているように見えた。藻掻いたり、蹴ったり、歯軋りをしたり。ハリーは丸々としたマンドレイクを鉢に押し込むのに、十分はかかっていただろう。ルイスがつまらなそうに作業を眺めているのを見て、ロンは手伝って欲しそうに見ていたが、気の立っているルイスがわざわざ誰かを手伝うはずはもなかった。

 授業が終わる頃には全員、汗と泥にまみれていた。ルイスも周りのとばっちりを食らい、ローブにはたくさんの泥がついていた。皆疲れ切って城まで戻り、汚れを落としてから変身術の教室へと急いだ。

 ハリーとロンが並んで座り、その後ろにルイスとハーマイオニーが腰を下ろした。今日のマクゴナガル先生の授業は、コガネムシをボタンに変える課題だったが、ルイスとハーマイオニーが早々と課題を終えている前で、ハリーのコガネムシは杖先をかいくぐって机の上を運動させているだけだ。しかし、ロンはそれ以上に大変だった。暴れ柳と格闘をした時、真っ二つに折れてしまったという杖をスペロテープでぐるぐる巻きにしていたが、もうその杖は杖の仕事を忘れてしまったかのように、主人の意志には従わなくなっている。ばちばちと鳴ったり、火花が散ったり、それに加えてロンがコガネムシをボタンに変えようと杖を振るたびに、杖は紫色の煙を吐き出した。煙は信じられないほど臭く、腐った卵のような異臭を漂わせている。終始困っているロンの後ろで、ルイスは鼻を摘みながらくすくすと笑っていた。

 昼休みを知らせる鐘が鳴ると、ルイスとハーマイオニーはあの強烈な臭いから逃げるように大騒ぎで変身術の教室から飛びだした。ふたりはボタンに変身させられたコガネムシを握り、大広間に向かった。昼食の時間、ハーマイオニーがその完璧なコートのボタンをふたりに見せ付けるので、ロンはますます不機嫌になった。

「午後のクラスは何だっけ?」

 ハリーは慌てて話題を変えたが、その途端に今度はルイスの機嫌が悪くなった。

「闇の魔術に対する防衛術だよ」

「君、ロックハートの授業を全部小さなハートでかこんであるけど、どうして?」

 ロンがハーマイオニーの時間割りを引ったくって言ったので、ルイスは時間割りとハーマイオニーを交互に見比べてぎょっとした。ハーマイオニーは頬を赤く染めると、慌ててロンの手から時間割りを取り返していた。

 昼食を終えて中庭に出ると、ルイスはなるべくハーマイオニーに近づかないようにした。また『バンパイヤとバッチリ船旅』を読み出したからだ。ハリーとロンはクィディッチの話をしていたので、ルイスは何をするわけでもなくぼうっとしていたが、薄茶色の髪をした小さな少年がじっとこちらを見つめているのを発見して、ハリーの脇腹を小突いた。少年はカメラを持っていて、ハリーが目を向けた途端に顔を真っ赤にした。

「ハリー、元気? 僕――僕、コリン・クリービーといいます」コリンと名乗った少年はハリーに近づいて、一息にそう言った。「僕もグリフィンドールです。あの、もし構わなかったら、写真を撮ってもいいですか?」

「写真?」

「僕、あなたのことは何でも知っています。みんなに聞きました」

 コリンは熱っぽく語り始めた。誰もが知っているハリーの偉大な経緯や、額にできた傷のこと。それから自分の話も織り交ぜて、いかにハリーの写真が欲しいかを力説してみせた。

「あなたの友達に撮ってもらえるなら、僕があなたと並んで立ってもいいですか? それから、写真にサインしてくれますか?」

「サイン入り写真? ポッター、君はサイン入り写真を配っているのかい?」

 ドラコ・マルフォイの嫌味な声が中庭に大きく響いた。いつものように、両脇にはクラッブとゴイルを従えている。ドラコはコリンのすぐ後ろで立ち止まった。

「みんな、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」

 ドラコは周りにいる生徒たちに聞こえるように、大きな声でそう言い放った。ルイスはこれ見よがしに大きくため息を吐いてみたが、ドラコは明らかに聞こえないふりをしている。

「僕はそんなことしてないぞ。マルフォイ、黙れ!」

「君はハリーが羨ましいだけなんだ」

 ハリーとロンは口々に食ってかかったが、ドラコはそれを聞いて鼻で笑った。

「羨ましい?」今や、中庭にいる生徒たちの耳という耳が、ハリーたちの会話を盗み聞きしようとしている。「ウィーズリー、一体何が羨ましいというんだ? 僕は、ありがたいことに額の真ん中に醜い傷跡なんか必要ないからね。頭を勝ち割られた程度で特別な人間になれるなんて愚かなことを、僕が考えるとでも思っているのか?」

 クラッブとゴイルが人を小馬鹿にしたようなにやにや笑いを浮かべていた。かんに触る笑い方だ。ルイスは耐えかねて飛び出そうとしたが、先にロンが喧嘩腰で飛び出していった。

「ナメクジでも食らえ、マルフォイ!」

「言葉に気を付けるんだな、ウィーズリー。これ以上いざこざを起こしたら、君のママがお迎えにくるぞ」

 ドラコは甲高い声を出して、ウィーズリー夫人の物真似をした。近くにいたスリザリン生の集団が、声を上げ、腹を抱えて笑っている。ロンは我慢ならないというようにスペロテープがグルグル巻かれた杖をローブのポケットから素早く取り出したが、本に没頭していたハーマイオニーもその時ばかりは口を出さずにはいられなかった。

「一体何事かな? ん? どうしたのかな?」

 廊下を通りかかったとき、この騒ぎを聞きつけたのだろう。ロックハートが校舎の方から歩いてきた。その瞬間、ルイスの闘争心が一気に萎えた。

「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」

 ハリーは自らの気配を消そうとするように何も言わなかったが、ロックハートはやはり、いつものようにハリー見つけてしまった。

「聞くまでもなかった! ハリー、また会ったね!」

 ロックハートはハリーの肩に手を回し、ほとんどはがいじめの状態にした。ドラコがどさくさに紛れて、愉快そうに笑いながら人垣のなかに消えていくのが見える。ルイスは大急ぎでその後ろを追い掛けた。文句の一言や二言、言わないと気が済まなかった。

「ドラコ!」

 ルイスはドラコの後ろに追い付くと、そのローブに掴み掛かった。ドラコは後ろに倒れかかり、文句を言いたそうに振り返ったが、その張本人がルイスだったのを見て、驚いて目を丸くした。

「ルイス、どうしたんだ?」

 ハリーたちには到底見せることもないような表情をルイスに向けたドラコは、クラッブとゴイルに先に戻っているようにと言い付けた。

 ルイスとドラコは、幼い頃から何度も顔を合わせる機会があった。学校に上がる前までは、同い年の知り合いといえば、ルイスにとってはドラコひとりだけだった。けれど、ホグワーツに入学をして、グリフィンドールとスリザリンに寮が分かれてからは、話をするどころか対立するばかりで、一年生の頃なんかはドラコに呪いをかけたくらいだ。

「いい加減にハリーたちに喧嘩を売るのはやめたらどうなの?」

 ルイスが息を整えてからそう言うと、ドラコは不満そうに眉を寄せた。

「ルイス、何を言い出すんだ」

「何度でも言うけれど、もうハリーたちに構うのはやめてよ」

 午後の授業の始まりを告げる鐘が鳴ったが、ルイスは目の前の男の子を睨む事をやめなかった。

「まさか、君はあのハリー・ポッターたちを庇っているんじゃないだろうね」

 セブルスとドラコはなぜ、こう揃いも揃ってルイスがハリーを庇っていると思うのだろう。ルイスはため息を吐いて、肩を落とした。

「僕はずっと、ルイスは仕方なくやつらに付き合っているんだと思っていた。それも違うのか?」

「仕方なく? 馬鹿なことを言わないでよ、ドラコ。彼らはあたしの大切な友達だもの、そんなことあるはずがないでしょう?」

「ルイスが本当にハリー・ポッターや、その他のやつらのことを友達だと思っているのだとしたら、それは絶対に間違ったことだ。だって、君はこちら側の人間じゃないか。そうだろう?」

「それも、あなたの偉大なお父上が教えてくださったの?」

 ルイスは段々と苛立ってくるのを感じていた。今すぐローブのポケットに手を突っ込んで、ドラコに呪いをかけたい衝動をなんとか押さえ付けている状態だ。

「ルイス、君は純血だ。しかも、有名な旧家の魔女だろう? マグルやマグル贔屓のやつらなんかとは付き合うべきじゃない」

「ラウルはあたしに、魔法族とマグルを差別しろなんて教えなかった」

「ルイス! あのラウルという男は信用ならない! あいつは――」

「ラウルはあたしの兄よ! 家族なの! 今度あたしの家族を侮辱したら絶対に許さない!」

 ルイスはドラコの体を力一杯押し退けて走りだした。もうとっくに午後の授業が始まっている時間だ。このまま授業をサボタージュすることも考えた。何せ、闇の魔術に対する防衛術、ギルデロイ・ロックハートの授業だ。しかし、あとからハーマイオニーに怒鳴られることを考えると、途中からでも授業を受けるべきだと思い直した。

 ルイスが授業の用意を持って闇の魔術に対する防衛術の教室に入ると、そこはいやに静まり返っていた。羽ペンが羊皮紙の上を走る音が続いていたが、ルイスがドアを開けるとそれが一斉に止み、クラス中の視線とロックハートの目がこちらに集中した。

「これは、Miss.ジュリアード。どうしました? 遅刻ですよ」

 ロックハートは生徒に向かって注意しているのにもかかわらず、真っ白い歯を見せて笑顔を振りまいている。

「医務室に行っていました。少し気分が悪かったので」

 ルイスは咄嗟に嘘を吐いた。絶対に、すみませんなどと口にするものかと思いながら歯を食い縛り、ロックハートを見上げていた。

「まあ、いいでしょう。皆さんはミニテストの最中です。さあ、あなたもこれをどうぞ。席についてください」

 ルイスはロックハートの手から引ったくるようにテスト用紙を受け取ると、一番後ろの席に陣取っていたハリーたちのところへ行き、ハーマイオニーの隣の席に腰を下ろした。鞄の中から羽ペンとインク瓶を取り出したルイスは、ミニテストの問題を目で追った。

一、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?

二、ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?

三、現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?

 このような質問ばかりが裏表に渡って三ページも続いていたので、ルイスはまったくやる気をなくして羽ペンを投げ出した。最後の問題はこうだ。

五十四、ギルデロイ・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈り物は何?

 一体このテストの何が闇の魔術に対する防衛術に関係するのだろう。ルイスは結局、白紙のままでミニテストを提出した。

「私の好きな色はライラック色だということを、ほとんど誰も覚えていないようだね。雪男とゆっくり一年の中で、はっきりとそう言っているのに。狼男との大いなる山歩きをもう少ししっかり読まなければならない子も、何人かいるようだ」

 ルイスは明らかにわざとだと分かるようにため息を吐いた。ハーマイオニーの向こう隣に座っているハリーとロンがこちらを見たが、ルイスは気づかないふりをした。前の方ではディーンやシェーマスが声を殺して笑っている。しかし、驚いたことにルイスの隣に座っているハーマイオニーは、ロックハートの言葉にうっとりと聞き入っていた。

「ああ、ところがMiss.ハーマイオニー・グレンジャーは、私の密かな大望を知っていましたね。この世界から悪を追い払い、ロックハート・ブランドの整髪剤を売り出すこと!」

 ルイスは隣に座っているハーマイオニーを軽蔑するように見た。

「おやおや、満点です! Miss.ハーマイオニー・グレンジャーはどこにいますか?」

 ハーマイオニーはいつものように手を挙げたが、その手は小刻みに震えていた。ロックハートはハーマイオニーを見て、愉快そうににっこりと微笑んだ。

「まったく素晴らしい! グリフィンドールに十点差し上げましょう! では、これからの授業ですが……」

 ルイスはこれから授業に入るというのに、ロックハートの話を完全に無視して羊皮紙を一定の形に切りはじめた。びりびりという音は、ロックハートの声にかき消されるので都合が良かった。

 同じ大きさの紙を七枚用意したルイスは、ロックハートの書いた教科書を一冊ずつ自分の前に取り出し、その表紙に次々と羊皮紙を張りつけていった。こちらに向かってウィンクしてくる偽物のギルデロイ・ロックハートですら、ルイスには許せなかった。

 もう二度と自分の教科書でギルデロイ・ロックハートの顔を見ずに済むよう、ルイスはポケットから取り出した杖で、全部の表紙に永久粘着呪文をこっそりとかけた。

「どうか、叫ばないようにお願いしたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」

 ルイスが全ての本に呪文をかけ終えたちょうどその時、ロックハートが低く唸るように言った。一体何のことだと顔を上げると、ロックハートは覆いのかかった大きな籠から、布を引き剥がそうとしているところだった。

「さあ、捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精です!」

 大きな籠の中には、何匹ものピクシー小妖精が押し込められていた。ピクシー小妖精は身の丈二十センチほどの群青色をした生きものだ。とんがった頭に、キーキーと甲高い声。早く檻から出たそうに、籠をがたがたと揺らしている。

 シェーマス・フィネガンは堪え切れずに吹き出してしまった。すると、ロックハートはすぐに、シェーマスに目を向けた。

「どうしたのかね?」

「あの、こいつらが――あの、そんなに、危険なんですか?」

 シェーマスは笑いを噛み殺すのに必死だったが、顔を真っ赤にさせてむせ返っている。

「君、思い込みはいけませんよ! 連中は厄介で危険な小悪魔になり得るのです!」

 ロックハートはピクシー小妖精の特徴を述べるわけでもなく、黒板に書くわけでもなく、ただ笑顔を浮かべているだけだ。

「さあ、それでは、君たちがピクシー小妖精をどう扱うか見てみましょう!」

 ロックハートはそう声を張り上げると、籠の戸を開けた。その瞬間、ピクシーがロケットのように籠の中から飛びだす。二匹がネビルの耳をひっぱり上げて、シャンデリアに引っ掛けた。窓ガラスを突き破って飛び出していくもの、インク瓶の中のインクを教室中に振りまくもの、本やノートを引き裂くもの――教科書ならもっと引き裂いてくれてもいいとルイスは思った――教室内は大惨事だ。数分後、クラスの半分は机の下に非難していた。

「さあ、さあ、捕まえなさい。捕まえなさいよ。たかがピクシーでしょう?」

 ロックハートはそう叫んだあと、ペスキピクシペステルノミ、と杖を振ったが、何の効果もない。それどころかピクシーはロックハートの手から杖を奪って、それを窓の外に投げ捨てた。ロックハートは悲鳴を上げて、自分の机の下に潜り込む。あと少し遅かったら、天井からシャンデリアごと落ちてきたネビルに落ち潰されていたのにと、ルイスはがっかりした。

 授業の終了を告げる鐘が鳴ると、クラス全員が一気に立ち上がって出口に押し掛けた。一番後ろの席に座っていたのに、最後に出るはめになってしまった四人は、ロックハートのいい小間使いだったようだ。

「さあ、その四人にお願いしよう。その辺りに残っているピクシーをつまんで、籠に戻しておきなさい」

 ロックハートはそう言うと、四人の脇をするりと通り抜け、隣の研究室に入って素早く戸を閉めてしまった。

「まったく、耳を疑うぜ」

 ロンはピクシーに歯形が残るほど耳を噛み付かれながら、呻くように言った。

「私たちに体験学習をさせたかっただけよ」

 それなのに、ハーマイオニーはロックハートを庇うようなことを言う。その後に及んでそのようなことを言えるハーマイオニーはどうかしていると、ルイスは呆れ果ててしまった。

 ハーマイオニーとルイスが一緒に縛り術をかけ、ハリーとロンが籠のなかに次々としまっていく。こんなにつまらない――ある意味ハード――な授業は初めてだ。この先一年間このような授業が続くのだと思うと、ルイスは酷くうんざりした。

「そういえば、医務室へ行ったって本当なの? 突然いなくなるんですもの、大丈夫?」

「うん、大丈夫。あれ、嘘だから」

 ルイスがあっけらかんとして言うと、ハーマイオニーは杖を振り上げた格好のままぽかんと口を開けた。ハリーとロンもピクシーを何匹が手に持ったまま、ぴたりと動かなくなった。

 ルイスはどんなに面倒臭くても、授業をサボろうと思ったことなど一度もなかったのにと、三人はそう思っているのかもしれない。

「あたしのミニテスト、零点だよ。確信がある。だって、白紙で出したんだもの」今年の闇の魔術に対する防衛術の成績が学年で一番悪かろうが、一向に構わないと思った。「あたし、ロックハートって本当に大嫌い」

 ルイスはそう言って、鬱憤を晴らすように、ピクシー妖精に次々と縛り術をかけていった。

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