次の週末、ルイスはまたハーマイオニーに叩き起こされていた。午前中にハグリッドの小屋へ行く約束をしていたが、それにしては早すぎるくらいだった。
「ハーマイオニー、あたしのことは放っておいてって、いつも言っているでしょう?」
「何を言っているの。もう朝食の時間よ」
「朝食はいらないの、知っているくせに。食べたくない」
「食べたくなくても起きなさい! さあ!」
ハーマイオニーはそう言うと同時に布団を剥ぎ取り、ルイスはベッドの上で丸くなった。薄く目を開けると、いつものように呆れ果てた顔のハーマイオニーが立っていた。
ハーマイオニーは、ルイスがロックハートを大嫌いだと言ったことを、自分の空耳だと思うようにしたようだった。ハーマイオニーはルイスが何と言おうとロックハートのファンだったし、ルイスはハーマイオニーが何と言おうとロックハートが大嫌いだった。そのうち、ふたりの間でロックハートという名前そのものが禁句になっていた。
ルイスがローブに着替えてベッドに腰を下ろすと、ハーマイオニーが世話焼きおばさんのように、髪に櫛を通しはじめた。その黒髪はハーマイオニーの髪とは比べものにならないくらい早く、いつも通りに落ち着いた。
女子寮から談話室に降りていくと、そこではロンがひとりでルイスとハーマイオニーを待っていた。
「ハリーは?」
ルイスが眠い目を擦りながらそう尋ねると、ロンは一枚の羊皮紙の切れ端を差し出してくる。
――競技場にいるよ。クィディッチの練習なんだ。 ハリー
羊皮紙の切れ端には、それだけが書き記されていた。走り書きのせいか、読みにくい字だ。ルイスはロンに切れ端を返すと、欠伸を漏らした。
「それじゃあ、何か食べるものを持ってハリーの様子を見に行ってみましょうよ」
大広間までの道のりで、ハーマイオニーは何とかルイスの目を覚まそうと必死だったが、ルイス自身は歩きながらも眠ろうとする自分の意志と格闘することに必死だった。
「ルイス、お願いだから立ったまま寝ないでくれよ……」
ロンはふらふらと歩いているルイスを見て、気が気じゃない様子だ。ハーマイオニーも不安そうにしていて、ルイスがいつ倒れてもいいように後ろからローブをしっかりと掴んでいる。
三人は大広間に到着すると、グリフィンドールのテーブルに行って――ルイス以外は――トーストにマーマレードを塗りたくって、それを持ってクィディッチ競技場に向かった。
ルイスはローブのポケットのなかにリーマスから貰ったキャンディを忍ばせていたことを思い出し、一粒口の中に放り込んだ。今回はストロベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。
三人はスタンド席に座ったが、競技場に到着してみると、肝心のグリフィンドールのクィディッチチームのメンバーがまるで見当たらなかった。ロンは更衣室にいるんじゃないかと言って、持ってきたマーマレードトーストを頬張っている。少し経つと、ロンが言ったように箒を持ったグリフィンドールチームのメンバーがグラウンドに出てきた。
「まだ終わっていないのかい?」
ロンは驚いたように言った。
ルイスはさほどクィディッチに興味はなかったが、どうやら練習はこれから始まるようだ。
「まだ始まってもいないんだよ。ウッドが新しい動きを教えてくれていたんだ」
ハリーはマーマレードトーストに噛り付いているロンとハーマイオニーを羨ましそうに見ながら言った。ルイスはハリーが箒にまたがって空中に舞い上がるのを見て、ふと思い付き、ハリーをスタンドに呼び付けた。
「なんだい?」
ハリーはまだロンとハーマイオニーを羨ましそうに見ている。ルイスはローブのポケットをまさぐり、キャンディの入っている袋を取り出した。
「これ、一個あげる。あたしの元気の元」
ルイスは袋をハリーの前に差し出した。ハリーは箒にまたがったまま訝しげに袋のなかに手を突っ込んだが、キャンディを一粒取り出して口のなかに放り込むと、にっこりして嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
ハリーはまたグラウンドに飛び去って、フレッドやジョージと一緒に競争しながら競技場を飛び回っていた。ハリーがあまりにも気持ち良さそうに飛んでいたので、ルイスは何だか、少し羨ましくなってしまう。
「何か、カシャッカシャッって煩くないか?」
ロンが周りを見回しながら言った。同じように見回していると、ルイスが一番にその姿を見つけた。
「あ、見て。コリンだよ」
コリン・クリービーは一番後ろの座席に座って、ばちばちとハリーの写真ばかりを撮っていた。相当なハリー・ポッターファンだ。
「こっちを向いて、ハリー! こっちだよ!」
「よくやるよな……」
ロンは呆れ返ってため息を吐いていた。グラウンドの方でも、選手たちがコリンを見て何か言っているようだ。
口の中で段々と小さくなっていくキャンディを転がしながら、選手たちが飛び回る様子を眺めていると、ハーマイオニーがルイスのローブを力一杯引いた。ぐいっと身体が傾き、小さくなったキャンディを危うく飲み込んでしまいそうになった。
「なに? どうしたの?」
「ほら、あそこを見てよ」ハーマイオニーは引きつった顔で競技場の一角を指差した。「スリザリンだわ」
スリザリンという言葉が絶望的という言葉の代名詞だとでも言うような口調で、ハーマイオニーは言った。そして、そう言ったかと思うとまだ何も気づいていないロンとルイスの手を引っ張り、大急ぎでグラウンドに降りていく。
ちょうど芝生を横切っていると、グリフィンドールとスリザリンの選手たちの目という目が三人の方に向いた。ルイスはスリザリンチームのなかに、いるはずのない人物の姿を見付け、思わず顔を顰めた。
それでも、ハーマイオニーは歩調を緩めるどころか、更に早めた。ロンもやっと自分が引っ張ってこられた理由を察したのか、不快感を隠そうともしない顔でその人物に目をやった。
「どうしたんだい? どうして練習しないんだよ。それに、あいつ、こんなところで何しているんだい?」
ロンがあいつと言ったのは、スリザリンのユニホームを着ているドラコ・マルフォイだ。ドラコはルイスを見ないようにしているのか、目が合うことはない。
「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ」ドラコは満足気に、そして自慢げに言った。「僕の父上がチーム全員に買ってくださった箒を、みんなで賞賛していたところだよ」
ルイスはスリザリンチームが持っている七本の箒を横目に見た。それぞれが磨きたてのようにぴかぴかと輝いていて、見間違いでなければ、それにはニンバス2001という文字が掘り込まれている。
「グリフィンドール・チームも資金集めして新しい箒を買えばいい。クリーンスイープ5号を慈善事業の競買にかければ、博物館が買いを入れるだろうよ」
大爆笑の起こるスリザリンチームの前に、ハーマイオニーが進み出た。
「少なくともグリフィンドールの選手は、誰ひとりとしてお金で選ばれたりしていないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」
ハーマイオニーがきっぱり言い切ると、ドラコの自慢顔がほんの少し歪んだ。
「誰もお前の意見なんか求めていない。生まれ損ないの穢れた血め、馴れ馴れしく口を利くな」
ルイスはドラコの顔を見て、一瞬ぽかんとした表情を見せた。しかし、それからすぐに、この腹の底から沸々と沸き上がってくる怒りを抑えるにはどうしたらいいのかと、歯を食い縛った。フレッドとジョージはドラコに飛び掛かろうとし、スリザリンのフリントが急いでドラコの前に立ちはだかった。
「よくもそんなことを!」
アリシアの金切り声があがると同時に、ロンがローブに手を突っ込んで杖を取り出した。
「マルフォイ、思い知れ!」
ロンはそう叫んだかと思うと、かんかんになってフリントの脇の下からドラコの顔に向かって杖を突き付けた。弾けるような大きな音がグラウンド中に響き渡り、ルイスは最初、ロンが呪いを成功させたのだと思った。けれど、ルイスの思っていたこととはまったく逆のことが起こった。
ロンの杖が壊れていることを、怒りに感情が高ぶったせいで全員が失念してしまっていたのだ。緑の閃光がロンの杖から逆噴射し、ロンの胃の辺りに当たった。ロンはよろめいて、芝生の上に尻餅をついた。
「ロン! ああ、ロン! 大丈夫?」
ハーマイオニーが悲鳴を上げた。ロンは口を開くが、言葉が出てこない。その代わり、とてつもないゲップとナメクジが何匹か、口の中からぼたぼたと飛び出した。スリザリンの選手たちは死んでしまうのではないかと思うほど笑い転げていた。ルイスはいっそのこと、そのまま笑い死にしてしまえと思わずにはいられなかった。
そして同時に、どうやら自分はドラコを買い被りすぎていたと、ルイスはそう思った。いくら嫌なやつだからといって、ハーマイオニーにあんなにも酷い言葉を吐きかけるとは思ってもいなかったのだ。
ルイスがわなわなと震える拳を握り締めている横では、ロンがまだ尚ナメクジを吐き続けている。その周りにグリフィンドールの仲間たちが集まって心配そうにしていたが、スリザリンの選手たちは未だに耳障りなほど笑い続けていた。
「ハグリッドのところへ連れていこう。一番近いし、何か対処法を知っているかもしれない」
ハリーがそう提案すると、ハーマイオニーはこくりと頷き、ルイスはハリーと目を合わせた。ハリーとハーマイオニーはふたりでロンの両側から腕を掴み、助け起こしている。ルイスもそのあとに続こうとしたが、思い直してくるりと後ろを振り返った。騒ぎを聞き付けたコリンがスタンド席からこちらにきて何か言っていたが、ルイスはそれを綺麗に無視する。
そして、ルイスは笑い転げているスリザリンチームに向かって杖を構えた。しかし、彼らは杖を向けられていることにすら気付いていない。
「――シレンシオ!」
ルイスが呪文を唱えると、競技場中にこだましていた不快な笑い声が一瞬にして消えた。スリザリンの選手たちが笑うことを止めたわけではない。彼らはまるで、声を失ったかのように口をぱくぱくと動かして、目を見開いていた。
「そうやってしばらくは静かにしていることね」
ルイスは冷ややかにスリザリンの選手たちにそう言うと、大急ぎでハリーたちの後を追いかけた。グラウンドを駆け抜け森の方へ向かうと、三人がハグリッドの小屋に入っていくのが見えた。
ハグリッドの小屋に到着したのなら一安心だと思い、ルイスは走るのを止めて、歩いて小屋まで向かった。ノックすると、すぐに扉は開いた。
「こんにちは、ハグリッド」
ルイスがそう言ってにっこりすると、ハグリッドも嬉しそうに笑って部屋に招き入れてくれた。部屋のなかではロンが銅の洗面器を抱え込み、その中に顔を突っ込んでナメクジを吐き出している。まるで悪夢のようだ。
ハリーとハーマイオニーは心配そうにその様子を見ていたが、ルイスが入ってきたのが分かると、こちらの方を見た。
「やっと来たのね。一体何をしていたの?」
ハーマイオニーが咎めるようにそう言ったので、ルイスは軽く肩を竦めた。
「ちょっとした仕返しをしていただけ。しばらくの間は声も出ないようにしてあげたの」
ルイスが空いていた椅子に腰を下ろすと、ハリーのローブをよだれでべとべとにしていたボアハウンド犬のファングが、いそいそとこちらにやってきた。
「それで? やっこさん、誰に呪いをかけるつもりだったんだ?」
ハグリッドがロンの方を顎で差しながらハリーに聞いた。
「マルフォイがハーマイオニーのことを、その――何とかって呼んだんだ。物凄く酷い悪口なんだと思う。だって、みんなとても怒っていたから」
「本当に酷い悪口さ」
テーブルの下から洗面器を抱えた、汗だらけで青白いロンの顔がひょっこり現れて言った。
「ドラコが、ハーマイオニーのことを穢れた血と呼んだの」
ルイスがそう言うと、ロンがまた思い出したようにテーブルの下に顔を引っ込めた。ハグリッドがこれ以上ないくらい大憤慨した。
「そんなこと、本当に言うたのか!?」
「言ったわよ。でも、どういう意味だか私は知らない。もちろん、物凄く失礼な言葉だということは分かったけど……」
「あいつが思いつくかぎりの最悪の侮辱の言葉だ」ロンの顔がまたテーブルの下から現れて、不快そうにまくしたてた。「穢れた血って、マグルから生まれたっていう意味の――つまり、両親とも魔法使いじゃない者を指す、最低の汚らわしい呼び方なんだ。魔法使いの中には、例えばマルフォイ一族みたいに、みんなが純血と呼んで持てはやすものだから、自分たちが誰よりも偉いって思ってる連中がいるんだよ」
ロンがまたゲップをすると、ナメクジが一匹だけ飛び出して、ロンの手のなかに納まった。ロンは、そのナメクジを洗面器のなかへ投げ捨てた。
「もちろん、そういう連中以外は、そんなこと全く関係ないって知ってる。ネビル・ロングボトムを見てごらんよ、あいつは純血だけど、鍋を逆さまにして火に掛けたりしかねないぜ」
「それに、俺たちのハーマイオニーが使えねぇ呪文は、今までにひとっつもなかったぞ」
ハグリッドがとても誇らしくそう言ったので、ハーマイオニーは一瞬のうちに顔を真っ赤に染めた。
「他人のことをそんなふうに罵るなんて、むかつくよ」
ロンはあまりの具合の悪さに、震える手で額の冷や汗を拭っていた。
「今は純血の方がずっと少ないの。だからこそ、ドラコが付け上がるんだけどね。魔法使いや魔女のほとんどは、今では混血だから」
その先を続けるよりも早く、ロンがまたげえげえと吐きはじめたので、ルイスは思わず顔を顰めてしまった。このままでは、一緒になって具合が悪くなってしまいそうだった。
「うむ。そりゃ、ロンがやつに呪いをかけたくなるのも無理はねぇな」
大量のナメクジが洗面器の中に落ちる音をかき消すように、ハグリッドは声を大にして言った。
「だけんど、お前さんの杖が逆噴射したのはかえってよかったかもしれん。ルシウス・マルフォイが学校に乗り込んできおったかもしれんぞ」
ハグリッドがそこまで言うと、ハリーとハーマイオニーは心配そうな顔つきでルイスを見た。ルイスはふたりの気遣わしげな顔をきょとんとして見返した。
「だけど、ルイスは前にもマルフォイに呪いを……」
「ああ、それなら別に大丈夫だから、気にしないで」
「だけどもし、マルフォイが父親に告げ口をしたら?」
ルイスはハリーとハーマイオニーの顔を見て、顔の前でひらひらと手の平を振って見せる。
「大丈夫だってば。前にもあたし、ドラコに呪いをかけてやったことがあるけれど、覚えているでしょう? 一年生の時にホグワーツ特急の中で。ちょっとセブ――スネイプに呼び出されたけれど、別に何もなかったから」
しかし、もしドラコが父親に告げ口をしたとしても、マルフォイ氏は学校には何も言ってこなかっただろう。ルイスには、そういう確信があった。ラウルのもとに警告紛いの手紙が届くことはあったとしても、ルイスの身に何かが起こるとは思えない。
「そうだ、俺が育ててるもんを、ちょいと見に来ないか?」
ハリー、ルイス、ハーマイオニーがお茶を飲み終わったのを見て、ハグリッドが外に誘った。ハグリッドが見せたがっていたものは、小屋の裏にある小さな野菜畑で育った、大きなかぼちゃだった。それが数十個ある。
ハグリッドは、それがハロウィーンの祭りで使うかぼちゃだと教えてくれた。どうやら魔法でこんなに大きく育てているようだが、確かハグリッドは魔法を禁止されているはずだ。しかし、ルイスたちは顔を見合わせるものの、口を噤んでいることを選んだ。
「ねえ、そろそろ昼食の時間じゃない?」
ルイスが思い出したように言うと、ハリーはとても嬉しそうな顔をした。ハリーはハグリッドにもらった糖蜜ヌガーとルイスのキャンディを除けば、朝から何も食べていないのだ。
四人はハグリッドに挨拶をすると、城に戻った。ロンはまだしゃっくりをしてはいたが、ナメクジを大量に吐くことはなくなっていた。
四人で話をしながら玄関ホールに足を踏み入れると、急に頭の上から厳しい声が降ってきた。マクゴナガル先生だ。ルイスは思わず背筋をぴんと伸ばしたが、マクゴナガル先生はハリーとロンを探していただけだった。
「ポッター、ウィーズリー、ふたりとも処罰は今夜になります」
「先生、僕たち何をするんでしょうか?」
ロンはゲップを我慢しているのか、また少し顔色が悪くなったように見える。それとも、酷い罰則を科せられるのではないかと心配になり、怯えているのかもしれない。
「あなたは、フィルチさんと一緒にトロフィールームで銀磨きをします。もちろん、魔法は一切禁止です」
ロンはゲップどころか言葉すら忘れたようだ。アーガス・フィルチはホグワーツの管理人で、学校中の生徒からひどく嫌われていた。
「それから、ポッター、あなたはロックハート先生がファンレターに返事を書くのを手伝いなさい」
「えっ、そんな……僕もトロフィールームではいけませんか?」
ハリーの顔にはあからさまに絶望的だと記されている。ルイスは心底ハリーが可哀相だと思った。
「もちろん、いけません。ロックハート先生はあなたを特にご指名です。ふたりとも、八時きっかりに――それから、ジュリアード」
マクゴナガル先生は少しだけ和らいだ声でルイスを呼んだ。
「はい、マクゴナガル先生」
「スネイプ先生がお呼びです。昼食のあとで、先生の研究室へお行きなさい」
「――はい、分かりました」
ハリー、ルイス、ロンは肩を落として大広間に入っていった。ハーマイオニーはロンとハリーに対して、校則を破ったんでしょうというような顔を見せたが、ルイスには少し申し訳ないという顔を見せた。自分の為に魔法を使って、あのスネイプに呼び出されるなんてと、同情してくれているのかもしれない。
しかしルイスは、セブルスに呼び出されたことよりも、土曜日の午後が潰れてしまうのではないかと、そのことのほうがずっと心配だった。
「フィルチは僕を一晩中放してくれないよ。魔法なしだなんて――あそこには銀杯が百個はある。僕、マグル式の磨き方は苦手なんだよ」
「ロックハートにきたファンレターに返事を書くなんて、それこそ最低だよ。トロフィーを磨いていたほうがずっとましさ」
ルイスの目の前でふたりは急に不幸自慢をはじめた。
ルイスが昼食のあとでセブルスに呼び出されることなど、全く気にしていないようだ。しかし、ルイス自身もあまり気にしてはいなかったので、大広間に入りテーブルに座るなり、自分の皿に取り分けたシェパード・パイを口いっぱいに頬張った。次にローストビーフを皿に取り分けている横で、ハーマイオニーが何故かそわそわとしている。
ルイスがオレンジジュースを飲んで、口のなかのものを胃に流し込むのを待っていたかのように、ハーマイオニーは言った。
「どうしてルイスだけを呼び出すのかしら? あれはあなただけが悪いわけじゃないわ」
ハーマイオニーのその言葉にハリーとロンがこちらを見たので、ルイスは一瞬考えたあと、何気ない顔をして肩を竦めた。
「さあ、実行犯があたしだからじゃない?」
「でも、そうだ、ハーマイオニーの言う通りだよ。スネイプなら、僕を呼び付けてグリフィンドールから五十点くらい減点するはずだもの。そうでなくても、僕を退学にさせるための理由を探しているんだから」
ハリーの言い分にはそれなりの説得力があったが、ルイスはそれでも頭を左右に振って分からないふりをした。セブルスがルイスの兄、ラウルの友人だということを知っているのはハーマイオニーだけだ。ハリーとロンにはまだ話していない。
「僕、前からちょっと不思議に思っていたんだけどさ」ロンが小さくしゃっくりをしながら言った。「スネイプって、ルイスにだけ少し甘いよな。ほら、去年のハロウィーンの日にルイスが怪我をしたときだって、血相を変えて医務室まで連れて行っただろ? それに、グリフィンドールだっていうのに、ルイスからは一点だって減点したこと、あるかい?」
「ないわね」ハーマイオニーはルイスの表情を見て察してくれたのか、そっけなく答えてくれた。「だけど、ルイスは魔法薬学で学年一番の成績なのよ」
「だからスネイプのお気に入りってわけかい? グリフィンドールなのに?」
「所属寮と成績は関係ないわ」
「だったら、君だってスネイプのお気に入りのはずだ。違うかい?」
ロンがそう言うと、ハーマイオニーは一瞬言葉に詰まった。確かに、セブルスが生徒を成績でランク付けするのだとしたら、ハーマイオニーも相当セブルスのお気に入りでなければならない。ルイスはロンのもっともな意見に苦笑を浮かべた。
「ここでああだこうだ言っていたって、あたしがスネイプに呼び出されたっていう事実は消えないんだから」
ルイスがそう言うと、その時になって初めて、ロンの顔には同情の色が浮かんだ。
「あたしがもし、ロンの言うようにスネイプのお気に入りなら、こうやって呼び出されるはずがないと思うけれど」
「あ、そっか。言われてみれば、そうかもしれない」
ルイスとハーマイオニーの向かい側で納得しかけているロンの隣で、ハリーはなんだか腑に落ちないといった表情を浮かべている。
「ハリー?」
ルイスが首を傾げてハリーを見ると、ハリーは何でもないよと言ってすぐに目を逸らした。そのような態度のハリーを不思議に思ったが、間もなくすると昼食を終えてしまったので、ルイスは約束通りセブルスのいる地下の研究室に向かうことにした。
扉の前で一度立ち止まり、大きく深呼吸をする。それからそっとノックをすると、すぐにいつも通りの不機嫌そうな声が、中から聞こえてきた。
「入りたまえ」
「失礼しま――」
ルイスは扉を開け、セブルス・スネイプの研究室に一歩足を踏み入れたところで、驚きのあまり開いた口が塞がらなくなった。
ジメジメした地下牢、四方の壁にはガラス瓶に緑の液体や、何かの目玉や脳みそが瓶詰めにされたりしている。それはどれも気味が悪く、一見すると悲鳴を上げたくなるくらいに驚くかもしれないが、ルイスは全く別の理由で驚いていた。
「やあ、ルイス。元気だったかい?」
その人物は愉快そうににっこりとし、暖炉の前にある座り心地の良さそうなソファでくつろいでいた。そして、唖然としているルイスを面白そうに見つめている。
「少しばっかり用事があったんだよ。どうせだからセブルスのところでお茶をご馳走になろうと思ってね。薬も受け取らなければならなかったし」
「ああ、そう」
ルイスはその人物、ラウル・ジュリアードを見て、そんな間の抜けた返事をした。
「そうしたら、セブルスがルイスを呼び出したなんて言うから、一目会ってから帰ろうかと思って」
ルイスはてっきり、ラウルがいるから自分を呼び出したのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。セブルスは少しばつの悪そうな顔をしているように見えた。ラウルはもしかしたら、セブルスがあまりルイスに対して厳しいことを言えないよう、ここに止まってくれているのではないかと思えた。
「もしセブルスの言いたいことがスリザリンのクィディッチチームのことなら」ルイスもラウルの存在を横目で伺いながら切り出した。「あたしにもちゃんとした言い分があるんだから」
今のルイスにとって、ラウルは非常に心強い存在だった。生徒と一対一ならまだしも、生徒の保護者が、しかもそれが自分の友人なら尚更、嫌味ったらしいことは言いづらいに決まっている。
ラウルはぼそりと自分のことは気にしなくても良いと言ったが、セブルスは初めから気にしてなどいないと言い返していた。
「では、お聞きするが、何故我が寮の生徒たちにシレンシオの呪文を使う必要があったのかね?」
セブルスがそう言った次の瞬間、ラウルが不意を突いてふっと笑ったので、ルイスは返答が少し遅れてしまった。
「それは、あなたの寮のドラコ・マルフォイが」ルイスは一呼吸置いた。「ドラコがハーマイオニーのことを穢れた血と呼んだからよ。それがすべてではないけれど、事の発端はそうなの」
セブルスは穢れた血という言葉にびくりと反応を示して眉を少し動かしたが、ラウルは微塵もその表情を動かさず、反応という反応は見せない。
「それでみんなが怒って、ある人が呪文を逆噴射させて――」
「ウィーズリーだな?」
「今は誰が何をしたかを話しているのではなくて、あそこで何が起こったかを話しているの」ルイスがぴしゃりと言うと、セブルスは少しむっとして眉間にしわを寄せた。「そうしたら、あなたの可愛い生徒たちがその辺りを転げまわるくらい大笑いをしていたものだから、あたしは彼らが笑い死にしてしまう前におとなしくさせてあげただけよ」
ルイスは自分の言ったことが挑発的な言葉になってしまったのを少し後悔した。ラウルがルイスに咎めるような視線を向けたからだ。
誰に椅子を勧められることもないまま、ルイスは二十分程セブルス・スネイプの事務机の前で立っていた。動かないでただ立っているというのは苦痛なもので、立ったまま片足ずつぶらぶらと動かさずにはいられない。
「グリフィンドールから減点する? あたしに処罰を与える? 別にそうしても文句は言わない。反省はしていないけど、悪いことをしたとは思うから」
何故こんなにも、セブルスはスリザリンには甘いのだろう。不公平だとルイスは思った。セブルスはスリザリンから減点したりしないが、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生は、たとえ自分の寮の生徒でも、それなりのことをしたら何の例外もなく減点をする。ルイスたちはそれで、昨年度グリフィンドールから合計で二百点を一気に減点されてしまったのだ。
ホグワーツを卒業するまでに、一度で良いからセブルスがスリザリンから減点し、グリフィンドールに加点するところを見てみたいものだと、ルイスはそう思った。
「今回は」しばらくの間、ルイスのことを見定めるようにして黙りこくっていたセブルスが、思い出したように話しだした。「減点も処罰もない。ただし、同じようなことがまたあれば、規則を破ったことを必ず後悔することになるだろう」
――スネイプって、ルイスに少し甘いよな。
ルイスはそう言ったロンの言葉を思い出した。
「三度目はないと思うんだな」
「だけどセブルス、二度あることは三度あるとも言うよ」
ラウルがくすくすと笑い出し、話はそれで終わり? とセブルスに聞いた。セブルスはうんともすんとも言わなかったが、ラウルはそれを肯定と取ったのか、その時になって初めてルイスに椅子をすすめてくれた。
「ほら、ルイス。こっちに来て座ったら?」
ラウルが座っていたソファは、青いふかふかとしたものだった。ルイスはこくんと頷くと、ラウルの隣に腰を下ろしたが、どう考えてもこのソファはこの研究室には不似合いだ。きっと、ラウルが魔法で出したに違いない。
「調子はどう?」
「まあまあ、普通かな」
ルイスは咄嗟にどう答えていいか分からず、当たり障りのない返事をした。聞いたのはラウルなのに、本人はあまり興味のない様子でふうんと呟きながら、紅茶を飲んだあとのカップの底ばかりを眺めている。
それから何を思ったのか、ポケットから杖を取り出したかと思うと、それを一振りし、何種類かの薬草を取り出して、一緒に出した皿の上でそれらを燃やしはじめた。つんと刺激臭のある煙が立ち上り、セブルスはそれをこの上なく不快そうに見ている。しかし、ラウルはその煙や炎をじっと見つめたまま目を逸らそうともしなかった。
「何を燃やしているの?」
「今のはセージだよ。ゼニアオイも燃やしたりするけど――ああ、ごめん、セブルス。すぐに片付けるよ」
ラウルは何かを言い終える前に、やっと文句を言いたげなセブルスの視線に気づき、さほど悪怯れる様子も見せないまま、杖を一振りして受け皿ごと薬草の燃えかすを消し去ってしまった。
しかし、つんとした刺激臭は消えず、研究室に止まっている。生憎この場所は地下なので、窓などの換気手段はなかった。
「さあ、僕はそろそろ行かないと」
ラウルは何気ない顔をして立ち上がったが、一瞬だけセブルスと互いに目を合わせて、頷き合うような仕草を見せたような気がした。けれど、次の瞬間にはルイスの方を向いていたので、もしかしたらそれは見間違いだったのかもしれない。
「そこまで一緒にくる?」
ルイスには、ラウルが何か話したがっているように思え、こくりと頷きながら立ち上がる。それはもしかしたら、セブルスには聞かれたくない話なのかもしれない。
「あ、でも、スネイプ先生のお許しが出ればだけれど」」
セブルスは眉根を寄せて何か言いたげな表情を作ったが、口に付いて出てきたのは、ただの小言だった。
「部外者が校内をうろつくのは懸命とは言い難いな」
「もうとっくにうろついているよ、セブルス。心配しなくても、君の可愛い生徒たちには襲い掛かったりしない」
ラウルはそう言って悪戯っぽく笑ったので、ルイスは思わず苦笑いを浮かべてしまった。なかなかに笑いにくいジョークだと思った。
「それじゃ、セブルス。薬をありがとう。それから、うちのかわいい妹をあまりいじめないでやってくれ」
ルイスはセブルスに挨拶もできないまま、追い立てられるようにして、地下から伸びる階段を上った。急かすようにして背中を押していたラウルの手は、少しでも生徒の声が聞こえるとルイスの肩をつかみ、物陰に隠れた。
「どうしてこんなにこそこそする必要があるの?」
まるで夜の学校を、管理人のフィルチに見つからないように、隠れながら探険しているような気分だ。ルイスは何とも言い難い雰囲気の中で、囁くように言った。
「セブルスが言っていたけど、部外者が校内をうろつくのはあまり良いことじゃないんだよ。それに、ルイスが部外者と校内を歩いているのを見られるのもよくない」
ラウルはそう言って、再びルイスの背中を押した。どうやら玄関ホールではなく、どこか別の場所を目指して歩いているようだ。
「ねえ、リーマスは元気?」
ルイスはふと思い立って、聞いてみた。
「もちろん、元気だよ」ラウルは短く答えた。「それより、僕は君に言っておかなければならないことがあるんだ」
「あたしに? 何を?」
ラウルは用心深く周りに誰もいないことを確認したあと、足を止めてルイスと向かい合った。
「いいかい? 毎回口を酸っぱくして言っていることだけど、危険なことや厄介事には、絶対に首を突っ込んではいけないよ。絶対にだ。もし何かが起こってしまったら、セブルス――まあ、嫌なら、ダンブルドアでもマクゴナガルでも誰でもいいから、取り敢えず大人に相談をしなさい。この間そうしたように、リーマスや僕に手紙を書いてもいい」
一年生の時も、ラウルがルイスにこう言ったあと、賢者の石にまつわる事件が起こりはじめた。
ルイスは咄嗟にラウルが何かを知っているのではないかと思ったが、そのことについて何かを訪ねる前に、ラウルは先を続けた。
「とにかく、僕の言うことを聞いてほしいんだ。分かったね?」
「うん、分かった」
ルイスが半信半疑で頷くと、ラウルはそれでも少し安心したようだった。
「それじゃあ、僕はもう行くよ。ダンブルドアと少し話をしてから帰るからね。さあ、その肖像画の裏に隠し通路があるから、そこを真っすぐに行けばグリフィンドール寮の扉の前に出るよ」
――どうしてラウルがグリフィンドールに続いている隠し通路を知っているの?
そう聞こうとしてルイスが後ろを振り返ると、ラウルはすでに背を向けて、廊下の向こうへ行ってしまっていた。
ラウルに言われた通り、肖像画を横にスライドさせると、そこにはアーチ状の道が真っすぐ続いていた。ルイスが一歩足を進めるたびに、上からぶら下がっているランプがひとつずつ、順番に灯る。
「こんな道が他にもたくさんあるのかな」
ルイスは暗くじめじめした道を進みながら、小さく呟いた。足音が反響しているせいで、後ろから誰かがついてきているような気味の悪い感じがする。けれど、後ろを振り返ってみても、そこには誰の姿もない。
通路を出ると、その眩しさに一瞬目が眩んだ。自分が出てきた場所を確かめようと振り返ると、そこはただの壁に変化してしまっていた。どんどんと叩いてみるが、何も起こらない。おそらく、一方通行の道なのだろう。
ルイスがそう思って周りを見渡すと、そこは本当に、グリフィンドール寮の目と鼻の先だった。