ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Class of history of magic

 ハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーの四人は、ほとんど首無しニックの絶命日パーティを抜け出してきたあと、ハリーが聞いたという声を追い掛けて、三階の廊下へやってきていた。窓と窓の間の壁には大きく、秘密の部屋は開かれたり、継承者の敵よ気をつけよ、と血のような文字で印され、すぐ近くにある松明の腕木にはミセス・ノリスが逆さに吊されていた。

 今、ハロウィーンパーティを終えて大広間から出てきた生徒たちに囲まれた四人は、身動きがとれないまま状態のまま、誰かに全身金縛りでもかけられたようにぴくりとも動くことができない。

「何だ、何だ? 何事だなんだ?」

 ドラコ・マルフォイの大声に引き寄せられたのか、管理人のアーガス・フィルチが人混みを掻き分けて四人の前に現れた。そして、フィルチは自分の飼い猫であるミセス・ノリスの悲惨な姿を目の当たりにした途端、両手で顔を覆って後退りをした。

「ああ、何と言うことだ、これは私の猫だ! ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!」

 フィルチの悲痛な叫びが廊下に響き渡った。そして何を思ったのか、フィルチは憎悪に満ちた視線をハリーに向けて、突きつけるように指を差した。

「お前だな! お前だ! お前が猫を殺したんだ! 俺がお前を殺してやるぞ!」

「アーガス!」

 ちょうどその時、ダンブルドアが何人かの他の先生を引きつれ、現場に現われた。ダンブルドアはハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーの脇を通り抜けて、ミセス・ノリスを松明の腕木から外した。

「アーガス、一緒にきなさい。そこの四人もおいで」

「校長先生」他の先生たちと一緒にいたロックハートが前に進み出た。「ここからですと、私の部屋が一番近いです。どうぞご自由にお使いください」

「ありがとう、ギルデロイ。では、お言葉に甘えるとしよう」

 人垣が左右に割れ、四人と先生たちを通した。ロックハートはどこか興奮した様子で、ダンブルドアの後をついていく。マクゴナガル先生もセブルスもそれに続いた。セブルスは何かを言いたげにこちらを見たが、ルイスはその視線に肩をすくめて見せるだけだ。

 明かりの消えた部屋に入ると、そこら中に飾られているロックハート自身の写真や自画像が、あたふたと動いた。写真のなかの、髪にカーラーを巻いたロックハートの何人かが、物陰に隠れるのを見て、ルイスはあまりの馬鹿馬鹿しさに思わず目を逸らした。

 本物のロックハートは机の蝋燭を灯すと、後ろに下がった。ダンブルドアはミセス・ノリスを磨きたてたように光り輝いている机のうえに寝かせ、もう少しでその折れ曲がった鼻先がミセス・ノリスに触れるのではないかと思うほど近く、顔を寄せていた。長い指で突いたり、擦ったりしながら、ミセス・ノリスをくまなく調べている。

 マクゴナガル先生も同じようにミセス・ノリスを調べていたが、セブルスはその後ろに立って、何とも奇妖な表情を浮かべていた。おそらく、この事件のおかげでハリーを退校処分にできるかもしれないと内心では喜んでいるのを、必死で悟られまいとしているのだろうと、ルイスは思った。

「猫を殺したのは、呪いに違いありません」ロックハートは皆の周りをうろうろとしながら、うるさい無意味な演説を続けている。「多分、異形変身拷問の呪いでしょう。何度も見たことがありますよ。私がその場に居合わせなかったのは、まことに残念でなりません。猫を救う、ぴったりの反対呪文を知っていましたのに」

 ルイスは今すぐに、その異形変身拷問とやらを、ロックハート自身にかけて息の根すら止めてしまいたいと思った。ダンブルドアはぶつぶつと何かの呪文を唱えて、ミセス・ノリスを杖で軽くたたいたりしていたが、結局は何も起こらなかった。

「そう、非常によく似た事件がウグドゥグで起こったことがありましたよ。忘れもしません」

 ルイスはとうとう耐え切れずに、大きなため息を吐いた。写真のなかの何人かのロックハートと、セブルスがチラリとこちらを見た。

 だが、次の瞬間、ダンブルドアがようやく体を起こして、優しく言った。

「アーガス、猫は死んでおらんよ」

 ロックハートは、これまで自分が未然に防いできた殺人事件の数を数えている最中だったが、慌てて数えるのをやめた。

「死んでいない? それじゃ、どうしてこんなに――こんなに冷たくなっているんです?」

「これは、石になっているだけじゃ」

 ダンブルドアが答えると、やっぱり! 私もそう思いました! とロックハートが上機嫌に賛同した。しかし、ダンブルドアはそれを完全に無視したので、ルイスはいい気味だと思いながら鼻で笑う。

「ただし、どうしてこうなったのかを、今のわしには答えることができぬ」

「そういうことなら、あいつに聞いてください、校長!」

 フィルチは涙を溜め込んだ両目でハリーを睨み、叫ぶように言った。けれど、ダンブルドアは静かに首を横に振る。

「二年生には無理じゃ。最も高度な闇の魔術をもってして初めて、可能な魔法なのじゃよ、アーガス」

「あいつだ! あいつがやったんだ! あいつが壁に書いた文字を読んだでしょう?」

「僕たち、ミセス・ノリスに指一本触れていません!」

 ハリーが大声で反論をはじめた。部屋中の目という目がハリーを見ている。ロックハートの写真ですら、ハリーを真っすぐ見ていた。

「校長、一言よろしいですかな?」

 黒いローブを着て、影と一体化しているセブルスが言った。途端に、ハリーとロンの体がびくりと震えた。ルイスはセブルスが口を開いた瞬間、あまりいい予感はしないと思った。

「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな」

 しかし、ルイスはセブルスのそんな発言に口を間抜けに開け放つことしかできなかった。まったくもって予想外だったからだ。まさか、セブルスの口からハリーたちを擁護する言葉が出てくるなど、誰が想像するだろう。

 むしろ気味が悪いと思っていると、次いでセブルスの顔いっぱいに浮かんだ独特な笑顔を見て、ルイスは一瞬にして思い直した。

「とはいえ、疑わしい状況は存在します。彼らはなぜ三階の廊下にいたのか。なぜ四人はハロウィーンのパーティにいなかったのか」

「それは――」

 セブルスが回答を求めるような視線をこちらに向けていたので、それを説明をしようとルイスが口を開こうとすると、それよりも早くハリー、ロン、ハーマイオニーが揃って絶命日パーティの説明をはじめた。

「ゴーストが何百人もいましたから、私たちがそこにいたと証言してくれると思います」

「それでは、そのあとパーティに来なかったのはなぜかね?」

 セブルスはセブルスで、ハリーたちの尻尾をつかもうと必死だ。これがハリーを退学にさせられる最後の手段だとでも思っているのだろう。

「何故あそこの廊下に行ったのかね?」

 どうしてセブルス・スネイプという人間はこんなにも意地が悪いのだろう。ルイスははじっとセブルスを睨み付けたが、セブルスは一度だってこちらを見ようとしない。

「それは、つまり、その」ハリーはそう言いながら、適当な言い訳を考えているようだった。「僕たちは疲れたので、早くベッドに行きたかったものですから」

「夕食も食べずにか?」セブルスは勝ち誇ったように嫌らしく笑って、更に続けた。「ゴーストのパーティで、生きた人間に相応しい食事が出るとは思えんがね」

「僕たち、空腹ではありませんでした」

 ロンがそう言った途端、本人のお腹が胃に反してぐうぐうと音を立てる。これで、その言葉の信用性を全くなくしてしまった。小食のルイスですら相当な空腹感を抱いているのだから、他の三人は相当お腹を空かせているに違いない。

「校長、ポッターが真正直に話しているとは言えないですな。全てを正直に話してくれる気になるまでは、彼の権利を一部取り上げるのがよろしいかと存じます。私としては、彼が告白するまでグリフィンドールのクィディッチチームから外すのが適当かと思いますが」

 そんなのは卑怯だ――ルイスがそう思うと同時に、今まで黙っていたマクゴナガル先生が唐突に口を開いた。

「そう思いですか、セブルス。私にはこの子がクィディッチをするのを止める理由が見当たりませんね。この猫は箒の柄で頭を打たれたわけでもなさそうです。ポッターが悪いことをしたという証拠は何ひとつないのですよ」

 ダンブルドア先生はハリーを探るような目で見ていた。だが、それだけだった。

「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」

 セブルスはその結論が気に入らないとばかりに憤慨し、フィルチも同じような反応を示した。

「私の猫が石にされたんだ! 処罰を受けさせなけりゃ収まらん!」

「アーガス、心配せずとも、君の猫は治してあげられますぞ」フィルチの金切り声とは対照的に、ダンブルドアの声は穏やかだった。「スプラウト先生が、最近やっとマンドレイクを手に入れられてな。十分に成長したら、すぐにもミセス・ノリスを蘇生させる薬ができるはずじゃ」

「私がそれをお作りしましょう」またロックハートがしゃしゃり出たが、先生たちは気にも止めていない様子だ。「私はそれを何百回作ったか分からないくらいですよ、校長。マンドレイク回復薬なんて、眠っていたって作れます」

「お言葉だが」

 ただし、セブルスだけは例外らしく、ハリーを退校処分にし損ねた欝憤を全てロックハートにぶつけようとしているようだった。

「このホグワーツ魔法魔術学校では、私が魔法薬の教授のはずだ」

 とても重く、気まずい沈黙が訪れた。さすがのロックハートも、殺気立つセブルスに睨み付けられては何も言えないだろう。

「さあ、四人とも、寮に戻りなさい」

 ダンブルドア先生が沈黙を破り、ハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーに言った。四人はお互いを押し合うようにしてその場を立ち去り、五階の誰もいない教室に入ると、そっとドアを閉めた。暗くてみんなの顔はよく見えなかったが、明かりを灯すのも危険だと思い、ルイスは杖に手を伸ばさなかった。

「あの声のこと、ダンブルドアに話したほうがよかったと思う?」

「いや」

 ロンがそう言うのに合わせて、ルイスは声もなく首を横に振った。

「誰にも聞こえない声が聞こえるのは、魔法界でも狂気のはじまりだって思われているんだ」

「でも、君たちは僕のこと信じてくれるよね?」

「もちろん、信じているさ。だけど、君も薄気味悪いって思うだろ?」

「確かに薄気味悪いよ。何もかも気味の悪いことだらけだ。壁になんて書いてあった?」

「秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ」

 ルイスが頭の中に張りついている言葉を思い出しながら言った。

「あれ? なんだったかな。ちょっと待って。何だか思い出しそう」ロンが必死に考えるような素振りを見せながら言った。「前に、誰かがそんな話をしてくれたことがある。んーと、ビルだったかもしれないな。ホグワーツの秘密の部屋のことだ。ルイス、君、聞いたことある?」

 ルイスは首を横に振った。ホグワーツの秘密の部屋の話など聞いたこともなかった。もしかしたら、ラウルやリーマスなら知っているかもしれないと思ったが、何も言わずにいた。それよりも、ハリーが聞いた声を自分も聞いたような気がすると言おうとすると、どこかで時計の鐘が鳴った。

「午前零時だ」

 ハリーが暗がりの教室内をぐるりと見回した。どこかにゴーストやピーブズが隠れているのではないかと、疑心暗鬼になっているようだ。

「早く寮に戻ったほうがいい。スネイプに見つかる前にね。あの人、またハリーを退校にできなくて相当頭にきているみたいだったし」

 ルイスがそう言って周りを急かすと、ハリーは少し困ったように苦笑してみせた。

 それから数日の間、ホグワーツ中がミセス・ノリスが襲われた事件で持ちきりだった。犯人が現場に戻るとでも思ったか、フィルチはミセス・ノリスが襲われた現場付近を、毎日行ったり来たりしている。そして、その壁の文字を消そうと努力しているようだったが、ミセス・ゴシゴシの魔法万能汚れ落としでいくら擦っても、効果はないようだった。

 ジニーはミセス・ノリスの事件で酷く心が乱されたようだ。ロンが言うに、ジニーは無類の猫好きなのだそうだ。

「ミセス・ノリスの本性を知らないからだよ」ロンはジニーを元気づけようとして、努めて明るく言い放った。「はっきり言って、あんなのはいないほうがどんなに清々するか」

 ロンの言葉にジニーは青白い顔をして、唇をわなわなと震わせた。

「あんなことをした野郎は、学校があっという間に捕まえて、ここから摘み出してくれるよ。できればその前に、ちょいとフィルチを石にしてくれりゃいいんだけど。あ、ごめん。冗談だよ、冗談」

 ジニーが不自然なほど真っ青になったので、ロンは慌てて冗談だと付け加えた。

 ハーマイオニーはあの事件以来、毎日毎日読書ばかりしていた。一体何を調べているのかを聞いても、ハーマイオニーは読書に没頭していて、ろくに返事もしなかった。

「ルイス、魔法史のレポートは終わった?」

 図書館で空いた机を見つけ、そこに荷物を乗せていると、ロンが向かい側で探るように言った。

 魔法史の宿題で、中世におけるヨーロッパ魔法使いの会議について、羊皮紙一メートル分のレポートを書くように言われていた。

「あれならもう終わった。でも、見せてあげないよ。ハーマイオニーに怒鳴られたくないもの。だけど、参考になる本なら探してきてあげる」

 ルイスがそう言っても、ロンはこれっぽっちも嬉しそうではなかった。

 ハーマイオニーはまたさっさとどこかへ消えてしまったので、ルイスはロンのために参考になりそうな本を探しに行った。いくつも並ぶ魔法史の棚を物色するように眺めていると、前から誰かがやってきたことにも気付かず、正面からぶつかってしまう。

「ごめんなさい」

 ルイスか反射的に謝ると、頭の上からくすくすと少し遠慮気味に笑う声が聞こえてきた。そこには、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーが立っていた。

「こちらこそ、ごめん。僕たちってよくぶつかるね」

「……言われてみれば、そうかも」

 初めて会った時も、キングズ・クロス駅でぶつかったんだっけ――ルイスはそう思って、少し笑った。

「何を探しているの?」

 セドリックは何とか共通の会話を捻り出そうとしてくれているのか、ちょっと難しい顔をした。

「本だけれど」

 そんなこと、図書館にいるのだから当たり前だろうと思ったが、ルイスは言葉が足りなかったかもしれないと思い直し、僅かに首を傾げた。

「魔法史のレポートを書くのに必要な本を探しているの。中世におけるヨーロッパ魔法使いの会議について、レポートを一メートル分書くように言われているから。あたしは終わったのだけれど、友達がまだ終わっていなくて」

「ああ、それなら」セドリックは棚の一番上に手を伸ばして、一冊の本を取ってくれた。「この本がいいかもしれない」

 本の表紙には、本のタイトルと思しき文字の羅列がみられるが、あまりにも擦れていて、何と書いてあるかも分からない。

「少し古いけど、結構ためになることが多く書かれているよ。もしよかったら」

「どうもありがとう」

 ルイスが適当にページを捲って眺めていた本から顔を上げて微笑むと、セドリックの顔が心なしか赤くなったような気がした。けれど、ルイスは気にも留めずに、じゃあね、と言ってその場を立ち去った。

 ルイスが机に戻ると、ちょうどハリーがやってきたところだった。ハリーは午前最後の授業だった魔法薬のセブルス・スネイプに居残りを命じられ、机にこびり付いたフジツボをこそげ落とし、昼食をとってきたところだと言った。

「ああ、まだ二十センチも足りないなんて」

 ロンはルイスが持ってきた本を見ようともせず、ぷりぷりと怒りながらそう言うと、羊皮紙と巻き尺を放り出した。ロンの手から放れた羊皮紙はくるりと丸まって、机の上に転がった。

「ハーマイオニーなんか、もう一メートル四十センチも書いたんだ。しかも、こんなに細かい字で。ルイスだってもう終わったっていうし」

「ハーマイオニーはどこ?」

 ハリーはロンの放り出した巻き尺を取り上げて、自分の羊皮紙の長さを測りながら言った。

「どこかあの辺じゃない?」

「また別の本を探しているよ。クリスマスまでに図書室中の本を全部読んでしまうつもりなんじゃないかな」

 ロンは信じられないと言いたげにため息を吐いた。ハリーはルイスの隣に座ると、不思議そうに首を傾げた。ルイスはセドリックに勧められた本を手に取ったが、それを開かずにハリーの顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

「さっき図書室にくる前にジャスティン・フィンチ-フレッチリーに会ったんだ」

「ジャス……誰?」

「ジャスティン。ハッフルパフの子だよ。前に薬草学で一緒になったの、覚えていないのかい?」

「ああ、あの子がどうしたの?」

「僕から逃げていった」

「逃げた?」

 ロンがあまりにも素っ頓狂な声を上げて驚くので、ルイスとハリーはロンを慌てて黙らせた。マダム・ピンスに目をつけられるのはごめんだった。そういうことになれば、向こう一週間は図書室を利用することができなくなってしまう。

「でも、どうしてハリーを見て逃げる必要があるの?」

「分からない。僕はただ挨拶をしようとしただけなのに、僕を見て急に方向を変えて、あっちに行ってしまったんだ」

「ハリー、そんなの気にすることないって。僕、あいつをちょっと間抜けなやつだって思っていたよ」

 ロンがまた羊皮紙を手に取り、できるだけ大きな字で残りの空白をうめようと頑張っている。

「だって、ロックハートが偉大だとか、馬鹿馬鹿しいことを言っていたじゃないか。そんなことを言うやつに例え嫌われたとして、何か損をすることがあるか?」

「確かに」

 ルイスは本に目を落としながら、少し笑ってロンの言葉に相槌を打った。すると、ハーマイオニーが書棚の間からひょっこりと現われ、三人のところまで戻ってくる。ようやくまともに話そうという気持ちになったらしい。

「ホグワーツの歴史が全部貸し出されているの」ハーマイオニーはロンの隣にどっかりと腰を下ろした。「残念なことに、あと二週間は予約でいっぱいなんですって。私の本を家に置いてこなければよかったわ。ロックハートの本でいっぱいだったから、トランクに入りきらなかったの」

「どうしてその本が欲しいの?」

「みんなが借りたがっている理由と同じよ。秘密の部屋の伝説を調べたいの」

「それ、何なの?」

「まさにその疑問よ。それがどうしても思い出せないの。しかも、他のどの本にも書いていないし」

 ルイスは本を読みながら、二人の話を流すようにして聞いていた。ホグワーツの歴史は読んだことがなかったが、あれだけ本があるのだ、ジュリアードの地下室にあってもおかしくはないだろう。

「ねえ、ハーマイオニー、君のレポートを見せてくれよ」

 ロンが時計を見ながら絶望的な声を出した。もう少しで午後の授業、魔法史の授業がはじまってしまう。

「駄目よ、見せられないわ」ハーマイオニーの答えはルイスと同じだった。「提出まで十日もあったじゃないの」

「あとたった六センチなのに」

 無情にも始業の鐘が鳴った。ロンとハーマイオニーは、ハリーとルイスの前に立って、口喧嘩をしながら魔法史のクラスに向かって歩いていく。後ろを歩くハリーとルイスは、顔を見合わせて肩をすくめた。

 魔法史の授業は受けている授業のなかで一番退屈な科目だった。担当のビンズ先生はただひとりのゴースト先生で、みんなが唯一面白がっているのは、先生が黒板を通り抜けてクラスに現われることだけだった。

 聞くところによれば、先生は自分が死んだことにすら気が付かなかったらしい。ある日、立ち上がって授業にでかけるとき、生身の体を職員室の暖炉前の肘掛椅子に置き忘れてきてしまったのだという。あまりに突飛な話だが、どうやら本当のことらしかった。

 今日も、いつものように一本調子で退屈な授業だった。ルイスはぼうっとする頭を何度も振って必死に目を覚まそうとするが、それは中々難しいことだった。しかし、先生が三十分も話し続けた頃、今まで一度として考えられなかった出来事が、今、正に起ころうとしていた。

 ハーマイオニーが手を挙げたのだ。それを見つけたビンズ先生の顔は、自分が死んだ事実を突き付けられた時よりも驚いているに違いないと、ルイスは思った。

「Miss.――あー?」

 ビンズ先生は授業を教えている生徒の名前すら覚えていないらしい。それも、学年で一番成績のいい生徒の名前を。

「グレンジャーです。先生、秘密の部屋について、是非とも何か教えていただけませんか?」

 そのハーマイオニーのはっきりした声に、口をだらしなく開けて窓の外を眺めていたディーン・トーマスは、睡眠状態から一気に覚醒した。ラベンダー・ブラウンもネビル・ロングボトムも、生徒のほとんどがハーマイオニーの言葉に驚きと期待を寄せていた。

「私がお教えしているのは魔法史です。事実を教えているのであり、ええと、Miss.グレンジャー、神話や伝説ではないのです」先生は咳払いをし、また授業を再開した。「では、続きから。同じ年の九月――」

 先生はまた言葉を止めた。またハーマイオニーが手を挙げたからだ。

「Miss.グラント?」

「グレンジャーです。先生、どうかお願いです。伝説というのは必ず事実に基づいているのではありませんか?」

 ビンズ先生はハーマイオニーをじっと見つめた。ルイスはハリーと顔を見合わせ、そしてビンズ先生を見た。

「まあ、そんなふうにも言えましょう。しかしながらです、あなたがおっしゃるところの伝説といえば、これは実に人騒がせなものであり、荒唐無稽な話とさえ言えるものでもあり」

 しかし、今やクラス全体がビンズ先生の漏らす息遣いにすら意識を集中させようと努めている。だが、それだけそれを感じ取ろうとしても、無理な話だ。ビンズ先生はもう既に、呼吸をしなくなって久しい。

 先生はどこを見るともなく、ぼんやりとクラス中を見回した。全員が、ビンズ先生を真剣な顔で見ている。こんなにも興味を示されることなどかつてなかった先生が、完全に動揺しているのが分かった。

「あー、では、よろしい」

 先生が噛み締めるように、仕方ないとでも言うように語りだした。不本意だと思いながらも、その表情は初めての出来事に多少なり興奮しているようだ。

「さて、秘密の部屋とは、そうですね、まずは、皆さんも知っての通り、ホグワーツは一千年以上も前――正確な年号は不明であるからして――その当時の、最も偉大なる四人の魔女と魔法使いたちによって、創設されたのであります。創設者の名前に因みその四つの学寮を、次のように名付けたのであります。即ち、ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン。彼らはマグルの詮索好きな目から遠く離れたこの地に、共にこの城を築いたのであります。何故ならば、その時代には、魔法は一般の人々の恐れるところであり、魔女や魔法使いは多大なる迫害を受けたからであります」

 先生は一息入れ、クラス中をゆっくりと見回してから、また話し出した。

「数年の間、創設者たちは和気靄々と、魔法力を示した若者たちを探し出しては、この城で教育したのであります。しかしながら、四人の間に意見の相違が出てきました。そのことにより、スリザリンと他の三人との亀裂は、どんどんと広がっていきました。スリザリンは、ホグワーツには選別された生徒のみが入学を許されるべきだと考えたのであります。魔法教育は、純粋に魔法族の家系にのみ与えられるべきだという信念を持ち、マグルの親を持つ生徒は、学ぶ資格がないと考え、入学させることを嫌ったのであります。しばらくして、この問題をめぐり、スリザリンとグリフィンドールが激しく言い争い、スリザリンが学校を去ったのであります」

 グリフィンドールとスリザリンの不仲はそこから続いているのかと、ルイスは少し苦笑を漏らしながらも、妙に納得をしてしまった。根本的な性格の相違というやつだろうと思った。

「信頼できる歴史的資料は、ここまでしか語ってくれないのであります。しかし、こうした真摯な事実が秘密の部屋という空想の伝説により、曖昧なものになっているのです。スリザリンがこの城に、他の創設者には全く知られていない、隠された部屋を作ったという話があります。その伝説によれば、スリザリンは秘密の部屋を封印し、この学校に彼の真の継承者が現われるときまで、何人もその部屋を開けることができないようにしたという。その継承者のみが、秘密の部屋の封印を解き、そして、その中の恐怖を解き放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶに相応しからざる者を追放するという」

 先生が語り終えると、クラス中は恐ろしく静まり返った。もう、誰も眠っているものはいない。まだ生徒たちは話して欲しそうに、教壇に立つビンズ先生を熱心に見つめている。ビンズ先生はそのような生徒たちの様子に、ただただ困惑していた。

「もちろん、すべては戯言なのであります。そのような証を求め、最高の学識ある者たちが何度もこの学校を探索しましたが、そのようなものは存在しなかったのです」

「先生、秘密の部屋の恐怖とは具体的にどういうことですか?」

「何らかの怪物だと信じられており、スリザリンの継承者のみが操ることができる、恐ろしい何かです」生徒たちは先生の言ったことに、恐々とした様子で、互いに顔を見合わせた。「ですが、言っておきましょう。そんなものは存在しない」

 ビンズ先生はノートを捲りながら言った。

「部屋など存在しません。従って、怪物など存在しないのです。よろしいですか」

「でも先生、もしその秘密の部屋がスリザリンの継承者によってのみ開けられるのなら、他の誰もそれを見つけることはできないのでは?」

 シェーマス・フィネガンがもっともらしくそう言うと、ビンズ先生は、ナンセンス、オッフラハーティ君と、シェーマスのことを意味不明な呼び名で呼んだ。

「歴代のホグワーツ校長、女校長先生方が、何も発見しなかったのだからして」

「だけど、ビンズ先生。そこを開けるのには、何か高度な闇の魔術を使わないといけないのでは?」

 今度はパーバティがビンズ先生に、Miss.ペニーフェザーと呼ばれた。ビンズ先生はいったい、どのように生徒の名前を覚えているのだろうと、ルイスにはそちらのほうに興味が引かれた。

「闇の魔術を使わないからといって、使えないということにはならない。繰り返しではありますが、もしダンブルドアのような方が――」

「でも、スリザリンと血が繋がっていないといけないのではありませんか? ですから、ダンブルドア先生は――」

 しかし、ディーンがそう言いかけたところで、ビンズ先生は生徒たちの目にとうとう耐えられなくなったようだった。

 そんな話は神話だと、そうきっぱりと言い切り、ビンズ先生は話をそこで打ち切ってしまった。

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