ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Spider's escape

「サラザール・スリザリンが狂った変人だってことは知っていたさ」

 授業が終わり、夕食前に荷物を寮に置きに行く生徒たちで混雑している廊下を歩きながら、ロンが言った。

「でも、知らなかったな。例の純血主義だの何だのってのをスリザリンが言い出したなんて。僕ならお金を貰ったって、そんなやつの寮に入るもんか。はっきり言って、組み分け帽子がもし僕をスリザリンに入れていたら、僕、汽車に飛び乗って真っすぐ家に帰っていたと思うよ」

 そうそう、とハーマイオニーは頷きかけたが、ちらりとルイスを気遣わしげに見て、でも結局はロンの言葉に頷いた。しかし、ルイスはロンの言葉に素直に頷くことができなかった。

 ルイスは確かにグリフィンドール寮生だったが、組み分け帽子はまず、スリザリンに入ることを勧めたのだ。

 ――君は、偉大になる素質を持ち合わせている。

 ルイスは組み分け帽子の、頭のなかに直接語りかけてくる声を思い出していた。隣を歩いているハリーを見ると、何故かとても難しい顔していたので、少し驚いてしまう。一体何を考えているのだろうと思った。

「やあ、ハリー!」

 けれど、ルイスがハリーに声をかける前に、人混みの中からハリーに話しかけてくるコリン・クリービーが現われた。

「やあ、コリン」

 ハリーはまたかとうんざりしているように見えた。挨拶は社交辞令程度にしか聞こえなかった。

「ハリー、ハリー、僕のクラスの子が言っていたんだけど、君って――」だが、コリンのその小さな体では人の波に逆らうことはできなかったらしく、どんどんハリーから遠ざかっていく。「まあいいや、あとでね、ハリー!」

 コリンは諦めたようにそう言うと、大広間の方に行ってしまった。

「クラスの子があなたのこと、何て言っていたのかしら?」

「僕がスリザリンの継承者だとか言っていたんだろ」

 ハーマイオニーの問いに、ハリーは苛々した様子で答えた。

「まあ、気にすんなって。ここの連中ときたら、何でも信じ込むんだから」

 ロンは気楽にそう言ったが、ルイスはそう気楽になることができなかった。実際にミセス・ノリスは石にされてしまったし、あの壁に書かれた文字も気になる。

「秘密の部屋があるって、君、本当にそう思う?」

「分からないけど、ダンブルドアにもミセス・ノリスを治してあげることができなかった。ということは、少しだけ考えたんだけど、猫を襲ったのはもしかしたら――人ではないのかもしれない。ねえ、ルイス? 何か分からない?」

 ハーマイオニーが何故意見を求めてきたのか分からないまま、ルイスは首を左右に振った。

 ちょうどその時、四人は角を曲がり、あの事件があった現場の廊下に出た。ルイスは辺りを見回したが、いつもここで怪しい生徒がいないか見張っているフィルチの姿がないことに気付いた。壁を背にして置いてある、見張りの時にいつも座っているフィルチの椅子だけが、ぽつんと廊下に置かれていた。

「ちょっと調べたって悪くないだろ?」

 ハリーは持っていた荷物を放り出すと、四つんばいになって、何か手がかりはないかと捜し回りはじめた。

「あ、ここを見て! 焼け焦げがある! あっちにも、こっちにもあるよ」

「ちょっと、来てみて! 変だわ」

 ハーマイオニーが三人を手招きした。一番上の窓ガラスを指差している。何十匹もの蜘蛛が、ガラスの小さな割れ目から我先にと競うようにして這い出ようとしていた。

「蜘蛛があんな動きを見せるなんて」

 ルイスがまじまじと蜘蛛の行列を凝視していると、隣に立っているハーマイオニーも不思議そうにしている。

「蜘蛛があんなふうに行動するのを見たことがある?」

「ううん。ロン、君は? あれ、ロン?」

 ハリーが振り返ると、ロンはみんなからずっと離れた場所に立っていて、この場から逃げ出してしまいたいのを必死で堪えているように見えた。

「どうしたんだい?」

「僕、く、蜘蛛が、その、好きじゃないんだ」

 ハリーが聞くと、ロンは引きつった表情で答えた。

「まあ、それは知らなかったわ」

「魔法薬の授業で何度も使っているのに」

「死んだ奴なら平気なんだけど」

 ロンは蜘蛛の周りに立っていられる三人を、信じられないような目付きで見たあと、目の端にでも捕らえたのだろう蜘蛛から逃れるように、視線を別の方に向けた。

「ほら、あいつらの動き方が嫌なんだ」ルイスの隣でハーマイオニーがくすくすと笑った。「何がおかしいんだよ。誰にだって嫌なものはあるだろ。笑うなよ」

 ロンは身震いをして、弱々しくそう言った。ハーマイオニーは何がそんなにおかしいのか、くすくす笑いの発作が納まらないらしく、肩をふるふると震わせている。

 ハリーとルイスは顔を見合わせて話題を逸らせた方がいいと頷きあい、あたりをきょろきょろと見渡した。

「ねえ、床の水溜まりのこと、覚えている? あれ、何処からきた水だろう。誰かが拭き取ってしまったようだけれど」

「確か、この辺りだった」

 ロンは気を取り直して、フィルチの置いた椅子から数歩離れたところまで歩いて行き、床を差しながら言った。そして、真鍮の把手に手を伸ばしかけたが、すぐにその手を引っ込めた。

「どうしたの?」

 ハリーが聞いた。

「ここには入れないよ。女子トイレなんだから」

 ロンは困ったように言ったが、ルイスとハーマイオニーは顔を見合わせて肩をすくめた。

「あら、ロン。中には誰もいないわよ」

「嘆きのマートルがいるトイレなの。だけど、多分大丈夫だと思う」

 ルイスは、故障中、と書かれた掲示を無視してドアを開けた。そのあとに続いて、ハリー、ロン、ハーマイオニーが入ってくる。

 嘆きのマートルが取り憑いているこのトイレは、他のどのトイレよりも陰気で、気味が悪い。大きな鏡はひび割れていて、染みだらけだ。石造りの手洗い台はあちこち縁が欠けている。床は湿っぽいし、燭台では燃えつきそうな蝋燭がちろちろと申し訳程度に燃えているだけだ。その光が床に反射していた。

 一年生の頃、トロールにぼろぼろにされた女子トイレよりも、酷く汚らしいトイレだった。

 ハーマイオニーは静かにというように指を唇に当て、一番奥の小部屋の方に歩いて行き、その前で息を吸い込んだ。

「こんにちは、マートル。お元気?」

 そう声をかけている後ろから、ハリー、ロン、ルイスも小部屋を覗き込もうとする。嘆きのマートルは、トイレの水槽の上をふわふわと漂いながら、顎のにきびを自分の手の爪で潰していた。

「ここは女子トイレなのよ」マートルはハリーとロンを睨んだ。「この人たち、女じゃないわ」

「ええ、そうね」ハーマイオニーは何とも思っていないように言った。「私、この人達にちょっと見せたかったの。つまり、ええと、ここが素敵なとこだってね」

 何処が素敵だというんだ――そう言いたげに周りを見ているロンの横顔を見て、ルイスは苦笑を浮かべた。

「何か見なかったかって、そう聞いてみてよ」

 ハリーがハーマイオニーの耳にそう囁きかけると、マートルがそれを不愉快そうに見た。

「何をこそこそしているの?」

「な、何でもないよ。ただ、僕たち、君に聞きたいことが――」

「みんな、私の陰口を言うのは止めてほしいの」ハリーの言葉を遮って、マートルはトイレ中にヒステリックな涙声を響かせた。「私、確かに死んでいるけど、感情はちゃんとあるのよ」

「マートル、誰もあなたを傷つけようなんて思っていないわ」

「傷つけようと思っていないですって!? ご冗談でしょう!?」

 マートルが癇癪を起こして喚きだしたので、ルイスはその声に顔を顰めた。人だろうとゴーストだろうと、ルイスは人の怒鳴り声というものがとても苦手だった。

「私が生きている間の人生って、この学校で、悲惨なものだったわ。今度はみんなが、死んだ私の人生を台無しにしにやってくるのよ」

「あたしたちはただ、ハロウィーンの日に何か見なかったかを聞きにきただけ。お願いだから、癇癪を起こすのだけはやめて」

 マートルの声が頭に響いて、酷く頭痛がする。ルイスは軽く頭を振った。ハリーはルイスが何気なく失礼なことを言ったのではないかと思ったらしく、素早く話を先に進めた。

「そう。ねえ、マートル。あの夜この辺りで誰かを見かけなかった?」

「そんなこと、気にしてられなかったわ。ピーブズがあんまり酷いものだから、私、ここに入り込んで自殺しようとしたの。そしたら、当然だけど、急に思い出したわ。私って――」

「もう死んでた」

 ロンが出した助け船に対して、マートルは悲劇的なすすり泣きをして、空中に飛び上がったかと思うと、真っ逆さまに便器のなかに飛び込み、四人に盛大な水しぶきを浴びせかけた。マートルの姿は見えなくなったが、そこからくぐもったすすり泣きが未だに聞こえてくる。

「まったく、あれでもマートルにしてはいい方なのよ。さあ、これ以上はもう何も聞けないと思うわ。ここを出ましょう」

 四人は順番に並んで、トイレの外に出た。ハリーが最後に出てきて閉めようとしているドアの隙間から、マートルのすすり泣きがしつこく聞こえてきてはいたが、四人はそれとはまったく別の怒鳴り声を聞いて、体をびくりと震わせた。

「ロン!」

 パーシー・ウィーズリーだった。階段の一番上の段から、鋭い眼差しで四人を見下ろしていた。何と言っていいのか分からないような、衝撃を受けたような顔をしている。

「そこは女子トイレだ! 君たち男子がいったい何をしていた?」

「ちょっと探していただけだよ。手がかりをね」

 ロンが肩を竦めて見せると、パーシーは興奮気味に大股でこちらに向かって歩いてくる。

「人が見たらどう思うか分からないのか? みんなが夕食の席に着いているのに、またここに戻ってくるなんて!」

「何で僕たちがここにいちゃいけないんだよ」ロンはむきになってパーシーを睨み付けた。「いいかい? 僕たち、あの猫に指一本触れていないんだぞ!」

「僕もジニーにそう言ってやったよ。だけど、あの子はそれでも君たちが退校処分になると思っているんだ。あんなに心を痛めているのに、少しはあの子のことも考えてやれ」

「パーシーはジニーのことを心配しているんじゃない」ロンは自分の髪と同じくらい真っ赤になりつつあった。「パーシーが心配しているのは、首席になるチャンスを、僕が台無しにするってことなんだ!」

「グリフィンドール、五点減点!」

 ――は? と、ルイスは目を丸くした。確かに監督生は減点することのできる権限を持っている。しかし、それを行使するとは誰も思ってはいなかった。

「お前にはいい薬になるだろう。探偵ごっこはもうやめにしろ。さもないとママに手紙を書くぞ」

 パーシーは来るときと同じように大股で去っていったが、ルイスには今の減点が自分を侮辱されたことに対する当て付けのような気がして、どうにも納得することができなかった。

 夕食後、ハリー、ルイス、ロン、ハーマイオニーの四人は、談話室でできるだけパーシーから離れた場所で呪文学の宿題を片付けていた。ロンはまだ不機嫌な様子で、羊皮紙にインクの染みばかりを作っている。杖を取り出してインクの染みを羊皮紙から取りのぞこうとしたようだったが、スペロテープでぐるぐる巻きになった杖が逆噴射し、インクの染みでいっぱいだった羊皮紙は、ぼっと激しく燃え上がってしまった。

 その様子を見ていたハーマイオニーが、標準呪文集二学年用、をばたんと閉じた。

「だけど、一体何者かしら?」

 ハーマイオニーの声の調子は不自然なくらい落ち着き払っていた。詳しい話の前後は言わなかったが、他の三人には、ハーマイオニーが言おうとしていることが手に取るように分かった。

「マグル出身の子をホグワーツから追い出したいと願っているのは誰?」

「僕たちの知っている人の中で、マグル生まれはクズだ、と思っている人物は誰でしょうね」

 ロンはそう言うと、ハーマイオニーの顔を見た。ルイスはロンのその口振りを聞いて、言いたいのはドラコ・マルフォイのことだろうとすぐさま理解した。ハーマイオニーもそれに気付いたらしく、目を見開いてロンを見た。

「あなた、まさかマルフォイのことを言っているの?」

「だって、他に誰がいるっていうんだ? あいつが言ったのを聞いただろ? 次はお前たちだぞ、穢れた血め! ってさ」

「マルフォイがスリザリンの継承者?」

 ハーマイオニーは疑わしい眼差しでロンを見た。ルイスもそれに倣い、ロンを見る。

「あいつの家族を見てくれよ」

 ついにハリーも教科書を閉じた。これで、教科書を開いているのはルイスだけになった。

「あの家系は全員スリザリン出身だ。あいつ、いつもそれを自慢している。あいつだったらスリザリンの末裔だっておかしくはないよ。あいつの父親だって、どこから見ても悪の親玉さ」

「あいつの家系なら何世紀も秘密の部屋の鍵を預かっていたかもしれない。親から子へ、代々伝えて――」

「そうね。まあ、その可能性は皆無とはいえないと思うわ」

「あたしは、一概にそうとは言えないと思うけれど」

 ルイスがきっぱりとそれらの意見を否定すると、三人は産まれたてのドラゴンを目の当たりにしたときとそっくりな顔をしてこちらを見た。

「ルイス、まさかマルフォイを庇うつもりじゃないだろうね」

 ロンが裏切り者を見るような目つきでを見たので、ルイスは肩をすくめて、教科書に視線を落とし、羊皮紙をすらすらと埋めていく。

「あなたたち三人がそんなに疑わしいと思うなら、調べてみればいいと思う。もしかしたら、みんなの言う通りドラコが継承者なのかもしれないし」

「でも、それをどうやって証明すればいい?」

 ハリーはルイスを見、そしてハーマイオニーを見た。

「方法がないわけじゃないわ」

 それを聞いたハリーの表情は少し明るくなったが、ハーマイオニーは声を低く落とし、遠くの方にいるパーシーには到底聞こえないような囁き声で話し出した。ルイスの羽ペンが羊皮紙の上を滑る音が、やけに大きく聞こえた。

「もちろん、とても難しいの。それに危険だわ。学校の規則を、そうね、ざっと五十は破ることになると思う」

「どんな方法なの?」

 もったいぶるハーマイオニーに、ハリーは少し苛々しているようだ。

「待ってちょうだい。まずは、何をやるかよ。私たち、スリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに正体を気付かれずにいくつか質問をしなくてはいけないわ」

「はあ? そんなこと不可能だよ」

 ハリーは困惑の表情を見せた。ロンは少し乾いた笑い声をあげている。

「不可能なんてことはないわ。ポリジュース薬が必要だけど、可能なことよ」

「ポリ……それ、なに?」

 ハリーとロンが声を揃えて不思議そうにして見せると、ハーマイオニーは軽くため息を吐いてからルイスを見た。あなたなら分かるでしょう? そういう顔だった。

「前にスネイプが授業中に説明をしていたと思うけれど」

「僕たちが魔法薬の授業中にスネイプの話なんか聞いていると思う? そんな暇があるなら、もっとましなことに使うって」

「……そう、聞いたあたしが悪かった。ポリジュース薬っていうのはね、自分以外の誰かに一定時間変身することのできる薬なの。作り方はともあれ、材料を手に入れるのが大変だと思う」

「作り方なら、最も強力な薬という本に書いてあるとスネイプが言っていたわ。多分その本は図書室の禁書の棚にあるはずよ」

 禁書の棚にある本を借りる方法は、ただひとつしかない。透明マントを使用するならば話は別だが、誰でもいいから先生のサイン入り許可証をもらう必要がある。

「でも、薬を作るつもりはないけど、そんな本が読みたいって言ったら、そりゃ変だって思われるだろ?」

 ロンが眉根を寄せた。もっともな言い分だった。

「だけど、理論的な興味だけなんだって思い込ませれば、もしかしたらうまくいくかもしれない」

「なーに言ってるんだか。先生だってそんなに甘くないぜ? でも、騙されるとしたら、よっぽど鈍い先生だな」

「……鈍い先生、ね」

 ルイスが反射的に思い浮べた先生は、本来ならば絶対に頼み事などしたくもない人物だった。しかし、あの先生にサインを頼めば、絶対に断られることはないだろうという確信があった。

 けれど、ルイスは間違ってもそれを自分で実行したいとは思わない。

「どうしたの?」

 ハリーがこちらを見て言うと、ルイスは苦い表情を見せた。

「ひとりだけ、サインをしてくれる先生がいる。だけど、あたしは絶対に頼みたくない。他の誰かが頼んでくれるっていうなら、試してみる価値はあると思う」

 セブルス・スネイプですら嫌がらないルイスが嫌がるのは一体誰だと三人は顔を見合わせた。

 そして、三人はそれぞれ難しい顔をして考えはじめたが、すぐに察したのだろう、一斉ににやりという含み笑いを浮かべていた。

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