ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Dangerous potion

 ピクシー小妖精の事件以来、闇の魔術に対する防衛術のギルデロイ・ロックハートは、授業の教材として生物を用いることをしなくなった。しかし、自分の著書を拾い読みし、時々その中に劇的な場面を見つけては演じてみせるという、なんとも退屈な授業を続けていた。しかも、その場面を再現するときは必ず、決まってハリーを指名して自らのアシスタントを務めさせた。

 ハリーは今までの授業で、おしゃべり呪いを解いてもらったトランシルバニアの田舎者、鼻風邪を引いた雪男、レタスしか食べなくなった吸血鬼などを演じた。しかし、今日の授業はこれまでで最も醜悪な授業といえるだろう。

 ルイスは一番後ろの席で、いい加減にしろと怒鳴り散らしたくなるのを必死で堪えていた。ここで乱闘騒ぎでも起こしてしまえば、もともこもないのだ。

 今日のハリーは、ロックハートにけちょんけちょんにやっつけられる狼男を演じていた。ルイスは就業のベルが鳴るまで、積み上げた教科書の後ろに隠れ、耳を塞いでいた。

「用意は?」

 ルイス、ロン、ハーマイオニーのところに戻ってきたハリーは、声を低くして言った。他の生徒たちはどんどん教室から出て行こうとしている。

「みんながいなくなるまで待つのよ」

 ハーマイオニーはそう言うと、教室の出入口に目をやった。ルイスは教室から早々と出ていく生徒たちの後ろ姿を羨ましそうに眺めていた。

「さあ、いいわ……」

 そう言ったハーマイオニーは一枚の紙を握り締め、ロックハートの机に近づいていった。ハリーとロンもその後に続き、ルイスも渋々立ち上がってハーマイオニーに続いた。

「あの、ロックハート先生?」

 ハーマイオニーはロックハートの前でわざと――そうあってほしいとルイスは願った――口ごもった。

「私、あの、図書館からこの本を借りたいんです。参考に読むだけです」

 紙を差しだすハーマイオニーの手が微かに震えている。これも芝居、もしくは自分の目の錯覚だとルイスは思いたかった。

「問題はこれが禁書の棚にあって、どなたか先生にサインを頂かないといけないということです。先生のグールお化けとのクールな散策に出てくる、ゆっくりと効く毒薬を理解するのに、きっと役に立つと思います」

「ああ、グールお化けとのクールな散策ね!」

 紙を受け取ったロックハートの表情は異常に輝いている。ハーマイオニーににっこりと笑いかけて、真っ白い歯を見せて言った。

「私の一番のお気に入りの本といえるかもしれない。面白かったかな?」

「はい、先生」

 熱を込めてハーマイオニーがそう言ったので、ルイスはまたしてもハーマイオニーの行動を自分の錯覚だと思い込まなくてはならなかった。

「本当に素晴らしいわ。先生が最後のグールを茶漉しで引っ掛けるやり方なんて、本当に、私には絶対に思いつかない方法です!」

「学年の最優秀生をちょっと応援してあげても、誰も文句は言わないでしょう」

 ロックハートはそう言うと、信じられないくらい大きな孔雀の羽ペンを取り出して、すらすらと紙にサインをすると、それをハーマイオニーに返した。ハーマイオニーがもたもたとそれを丸めて鞄にしまっている間、ロックハートはハリーに話し掛けていたが、ルイスは一刻も早くこの教室から出て行きたいという気持ちでいっぱいだった。

「信じられないよ」

 やっとのことで教室を出た後、四人で廊下を歩きながらハリーが言った。きっちりサインを頂戴したのに、何とも複雑な顔をしている。

「僕たちが何の本を借りるのか、見もしなかったよ」

「そんなこと、どうでもいいだろ。あいつは能無しなんだよ。僕たちは欲しいものを手に入れたんだし、めでたしめでたしじゃないか」

「ちょっと、ロン! ロックハート先生は能無しなんかじゃないわ!」

「あたしはハーマイオニーがどうしてそう言い切れるのか、不思議で仕方ないけれど」

 図書室に向かって半ば走りながら、四人は好き勝手にロックハートについて話し合った。しかし、そこへ辿り着くと、四人は急に押し黙った。史書のマダム・ピンスが、いつも目を光らせているからだ。マダム・ピンスはとても怒りっぽい人で、飢えたハゲタカのように生徒を鋭く睨みつけている。

「最も強力な魔法薬ですって?」

 案の定、マダム・ピンスは訝しんだ。そして許可証をハーマイオニーの手から受け取ろうとしたが、ハーマイオニーがそれを離さなかった。

「これ、私が持っていてもいいでしょうか」

「おい、やめろよ」

 ロンはハーマイオニーが持っていた許可証をむしり取って、マダム・ピンスに差し出した。ハーマイオニーは名残惜しそうにその紙を目で追っている。すると、ロンが大げさなくらい大きなため息を吐いた。

「サインならまた貰ってあげるよ。あいつはサインする間じっとしているものになら、なんにでもサインするんだから」

 マダム・ピンスは偽物なら何が何でも見破ってやるというように紙を明かりに透かしてみたりしていたが、結局は最も強力な魔法薬の本を貸してくれた。その本はとてもかび臭く、とても染みだらけだった。

 ハーマイオニーが代表して本を心底大切そうに鞄の中にしまい、四人は押し合いへしあいしながら図書室を出て、三階にある嘆きのマートルが取り憑いているトイレに急いだ。

「あの女子トイレだって?」ロンがもうごめんだというように顔を顰め、ぶつぶつと言った。「ハーマイオニー、正気なのか? あそこにはマートルが――いや、そうだ、仮にも女子トイレだよ。また誰かに見つかったりなんかしたら、今度は先生に突き出されるかもしれない」

「あら、大丈夫よ。まともな神経の人はこんな所には絶対に来ないわ」

「じゃあ僕たち、相当まともじゃないよ」

 だが、最後にはロンも折れたようだ。トイレに到着する頃には、もう何も言わなくなっていた。

 嘆きのマートルは自分専用の小部屋でしくしくと泣いていたが、四人はマートルを無視し、マートルは四人を無視した。

「気持ちの悪い挿し絵だね」

 ルイスが本を眺めながらそう言うと、ハリーとロンがちらりとこちらを見た。

「君、全然気持ちが悪いと思っているようには見えないよ」

 体の内側と外側がひっくり返ったヒトの絵や、頭から腕が数本生えている魔女の絵など、見るからに絶対試したくもない薬のページのなかに、ポリジュース薬のページをハーマイオニーが見つけ出した。これも他と同じように挿し絵が付いていたが、その絵もなかなかに気味が悪いものだった。

「こんなに複雑な魔法薬は初めてお目にかかるわ」四人で頭を突き合わせて本を覗き込むと、ハーマイオニーが言った。「クサカゲロウ、ヒル、満月草にニワヤナギ――うん、こんなのは簡単ね。生徒用の材料棚にあるから勝手に取れるわ」

「だけど、問題はこっち」ルイスはほとんど絶望的だというように首を振った。「二角獣の角の粉末、毒ツルヘビの皮の千切り、このふたつならラウルに頼めば送ってくれるかもしれないけど、まず怪しまれて断られるのが落ちだね。セ――スネイプの研究室に入り込むなら話は別だけれど。それから、変身したい相手の一部、これは――」

「は? なんだって?」

「変身したい相手の一部」

「そんなことは分かっているよ、ルイス。でも、どういう意味? 僕、クラッブの足の爪なんか入っていたら絶対飲まないからね!」

 ハーマイオニーはロンの言ったことなど聞こえなかったふりをして、話を先に進めた。

「でも、まだその心配をする必要はないわ。最後に入れればいいの」

 ロンは絶句してうなだれてハリーを見たが、ハリーはルイスとハーマイオニーを交互に見て言った。

「ルイス、ハーマイオニーも、どんなに色々盗み出さなきゃならないか、分かってる? 毒ツルヘビの皮の千切りなんて、どうやって手に入れるんだい? ルイスが言ったみたいに、本当にスネイプの個人用の保管倉庫に盗みに入るの? 絶対に上手くいかないって気がするんだけど」

 すると、ハーマイオニーはルイスをちらりと見た後で、ぱたんと本を閉じた。ハーマイオニーの豊かな栗毛が風にふわりと舞った。

「ふたりとも怖気づいてやめるって言うなら結構よ」ハーマイオニーの顔は怒りと興奮で紅潮し、目が些かぎらぎらとしている。「私だって規則を破りたくはないの。だけど、マグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい魔法薬を密造することよりずっと悪いことだわ。でも、マルフォイがやっているのかどうかを知りたくないっていうなら、今すぐにこれを禁書の棚に返してくるわ」

「僕たちに規則を破れって、君が説教する日が来るとは思わなかった」ロンがにやりと悪戯っぽく笑った。「分かった、やるよ。たけど、足の爪だけは勘弁してくれよな」

「でも、作るのにどのくらいかかる?」

 ハーマイオニーの隣でルイスが本を開いたのを見て、ハリーがすかさず尋ねた。ルイスとハーマイオニーは顔を見合わせると、一緒に本を覗き込んだ。

「そうね。満月草は満月の時に摘まなきゃならないし、クサカゲロウは二十一日間煎じる必要があるから」

「ざっと見積もっても一ヵ月くらいかな」

「えっ? 一ヵ月も? そんなにかかるの? マルフォイはその間に学校中のマグル生まれの半分を襲ってしまうよ!」

「でも、マルフォイがスリザリンの継承者かどうかを確かめたいなら、これ以外に手はないわ」

「そ、そうだけど……」

 それから、いつまでもここで頭を突き合わせていても埒が開かないと判断した四人は、廊下に誰もいないことを確かめてから、談話室に戻った。いつもならば進んで危険にも身を投じようとするハリーが、最も今回の計画を渋っている。ルイスはそれを不思議に思いながら、前を並んで歩く三人の背中を、欠伸まじりに眺めていた。

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