翌日の土曜日になると、学校中、特にグリフィンドールとスリザリンの生徒たちが目立って浮き足立った。今日はグリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合だった。
「フレッドとジョージが言ってたけど、今年のスリザリンはヤバいらしいよ。だって、ほら、全員がニンバス2001に乗ってるだろ? ちらっと偵察をしに行ったらしいけど、とてつもないスピードだったって」
「だから、ロン、私が前に言ったでしょう? グリフィンドールは才能で選ばれているのよ。ニンバス2001がどれだけ凄い箒だったとしても、グリフィンドールが負けるはずないわ」
「僕だってグリフィンドールが負けるはずないって分かってるよ。だけど、ほら、もしもってこともあるだろ?」
「もしもなんてありません。ルイス、あなたも何とか言ってやって」
「……とりあえず口論はあとにして、早く競技場に行かない? 試合前にハリーに会うんでしょう?」
ルイスとハーマイオニーが女子寮から下りていくと、談話室にはロンがひとりで待っていた。ハリーは先に大広間に下りて朝食をとっているのだろうと思い、急いで下りてみたものの、そこにもハリーの姿はなかった。スリザリン戦の前に頑張っての一言も伝えられないのは三人とも嫌だったので、それぞれトーストを引っ掴むと――ルイスだけは例のごとくだったが――もぐもぐと食べながら競技場付近でハリーの姿を探した。
「あ、いたわ! ハリー!」
ハリーの姿を捉えたハーマイオニーが手を高く掲げ、大きく振っている。ルイスとロンもそちらの方向に目を向けると、ハリーは丁度、更衣室に入ろうとしているところだった。ハリーは三人が駆け寄ってくるのを、更衣室の前に立って待っていてくれた。
「ハリー、頑張ってね!」
「ニンバス2001なんて気にするなよ。乗り手が能無しなら、いくら箒が凄いからって意味がないんだから」
ロンがニンバス2001という言葉を口にすると、ハリーは少し複雑な表情を見せた。
「ハリー、とりあえず楽しんでね。ドラコなんて箒から叩き落してやったって構わないんだから」
ルイスが悪戯っぽく笑ってそう言うと、ハリーも少しだけその表情を和ませた。
それから三人は自分たちの席を取るためにスタンド席へと急いだ。ちょうど三つ空いている席を見付けたので、そこに体を滑り込ませると、隣に座っていたのはネビル・ロングボトムだった。四人は一緒になって、試合が始まるまでの時間をお喋りしながら待っていた。
間もなくしてグリフィンドールチームがグラウンドに現れると、物凄い声援が沸き起こった。グリフィンドールだけではない、ハッフルパフもレイブンクローも、スリザリンの敗北を望んでいる。声援はグリフィンドールの選手に向け、スリザリンの選手に向かってはブーイングの嵐だ。
マダム・フーチが試合開始のホイッスルを鳴らすと、ルイスはそれと同時に首から下げていた双眼鏡を掴み、覗き込んだ。上下左右とハリーを探し、双眼鏡がその姿を捕らえるとすぐに、その下をスリザリンのシーカー、ドラコ・マルフォイが飛び去っていくのが見えた。
「ああ、危ないっ!」
隣で見ていたハーマイオニーが両目をぎゅっと瞑るのと、真っ黒いブラッジャーがハリーに突進していくのは、ほとんど同時だった。ハリーはギリギリのところでかわしたが、ハーマイオニーの顔は真っ青になって、血の気を失っていた。
ジョージがハリーの傍まで猛スピードで飛んできたかと思うと、持っていた棍棒でスリザリンのエイドリアン・ピューシー目がけてブラッジャーを叩きつけた。ルイスは確かにそれを見ていたが、どういうわけかブラッジャーは意志を持っているように途中で向きを変え、またハリーの方へ突っ込んでいこうとしている。
ハリーはまたしてもそれを避け、ジョージは今度、ブラッジャーをドラコ目がけて強打した。しかしブラッジャーは、ブーメランのように曲線を描き、やはりハリーのところへ戻ってくる。
「あのブラッジャー、ちょっとおかしい」
「おかしい?」
どうやらロンは、敵チームの箒の動きに不覚ながらも目を奪われていたようだ。
「誰かがブラッジャーに細工をして、ハリーを狙うように仕向けてるとしか考えられないけれど、一体誰が……」
ハリーは猛スピードでグラウンドの反対側へ飛んだが、やはりブラッジャーも、猛スピードでハリーを追い掛けていく。そこに控えていたフレッドが力任せにブラッジャーをすっ飛ばしたが、それでもハリーのところへ戻ってきた。
間もなくすると雨が物凄い勢いで降ってきて、大粒の雨が選手と観客関係なく降り注ぐ。肉眼でも双眼鏡でも、試合をよく見ることができなくなった。双眼鏡のレンズにバシバシと水滴が当たって、ほとんど何も見えない。
ルイスは段々苛々としてきて、ポケットのなかに手を突っ込み、杖を取り出すと双眼鏡に向かって一振りした。
「インパービアス」
すると双眼鏡は防水され、豪雨のなかでも何とか試合を観戦することが可能になった。
「イン――何?」
「インパービアス、防水の呪文。だけど今はあたしなんかよりハリーに必要な呪文ね。こんな雨の中で眼鏡じゃ、周りがよく見えていないはずだもの」
ルイスは目を凝らして、ハリーとブラッジャーの姿を探した。雨で出来た銀色のカーテンのせいで、なかなかハリーの姿どころか、影さえも捉えることができない。しかし、やっとのことでハリーを見つけると、グラウンド内を縦横無尽に飛び回り、ブラッジャーから命からがら逃げている姿を目の当たりにすることとなった。
「――あっ!」
ほんの一瞬だった。ほんの一瞬の間、ハリーが空中に静止したかと思うと、意志を持ったかのように飛び回るブラッジャーが、ハリーの肘の辺りに何の遠慮もなく激突した。その瞬間、腕があらぬ方向に曲がったように感じられたのは、ルイスの見間違いではないはずだ。
ルイスは自分がブラッジャーを食らったわけでもないのに、肘の辺りに疼くような痛みを感じたような気がした。
「ハリー、頑張って」
ブラッジャーが第二波を仕掛けようとしている。いったい、あのブラッジャーはハリーに何の恨みがあるというのだろう。そんなことはありえないと分かっていながらも、あのブラッジャーは心からハリーを殺したいと、そう思っているような動きをしている。
だが、次の瞬間、ハリーは上空から落下したのではないかと思う勢いで急降下し、下でハリーを嘲笑うかのように見ていたドラコの横を掠めて、確かに、金色に輝くスニッチを折れていないほうの手で掴み取った。
すぐにハリーは滑り込むようにして地上に突っ込み、泥水の中で何度か跳ねた。観衆が叫び、どよめき、口笛を吹く。苦痛に顔が歪んでいても、ハリーはスニッチを決して放さなかった。
試合は終わった。グリフィンドールが勝ったのだ。それなのに、ブラッジャーは未だにハリーを狙っていた。三人と他のグリフィンドール生たちは席を立ち上がり、雨でぐしょぐしょになったグラウンドを走って、選手たちの周りに集まろうとしていた。その中心にハリーはいる。
ブラッジャーが上空からハリーを目がけて急降下してくるのに気付いているのは、三人の他にはグリフィンドールチームの選手たちだけだ。
「インペディメンタ!」
ルイスが叫ぶ呪文に反応して、グリフィンドール寮生たちはルイスの方を向いた。それから上空に目をやると、頭上二、三メートルの辺りでブラッジャーがぴたりと止まっている。
「アクシオ」
ブラッジャーは吸い寄せられるようにルイスの両腕の中に収まった。暴れ玉と呼ばれているブラッジャーの暴れっぷりは一切なく、ルイスは両手で抱えるようにそれを持ち直すと、マダム・フーチが他のボールを仕舞い込んでいるケースの所まで持っていき、それを押しつけるように渡した。
「誰かが細工をしてハリーを追わせるようにしていました。あとで調べて――」
「お願い、やめて!」
ルイスは話を中断して、危機迫ったハリーの声に後ろを振り返った。ハリーの周りに出来上がった人垣がざわざわと騒めいている。
「ねえ、ハリーは?」
ルイスは傍に立っていた双子のウィーズリー兄弟、フレッドとジョージに声をかけた。ふたりはルイスがブラッジャーに魔法を掛ける様子を、ずっと感心したように眺めていた。
人垣の方からは、パシャパシャとカメラのシャッターを切るような音と、フラッシュの光が漏れてきている。
「ロックハートに捕まっているみたいだ」
「それから、我らがチームのキャプテンが、名シーカーを労ってやっているよ」
そう言って、ふたりはほぼ同時に人垣の方向を指差した。すると突然、人垣のなかの喧騒が大きくなり、コリン・クリービーが狂ったように切るシャッターの音が目立つようになった。
ルイスは嫌な予感がして、気が付くと人垣を押し退けるようにして、ハリーに向かって走りだしていた。人垣の先頭までくると、青い顔をしたハリーを抱えたロックハートの背中が見えた。近くに立っているロンとハーマイオニーも、ハリーと同じように青白い顔をしている。
折れた腕は無事だろうか。そう思ってルイスがハリーの腕を覗き込むと、その腕は折れるよりも、もっとずっと最悪な状態になっているのが見えた。ダランと下がった腕はあらぬ方向を向いてはいなかったものの、どう見ても肌と同じ色をしたゴムのようなものが、肩からくっついているようにしか見えない。
ルイスはハリーに対する心配の気持ちよりも、ロックハートに対する怒りの感情のほうがずっと勝っていることに気がついた。蹴り飛ばしたい。そう頭が思うより早く、ルイスの体は動いていた。
「ハリー、大丈夫?」
ルイスはハリーを心底気遣って気が動転しているという姿を装い――実際、確かにハリーのことを気遣ってはいるが――何も気付かないふりをして、ロックハートの背中を蹴り飛ばした。ハリーはちょうど立ち上がったところだったので、横にごろんと転がったロックハートの道連れにはならずに済んだ。
不様に転んだロックハートの姿を見て、何人かの女の子――その中にハーマイオニーもいたようだ――がこちらを睨み付けたが、ルイスは無視を決め込んだ。
「いったいどこの能無しがこんなことをしたの? ああ、ロックハート先生、この腕を見てください! ひどいと思いませんか? どこの誰が骨を抜くなんて馬鹿みたいな呪文を唱えたのですか? ロックハート先生は見ていらした?」
ルイスは眉間に皺を寄せて困った表情を浮かべ、ハリーを脇から支えた。人垣はルイスのことをきょとんとして見ている。しかし、ルイスは構わず人垣を掻き分けると、ロン、ハーマイオニーとでハリーを抱え、医務室へと急ぐふりをした。ロックハートの顔など、見ようとも思わなかった。
「ハリー、大丈夫? 痛くない?」
突然いつもの調子に戻ったルイスを、三人は目を丸くして見ていた。
「痛みも何も感じないよ。だって、僕、骨がないんだ」
ハリーはまだ失神しそうなほど青い顔をしていた。その様子にルイスは苦笑してみせる。
「骨を抜かれた仕返しが、蹴り飛ばすだけでは気が済まないよね」
「仕返し?」
ハーマイオニーがとんでもないという顔で素っ頓狂な声を上げたので、ルイスはくすくすと笑った。
「ずーっと前から蹴っ飛ばしてやりたいと思っていたの。言っておくけれど、冗談じゃないよ。本気でね」
「君って本当、最高だよ」
ロンがにやりと笑って言うと、ハリーも少し笑ったので、ルイスも悪戯っぽく笑って応えた。ただハーマイオニーだけが、少し不満そうにしているように見えた。
「骨を蘇生させるならスケレ・グロだね、多分」
「スケレ・グロって何?」
「骨生え薬だよ。あたしは飲んだことないけど、ラウルが飲んでいるところなら見たことがある。酷かったんだから」
聞くところによると、脱狼薬並に不味いそうだ。そして、とても痛いらしい。
ルイスは、普段ほとんど悪態など吐かないラウルが不快そうに喚いたのを思い出して、ぶるっと身震いをした。
「何ということでしょう! まっすぐに私の所へ来るべきでした!」
マダム・ポンフリーはハリーの姿を見ると憤慨し、ほんの三十分ほど前まではれっきとした腕だったものを持ち上げて言った。
「骨折ならあっという間に治せたというのに、骨を元どおりに生やすとなると――」
「な、治せますよね?」
「もちろん、治せますとも。でも、痛いですからね。それに、今夜はここに泊まらないといけません」
ロンがハリーの着替えを手伝っている間、ルイスとハーマイオニーはベッドの周りに張られたカーテンの外で待っていた。ふたりの間に、何とも言えない空気が漂っている。ルイスがロックハートをわざと蹴り飛ばしたことを、まだ根に持っているようだった。
「ハーマイオニー、あたしがロックハートを蹴り飛ばしたことが、そんなに気に入らないの?」
「そうだよ、ハーマイオニー。これでもロックハートの肩を持つっていうの?」
ルイスが痺れを切らして言うと、カーテン越しにロンも加勢してくれた。しかし、それでもハーマイオニーの表情は変わらない。相変わらずむっとしていて、あれは何かの間違いだったのだとでも言いたげだった。
「頼みもしないのに、骨抜きにしてくれるなんて」
「誰にだって間違いはあるわ。それに、もう痛みはないんでしょう?」
「さっきも言ったけど」ハリーの声もカーテン越しに聞こえた。「痛みはないけど、それ以前に何も感じないんだよ」
ハリーがベッドに上ると、ルイスとハーマイオニーもカーテンの内側に入った。
マダム・ポンフリーの手にはやはり、骨生え薬スケレ・グロのラベルが貼ってある大きな瓶がある。ルイスはそれを見て、思い切り顔を顰めた。
「さあ、今夜はつらいですよ。覚悟を決めなさいね」マダム・ポンフリーはビーカーに並々と湯気のたつ薬を注いで、ハリーに手渡した。「骨を再生するのは荒療治ですから」
ハリーは咽たり、咳き込んだりしながらも、スケレ・グロをすべて飲み干した。マダム・ポンフリーはせっせとハリーの世話をしながら、あんな危険なスポーツ、だとか、能無しの先生、だとか文句を言っていたので、ルイスとロンは顔を見合わせて噴出さないようにするのに必死だった。
「まあ、とにかく、僕たちは勝った」ロンはハリーが水を飲むのを手伝いながら、表情を綻ばせて言った。「あれはもの凄いキャッチだったなぁ。マルフォイのあの顔、見たかい? 殺してやる! って顔だったな」
「その前にハリーはブラッジャーに殺されそうになったけれど」
「あのブラッジャーにマルフォイがどうやって仕掛けをしたのか知りたいわ」
ハーマイオニーが恨みがましくそう言ったので、ルイスは少し首を傾げた。
「どうしてブラッジャーがハリーを追い掛け回しただけで、その犯人がドラコになるの?」
「何を言っているんだよ、ルイス。あいつ以外に誰がやるっていうんだ?」
「それは分からないけど、ハーマイオニーにも思いつかない方法をドラコが知っていて、それを実際に使うことなんて、絶対にできないっていう気がするけれど」
そのとき、医務室のドアが蹴破られるように開いて、泥だらけでびしょびしょになったグリフィンドールチームのメンバーが、一斉に雪崩れ込んできた。
「ハリー、凄い飛び方だったぜ」人垣の外にいて声をかけることができなかったジョージが言った。「たった今、マーカス・フリントがマルフォイを怒鳴りつけているのを見たよ。何とかって言ってたな、ええと、スニッチが自分の頭の上にあるのに気がつかなかった、とか。マルフォイのやつ、しゅんとしてたよ」
全員がケーキやらお菓子やら、かぼちゃジュースを持ち込んでハリーのベッドの周りでパーティを始めようとしていると、マダム・ポンフリーがもの凄い剣幕で怒鳴り込んできた。
「この子には休息が必要なんですよ。骨を三十三本も再生させるんですから。全員今すぐに出ていきなさい!」
グリフィンドールチームのメンバーと、ルイス、ロン、ハーマイオニーは医務室からマダム・ポンフリーに摘み出され、鼻先でピシャリとドアまで閉められてしまった。