ホグワーツ特急は徐々に速度を落とし、間もなくすると完全に停車した。
ルイスはウィーズリー兄弟やリーと一緒にコンパートメントを後にすると、押し合いへし合いしながら汽車の戸を開けて外に出た。小ぢんまりとした暗いプラットホームに降り立つと、ルイスは向こうの方から近づいてくる大きな影に気が付いた。
「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ! ハリー、ルイスも元気か?」
ハグリッドがハリーと呼ぶ声にルイスが振り返ると、顔を青白くさせたロンと並んで、緊張しているらしいハリーがぎこちなく微笑んでいた。
「僕たちはこっちなんだ。組み分け頑張れよ、ルイス」
「グリフィンドールの席で待ってるからな」
フレッドとジョージ・ウィーズリー、そしてリー・ジョーダンはルイスに手を振ると、一年生とは別の方向へと行ってしまった。一年生の集団はハグリッドを先頭に、真っ暗な道を黙々と歩いていく。
歩きついた場所でホグワーツが見えると、全員が歓声をあげた。それと同時に狭い道が急に開けて、大きな湖の畔に出る。どうやらこの湖をボートで越えていくようだ。向こう岸には高い山があり、その上にホグワーツ城が聳え立っていた。
「四人ずつボートに乗ってくれ」
ハグリッドがそう指示を出すと、新入生たちは岸辺に繋がれた小舟に順番に乗り込んでいく。ハリーとロンが前に乗り、その後ろにルイスとさっきの女の子が一緒に乗り込んだ。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」ルイスの隣で女の子が言った。「私はハーマイオニー・グレンジャー」
「ルイスよ」
ルイスはやはり、姓を名乗ることを頑なに拒んだ。今言わなくともすぐに分かってしまうことだったが、それでも、それが今であってほしくなかった。
「ん? こりゃ誰のヒキガエルだ? お前さんのか?」
全員が船をおりると、ボートを調べていたハグリッドが言った。どうやら、汽車の中で探していたヒキガエルがようやく見つかったらしい。ルイスの横でハーマイオニーがほっと息を吐くのが聞こえた。
全員が連なって石段を登り、大きな樫の扉の前でぎゅうぎゅう詰めになる。そこで全員揃っていることを確認すると、ハグリッドはその大きな手で城の扉を叩いた。扉が開くと、エメラルド色のローブを着た厳格そうな魔女が滑るようにして出てきた。
「マクゴナガル先生、イッチ年生たちを連れてきたです」
「ご苦労さまです、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
ハグリッドにマクゴナガル先生と呼ばれた魔女は、扉を大きく開けて、その奥に生徒たちを招き入れた。石畳のホールを横切るとき、右の方からざわざわと人の声が聞こえ、ルイスはそこに上級生たちが集まっているのだと思った。
しかし、一年生の集団はそこではなく、ホールの脇にある小さな空き部屋に通された。窮屈な部屋で、それでも生徒達は不安げに辺りを見回している。
「皆さん、入学おめでとう」マクゴナガル先生が生徒たちを見渡しながら言った。「新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、席へつく前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」
空気が周囲の緊張でぴりぴりとしている。ルイスは、全員がマクゴナガル先生の話を聞き漏らすまいとしているのが分かった。
「寮は四つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そしてスリザリンです」
先生の口がスリザリンと言うと、ルイスは反射的にドラコの姿を探していた。汽車のなかで呪いをかけたが、もしかしたら今もそのままの状態かもしれない。そう期待しながらドラコを探したが、その期待は残念ながら外れてしまった。ドラコのいつもの生意気そうな顔が、こちらを見てにやりと笑うのが見えた。
「まもなく組み分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい」
マクゴナガル先生の言葉を聞いたハリーは、くるくるとあちこちに向いている髪を必死に撫で付けていたが、それがどうにかなることはなさそうだった。
「学校側の準備ができたら戻ってきます。静かに待っていなさい」
先生が出ていくと、部屋は静かになるどころか、より一層騒がしくなった。話題は組み分けの方法で持ちきりだ。
「いったいどうやって寮を決めるの?」
ルイスの前に立っているハリーがロンに聞いていた。
「試験のようなものだと思う。すごく痛いってフレッドが言ってたけど、きっと冗談だ」
口ではそう言っていたが、ロンはそれを本気にとらえているような口振りだった。
周りの生徒たちのほとんどが恐怖に怯えているなか、ルイスだけがのほほんとしていた。ルイスの横に立っているハーマイオニー・グレンジャーは、自分が覚えているかぎりの呪文を全て早口で呟いている。しかし、突然後ろの方から悲鳴が聞こえてきたので、ルイスはそれに飛び上がるほど驚いた。
何だ、何だと騒ぎ出したみんなと同じように後ろを見ると、壁からゴーストが二十人ほど現われたところだった。
「新入生か。これから組み分けされるところか?」
太った修道士が友好的に微笑みかけたが、生徒の表情は引きつり、頷くことさえできずにいる。
「さあ行きますよ。組み分けの儀式がまもなく始まります」マクゴナガル先生が戻ってくると、ゴーストたちは壁を抜けて小部屋を出ていった。「さぁ、一列になって。ついてきなさい」
一年生の集団は押し合いへし合いしながら、マクゴナガル先生の後へ続いた。
ルイスは周りほど緊張をしてはいなかった。そのせいか、周りの様子を余裕を持って見回すことができていた。何千本という蝋燭が宙を漂い、各四つの寮のテーブルを照らしていた。席に着いている上級生たちは、一年生を興味深げに眺めている。そのなかにウィーズリー兄弟やリーの姿もあり、ルイスは彼らと目が合うとにこりと微笑みかけた。
広間の前の方にも長テーブルがあり、そこには先生方が座っている。マクゴナガル先生はその前まで一年生を連れていった。天井に目をやると、黒い空に星が輝いている。
「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。ホグワーツの歴史という本に書いてあったわ」
おそらく、ルイスに説明してくれているのだろう。ハーマイオニーの声を聞きながら、ルイスは教職員席を端から順に目で追っていた。そして、ルイスのよく見知った顔を見つけると、手を振りたくなる気持ちを必死に抑えて、その人物をじっと見た。
その視線に気が付いた教師、セブルス・スネイプは、眉を寄せて小さく首を左右に振る。よく考えなくとも、ルイスは彼が目に見えて笑うところを目撃したことはなかった。
ルイスは、歌いだした帽子の声で我に返った。もう一度セブルスを見たが、彼はもうこちらを見てはいなかった。
帽子の歌を聞きながら、ルイスは自分の行く寮はどこなのだろうかと、そのことを考えていた。歌が終わって広間中が帽子に拍手を贈っているときも、そのことを考えていた。
自分は、誰もがそう言うようにスリザリンに入るべきなのだろうか。父も祖母も、最近のジュリアードの直系の者はスリザリン寮だ。ということは、ルイス自身もスリザリンに入れられる確率が高くなるのだろうか。選ばれる寮に血筋が関係していて、もしも純血が全てスリザリンに入れられるのなら、自分もスリザリンに入らなければならない。
けれど、どうやらそれは違うようだ。ドラコが常々言っていたウィーズリー家は純血だが、グリフィンドール寮に属している。
ルイスがそうこう考えているうちに、ついに組み分けははじまった。
「アボット・ハンナ!」
金髪を三つ編みのお下げにした女の子は、転がるように前に出た。四本足の椅子にその子が座ると、傍らに立っているマクゴナガル先生が帽子を被せてくれる。その小さな頭には大きすぎる帽子を被ると、顔の半分が隠れてしまった。
「ハッフルパフ!」
帽子が寮名を叫ぶと、右側のテーブルから大きな歓声と拍手が上がった。続いて呼ばれたスーザン・ボーンズもハッフルパフだった。マクゴナガル先生が次々と生徒の名前を読み上げ、帽子が寮名を叫ぶ。段々と自分の番が迫っているのに、ルイスは興奮しながらも頭はどこか冷静だった。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
ルイスの横で、ハーマイオニーは一瞬肩をびくりと震わせた。しかし、走るようにして椅子に駆け寄ると、マクゴナガル先生に乗せられた帽子のつばを掴み、ぐいっと深く被る。
「グリフィンドール!」
グリフィンドール、その寮名がルイスの頭のなかでうるさいくらいに反響した。
――グリフィンドールの席で待ってるよ。双子の声が耳の奥の方で蘇る。途端に、心臓がどくんと大きく震えるのをルイスは感じていた。
「ジュリアード・ルイス!」
前に立っていたハリーが、ルイスを振り返った。それ以外の人たちは、ルイスを見てそれぞれ驚愕の表情を窺わせている。ひそひそと囁き合う声もない。広間中が、不自然に静まり返っていた。誰かの呼吸の音すら聞こえない。まるで、ルイスの名前が広間にいるすべての人間の息の根を止めたかのようだ。
ただ、ルイスの足音だけが響いていた。ちらりとセブルスの方をうかがうと、今度は彼もルイスを見ていた。ルイスが小さく肩をすくめてみせると、セブルスは余所見をするなとでもいうように、小さく顎を持ち上げる。
ルイスは簡素な椅子に座った。帽子を被る寸前に見えた双子の顔が、驚いた表情を浮かべているように見えた。
「ふむ、久しぶりのジュリアード家の子か」頭の中で帽子の声が響いた。「ジュリアード家の組み分けは、いつも実に難しい。君の父親もその母親もスリザリンだったが、どうやら君にもその素質があるようだ」
帽子は自分をスリザリンに入れるつもりだ。やはり自分は、みんなが言うようにスリザリンに入るべきなのかもしれない。
「そう、君にはスリザリンに入る素質がある。スリザリンに入れば、偉大な魔女への第一歩を踏み出すことになるだろう」
だが、素質とは一体何なのだろう。その素質は、一体いつできあがるというのだ。自分は一生、その素質に振り回されて生きるのだろうか。いや、そんなのは嫌だ。
その時、ルイスは汽車の出発前にラウルが言った言葉を思い出した。自分の意志を強く持て。誰かの意見に左右されてはいけない。ラウルが言いたかったのは、こういうことだったのかもしれない。
「どうやら答えは出たようだね」帽子が言った。「しかし、君の母親はここの寮だった」
少しの間が空いた。広間は相変わらず静寂に包まれている。
「――グリフィンドール!」
組み分け帽子の声が、広間の四方の壁に吸い込まれて、消えた。誰かがごくりと唾を呑む音が、ルイスの耳にも届いた。拍手も歓声もない。静寂は一瞬の間だけだったかもしれないし、何秒も何分も続いていたかもしれない。
そんな静寂を破ったのは、教員席に座る二人の男だった。ひとりはルビウス・ハグリッド。そしてもうひとりは、アルバス・ダンブルドアだった。二人の拍手に我に返った広間中の生徒たちは、つられるようにして慌てて拍手をした。
「さぁ、ジュリアード。席へ移動しなさい」
耳元でマクゴナガル先生が囁いたので、ルイスは急いでグリフィンドールの席へ向かった。
「あなたがジュリアード? ルイス・ジュリアードなの? 本当に?」
先に組み分けを終えて席に着いていたハーマイオニーの隣に座ると、彼女は独り言のように何かをぶつぶつと呟いている。同時に、ルイスはこの席に座ったことを後悔した。早く歓迎会が終わって、誰の目にも触れずに眠りたいと思った。
ルイスが恐る恐る顔を上げてグリフィンドールの長椅子を見回すと、みんなはルイスを見ないようにしているようだった。唯一目の合ったフレッドは、どうしていいか分からないといった困惑の表情を浮かべている。
「ポッター・ハリー!」
ルイスは助かったと思った。全員の関心が、ルイスからハリーへと移り変わったからだ。
「ポッターって、そう言った?」
「あのハリー・ポッターなの?」
そのような囁き声が、あちらこちらから聞こえてくる。それから、ルイスの時とは全く別の意味の静けさが広間を覆った。全員が期待に満ちた二つの目を、椅子に座って帽子を被っているハリーに向けていた。
組み分けは時間が掛かっているようだった。かなり長い間、ハリーは帽子を被ったままだった。
「――グリフィンドール!」
組み分け帽子がその寮名を叫んだ瞬間、割れるような歓声がグリフィンドールのテーブルから沸き上がった。ハリーを迎えようと、上級生たちは全員が立ち上がる。よろよろとした足取りでグリフィンドールのテーブルにやってきたハリーは、ルイスの向かい側に座った。自分のための歓声にすら、ハリーは気付いていないらしい。広間が興奮を抑えきれない状態のまま、それでも無理矢理静かになると、ハリーは教員の席に目を向けていた。
組み分けも残すところあと数人となり、次はロンの番になった。ロンは青ざめていたが、それを被るとすぐに、帽子は「グリフィンドール!」と叫んだ。みんなは大きく拍手をし、兄弟たちが一番にロンを歓迎していた。
こうして全員の組み分けが終わると、マクゴナガル先生は新入生の名前が記された巻紙をしまって、帽子を片付けた。その様子を見ていたルイスがテーブルの方に目を戻すと、正面に座っていたハリーと目が合う。ハリーはルイスに笑いかけるが、その隣に座っているロンは、複雑な顔をしていた。
「おめでとう! ホグワーツの新入生たちよ、実にめでたい日じゃ!」
校長のダンブルドアが立ち上がり、腕を大きく広げてにっこり笑った。一風変わった挨拶が終わると、テーブルにある空っぽだった皿の上に、たくさんの料理が出現する。
「ねぇ、あなた、本当にあのジュリアードなの? だったら私、あなたのこと本で読んだわ!」
ハーマイオニーがフォークで料理を口に運びながら、何気ない話でもするようにそう言った。グリフィンドールの生徒たちが、ぴたりと話すことをやめて、こちらを窺っているのが分かった。
「さっき君は僕のことも本で読んだって言ってたけど、ルイスのことも本に載っているの? ルイスはそんなに有名なの?」
ハリーも何気ない話をするように言ったが、ロンはその話をどうにかしてやめさせようとしている。
「ほ、ほら、ハリー、これ美味しいよ。ほら、食べてみなよ」
ルイスは聞こえないふりをして、無視を決め込んだ。グリルポテトを口いっぱいに頬張り、何も言わなくて済むようにに蓋をした。ハリーはそんなルイスの様子を見て不思議そうに首を傾げたが、誰もそのことについて答えてくれないのだと分かると、また皿のなかの料理に夢中になった。だが、しばらくするとハリーはナイフとフォークを放り出し、ばちっと額を手の平で覆った。
「どうかしたのかい?」
ハリーの隣に座っていた赤毛の男の子、パーシー・ウィーズリーがそう問いかける。パーシーはフレッドやジョージ、ロンの兄弟だ。
「な、なんでもないよ」ハリーは首を横に振るが、ねえ、と逆に問い返した。「あそこでクィレル先生と話しているのは誰?」
そう言うハリーの声を聞き、ルイスは無意識のうちに職員席を見ていた。クィレル先生とは、どの先生だろう。
「あれはスネイプ先生だ。どうりでクィレル先生がびくびくしているわけだよ。スネイプ先生は魔法薬学を教えているんだけど、本当はその教科を教えたくないらしい。クィレルの席を狙っているって、みんな知ってるよ。闇の魔術にすごく詳しいんだ」
ハリーはセブルスの方を見た。しかし、セブルスは皿の上の料理を不味そうにフォークで突くことに夢中で、ハリーの視線には気が付かないようだった。
デザートもテーブルから消えてしまうと、ダンブルドアがまた立ち上がった。広間中が静まり返り、ダンブルドアの機嫌の良さそうな声が広間に響いた。
「さて、新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、禁じられた森に入ってはならんぞ。これは上級生にも、何人かの生徒たちに対しては特に注意しておくとしよう」
ダンブルドアが宝石のように輝く水色の目を、グリフィンドールの一角に向けた。
「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意が出されておる。今学期は二週目にクィディッチの予選があるので、チームに入りたい者はマダム・フーチに連絡をするように。最後になるが、とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階の右側の廊下に近付かないように」
ルイスの目の前でハリーは小さく吹き出したが、ハリーのように笑っている生徒はほとんどいなかった。
歓迎会が終わると、一年生は監督生のパーシーに続いて、大広間を出た右側にある大理石の階段を上っていた。
「ああ、ピーブズか」後ろの方を歩いていたルイスには、ピーブズが何なのか分からなかった。「あれが、ポルターガイストのピーブズだよ。ピーブズ、姿を見せろ!」
列の前でパーシーが喚いていたが、ルイスはさほど気にしていなかった。今はそれ以上に、これからの自分がどうなるのかということが、とても気がかりに思えていた。絶望という名の水に浸っているような気分だ。こんな気分になるくらいなら、素直にスリザリンに入るべきだったのかもしれないさえ思う。スリザリンに入れば、少なくともグリフィンドールよりはルイスを歓迎してくれただろう。
階段を上り、廊下を曲がり、また階段を上る。まるで迷路のような作りのホグワーツ城内を歩き続けていると、廊下の突き当たりにピンクのドレスを着た、太った婦人の肖像画が掛かっているのを見つけた。
「――合言葉は?」そう婦人が言った。
「カプート ドラコニス」
パーシーがそう合い言葉を唱えると、肖像画が前に開き、その先の壁にある丸い穴が見えた。みんなはその穴に這い上がると、グリフィンドールの談話室に足を踏み入れた。
談話室は円形の部屋で、たくさんの肘掛け椅子が置かれていた。女子寮に続く扉から部屋に入り、ルイスはやっと一息を吐くことができる。荷物はいつのまにかベッドの脇に運び込まれていた。
ルイスは自分のベッドに飛び込むと、すぐに深紅のカーテンを引いた。今は誰とも話したくなかったし、早く眠ってしまいたかった。大急ぎでパジャマに着替えていると、カーテンの向こう側からハーマイオニーの声が聞こえてきたが、ルイスはそれを無視した。
ベッドに潜り込んで間もなく、ルイスは同室の子たちの興奮気味の声を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。