ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Christmas holidays 2

 ホグワーツ特急を降りて地下鉄に乗り、ロンドンにあるチャリング・クロス通りに面した薄汚れたパブ、漏れ鍋に到着すると、ルイスはバーテンのトムに荷物を預けて、ダイアゴン横丁でクリスマスプレゼントの買い物をしていた。すると、ダイアゴン横丁の一角に今までに一度も見たことのなかった店を発見し、吸い寄せられるようにしてその店の中に入る。オリバンダーの店並みに古く、レトロな感じが漂う店では、三十歳前後のミリア・トロリスと名乗る女の人が雑貨屋を開いていることが分かった。

 ミリアはルイスの父、ルーファス・ジュリアードを知っていると言い、ジュリアード家に代々伝わる耳飾りはミリアの先祖が作ったのだと教えてくれた。兄であるラウルのことも知っている様子で、その店で買ったものと一緒に、一通の手紙をラウルに渡すように頼まれた。

 そして今、ルイスは大嫌いな煙突飛行を終え、自宅の暖炉の前で尻餅をついて座り込んでいた。トランクと鳥かごは数メートル先に放り出され、ルナは限りなく不快そうに鳴き声をあげていた。

「ルイス?」

 階段を降りてくる途中で、ラウルが怪訝そうにリビングを覗き込んだ。リビングでは、煤にまみれたルイスが床に座り込んでいる。

「……ただいま」

 ルイスはのろのろと立ち上がると、鳥かごからすぐにルナを出してやった。ルナはソファの背もたれに降り立ったが、前ほど苛々した様子はない。だが、とても神経質そうに羽に顔を埋め、熱心に手入れをしはじめた。

「おかえり。ずいぶん遅かったんじゃない? 帰ってくるなら手紙をくれればよかったのに」

「ちょっとダイアゴン横丁で買い物をしてきたの」

 何歩か前に足を踏み出し、今度はトランクを起こす。階段から降りてきたラウルは、いつものように杖を取り出すとそれを一振りして、ルイスの身体に付いた煤を取り払ってくれた。

「リーマスは?」

「部屋か地下じゃないかな」

「ふうん。あ、そうだ。忘れるところだった」

 ルイスはポケットに手を入れて、預かってきた手紙をラウルに差し出した。

「これなに?」

「ミリア・トロリスというヒトから。渡してと頼まれたの」

「ミリア・トロリスだって?」

「ん? うん、そうだけれど」

「貸して」

 ラウルは予想以上に驚いて、大きく目を見開いた。ルイスの手から手紙を受け取ると、ソファに座りながら杖を振り、キッチンの食器棚からティーセットを呼び寄せる。

「突っ立っていないで座ったら? 紅茶をどう?」

 ラウルはそう言いながらも、その目では忙しなく紙の上の文字を追いかけている。ルイスがソファに腰を下ろすとティーポットが勝手に動き出し、カップに紅茶を注いだ。それから木のバスケットがテーブルから浮いたかと思うと、目の前で静止してマフィンを勧めてくる。そのなかからひとつ選んで取ると、バスケットはまたテーブルに戻っていった。

「約十年だ」

「何が?」

「彼女と連絡が取れなかった時間だよ」

 ラウルはそう言って、目の前でひらひらと便箋を振って見せた。その表情はどこか複雑そうで、少し困っているようにも感じられる。

「あのミリアというヒトは何者なの?」

「今はルイスが尋ねた店の主人だよ。ホグワーツではリーマスたちと同級で、学生時代はそれなりに仲良くやっていた」

「あのヒトは父さんを知っているって」

「ああ、そうだろうね。ルーファスさんはあの店によく足を運んでいたようだから」

「店を隠してあるって言っていたけれど、それってどういうこと?」

「限られた人しか、店を訪れることができないようになっているんだ。あの店にはいろいろと厄介なものがあるみたいだから、魔法省から姿を隠すって理由もあるけど。ミリア自身が秘密の守人になっているんだと思う。忠誠の術だね」

 ラウルが便箋を指に挿んでまた何度か上下に振ると、羊皮紙は瞬間的に燃え上がって、灰すらも残さずに消えてしまった。

「ルイスがあの店を見つけられたのは、耳飾りが場所を覚えていたからじゃないかな」

「この耳飾りを作ったのは、彼女のご先祖なの?」

「そうだよ。ジュリアードとトロリスは、古くから繋がりがあると聞いている。互いに代々純血の家系だね。遠い、遠い親戚だったと思うよ

 ラウルの言うように、ジュリアード家とトロリス家は親類同士かもしれないが、それは他の家にも言えることだ。純血の家系同士というものは、必ずどこかで繋がっている。もちろん、ジュリアード家とマルフォイ家だって、どこかでは繋がっているはずだ。今となっては、魔法族は純血よりも圧倒的に混血の方が多い。

「ラウル、この本は――あれ? ルイス、帰っていたのかい?」

「うん。ただいま、リーマス」

「おかえり」

 どうやら、リーマスはずっと地下の図書室にこもって本を読んでいたようだ。杖と本を手に持って現れたリーマスは、いつもの継ぎ接ぎローブを着ている。しかし、ルイスの姿を見つけると、にっこりと嬉しそうに微笑んでくれた。

「荷物を部屋に置いてくるね」

 ルイスは鳥かごだけをリビングに置いたままにして、トランクとプレゼントを持って階段を上った。ルナはソファの背もたれにとまったままうつらうつらとしていたので、放っておくことにした。階段のあちこちにトランクをぶつけながら三階まで行き、東側にある自分の部屋に足を踏み入れる。

 部屋の中は相変わらずがらんどうとしていて、年頃の女の子の部屋とは到底思えない。勉強机、天蓋付きのベッド、簡易的な本棚、おまけ程度に並んでいる小物。

 トランク以外の荷物を机の上にまとめて置くと、ルイスはまたすぐに階段を降りていった。

「何か食べる? お腹空いただろう?」

 リビングに降りていくと、リーマスがそう言って立ち上がりかけたので、ルイスは首を横に振った。

「ううん、何もいらない。今マフィンを食べたから」

 それに、ホグワーツ特急の中ではかぼちゃパイを食べたので、お腹は空いていなかった。ルイスがまた先ほどと同じ場所に座ると、またティーポットがカップに勝手に紅茶を注いだ。バスケットもまた飛んできたが、ルイスはそれを押しやった。

「手紙には何て書いてあったの?」

 ルイスがまた読書をはじめようとしているラウルに声をかけると、本の目次を指先でなぞりながら答えが返ってきた。

「店の住所だよ」

「……それだけ?」

「うん、それだけ」

 ラウルはルイスの方は見ずにそう言って、優美に紅茶を飲みながら本の一ページ目を読みはじめた。

「ふうん」俄かには信じられず、ルイスは曖昧に相槌を打った。「ほら、ルナ、床に落ちちゃうよ。こっちにおいで」

 背もたれから転がり落ちそうになっている姿を見兼ねてルイスが声を掛けると、ルナは膝の上に転がり込んできた。

「僕は明日ダイアゴン横丁に行ってくるけど、ルイスも一緒に行く?」

 ラウルがにやりと悪戯っぽく笑って言うので、ルイスは慌てて首を横に振った。クリスマス休暇中は煙突飛行をしないで済むように、今日のうちに買い物を済ませてきたというのに、それがすぐ明日なんて考えるだけでも嫌だ。

 ルイスはルナの灰色の羽を優しく撫でながら、ぼんやりと森の方に目をやった。見慣れた森も今は夕暮れが近付いて、一層鬱々とした雰囲気をかもし出そうとしている。

 この数ヵ月間、ルイスは自分の家系について考えたことが何度もあった。その切っ掛けとなったのが、この森に棲んでいるケンタウルスのフェリオだった。新学期が始まる前に起こったフェリオとの出来事が、ずっと気になっていた。

 特にフェリオが何かを言ったわけではない。ルイスが自分でそう思っただけだ。フェリオはルイスがジュリアードの者だから、いろいろと目を掛けてくれているのだろうかと、そう考えてしまう。もしそうならば少しショックだと、ルイスは思っていた。

 ルイスは家に帰ってきてほっとした気持ちが、一気にしぼんでいくのを感じていた。

 

 

 その日はクリスマス・イヴだというのに、ルイスは自宅の地下二階の図書室にこもって本を手当たり次第に読み耽っていた。魔法を使うことはできないので杖明かりではなく、火を灯したランプを近くの棚に置き、その薄暗い灯りのなかで、まずはホグワーツの歴史を隅から隅まで読んでみることにした。

 しかし、どのページにも秘密の部屋についての記述は、一切記されてはいなかった。

 それから、次は図書室のずっと奥の方にしまってあった、最も危険な闇の魔法使いとその能力という本を引っ張りだし、これもまた隅々まで読んだ。

 パーセルタング、蛇語を話すことができたという人物はほとんど見つからなかったが、その能力を持った人物はやはり、闇の魔法使いに多いらしいということは分かった。サラザール・スリザリンに加え、ルイスはその中に例のあの人、ヴォルデモート卿の記述も見つけた。

 ヴォルデモート卿も――記述では、名前を言ってはいけない例のあの人となっていたが――パーセルマウスの持ち主とされているらしい。その他にも何人か蛇語を話せる人物はいるのだから、一概にはハリーもサラザール・スリザリンの末裔だとは言えないだろう。それに、ハリーが蛇語を操れるのなら、ハリーの父親か母親も蛇語が話せたはずだ。もしそうだとすれば、母親はマグル生まれだと聞いているので、話せるのなら父親の方だろう。しかし、ハリーの父親はヴォルデモート卿に殺されているのだ。闇の魔法使いであるわけがないし、もしスリザリンの末裔だったとしたら、殺される理由が分からない。

 結局、ホグワーツにある秘密の部屋についても、パーセルマウスについても実りのある資料は得られそうになかった。この図書室にある本の数があまりに膨大過ぎて、自分ひとりだけでは到底すべてを確かめるということができない。ただ言えるのは、サラザール・スリザリンの末裔でなくとも、蛇語を話せる人はいるだろうということだ。

 ルイスは半ば諦めて、本を順番に棚に戻していった。しかし、ランプを手に持ち書庫を出ようとしたところで、はたと足を止める。扉のすぐ脇にある棚を見やると、象形寓意図の書と旅行記、それから伝説の錬金術師という本の背表紙が目に入ってきた。その三冊をぱらぱらとめくると、どれもがニコラス・フラメルについての本だということがすぐに分かった。去年のうちにこの本を見つけていれば、あんな苦労はしないで済んだだろうにと思い、ルイスは苦笑を浮かべてしまった。

「ルイス、昼食の用意ができたよ」暗く狭い階段に足音を響かせながら降りてきたリーマスが、扉の隙間から顔を覗かせて言った。「何の本を見ていたの?」

「これ、ニコラス・フラメルの本」

 リーマスがなかに入ってきたので、ルイスは手に持っていた象形寓意図の書をリーマスに差し出した。リーマスはそれを受け取ってページをめくりながら、不思議そうな顔をしてこちらを一瞥した。

「ルイスは錬金術に興味があるのかい?」

「ううん、まさか」

 その本の中には、確かに賢者の石の作り方が記されていた。本当に作れるかどうかは試してみないと分からないが、著者はフラメル本人となっている。今から五百年ほど前に発表された本だ。

「ただ見ていただけ。去年見つけていれば、少しは役に立ったかもしれないなと思って」

 ルイスが小さく肩を竦めるのを見て、リーマスは少し困ったように苦笑してみせた。

「それにしても、これは物凄く貴重な本だよ。現存しているのは数えるほどじゃないかな」

「そんなに貴重なものなの?」

「こんなに保存状態のいいものは、他にはないかもしれない。もしかしたらホグワーツの閲覧禁止の棚にもあるかもしれないけど、古すぎて欠落している可能性もある」

 リーマスはそう言いながら本を棚に戻すと、ルイスの背中を押して日の下へ戻るよう促した。一階へ上がってリビングに行くと、先ほどまでそこに座っていたはずのラウルの姿が見えない。

「ねえ、ラウルは?」

 そう言って見上げると、リーマスは暖炉を指差した。

「ダイアゴン横丁までクリスマスの買い出しに行ったよ。昼食は漏れ鍋ですませてくるって。ルイスも行きたかったかい?」

「意地悪ね、分かっているくせに」

 唇を尖らせるルイスを見てくすくすと笑うリーマスは、いつもより幾分か血色がいいように見えた。

 ルイスとリーマスはテーブルを挟んで向かい合わせに座り、ナイフとフォークを動かした。けれど、ルイスが急に手を止めて自分の顔をじっと見ていることに気づいたのか、リーマスはきょとんとした面持ちで見返してくる。

「どうかした?」

「いえ、あの、ただちょっと聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「うん」

 それが聞いていいことなのか、それとも聞かない方がいいことなのか、一瞬にして頭の中で意見が真っ二つに割れた。ハリーのために聞くべきだ。でも、リーマスのためには聞かずにいるべきだ。そのような葛藤が頭の中で繰り返され、ルイスは少しだけ眩暈を覚える。

 くらくらとしているルイスを見てただ事ではないと思ったのか、リーマスは真面目な表情を浮かべた。

「いいよ。聞きたいことって?」

 表情はどこか硬いのに、口調が優しかったので、ルイスは少し安心をして息を吐き出した。

「あの、あのね、聞きたいことっていうのは、ハリーのお父さんのことなの」

「ジェームズの?」

「ほら、前に、ハリーのお父さんとは友達だって言っていたでしょう? だから」

 ルイスはそこまで言って、自分の言った言葉に酷く後悔をした。リーマスは泣きたいような、微笑みたいような、何ともいえない悲しみを帯びた顔をしていた。

 ルイスは慌てて口を閉じ、そしてまた開いた。

「……ごめんなさい」

 ルイスはそんなリーマスを見てただ申し訳なくて、手に持っていたフォークとナイフを皿の上に置いた。もうこれ以上、食事を続けてはいられないような雰囲気だった。

「ルイスが謝ることはないよ。ただ、突然だったからびっくりしただけだ」そう言うリーマスの顔は、少なくともルイスが知っている、いつも通りのリーマスの顔だった。「聞きたいことというのは何だい? 私に答えられることなら、何でも答えてあげよう」

 そう言って、リーマスはルイスと同じようにナイフとフォークを皿の上に置いた。そして真直ぐにルイスの目を見据え、口が開かれるのを待っている。

 やっぱり何でもない。そう言って首を振り、話を打ち切るべきだろうか。リーマスでなくても、ラウルに聞けばよかったのではないだろうか。ルイスはそう思って少しの間黙り込んでいたが、意を決して口を開いた。

「ハリーのお父さんは――ハリーのお父さんは、パーセルマウスなんかじゃなかったよね?」

 お願いだから、違うと言ってほしかった。これでそうだと言われたら、学校の噂を裏付ける、ただ単なる証拠になってしまう。やはりハリー・ポッターはサラザール・スリザリンの末裔で、スリザリンの継承者に違いないという証拠になってしまいかねない。

 それだけは、ルイスも絶対に嫌だと思った。パーセルタングはスリザリン以外にもいることは確かだが、そんな話が学校に漏れてしまったら、ただ事では済まされないに決まっている。だから、お願いだから、違うと言ってほしかったのだ。

「どうしてそう思うの?」

 しかし、返ってきたのは否定でも肯定でもなかった。質問を質問で返されてルイスは一瞬驚いたが、休暇前に行われた決闘クラブのことをリーマスに話して聞かせることにした。

「学校で決闘クラブをやったの。そのときに、みんなの前でハリーとドラコ・マルフォイが決闘をやって見せたのだけれど、本当は杖を取り上げるだけだったのに、ドラコが魔法で蛇を出してしまって、その蛇がハッフルパフの子を襲おうとした」

「うん、それで?」

「そのとき、ハリーが言ったの。蛇語で手を出すな、去れって。みんなはハリーがサラザール・スリザリンの末裔じゃないかと噂をしている。ねえ、リーマス。ハリーのお父さんはパーセルマウスではないでしょう?」

 すると、リーマスは軽く目を閉じて、何かを考えているようだった。そしてゆっくり呼吸を繰り返していたかと思うと、唐突に語り出した。

「ハリーの父親――ジェームズは、パーセルマウスではなかったと思う。少なくとも、私の知るかぎりではね。だけど、どうしてハリーが蛇語を話せるのかは、私には分からない」

「ホグワーツで騒がれている秘密の部屋のことは聞いている?」

「ラウルから少しだけ」リーマスはティーカップを手に取って、紅茶を一口飲んだ。「恐らくとしか言えないが、ハリーがサラザール・スリザリンの末裔ではまずありえないと思うよ。そのことと蛇語が話せることは、あまり関係がないと思う」

「だけど、みんなはハリーがスリザリンの末裔だと信じて疑わないみたいなの。ミセス・ノリス、コリン・クリービー、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーが襲われて石にされた。ダンブルドアは最も高度な闇の魔術をもってして初めて可能な魔法だと言っていたけれど、ハーマイオニーは人間の仕業ではないかもしれないって」

 しかし、次の瞬間、リビングにある暖炉からエメラルドグリーンの炎が高く立ちのぼり、両手に溢れんばかりの荷物を持ったラウルが飛び出してきた。ふたりの話はそこで打ち切りになってしまったが、ルイスはまだ少し、話し足りない気分だった。

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