ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Secret story 1

 ぐあん、ぐあん、と誰かの声が頭のなかで痛いくらいに響き渡っている。低い声と、高い声だ。そのふたつの声が相性悪く不協和音を繰り返し、ルイスは最悪の気分のまま目を覚ました。重い瞼を押し上げるようにして無理やりこじ開けると、なぜかベッドに横たわっているということが分かった。

 いつの間に医務室に運び込まれたのだろう。そう思いながら、朦朧とした意識のなかで、目だけを動かして辺りを見回す。すると驚いたことに、ここはホグワーツの医務室ではなかった。

「本当にあの子は大丈夫なのでしょうね、セブルス。私はポピーのところへ連れて行ったほうが良いように思うのですが」

「マダムがどれほど腕利きの癒師だったとしても、今の状態の彼女をどうにかできるとは思えませんな」

「それでも、少しくらいなら」

「ミネルバ、少し落ち着くのじゃ。心配なのは分かるが、そう大きな声を出すとルイスが起きてしまうじゃろう」

 ルイスはそこにいるのが誰なのか、声を聞くだけで判別することができた。校長のダンブルドアと、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生、そしてスリザリンの寮監、セブルス・スネイプだ。

 ルイスはベッドの上で思わず眉を顰めた。微かに香ってくるのは、どこか雨に濡れた土のような、薬草のような匂いだ。間違いなく、今自分が横になっているベッドはセブルス・スネイプのベッドだという確信がルイスにはあった。

 身体はまだかなり重たく感じられていたが、全く動かないわけではないようだ。ルイスがゆっくりと身体を起こすと、真っ先に気がついたのはセブルスだった。

「気分はどうだ」

 ルイスは、去年の賢者の石の事件の後で、ダンブルドア先生と連れ立って医務室にやってきたセブルスに、今とまるで同じ言葉を掛けられたことを思い出した。

「声は出るか?」

「――」

 ルイスはなぜそのようなことを問われるのだろうと思い、何を言っているの? そう言い返そうとした。それなのに、声を出そうにも喉の声帯がそれを拒むように、一切言葉を紡ごうとしない。

「いい、無理はするな」

 尚も声を出そうとしているルイスを見て眉間の皺をより一層深くさせ、セブルスは銀のゴブレットを差し出してきた。どうやら飲めということらしい。ゴブレットのなかには、水のような液体が並々と注がれていた。水よりは幾分とろみがあり、多少青みがかっている。

「毒など入っていない。いいから飲むんだ」

 ルイスは渋々ゴブレットを口に運び、その液体を一気に胃の中に流し込んだ。生暖かいとろとろとした液体が喉を通って、食道を下っていくのがよく分かった。すると、冷たかったはずの爪先や指先も、徐々に熱を取り戻していくのが分かる。

「声を出してみろ」

 声を出せと言われても、何を言えばいいのだろうと、ルイスは一瞬困惑した。

「……あ、あの」自分の声が戻ったことにはっとし、ルイスは思わず喉元を両手で押さえた。「あの、あたしは……?」

「ホグワーツ特急の中で倒れたんじゃよ。駅からここまでスネイプ先生が運んでくださったのじゃ」

「あー、あの、そうですか。ありがとうございます」

「ジュリアード、気分はどうなのですか?」

 セブルスとダンブルドア先生の声はとても落ち着いているのに、マクゴナガル先生の声は酷く動揺しているように聞こえた。

「はい、大丈夫です」

 ルイスは自分のことよりも、マクゴナガル先生のほうが心配だと思った。震えた声は、どこか涙声にも聞こえる。しかし、些か取り乱したようなその表情もすぐに消え、大きく深呼吸をすると、思い直したようにいつものきりっとした顔が戻ってきた。

「君のふくろうが、スネイプ先生宛にラウルからの手紙を届けにきてのう。彼もそろそろこちらに到着するはずじゃ」

「……彼?」

「ルイス!」

 次の瞬間、まるで蹴破るようにして部屋の扉が開いた。彼が今年度ホグワーツにやってきたのは二度目だ。ラウル・ジュリアードは前にやってきたときとは打って変わって、慌てた様子だった。部屋のなかに駆け込んできたラウルは、肩は激しく上下させて息も上がっているのに、顔は不自然なほど蒼白だ。満月まではまだしばらくあるはずなのに、ルイスはそう思った。

「ルイス、大丈夫なのかい!?」

 ラウルはダンブルドア先生たちをあからさまに無視し、ベッドの上で上半身だけを起こしているルイスの傍まで駆け寄ってきた。

「僕がもっと早くに気がついていれば」ラウルは悔しそうに言う。「やっぱり学校には行かせないで、家で様子を見ればよかった」

「が、学校には行かせない?」

 ルイスはその聞き捨てならない言葉に驚いて、大きく目を見開いた。

「遅すぎたんだよ」

 ルイスはそう言って苦い表情を浮かべたラウルを目の当たりにし、思わずぎょっとした。一体何が遅すぎたというのだろう。まさか不治の病では――ルイスはそのようなことを一瞬考えてみるが、すぐにありえないと頭を振った。

「遅かったとは、一体どういう意味ですか?」

 説明しなさいとでも言いたげなマクゴナガル先生の眼差しは、まるでホグワーツの生徒を見ているようだ。ラウルはそのときになって初めて、自分たち以外にも人がいることに気がついたような素振りを見せ、少し驚いている。

「力を押さえ込むのが遅すぎたんです。このままだと――」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ラウル。遅すぎたとか、力を押さえ込むとか、それって何の話なの?」

 どうやら何も分かっていないのはルイスばかりのようで、ラウルを含めた他の四人は複雑な表情を浮かべてこちらを見ている。

「この子には?」

「まだ何も話していません。ルイスはジュリアードのことを半分も知らない」

 ラウルは今の話を、何となく自分には聞いてほしくないと思っているような、そんな顔をしているとルイスは感じた。そして、こちらを窺うように見たかと思うと、起き上がっていたルイスの身体をベッドへ押し付けるようにして横にさせる。

「セブルス」ルイスが大人しく枕に頭を沈めると、ラウルはすぐに後ろを振り返った。「今すぐにこの薬を調合してくれないかな」

 ラウルが一枚の羊皮紙を差し出すと、セブルスはそれを受け取った。そして、その紙の上に書き記されている文字を何度か目で追い掛けると、何も言わずに部屋を出て行ってしまう。

「それから、ダンブルドア、あなたに話があります」

 ラウルはダンブルドアを見てそう言うと、マクゴナガル先生を一瞥した。しかし、マクゴナガル先生は突然何も言わずにいなくなってしまったセブルスの後ろ姿を見送っていたので、その視線には気がついていないようだ。

 ダンブルドアはラウルに向かって小さく頷くと、速やかにマクゴナガル先生を部屋から退出させた。先生は最後まで、彼女は私の寮の生徒です、と言って渋っていたが、何とかダンブルドアに言い包められ、本当に渋々という様子で出ていった。

「さて、話とやらを聞こうかの」

 ダンブルドアは穏やかに言った。しかし、その穏やかさが今は酷く場違いに感じられてならなかった。

「はい。でも、その前に」ラウルはそう言うと、ベッドサイドに置かれていたゴブレットを手に取った。「ルイスはこれを飲んで」

「また?」

「さっき飲んだのはこっちだろう?」ラウルは先ほどルイスが空っぽにした銀のゴブレットを指して言った。「どちらも手紙でセブルスに頼んでおいてよかったよ。応急処置にはなるからね。さあ、飲んで」

 ラウルがゴブレットを持ってくれていたので、ルイスは頭を少しだけ起こして、何の薬かも分からないものを何口か嚥下した。

「これで夢も見ずに眠れるよ」

「でも……」

 どうやら、ルイスが飲まされたものは睡眠薬だったようだ。頭のなかが徐々に朦朧としてくる。

 自分もラウルとダンブルドア先生の話が聞きたいのにと思いながら、ルイスは必死になって眠気に抵抗する。けれど、薬の効力には勝てないことくらい分かっていた。

「とにかく、今は休むんだよ。ちょうど明日は――」

 視界の端が少しずつぼやけていくように感じた。遠くから足音が近づいてきて、ぶつぶつと何かを話している。さっきまでは確かに起きていたいと、そう思っていたはずなのに、ルイスはいざ眠る態勢に入ってしまうと、それらの音が煩くて堪らなくなった。

 うるさいなぁ――そう声に出して言ったか、口だけがその形を作ったのかは、ルイスにも分からなかった。ただ、額に一瞬だけ暖かいものが触れると、またあの、夢の出口で待っているよ、という声が耳の奥で聞こえて、何が何だか分からないまま、しかしそれでも安心しきって、眠りという闇のなかへ少しずつ、少しずつ落ちていくのを感じていた。

 

 その夜は、本当に何の夢も見なかった。ぐっすりと眠っていたのか、目を開くと朝になっていたので驚きだ。けれど、昨日の朝みたいに身体に疲れはあまり残っていなかったし、寒さも感じなくなっていた。しかし、不思議だったのは、身体は確かに朝を感じ取っているのに、ルイスの周りには一切の光がないということだ。外は雨か雪でも降っているのだろうか。いや、それにしても暗すぎる。

 ルイスは覚めた目を擦りながら、小さく呟いた。

「今何時……?」

「朝の七時半だ」

 速答された声に、ああ、七時半か、結構早く起きられたな、などと悠長なことを一瞬考えたが、すぐにベッドの上で勢い良く起き上がり、自分の周りを見回してみる。ルイスは自分がホグワーツに来ていたということはおろか、昨日からセブルスの部屋のベッドで眠っていたことすら完全に失念していた。ベッドは明らかに自宅や寮のものより大きく、香っているのは魔法薬に使う材料の匂いだろうか。無数の本が棚の中に並べられ、入りきらない本は床に積み上げられている。

 ルイスは驚いた表情で、こちらを振り返っているセブルス・スネイプを見て、僅かに首を傾げた。

「寝呆けているのか?」

 セブルスはルイスを見て、明らかに呆れている様子を隠そうともしなかった。

「……ラウルは?」

「あいつなら昨夜のうちに帰った」

「え? 帰ってしまったの?」

「いつまでもここにいられると思うのか? 二度も同じことを言わせるな」セブルスは部屋のなかにある机に――寝室くらい寝室らしくするべきだと思うが――向かって、羽ペンを忙しなく動かしている。「寒気はないか?」

「ん?」

「寒気はないかと聞いている」

「う、うん、昨日に比べると、まったく」

「身体は怠いか?」

「それは、まだ少し」

「他におかしなところはないか?」

 そう問われてルイスは一瞬考えたあと、ない、と首を横に振った。

「今日は一日安静にしていろ。夜になれば薬が飲める。それまではここで大人しくしていることだ」

「……ここで?」

「嫌なら出て行っても構わないが?」

 ルイスはセブルスの背中を睨み付けて、唇を尖らせた。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは、ルイスが一晩セブルスの部屋に泊まったと聞いたら、どんな顔をするだろう。信じられないとか、気は確かかとか、とにかく失礼なことを連発しかねない。

 そのとき不意に思い立って、ルイスはまたセブルスの背中を見た。

「セブルス、もしかして寝ていないの?」しかし、その背中は何の反応も示さない。「あたしがあなたのベッドを取ってしまったから?」

「睡眠なら取った。私にそのような気を使う必要はない」

 セブルスは不機嫌そうにそう言い放つと、こちらを見ようともせず、羊皮紙に羽ペンで何かを書き込んでいく。ルイスはその物言いに少しだけむっとしたが、それが何気ないセブルスなりの気遣いのような気がしてくると、思わず声を上げて笑ってしまいそうになった。

「ありがとう、セブルス」

 ルイスがそう言うと、セブルスはどこか不快そうに鼻で息を吐いた。

「別に礼を言われる筋合いはない」

「セブルスがそう思っているとしても、あたしはお礼を言いたかったの。例えラウルにしつこく頼み込まれたからという理由でもね」

 最後に悪戯っぽくそう付け加えると、ルイスはベッドから降りて立ち上がろうとした。

 ルイスがふざけたことを口にしたのが気に入らなかったのか、眉間に深く皺を寄せたセブルスがこちらを振り返る。すると、その表情は一瞬にして一層険しいものに変わった。

「そこを動くな!」

「え? 動くなって――うわっ!」

 セブルスの忠告虚しく、ルイスはベッドの上から床に向かって、背中を打ち付けるような状態で落下してしまった。背中に鈍い痛みを感じながら起き上がり、冷たい床の上に座り込むと、ちょうど頭の上からセブルスの大きなため息が降ってくる。

「だから動くなと言っただろう」

「動くなって、動いてから言われても」

 どういうわけか、まったくというわけではないのだが、ルイスは身体に力を入れることができなかった。両手はかろうじて自由に動かすことが出来るものの、足や腰にはほとんど力が入らない。

「た、立てない……」

「これで分かっただろう。今日一日、そのベッドから一歩たりとも出ないことだ」

「……はい」

 そう不満げに頷くと、セブルスは面倒臭そうにルイスを軽々と抱え上げ、枕を背中に宛がうようにしてベッドに座らせた。

 それから、ローブに手を入れて杖を取り出し、それを一振りすると、テーブルに料理の乗った皿とオレンジジュース、ティーセットを取り出すと、無愛想な顔でルイスに言った。

「朝食だ、早く食べてしまえ」

「朝はいらな――」

「食べるんだ」

 ルイスはその顔に嫌悪感を剥き出しにして眉根を寄せ、セブルスと用意された朝食を交互に見比べた。正直に言って、ルイスは食べたくなかった。当たり前だ。ここ何年間、しっかりと朝食を取った覚えなどほとんどない。

「昨日からずっと何も食べていないだろう。少しでいいから食べろ」

 そう言われ、ルイスも思い出した。セブルスの言うとおりだ。昨日から、ほぼ何も口にしていなかった。そう思い出すと尚更、ルイスは目の前の料理を食べたくなくなってしまった。

 朝食は食べやすいようにという配慮からか、皿いっぱいに野菜やハムの挟まったサンドイッチが並べられている。セブルスはルイスをじっと見て、お前が食べるまでは絶対にここを動かないぞ、と言うように睨み付けてくる。

 ルイスは本当に嫌々サンドイッチを手に取り、それを口に運んだ。もぐもぐと食べはじめたのを見て、セブルスの眼力は少し弱まった。

「セブルスは食べないの?」

「私は大広間に行って食べる」

「……薄情者」

「何?」

 ルイスが半ばやけくそでサンドイッチを口に押し込むのを見ながら、セブルスは不機嫌そうな顔をした。

「だってそうでしょう? あたしをひとりでこんな暗いところに置き去りにして、自分だけは大広間に行ってみんなとわいわい朝食を食べるんでしょう?」

「私は別に生徒たちと騒がしく食事を取りたいわけではない」ルイスがオレンジジュースでサンドイッチを流し込むのを待って、セブルスは続けた。「君は何が言いたいんだ」

「ここで一緒に食事をしてくれないのかって、そう言いたいの」

 そうさらりと言うルイスに、セブルスは少し面食らったような表情を見せた。しかし、ルイスがふたつ目のサンドイッチに手をかけると同時に、魔法で椅子を呼び寄せ、ベッドの脇に腰を下ろす。自分と同じようにサンドイッチに手を伸ばすセブルスを、ルイスは目を丸くして見上げた。

「紅茶を入れる?」

 居心地の悪い雰囲気が漂っていたのでそう言うと、セブルスはルイスがティーポットに手を伸ばすより早くそれを取り上げ、カップに注いでくれた。サンドイッチを食べている間中、終始セブルスの眉間には皺が寄っていて、とても不味そうにそれを食べているように見えた。

「ねえ、昨日のことだけれど……」

 ルイスが突然そう切り出すと、セブルスはじろりとこちらを見た。その話を聞き出すために自分をここに残したのかと、そう言いたいように見える。実際にそうだったのだが、ルイスは気がつかないふりを装って先を続けた。

「あたしが眠ったあと、何の話をしていたの?」

 何気なく聞いたつもりだった。それなのに、セブルスの目にはルイスが興味津々というふうに見えたらしく、二杯目の紅茶を自分とルイスのカップに注ぎながら、不愉快そうに鼻を鳴らした。

「別に、これといって込み入った話はなかった――と言っても、君は信じないのだろうな」

「ラウルに口止めをされているのなら聞かないけれど」

 ルイスはやはり、ラウルがまだ自分に話したくないことを聞こうとは思わなかった。しかし、セブルスは首を左右に振って、口止めはされていない、と言った。

「夢を見たと言ったそうだな。そのことについて話をしていた」

「でもラウルは、あれは夢じゃないかもしれないって」

「そうだな、厳密には夢とは呼べないらしい」

 セブルスがあまりにもあっさりと言ってのけるので、ルイスは最初どう答えるべきか迷った。

「夢でないのなら、一体何なの?」

「過去だ」

「……過去?」

「夢に似た形で、過去を思い出す。必要ならばいずれ、現在、未来まで見通すことができるようになる」

「なに、それ」

「代々ジュリアード家の当主に具わる力だ。しかし、普通ならば、ある一定の時期までその力は耳飾りの力によって封じられているはずだった。だが、そうならなかったのは、耳飾りで力を押さえ込むのが遅すぎたからだと、ラウルは校長に食って掛かっていた」

「ラウルがダンブルドアに食って掛かった? まさか」

「冗談でこんなことを言うと思うのか?」

 ルイスはラウルがダンブルドアに食って掛かる姿など想像することができなかった。ラウルはときどき興奮することはあっても、誰かに露骨な怒りの感情をぶつけたりすることは滅多になかった。

「でも、じゃあ、あたしはまたあの夢のようなものを見て、また突然気分が悪くなったりするということ?」

 そんなのは絶対にごめんだと言いたげに眉根を寄せたルイスを見て、セブルスは静かに頭を振った。

「耳飾りで押さえ付けられない力は、魔法薬で補う。幸い、昨日ラウルが書きつけてきた薬の材料はすべて揃っていた。ルイスは私の調合した薬を満月、新月、上弦、下弦の月の晩、必ず飲む必要がある」

 ルイスは淡々とそう言ったセブルスの顔をきょとんとした顔で見上げた。そういえば、セブルスは以前まで、ルイスのことをファーストネームで呼んでいたのだ。ファミリーネームで呼ぶと、ラウルとルイス、どちらを呼んでいるのか分からずややこしいし、ファミリーネームで呼ぶ理由はどこにもなかった。しかし、ルイスがホグワーツに入学すると、セブルスは自然とルイスをジュリアードと呼ぶようになっていた。ルイスはさほどそのことを気に留めていなかったが、久しぶりに名前で呼ばれると、少しだけ恥ずかしいような、照れを感じてしまう。

「その薬を飲むと、具合が良くなるの?」

 ルイスは、このまま病人のようにベッドの上で何日も生活するのかと、そう考えるだけでとても嫌な気持ちになった。

「身体の具合はいつも通りに戻るだろうとラウルは言っていたが」セブルスは一瞬押し黙り、それから、何を思ったのか机のうえに何冊か積み重なっている本の山を指差して言った。「あの本を一冊、魔法で手元に呼び寄せてみろ」

 ルイスはセブルスが何を言いたいのか分からず、思わず顔を顰めた。杖もないのに、どうやって本を呼び寄せろというのだろう。

「だって、杖がないと」

「杖は必要ない。呪文も使うな」

「そんなの無理に決まっているでしょう?」

 ルイスは怒りを通り越して完全に呆れ果て、セブルスを見上げた。だが、セブルスの表情は至って真剣で、冗談を言っているようには見えない。その前に、ルイスはセブルスが冗談を言うところなど見たくもなかった。

「頭の中で思うだけでいい」

「……分かった、一応やってみる」

 多分無理だと思うけれど、という言葉を飲み込んで、ルイスは二、三度深呼吸をした。頭の中で思うだけとは、どういう意味だろう。こちらに来い、と思うのだろうか。それとも口には出さず、頭の中で呪文を唱えるのだろうか。

 ルイスはまず、頭の中で試しにアクシオの呪文を思い描いてみるが、積み上げられた本はぴくりとも動かなかった。ルイスは頭の中を空っぽにさせる意味で軽く左右に振り、今度は強く念じてみる。

 ――来い、こちらに、来い。

 すると、どういうわけか、誰も触れていないのにどさどさと本の山が崩れる。その一番上に乗っていた一冊が、ルイスの元に物凄い勢いで吸い寄せられるようにして飛び込んできた。そして、ルイスの目と鼻の先まできたかと思うと、膝のうえにすとんと落ちた。

「あ、あの、ええと……」

 ルイスは魚のように口を開閉させて声にならない声をあげ、膝の上の本とセブルスの顔を交互に見た。

 ありえないことが起こった。自分がやったことなのに、ルイスはとてもではないが信じられなかった。熟練した魔法使いなら、呪文なしに魔法を使うことは可能だ。しかし、それでも杖は持っている。あるいは、アルバス・ダンブルドアになら可能かもしれないとルイスは思ったが、今はそんなことを悠長に考えている余裕はなかった。

「今は耳飾りによって力が制御されている状態だ。力が暴走することはない」

「ぼ、暴走? 暴走するの?」

 ルイスはぎょっとして、シーツをぎゅうっと握り締めた。

「薬を飲めばある程度は抑えられる。あらゆる人々に、何度となくその耳飾りを決して外すなと言われなかったか?」

「言われたけれど、これは身を守るものではないの?」

 少なくとも、ルイスはそういうつもりで身につけていた。

「確かに、身を守るものでもある。だが、ジュリアード家の者が代々その耳飾りを身につけるのは、それだけが理由ではない。一番の理由は、何度も言うようにその力を押さえること――正しくは、力の一部をその耳飾りに移すらしいが――それが目的だ。ジュリアードの家に生まれた者は他の魔法族に比べると、はるかに魔法力が強いといわれているからな」

 セブルスはそう言うと、時計で時刻を確認してから立ち上がった。ルイスもつられて時計を見ると、そろそろ午前の授業がはじまる時間だった。

「自分の能力を制御できる、ある一定の年齢に達するまでは、例え片方だけだとしても外してはいけない。それがジュリアード一族の暗黙の了解だそうだ。ほとんどの場合はホグワーツに入学と同時にそれを身につけ、卒業と同時にそれを外してもいいという許可が出された」

 話を聞いているうちに、ルイスはふと疑問に思った。セブルスはどうして、こんなにもジュリアード家のことに詳しいのだろう。それとも、このことは誰もが知っていることなのだろうか。たが、ルイスはきっと、昨日ラウルが話して聞かせたのだろうと納得をすることにした。

「さあ、話はここまでだ。私には授業がある」セブルスはそう言うとルイスに背中を向けようとしたが、思い直したようにこちらを振り返る。「いいかね?」

「……あたしは、今日一日このベッドから出ないで、安静にしている。お願いだから、ラウルみたいなことは言わないで」

 その代わり、ルイスはそう言って、寝室のなかをぐるりと見回した。

「ここにある本を読んでもいい? あたしの荷物は全部寮の部屋でしょう?」

「……好きにしろ」

 セブルスはそう言うと、黒いマントを翻して足早に寝室を出ていった。いつの間にか、脇にあった朝食はテーブルごと綺麗さっぱり消えてなくなっていた。

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