ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

36 / 53
Secret story 2

 ルイスはセブルス・スネイプがいなくなってからずっと、寝室中の本を自分の元へ魔法で呼び寄せてはぱらぱらと手持ち無沙汰に捲り、何か面白い本はないかと探していた。そのどれもが魔法薬に関するものだったが、ルイス自身魔法薬学が嫌いではなかったので、真新しいものを探すのに少し手間取ってしまったのだ。何冊かめぼしい本を見つけては傍らに置き、あまり興味のそそられなかったものは元の場所に戻していく。それを繰り返しているうちに、ルイスはより高度な魔法薬という本を見つけた。この本は、より高度な変身術と対になっている本だ。おそらく両方ともホグワーツでは貸し出し厳禁図書で、閲覧禁止の棚に入っていることだろう。

 ルイスはそれを読むことに決めて、他の本はすべて棚に戻すことにした。そして、目次のなかに脱狼薬という項目を見つけると、すぐさまそのページを開く。

 そこには、脱狼薬を作るための方法と、その材料が記されていた。トリカブト系の薬で、調合の方法は酷く複雑だったが、それよりも材料を集めることのほうがずっと難しそうだ。ルイスは文を目と指を使って追いながら、これなら自分にも作れるかもしれないと思ったが、考えるのと作るのとでは勝手が違うと分かっているので、そう簡単にはいかないだろうという冷静な考えも脳裏を過っていた。

 脱狼薬の次のページを捲ってみると、今度は狼薬という薬が載っているのを見つけて、ルイスは一瞬ぎょっとしてしまった。それでも興味がそそられ、恐る恐る文章を読み進めていく。

 ベラドンナの根、有毒のイヌホオズキ、コウモリの血、ヘビイチゴ――などの材料を調合し、そして出来上がった軟膏を体全体に万遍無く擦り込み、ある呪文を唱えると狼人間になることが出来るらしい。果たして、この方法を用いて狼人間になろうなどと考える者がいるのかどうか、それは疑問だった。

「――っ、ルイス!」

 突然大声で名前を呼ばれ、びっくりして顔を上げると、そこには不機嫌そうに眉根を寄せたセブルスが仁王立ちをしてルイスの前に立っていた。

「何度呼ばせたら気が済むのだ」

「ご、ごめんなさい、本に夢中で」

 ルイスは知らない間に現れたセブルスを驚いて見上げ、申し訳なさそうに言った。すると、セブルスはこれでもかというくらい大きくため息を吐いて、持っていた杖を目の前で一振りする。

「昼食の時間だ」

 すると、朝と同じテーブルが再び現れ、他の生徒たちが食べているものと同じ食事が出現する。

「もうそんな時間なの?」

 ルイスは更に驚いて、膝の上で本を開いたまま、傍らに置かれている時計に目をやった。確かに、昼食の時間を三十分ほど過ぎてしまっている。

「セブルスは?」

「我輩はもう済ませた」

「何だ、そうなの」

 残念そうに言ったルイスを見て、セブルスは少し訝しげな顔をした。ルイスは黙ってシェパードパイを食べながら、読みかけの本に目を落とす。

「何を読んでいる?」

 昼食を出して、すぐに立ち去ってしまうのかと思いきや、セブルスはベッドの脇の椅子に腰を下ろすと、読みかけの本に手を伸ばしてきた。ルイスはページを開いたまま、それを差し出す。

「脱狼薬?」

「うん、作り方を見ていたの。あたしにも作れないかなと思って」

「作るつもりなのか?」

「別に今すぐ作りたいとかではなくて、いつか作れたらいいなって。そうしたらラウルにも煎じてあげられるし、知っていても損はないでしょう?」

 ルイスが窺うような顔をしてそう言うと、セブルスは何事かを考え込んでいるのか、本に目を落としたまま思案げな表情を浮かべた。続きが読みたいと思い、その本を脇から取り上げようと手を伸ばすと、それより早く本が手の中に飛び込んできたので、ルイスは少し驚いてしまう。常に意識をしていないと、この慣れない感覚にはいつまでもびくびくさせられそうだと思った。

「やっぱり、いずれはあたしが煎じられるようにならないとね。いつまでもセブルスを頼ってばかりもいられないし」

「そうか」

「……ん? だけど、おかしいと思わない?」ルイスは急に思い立ち、無意識に首を傾げた。「ラウルって、ホグワーツでは首席だったんだよね? それなら、脱狼薬くらい自分で煎じられない?」

「ああ、あいつは駄目だ」

 そう言って速答をしたセブルスは、目の錯覚でなければ苦笑しているように見える。ルイスは唖然としてセブルスを見上げた。

「ラウルは確かに首席だったようだが、魔法薬学の成績だけは自慢できるものではなかったからな」

「ふうん、そうだったの」

 くすくす笑うと、セブルスも危うく、つられて口の端を上げそうになったのをルイスは見逃さなかった。けれど、次の瞬間にはいつもの無表情に戻っていて、それを少し残念に思う。

「――さて、私には午後の授業がある。君は夕食時まで眠っているんだ」

 ルイスが昼食を終えたのを見計らって、セブルスはゴブレットを目の前に押し付けてきた。また薬かと思い、ルイスはうんざりとする。

「飲みたくない」

「飲め」

「……」

 受け取るというよりは、無理やり握らされるようにして手中に納まったゴブレットを覗き込み、ルイスは小さく息を吐いた。それを仕方なく一口飲むと、例の如く、驚くほどの早さで眠気が津波のように襲い掛かってくる。

 ルイスはセブルスの手を借りて、起こしていた身体をベッドに横たえた。既に意識を手放しかけていたが、枕に頭を静める頃にはもう、意識は別の場所に飛ばされていた。不思議なことに、次に目を開いたとき、そこはホグワーツの鬱々とした地下牢ではなくなっていたのだ。覚えのある天井を見上げ、ルイスは横になっていた。

 いつの間に別の場所へ移されたのだろう。そう思うものの、ルイスはその天井がジュリアード家の天井だと気づくのに、それほど時間を必要としなかった。

 ここが本当にジュリアードの屋敷ならば、どこかにラウルの姿があるはずだ。ルイスはそう思ってラウルの名を呼ぼうとするが、また声が出ないという不可解な現象に見舞われる。しかし、正確には声が出せないというわけではなかった。ルイスが喋ろうとすると、なぜか「あー」とか「うー」とかいう、赤ん坊を彷彿とさせるような声が聞こえてくる。

「あら、起きてしまったのね」

 ルイスは突然耳に飛び込んできた優しい声色に、視線だけをそちらに移動させた。すると、そこでは女の人が――どこか雰囲気がラウルに似ているようだ――こちらを見下ろしている。栗色のゆるく巻かれた髪を高い位置で結あげながら微笑んだ女の人は、すぐにルイスの身体を自分の腕のなかに抱き上げた。

「父さんなら、もう少しで戻るわ。それまで一緒にアルバムを見ましょう。ちょうど整理をしていたところなのよ」

 高い位置にあった視界が、すぐに限りなく低い、床に近い場所まで降りる。女の人はルイスを抱いた格好のまま床に腰を下ろしたようだ。また目だけを動かすと、女の人の手元には確かにアルバムが置かれていた。

「私と父さんが学生の頃の写真よ。一緒に写っているものは五年生の頃からしかないけれど、ほら、これが一年生で、これが二年生の頃の彼よ。本当にかわいいわね」

 くすくすと笑う女の人の声を聞きながら、ルイスはアルバムのなかの写真を見て驚いた。

 ひとつのページに二枚並んだうちの一枚の写真では酷く上機嫌で、満面の笑顔を浮かべながら、友人と思われる何人かのスリザリン生とこちらに向かって手を振っている。対するもう一枚の方は限りなく不機嫌そうな仏頂面で、胸の前で両腕を組み、こちらを睨むようにして見ていた。その周りでは、数人の友人たちが男の子を宥めている。

 その男の子の表情は、他の生徒たちに比べるとどこか大人びていて、そして中性的だった。さらりとした綺麗な黒髪をしていて、青黒い瞳がきらきらと宝石のように輝いている。その子がスリザリンの制服を着ているという事を除けば、まるで今のルイスを見ているようだ。

 自分自身でもそう思ってしまうほど、その男の子とルイスは瓜二つだったのだ。しかし、ルイスの身体は今の心境に反してとても嬉しそうに声を上げて笑い、小さな手を伸ばしてアルバムに触れようとしている。そうすると、写真のなかの人たちは大慌てで横に飛び退き、こちらに不快そうな目を向ける。ルイスに似た少年は更に不機嫌面になり、眉間の皺を深くさせた。

「まあ」

 ルイスを抱いた女の人は驚いたように声を上げたが、またすぐにくすくすと笑いはじめた。

「アリア」

 どこか聞き覚えのある声がしたかと思うと、目の前に突如としてひとりの男の人が現れた。ルイスはその顔を見て、当たり前のように今見た写真の男の子を思い出した。

「おかえりなさい、ルーファス」

「ただいま」

 男の人はそう言うと、優しげに微笑んでふたりの前に跪き、女の人の目尻に優しくキスをした。そして、今度はルイスを見下ろすと嬉しそうに笑い、同じようにキスをする。

「ただいま、ルイス」

 ルイスはまた嬉しそうに笑い声を上げた。そして、両腕を力一杯前に伸ばすと、男の人の胸のなかに転がり込む。男の人は、おっと、と言いながらも、小さな身体をしっかりと抱きとめた。

「ふたりであなたが学生の頃の写真を見ていたのよ」

「写真? ああ、その写真か」そう言った男の人は軽く苦笑いを浮かべ、ルイスを片手で抱きなおすと、もう片方の手でアルバムを持った。「これは魔法薬学の授業の後に撮ったんだ。覚えているだろう? あの授業でアリアは私の大鍋に薬品をこぼして、大爆発を起こした」

「わざとではなかったのよ」

「だから怒らなかったろう? いいか、ルイス? アリアみたいなドジにはなるんじゃないぞ」

 そう言って悪戯っぽく笑う顔は、少しだけ子供の頃の面影を残していた。

「あら、ルイスは大丈夫よ。私じゃなくてあなたにそっくりですもの」

「性格だけは私に似ないでほしいと心底思うよ」

 男の人はそう言いながらゆっくりと立ち上がり、女の人が抱き上げる前にいた元の場所にルイスを戻すと、その手で頭を柔らかく撫でた。

「さあ、おやすみ、ルイス。私は夢の出口で待っているからね。愛してるよ」

 男の人は優しくそう囁くと、ルイスの額に祝福のキスを降らせた。それから、とても幸せそうに微笑んだかと思うと、もう一度 I Love youと呟いたのをルイスは確かに聞いた。

 ルーファス・ジュリアードの耳には間違いなく、ジュリアードの赤い耳飾りが揺れているのを、ルイスは見た。

 意識が段々と遠退いていくのを感じ、ルイスは今度、自分を揺さぶり起こすセブルスの声を聞いていた。頬に微かな痛みを感じて細く目を開くと、セブルスが自分の頬を何度も叩いているのだということを視覚した。

「……何? どうしたの?」

 ルイスは自分の声が微かに震え、そして擦れているのを感じ取っていた。眠る前に薬を飲んだのに、どうしてだろう。また不思議な夢を見た。いや、あれは夢ではないと、ルイスにも本当は分かっていた。

「それはこちらの台詞だ」

 セブルスはどこか心底安堵したというように息を吐いて、椅子の上にどっかりと座り込んだ。そして、ローブに手を入れたかと思うと、よれよれのハンカチをルイスの顔に押しつける。しかし、ルイスはなぜセブルスが自分の顔にハンカチを押しつけたのかが理解できなかった。

「どうして?」

「いいから拭うんだ」

「何を?」

 きょとんとするルイスを見て、セブルスは一層険しそうに顔を顰める。そして、ルイスの顔をごしごしと、まるで床を雑巾がけでもするかのように拭きはじめた。一体何をするのだと思いながらセブルスの手を押しやり、ルイスは自分の顔に触れてみる。どうやら、僅かに濡れているようだ。そのときはじめて、ルイスは自分が泣いていたのだという事実に気がついた。

 そして、ルイスはまた、身体が徐々に凍り付くように冷たくなっていくのを感じた。以前のときと同じだ。頭ははっきりとしたまま、ただ身体だけが疲れ切っている。

 小さく震えているルイスを見てはっとした表情を見せたセブルスは、テーブルの上に並べて置いていたふたつのゴブレットの中身を、有無も言わせずにすべて飲ませた。これでは本当に薬漬けの生活だ。

 しかし、それを飲むとすぐに寒さは治まり、身体の怠さも引いていった。それでもまだ顔色は悪いのだろうか。セブルスはルイスの顔を、穴が開くのではないかと思うほど鋭く見つめている。

 ルイスには何となくセブルスの言いたいことが分かるような気がして、奇妙な居心地の悪さを覚えた。セブルスは間違いなく、それを聞きたがっている。けれど、ルイスが自分から語らないかぎりは、聞いてはいけないことなのだと、そう思っているのかもしれない。ただ黙って、口を噤んでいる。

「あのね」ルイスが声を発すると、セブルスの身体が一瞬びくりと反応した。「父さんと母さんを見たの」

 それにはさすがのセブルスも目を見開いて驚いていた。

「初めて見た。家にはふたりの写真も肖像画も、一枚だって残っていないと思っていたから」

 そう、残っていないと思っていた。今の今までだ。けれど、先ほど見た夢――のようなもの――では、ルイスの母親は確かにアルバムを見ていたし、ルイス自身もそれを見ていた。整理をしていたと言っていたが、どこか目の届かない場所にしまってしまったのだろうか。それとも、何からの理由で全て処分してしまったのだろうか。

「父さんが二年生の頃の写真を見た。今のあたしととてもよく似ていて、自分が写っているのかと思ったくらい」

 努めて明るくそう言ったが、父親と母親の声が耳から離れない。

 ルイスと名を呼んでくれた。こちらを見て、笑ってくれた。優しく撫でて、額にはキスをしてくれた。そして、愛していると、そう言ってくれた。

 そのようなことを考えていると、急に鼻の奥の方がつんと痛んで、胸がぎゅっと締め付けられる。視界がぼやけはじめて、我慢しきれなかった涙が両目からぽろぽろとこぼれ落ちた。

 ――夢の出口で待っているよ。

「あれは、父さんの言葉だったんだ……」

 ルイスは自分でも笑いたいのか泣きたいのかがよく分からなかった。それを見ていたときはとても楽しくて、幸せな気分だったのに、なぜか今はとても悲しくて、つらい気持ちだった。もう二度と、あの幸せだった時間は戻ってこないと分かっていても、それを願わずにはいられなかった。生きた両親が、ルイスに愛していると囁くことも、優しくキスしてくれることも、もう二度とない。

「どうして薬を飲んだのに見てしまったの?」

 ルイスが唐突に涙声で訊ねると、セブルスは努めて普段通りの調子で答えた。

「薬の効力が途中で切れたか、もしくは全く効き目がなかったかのどちらかだろう。おそらく、ルイスの頭と身体が完全には合致していない状態になっている」

「どういうこと?」

「言葉通りだ。目が覚めたとき頭ははっきりとしているのに、身体がだるいだろう? 抑えきれていない力が、夢のようなもので過去を見せ、魔法力を強くしている。しかし、それもじきになくなるはずだ」

 その日、ルイスは夕食も取らず泥のように眠った。グリフィンドール寮に戻ると言ったが、明日の朝までは安静にしているように口を酸っぱくして言われたので、また大人しくセブルスのベッドで一晩を過ごすしかなかった。

 きっと、明日の朝になったら、ハリーたちは自分を見て質問攻めにするだろう。そんなふうに思ってうんざりしながら、ルイスは眠りについた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。