ルイスは朝になって目を覚ましたとき、一瞬自分がどこにいるのかが分からなかった。しかし、それもほんの少しの間だけで、次の瞬間にはベッドから転がり落ちた衝撃で頭が意に反して働き出した。体はまだ眠たいのに、頭はすでに活動をはじめている。
「いたたた……」
ベッドの角に打ち付けた腰を擦っていると、隣のベッドで眠っていたハーマイオニーが、勢い良くカーテンを開いた。
「何? どうしたっていうの?」
ハーマイオニーは栗色の髪をぼさぼさにして、床に座り込んでいるルイスのところへ駆け寄ってくる。
「ルイス、あなた大丈夫?」
「ああ、うん。ちょっと滑っただけ」
同室のラベンダー・ブラウンとパーバティ・パチルも何事かを目を覚まし、ルイスを迷惑そうに見た。
「あの、朝から騒がしくてごめんなさい」
申し訳なく思いながらルイスが言うと、ラベンダーとパーバティはまだ朝食まで残っている時間を、ベッドに潜り込んで過ごすことにしたらしい。
「ハーマイオニーも、ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫よ。そろそろ起きようと思っていたから」
ルイスは恐る恐る立ち上がったが、もう痛みはそれほど感じられなかった。
「痛い? 医務室へ行く?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
ハーマイオニーはルイスを見てまだ心配そうにしていた。ルイスが安心させるように少しだけ笑うと、ハーマイオニーはやっと安心したのか、ほっと息を吐いた。
「そろそろ朝食の時間だわ。準備をして行きましょう」
ルイスが鏡の前で黒い髪に櫛を通していると、隣ではハーマイオニーがふわふわの栗色の髪と格闘していた。ルイスがロープに着替え終える頃に、ハーマイオニーは髪に櫛を通し終えたところだった。
「あなたの髪、とても綺麗ね」
ハーマイオニーが何の前触れもなく言った。
「え、髪?」ルイスは自分の毛先を指でくるくるともてあそび、首を傾げた。「ただの黒髪だよ、カラスみたいでしょう?」
「艶々していて羨ましい」
「あたしはハーマイオニーみたいな栗色の髪が羨ましいけれど。とても柔らかそう」
「ただの頑固な癖毛だわ」
二人が取り留めない話をしながら大広間に下りていくと、ハリーとロンはすでに朝食を取りに下りてきていた。
「おはよう。ハリー、ロン」
「おはよう」
ルイスが二人に声をかけると、ハリーはにっこりと笑ったが、ロンはトーストを頬張った口をもごもごと言わせて、言葉を濁していた。
相変わらず、ルイスは朝食をほとんど食べない。オレンジジュースを少しずつ飲みながら、フォークでスクランブルエッグを突いていると、ハリーが心配そうにルイスの顔を覗き込んだ。隣で淡々と食事を口に運ぶハーマイオニーは、授業の内容に想像を膨らませることに忙しいらしく、ルイスがあまり食べていないことに気付いていなかった。
「全然食べてないけど、どうしたの? 具合でも悪い?」
「ううん、あまり食べたくないの」
「大丈夫?」
「朝はあまり食べられないだけ」
ルイスがそう言うと、ハリーはふうんと少しだけ心配そうに頷いた。
グリフィンドール以外の席から聞こえる囁き声にはハリーもルイスも気付いていたが、そのことにはお互い触れないようにしていた。しかし、それでもハリーは眉間に皺を寄せていたし、ルイスの表情も似たり寄ったりだった。
けれど、授業が始まってしまうと、皆はふたりの噂話をしているわけにはいかなくなったようだ。特にマクゴナガル先生の授業では、友達とお喋りをしようとする気にもならない。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なもののひとつです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度と教室には入れません。初めから警告しておきますので、そのつもりでいなさい」
先生は机を豚に変え、また元の姿に戻してみせた。生徒たちは感激して、各々歓声や拍手を送る。そして、早く自分も試したいとうずうずしはじめるが、マクゴナガル先生は散々ノートを取らせた後で、マッチ棒を全員に一本ずつ配り、それを針に変えるようにと命じた。
「ふぁ……」
ルイスは隣でハーマイオニーがマッチ棒を針に変えるところを眺めながら、欠伸を噛み殺していた。
「グレンジャー、やりましたね。皆さん、見てください」
先生は魔法を成功させたハーマイオニーの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。そして、それを指先で摘まむと、生徒全員が見られるように高々と掲げる。それを見た生徒たちが、ある者は感心したように、ある者は悔しそうにしながらも拍手をすると、ハーマイオニーは嬉しいのか恥ずかしいのか、もじもじとしながら頬を微かに染めていた。
「ジュリアード、どうしました?」
ハーマイオニーの隣でぼうっとしているルイスを見て、先生は怪訝そうな表情を浮かべた。眠いんです、なとど言えるわけもなくルイスが困っていると、先生は机の上できらりと輝く針を目敏くも見つけてしまった。
「まあ! 皆さん、ジュリアードも成功させましたよ。さあ、他に成功させた者はいませんか?」
先生はルイスとハーマイオニーに対して滅多に見せない微笑を向け、他の生徒の所へ行ってしまった。ルイスは自分の手元を見下ろしながら、杖を買ったときにオリバンダーに言われた言葉を思い出していた。
闇の魔術に対する防衛術は、ルイスの想像していたような授業とはまるで違っていた。
教室はにんにく臭く、早く授業が終わればいいのにと願わずにはいられない。クィレルは頭にターバンを巻き、双子のウィーズリー兄弟はその中にもにんにくを隠しているに違いないと、そのようなことをいやに真剣な面持ちで言っていた。
金曜になると、ルイスは自分の噂話をしている人たちのことがあまり気にならなくなっていた。気にならないというよりは、慣れてしまったというほうが正しいのかもしれない。ハリーはどうか知らないが、少なくともルイスの目にはハリーもさほど気にしていないように見えていた。
「今日は何の授業だったっけ?」
向かい側に座っているハリーが、隣のロンに尋ねていた。
「スリザリンと一緒に魔法薬学さ。スネイプはスリザリンの寮監だから、いつもスリザリンを贔屓するって皆が言ってるよ」
ロンのその言葉に、ルイスは思わず顔を顰めた。ロンはルイスに見つめられたり声をかけられたりしても、あまり驚くことをしなくなった。
「本当かどうかは今日分かるよ」
ルイスは思わず職員席を目でなぞり、セブルス・スネイプの姿を探した。その姿はすぐに見つかった。ねっとりとした黒髪に鉤鼻、土気色の顔は、まっすぐルイスの方に向かっていた。
「君、スネイプに見られてるよ。何かしたの?」
ロンが探るように尋ねてくるので、ルイスは少しからかってやろうと思い、恐ろしげな表情を作る。
「本当にあたしを見ていると思う? あたしにはロンを見ていたような気がしたけれど」
すると、ロンの顔は一気に血の気を失い、喉が詰まってしまったかのように口をぱくぱくと動かした。見るからに動揺している。
ハリーとルイスがその様子を見てくすくすと笑っていると、何百というふくろうが大広間になだれ込んできた。どうせ自分宛のものなどないだろうと思っていると、ルイスの目の前に見慣れないふくろうが一羽舞い降りた。
「誰かな……?」
ルイスは素早くふくろうの足から手紙を取り、代わりにベーコンの切れ端を食べさせた。それから手紙を開くと、それを脇から覗き込むようにしてハーマイオニーが身を乗り出してくる。
ルイスへ
学校での暮らしはどうだい? もう慣れてきた頃かな。
毎日を楽しんでいるだろうと思うけど、君が約束を忘れていないかどうか不安になってね。
君がグリフィンドールになったことは、セブルスからの手紙で教えてもらったよ。できればルイスからの手紙で知りたかったけどね。
母さんもグリフィンドール生だったから、きっと君もグリフィンドールでうまくやっていけると思う。ルイスも分かっているだろうとは思うけど、噂を気にすることはないよ。先生はルイスの父親やお祖母さんをご存じだ。何か困ったことがあったら、いつでも君のふくろうに手紙を持たせてくれ。本当は、用事がなくても手紙をくれると嬉しいけど。
ラウルより 愛を込めて
随所随所に嫌味が見え隠れする手紙だった。ルイスが読み終わった後で苦笑を浮かべると、ハーマイオニーが不思議そうな顔をした。
「ラウルって誰のこと?」
「あたしの兄よ」
「あなたのお兄さん、スネイプ先生の――」
「ねぇルイス!」ハーマイオニーが何か言おうとすると、ハリーがそれを遮るようにルイスを呼んだ。「午後からハグリッドのところへ行かない? ハグリッドが君と僕をお茶に誘いたいって言っているんだけど」
「もちろん、あたしも行く」
ルイスはハーマイオニーの言葉を都合よく無視することにした。手紙の内容にはあまり触れてほしくなかったし、今ここで自分の手紙にセブルスの名が出ていることを、ハリーやロンには知られたくないと思った。とても面倒臭いことになってしまいそうだ。
しかしながら、どうやらロンの言っていたことは正しかったようだ。生徒たちが地下牢の魔法薬学の教室に集まると、セブルスはまず鬱々とした声色で出席を取った。そして、ハリーの名前までくると、少しもったいぶるように間を置いた。
「ハリー・ポッター、我らが新しい――スターというわけか」
それはあからさまな猫撫で声で、ルイスの耳には明らかにハリーを馬鹿にしているように聞こえていた。ルイスのところでも一瞬止まるが、しかしすぐに何事もなかったのように出席を取り終える。
「――この授業では、魔法薬を調合するという微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。杖を振り回すような馬鹿げたことはしない」
それからしばらくの間は、セブルスの尊大な大演説が続いた。そして生徒たちは静まり返り、ルイスも皆と同じように呼吸の音さえ洩らすまいとしていた。
すると、セブルスが突然「ポッター!」と声を張り上げてハリーを呼んだ。ルイスは嫌な予感がしていたが、それは見事に的中した。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるかは、もちろん知っているだろう?」
ハリーはちらりとロンを横目に見て、それからルイスを見た。ルイスが肩を竦める隣で、ハーマイオニーが高々と手を挙げた。
「分かりません」
ハリーがそう言うと、セブルスは口元にいやらしい笑みを浮かべた。ハーマイオニーが手を挙げているのが、どうやらセブルスには都合よく見えていないようだ。
「有名なだけではどうにもならんようだな、ポッター。では、もうひとつ聞くとしよう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーは更に高く手を挙げている。スリザリンの席ではドラコ、クラッブ、ゴイルがこれでもかと身を捩って笑っていた。ルイスはかちんと頭にきていたが、それでも必死に我慢していた。
「分かりません」
「授業がはじまる前に、教科書を開いてみようとは思わなかったわけだな、ポッター」
ルイスの我慢の限界は、刻一刻と近づいてきていた。セブルスは元からねちねちとした性格をしているが、これほどまでとは思ってもいなかった。それ以前に、ルイスはこのような様子のセブルス・スネイプを一度として見たことがなかった。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンの違いを答えてみろ」
今度はハリーが分かりませんと言う前に、ルイスが目の前の机を思い切り手のひらで叩きつけていた。ばしんっという大きな音が地下牢教室に響く。もしかしたらそれほど大きな音ではなかったかもしれないが、教室中の視線を集めるには十分だった。
「アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬になります。ベゾアール石は山羊の胃のなかから取り出せる石です。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトともいいます。もっとも有名な名称はトリカブトですが、それぞれの効能も答えたほうがよろしいでしょうか、スネイプ先生?」
ルイスは口元に小さく笑みを浮かべていたが、その青黒い目ではセブルスを鋭く睨み付けていた。
生徒たちはまだ何が起こったのか理解できないというような様子で、ルイスとセブルスの間で視線を行き来させている。セブルスも一瞬驚いて目を見開いたが、すぐにルイスから目を逸らした。ハーマイオニーは答えを言ってしまったルイスを恨めしそうに見ている。
「ポッター」セブルスはまた、自分の都合でルイスの存在を無視した。「君の予習不足でグリフィンドールは一点減点だ」
ずっと楽しみにしていたのにもかかわらず、ルイスは魔法薬学の授業を微塵も楽しいと思うことができなかった。セブルスは生徒をふたり一組にし、出来物を治す簡単な薬を調合させた。ルイスはいつまで経っても苛立ちが治まらず、ペアを組んだハーマイオニーが干しイラクサを計り、蛇の牙を砕いているのを見ているだけだ。その間中、ハーマイオニーはルイスを恨みがましそうに睨みつけていた。
セブルスはドラコが非常にお気に入りらしく、それ以外はの者はほとんどが調合方法について注意を受けていた。しかし、ハーマイオニーには文句を付けられる部分が見つからなかったらしく、苦々しい表情を浮かべて脇を通り過ぎようとした。けれど、その隣に何もしないで椅子に踏ん反り返っているルイスを一瞥すると、耳元に顔を寄せ、低く囁くような声で「授業が終わったら私の所へ来い」と、否応なくそう言い付けた。
だが次の瞬間、地下牢いっぱいに強烈な緑色の煙が上がった。ネビルが、シェーマスの大鍋を溶かしてしまったらしい。こぼれた失敗作の薬が床を伝って広がり、近くにいた生徒たちは靴に焦げた穴を作った。周りの生徒たちは椅子の上に慌てて避難したが、ネビルだけは大鍋が割れたときに薬を被ってしまい、体中に真っ赤な出来物が容赦なく吹き出している。ルイスは自分が薬を被ったわけでもないのに、それを見ているだけで体中がむずむずととむず痒くなった。
「馬鹿者め!」セブルスは怒鳴り声を上げ、杖を一振りした。途端に、こぼれた薬が消え去った。「大方、大鍋を火から降ろさないうちに山嵐の針を入れたんだろう」
出来物が鼻にまで広がったネビルを見て、ルイスは不謹慎だと分かっていながらも、鼻に腫物を作ったドラコの顔を思い出して小さく吹き出してしまった。
「医務室へ連れていきたまえ」
セブルスは隣にいたシェーマスにそう言い付けると、今度は隣で作業をしていたハリーとロンに目をやった。
「ポッター、針を入れてはいけないとなぜ言わなかった? グリフィンドールはもう一点減点だ」
ハリーは何か言い返そうとしたように見えたが、ロンがセブルスの影からハリーを小突き、それを阻止したようだ。ようやく授業が終わると、特にグリフィンドール生は一目散に地下牢を出ていった。ハリーやロンも早く出たがっていたが、教室に留まるルイスを見て訝しげに眉を顰めていた。
「いいから、先に行ってて」
ルイスは面倒臭そうに手を振り、ふたりに早く教室を出ていくようにと言った。
「ハグリッドとの約束の時間に間に合うといいけれど……」
ルイスは独り言のようにそう呟くと、荷物を抱えて教室の前の方に進んだ。セブルスはルイスが近づいてきても何も言わずに、授業で使った道具を片付けている。
「セブ……スネイプ先生、何かご用ですか?」
思い当たる節ならいくつかあった。今の授業のこともそうだが、汽車の中での出来事も、ドラコならば先生に言い付けるだろうということは容易に予想することができた。
「うちの寮の生徒が、ホグワーツ特急の中で呪いをかけられたと我輩の所へやってきた」
ほら、やっぱり――そう思い、ルイスはげんなりした。ドラコは自分の恥よりも、他人の処罰を優先させたいらしい。
「その生徒は誰に呪いをかけられたかは言わなかったのだが……」
お前がやったんだろう? セブルスの顔にはそう書かれていたが、ルイスは肩を竦めて知らないふりをする。
「本来なら処罰ものだ。しかし、君にしてみれば幸いなことに、それは組み分け儀式前の出来事だ。正式にホグワーツへの入学が決まる前だった」
だから、正直に言ってしまってもいいのだぞ――付き合いが他の生徒たちより長い分、行間に潜む隠れた言葉がルイスには分かってしまう。
「ラウルに手紙を書いた」
「あたしがグリフィンドールに入ったことを、あたしより先にセブルスがラウルに教えてしまったせいで、嫌味の詰まった手紙が今朝届いたわ」ルイスが腹を立てながら言った。「今思えば、ラウルはあたしがグリフィンドールに入ることを最初から分かっていたみたい」
自分のことは自分で決めろとほのめかしたあの時から、もしかしたらルイスはグリフィンドールに入るかもしれないと、ラウルは分かっていたのかもしれないと、ルイスは今更ながらそう思った。
「組み分け帽子は君に……」
セブルスは躊躇いながらもそう言ったが、思い改めたように口を閉ざした。
「……君についての噂だが」
「あたし、別に気にしていないけれど」
「そうか――なら、行きたまえ。直に食事の時間だ」
セブルスは結局、ルイスに何を言いたかったのか、ルイス自身にはよく分からなかった。咎められるかと思いきや、別段怒る素振りも見せない。ルイスは彼が決して嫌いではなかった。むしろ好きだ。それでもハリーに対する仕打ちは、どうしても許すことができなかった。