クリスマス休暇を終え、ホグワーツに戻ってきたその日から、ルイス・ジュリアードは薬漬けの生活を送っていた。薬を煎じているのは魔法薬学教授のセブルス・スネイプで、その薬は聞くところによると、魔力の暴走を抑えきれない耳飾りの手助けをするものらしい。しかし、その薬を飲んでいるのにもかかわらず、溢れ出る魔力が抑えきれていないのか、薬がなかなか効かないということなのか、ルイスは自分が赤ん坊の頃に起こった過去を夢に見た。厳密には夢ではないらしいのだが、それをルイスは眠っているときに限って見るので、初めて見た時は変わった夢だと思っていたほどだ。
それに、困ったことはもっとある。その夢――のようなもの――を見たあとは必ず気分が悪くなるのだ。身体の隅々までが冷えきり、凍えたようになる。それなのに頭ははっきりとしていて、気分だけが最悪に沈み込んでいた。身体に力が入らず、立つことすらままならなくなる。
そして、ルイスは今日も、セブルス・スネイプの部屋のソファで横になっていた。何の薬なのかは分からないが、それを飲むと少し落ち着いてきたので、うつらうつらと眠りに足を一歩踏み入れようとしていたところだった。いや、もしかしたら眠ってしばらく経っていたかもしれない。ちょうどトリカブト臭に顔を顰めようとしたときだった。また、あの声が聞こえてきたのだ。
『今度は殺す……引き裂いて……八つ裂きにして……』
ルイスは勢い良く跳ね起きた。不安定な状態でソファに横になっていたせいか、いつの間にか身体にかけられていたセブルスの黒いマントとともに、床に転がり落ちた。
「おい、何事だ」
セブルスはどんっという鈍い音に驚いた様子で駆けつけてくる。ルイスはそのようなセブルスを軽く無視して周りを忙しなく見回すが、そこには何もいないし、もう何も聞こえてはこなかった。
「一体どうしたというのだ」
部屋のあちこちに視線を走らせているルイスを見て、セブルスは寝呆けているとでも勘違いしたのか、顔に浮かべた緊張の色を緩めた。
「ねえ!」対するルイスはやや興奮気味に、セブルスのローブに掴み掛かった。「今、何か聞こえなかった? 引き裂くとか、八つ裂きだとか……」
すると、セブルスの眉間にはぎゅっと深い皺が寄り、限りなく不機嫌そうな面構えになった。
「ねえ、聞こえ――」
「寝呆けるのは結構だが、私の仕事の邪魔をしないでいただきたいものだな」
「邪魔をしようだなんて思っていないし、本当に聞こえたの。あなたの作った薬に幻聴剤でも入っているというなら話は別だけれど」
「私がこの学校の何の教授だったか、お忘れになっていないのなら教えていただけるかね」
「ホグワーツ魔法魔術学校、魔法薬学のセブルス・スネイプ教授よ。どこか間違っているところがあればご指摘くださる?」
「君は私を馬鹿にしているのか」
「それはこっちの台詞でしょう? 本当に聞いたの。今度は殺すと言ったんだから――」
ルイスがその胸ぐらを掴む勢いでそう言うと、セブルスは軽くその手を払ってから、机の方に戻っていってしまった。
「悪質な夢でも見たのだろう」
「夢なんかじゃないってば。だってあたし、その声に驚いて――」
『今度こそ……今度こそ殺すぞ!』
「…………」
ルイスはあっという間に顔から血の気が引いていくのをまざまざと感じた。ルイスの耳には確かに聞こえているのに、目の前で不機嫌そうな面を浮かべているセブルスには、本当に聞こえていないようだ。同じ声が聞こえると言っていたハリーには、今の声が聞こえていただろうか。また無謀にも追い掛けていき、何かの事件に巻き込まれはしないだろうか。また誰かが何かに襲われはしないだろうか。考えれば考えるほど、じっとしていてはいけないのではないかと、そう思えてくる。
しかし、今日はクィディッチの試合だ。ハリーが試合をそっちのけで声の出所を探すはずがない。ルイスはそう思い、何とか心を落ち着かせた。それに、今日はクィディッチの試合なのだから、滅多なことがない限り生徒たちは――今の場合のルイスは別として――校内に残ったりしないはずだ。ホグワーツの校内には、襲う生徒が校内にいないということになる。誰も襲われたりはしない。ましてや、殺されるなんてことは、起こりえない。
セブルスはルイスが急に大人しくなった事を不審に思ったのか、椅子に座ったまま肩越しにこちらを振り返った。蒼白になったり、ほっと安堵の息を吐いたりしたかと思えば、また顔を青くする。そのような様子を見て今度こそ本当におかしいと思いはじめたのか、セブルスは少しぎょっとしたような顔をし、ソファまで戻ってきた。
「どうしよう、セブルス」
「何がだ」
「また、また誰かが襲われたりしたら――ねえ、もう誰も襲われたりしないよね?」
なぜか今にも泣きだしそうな様子のルイスを見て、セブルスは困惑したような表情を浮かべた。それから、ちょっとでも微笑んで見せようとしたようだったが、それは明らかに失敗だった。頬をひくひくと引きつらせた顔は、子供が見たら本気で泣き出してしまうかもしれない。ルイスは、いつもの不機嫌な面構えを見ているほうがまだ良いと思った。
「大丈夫だ、少し落ち着け」
「だけど、だけどハーマイオニーが――」
ルイスは自分の口から出てきた言葉に思わず目を丸くした。どうして今、ハーマイオニーの名前が出てくるのだろう。
「グレンジャー? グレンジャーがどうかしたのか?」
「あたし――あたし、分からない。どうしてハーマイオニーの名前が出てきたのか」
ルイス自身ですらよく分からないのだから、それを目の当たりにしているセブルスは、もっとよく分からないだろう。その表情に困惑の色を濃くし、ルイスの肩を掴むと青黒い目を覗き込んだ。
「ルイス、落ち着いて話を――」
「セブルス!」
まだ困惑を色濃く残しているセブルスの目が、ルイスの顔を覗き込んで何か言いかけたとき、部屋の扉がノックもなしに勢い良く音をたてて開いた。向かい合っているルイスとセブルスが驚きながら同時に扉の方を見ると、そこには顔を真っ青にしたマクゴナガル先生が立っていた。
セブルスがルイスの肩に手を掛けたまま立ち上がると、マクゴナガル先生が部屋の中に入ってくる。礼儀という礼儀を弁えていて、そういうことには人一倍うるさいマクゴナガル先生には考えられない行動だった。
ルイスがそう思いながらマクゴナガル先生を見上げていると、先生は唐突に言った。
「またふたり、襲われました」
「そんな――!」
「本当です、ジュリアード。襲われたのはレイブンクローのペネロピー・クリアウォーターと、それから、グリフィンドールの――」
「グリフィンドールのハーマイオニー・グレンジャーでは?」
「ちょっと、セブルス!」
「……どうしてそのことを?」
ルイスはセブルスの突然の発言に驚いて立ち上がったが、まだ上手くバランスが取れずにふらふらと倒れそうになった。それをセブルスが腰に手を回して支えてくれたが、ルイスは今度、マクゴナガル先生をじっと見上げる。そのような眼差しに気づいたマクゴナガル先生は、微かに目を潤ませてこちらを見つめ返す。
「そう、もうひとりはグレンジャーです。ジュリアード、ショックでしょうが……」
「ハーマイオニーはどうしたんですか? 石にされたの? それとも――」
「グレンジャーもクリアウォーターも、今までと同じく何者かに石にされました。今は医務室にいますが、マンドレイクが十分に成長すれば、必ず蘇生できますよ」
ハーマイオニーが石に? どうして? ルイスはそう考えながら、頭を抱えてしまった。
ハリーとロンは一緒ではなかったのだろうか。どうしてレイブンクローの生徒と一緒にいたのだろう。どうしてあたしは、ハーマイオニーの傍にいなかったのだろう。こうなることがはじめから分かっていれば――。
ルイスは気がつくと、セブルスの手を振りほどいて駆け出していた。後ろからセブルスとマクゴナガル先生の声が追い掛けてきたが、構わず走り続けた。息が上がる。少し動いただけなのに、心臓が破裂しそうだ。セブルスが安静にしていろと言う理由を、身に染みて理解した。
「ハーマイオニー!」
ルイスは医務室に飛び込むなり、大声でハーマイオニーの名を叫んだ。マダム・ポンフリーはぎょっとしてこちらを見たが、ハーマイオニーが横たわっているベッドに駆け寄っても、今日ばかりは小言ひとつ言わなかった。
隣のベッドに横たわっているクリアウォーターには目もくれず、ハーマイオニーのベッドに突っ込むようにしてやってきたルイスのあとを、セブルスとマクゴナガル先生が追い掛けてきた。
「ハーマイオニー……」
ハーマイオニーはルイスが名前を呼んでも身じろぎひとつしない。触れた手はとても冷たかった。見開かれた目は、ただのガラス玉のようだ。
「ルイス」
「……ダンブルドア先生」
ルイスには石化してしまったハーマイオニーしか見えていなかったらしく、目の前にダンブルドアが立っていることにすら、気づくことができなかった。しかし、ダンブルドアの青い瞳に見つめられると身体の力が一気に抜け落ち、その場に崩れ落ちそうになる。
「しっかりしろ」
隣に立っていたセブルスがぎりぎりのところでそれを支え、耳元で小さくそう囁いた。ルイスは頷いたのか、震えているのか、自分でもよく分からなかった。また身体が芯から冷えきっている。ただ、支えてくれているセブルスの腕のなかで、小刻みに震えていた。
「ジュリアード、大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ」
「だ、大丈夫です」
明らかに大丈夫ではない。そう思ったらしいマダム・ポンフリーも、セブルスの手からルイスを引き取ろうとしたが、そうはならなかった。ルイスはセブルスに抱えられるような状態のまま、背中に隠される。
「この子に必要なのは医務室での休養ではない、マダム」
「でも、その子は震えているわ、セブルス。酷い風邪かもしれない」
「必要な薬は既に飲ませている。マダム、余計な心配は不要だ」
「病人を診るのは私の仕事です!」
「ポピー、少し落ち着くのじゃ。セブルス、ルイスは今日の分の薬は飲んだ、そうじゃろう?」
その問いに黙って頷くのを横目に見ながら、マダム・ポンフリーはまだルイスを奪い取ろうと隙を見計らっている様子だったが、セブルスからそのような隙を見い出すなど無理な話だった。
「ミネルバ、生徒たちが競技場に行っているはずじゃ。全生徒をそれぞれの寮の談話室へ戻るように伝えたあと、わしの部屋へ一度戻ってきてくださるかのう。セブルスはレイブンクローとハッフルパフの寮監を連れて、わしの部屋へすぐに来るのじゃ」
マクゴナガル先生は大きく一度だけ頷くと、すぐに医務室を出て行った。そして、セブルスはルイスを丸椅子に座らせて自分が着ていたマントを脱ぐと、それをルイスの肩にかけてからマクゴナガル先生の後に続く。
残されたのはルイスと、石になって動かなくなったハーマイオニーとクリアウォーター、そしてベッド越しに立っているダンブルドアと、こちらの方をちらちらと世話を焼きたそうに見ているマダム・ポンフリーだけだ。
ルイスはハーマイオニーの手を握った。両手で包み込んでも、決して暖かくはならない。マンドレイク薬ができあがれば元に戻ると分かっていても、ぴくりとも動かない友人を見るのは、とてもつらかった。
「そうじゃ、ルイス。この手鏡に見覚えはないかのう? ふたりが襲われた現場に落ちていたのじゃが」
「ハーマイオニーの鏡です」
ぼんやりとした口調でそう答えると、ダンブルドアはその手鏡をハーマイオニーが横たわっているベッドサイドに置いた。ルイスはその様子を眺めながら、薬草の臭いが染みついているセブルスのマントに包まっていた。凍えるような寒さからきていた震えも徐々に治まりつつあり、そのことに安堵していると、ダンブルドアの輝く青い目がこちらを見ていることに気づいた。
「ルイス、歩けるかね? これから少しわしと一緒に来てほしいのじゃが」
「はい、大丈夫です。たぶん、もう歩けると思います」
ルイスは何とか自力で立ち上がり、ダンブルドアのあとに続いて校長室に向かった。
校長室へ行くのは初めてのことだった。ダンブルドアは、二階にある大きな石のガーゴイルの像の前で立ち止まった。どうやら合言葉で道が開かれる仕掛けになっているらしい。ダンブルドアが嬉々として、レモンキャンディー、と口にするのを聞きながら、ルイスは思わず首を傾げた。それが合言葉なのだろうかと思い、不思議な気持ちになる。
すると、ガーゴイルの像が突然生きた本物のガーゴイルになったかと思うと、大きく脇に飛び退いた。その背後にあった石の壁が左右に割れると、そこに階段が現れる。ルイスは促されてその螺旋階段に乗り、後ろにダンブルドアが乗ると、それは自動で上へ上へと上っていく。階段が止まると前方に樫の扉が見え、そこにはグリフィンをかたどった金色のノッカーがついていた。
「さあ、お入り」
ルイスはダンブルドアが開けた扉を先に通され、校長室に足を踏み入れた。室内をぐるりと物珍しそうに見渡す。広くて美しい、円形の部屋だ。変わったものばかりが多く並べられていた。中央には華奢な足がついたテーブルがあり、その上には奇妙な銀の道具が立ち並んで、くるくる回りながら煙を吐き出している。壁には歴代の校長先生たちの肖像画がかけられていたが、額縁のなかで全員が気持ち良さそうに眠っていた。
扉の横を見ると、金色の止まり木には白鳥ほどの大きさをした色鮮やかな鳥が止まっていた。ルイスは一瞬驚いた後、それが何かを理解して、思わずその鳥に手を伸ばした。
「こんにちは、不死鳥さん」
「フォークスというんじゃよ」
机の方に歩いて行きながら、ダンブルドアが言った。
「よろしく、フォークス」
ルイスがそう言ってそっと羽を撫でると、フォークスは気持ち良さそうに目を細めた。
「そろそろ先生方がやってくるじゃろう。話が終わるまで、そこに座っておいで」
ダンブルドアが懐から取り出した杖を一振りすると、ちょうとフォークスの止まり木の隣に、座り心地のよさそうな肘掛椅子が現れた。ルイスは言われた通りその椅子に腰を下ろすと、部屋の中央でぽっ、ぽっ、と煙を吐いている道具をぼうっと見つめていた。
間もなくすると、こつ、こつと扉が叩かれた後で、ぞろぞろと四人の先生方が校長室に入ってきた。各寮の寮監たちだ。ルイスは椅子の上で膝を抱えながら、その四人の背中を眺めていた。
四人は――厳密に言うとセブルス以外の三人は――とても不安そうな面持ちでダンブルドアの話を聞いていた。特に今回襲われたグリフィンドールとレイブンクローの寮監は、他のふたりよりも厳しい表情を浮かべているように見える。
「――全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室へ戻らせるように。それ以後の生徒だけでの外出は禁止する。授業へ行くときは必ず先生ひとりが引率につき、トイレへ行く場合も必ず同じように先生方が付き添うこと。とにかく、生徒たちだけで行動することのないように、各寮の生徒たちに伝えてほしい。クィディッチの試合、練習も全て延期――残念なことじゃが、これまでの襲撃事件の犯人が捕まらぬかぎりは、学校を閉鎖せざるをえぬようになってしまうかもしれん」
学校を閉鎖するかもしれないと言われても、ルイスはさほどショックを受けなかった。無意識のうちに、こうなることを予感していたのかもしれない。ただ、頭のなかでは、冷たく動かなくなったハーマイオニーの姿と、どうして自分が傍にいなかったのだという後悔と、あのときどうしてハーマイオニーの名前が口をついて出たのか、そのことばかりがぐるぐると巡っていた。まるで最初からこうなることが分かっていたかのようだと、そう思った。
ルイスはセブルスのマントをぎゅっと握り締めた。なぜだか、この匂いがとても心を落ちつかせる。
気がつくと、四人の先生たちが校長室から出て行くところだった。最後に出ていこうとしていたセブルスをダンブルドアが呼び止め、何かを話している。ルイスが慌てて包まっていたマントを脱ごうとすると、それを無言で制してから、セブルスは部屋を出て行った。
「最近よく見るそうじゃが、今日も見たそうじゃのう?」
唐突に切り出された言葉があまりにも直接的で、ルイスは思わず目を丸くした。それから、セブルスがダンブルドアに対して律儀に報告をしているのだろうと思い、小さく息を吐く。
「はい、ダンブルドア先生」ルイスはそれを肯定してから、再び口を開いた。「先生、お聞きしても構いませんか?」
「何をだね」
「父もあたしと同じように夢を見たんですか? それとも、これはあたしだけ? こんなふうにいろいろ見たりするのは、おかしいことなんですか?」
ルイスが探るような目でじっと見つめると、ダンブルドアは少しだけ驚いたような顔を見せてから、いつもの穏やかな表情に戻った。
「魔力が強ければ強いほど、その代々ジュリアード家に伝わる耳飾りだけでは、力を制御しきれなくなる。その傾向が現れたのは、君のお祖母さん、ルミナスの頃からじゃ」
「おばあ、さん?」
「彼女はルイスが生まれる何年も前にお亡くなりになった。話を聞いたことはないかね?」
「いいえ」
ルイスが小さく首を横に振ると、ダンブルドアは意味深に頷いて見せ、何かを見定めるようにこちらをじっと見つめた。
「ルミナスはスリザリン寮出身で、それは素晴らしい魔女じゃった。芯が強く、自身がこうと決めたらどんなことがあろうと、どんな手を使おうと成し遂げるというスリザリンの気質を持ち合わせていながらも、決して純血主義ではなく、むしろ出身や所属寮など全く関係なく、多くの者から慕われていてのう。勉強もできたが、魔力が他の生徒たちに比べると異常に高かった。ホグワーツへ来る前からジュリアードの耳飾りを身につけていたが、その力は抑え切れず、四年生へ上がるまでは自分の力を制御することがほとんど不可能じゃった」
「四年生まで? それでは、それ以降は」
「自身の意思に反して夢を見ることはなくなっていたようじゃ。四年生へ上がるまでは、現在、過去、未来と様々なものが見えたと話してくれた」
「現在……」
「ルイスは先ほど、スネイプ先生の部屋でMiss.グレンジャーが襲われると――」
「ハーマイオニーが襲われると、そう思ったわけじゃありません。ただ、分からないけれど、急にハーマイオニーの姿が脳裏によぎって、そうしたら、彼女の名前が出てきました」
すると、ダンブルドアは思案げに顎髭を撫で、部屋の中心から出ている煙をじっと眺める。
「……父はどうだったんですか?」
ルイスからそう切り出すと、ダンブルドアは少し意外そうな顔をした。
ルイスにはその表情の意味が分からず眉根を寄せると、ダンブルドアは半月眼鏡越しに見えている目をきらきらと輝かせ、どこか面白そうにこちらを見やった。
「ルーファスがその状態に悩まされたのは、ルミナスのそれよりもずっと短い期間じゃった。それ以前にルーファスは、その状態を楽しんでいる様子でもあってのう。それが功を奏したのかもしれん。三年生の中頃で、意に反して見ることはなくなったようじゃ。それはルミナスにも言えたことじゃが、彼は常に未来を知っておった。未来の世界、未来の自分、未来の全て。自分が死ぬまでの、全てのことを」
「預言者だったんですか?」
「いや、そうではない。ジュリアードの一族は知っている、ただそれだけで、それを他言しようとは決してしなかった。ルミナスの代までは、じゃが」
ルイスは話の先を促すように、僅かに首を傾げた。
「ルミナス・ジュリアードが語るまで、ジュリアードという一族はあまりに秘密の多い家系じゃった。その当時、ジュリアードがどこに住んでいるのか、それすら誰も知らなかったのじゃ。魔法省がいくら探しても、ジュリアードの屋敷は決して見つからなかった。煙突飛行ネットワークには確かに登録してあるものの、十人が十人、みんな途中で道に迷う。しかしある日、突然ルミナスが数人の魔法使いたちの前で、ジュリアードの歴史を語ってくれたのじゃ。恐らくほんの片鱗でしかないじゃろうが、それを聞いた者たちは、ジュリアードの歴史に驚愕するとともに、すぐに協力を請うた。ちょうど、すぐ近くに闇の時代が迫っていた頃じゃった。ルミナスも協力を惜しまず、闇の勢力に対抗した」
「ダンブルドア先生、そのジュリアードの歴史というのは――」
「それをわしの口から話すことはできぬ。それに、わしは君たちについてあまり多くのことを知らんのじゃよ。今、ジュリアードの全てを知っておるのはラウルと、あの屋敷に保存されておる書物の一部だけじゃろう。わしはラウルに怒られてしまってのう、ジュリアードの歴史を知るに値しない人物だと、そう言われてしもうたのじゃ」
ダンブルドアがあまりに愉快そうにそう言うので、ルイスはきょとんとして、開いた口が塞がらなくなってしまった。それでも、ルイスにはまだまだ聞きたいことがあったのだが、口を開こうとしたところで再び扉が叩かれる。その音にフォークスもぴくりと反応をして、扉の方に目を向けた。
話の腰を折るのは誰だと思いながら待っていると、扉を開けて現れたのは、他ならぬセブルス・スネイプだった。
「生徒は全員寮に戻りました、校長」
セブルスは扉の前に立ったまま、ルイスを一瞥しながらそう言った。生徒全員とは言ったが、まだここにひとり余っていると、そう思ったのだろう。
話の腰を折られてむすっとしているルイスの顔を見ると、セブルスは不愉快そうに顔を顰めた。
「あれほど安静にしていろと言っただろう。なぜ走ったりなどしたのだ」
「友達が襲われたと聞いたのに、じっとしていられるわけがないでしょう?」
ルイスはダンブルドアの前だということも忘れて、いつも通りにセブルスと話をしてしまった。しかし、ダンブルドアはそのことを気にする素振りも見せず、ふたりの様子をどこか微笑ましそうに眺めている。
「反省の色が見られんな」
「これでも一応、反省しているつもりだけれど」
「いいか? 君が飲んでいるあの薬には、一歩間違えば猛毒となるものも含まれているのだ。よって、多くても日に一度しか服用することができない。君が月に四度服用している薬は更に強力だ。この薬を服用している最中は、どんなに具合が悪くても、もう二度と医務室には近づくな。薬同士が反発しあい、下手をすると命をも落とすことになりかねん」
セブルスのその必死の形相に、ルイスは何も言い返すことができず口を噤んだ。命を落とすなど、趣味の悪い冗談にもほどがある。一瞬そう思ったが、セブルスは元々冗談を言えるような人ではないし、第一冗談を言っているふうには見えない。
「分かったのか、分からないのか」
「……分かった」
ダンブルドアがいる手前、あまり怒鳴ることはできないと思ったのか淡々と言うセブルスだったが、それはそれで恐ろしいものがある。ルイスが座った格好のまま頷くと、セブルスもそれで少しは納得したのか、小さく息を吐いてダンブルドアに視線を戻した。
「もう話は済んだかのう?」
ダンブルドアはなぜかとても愉快そうに言って、ルイスとセブルスを交互に見た。
ルイスが横目で窺うように見ると、セブルスはダンブルドアの方をじっと見ていたが、その横顔は酷く何かを言いたげだった。
「さて、ルイス、話を戻したいのじゃが――Miss.グレンジャーのことじゃ」
ハーマイオニーの名前がまた話題に戻ってきて、ルイスは再び気持ちが沈んでいくのを感じた。しかし、ダンブルドアは先を続ける。
「君は無自覚ながらも、彼女が襲われる事を予感していたようじゃ。おそらく、ルイス、君がスネイプ先生の部屋で彼女を思い浮べたと同時に、彼女たちは何者かに襲われてしまったと考えるのが妥当じゃろう」
ルイスはきゅっと眉根を寄せる。ダンブルドアの話はまだ続いた。
「もしかしたら、またそのようなものが見えるかもしれん。少しでもおかしいと思うものを見たら、必ず教えてほしい。どんな些細なことでも構わない。この先にまた起こるかもしれない最悪を、免れる事ができるかもしれんからのう」
それから、ルイスは話の続きはおろか、一言も発することができないまま、ほとんどセブルスに引きずられるようにして校長室をあとにした。人気のない廊下を通り過ぎ、当たり前のようにセブルスの部屋に連れてこられる。非難する言葉を口にしようものなら、倍以上の文句が降ってくるような気がして、ルイスは大人しくベッドで横になることしかできなかった。