ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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midnight conversatione

 扉のところに立っているルシウス・マルフォイは、酷く満足そうな顔をしていた。恐らく、ダンブルドアを校長の座から引きずり降ろせたことが相当嬉しいのだろう。

「これはこれは、Miss.ジュリアード。しばらく見ないうちにまた随分と美しくおなりになった」

「……ありがとうございます」

「しかし、このような時間にこのような場所で出会うとは――まさか夜這、というわけではないだろうね、セブルス?」

 軽い調子で笑っているのを見れば、それが冗談であるということはすぐに察することができたが、あまり品の良い冗談ではないと思い、ルイスは内心で顔を顰める。とてもうんざりとした気持ちでいたが、顔にはとりあえず終始笑顔を貼り付けていた。

「君に少し話したいことがあったのだがね、セブルス。まあ、明日になればすぐに分かることだ」

 正直なところ、ルイスはふたりの話になど一切耳を傾けようとも思わなかった。とにかく、このルシウス・マルフォイという男が一刻も早くいなくなってくれさえすればいいと、そう考えていた。

「さて、Miss.ジュリアードは大人の話に興味はないのかな?」

 ティーカップを取り上げ、それを口に運んでいたルイスは、そうして突然話を振られたことに驚きを隠すことで必死だった。思わず紅茶を吹き出しそうになるが、表面では何とか平常心を保ち、曖昧に笑ってみせる。

「大人の方々がお話されているようなことは、難しくてよく分かりません」

「ところで、兄上は元気かね?」

「ええ、元気だと思います」

「いずれ是非お茶にお招きいただきたいものだと、そう伝えておいてくれるかな」

 ルイスは、そのセブルス以上の猫なで声に、思わず身震いをしそうになった。マルフォイ氏は間違いなく何かを企んでいる。こうして自分のような子供の下手に出るような話し方をするときは、大抵よからぬことを考えているのだ。

 マルフォイ氏は間違いなく人狼を嫌っているし、そもそもラウルとは気が合っていない。それなのに、お茶に招いてほしいというのは、おそらく別の理由があるからだ。それがどのような理由なのかは分からないが、あまり良いことではないだろうと思い、内心では眉を顰める。

「――はい、そのように伝えておきます」

 しかし、ルイスは変わらず笑顔でそう答えると、マルフォイ氏に向かって軽く会釈をした。

「どんな男にも例外はない。賢いお嬢さん、相手がセブルスだからといって気は抜かないことだ」

 それでは失礼するよ、と、出て行くマルフォイ氏の背中を見送るセブルスの顔は、なぜかこれ以上ないくらいの不愉快面だった。ばたん、と扉が閉まる音がしたかと思うと、荒々しい足音が戻ってくる。

「どんな男にも例外はない、だってよ、セブルス」

「愚かしい」

「こんな生意気な娘に興味はありませんって、そう言えばよかったのに」

「夜這など破廉恥な」

 本人がいなくなってから言う辺り、やはりスリザリンの先輩ということで、中々頭が上がらないのだろう。セブルスは怒りのせいか、いつもより幾分血色がいいように感じられた。

「マルフォイ氏は、明日になれば何が分かると言っていたの?」

 話の矛先を変えようと、話をそちらに振ったのが間違いだったと気づいたのは、そう言ってしまった後だった。ルイスは咄嗟に、先ほどの嘘がばれると思った。なぜだかは分からない。随分前に、ラウルがこう言っていたのを思い出したからかもしれない。

『セブルスは嘘を見破る天才だからね』

 素晴らしい閉心術の使い手だと聞いたことはあるが、まさか開心術の心得まであったりするのだろうか。

「いや、その話は聞かなかったが……どうかしたのか?」赤くなったり青くなったりしているルイスを不審に思ったらしいセブルスは、こちらの顔を覗き込んでくる。「気分でも悪いのか?」

「え? ううん、悪くはないけれど」

 そして、咄嗟に視線を外したことが更に大きな間違いであったということに気付く。さすがに様子がおかしいと察したらしいセブルスは今度、探るような目つきでルイスを睨んだ。

「……何か知っているのだろう?」

「何かって、何を?」

「明日になれば分かることをだ」

「明日になれば分かることなら、別に今聞く必要はないでしょう?」

 ルイスがそう言うと、セブルスが不敵に笑った。

「ほう。では、Miss.ジュリアードはやはり、そのことが何かを知っているのですな」セブルスはそう言うと、机の引き出しから小さな瓶を取り出した。「これが何の薬か知っているか?」

 透明な瓶のなかでゆらゆらと揺れる液体を見て、ルイスは少しだけ考えた。そして、察する。セブルスなら本気でその薬を試しかねないと思い、いつでも逃げられるように、椅子に浅く腰を掛け直した。

「ベリタセラムでしょう? 心の奥底にある秘密を洗いざらい喋らせるには、三滴程で十分だけれど、それを使用するには魔法省への申請と許可が必要ね」

「完璧な解答だ」

「それから、個人的な意見を言わせてもらえば、あたしにそれを本気で試したいなら、まずはラウルに申請と許可を取った方がいいと思う。きっと許可なくあたしにそれを飲ませたら、いくらセブルスでも呪い殺されるのではないかなぁ」

「私は魔法省に申請と許可を頂くつもりはないが、あいつに呪い殺されるのもごめんだ」

「そうでしょうね」

「君が話しさえすれば、そのような手間を負う必要はない」

「……」

 ルイスは別段、セブルスに話すのが嫌というわけではないのだ。だが、この話をすると、ハリーやロンのことまで言わなければいけなくなる。それだけはどうしても避けたかった。セブルスはどのような理由があろうと、彼らから減点する口実を逃しはしないはずだ。処罰を与えられれば万万歳、あわよくば退校処分にだってできる。

 じっとりとした視線がルイスを絡め取り、顔の前でゆらゆらと真実薬の入った瓶を揺らす。完璧な脅しだ。ルイスはあからさまにため息を吐いた。

「分かった。話すから」ルイスは深く椅子に腰掛け直した。「だから、その真実薬を早くしまって」

 仕方がない。ハリーとロンはいなかったものとして話すしかないだろう。ルイスがそう話してしまえば、三人が揃って小屋へ行ったことを知っているダンブルドアもハグリッドも今はホグワーツにいないのだから、どこにも確かめる術はない。

「さっき散歩に出たと言ったでしょう? あたし、新鮮な空気を吸いたくて外に行ったの」ルイスがそう話し始めると、セブルスはベリタセラムの入った小瓶を引き出しのなかに戻した。「そうしたら、ハグリッドの小屋にまだ明かりが見えたから、気晴らしに行ってみようと思った。一緒にお茶でも飲めたらいいと思ってね」

「ここでもお茶を飲んでいたのに、わざわざハグリッドのところに行ってまで飲む必要性を感じないな」

「話し相手がほしかったの。セブルスは全然相手にしてくれないから」

「私は仕事をしていたのだ」

「それは分かっていたけれど、あたしはちょっとしたお喋りがしたかっただけ。ハーマイオニーが襲われて不安なことくらい、セブルスにだって分かるでしょう?」

 ハーマイオニーのことは本当だった。彼女が襲われて本当は酷く動揺していたし、その不安を抑えつけるためには、とりあえず誰かと他愛ない話をしていたかったのだ。

 玄関ホールでハリーやロンを見かけなかったら、そのまま大人しくグリフィンドール寮に戻っていただろう。双子のウィーズリー兄弟に付き合っていれば、そのような不安を忘れることができるかもしれないと、そう思ったのも事実だった。

「まあ、とにかく、あたしはハグリッドの小屋に行ったの。扉を叩いたら、石弓を構えたハグリッドが出てきた」

「石弓?」

「そう。何か、そのときはよく分からなかったけれど、何かに怯えているように見えた。何を言っても上の空でね。そうしたら、誰かが尋ねてきたの。誰かって言っても、ダンブルドア――先生と、魔法省大臣のコーネリウス・ファッジだったのだけれど」

 セブルスはルイスが話すのを黙って聞いていた。どうやら、話が終わるまでは口を挟まないことに決めたらしい。ルイスは先を続けた。

「悪いとは思ったけれど、陰に隠れて話を聞いていたの。そうしたら魔法省大臣が、ホグワーツでマグル生まれが四人も襲われて、ハグリッドには不利な前科があるからって、彼を、その、アズカバンに連行すると言っていた」

 いくら最後まで話を聞いていようと決意したセブルスでも、アズカバンという言葉を聞くと驚かずにはいられなかったようだ。しかしそれも一瞬で、すぐに話の先を促した。

「だけど、ダンブルドア先生はハグリッドを連行しても意味がないと仰ったの。だけど、大臣はハグリッドが無罪だと分かればすぐにでも出してやれるから、形だけでもそうさせてくれと言っているようなものだった」

 無実の者をアズカバンに送って、真犯人が捕まれば無事釈放だ。魔法省大臣ともあろう者が、その程度の考えでいいと思っているのだろうかと、ルイスは今になって思った。真犯人が見つかったとき、素直に誤送を認めて謝ったところで、魔法省への信用が落ちることは目に見えている。

「それからすぐにマルフォイ氏も来た。だけど、彼の目的はハグリッドではなくて、ダンブルドア先生だったみたい。理事全員の署名が入ったダンブルドア先生の停職命令を持ってきたの。ホグワーツで四人――実際はニックとミセス・ノリスを入れた五人と一匹だけれど――の生徒が襲われて、このままではマグル出身者はひとりもいなくなる、そうしたら学校にとってひどい損失になると言って、ダンブルドア先生を停職処分にした」

「……それは、本当なのか?」

「こんな事で嘘を言うと思う? 大臣が必死になって止めようとしていたけれど、校長の任命も停職も全て理事会が決めることだと言って、取り合ってくれなかった。だけど、おかしな話だよね。理事十二人全員の投票が集まるなんて、ハグリッドじゃないけど――」

「理事を脅した、とでも言いたいのか」

「そう考えるのが無難だということ。だって、ダンブルドア先生ですら止められなかったこの事件を、いったい誰が止められるというの? これではまるで、本当に誰かがマグル出身者を全員ホグワーツから……」

 ルイスはそこまで言って、思わず言葉を呑んだ。

 もしハグリッドの言う通り、マルフォイ氏が理事を脅して署名を得、ダンブルドアを停職に追いやった張本人だとしたら、マルフォイ氏は今回の事件に一役かっているということにはならないだろうか。そうでないにしても、今回の事件に便乗して、あわよくばホグワーツにマグル出身者がひとりもいなくなればいいのにと、そう思っているかもしれない。

『ダンブルドアを辞めさせられるものなら、やってみろ! そんなことをしたら、マグル生まれはおしまいだ! この次は殺しになる!』

 ルイスにはなぜか、荒々しくそう口にしたハグリッドの言葉が引っ掛かっていた。この次は殺しになると、そう言ったのだ。

 そうだ。スリザリンの継承者は、どうして今まで誰も殺さなかったのだろう。それは、ダンブルドアがいたからだろうか。それとも、それ以外に理由があるからだろうか。五十年前に一度、秘密の部屋は開かれ、その時は確かにひとりの女子生徒が殺されたという。それならばなぜ、今回は誰も殺されないのだ。もしかしたら、殺せなかったのだろうか。何かの理由があって。

「――っ、ルイス!」

「え? ああ、ごめんなさい。何?」

「話はそれで全部か?」

 どれだけの時間を考え込んでいたのか、セブルスの眉間の皺がその時間に比例するように濃くなっているのが見て取れた。

「一応は全部かな。だけど、ダンブルドア先生は、あたしがその場にいることに気づいているみたいだった。自分が本当にこの学校を離れるのは、自分に忠実な者が、ここにひとりもいなくなったときだけだ。ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられると言い残していったから」

 ルイスはそう言って、机の上に置いてある時計に目をやった。時刻はもう既に十二時を回ってしまっている。精神的にも肉体的にもかなり疲れているはずなのに、どういうわけか目が冴えてしまって、眠ることができないのではないかと思った。

 しかし、何だろう。何かが頭の隅に引っ掛かっている。あともう少しですべてが分かりそうなのに、そのもう少しが何なのか分からない。誰が、或いは何がマグル出身者の生徒を襲ったのか。どうして殺さなかったのか。何故殺せなかったのか。

 トム・M・リドルの日記帳。嘆きのマートルが取り憑いているトイレの前に書かれた文字。スリザリンの継承者。パーセルマウス。姿の見えない声。秘密の部屋。そこに住んでいるという怪物。石にされた人たち。不振な動きを見せる蜘蛛。

 頭のなかがごちゃごちゃになりそうだった。だけど、あと少し。何かが分かりかけている気がするのに、分からないもどかしさがたまらなく悔しい。

「ルイス」

「ちょっと待って」そのルイスの言葉に、むっとした表情のセブルスが目に入った。「早く寝ろって言いたいんでしょう? 分かってるから」

 ルイスは渋々ソファから立ち上がって、セブルスの寝室へのろのろと入っていった。パジャマがないので仕方なくローブを脱いで、グリフィンドールカラーのネクタイも外す。それから腕を組んで胡坐を掻き、ベッドの上に座り込んだ。すると、部屋の隅の方で何やらごそごそとやっているセブルスの背中が目に入り、思わず声をかける。

「……何をやっているの?」

 ルイスがそう問うのとほぼ同時に、顔面に柔らかい布のような物が直撃した。膝の上にぼとりと落ちたそれを見ると男物の寝巻で、セブルスはどうやらそれを着ろと言っているらしい。

「……」

 ルイスは一瞬迷った挙げ句、パジャマのズボンだけを借りることにした。明日の朝起きたときにシャツが皺だらけになっているとは思うが、ぶかぶかのパジャマを着て寝るよりはいい。

 さすがにスカートを履いたまま寝ることには抵抗があったので一応は着替えてはみたが、腰回りがこれ以上ないほどに緩かった。余っていた布を引っ張って結び、応急処置をして何とか事なきを得る。

「またソファで寝るの?」

 ベッドの上でもぞもぞと動きながら言うルイスを一瞥し、セブルスは限りなく不愉快そうに言った。

「私に床で寝ろというのかね」

「そうではなくて。セブルスもベッドで寝ればいいのに」

 すると、セブルスは絶句をしてルイスを見た。完全に呆れている。

「自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「何が? ただ一緒に寝ようって、そう言っているだけだけれど」

「だから……」

「セブルスがベッドで一緒に寝たくないのなら、あたしがソファで寝る。このベッド、あたしには広すぎるもの」

 十五分ほどの言い争いの結果、ひとつのベッドをふたりで使うという方針で意見は固まった。ただし、真ん中には枕でバリケードを作り、背中合わせに寝るという約束だ。

「別にルシウス・マルフォイの言ったことを気にしているわけではないけれど」不請不請ベッドに入ろうとしていたセブルスを見て、ルイスは言った。「襲わないでね」

「襲うか、馬鹿が」

 そう一蹴されてルイスがくすくす笑っていると、セブルスはこちらに背中を向け、寝具のなかに潜り込んだ。ルイスもそれに倣い、セブルスとは反対のほうを向いて、同じように横になる。

 しばらくするとセブルスの呼吸が規則的になり、眠ったのだということがルイスには分かった。

 それでもやはり、ルイスはいつまでも眠れそうにないと思った。きっと今眠らなければ、明日の授業は散々なものになるだろう。そう分かっていても、睡魔はなかなか襲ってきてはくれない。

 そうすると、自然と考えてしまうのはスリザリンの継承者や秘密の部屋のことで、考え出すとどうしても歯止めがきかなくなった。

 ルイスはそれらが、どうしてもすべてどこかで繋がっているとしか思えなかったのだ。

 ひとり目の被害者は、管理人のフィルチの猫だ。水浸しになった廊下の、松明の腕木に石になって吊るされていた。ふたり目の被害者は、コリン・クリービー。コリンの場合はマクゴナガル先生の話を立ち聞きしただけなので、どこでどのようにして襲われたのかは詳しく知らない。そして第三、第四の被害者はジャスティン・フィンチ-フレッチリーとほとんど首なしニック。それから第五、第六の被害者がハーマイオニーとペネロピー・クリアウォーター。傍にはハーマイオニーの手鏡が落ちていた。

 そして、ルイスが確かめることのできたそれぞれの事件の現場には、必ず蜘蛛が行列を作ってどこかへ逃げるように行動していた。あのように不審な動きを見せる蜘蛛を見たのは初めてだ。あれは何かに怯えていたのだろうか。だから、大群を成してホグワーツを出て行ったのだろうか。だとしたら、蜘蛛が最も恐れているものは何だろうと、ルイスは考えてみる。思い出せ。確か、何かの本で読んだことがあるはずだ。

 ルイスは力強く目を閉じると、神経を頭に集中させた。血液が一気に頭に集中したような気がすると、顔がとても熱くなった。

『蜘蛛が逃げ出すのは――』

「蜘蛛が、逃げ出すのは――まさか!」

 ルイスは瞬時に思いついた自分の言葉が信じられず、思わず大声を出してしまいそうになった。口に両手で蓋をし、起き上がってセブルスの顔を覗き込む。セブルスはルイスの上げた大声に気づくどころか、眉間に皺を寄せたまま眠っていた。

『蜘蛛が逃げ出すのは、バジリスクが来る前触れである』

 ルイスは以前読んだ本の一節を思い出していた。そんな馬鹿な。ホグワーツに毒蛇の王と呼ばれるバジリスクが生息しているなど、信じられない。バジリスクはその一睨みで人の命を奪うことができる。それなのに、誰も死んでいないではないか。ただ石にされてしまっただけで――そこまで考えたとき、そうか、とルイスは息を呑んだ。偶然が重なったのだ。

 ミセス・ノリスが襲われた場所はあのとき、水浸しになっていた。彼女はその水面に映るバジリスクの目を見た。コリンはいつもカメラを持ち歩いている。ジャスティンはゴーストのニック越しにそれを見た。ニックは最初から死んでいるので、もうこれ以上死ぬことはない。そして、ハーマイオニーとクリアウォーターだ。きっとハーマイオニーは、バジリスクのことにいち早く気づいていた。だから機転を利かせて、鏡越しにバジリスクを見たのだ。石化しても、マンドレイク薬ができれば蘇生してもらえるということを知っていた。

 ぱちぱちと、パズルのピースのように謎として残っていた隙間が埋まっていく。

 どうして最初から思いつかなかったのだろう。スリザリンのシンボルがいわずと知れた蛇だということに。サラザール・スリザリンは蛇舌と呼ばれていた。そして、ホグワーツを去るとき秘密の部屋を密かに造り、そこに怪物を放った。少し考えれば、それが蛇の類だということにすぐ気づくことができたはずだ。それから、あの姿のない声。あれはバジリスクの声だったのだろう。だから、パーセルマウスのハリーとルイスにだけ、その声を聞くことができた。

 だが、まだ謎は残っている。それは、いったいバジリスクがどのようにして、姿を見られずホグワーツを徘徊しているかだ。ルイスはバジリスクの声を、壁伝いに聞いたことを思い出した。まるで壁の中から声が聞こえるようだった。

「……パイプ……配管かな」

 ルイスは考えている間中、終始背筋がぞくぞくと奮え、全身に鳥肌がたつのを感じていた。恐怖とは違う、興奮のような感情がどっと押し寄せてくる。

 五十年前に秘密の部屋が開けられたとき、ひとりの女生徒か襲われて命を落とした。そう教えてくれたのはハリー――いや、違う。トム・マールヴォロ・リドルの日記帳だ。

「トム――トム・マールヴォロ・リドル?」

 トム・マールヴォロ・リドルと、ルイスはまるで呪文でも唱えるように、その名前を何度も何度も繰り返し、声に出して言ってみた。トム・マールヴォロ・リドル。トム・マールヴォロ・リドル――。

「ルーモス」

 ルイスは脱ぎ捨てたローブの中から杖を取り出し、杖灯りを点すと勝手だとは思いながらも、セブルスの寝室にある机をごそごそとあさり、羊皮紙と羽ペン、それからインクを少し失敬しようとした。

「……何をしている」すると、この部屋の住人は妙な物音と杖灯りの眩しさにのそりと起き上がり、自分の机をあさっているルイスを見て、低く唸り声を上げた。「何をしていると、そう聞いているのだが?」

「ちょっと待って。これを持ってて」

 ルイスは羽ペンにたっぷりとインクを染み込ませ、羊皮紙の切れ端を掴んでベッドに戻った。そして杖をセブルスに預けると、ベッドの端に座り、羊皮紙にこう記した。

「トム・マールヴォロ・リドル?」それをセブルスが読み上げる。「誰だ、それは」

 セブルスは聞いたこともない名前に顔をしかめた。当たり前だろう。五十年も前にホグワーツに通っていた生徒の名前だ。それこそ、ロンのように一晩中トロフィールームでトロフィーを磨かせられでもしないと、そんな名前に出会うこともなかったはずだ。

 そして、ルイスはその名前をジッと睨み、暫らくの間考えた。ルイスはこの名前を知っている。ハリーの持っていた日記帳でも、ホグワーツ特別功労賞のトロフィーに刻まれた名前でもない。もっと違う場所で、見た覚えがあった。

 

 Tom Marvolo Riddle

 

 そのスペルが、わけも分からず頭の中で組み変わりはじめる。それはまるで自分の意志に反するように。そうしようと思っているわけでもないのに、例えるなら自分のなかにいるもうひとりの誰かが、勝手に思考している、そんな感じがした。

 そして、羽ペンを握っていた手が小刻みに震えながら、羊皮紙の上を静かに走った。

 

 I am Lodo Voldemort

 

「なっ――」

 ルイスが驚くよりも先に、隣でその手元を覗き込んでいたセブルスが、そう声を上げた。そして杖を取り落とし、杖先は発光したままシーツの上にぽとりと落ちる。

 セブルスは一度取り落とした杖をもう一度拾いあげ、ルイスの手の中にあった羊皮紙の切れ端を燃やしてしまった。灰すらも消え、炎は熱くなかった。

「これはいったいどういうことなのだ」

「どういうって、アナグラム――」

「そんなことは分かっている。だから、このトム・マールヴォロ・リドルとはいったい誰なんだ」

「五十年前にこの学校に在学していた生徒だって」

 隠していてもしょうがないと思ったルイスは、ハリーやロンについて語らなくて済む程度のことならば話すべきだろうと思い、セブルスの手から杖を取り返してから口を開いた。

「五十年前に秘密の部屋を開いた犯人を捕まえて、当時の校長からホグワーツ特別功労賞を貰っている優等生らしいよ。因みにスリザリン寮出身」

「その五十年前の生徒が、闇の帝王と何の関係がある」

「分からない。分からないけれど、こんな偶然ってあると思う? もしヴォルデモート卿の本名がトム・マールヴォロ・リドルなら――」

 セブルスはヴォルデモート卿の名に小さく反応を示したが、何も言わなかった。言わないというより、ルイスを睨み付けることに必死で、何も言えないのかもしれない。

「今回の秘密の部屋の一件には、ヴォルデモート卿が絡んでいるのかもしれない。ヴォルデモート卿が本当にトム・マールヴォロ・リドルなら、五十年前にハグリッドを陥れた張本人とも考えられる。サラザール・スリザリンの末裔はトム・リドルで、そのときもバジリスクでひとりの女の子を殺しているそうだから」

「……ルイス」

「それなら、今回はいったい誰がバジリスクを操っているの? あの日記帳に封じられているものが本当にヴォルデモート卿の記憶なら、そこから本人が抜け出すことは可能なの? そうでなくても――」

「ルイス!」

 セブルスにがっちりと両肩を掴まれたルイスは、自問自答を繰り返すのを止め、びっくりした顔でセブルスを見た。

「私にも分かるように説明してくれ」

 ルイスはもうひとりで抱え込むのが嫌だったので、できるだけ詳しく、たがやはりハリーたちの名前は出さないようにして、今度こそ一から十まで話して聞かせた。

 トム・マールヴォロ・リドルの日記はルイスが女子トイレで拾ったことにしたし、ハリーたちが見聞きしたことは、ルイスが見聞きしたことでもある。すべては自分で勝手に調べ、考えたことだと、ルイスはセブルスにそう言った。

「……それでは、何か。君はラウルに危険なことには関わるなと言われていることを都合よく忘れ、好き勝手に校内を歩き回って、秘密の部屋やスリザリンの継承者やらを突き止めようとしていたと、そういうことなのか」

「別にそういうわけではないけれど」

「だったら、どういうわけだったのかご説明いただきたいものだな」

「あたしはただ、ちょっと、気になったから――」

「君の言う通り、もし校内にバジリスクが徘徊しているのだとしたら、悪くすれば命を落としていたのかもしれないのだぞ。それをただ気になるという理由だけで、調べまわっていたというのか? 去年のことだってあるのだ、少しは自粛しようとは思わないのか?」

「気にならないほうがおかしいでしょう? だって、あの声は――」

「口答えをするな。いいか。今後一切秘密の部屋やスリザリンの継承者について調べようとは思わないことだ。それから今、君が私に話して聞かせたことは一切口外するな。ポッターやウィーズリーには特にだ。もし誰かにこのことを話せば、グリフィンドールから百点減点する」

「ひゃ、百点?」

「ついでに、ラウルにも手紙を書く」

「……」

 そう言われてしまうと、ルイスは黙るより他になかった。クリスマス休暇のときに、こっぴどく釘を刺されたし、去年だって物凄く心配させてしまった。怒られるのが嫌なのではなく、ラウルに心配をかけるのが嫌だった。

 ルイスが唇を噛んで渋々頷くと、セブルスは満足そうな顔をして時計を確認し、またベッドに潜り込んだ。随分と話し込んでしまった。睡眠を取ろうにも、あと数えるほどしか寝る時間がない。

 明日からは、あまりハリーやロンに近づかない方がいいのだろう。ルイスはそう思いながら、もぞもぞとベッドに入った。

「妙なことを考えてないで早く寝ろ。寝坊しても起こしてやらんからな」

「はいはい。おやすみ、セブルス」

 今の状態であのふたりに近づいたら、自分の推測を彼らに話してしまいかねない。ラウルに手紙を書かれるのも、寮から百点減点されるのもごめんだ。ルイスはただ、あのふたりが早く真実に行き着く事を願うことしかできなかった。

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