翌日から、ルイスは極力ハリーやロンと行動を共にしないよう努めた。話しかけてくるふたりを適当にあしらってしまうことに罪悪感はあったが、グリフィンドールから百点減点されるよりはましだろうと思い、自分に言い訳をする。本当は冷たくあしらう必要などなかったのかもしれないが、そうでもしなければルイス自身がふたりにすべて話してしまいたいという衝動を、抑えることができないだろうと思ったのだ。
ハリーとロンはなぜルイスが自分たちを避けているのかが理解できないという顔で、授業中や休み時間もこちらを窺っていたが、段々とそうしている時間すらもったいなく思いはじめたようだ。特に休み時間になるとふたりは廊下を徘徊して、ハグリッドが言っていた蜘蛛を探していた。それでも、休み時間の教室移動は教師同伴だったので、それにも限度がある。ハリーはそれをとても煩わしく思っているらしく、移動中は終始苛々としている様子だった。
そして二週間ほどが経ったある日の魔法薬学の授業で、ルイスはハリーやロンの苛々が爆発するのではないかと、そう思った。
この学校でたったひとりだけ、恐怖と猜疑心を思い切り楽しんでいる子がいるとすれば、それは間違いなくドラコ・マルフォイだろう。ドラコとその取り巻きたちは、ちょうどハリーとロンの後ろに座り、声を潜めることもせず大声で話しはじめた。
「父上こそがダンブルドアを追い出す人だろうと、僕はずっとそう思っていたよ」
ルイスは一番前の席で作業をしていたのにもかかわらず、その声は筒抜けだった。
「お前たちに言って聞かせただろう? 父上は、ダンブルドアがこの学校はじまって以来の、最悪の校長だと思っているって。多分今度はもっと適切な校長が来るだろう。秘密の部屋を閉じたりすることを望まない誰かがな。マクゴナガルは単なるその場しのぎだ、長くは続かない」
ルイスは大きくため息を吐いた。静かな教室には思いのほかそのため息が目立って聞こえていたが、気にも留めなかった。
「先生」ドラコの声がセブルスを呼んだ。「先生が校長職に志願なさってはいかがですか?」
その言葉を聞いた途端、ルイスは急に原因不明の発作に襲われた。咳き込むふりをして、笑いを堪えるのに必死だったのだ。
「ダンブルドア先生は、理事たちに停職命令を下させられただけだ。私は間もなく復職なさると考えている」
「さあ、それはどうでしょうね。でも、先生が立候補なさるなら、父が支持投票すると思います。僕が父にスネイプ先生がこの学校で最高の先生だと言いますから」
セブルスは薄ら笑いを浮かべて地下牢教室を闊歩していた。
ルイスはセブルスと目が合うたびに、また原因不明の発作に襲われなければならなくなった。シェーマスが大鍋に吐く真似をして見せたのを、当人が見なかったのは不幸中の幸いだろう。
「穢れた血の連中がまだ荷物をまとめていないのにはまったく驚くよ」ルイスはドラコのその言葉に笑いを引っ込めて、むっとした。「次は確実に死ぬ。五ガリオン賭けてもいい。グレンジャーじゃなかったのはとても残念だ」
ハーマイオニーを愚弄する言葉にルイスがくるりとドラコを振り返ったとき、ちょうど終業の鐘が鳴った。他の生徒たちがドラコの前を片付けのために動き回るので、呪いをかけようにも邪魔で狙いを定めることができない。運が良かっただけだと内心では悪態を吐き、ルイスは大人しく片付けを続けるしかなかった。
ロンが怒り狂い、それをハリーとディーンが必死になって止めている。その姿を横目に見ながら、ドラコが満足気な表情を浮かべて教室の前へと進み出ていく。ルイスも荷物をまとめると、他の人たちよりも早く教室の出入口で、全員の後片付けが済むのを待っていた。
「急ぎたまえ。薬草学のクラスに引率して行かねばならん」
ルイスの目の前でセブルスが生徒たちを怒鳴りつけた。
「まさか、本気で校長に志願するつもりなんてないでしょうね」
全員が二列になって移動するなか、ルイスがセブルスを見上げてそう小さく囁くと、セブルスの眉が神経質そうに動いた。ルイスはその反応を見て、思わずくすりと笑ってしまった。
しかし、薬草学の授業になると、辺りは途端に沈んだ雰囲気に包まれた。どこを見回しても、ハーマイオニーとジャスティンの姿はない。
ルイスはこの授業もまた、ハリーたちとは少し離れた場所で作業をしていた。今日はアビシニア無花果の大木の剪定をする授業だ。ルイスが誰よりも集中し、てきぱきと作業をこなしている様子をスプラウト先生は満足そうに見てから、他の生徒たちの様子を見て回りはじめた。
「ハリー」ルイスは声のする方向を一瞥した。驚いたことに、あのアーニー・マクミランがハリーに話し掛けていた。「僕は君を一度でも疑ったことを、本当に申し訳なく思うよ。君はハーマイオニー・グレンジャーを決して襲ったりしない。僕が今までに言ったことを許してくれるかな。僕たちは今、同じ運命にあるんだ。だから……」
アーニーはハリーに握手を求めていた。ハリーは何の躊躇いもなくその手を握り返していた。
ルイスは自分に対する詫びを期待するつもりはなかったが、案の定、アーニーはハリーに許させたことで満足してしまったようだ。それとも、ハリーの疑いは晴れても、まだルイスには疑いの余地があると、そう考えているということだろうか。
あれだけ図書室で脅しを掛けたのだから、無理もないだろう――ルイスはそう思い、深くは考えないことにした。
「スリザリンのマルフォイは、いったいどういう感覚をしているんだろうね。こんな状況になっているのを、大いに楽しんでいるみたいじゃないか? ねえ、僕はあいつがスリザリンの継承者じゃないかと思うんだ」
「まったく、君はいい勘をしてるよ」
ロンの言い草は少し刺々しく、ハリーほど容易にアーニーを許す気にはなれないようだった。
「ハリー、君はマルフォイだと思うかい?」
「いや」
ハリーが即答するのは当たり前だ。ハリーとロンは、ポリジュース薬を使ってスリザリン寮に入り込み、ドラコ本人の口からそのことを聞き出したのだから。しかし、それを知らないアーニーは口をあんぐりと開けてハリーを見ていた。
「いてっ、おい、何するんだ――」
そう言うロンの声が聞こえてきたかと思うと、ハリーが唇に人差し指を立ててそれを黙らせていた。何事だと思いながらルイスがふたりの方を見ると、黒い物体ががさごそと地を這っているのが見える。間違いなく、蜘蛛だ。しかも、かなり大きい。
作業の手を止めて蜘蛛を見ていたルイスは、視線を感じて顔を上げた。すると、ハリーとばっちり目が合ってしまい、どうしようかと思ってしまう。迷った挙げ句、曖昧に笑ってみることにした。しかし、ハリーはロンに小突かれてこちらから目を逸らしてしまった。
ふたりとも怒っているに違いないと思いながら、ルイスは剪定の仕上げに取り掛かった。
その翌日になると、ハリーとロンはやけにそわそわとしている様子で、どうにかしてルイスの気を引こうと思案しているように見えた。それなのに、ルイスがふたりの方を見るとほとんど条件反射のように視線を逸らすので、三人がまともに会話できる状態には一向にならなかった。
変身術の授業では、ふたりの落ち着かない理由が聞きたくて、わざわざ近くの席に座ったというのに、ふたりは全くもってそれどころではなくなってしまったようだった。授業がはじまって十分ほどが経過した頃、マクゴナガル先生が一週間後の六月一日から期末試験が始まることを発表したからだ。
「試験? こんな時にまで試験があるんですか?」
シェーマスが絶望的だとばかりにそう叫ぶ。ネビルは試験があるという現実がそれほどまでににショックだったのか、自分の座っていた机の脚を、杖で一本消してしまった。
「こんなときでさえ学校を閉鎖しないのは、皆さんが教育を受けるためです。ですから、試験はいつものように行ないます。しっかり復習をしていれば恐れる必要はないはずです」
学校がこのような状態なのに、悠長に復習をしていられる人などいるはずがない。ほとんどの生徒がそう思い、マクゴナガル先生に不平不満を唱えたが、そうすればするほどマクゴナガル先生の顔は鬼の形相となった。
「ダンブルドア先生のお言いつけです。学校ではできるだけ普段通りの生活を続けていきます。つまり、私が指摘するまでもありませんが、この一年間に、皆さんがどれだけ学んだかを確かめるということです」
ルイスは周りで囁かれている文句を聞きながら、杖を一振りして二羽の兎を一組のスリッパに変身させた。
それから更に数日が経ったある日、朝食の席でマクゴナガル先生がまた大事な発表があると言い出したので、生徒たちはぎょっとしたような顔になった。何かよからぬ発表でもあるのだろうかと、多くの生徒たちが身構えている。
ルイスは半分眠ったような状態で紅茶を飲みながら、教職員席の方向を横目に見た。
「よい知らせです」
予想に反してマクゴナガル先生が明るく言い放つので、大広間に集っていた生徒たちは好き勝手に騒ぎ出した。ぐわん、ぐわん、という共鳴するような響きが、蜂の巣を突いたときの羽音に良く似ていた。
「きっとダンブルドアが戻ってくるんだ」
「スリザリンの継承者を捕まえたんですね!」
「クィディッチの試合が再開されるんだ!」
最後のウッドの声が一際大きく響き、そのすぐ近くに座っていたルイスは思わず耳を塞いだ。
ようやく騒ぎが収まってくると、マクゴナガル先生は先を続けた。それは生徒たちのどの予想にも反していた。
「スプラウト先生のお話では、とうとうマンドレイクが収穫できるとのことです。今夜、石にされた人たちを蘇生させることができるでしょう。言うまでもありませんが、そのうちの誰かが、誰に、または何に襲われたのかを詳しく話してくれるかもしれません。私はこの恐ろしい一年が、犯人逮捕で終わりを迎えることができるのではないかと、そう期待しています」
大広間中が大きく歓声をあげたが、ルイスは眉を顰めて教職員席にいるセブルスを見た。どうやらセブルスもこちらを見ていたようでばっちり視線は交わった。だが、セブルスはルイスを睨むように見ると、すぐに目を逸らした。
この間ルイスが話して聞かせたことを、セブルスはどうやら誰にも話していないらしい。バジリスクが徘徊しているなどという話をしたら、いくらマクゴナガル先生でも取り乱すと思っているのだろうか。それとも、バジリスクが徘徊している学校など、即刻閉鎖しなければならないからだろうか。それにしても、セブルスが誰にも話していないのはとても意外だと、ルイスはそう思った。
「秘密の部屋に関することなの? 何か見たの? 誰かおかしな素振りをしているの?」
ルイスの耳に、そう言う小さな声が飛び込んできた。普段ならば聞き逃してしまいそうな声だったが、ルイスは今や秘密の部屋とスリザリンの継承者という言葉と、ハリーたちの会話には敏感になっている。
声の方向に目をやれば、ハリー、ロン、ジニーが並んで座っていた。ジニーがもじもじと落ち着かない様子で、しかも、とても怯えた表情で大きく深呼吸をしていた。
ルイスもその話を聞きたくて聞き耳を立てていたが、ジニーが何かを言いかけたその瞬間、間の悪いことにパーシー・ウィーズリーが現れたので、ジニーは口を噤んでしまったようだ。
「ジニー、食べ終わったなら僕がその席に座るよ。腹ペコなんだ。巡回が今終わったばかりでね」
疲れきった様子で現れたパーシーを目の当たりにした途端、ジニーは弾かれたように椅子から立ち上がった。そして、パーシーを怯えたような目で見ると、何も言わずに立ち去ってしまう。
最近のジニーは、どうも様子がおかしい。ルイスはこのところずっとそう感じていたので、気がついたときにはテーブルから離れて、ジニーの後を走って追い掛けていた。
「ジニー、待って」
大広間を出て、玄関ホールでルイスはジニーの腕を掴んだ。ジニーは大きく身体を痙攣させ、パーシーを見たときと同じ怯えた目でこちらを見た。
「ちょっと、こっちに来て」
この怯え方は尋常ではない、異常だとルイスは思った。まるで終始誰かに見張られているような様子だ。大袈裟に言えば、去年の闇の魔術に対する防衛術の教授、クィレルのようだとルイスは感じた。彼は終始ヴォルデモート卿に見張られていて、常におどおどとしていた。今のジニーはその様子とよく似ている。
ルイスは誰もいない、ゴーストやポルターガイストのピーブズすらいない部屋にジニーを引き入れると、手近にあった椅子を引き寄せ、そこに座らせた。
「ジニー。あなた、何か知っているのね? 秘密の部屋について」
ルイスはジニーの前で立ち膝をし、その顔を正面から見据えた。膝の上の冷えた手をぎゅっと握り、決して視線を逸らさなかった。
「あたしに話してくれない? 何でもいい、どんな些細なことでもいいから」
ジニーはルイスの目を見つめ返してはきたが、その眼差しには力がなく、どんよりと暗い、影が差し込んでいるように見えた。
「話せば少しは心が軽くなる。あたしたち、友達でしょう? あなた言ったよね? 新学期がはじまるとき、あたしと仲良くしたいって。ジニーが嫌なら、このことは誰にも言わない。ハリーやロンにだって、絶対に言わないから。あたしはあなたの力になりたいの」
ルイスはできるだけ、ゆっくりと、優しく語りかけた。ジニーは怯えていた表情を一気に崩し、とても不安そうな顔つきになると、目のなかを涙でゆらゆらと揺らしはじめた。
「――ルイス、あたしね、あの……」
大粒の涙が頬を伝って、ぽたぽたとルイスの手の甲に落ちた。ルイスはより強く、ジニーの手を握り締めて、決して離さなかった。
「ゆっくりでいいよ。だから落ち着いて、最初から話してくれる?」
しかし、そう言ったときにはもう既に、ルイスの頭のなかではいくつかの仮説が出来上がりつつあった。けれどそれは、どれも不正解であってほしいと、そう願わずにはいられないものだった。
「きっと――きっと、みんなを襲っているのはあたしなんだわ」
「どうしてそう思うの?」
「だって! だって、あたし、気がついたらローブが鶏の羽だらけだったことがあるのよ。自分が記憶喪失になってしまったみたい。ハロウィンの夜、自分が何をしていたか覚えていないの。だけど、猫が襲われて、あたしのローブにペンキがべっとりついていたわ。あの壁の文字を書いたのも、あたしなのよ! それに、それに――」
「ジニー、少し落ち着いて、ね? 大丈夫だから」
ルイスは中腰になって立ち上がり、ジニーの頭を軽く撫でた。それから手近にあった椅子を引き寄せると、自分もそこに腰を下ろした。
「どうしてそうなってしまったのか、ジニーには心当たりがある?」
「……あるわ」
これよ、そう言って、ジニーはポケットから取り出したものをルイスに差し出した。
ルイスはそれを、引ったくるようにジニーの手から急いで奪い取った。名前を確かめると、そこには確かにT・M・リドルと記されている。
「グリフィンドールの女子生徒だとは思っていたけれど……これをどこで手に入れたの?」
「最初からあたしの荷物のなかに入っていたの。ママが入れたんだと思ったわ」
「だけど、日付が五十年も前のものでしょう? おかしいとは思わなかったの?」
「思ったわ。だけど、最初は何でも打ち明けられる、相談に乗ってくれる素晴らしい日記だと思っていたのよ」
「もし誰にも聞いたことがないのならあたしから教えるけれど、こういう、本や日記帳に心が宿っているようなものは、とにかく危険なの。大抵のものには闇の魔術が詰め込まれているから。しかもそれは、とても強力な場合が多い」
ルイスは何枚かページを捲った。前に見た通り、すべてのページが白紙で、書き込んだ形跡はどこにもない。もしこれが五十年前のヴォルデモート卿の日記帳だとしても、そのことをジニーには言わない方がいいだろうと、そう思った。
「あなたはこれに何を書き込んだの? 書き込んでから記憶がなくなったりするようになったの?」
「学校でその日に起こったこととか、いろいろ――しばらくすると、パーシーがあたしの顔色がよくないって、しょっちゅう言うようになったわ。ひとり、またひとりと襲われるけど、あたしにはその日の記憶が全くないのよ!」
「大丈夫だから。ジニー、とにかく落ち着いて。あたしの言うことを聞いてね」ルイスはそう言うと、ジニーの手に日記を返した。「いい? 今後一切、この日記に書き込みをしては駄目。何か少しでもおかしなことが起こったら、あたしのところへ来て。それから、なるべくひとりにはならないで。放課後はなるべくあたしが一緒にいてあげるから」
「それじゃあ、この日記はどうすれば……?」
「紐でぐるぐる巻きにして、トランクの奥にでもしまっておけばいい。きっともうすぐダンブルドアだって帰ってくるはずだから、そうしたら本当のことを話して聞かせるの。大丈夫。ジニーは闇の魔術に操られていただけだから、何も悪くない。ダンブルドアなら分かってくれる。あたしも一緒に行ってあげるから」
ルイスは微笑みながらそう言うと、教室に備え付けられている時計に目をやった。取り乱しているジニーから色々と話を聞き出すには、かなり時間がかかってしまった。もう授業はとっくにはじまってしまっている。確か今の時間は、闇の魔術に対する防衛術のはずだ。遅刻をして入っていくのが一番嫌な科目だと、ルイスは苦い表情を浮かべた。
「もう授業ははじまっているけれど、ひとりで教室まで行ける?」
「うん、大丈夫……」
まったく大丈夫そうには見えないが、ルイスはジニーが出て行ってしばらくしてから教室を出た。
ルイスは、生徒たちを襲った怪物がバジリスクだと、ジニーの話の中でそう確信した。ローブに鶏の羽がついていたと、そう言っていたはずだ。バジリスクは雄鶏が上げる時の声を聞くとひとたまりもない。だからきっと、そうなる前に雄鶏を始末したのだ。
「それにしても……」
例え操られていたとしても、ジニーがスリザリンの継承者として動いていたとは、想像もしていなかった。様子がおかしかったのは、この一連の事件に怯えていただけだろうと、そう思っていたのだ。だが、何を隠そう、ジニー自身が当事者だった。しかし、問題はいったい誰がジニーにリドルの日記帳を与えたかだろう。ウィーズリー家に元々そのようなものがあるとは思えないので、誰かの差し金だとは思うが、一体誰が――。
『ほら、君の本だ――君の父親にしてみれば、これが精一杯だろう――』
「あの時か!」
ルイスはぱちんと指を鳴らした。そうだ、そうに違いない。ジニーが古びた日記帳を手に入れるには、それ以外にない。
新学期がはじまる前、ルイスたちはルシウス・マルフォイとダイアゴン横丁のフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で顔を合わせている。そのとき、ウィーズリー氏とマルフォイ氏は取っ組み合いの喧嘩をし、そして最後に、ジニーにそう言って古びた本を渡していた。普段のマルフォイ氏なら、決して公衆の面前で取っ組み合いの喧嘩など、はしたない真似はしないはずだ。
『賢いお嬢さん』
「何が賢いお嬢さんだ。この変――」
「ジュリアード! こんなところで何をしているのですか!」
ルイスは喉から出かかった悪態を慌てて飲み込み、後ろを振り返った。そこには、鬼のような形相で口を真横に引き結んだグリフィンドールの寮監、マクゴナガル先生が立っていた。
これがセブルスならば上手く出し抜けたかもしれないが、相手はあのマクゴナガル先生だ。ルイスはこの先生を騙せるなどとは到底思えなかったが、今までジニー・ウィーズリーと秘密の部屋について話をしていましたとも言えないので、それらしい理由を必死になって考えた。幸い、今はロックハートの授業だったので、適当なことを言っても後々問題にはならないだろうと思った。
「あの……少し気分がすぐれないので……」
ルイスはできるだけ、物凄く気持ち悪いのです、本当に吐きそうなのです、という状態に見えるように振舞おうとした。
「しかし、ジュリアード。医務室はそちらではありません」
マクゴナガル先生はルイスがよからぬ事を企んでいるのだと確信したような顔をし、厳しく睨みつけてきた。
「いえ、あの……先生、あたしはセブ――スネイプ先生のところへ行かなければなりません。スネイプ先生が煎じてくださった薬以外は服用してはならないと、そう言われているんです」
ルイスが慌ててそう付け加えると、マクゴナガル先生は一瞬目を見開いたが、すぐにいつも通りの厳格な顔に戻った。どうやら、ルイスの咄嗟の嘘を信じてくれたようだった。
「そうだったのですか。しかし、スネイプ先生は授業中です。ですから、授業が終わるまではグリフィンドールの談話室に戻って休んでいなさい」
ルイスはそれから、マクゴナガル先生にグリフィンドール寮まで見送られ、授業に行く必要はなくなった。どうせ今年度の闇の魔術に対する防衛術など、受けるに値しない授業だ。
暖炉前の席を陣取り、ルイスは自分以外に誰もいない談話室で、鞄から取り出した本を読みはじめた。家から持ってきた、より高度な変身術だ。ルイスはまだ、アニメーガスになることを諦めたわけではなかった。
しかし、ルイスは中々読書に集中することができなかった。何だか変な、胸騒ぎのようなものがするのだ。それに、ジニーのことも気掛かりだった。そのようなことを考えているうちに、結局本のページは一ページも読み進まないまま、終業の鐘が鳴り響く。しかし、その本は既に、もう何度も読み返している。
「次の授業は確か、魔法史だったかな」
ルイスはそう独白し、何となく重たい腰を上げた。
魔法史のビンズ先生の授業ならば、ロックハートの何倍もましだと、そう思えた。ビンズ先生は声も授業も一辺倒だったが、あの先生はちゃんとした事実を語る。試験も三日後に迫っているのだから、授業をこれ以上サボるのはよくないと自分に言い聞かせ、鞄を担いで肖像画の穴を出た。
だが、身体とは実に正直なもので、頭では授業に出なければ駄目だと理解をしていても、足は教室へ向かいたがらない。身体を引きずるようにして歩きながら、ルイスは自分の悪い癖に顔を顰めた。
「どうせだから、次の授業もサボっちゃ……――」
どさっ、と自分の手から鞄が落ちる音で、ルイスは我に返った。
無意識のうちに遠回りでもしようとしていたのか、気がつくと三階の廊下、嘆きのマートルが取り憑いているトイレの前を歩いていた。そこには確かに赤い文字で、このように記されていた。
――秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ――
それからルイスは、その下に新たに記された文字を見た。
――ジニー・ウィーズリー
彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう――
ルイスは床に落ちた鞄を拾い上げると、廊下を全力疾走した。走って、走って、そして辿り着いたのは、魔法薬学の教室がある地下だった。それからまっすぐにセブルスの研究室を目指し、ノックもなしに扉を押し開ける。この時間帯は授業が入っていないらしいセブルスは、机に向かって何やら仕事をしていたようだ。マクゴナガル先生から話を聞いていたのか、セブルスはルイスが部屋に入ってきても顔を上げなかった。
「ノックをしろ」
セブルスはそれだけを言うと、何事もなかったように作業に戻った。ルイスは肩を激しく上下させ、何とか呼吸を整えようとした。しかし、心臓がどくどくと高鳴って、呼吸すら上手くすることができない。
部屋に入ってきてから一言も喋らないルイスを不審に思ったのか、セブルスはゆっくりと顔を上げた。そして、ルイスの顔を見てぎょっとする。
「顔色が――」
「来て」
ルイスはセブルスの傍までいくと、その無骨な手を取って引っ張った。百分は一見にしかずだ。話して聞かせるよりも見せた方が早いと思い、セブルスの手を力一杯引っ張ると、階段を上って三階の廊下までやってきた。
「見て」
ルイスは壁から少し離れたところで立ち止まり、そう言った。
いったい何を見ろというのだと、セブルスはそう言いたげな不機嫌面で辺りを見回したが、その視線がルイスと同じ方を向くと、絶句して言葉を失った。
「たった今、ここを通りかかったときに見つけたの。ついさっきまでジニーとは一緒だったのに……」
ルイスはそう言って唇を噛んだ。
あのとき、自分がジニーをひとりで教室に行かせたから、自分が教室まで送ってあげていたら――ルイスはそう思ったが、すぐに別の疑問が脳裏を過った。
きっと、ジニーは連れ去られたのだ。だが、誰にだろう。ジニーの心は恐らくトム・リドルに操られている。あの日記帳のなかに封じ込められていた、五十年前の邪悪な闇の魔術に、ジニーの意思は絡め取られてしまっているのだ。
こんなことになるのなら、あの日記帳をジニーに返すのではなかったと、ルイスはそう思った。自分が持っていれば、このようなことにはならなかったかもしれない。ルイスは後悔ばかりが募った。
「一緒にくるんだ」
今度はセブルスがルイスの手を引き、どこかを目指して歩き出した。ルイスはほとんど引きずられるようにしてセブルスの後に続く。その足が向かっていたのは、変身術の教室だった。ノックもなく扉を開けると、クラス中の視線がこちらに突き刺さる。
ルイスはセブルスのローブに顔を押しつけて、クラスの生徒たちに顔を見られないようにした。
「マクゴナガル先生、少しよろしいか」
セブルスは普段と微塵も変わらない口調でそう言うと、マクゴナガル先生を呼び出した。マクゴナガル先生は生徒たちに教科書を読んでいるようにと指示を出すと、廊下に出てくる。それからセブルスの背中に隠れるようにして立っているルイスを見、またすぐに視線を戻した。
「どうしました、セブルス。この子に何か?」
「Miss.ジュリアードが見つけました。こちらへ」
そう言う緊迫した声が、低く響いた。