ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Let's call it a day

「ふたりとも、こちらに来てお座り」

 ダンブルドアは暖炉の傍の椅子に腰を下ろした。ハリーとルイスも、ダンブルドアが魔法で出現させた座り心地の良さそうな長椅子に、並んで腰を下ろす。座っていた方が、ずっと気分が良かった。

「まずはハリー、それにルイスにも、心からの礼を言おう。秘密の部屋のなかで、君たちはわしに誠の信頼を示してくれたに違いない。そうでなければ、フォークスが君たちのところへ呼び寄せられることはなかったはずじゃ」

 ダンブルドアのその言葉を聞いて、ルイスはハリーを横目に見た。自分なんかよりもずっと、ハリーのほうがダンブルドアに寄せた信頼が深いのではないかと、そう思う。

「それで、君たちはトム・リドルに会ったわけじゃ」

 ダンブルドアが口にしたその名前に、ルイスは思わずどきりとした。無意識に自分の唇に触れていた。あのときのあの感触が、まだ生々しく残っている。

「多分、トムは君たちに並々ならぬ関心を示したことじゃろう」

 ルイスはそう言ったダンブルドアの声を聞き、顔を上げる。そして口を開きかけたが、それよりも少し早くハリーが言った。

「ダンブルドア先生。僕がリドルに似ているって、彼自身が言ったんです。不思議に似通っているって、そう言ったんです……!」

「ほう、リドルがそんなことを」

 ダンブルドアは思慮深い目でハリーを見た。ルイスはそのまま口を閉じ、ふたりの話を聞いていこうと思った。何だか話すことも億劫に思えて人知れずため息を吐くと、ダンブルドアの膝で羽を休めていたフォークスがこちらを見る。そして、フォークスは音もなく飛び上がったかと思うと、ルイスの膝の上に舞い降りた。

 ダンブルドアはその様子を見ながら、ハリーに語りかける。

「それでハリー、君はそれについてどう思うのかね?」

「僕は自分があいつに似ているとは思えません!」ハリーが何の前触れもなく大声を出したので、ルイスもフォークスも飛び上がるくらい驚いた。「だって、僕は――僕は、グリフィンドール生です。僕は……」

 ルイスはフォークスの羽に手を触れながら、ハリーの言葉を待った。

「先生」数秒黙り込んで、ハリーはやっと口を開いた。「組み分け帽子が言ったんです。僕はスリザリンで上手くやって行けただろうって。みんなは暫らくの間、僕をスリザリンの継承者だと思っていました。それは、僕が蛇語を話せるからです」

「ハリー、蛇語と話せるからって悪人だとは限らない。あたしだって組み分けのときに、帽子にスリザリンを勧められた。というより、それ以外を勧めようとしなかった。君にはスリザリンの素質があるって、その一点張りでね」

 ルイスがそう言うと、ハリーは大きく目を見開いた。

「ハリー」ダンブルドアが静かに口を開いた。「君は確かに蛇語を操れる。なぜなら、ヴォルデモート卿が――サラザール・スリザリンの最後の子孫といわれているが――蛇語を話せるからじゃ。この考えが間違っていないのなら、ヴォルデモート卿が君にその傷を負わせたあの夜、自分の力の一部を君に移してしまった。もちろん、そうしようと思ってしたことではないじゃろうが」

 ダンブルドアはそう言うと僅かな間だけルイスと目を合わせた。前にラウルが語っていたことと同じことを、ダンブルドアも口にしている。

「ヴォルデモートの一部が、僕に?」

「どうもそのようじゃのう」

「それだったら、僕はスリザリンに入るべきだったんだ。組み分け帽子が僕の力を見抜いて、それで――」

「君をグリフィンドールに入れたのじゃ。そして、もちろんルイスのことも」

 そう言ってダンブルドアはにこりと軽く微笑み、ハリーを、そしてルイスを見る。

「ハリー、よくお聞き。サラザール・スリザリンが自ら選びぬいた生徒は、スリザリンが誇りに思っていた様々な資質を備えていた。君もたまたまそういう資質を持っておる。スリザリン自身の稀に見る能力である蛇語、機知に富む才知、断固たる決意、やや規則を無視する傾向」ダンブルドアは悪戯っぽく笑い、最後のひとつを付け加えた。「それでも、組み分け帽子は君をグリフィンドールに入れた。君はその理由を知っておる。考えてごらん」

「……帽子が僕をグリフィンドールに入れたのは、僕がスリザリンに入れないでって、そう頼んだからにすぎないんだ」

 ルイス自身もほとんど同じ理由だった。でも、少し違う。あのときはウィーズリー家の双子たちが、ルイスをグリフィンドールの席で待っていてくれると、そう言ったからだった。初めてそういうふうに言われ、自分という存在を望まれているということが、ルイスはとても嬉しかった。

「その通りじゃ」ダンブルドアは満足気に、また満面の笑みを浮かべた。「それだからこそ、君がトム・リドルとはまったく違う存在だという証拠になるんじゃ。ハリー、自分が本当に何者かを示すのは、先ほどルイスが言ったように、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということなのじゃよ」

 ハリーは呆然として、身動きすらしない。

「君がグリフィンドールに属するという証拠がほしいなら、ハリー、これをもっとよく見てみるがよい」

 ダンブルドアはマクゴナガル先生の机の上に手を伸ばし、血に染まった銀の剣を取り上げて、ハリーに渡した。ルイスも一緒になって、その剣を覗き込んだ。ルビーが暖炉の明かりで豪奢に煌めいている。

「あ、ハリー……これ――」

 ルイスはそう言って、鍔のすぐ下を指した。

 

 ―ゴドリック・グリフィンドール―

 

「真のグリフィンドール生だけが、帽子から、この剣を取り出してみせることができるのじゃよ、ハリー」

 そしてまたダンブルドアは、人に安心感を与える心地のよい笑顔を浮かべると、マクゴナガル先生の引き出しを開け、羽ペンとインク瓶を取り出した。

「さて、そろそろ宴の用意が調った頃じゃろう。さあ、行っておいで。わしはアズカバンに手紙を書く――森番を帰してもらわねばのう」

 ハリーは立ち上がって、部屋から出ていこうとした。しかし、済んだのはハリーの話だけだ。ダンブルドアはルイスとも話があるといっていたが、自分も宴に行っていいのだろうか。そう躊躇していると、ばんっと勢い良く扉の開く音が背後から聞こえてくる。ハリーが癇癪か何かを起こしたのだろうかと思い驚いて振り返ると、つい最近見たばかりの顔がそこにはあって、ルイスは更に驚いた。

 またルシウス・マルフォイがやってきたのだ。マルフォイ氏は怒りを剥き出しにして、開け放った扉の前に立っていた。その腕の下で、包帯をぐるぐる巻きにされた屋敷しもべ妖精が縮こまっている。

「こんばんは、ルシウス」

 ダンブルドアは手紙の準備を進めながら上機嫌に言った。マルフォイ氏は部屋の中に入り、その勢いでハリーを突き飛ばしそうになったが、特に詫びようともしない。恐怖の表情を浮かべた屋敷しもべ妖精が、その後ろからマルフォイ氏の影のようになってついてくる。

「それで!」マルフォイ氏はルイスには目もくれず、ダンブルドアを冷たい目で見据えた。「お帰りになったというわけだ。理事たちが停職処分を下したのにもかかわらず、ご自分がまだホグワーツ校に戻るのが相応しいとお考えのようで」

「さて、そのことについてだがのう、ルシウス」

 ダンブルドアはその程度の視線に臆することもなく、微笑みながら澱みなく答える。

「今日、君以外の十一人の理事が、わしに連絡をくれたのじゃよ。まるでふくろうの土砂降りにあったようじゃった。アーサー・ウィーズリーの娘が殺されたと聞いて、すぐ戻ってほしいと頼んできたのじゃ。奇妙な話をみんなが聞かせてくれのう。元々わしを停職処分にはしたくはなかったが、それに同意しなければ、家族を呪ってやるとあなたに脅された、と考えておる理事が何人かおるというのじゃよ。まさか、そのようなことはあり得ないとは思うのじゃが」

 マルフォイ氏の青白い顔が、より一層青白くなった。しかし、その目にはまだ怒りが宿っているように見える。

「すると、あなたはもう襲撃をやめさせたとでもいうのですかな? 犯人を捕まえたとでも?」

「もちろん、捕まえたとも」

 それはまるで、鬼ごっこをしていて鬼を捕まえたかのように、ダンブルドアは事もなげに言い放った。

「それで? その犯人というのは一体誰だったのです?」

「前回と同じ人物じゃよ、ルシウス。しかし、今回のヴォルデモート卿は、他の者を使って行動したのじゃ。この日記帳を利用してのう」

 ダンブルドアは真ん中に大きな穴の空いた、リドルの日記帳を取り上げた。その目は真っ直ぐにマルフォイ氏を見据えている。しかし、それよりも更に奇妙な光景がその後ろでは繰り広げられていた。

 屋敷しもべ妖精が、ひとり漫才のようなことをやっているのだ。大きな目でいわくありげにハリーの方をじっと見ていたかと思うと、日記帳を指して、次にマルフォイ氏を指差し、それから拳で自分の頭をがんがんと殴り付けるのだ。

「なるほど」

 屋敷しもべ妖精の姿を見ることのないマルフォイ氏は、いやに神妙な顔で頷いてみせた。

「狡猾な計画じゃ」ダンブルドアはマルフォイ氏を見たまま、抑揚のない声で言った。そして、更に続ける。「なぜならここにいるハリーとルイスが――」

 このときはじめて、マルフォイ氏はハリーとルイスを一瞥した。

「友人のロンと共に、この日記帳を見つけておらんかったら、ジニー・ウィーズリーがすべての責めを負うことになったかもしれぬ。ジニーが自分の意思で行動したのではないと、一体誰が説明できようか」

 きっと、いや、確実に、ダンブルドアはマルフォイ氏がこの一連の事件の犯人だという確信を持っているのだろう。遠回しにではあるものの、相手を責めているようにしか聞こえない。

「そうなれば一体何が起こったか、考えてみるがよい。ウィーズリー一家は純血の家系で最も著名な一族のひとつじゃ。アーサー・ウィーズリーと、その手によってできたマグル保護法にどんな影響があるか、考えてみるがよい。自分の娘がマグル出身の者を襲い、殺していることが明るみに出たらどうなっていたか。幸いなことに日記帳は発見され、リドルの記憶は日記帳から消し去られた。さもなくば、一体どういう結果になっていたか、わしには想像もつかぬ」

「それは幸運な」

 マルフォイ氏は無理やり口を開き、ぎこちない口調でそう言った。しかしその背後では、やはり屋敷しもべ妖精が先ほどと同じ動きを幾度となく繰り返している。日記帳、マルフォイ氏、そして自分の顔に力一杯のパンチを食らわせる。すると、今度はハリーが扉の前で口を開いた。

「マルフォイさん。ジニーがどうやって日記帳を手に入れたか、知りたいと思われませんか?」

「馬鹿な小娘がどのようにして日記帳を手に入れたかなど、なぜ私が知りたいと思うのだ?」

「あなたが日記帳をジニーに与えたからです」

 そこでようやく合点がいった。あの屋敷しもべ妖精がジェスチャーで示していたのは、このことだったのだ。逆に分かりにくい。そう思いながら屋敷しもべ妖精を見やると、今度は自分を罰するために、部屋の隅のほうで自分の耳をかじっているところだった。

「フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で、ジニーの古い変身術の教科書を拾い上げて、その中に日記帳を滑り込ませた。そうでしょう?」

 途端にマルフォイ氏の顔は蒼白になるが、不快そうに歪んでもいた。歯を食いしばり、今にもハリーに殴りかかりかねない形相で、自らの感情を必死に抑えつけているようだった。

「何を証拠にそのようなことを言い出すつもりだね? 私を愚弄するにもほどがあるだろう」

「ああ、きっと誰にも証明はできんじゃろう。リドルの日記帳が消え去ってしまった今となってはのう。しかし、ルシウス、忠告はしておこう。ヴォルデモート卿の昔の学用品をばらまくのは、もうやめにすることじゃ。もし、またその類の物が罪もない人の手に渡るようなことがあれば、誰よりも早く、まずアーサー・ウィーズリーが、その入手先をあなただと突き止めるじゃろう」

 これは、もしそのようなことがあれば、ダンブルドアが直々にウィーズリー氏に密告をしてやると、そうマルフォイ氏に脅しをかけているようなものだった。そこまで言われたマルフォイ氏は、指先を不自然に痙攣させ、杖に手を伸ばしたくて堪らないという激情を堪えている。両目を伏せて息を吐き出すと、どうにか気持ちを落ち着かせ、しもべ妖精を振り返った。

「ドビー、帰るぞ!」

 確か以前にもそのような名前を聞いたような覚えがあるとルイスが考えていると、扉が閉まり、そして痛々しいドビーの叫び声が向こう側から聞こえてくる。

「ダンブルドア先生」ハリーが慌てた様子で早口に言った。「その日記をマルフォイさんにお返ししてもよろしいでしょうか?」

「よいとも、ハリー。ただし、急ぐがよい。宴会じゃ。忘れるでないぞ」

 ひとり、ふたり、三人と部屋を出ていって、とうとうルイスはダンブルドアとふたりきりになってしまった。どうしていいか分からず暖炉をぼんやり眺めていると、羽ペンの走る音が聞こえてくる。アズカバンに手紙を書いているに違いない。

 ルイスは立ち上がることも、話し出すこともできなかった。ただ、家族に会いたくて堪らなくなった。

「ルイス」ダンブルドアは小さく、囁くように、そして優しく、ルイスの名を読んだ。「君にも何か、整理をつけたいことがあるのかね?」

「ダンブルドア先生、あたしは……」

 ただ家族に会いたいのだ。そうとはどうしても言えなかった。自分が子供っぽく思われることを気にしたわけではない。ただ、何となく言えなかった。

「……リドルは」ルイスは何となく、ヴォルデモート卿とは呼ばなかった。「リドルはあたしのことを、あたしの祖母と間違えたんです。あたしと祖母は、そんなに良く似ているんですか?」

「そうじゃのう、ほとんど生き写しといっても過言ではないじゃろう。君は父君ともよく似ているようじゃが」

「そうですか」

 ルイスはとりとめのないことばかりが脳裏に浮かんだが、本当にダンブルドアに打ち明けなければならないことが、他にもいくつかある。

 リドルとルイスの祖母は恋人同士だったのだろうかとか、成績がどうだったかとか、どんな性格だったのかとか、聞きたいことはたくさんあったけれど、それらすべてを無視して、ルイスは大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。

「先生。実はあたしもハリーと同じ、パーセルマウスなんです」

 ルイスはダンブルドアの返事を待たず、先を続けようとした。だがしかし、それ以上言うのは止めておこうと、瞬時にそう思い直した。何もすべてをダンブルドアに報告する必要はないのだ。心のなかで、もうひとりの自分がそう言ったような気がした。アニメーガスのことも、伝える必要はない。元から魔法省に登録するつもりもないのだから。

 だが、ダンブルドアはルイスが自分もパーセルマウスだと告白をしたところで、微塵も驚きはしなかった。むしろ、穏やかに微笑んでいる。

「……あの、もしかして、ご存知だったんですか?」

「前にラウルがここへ来たことがあったじゃろう? 一度目のときじゃ。そのときに、いろいろと聞かせてもらってのう」

「え? それならやっぱり、ラウルはあたしがパーセルマウスだっていうことを知って……」

「もちろん、知っておる。わしが知るかぎりでは君のお父上もパーセルマウスじゃった」

「あたしのパーセルマウスは遺伝ですか?」

「いかにも」

 ラウルは最初から知っていたのだ。だから、ルイスが訊ねたときも事もなげに答えてくれたのか。そんなことは何でもないことだと、そのようなふうに。

「今回はいろいろとラウルに助けられることもあった」

「……え?」

「彼の能力は実に目を見張るものがある。あの能力は母親譲りじゃのう。ジュリアードの能力とはまた違う、別の未来を見通す力を持っているのじゃ。今回は、それによう助けられた」ルイスはきょとんとしてダンブルドアを見上げた。「お礼状を書かねばなるまい。あいにくわしはラウルに嫌われておるようじゃからのう、受け取ってくれるかどうかは分からぬが」

 ダンブルドアは悪戯っぽくそう言ってウィンクをし、ルイスを宴へと向かわせた。しかし、最後にルイスを呼び止めると、意味深にこう言った。

「スネイプ先生からもいろいろと話を伺った。君のことを大変心配しておられたようじゃ。であるからして、君にはもう百点、保険として差し上げることにしよう」

 ルイスはその得点の意味を、そのときはまだ理解することができていなかった。ハリーとロンは二百点ずつなのに、自分だけが三百点もらっている状態だ。わけが分からないと思うのも当たり前だろう。不思議に思いながら首を傾げ、痛む身体を引きずるようにして大広間に向かった。

 ルイスが大広間の扉を押し開けて中に入ると、広間中が一瞬、水を打ったように静まり返った。各寮のテーブルには豪華なご馳走が並んでいたし、全校生徒が集って久しいようだ。何よりもおかしかったのは、全員がパジャマ姿だったということだろう。まるでパジャマパーティのようだと、大広間の入り口に立ってルイスは思った。

 だが、それも束の間、静まり返っていた大広間が突然大爆発を起こした。わあっと歓声が上がり、グリフィンドールのテーブルから数人の生徒がこちらに駆け寄ってくる。それがウィーズリー家の兄弟、パーシー、フレッド、ジョージだということに、ルイスはすぐに気がついた。真っ赤な髪をした三人が満面の笑みを浮かべている。三人はルイスに駆け寄ると、代わる代わるに力一杯抱き締め、顔中にキスをし、何度もお礼を言った。

 ルイスは身体が痛いやら、抱きつかれて呆気にとられるやらで、唖然としたまま双子たちにグリフィンドールのテーブルまで連れていかれた。そこにはもう既にハリーは戻っていた。その向かい側には見慣れた、けれど最近は見ることのなかった茶色いたっぷりとした髪の、ハーマイオニーの姿を見つけて、ルイスは思わず駆け寄っていた。

「ハーマイオニー! よかった! 大丈夫なのね!」

 ルイスは体が痛いことも構わず、ハーマイオニーと力一杯抱き締めあった。

「ハリーから話は聞いたわ! やったのね! 本当に!」

 それから、パジャマパーティは夜通し続いた。しかし、ルイスはその間中、ほとんど教職員席に目をやることが出来なかった。いつもの席で、セブルス・スネイプ教授が、物凄い形相でこちらを睨み付けているのを、一瞬だけ見てしまったからだ。そのときになって、ダンブルドアの言っていたことの意味が分かったような気がした。

 それ以外は、本当にとても楽しい宴会だった。ハリーにはしっかりと謝っていたが、ルイスには謝り損ねていたアーニー・マクミランがハッフルパフのテーブルからわざわざ訪ねてきて、あまりに酷いことを言ってしまったと謝ってくれたのだ。すぐ近くでは、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーがハリーに疑って済まなかったと、そう謝っているのが見える。ハリーが快く許してやっているの見て、ルイスもにこりと笑うと、アーニーと握手をした。

 明け方三時半にハグリッドが現れた。晴れてアズカバンから出られることが出来たようだ。ハリーたちは大喜びだったが、ハグリッドは照れ隠しでハリーとロンの肩を強く叩いたので、ふたりはトライフル・カスタードの中に思い切り顔を突っ込んでしまった。ルイスは怪我が悪化すると、自分の肩も叩こうとするハグリッドから逃げ回るはめになった。

 ハリー、ロン、ルイスがそれぞれ二百点ずつ――ルイスはこのとき三百点だったが――グリフィンドールに点を増やしていたので、寮対抗優勝杯を二年連続で獲得することができることは、まず間違いがなかった。そして、マクゴナガル先生が上機嫌で立ち上がり、学校からのお祝いとして期末試験が取り止めになったことを全生徒に告げた。多くの生徒は大喜びだったが、ハーマイオニーだけはそれを素直に喜ぶことが出来ないようだった。

「それから、残念なことに、ロックハート先生は来学期学校に戻ることはできぬじゃろう。学校を去り、記憶を取り戻さねばならんからのう」

 ダンブルドアがそう発表すると、かなり多くの先生が生徒と一緒に歓声を上げていた。セブルスですらその嬉しさが押さえきれなかったのか、ルイスを睨み付けたいのと、嬉しがりたいのとで、頬をひくひくと痙攣させていた。

「残念だ」ロンはダンブルドアのその発表を聞き、ジャムドーナッツに手を伸ばしながらにやりと笑った。「せっかくあいつに慣れてきたところだったのに」

 ルイスは宴が終わると、真っ直ぐにグリフィンドール寮には戻らなかった。身体中は傷で痛むし、どちらにしろこのままでは眠ることすら出来ないだろうと思っていたところだった。

「ルイス? どこに行くの?」

 今までずっと石になって眠っていたというのに、ハーマイオニーはとても疲れた様子で欠伸をしながらそう訊ねてきた。

「ちょっと用があるから、先に戻ってて」

 ルイスはそう言うと、みんなが階段を上っていくのを見送ってから、地下にあるセブルス・スネイプの研究室へと向かった。その間どうかスリザリン生に会いませんようにと念じ続け、その念が届いたのか、無事に扉の前まで辿り着くとそれを叩く。きっと、これから先のほうが無事には済まされないだろうと、そう思いながら、内側から扉が開かれるのを待った。

 案の定、部屋から出てきたセブルスはひどく不機嫌顔でルイスを見下ろした。

 しかし、それでも怒りの感情を必死で抑え込もうとしている努力は見て取れた。今すぐに怒鳴りつけたいと、顔はそう言っているのに、まだ扉が開いているうちは青筋を立てたまま、必死の形相で我慢をしていた。

 これはとてつもなく不可抗力だと思うのだが、セブルスはルイスが約束を破ってあの話を他人にしてしまったこと、秘密の部屋に入って命の危機にさらされたというのに、宴会でへらへらとしていたことに対する罰として、グリフィンドールから本気で百点を減点した。要するに、どうあがいてもスリザリンが寮対抗優勝杯を手にできないことに対する当て付けだとルイスは思った。そして恐らく、ダンブルドアはこうなることを予想して、あのときルイスにだけ百点余計に得点をくれたのだ。

 セブルスの怒りが落ち着いてくると、ルイスは透明なガラス瓶に入った塗り薬を、セブルスから受け取った。

「塗れ。そうすれば二、三日で傷は消えるだろう。あざも痕は残らない」

 どうやら、その塗り薬はルイスのために煎じておいてくれたらしい。ぼろぼろになったローブを脱いで、腕まくりをして見えるところの傷に薬を塗り込んでいると、その様子を焦れったそうに見ていたセブルスが、とうとうルイスの手から薬を取り上げた。

「傷を治したくはないのかね」

「治したいからこうして塗っているのだけれど」

 言葉もなく顔で気持ちを表すセブルスに言わせると、ルイスの塗り方は大変大雑把らしい。セブルスはまるで傷口に塩を刷り込むような勢いで、ルイスの身体に薬を塗り込んでいった。

「ねえ、このことってもうラウルは知っているの?」

 多少お互いに抵抗はあったものの、自分で背中に薬を塗ることは出来ないのでセブルスに塗ってもらいながらルイスは言った。

「帰ったら怒られるだろうな。あれだけ釘を刺されていたのに、ラウルの言い付けなんてひとつも守らなかったし」

「そういう自覚だけはあるのだな」

「いつも心配かけて悪いなって、そう思っているよ。だけど、今回は成り行きというか、何というか」

「そうか。では君はあくまで成り行きで秘密の部屋へ行き、成り行きで闇の帝王の記憶と対決し、たまたまその力に打ち勝ったのだと、そう思っているのか」

 そう言われてルイスは押し黙り、小さく唸った。

 ルイスはこのセブルス・スネイプという男を、心底ぎゃふんと言わせてやりたいと思った。だが、どうしても今すぐにこの男をぎゃふんと言わせるには、あの方法しかないと分かっている。ラウルやリーマスより先に告げてしまうのはもったいないような気もするが、仕方がないだろう。それに、ダンブルドアが知っていたのなら、セブルスもルイスがパーセルマウスだということくらい知っているはずだ。

「あのね、セブルス」

「何だ」

「ええと」ルイスは小さく咳払いをし、毛先を弄びながら事も無げに言った。「あたしね、未登録のアニメーガスなのだけれど」

 明日の朝ごはんはパンだってよ、と告げるときと同じような口振りで言ったので、セブルスは一瞬反応に遅れたようだ。

「ちょっと、何か言ってよ。一番に教えたんだから」

「……それは法律違反だ」

 口にされた言葉は意外にも、至極当たり前なことだった。

「ずっと勉強はしていたの。家にある変身術の本でアニメーガスと名前のつくものなら、ほとんど読んでしまったし、大体何をすればいいのかは分かっていた。いろいろ準備もしていたけれど、今日初めて試したの。本当はもっと練習が必要だし、失敗をすれば大変なことになるということは分かっていた。それでも、本当に必死だった。物凄く必死だったから、初めて変身したときのことはよく思い出せないのだけれどね」

 セブルスは怒鳴りもしなかったし、怒りもしなかった。ただ、そうか、と言ったきり、何も言わなくなってしまった。しかし、背中に薬を塗り終えてルイスが着衣を正していると、背中を向いていたセブルスが唐突に口を開いた。

「何に変身する?」

「何が?」

「ルイスがだ。何の動物なんだ?」

「……内緒」ルイスが悪戯っぽくそう言うと、セブルスは訝しげにこちらを振り返った。「だって、話してしまったらつまらないじゃない?」

「まさか、変身した格好で禁じられた森を探索しようなどとは考えていないだろうな」

 考えていたことを鋭く言い当てられて、ルイスは思わず苦々しい表情を浮かべた。

「怪しげな動物がホグワーツ内を徘徊していたら、それがあたしだと思って」

 ルイスはそう言うと、セブルスに煎じてもらっているいつもの薬を飲み干してから、グリフィンドール塔に戻った。

 ホグワーツは今まで通りの正常な状態に戻ったが、いくつかは変わった点がある。闇の魔術に対する防衛術の授業は全学年取り止めになった。ルイスはもうあのつまらない授業を受けなくて済むのだと上機嫌だったが、ハーマイオニーはそれが不満でたまらないらしい。

「闇の魔術に対する防衛術って、とても重要な教科なのよ! それが取り止めだなんて、本当に信じられないわ!」

 本当は闇の魔術に対する防衛術の授業中だったはずの空き時間に、中庭の日陰で休みながらハーマイオニーがそう嘆いた。

「だけど僕たち、これに関してはずいぶん実技をやったじゃないか」

 ロンはそう言ってハーマイオニーを宥めていたが、その顔は嬉しくてたまらないという笑みを必死でごまかそうとしている。

「ジニーが元気になってよかったね」

 ルイスが隣に座っているハリーに向かって笑いかけながら言うと、ハリーもこくりと頷いた。

「そういえば、今日の日刊預言者新聞を見たか?」

 ロンが闇の魔術に対する防衛術から話を逸らそうと身を乗り出し、ハリーとルイスの方を見る。ハリーは読んでないと首を振ったが、ルイスは複雑な顔をして頷いた。

「ルシウス・マルフォイがホグワーツの理事を辞めさせられたという話でしょう?」

「そう。マルフォイの顔、見たか? いい気味だ」

 ロンがそう言ってにやりと笑うと、ハリーもつられて笑っていた。

 ルイスが何気なく隣に座っていたハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーはその場に立ち上がるところだった。

「さあ、次は魔法薬学よ。早く行かないと、遅刻をしたら減点されてしまうわ」

 ハーマイオニーは減点の心配をしていたが、続いて立ち上がったロンが秘密の部屋の事件で自分たちが合計で六百点ももらったのだから、いくら減点されても大丈夫だと豪語する。しかし、もし魔法薬学の授業をハリーやロンが蹴るようなことがあれば、きっとセブルスはグリフィンドールから何点でも喜んで減点することだろう。

 そう考えながら苦い表情を浮かべてふたりの後ろを歩くルイスの隣に、ハリーが並んだ。

「あ、そうだ、ハリー」

 ルイスはハリーにぴたりとくっついて、耳元に唇を寄せた。

「あたしが動物もどきだってこと、ふたりには黙っていてね――ちょっと大丈夫? ハリー、顔が真っ赤だけれど」

「な、何でもない」ハリーは慌ててルイスから離れ、顔を真っ赤にして首を横に振った。「どうしてふたりに言っては駄目なの?」

「ハーマイオニーに言ったらきっと怒るから。未登録は法律違反だって、そう言うでしょう? ロンには言っても構わないと思うけれど、ハーマイオニーだけが知らないのも可愛そうだし。だからお願い」

 夏休みまでの時間がとても早く過ぎて、とうとうルイスたちはホグワーツから家に帰るときがきた。ハリー、ロン、ルイス、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、ジニーはひとつのコンパートメントを独占した。クリスマス休暇で家に帰ったとき、たったひとりで乗ったコンパートメントはとても静かで心細かったが、今度はとても賑やかで、楽しく過ごすことができた。夏休みに入る前に魔法を使うことを許された最後の時間を、みんなは色々なことをして楽しんだ。爆発ゲーム、花火、ルイス以外のみんなは互いに武装解除術を掛け合ったりしていた。学校で行なわれた決闘クラブも、このくらい平和だったらよかったのにと、誰もが思っていたに違いない。

 あっという間にホグワーツ特急の旅は終わりを迎え、段々と列車は速度を落としていった。そして停車をしたとき、ルイスがコンパートメントから出ていこうとすると、その腕をハリーが掴んだ。

「これ、電話番号っていうんだけど」

 ハリーはそう言って、ルイスに羊皮紙の切れ端を渡した。ロンとハーマイオニーも同じものを持っている。

「ああ、マグルの機械ね」

「使い方を知っている?」

「ううん。でも、多分ラウルが知っていると思う」

「よかったら電話してよ。あと二ヵ月もダドリーしか話し相手がいないなんて、僕はきっと耐えられないから」

「でも、あなたのおじさんもおばさんも、あなたのことを誇りに思うんじゃない?」トランクを引っ張りながら汽車を降り、魔法のかかった柵まで人波に混じって歩きながらハーマイオニーが言った。「今学期、あなたがどんなことをしたか聞いたら、そう思うに決まっているわよ」

「誇りにだって?」ハリーは少し自嘲的な笑みを浮かべた。「正気で言っているの? 僕がせっかく死ぬ機会が何度もあったのに、死に損なったっていうのに? あの連中はがっかりすると思うよ」

 四人は一緒に柵を通り抜け、マグルの世界へと飛び出した。暫らく歩いていくと、そこには待ち構えていたようにウィーズリー夫妻と、噂のダーズリー氏が並んで立っていた。

「それじゃ、電話、待っているからさ」

「もし電話を掛けられなかったら、手紙を書くから」

「うん、じゃあ、またね」

 ハリーはほとんど項垂れるようにしてダーズリー氏の後ろをついて行った。ルイスはそんなハリーの背中を見えなくなるまで見送ったが、ちょうどハリーが見えなくなったときに入り口からラウルが入ってくるのを見つけて、思わず手を高く挙げた。

 ルイスはどうしてもラウルがこちらにやってくるまで待ちきれず、気が付いたときにはもう、走り出していた。あの事件以来ずっと会いたいと思っていた家族が、すぐ目の前にいる。

「ただいま!」

 ルイスはそう言うと、ラウルに思い切り抱きついた。

「おかえり、ルイス」

 ラウルはそんなルイスの背中に軽く手を回すと、そう言って抱き締め返してくれた。良かった、怒ってない。そう思い、ルイスは安堵する。

「帰ったら話したいことがあるの。とてもびっくりすると思う」

「これ以上びっくりする話があるの?」

「多分ね」

 ルイスとラウルが久しぶりの再会を喜んでいると、すぐ隣にウィーズリー一家とハーマイオニーの家族がやって来た。

「やあ、アーサー」

 ラウルはルイスを離して、ウィーズリー氏ににこやかに挨拶をする。その傍らではウィーズリー夫人が何かを言いたげにしていて、ルイスは不思議に感じながら首を傾げた。

「ママがね、ルイスとお兄さんに謝りたいって」

 ロンがウィーズリー夫人の脇を小突きながら控えめに言った。それを聞いたルイスとラウルは思わず顔を見合わせて、それからウィーズリー夫人を見た。夫人は一体何を言えばいいのか分からないとでも言うように、口を開けては閉める。見兼ねたラウルがルイスの肩を掴み、ウィーズリー夫人の前に一歩踏み出した。

「今度うちのルイスも、あなた方の家にご招待いただけますか?」

 すると、夫人はもちろんと言って何度も頷き、にこりと微笑んだ。すると双子たちは「だったら今すぐおいでよ」「何もないところだけど」と口走り、ウィーズリー夫人の雷を食らっていた。

 ラウルはハーマイオニーの両親にも挨拶をすると、そこでウィーズリー氏たちと一緒に立ち話をはじめようとしていたので、ルイスは慌ててその腕を引っ張った。こんなところで立ち話をされたらいい迷惑だ。

「ラウル」

「分かったよ。それじゃあ、帰ろうか」

 ルイスはウィーズリー一家とハーマイオニーとその両親に挨拶をすると、双子とジニーににっこりと笑い掛け、ロンとハーマイオニーには休み中に手紙を書くと約束をして、キングズ・クロス駅を後にした。

 今日でホグワーツの二年目が終わる。去年に続いて、今年も何て一年だったのだろう。ルイスはそう思いながら、片手を顔の前まで持ち上げた。あのとき、リドルに触れた手だ。それに、あのとき彼としたキスは、どういうわけか嫌なものではなかった。しかしどこか、ラウルとキスをしたときの感覚に似ている。

 ルイスが傍らを見上げると、ラウルは不思議そうに見返してきた。

「どうかした?」

 ルイスは微笑んで首を振った。

 忘れよう。トム・リドルのことは。トム・リドルは、もう何処を探してもいないのだから。そして、またはじまる三年目に思いを馳せながら、ルイスは澄み切った青空を見上げた。ロンドンにしては珍しい、雲ひとつない清々しい空だった。

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