ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Hogwarts Express

 ルイス・ジュリアードは、ホグワーツへ出発する前日の夜に、トランクの荷造りを済ませた。昨日の夜、ラウルにサインを書いてもらったホグズミード村へ行くための許可証を折り畳んで隙間に差し込みながら、去年や一昨年に比べると、幾分荷物が多いような気がすると、そう考えていた。しかし、それは多分、魔法薬学教授のセブルス・スネイプに魔法薬の作り方を教わるのに必要な材料を詰め込んだからだろう。

 朝起きてすぐに、ルイスは着慣れないマグルの服を着込んだ。毎年、キングズ・クロス駅まではマグルの地下鉄で行っている。四方八方にマグルがいる地下鉄や道で魔法族の出で立ちをしていたら、まるでひとり仮装大会だ。

 ルイスはリーマスからクリスマスプレゼントにもらった、耳飾りと揃いの赤い石が埋め込まれている髪留めで黒い長髪を結いあげ、重いトランクを引きずりながら階段を下りていった。

「おはよう、ラウル」

 いつものようにリビングのソファに座り、紅茶を飲みながら本を読んでいるラウルの背中に向かって挨拶をした。

「ん、おはよ」

 ラウルは後ろを振り返りもせずにそう言う。ルイスが正面に回り込んで覗き込むと、その顔色が酷く悪いということに気づいた。満月が近く迫っているので、脱狼薬を飲んでいるのだ。顔色が悪いのは、その副作用のせいだった。

「リーマスはどこ?」

「忘れ物をしたって、部屋に取りに戻っているよ」

 ラウルの言う通り、確かに一度部屋から降りてきているようで、向かい側のソファにはリーマスの荷物と思われる鞄が置かれていた。その鞄は、リーマスの着ているローブと同じくらいぼろぼろだ。くたびれたその小振りの鞄には、中から物がこぼれ落ちないように紐でぐるぐる巻きになっている。

「……今度のクリスマスには、是非新しい鞄をプレゼントさせてもらうことにする」

 リーマスは物を大切にする性質のようだ。それともただ単に物を買うお金の持ち合わせがないのか、あまり新しいものを使っているところを見たことがない。ルイスはリーマスの荷物をじっと見つめて、何かが足りないと、何となくそう思った。何か、見て一瞬でこの人が闇の魔術に対する防衛術の新しい先生だと、そう分かる何かがほしい。

「ルイス、何をそんなに見ているんだい?」

 ラウルは、まるでリーマスの鞄に恋をしたかのように見入っている姿を見て訝しげに言った。ルイスは、よいしょ、とリーマスの鞄を持ち上げ、それをテーブルの上に乗せる。

「ここのところにR・J・ルーピン教授と入れられない?」

 ルイスは鞄の片隅を指差してそう言った。すると、ラウルは悪戯っぽく笑い、もちろん、と応じる。懐から取り出した杖をリーマスの鞄の一角に向けて振りかざすと、そこには鞄と同じくらいくたびれた印象の文字が、じわじわと浮かび上がってきた。これで、どこからどう見ても、この鞄を持ち歩いていればリーマスが教授なのだということが誰にでも分かる。

 ルイスはほんのちょっとした悪戯を成功させてご満悦だった。これから大嫌いな煙突飛行が待っていても、少しだけ機嫌よくいられた。

「どうしたんだい? 何をふたりで笑って――」

 ソファの上からテーブルの上に場所を移し、ついでにこれ見よがしにくたびれた剥がれかけの文字で自分の名前が記された鞄を見て、リーマスは一瞬きょとんとしてみせた。しかし、すぐに苦笑いを浮かべると、ラウルとルイスを見る。どうやら怒ってはいないらしい。

「どう、気に入った?」

 ラウルが悪戯っぽくそう言うと、リーマスはくしゃりと笑って、あえてその質問には答えようとしなかった。

「教職員は先に学校へ行くのでしょう?」

 ソファに腰を下ろし、ラウルに紅茶を淹れてもらいながらルイスがそう問うと、リーマスは首を横に振った。

「いや、他の先生方はそうだけど、私は生徒たちと一緒にホグワーツ特急で行くことになっている」

「一緒に?」

「ああ、念のためだよ」

 しかし、そう言うリーマスの顔色もラウルと同じように――下手をしたらそれ以上に――悪く、ルイスはそのことが気がかりで、どうしてリーマスが生徒たちと一緒にホグワーツ特急に乗って学校へ行かなければならないのかということを、聞きそびれてしまった。

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

 ラウルにお別れのキスをして家を出たあと、リーマスとふたりで地下鉄に乗っていたのだが、その途中でリーマスが最高に吐きそうな顔色をしているのを見て、ルイスはたまらず本日五度目となる同じ言葉を口走った。

 今日もルナには家からホグワーツまで飛んでいってもらうことにしたので、マグルの目を集めないで済むと思っていたのに、リーマスの酷く悪い顔色が人目を引くというのは、一体どういうわけだろう。端から見ると、完全に病んでいるようにしか見えない。まるで末期患者が許可なく病院を飛び出してきたかのような顔色だ。満月の日に狼になっても自我を失わないようにするための薬が、自らの命を削っているのではないかと、ルイスはこのとき改めて脱狼薬の改良を望んだ。

「大丈夫だよ、いつものことだから」

 リーマスは微かに微笑んでみせるが、その笑顔すら今はどこか痛々しい。

「汽車の中では眠っていたほうがいいよ」

「いや、そういうわけにはいかないんだ」

「どうして?」

 下車駅に到着したので、ルイスは片手でトランクを引っ張りながら、反対の手ではリーマスの背中に手を回して促すように先を急いだ。がやがやと騒がしい人の話し声や足音すら、今のリーマスには頭に響くらしい。

 汽車の中では眠れないと言うリーマスに、なぜかとルイスが問い掛けてから間もなくして、期待していなかった答えが唐突に返ってきた。

「ラウルから聞いているとは思うけど、シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄しただろう?」

 あの日以来、家では誰もシリウス・ブラックについて口にすることがなかったので、ルイスがリーマスの口からその名を聞くのははじめてのことだった。

「魔法省はどうやら、シリウス・ブラックの脱獄理由がハリーの命を奪うことだと、そう考えているらしい」

「うん」

「だから、ホグワーツはもしものときのために、いろいろと護りを固めなければならない。もちろん、ダンブルドアがいれば私は何の問題もないと思っているが、魔法省はどうもそれだけでは納得できないみたいでね」リーマスはそこまで一息で言ってしまうと、大きく息を吐いた。「ダンブルドアはそれを酷く嫌がったが、結局はそうするしかなくなった」

「そうするって?」

「吸魂鬼をホグワーツの警備につけるんだ」

 そのリーマスの言葉に、ルイスはぴたりと足を止めてしまった。すると、今度はリーマスがルイスの背中に手を回し、先を急がせる。

「本気で魔法省はそうするつもりなの? 子供たちの周りに吸魂鬼を放つって?」

「それに、おそらく汽車のなかにも吸魂鬼は現れるだろうと、ダンブルドアはそうお考えのようだ。汽車のなかにシリウス・ブラックが乗り込んでいたら大変だと、魔法省がそうもらしたらしくてね」

「汽車のなかに現れるって、いくら何でもそんな大胆なことはしないと思うけれど……」

「私もそう思う。それでも、念のためにね」

 それから、ルイスとリーマスはキングズ・クロス駅へ向かう道の途中にあった、マグルのスーパーマーケットでチョコレートを大量に買い込んだ。買い物用のかごのなかにチョコレートだけを異常なほど盛った、親子ほど年の離れたふたり連れを店員は相当おかしなものでも見るように凝視していたが、ルイスはあえてその眼差しに気づいていないふりをした。

「マグルの店でなくても、ダイアゴン横丁で買ってくればよかったのに」

「一応は買ってあったんだけどね。もっと必要になったら困るだろう?」

 キングズ・クロス駅の九と四分の三番線には、列車が出発する三十分ほど前に到着した。リーマスは久しぶりのホグワーツ特急を懐かしむ余裕すらないのか、ルイスの荷物を引っ張り上げるのを手伝い、満員の前の方のコンパートメントは避け、最後尾のコンパートメントに乗り込んだ。

 リーマスは窓際の席にほとんど倒れ込むようにして腰を下ろし、目を閉じた。ルイスはリーマスの荷物を頭の上にある荷物棚に乗せ、その顔を見下ろした。胸は呼吸を繰り返しているのを証明するように規則正しく上下運動を繰り返していたが、それを除けばまるで死人のようだ。

「脱狼薬って、そんなにひどいの?」

 隣に腰を下ろしながらルイスが訊ねると、リーマスはうっすらと目を開いてこちらを横目に見た。

「まあ、そうだね、それなりに酷い味だ」

「それもそうだけれど、副作用が」

「ご覧の通りだよ」

 リーマスはルイスの必死の説得で、ようやく少しだけ仮眠を取ることに納得してくれた。

「何かあったらすぐに起こすんだよ」

「分かっているから」

 ルイスが呆れたようにそう言うと、リーマスは苦笑いを浮かべてみせたあと、窓に寄り掛かってすぐに眠り込んでしまった。

 まだ若いはずなのに、鳶色の髪は白髪混じりで、目の下にはいつもくっきりと隈が浮いている。顔は痩せているというより、とてもやつれていた。

 授業中に倒れるなどということがなければいいけれど――ルイスはそう心配に思いながら、リーマスの顔にかかった髪を耳にかけてやった。

「あまり無理をしないでね」

 ルイスが独り言のようにそう漏らすと、リーマスは眉間にしわを寄せて小さく唸った。

 ホグワーツ特急の出発時間は迫っているようで、ホームは少しずつ騒がしくなりはじめていた。ハリーたちはもう到着しているのだろうか。ルイスはそのようなことをぼんやりと考えながら、昨夜夕食の席で交した会話を思い出していた。

「そうだ、ルイス、君に言っておかなければならないことがあるんだけど」

「ん? 何?」

 リーマスとは向かい合うように座っていたので、ルイスは両手を動かすのをやめて顔を上げた。しかし、ラウルはルイスの隣で夕食を食べ続けている。

「学校がはじまっても、私との関係――その、一緒に住んでいるとか、そういうことを誰にも言わないでほしいんだ。もちろん、ハリーたちにも」

 そう言ったリーマスの顔を、ルイスはきょとんとして見た。

「どうして?」

「ダンブルドアがそうした方がいいとお考えらしいからね」

 代わりに答えたラウルの態度がどこか刺々しく、ルイスは更に目を丸くする。前から少しだけ気になってはいたが、ラウルはダンブルドアの話をするとき、決まって少しだけ煩わしそうな表情を見せる。

「つまり、学校では他人のふりをしろということ?」

「そういうわけではない」

 リーマスは苦笑を浮かべ、少し困ったような顔をすると助けを求めるようにラウルを見た。

「僕は別に、ダンブルドアが言ったからといって、そうする必要はないと思うけどね。だけど、リーマスがそれでいいというなら、構わないと思うよ。ルイス、別に話してはいけないというわけじゃないんだ」

「セブルスと同じように振る舞えということ?」

 セブルス・スネイプの名前が食卓に突然飛び出したので、リーマスはぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「まあ、そんなところだね」

 ルイスは納得がいかなかったが、それでも嫌だと駄々をこねるわけにもいかず、首を縦に振るしかなかった。

 しかし、寝る前に少し考えてみた。それなりに自分を納得させるための答えは得られたが、その理由が理由なだけに、少し複雑だった。それは本当に、もしも、という完全なる推定でしかない。けれどそれは、ルイスをそのもしもに巻き込まないための境界線を引くもので、やはりあそこで駄々をこねていたとしても、仕方のないことだったのだ。

 ルイスがふと隣に座っているリーマスを見上げると、それと同時に窓の外の風景が少しずつ動きはじめるのが分かった。汽車が出発したのだ。

 もしここにハリーたちが現れたら、どうやってこの場にいることを説明しようと頭の隅の方で考えていると、本当にそのとき、コンパートメントの扉ががらりと開いて、昨日ぶりに見る顔が三つ現れた。

「ああ、ルイス! ここにいたのね!」

「どこのコンパートメントもいっぱいで、君がいてくれて本当に――」

 ぞろぞろと並んで入ってきた三人をルイスは苦々しく見上げ、あまりに大きな声を出すのでリーマスが起きてはしまわないかと心配をした。だが、幸いリーマスはぐっすり眠っているようで、身動きひとつしなかった。

「……ルイス、その人誰だい?」

 三人が空いている席に腰を下ろすと、ロンが不思議そうにリーマスを見た。

「R・J・ルーピン教授」

「どうして知っているんだ?」

「だってほら、ロン、見てご覧なさいよ。鞄に書いてあるわ」

 ルイスの隣に座ったハーマイオニーが、頭上の荷物棚を指差して言った。鞄の隅には、今朝ラウルとルイスが悪戯心で鞄と同じくらいくたびれた金文字で記した名前が見える。

「この人が一体何を教えるっていうんだよ」

 リーマスの青白い顔を見て、ロンは顔を顰めた。

「決まっているじゃないの。空いているのはひとつしかないでしょう? 闇の魔術に対する防衛術よ」

 ここ最近、ホグワーツは闇の魔術に対する防衛術の教授に恵まれていない。一年生のときのクィレルはヴォルデモート卿に寄生されていたし、二年生のときのギルデロイ・ロックハートは、ただのペテン師だった。しかも、ルイスたちの記憶を消そうとして忘却術を使ったが、ロンのぽっきりと折れた杖が呪文を逆噴射させ、自らの記憶を消し去ってしまった。

 ルイスたちは今年でホグワーツの三年目だったが、闇の魔術に対する防衛術の教授が変わるのも、今年で三回目だった。

「まあ、この人がちゃんと教えられるならいいけどね。でも、本当に闇の魔術に対する防衛術なんて教えられるのかな。強力な呪いをかけられたら、一発でまいっちまうように見えるよ」

 ロンが絶対に駄目だろうというような口調で言ったので、ルイスは思わずじろりと睨みつけてしまった。すると、ロンはなぜ睨まれたのか、その理由が分からないというように首を傾げたが、相当その顔が恐ろしかったのか、すぐに話を逸らした。

「ところで、何の話なんだい?」

 ロンがそう振ると、ハリーは突然神妙な顔つきになった。ルイスには「何の話」とは何の話だという感じだったが、口は挟まなかった。しかし、ハリーが話し出した内容にびっくりして、思わずリーマスを横目に窺ってしまう。大丈夫、リーマスは熟睡している。

 ルイスがラウルから聞いた話とあまり違いはなかった。ハリーはウィーズリー夫妻がそのことについて話しているのを立ち聞きしてしまったことと、汽車に乗る前にウィーズリー氏がハリーに言ったことを三人に話して聞かせた。

 ウィーズリー氏は汽車が出発する直前に、ハリーにこう言ったらしい。

 

 ――私に誓ってくれ、決してブラックを探したりしないと。

 

 ルイスにはこの言葉の意味がよく分かった。ハリーが真実を知れば、シリウス・ブラックを探し出そうとするに違いない。シリウス・ブラックはハリーの後見人であり、そして、ハリーの両親を裏切ったと言われている人間なのだから。

 ラウルはそれらの話を決して口止めしたりはしなかった。ラウルはいつだってそうだった。どんなに重要な話をしたって、決して口止めというものをしない。相手の良心にすべてを任せてしまうのだ。だが、そうでなくても、ルイスはハリーにこの話をするつもりはなかった。リーマスのことを誰にも話さないのと同じように、話す必要性というものを感じなかったのだ。

 半ば上の空だったルイスは、ハリーが話し終わっていたことにも気づいていなかった。向かい側でハリーの隣に座っているロンは愕然としていたし、隣に座っているハーマイオニーは、叫び声を上げてルーピン教授を起こしてしまわないようにと、両手で口に蓋をしている。

「シリウス・ブラックが脱獄したのは、あなたを狙うためですって? ああ、ハリー、本当に、本当に気を付けなきゃいけないわ。自分からわざわざトラブルに飛び込んでいったりしないでね。ね、ハリー、どうかお願いよ!」

「僕は自分から飛び込んでいったことなんて一度もないよ。いつもトラブルの方から飛び込んでくるんだ」

「ハリーを殺そうとしている狂人だぜ、自分からのこのこ会いに行く馬鹿がいるか?」

 ふたりとも、ほとんどハリーの予想したとおりの反応を見せたことだろう。けれど、ルイスだけは何ともなさそうな顔をしているように見えたらしく、不思議そうにこちらを見ている。そして何かを言い掛けたが、それもロンに遮られた。

「ブラックがどうやってアズカバンから逃げたのか、それは誰にも分からない。これまで脱獄した者は誰もいないんだよ。しかも、ブラックは一番厳しい監視を受けていたんだ」

 ロンはシリウス・ブラックがハリーを狙っていると知って、とてもではないが落ち着いていられないようだった。

「だけど、また捕まるでしょう?」ハーマイオニーの言葉には、期待と願望が溢れるほどたくさん込められている。「だって、マグルまで総動員でブラックを追跡しているし」

「ねえ、何か音がしない?」

 ルイスがどうにかしてシリウス・ブラックから話を逸らそうと適当な話題を探していると、突然聞き慣れない音が耳に飛び込んできた。小さく口笛を吹くような音が、微かに聞こえてくる。

「ハリー、君のトランクから聞こえるみたいだよ」

 ロンは立ち上がって荷物棚に手を伸ばし、あさりはじめた。程なくしてハリーのローブのなかから何かを取り出してみせる。それは、ロンの手の上で激しく回転を繰り返し、ぎらぎらと眩しいほど輝いていた。

「それ、スニーコスコープ?」

 携帯かくれん防止器に興味津々のハーマイオニーは、もっとよく見ようと腰を上げた。

「うん、だけどきっと安物だよ。エロールの脚にハリーへの手紙を括り付けようとしたら、物凄く回っていたし」

「そのとき何か怪しげなことをしていなかった?」

「してないよ! まあ、でも、エロールを使っちゃいけなかったんだ。あのじいさん、長旅には向かないしね。だけど、ハリーにプレゼントを届けるのに、他にどうすりゃよかったんだ?」

「それを早くしまってよ!」スニーコスコープが耳をつんざくような音をたてはじめたので、ルイスは隣で眠っているリーマスを気にしながら小さく叫んでいた。「このヒトが目を覚ましてしまう」

 ロンはそれをまたハリーのローブにくるんでトランクのなかに押し込み、蓋を閉めた。

「ホグズミードでそれをチェックしてもらえるかもしれない」ロンがハリーの隣に再度腰を落ち着かせると言った。「ダービシュ・アンド・バングズの店で、魔法の機械とかいろいろ売っているって、フレッドとジョージが教えてくれたのさ」

「ホグズミードのことをよく知っているの? イギリスで唯一マグルの存在しない村だって本で読んだけど」

 ハーマイオニーは目をきらきらと輝かせて、ロンの話に食いついた。しかし、ロンはそんなことに関心などなさそうに、ちょっと眉間に皺を寄せた。

「ああ、そうだと思う。僕、だからそこに行きたいってわけじゃないよ。ハニーデュークスの店に行ってみたいだけさ」

「それって、何?」

「お菓子屋だよ。ホグズミードなら、ラウルに何度か連れていってもらったことがあるから、あたしも少しだったら知っているけれど」

「それ本当? だったら、ハニーデュークスの店にも行ったことあるよね? どうだった? なーんでもあるって、フレッドとジョージが言っていたけど」

「別にダイアゴン横丁とあまり変わらないと思うけれど。まあ、カフェとかハニーデュークスはそれなりに――」

 ルイスはそこまで言って、向かい側に座っているハリーの表情が優れないことに気づいた。

「でも、ホグズミードってとても面白いところなんでしょう? 魔法の史跡を読むと、そこの旅籠は一六一二年に小鬼の反乱で本部になったところだし、叫びの屋敷はイギリスで一番恐ろしい呪われた幽霊屋敷だって書いてあるわ」

 ルイスは叫びの屋敷という言葉にびくりと反応を示した。以前、ラウルに連れられてホグズミードへ行ったときに、一緒に見に行ったことがある。外装は確かに恐ろしかったが、実際に呪われているわけではない。

 満月の夜になると、叫び声が聞こえることから叫びの屋敷と呼ばれるようになったが、それはその屋敷が呪われているわけでは決してなかった。ホグワーツへ通っているときのラウルとリーマスが、満月の夜になるとそこに連れていかれていた。獲物にする人間がいない代わりに自分の身体を掻き毟り、その痛みに悶えてあげる叫び声を聞いて、みんなが勝手に噂を広めただけなのだ。

「ちょっと学校を離れて、ホグズミードを探険するのも素敵じゃない?」

 ハーマイオニーがそうハリーに話を振ると、ハリーは自嘲的に笑った。

「だろうね。見てきたら僕に洗いざらい教えてくれないと」

「それ、どういうこと?」

 ロンが慌てた様子で聞いた。

「僕は行けないんだ。おじさんが許可証にサインしなかったし、大臣もサインしてくれなかった」

「許可してもらえないって? そりゃないぜ、マクゴナガルか誰かが許可してくれるよ」

 ハリーは微かな希望を抱いたように力なく笑ったが、ルイスはマクゴナガル先生が許可証にサインのない生徒に対し、ホグズミードへ行くことを許可してくれるとは思えなかった。

「それが駄目なら、フレッドとジョージに聞けばいい。あのふたりなら、城から抜け出す秘密の道を全部知っているよ」

「ロン!」ハーマイオニーは咎めるように厳しい声で言った。「ブラックは捕まっていないのよ。ハリーは学校からこっそり抜け出すべきじゃないわ」

「そうだ。僕が許可してくださいってお願いしたとしても、マクゴナガル先生はそう言うだろうな」

「だけど、僕たちがハリーと一緒にいれば、ブラックはまさか――」

 ようやくシリウス・ブラックから話題が逸れたと思っていたのに、また逆戻りだ。ルイスはもう一度こっそりリーマスを見た。

「馬鹿なことを言わないで。周りに誰がいたって関係ないわ。ブラックは道の真ん中であんなに大勢の人たちを殺したのよ。私たちがハリーの側にいればブラックが尻込みすると、本気でそう思ってるの?」

 ハーマイオニーはそう言うと、クルックシャンクスの入ったかごの止め具を外そうとした。

「おい、そいつを出すなよ!」

 すると、それを見たロンが慌てたように叫んだが、一歩遅かった。クルックシャンクスがひらりとかごを飛び出し、ロンの膝の上に飛び乗ったのだ。ロンのポケットにはネズミのスキャバーズが入っているのだろう。その部分がぶるぶると震えている。そのことに怒ったロンは、膝の上のクルックシャンクスを乱暴に払い除けた。

「退けよ!」

「ロン、やめて!」

 今度は怒りがハーマイオニーに伝染した。

「二人ともいい加減にして。静かにしていてよ」

 ルイスがリーマスに気を遣って小声でそう言うのと、リーマスがもぞもぞと身じろぎをしたのは同時だった。しかし、リーマスは頭を少し動かしただけで、目を覚ましはしなかった。

 ダンブルドアやリーマスが心配していたことは、まだ起こっていない。ホグワーツ特急は順調に北へと進み、外では黒雲が段々と厚くたれ込め、暗く荒涼とした風景が広がっていった。コンパートメントの外では、生徒たちが走り回っていてとても騒がしい。

 一時になると、車内販売のおばさんが食べ物を山ほど積んだカートを押して、コンパートメントのドアを開けた。

「この人を起こすべきかな。何か食べたほうがいいみたいに見えるけど」

 ロンがそう戸惑いながら言ったので、ルイスは慌てて首を振った。

「起こさないで」この言い方はまずいと思い、曖昧に笑う。「起こさないほうがいい。起きて何か食べたくなったら、そのときは自分で買いに行けばいいでしょう?」

 それでも、ハーマイオニーがまだリーマスを起こそうかどうかを迷っていたので、ルイスは飲み物を受け取ると、すぐにリーマスの隣に戻った。

「この人、眠っているんだよね?」魔女のおばさんがコンパートメントを出ていくと、ロンが口を開いた。「つまり、その、死んでないよね?」

「息はしているったら」

 ルイスはぶすっとしてロンに言い返した。さっきから何を苛々しているんだと、ロンがぶつぶつ漏らしている。ルイスは聞こえない振りをして自分のトランクのなかを引っ掻き回すと、家の地下からもってきた本を取り出し、読みはじめた。これ以上三人がリーマスのことをとやかく言い続けたら、いつか本当のことを話してしまうかもしれない。それなら本を読んで大人しくしていた方がいい。

 しかし、ルイスが本に没頭し、外の天気がより一層悪くなってきた頃、またコンパートメントの扉ががらりと開いた。ルイスがドアの方を見ると、そこには色白を通り越した青白い顔のドラコ・マルフォイと、その腰巾着であるクラッブとゴイルが立っていた。

「へえ、誰かと思えば」

 ルイスは言い争うことすら面倒に感じ、本に目を戻した。

「ポッター、ポッティーのいかれポンチと、ウィーズリー、ウィーゼルのコソコソ君じゃないか!」ドラコが小馬鹿にしたようにそう言うと、ふたりの腰巾着はげらげらと馬鹿笑いをする。「ウィーズリー、君の父親がこの夏やっと小金を手にしたって聞いたよ。母親はショックで死ななかったかい?」

「ロン」

 ドラコがロンの母親を侮辱した瞬間に立ち上がる気配を感じて、ルイスは静かにその名を呼んだ。コンパートメント内に凛とした声が響く。しかし、ルイスは本に目を落としたままだった。

「ルーピン先生が起きるから、静かにして」

「先生?」

「新しい先生みたい」

 ルイスは相変わらず本に目を落としたままだったが、その態度が気に入らなかったのか、それとも新しい先生がここにいることに対してか、ドラコは舌打ちをするとコンパートメントから姿を消した。

「今度はマルフォイにごちゃごちゃ言わせないぞ。僕は本気だ。家族の悪口を一言でも言ってみろ。首根っ子を捕まえて、こうやって――」

 ロンが乱暴に振り回した拳が、リーマスの髪を擦った。しかし、それでもリーマスは眠り続けている。

 汽車は更にホグワーツへと近づき、雨が激しさを増していった。灰色に近かった空が真っ黒に変わり、通路にはランプが灯る。暗やみに包まれると、ほんの小さな音でも大きく響くもので、風の音すら雷のように激しく辺りを駆け回っているようだった。

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