ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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The Dementor

「そろそろ着く頃だ」

 ロンが身を乗り出して、リーマスの身体越しに真っ暗で何も見えない窓の外を覗き込んだ。すると、ロンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、汽車は急に速度を落としはじめた。だが、おかしいとルイスは思う。まだホグワーツまでは距離があるはずだ。

「いいぞ、いいぞ。腹ペコだ。宴会が待ち遠しいよ」

「ねえ、待って。まだ着かないはずよ」

 そう言うハーマイオニーの時計をルイスも覗き込み、読んでいた本を閉じた。

「じゃあ、何で止まるんだ?」

 汽車はますます速度を落としていく。ルイスは自分の本をトランクのなかにしまうと、代わりに杖を取り出した。それをポケットのなかに入れて振り返ると、ドアの一番近くにいたハリーが立ち上がって、通路の様子を窺っているのが見える。次の瞬間には、汽車が大きく揺れながら止まり、どこかで荷物棚から荷物が落下する音が聞こえた。そして、何の前触れもなく灯りが一斉に消え、辺りが一瞬にして真っ暗闇になった。

「一体何が起こったんだ?」

「痛いわ、ロン! 私の足を踏まないで!」

「ハリー、こっち」

 ルイスは暗闇のなか、入り口のところに立っているであろうハリーに手を差し出し、椅子に座らせた。

「故障かな」

「たぶん違うと思う」

 ルイスが小さく呟いた声は、どうやら誰にも聞こえなかったようだ。暗闇に目が慣れてくると、ロンが窓の外を覗いているのが見えた。

「何かがあっちのほうで動いているよ。誰かが乗り込んでくるみたいだ」

 ロンの言葉にルイスははっとした。椅子から立ち上がると、ロンの隣から窓の外を見る。まさか、本当に来たというのだろうか。確かに向こうの暗闇のなかで、何かが怪しく動いている。

 コンパートメントの扉が開き、また誰かが入ってきたようだ。

「ごめんね! ねえ、どうなったか分かる? ああ、ごめん! ごめんね――」

「やあ、ネビル」

「ハリー? 君なの? ねえ、何がどうなっているの?」

「分からない。ほら、ネビル。ここに座りなよ」

「私、運転手のところに行って何事なのか聞いてくるわ」

 なんて騒がしいんだと思いながら、ルイスは手を伸ばしてハーマイオニーの服を後ろから掴んだ。今出ていかれたらまずいことになるかもしれない。しかし、その前にまたドアの開く音が聞こえて、何かが正面衝突する音が聞こえてきた。

 ルイスはハーマイオニーから手を離すと、その騒がしさに乗じてリーマスを揺さ振った。

「リーマス。リーマス、ねえ、起きて――」

 だが、いくら揺さ振って名前を呼びかけても、リーマスは一向に起きる気配を感じさせない。

「リーマス。ねえ、起きてったら」

 今度は少し大きな声で呼んでみると、確かに反応があった。だらんと下がっていた手が反射的にルイスの腕を掴む。周りは相変わらず騒がしかったが、リーマスは素早い動きで起き上がると、ローブのポケットに手を入れた。

「静かに」

 リーマスが今まで眠っていたせいでしわがれている声でそう言うと、コンパートメント内は一瞬にして静まり返った。そして、柔らかなかちりという音のあと、灯りが揺らめいてコンパートメント内を照らした。リーマスは手の平に炎を乗せ、青白い顔を浮かび上がらせている。

「みんな、動かないで」

 リーマスがそう言うのとほぼ同時に、ルイスは身体が何か生暖かいものに包まれているような感じを覚えた。そして、それと同時に耳飾りが淡く発光しはじめる。びっくりして耳を覆ったが、リーマスは気にする様子もなくルイスの肩に手を置いて椅子に座らせると、手の平の灯りを前に突き出した。

 リーマスがそこへ辿り着く前に、暗がりの中でドアがゆっくりと開いた。

 リーマスの手にした灯りで照らし出され、入り口に現れたのは、マントを着た天井までも届きそうな黒い影だった。顔はすっぽり頭巾で覆われている。ルイスがその姿を目で捕らえると、耳飾りは余計に赤く発光した。

 これは紛れもなく吸魂鬼だとルイスは思った。初めて見る、本物の吸魂鬼だ。魔法省は何ということをしたのだろう。まさか、本当に吸魂鬼を汽車のなかにまで送り込んでくるなど、正気の沙汰ではない。

 吸魂鬼ががらがらと奇妙な音をたてながら、ゆっくりと、長く息を吸い込んだ。まるで、その周囲から、空気以外の何かを吸い込もうとしているようだ。ぞっとした寒気が全員を襲った。だが、なぜかルイスだけは恐怖というものをたいして感じることがなかった。耳飾りが赤く、そして淡く輝き続けている。きっと、この耳飾りのおかげだとルイスがそう思っていると、入り口に一番近い場所に座っているハリーが、暗闇のなかで崩れるように倒れていくのが視界に入った。

 ルイスは急いで立ち上がり、ハリーが床に倒れる前にその身体を抱き留めた。

「ハリー! ハリー、しっかりして!」

 ハリーは床に座り込んでいるルイスの腕のなかで、まるで引き付けを起こしたかのように、痙攣をしはじめた。リーマスがふたりを飛び越えるように跨ぎ越し、杖を突きつけて吸魂鬼に向き合う。

「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者は誰もいない。今すぐに立ち去れ」

 けれど、吸魂鬼は動かない。ルイスもポケットに入れた杖に手を伸ばしかけたが、リーマスがぶつぶつと呪文を呟くのを聞いて、その手を引っ込めた。構えた杖先からは銀色の何かが飛び出して、それを受けた吸魂鬼が退散していく様子をルイスは横目に見ていた。そして、吸魂鬼が遠退いていくと同時に、耳飾りの発光は納まっていった。

 リーマスは暫らくその場に立って通路の様子を窺っていたが、ルイスがハリーの名を呼ぶ声で我に返り、こちらを振り返る。

「ハリー、起きて」

 ルイスは膝の上でハリーの身体を支えたまま、ぱちぱちとその頬を叩いた。周りにはコンパートメント内にいた全員が集まり、ハリーの顔を心配そうに覗き込んでいる。

 ランプが灯り、ホグワーツ特急がまた動きはじめても、ハリーはなかなか目を覚まさなかった。ロンとハーマイオニーがルイスとハリーの傍らにしゃがみ込み、その後ろではネビル、ジニーが心配そうに見下ろしていた。

「ここは任せてもいいかい?」

 リーマスが少し腰を屈め、耳元でそう囁いた。ルイスはハリーの頭を自分の膝の上にゆっくりと乗せて、リーマスを見上げる。

「私は少し他の生徒の様子を見てこよう」

 そう言うリーマスにルイスはこくりと頷き、コンパートメントを出ていくリーマスの背中を見送った。

 リーマスが出ていって暫くが経っても、ハリーはやはり目を覚まさない。肩を揺すっても、耳元で何度呼びかけても、身じろぎひとつしない。

「ハリー、起きて――起きなさい、ハリー!」

 ルイスは今度、少しだけ力を込めてハリーの頬を叩いてみた。すると、ハリーは唸り声をあげてうっすらと目を開いた。蒼白な顔には冷や汗が浮かんでいたが、目を覚ましたことにほっと安堵すると、ロンの手を借りてハリーを席に戻した。

「大丈夫かい?」

 ロンがそう恐々と聞く横を通って、ルイスはコンパートメントのドアの方に向かう。どこへ行くのだと心配そうに問いかけてくるハーマイオニーを振り返り、ルイスは少しだけ微笑んだ。

「ルーピン先生に知らせてくる。ハリーが目を覚ましたって」

 しかし、それほど遠くまで出向かなくとも、ルイスはコンパートメントを出てドアを閉めたところでリーマスと鉢合わせをした。リーマスは少し不思議そうな顔をしてルイスを見る。

「どうかしたかい?」

「ううん、ハリーが目を覚ましたら、知らせに行こうかと思っていたの」

「そうか。ありがとう――さあ、中に入って」

 ルイスがリーマスに背を押されてコンパートメントに戻ると、そのなかの視線を一気に感じた。みんなそれぞれ顔色が悪く、不安そうな面持ちをしている。ルイスはまた少しだけ微笑んで、ハリーを見た。その後ろをリーマスが歩いていき、自分の鞄を手に取るとなかをぐるぐると漁り出す。

「ハリー、大丈夫?」

 するとハリーは頷くわけでもなく、首を横に振るわけでもなく、微妙な角度で頭を揺らした。まるで放心状態で、未だ額には冷や汗が次々と浮き上がっていた。

 ルイスがハリーの様子を心配に思いながら席に戻ると、がさごそと鞄のなかを漁っていたリーマスが、やっとのことでチョコレートを引っ張り出し、それを割って特別大きな一切れをハリーに差し出した。

「さあ、食べなさい。気分がよくなるよ」

 残りのチョコレートを適当に割ると、リーマスはみんなに配っていく。最後の一切れをルイスの手に渡しながら少し心配そうにこちらを見てきたので、ルイスは安心させるように笑ってみせた。

「あれは何だったんですか?」

 ハリーは手に持ったチョコレートを食べず、顔を上げてリーマスにそう訊ねた。

「ディメンターだよ。アズカバンにいる吸魂鬼のひとりだ」

 みんなが一斉にリーマスを見つめた。リーマスは空になったチョコレートの包みをクシャクシャと丸め、ポケットに入れる。

「食べなさい。元気になる。私は運転手と話してこなければ。失礼するよ」

 ルイスはコンパートメントを出ていくリーマスの背中を目で追いながら、手に持っていたチョコレートを口のなかに放り込んだ。自分自身はそれほど吸魂鬼のダメージを受けていないと思っていたが、しかし、チョコレートを食べると体中が芯から暖まっていくのを感じた。

「ハリー、本当に大丈夫?」

 ハーマイオニーが心底心配そうにハリーを見た。ハリーの額には、まだ冷や汗が流れていた。

「僕、わけが分からない。何があったの?」

「吸魂鬼があそこに立って、ぐるりと見回したの……っていうか、そう思っただけね。だって、顔が見えなかったんだもの。そしたらあなたが、あなたが――」

「僕、君が引き付けか何かを起こしたのかと思った」ハーマイオニーの代わりにロンが言ったが、そう言うロンからもまだ、恐怖が抜け切っていないように見える。「君、何だか硬直して、座席から落ちたんだけど、床に頭をぶつける前にルイスが君を抱き留めて、そしたら痙攣をしはじめた」

「ルーピン先生があなたとルイスを跨いで、吸魂鬼の方に歩いていったわ。それで、杖を取り出したの。そして、こう言ったわ。シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者は誰もいない。今すぐに立ち去れって。でも、あいつは動かなかった。そうしたら先生が何かの呪文を唱えて、吸魂鬼に向かって魔法を放ったの。何か銀色のものが杖から飛び出して、あいつは背を向けていなくなったわ」

「本当に怖かったよね……?」ネビルの声はいつもより上ずっていた。「あいつがここに入ってきたとき、どんなに寒かったか。みんな感じたよね?」

「僕、妙な気持ちになった。もう一生楽しい気分になれないんじゃないかって」

 ジニーはハリーと同じくらい気分が悪そうだった。隅の方で膝を抱え、啜り泣いている。ハーマイオニーが傍に寄っていって、慰めるようにジニーを抱き締めた。

 しばらくするとリーマスがコンパートメントに戻ってきた。リーマスは入ってくるなり少しだけ立ち止まって全員を見回し、ルイス以外誰もチョコレートを食べていないのを目の当たりにして、ふっと優しく笑った。

「おやおや、チョコレートに毒なんか入れていないよ」すると、全員揃って自分がチョコレートを持っていたのだという事実にたった今気づいたような顔をして、慌てて口に運んだ。「あと十分ほどでホグズミード駅に着くそうだ。ハリー、大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、よかった」

 ハリーはなぜか下を向いて、呟くようにそう言った。

 到着するまで、全員口数が少なかった。汽車がやっとホグズミード駅に到着すると、荷物を置いたまま身ひとつで汽車を下りる。全員が汽車を下りるだけでもひと騒動で、ルイスはいつの間にかハリーたちとはぐれてしまっていた。

「ルイス」

 呼ばれて振り返ると、そこにはリーマスが心配そうな顔で立っていた。しかし、周りを気にしているのか、ちらちらと辺りを窺いながらこそこそと話し掛けてくる。

「大丈夫だったかい?」

「うん。よく分からないけれど、耳飾りが何かをしてくれたみたいで」

 耳飾りがあのように発光するのは、はじめてのことだった。吸魂鬼が近づいてくると光りはじめ、遠退くと光りはなくなってしまった。あれは吸魂鬼に何か関係があったのだろうか。

 ふたりは人の波に流されながら、馬車が並んでいるところまでやってきた。そこまで来て、ルイスはまたぞっとした。そこには、たくさんのセストラルがいた。ホグワーツの馬車を引っ張っているのはセストラルなのだから仕方ないが、この生物は死を見たことがある者にしか見えない生物で、おそらくここにいるほとんどの生徒には、見えていないだろう。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーが前の馬車に乗り込んでいるのを見つけて、ルイスはリーマスと一緒にその次の馬車に乗り込んだ。扉を閉めると馬車は走りだし、隊列を組みながら進んでいく。

 ルイスとリーマス、そして見たことのないレイブンクローの生徒たちを乗せた馬車は、壮大なホグワーツ校の門を通り抜けた。外を眺めていると、吸魂鬼がふたり、門の両脇に立って警護しているのが見え、思わず顔を顰める。

「まさか、学校のなかにまで吸魂鬼が入ってくるわけではないでしょう?」

 ルイスが囁くような小声でそう問うと、向かい側に座ったレイブンクローの生徒を気にしながら、リーマスも小声で答えた。

「それは大丈夫だ。ダンブルドア先生がお許しにならなかったからね」

 馬車が学校の前に到着し、ルイスが降りていくと、目の前ではハリーとドラコが向かい合って立っていた。またかと思いうんざりしていると、後ろから出てきたリーマスがそれを見るなりわけ知り顔で苦笑を浮かべ、ふたりに声をかける。

「どうしたんだい?」

 それは場違いなほど穏やかな声だった。ドラコは横柄な眼差しでリーマスをじろじろと見る。継ぎ接ぎのローブとぼろぼろの鞄を気が済むまで眺め回した。

「いいえ、何も。ええと、先生?」

 ドラコが皮肉まじりにそう言っても、リーマスはまるで気にしていない様子だった。それどころか、ドラコに向かってにっこりと微笑みかけてさえいる。ドラコはそれが気に入らないとでもいうように、クラッブとゴイルを引き連れて、さっさと正面玄関に向かって歩き出した。

 ルイスとリーマスは一瞬目配せをし合うと、まるで何事もなかったかのように別々に歩きだした。ルイスは三人に駆け寄り、並んで城への石段を上った。正面玄関の巨大な樫の扉を通り、広々とした玄関ホールに足を踏み入れる。松明に明々と照らし出され、上に通じる壮大な大理石の階段が見えた。右手には大広間への扉が開いている。四人は人の流れに逆らわずそのなかに入り、天井を見上げた。今日の魔法の空は、雲の多い真っ暗な空だった。

「ポッター! グレンジャー! ふたりとも私のところへおいでなさい!」

 ルイスは自分のことでもないのにびくりとして後ろを振り返った。グリフィンドールの寮監であり、変身術の教授でもあるマクゴナガル先生が、生徒たちの頭越しにハリーとハーマイオニーを呼んでいるのだ。

 マクゴナガル先生はとても厳格な先生として有名だった。スリザリンの寮監は自寮の贔屓ばかりをしているが、マクゴナガル先生は決してグリフィンドールだけを贔屓してくれることはない。

「そんな心配そうな顔をしなくてよろしい、少しだけ私の事務室で話があるだけです」

 先生はふたりに向かってそう言うと、今度はルイスとロンのほうを見た。

「ふたりはみんなと一緒に行きなさい。ああ、それからジュリアード、歓迎会が終わったらスネイプ先生の研究室へお行きなさい」

 新学期早々セブルス・スネイプの名を聞いたハリーとハーマイオニーは、ルイスを哀れそうに見ながらマクゴナガル先生について大理石の階段を上っていった。

 ルイスとロンは並んでテーブルに座り、不思議そうに顔を見合わせた。向かい側には双子のフレッドとジョージ・ウィーズリーが腰を下ろしている。

「あのふたり、どうして呼び出されたのかな」

「さあね。あたしたち、まだ何もしていないはずだけれど」

 ルイスが悪戯っぽく言って笑うと、ロンもつられてにやりとほくそ笑んだ。しかし、本当にふたりはなぜ呼び出しを受けたのだろう。ハリーとロンならば分かるが、ハーマイオニーが呼び出されるとなると、ただごとではないような気がする。

「だけど、君もだろう? スネイプに呼び出されるなんて、なんていうか、ご愁傷様としか言いようがないよ」

「大丈夫、それにはちゃんと心当たりがあるから」

 ロンが振ってきた話を適当にかわして、ルイスはぞろぞろと大広間に入ってきた一年生の集団に目を向けた。いつもならば組み分けの儀式を執り行うのはマクゴナガル先生の役目だったが、今日はその役目をフリットウィック先生が代行していた。

 ルイスは組み分けの儀式をぼんやりと見ていたが、何となく教職員席の方に視線を向けた。ダンブルドアを中心にして、左右に先生方が座っている。リーマスの姿を見つけるとちょうど目が合ったので、意識せずともにっこりと微笑んだ。だが、次の瞬間にはちくちくと刺すような視線を感じて、その視線の出元を探した。案の定、セブルスがこちらを睨むように見ていたので、ルイスは慌てて視線を逸らした。

 間もなくすると組み分けの儀式が終わり、それと同時にハリーとハーマイオニーがグリフィンドールのテーブルに身を低くしてやってきた。ふたりが大広間の後ろの方を通ると、何人かの生徒がハリーを指差して何かを囁き合っている。どうやら、吸魂鬼の前でハリーが倒れたという噂は、相当広まっているらしい。

 ルイスはふたり分席を取っていたので、隣にはハリーが、そしてその隣にハーマイオニーが滑るように腰を下ろした。ロンがルイスの前に身体を乗り出し、ハリーに声をかけた。

「マクゴナガルの話って何だったんだ?」

 それを聞いたハリーは、ルイスとロンに説明をしようと口を開きかけたが、ダンブルドアが挨拶をするために立ち上がったので、中断せざるを得なくなった。

「おめでとう!」

 ダンブルドアは青い目をきらきらと輝かせ、そう言った。

 ルイスは夏休みに一度、ダンブルドアに会っている。リーマスにお客さまだと聞いていたが、まさかダンブルドアが来るとは思ってもいなかった。そのときはアニメーガスの姿をとっていたので、とても気が気ではなかったことを思い出す。ダンブルドアの姿を見るのはそれ以来だったが、いつ見ても飄々としていた。

「新学期おめでとう! 皆にいくつかお知らせがある。ひとつはとても深刻な問題じゃから、皆がご馳走でぼうっとなる前に片付けてしまうほうがよかろう」ダンブルドアは小さく咳払いをして、話を続けた。「ホグワーツ特急での調査があったから皆も知っての通り、我が校は今現在、アズカバンの看守である吸魂鬼、つまりはディメンターたちを受け入れておる。魔法省の達しでここに来ておるのじゃ」

 魔法省の達しとは、間違いなくシリウス・ブラック関連のことだろう。つまり、ここに吸魂鬼がいる最大の理由は、隣に座っているハリーにあるのだとルイスは思った。魔法省はシリウス・ブラックがハリーを殺そうとしているのだと、そう思っている。その証拠に、シリウス・ブラックはアズカバンの監獄の中で、あいつはホグワーツにいる、とうわごとのように呟いていた。

「吸魂鬼たちは学校の入り口という入り口を固めておる。あの者たちがここにいるかぎり、これだけははっきり言うておくが、誰ひとりとして許可なしで学校を離れてはならんぞ。吸魂鬼は悪戯や変装に引っ掛かるような者たちではない。たとえ恐怖を和らげる作用をもつ特別な何かを身につけていたとしても、それだけでは無意味じゃ。透明マントでさえ、吸魂鬼の前では何の意味も持たぬ」

 ダンブルドアはそう言うと、グリフィンドールのテーブルを一瞥した。ハリーとロンが目を合わせているが、他の生徒たちには何のことなのかさっぱり分からないだろう。恐怖を和らげる作用をもつ特別な何かとは、ジュリアードの耳飾りのことに違いない。ルイスはこの耳飾りのおかげで、吸魂鬼の前でも恐怖を感じることはなかったが、それはただ単に恐怖を感じないだけであって、吸魂鬼の持つ特別な能力をかわすことは出来ないのだろう。透明マントは勿論、ハリーのことを言っている。

「言い訳やお願いを聞いてもらおうとしても、吸魂鬼には無理な相談じゃ。じゃから、ひとりひとりに十分注意しておくぞ。あの者たちが皆に危害をくわえるような口実を与えるでない。監督生よ、男子、女子それぞれの新任の首席よ、しっかりと下級生たちの面倒を見るのじゃ。誰ひとりとして、吸魂鬼といざこざを起こすことのないよう気を付けるように」

 やはりダンブルドアは、なぜ魔法省がホグワーツに吸魂鬼の警護をつけたがったのか、その理由については一言も触れなかった。しかし、生徒たちはそれなりに感づいてはいるだろう、シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄したからだと。だが、そればかりが理由ではない。

「さて、重苦しい話はこれまでとして、楽しい話に移ろうかのう」

 静まり返った大広間には、ダンブルドアの声しか響いていない。ダンブルドアが話をしている間は、口を挟む者など誰もいないのだ。それがホグワーツの暗黙の了解となっている。

「今学期から嬉しいことに、新任の先生をふたりお迎えすることになった。まずは、ルーピン先生じゃ。ありがたいことに、空席になっている闇の魔術に対する防衛術の担当をお引き受けくださった」

 ぱらぱらとあまり気のない拍手が起こった。しかし、ルイスは精一杯誠意を込めて手が痒くなるほど叩いたし、リーマスと一緒のコンパートメントに乗っていたハリーやロン、ハーマイオニーたちも、大きな拍手を送っていた。リーマスは、他の一張羅を着込んだ先生のなかでは一層みすぼらしく見えたが、そのようなことは気にする必要のないことだ。

「おい、スネイプを見てみろよ」

 ロンが苦々しい顔をして言った。セブルスは教職員のテーブルの向こう側で、リーマスを物凄い形相で睨み付けていた。

 セブルスが闇の魔術に対する防衛術の席を狙っているということは、周知の事実だ。けれど、去年のロックハートにさえ見せなかったような、まるで憎しみが溢れんばかりに込められた視線をリーマスに送っている。それは、セブルスの大嫌いなハリーを見るときにお馴染みとなっている眼差しそのものだ。セブルスと、リーマスやハリーの父親たちは犬猿の仲だったとラウルから聞いていたが、それだけでは済まされない何かが、セブルスの視線からは感じられていた。

「そしてもうひとり、魔法生物飼育学の先生じゃったケルトバーン先生じゃが、残念ながら前年度をもって退職なさることになった。手足が一本でも残っているうちに余生を楽しまれたいとのことじゃ。それで後任じゃが、嬉しいことに、他ならぬルビウス・ハグリッドが、現職の森番役にくわえて教鞭を取って下さることになった」

 ルイスたち四人は、驚いて顔を見合わせた。溢れんばかりのグリフィンドールからの拍手に、四人も慌てて便乗した。ハグリッドは照れたように顔を真っ赤にして、自分の巨大な手を見つめていたが、顔を覆っているもじゃもじゃの髭に綻んだ顔が隠れてしまっていた。

「そうだったのか! 噛み付く本を教科書に指定するなんて、ハグリッド以外にいないよな?」

 ロンがそう言うのを聞いて、ルイスは苦笑しながら最後まで拍手を送っていた。ダンブルドアがまた話しはじめたとき、ハグリッドがテーブルクロスで涙を拭っているのが見えた。先生になれたことが、とても嬉しいようだった。

「これで大切な話は終わりじゃ。さあ、宴をはじめよう!」

 目の前にある金の皿や杯に、食べ物が一瞬にして現れた。ルイスは空腹を満たすために食べ物を少しずつ取り分け、ナイフとフォークを器用に動かしながら食事をはじめる。

 ハリーたちと、食事が終わったらハグリッドのところへ行っておめでとうを言おうと話をしていると、向かい側から視線を感じて、思わず顔を上げた。そこに座っていたフレッドとジョージがルイスの顔をじっと見ていて、目を丸くしてしまう。

「何? どうしたの? あたしの顔に何かついている?」

 ルイスは自分の口の周りに何かついているのかと思い、口の周りをナプキンで拭ったが、何もついてはいないようだ。

「あ、いや、今日は何か」

「いつもと少し雰囲気が違うような気がして」

「雰囲気?」

 ルイスがきょとんとして首を傾げると、ふたりは不自然に視線を宙に泳がせた。ハリーとロンも、そう言われてみれば、と呟きながらこちらを観察するように見つめてくる。ルイスが慌ててハーマイオニーを見ると、何でもないような顔をして言った。

「髪を結い上げているからよ。違う?」

 すると、フレッドとジョージは大げさにぽんっと手を叩いてみせ、それからにっと笑った。

「そうか、それか! ああ、すっきりした」

「それ、良く似合ってるよ」

 ふたりの言葉にルイスは一瞬唖然としたが、それがたとえお世辞だったとしても嬉しかったので、にっこりと微笑んでありがとうと礼を言った。

 ルイスはデザートの前にお腹が一杯になってしまったので、目の前のかぼちゃタルトが消えてしまうまで、のんびりと紅茶を飲んで過ごしていた。ダンブルドアが就寝時間だと告げると、ようやくハグリッドと話すチャンスが巡ってきた。

「おめでとう、ハグリッド!」

 四人が教職員席に駆け寄り、ハーマイオニーが黄色い声を上げた。

「みんな、お前さんたち四人のおかげだ」涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をナプキンで拭いながら、ハグリッドが四人を見た。「信じらんねえ、お偉いお方だよ、ダンブルドアは。ケルトバーン先生がもうたくさんだって言いなすってから、まーっすぐ俺の小屋にきなさった。こいつは俺がやりたくてたまんなかったことなんだ」

 感極まって、ついにハグリッドが大声をあげて泣きはじめてしまったので、隣に座っていたマクゴナガル先生が四人にあっちへ行きなさいと合図を送った。けれど、最後に思い出したようにこう付け加える。

「ジュリアード、忘れずスネイプ先生の研究室へ行くのですよ」

 それを聞いたルイス以外の三人は、苦虫を噛み潰したような顔で哀れそうにこちらを見た。教職員席には、もうセブルスの姿はなかった。リーマスはダンブルドアと何かを話している。おやすみくらい言いたかったが、新任の先生に自分がおやすみを言うのもおかしいと思い、ルイスは三人と一緒に大広間を出た。

「君、どうしてスネイプの研究室になんか呼ばれるんだい?」

 隣でロンがしつこく聞いてくるが、ルイスは聞こえないふりをしてパーシーの姿を探していた。

「ああ、パーシー。新しい合い言葉を教えてくれる? スネイプ先生に呼び出されているから、みんなと一緒には戻れないの」

 ルイスは一足早くグリフィンドール寮の合い言葉を聞き出した。セブルスとルイスの間柄を知っているハリーとハーマイオニーに軽く目配せをすると、ロンには適当に言っておいてという意味合いを込めて片目を瞑り、地下にある魔法薬学教授の研究室へと急いだ。しかし、そこへ行く途中で何人ものスリザリンの生徒たちと出会い、そのたびに嫌な目で見られた。

 もうずいぶんと通い慣れている研究室の前にやってくると、ルイスは軽くノックをして、なかからの返事を待った。ほどなくして不機嫌そうな部屋の主の声が聞こえ、苦笑を浮かべながら扉を開ける。

「何かご用ですか」

 ルイスが閉めた扉の前に立ったままそう言うと、研究室内を何やら動き回っていたセブルスは、一瞬動きをとめて椅子を勧めてきた。勧められるがままに腰を下ろしても歩き続けていたセブルスだったが、どうやらそれは、明日からはじまる授業の準備をしていたらしい。

「課題は終わったのか」

 一段落するとセブルスは自分の椅子に座り、ルイスの目を真っ直ぐに見た。

「終わらせた。結構時間が掛かってしまったけれどね。薬を作るのに必要な材料はすべて余分に揃えておいたから、大丈夫だと思う」

「それは結構」

 その程度のことは当たり前だろうという顔でセブルスがこちらを見たので、きっと話したいことは他にあるのだろうとルイスは思った。

「ところで、一応聞いておくが」ルイスは小さく首を傾げた。「闇の魔術に対する防衛術の新任教師である、ルーピン教授のことは知っているのかね」

「それはどういう意味? そのヒト本人を知っているのかということ? それとも――」

「それとも、の方だ」

 セブルスはそう言うと小さく息を吐いて、知っているのだな、と漏らした。

「月に一度、満月の前一週間から私が脱狼薬を調合する約束になっている。調合の仕方はそのとき一緒に教えてやろう」

「ちょっと待って。一緒に教えるって、まさかあたしが煎じた薬をリーマスに飲ませるわけではないでしょう?」

「無論そのつもりだが?」

「そうやって軽々しく言うけれど、脱狼薬の調合って凄く複雑なんだから」

「そんなことは君に言われなくても分かっている」

「それなら、あたしが作った薬を誰かに飲ませるなんて無謀なことはしないほうが……」

「私が直々に教えるのだ、失敗などあり得ない」

 その自信は一体どこからやってくるのだろうと思いながら、ルイスは諦めて小さく息を吐いた。

「封鎖薬は、脱狼薬を完全に調合できるようになってから取り掛かる。脱狼薬が調合できなければ、封鎖薬を煎じることは到底不可能だからな」

「だけど、封鎖薬とは別の薬があるでしょう? あれとは別に飲んでいた薬は――」

「夢の後、気分が悪くなることはまだあるかね?」

「ううん、まったく。だけど、そのせいで今自分が見ていたのが本当の夢なのか、そうでないのかが分からなくなるときはあるけれど」

「気分が悪くならないのであれば、もうあの薬は必要ない。おそらく、例の夢を見るのは、薬の効力が弱まってきている服用日前日辺りだろう。明日、封鎖薬の記述を英文に書き換えたものを持ってこい。原書は自分の手元にあるのだから、問題はないだろう」

 セブルスは自分の言いたいことだけを言い終えると、仕事があると言って早々にルイスを部屋から追い出した。ルイスは誰もいなくなった静かな廊下をひとりで歩き、グリフィンドール塔を目指してゆっくりと歩き出した。

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