ハリー・ポッターと呪われた一族の少女   作:しきり

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Hallowe'en

 次の日の朝、ハリーとロンが大広間へ朝食を取りに降りてくると、ルイスはすでにグリフィンドールのテーブルで、いつものようにスクランブルエッグをフォークで突きながら、オレンジジュースをちびちびと飲んでいた。

「おはよう、二人とも。あのドラコの顔を見ると、昨夜はとても上手くいったということ?」

 ルイスは今度、焼きトマトを皿に取り分けると、食べもしないのにナイフとフォークを使って丁寧に解体をはじめる。ハリーとロンはルイスの向かい側、スリザリンのテーブルに背中を向けて座ると、素晴らしい笑顔を見せた。

「ううん、マルフォイはトロフィー室にはこなかった。それどころか、フィルチに僕たちのことを告げ口までしていたんだ。ルイスの言っていたとおり、あれは罠だった」

「でも、あなたたちの顔を見ていると、別に悪いことばかりではなかったみたい」

 ハリーとロンは急いで空腹を満たそうと、トーストを口いっぱいに頬張る。それをオレンジジュースで胃に流し込むと、昨夜あったことを順番に話して聞かせてくれた。

「僕たちがトロフィー室に着いてしばらくすると、マルフォイじゃなくてフィルチとミセス・ノリスが現われたんだ。さっきも言ったと思うけど、マルフォイがフィルチに告げ口をしたんだと思う。だから僕たち、慌てて隠れたんだ。だけど、ネビルが――」

「ネビル? ネビル・ロングボトム?」

「ああ、うん、そう。あいつ、合い言葉を忘れて寮に入れないからって、廊下でぐうすか寝ていたんだよ」

 ロンが呆れたように言うのを聞き、ルイスは小さく笑った。

「それで?」

「ネビルが突然悲鳴を上げて、僕の腰に抱きついたんだ。そのはずみで近くにあった鎧が倒れた」

「仕方ないから全力で廊下を走って逃げたよ。でも、フィルチをまいたと思ったら今度はピーブズが現われたんだ。そしたらピーブズ、僕たちを見てどうしたと思う?」

「大声でフィルチを呼んだ?」

 ルイスは堪えきれずに、くすくすと笑いながら言う。すると、真夜中の廊下を逃げ回っていた当人たちは、笑い事じゃないよ、と言いながらもにやりと不適な笑みを浮かべた。

「その通り! でも、どうにかして逃げなくちゃいけないから、また走りだしたんだけど、すぐに突き当たりにぶつかってしまったんだ。そこにあったドアには鍵が掛かっていたから、僕たち、もう駄目だと思った」

「そうしたらハーマイオニーがハリーの杖を引ったくって、何か呪文を唱えたのさ。それで、鍵の掛かっていた扉が嘘みたいに開いたんだ」

「え? ハーマイオニーも一緒だったの? 随分大所帯だったのね」

 そう言ってルイスがまた笑うと、ハリーとロンは顔を見合わせて一夜の大冒険を思い出し、にんまりと満足げに微笑んで見せた。

「多分ハーマイオニーが唱えたのは、アロホモラの呪文ね。鍵の掛かった扉を開ける呪文なの。すべての扉を開けられるとは限らないけれど。それからどうなったの?」

「ああ、それから、どうしてか分からないけどピーブズが僕たちを助けてくれた」

「助けた? あのピーブズが?」

「そう。でも、それくらいで驚いちゃ駄目だ。僕たち、もっと凄いものを見たんだよ!」

 ロンはまだ興奮していたが、隣に座っているハリーがロンの脇腹を慌てて小突き、黙らせる。そして、より一層声のトーンを落とし、テーブルの上に身を乗り出して、他の誰にも聞こえないような小さな声で先を続けた。

「ハグリッドの小屋で見た新聞の切り抜きを覚えているかい? グリンゴッツの」ルイスは黙って頷いた。「僕はあの日、ハグリッドと一緒にあの金庫へ行ったんだ。ハグリッドはホグワーツの仕事だって言ってた。中から小さな包みを取り出したんだ」

「それがどうかしたの?」

「僕たちが昨夜入った部屋は、ダンブルドアが言っていた四階の禁じられた廊下にある部屋だった。その部屋の中には犬がいたんだ、頭が三つもある犬だよ! 僕、ファングが凄く可愛らしく思えたなぁ。それくらい恐ろしい犬の足元には、仕掛け扉があったとハーマイオニーが言うんだ。多分、その下にハグリッドがグリンゴッツから持ち帰った何かが隠されているに違いないよ!」

 ハリーは一度も休まず、息すら吐かず一気に話した。その目はとてもキラキラとしていて、恐ろしいことすら楽しんでいるように見える。ハリーたちのそんな冒険談を聞いたルイスも、いつのまにかふたりのようにわくわくしてしまっていた。

 ハーマイオニーは少し遅れて大広間へやってきた。こちらにちらりと視線を送り、ルイスを気遣わしげな表情で見たが、近くにハリーとロンがいるので寄ってこようともしなかった。

「でも、悔しいよな。マルフォイのやつ、僕たちをはめて陰で笑っていたんだぜ?」

 ロンはぐさりとフォークで厚切りのベーコンを突き刺した。そのことに関しては相当頭にきているようだ。ルイスもフェアではないそのやり方に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 ルイスがハリーやロン、それからハーマイオニーの間を行き来するような生活を続けてしばらく経つと、ハリーはドラコを出し抜く素晴らしい口実を手に入れた。

 ルイスがいつものようにジュースをゆっくりと飲んでいると、いつもと同じ時間にふくろうが大広間に飛び込んできた。その内の六羽が、ハリーの前に大きな包みを届けにやってきたのだ。ハリーは慌てて手紙を開くと、もとから大きな目が更に倍の大きさになるまで見開かれた。

「何? どうしたの?」

 ルイスが尋ねると、ハリーはロンとルイスにも見えるように、手紙をテーブルの上に置いた。それはマクゴナガル先生からの手紙だった。包みの中身は箒だと書いてある。

「ニンバス2000だって! 僕、触ったことさえないよ」

 ロンはうっとりした顔で、羨ましそうに言った。

 一時間目が始まる前に三人だけで箒を見ようと、急いで大広間を出たが、玄関ホールの途中に差し掛かったところで待ち構えていたドラコ、クラッブ、ゴイルがハリーの包みを引ったくって、中身を確かめるように触った。

「箒だ」

 ドラコが苦々しい表情を浮かべた。

「それがどうかした?」

 ルイスはハリーの後ろから、ドラコに向かって鼻で笑ってみせた。

「まさか、一年生が箒を持ってはいけないことを知らないわけじゃないだろう? ルイス、今度こそポッターはおしまいだよ」

「ただの箒なんかじゃないぞ、マルフォイ。なんてったって、ニンバス2000だ! 君、前に何を持ってるって自慢してたっけ? コメット260かい?」

 ロンとハリーは互いに顔を見合わせてにやりと笑った。

「コメットって見かけは派手だけど、ニンバスとは格が違うんだよ」

「おい、君に何が分かる、ウィーズリー。君の家じゃ柄の半分も買えないだろう? コメットだって夢のなかでしか乗れないんだ、空しいとは思わないか?」

 その言い様に、ルイスはかちんときた。ロンも同じように我慢できないといった表情を浮かべたが、ドラコの肘の辺りにフリットウィック先生が現われると、言いたい文句も言えなくなってしまった。

「君たち、まさか喧嘩じゃないだろうね」

 フリットウィック先生が低い位置から疑わしげに生徒たちの顔を見回すので、ドラコはすぐさま優等生の仮面をその顔に貼り付ける。そして、未だ包みに覆われたままの箒を突き出した。

「先生、ポッターのところに箒が送られてきたんですよ」

「あなたお得意の言い付けね? ドラコ」

 ルイスが馬鹿にしたように小声で言うと、ドラコは僅かに頬を赤くした。

「いやぁ、そうらしいね」フリットウィック先生はそう言うと、ハリーに向かって微笑みかけた。「マクゴナガル先生が特別措置について話してくれたよ。本来一年生は個人の箒を持ってはいけないからね、校長や他の寮監に許可を取るべきだと思ったのだろう――ところでポッター、箒は何型かね?」

「ニンバス2000です」

 ハリー、ロン、ルイスは笑いたいのを必死に堪えていた。ドラコの顔は、これ以上ないくらいに引きつっている。

「実は、マルフォイのおかげで買っていただくことができたんです」

 ハリーがもっともらしくそう言うので、ルイスは笑いを堪えることができず、とうとう吹き出してしまった。ドラコが怒りと当惑の表情で立ちつくす横を、ハリーとロンは、笑い続けているルイスと箒の入った包みを抱えるようにして階段を上がった。

 ルイスの笑いが治まる頃、ハリーとロンが続いて笑い出した。

「ドラコのあの顔、見た? ハリーにあんなことを言われるなんて思ってもいなかったって感じ」

「だって本当のことじゃないか。もしマルフォイがネビルの思い出し玉をかすめていなかったら、僕はチームには入れなかったしね」

「――それじゃ、あなたがたは校則を破ってご褒美をもらったと思っているのね」

 階段を登り切ったところに立っていた三人の後ろから、怒ったような声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはハーマイオニーが立っている。言葉を発するたびに一段ずつ階段を上り、とうとう目と鼻の先までやってきた。

「あれ、おかしいなぁ。君はもう僕たちとは口を利かないって、そう言っていたような気がするけど」

「そうだよ、今更変えられても困るんだ。僕たちにしてみたら、それでありがたかったんだから」

 ハリーとロンが口々にそう言う横で、ルイスは困惑の表情を浮かべていた。ふたりは少し言いすぎだと思ったし、ハーマイオニーは少しお節介すぎるところがあると思っていたからだ。

 ルイスがその場に無言のまま立ち尽くしていると、ハーマイオニーがその手を取って連れていこうとしたので、ハリーとロンはそれをとっさに止めようとした。

「あなたがルイスに対してどんな対応の仕方をしていたか、忘れたわけじゃないわよね?」

 ハーマイオニーがそう言うと、ロンは急に押し黙ってしまった。ハリーはハーマイオニーに連れていかれるルイスを、複雑な眼差しで見送っていた。

「ちょっと、ハーマイオニー。痛い、離してよ」

 談話室に到着すると、ハーマイオニーがやっとルイスの手を離してくれた。振り返った顔は膨れっ面で、眉間には深いしわを寄せていた。ルイスはハーマイオニーがセブルスかマクゴナガル先生のように見えた。

「ルイス、あなたももうあのふたりとは付き合わないほうがいいわ」

「どうして? 何でそんなことを言うの?」

 ルイスは、ハーマイオニーがハリーと付き合うくらいなら、ドラコとつるんでいた方がまだましだとでも言い出すのではないかと思った。しかし、さすがにそこまでは思っていなかったらしく、なぜ? と聞くルイスに、理解に苦しむとでも言いたげな顔を向けた。

「あたし、もうロンに謝ってもらえたし、それに、誰がどこであたしをどう呼ぼうが、全然気にしてないもの」

 けれど、ハーマイオニーはルイスの言葉を聞こうとせず、頭を大きく左右に振った。

「とにかく、金輪際あのふたりとは関わりをもたないで! 分かった? あなたまで規則を破るなんて、私は許しませんから!」

「どうしてそんなことをハーマイオニーに指図されなきゃいけないの?」

 ルイスはそう言ってやりたかったが、どうにかこうにか気持ちを抑えつけ、言わずに済んだ。これ以上がみがみ言われるのはごめんだった。それに、そう言うハーマイオニーがホグワーツ特急の中でドラコがハリーに向かって言った言葉に似ていたので、余計に腹が立っていた。

 その日の夜、ルイスはハリーが行ってきたクィディッチの練習報告を聞きながら、授業で出た宿題をロンと共に片付けていた。ハーマイオニーの忠告を聞くつもりはなかったし、そのような態度のルイスを見て、ハーマイオニーは怒鳴りつけることもしなかった。ただ、五分おきにこちらを睨み付けるのを除けば、ハーマイオニーはいつもと同じだった。

 そして、間もなくして訪れたハロウィーンの朝、グリフィンドール寮生たちは、パンプキンパイの焼ける匂いで目を覚ました。それに、フリットウィック先生が呪文学の授業で、そろそろ物を飛ばす練習をしましょうと言うので、生徒たちは更に大喜びだ。

 しかし、ロンとハーマイオニーだけは喜んでもいられなかった。先生は生徒をふたりずつで組ませ、練習させたのだ。ハリーは丁度隣に座っていたルイスと組んだが、ロンはハーマイオニーと組むことになってしまった。ふたりとも、それには不服そうにしていた。ハーマイオニーがルイスを連れ去ったとき以来、ふたりは一言も話していなかった。

「さぁ、今まで練習してきたことをしっかりと学習していれば、簡単なことです。しなやかな手首の動かし方を意識して、やってみなさい」

 ルイスの隣ではハリーが四苦八苦していた。いくら先生を真似て杖を振ってみても、宙に浮くはずの羽はピクリともしない。

「ねえ、見てないでルイスもやってみたら?」

 ハリーの声は心なしか苛々しているようだった。ルイスがそんなハリーを見てくすくす笑っていると、ハリーがルイスの前に羽を押し遣ってくる。

「ほら、早くやってみてよ!」

「怒らないでよ、ハリー」

 ルイスが笑いながら机の上に放っていた杖を取り、そして呪文を唱えようとすると、少し離れたところに座っていたロンが、半ば自棄を起こして呪文を唱えているのが聞こえた。

「ウィンガーディアムレヴィオサー!」

「ちょっと! 言い方が間違っているわ!」

 ほとんどクラス中がハーマイオニーとロンの方を向いていた。フリットウィック先生ですら、ふたりの方を見ている。しかし、ルイスはいつものことだと気にもせずに、ウィンガーディアム レヴィオーサ、と呪文を唱え、机の上の低い場所でふわふわと軽やかに羽を漂わせた。そのことは、隣にいるハリーすら気付いていない。

「そんなによくご存じなら、君がやってみろよ」

 ロンがそう言ってハーマイオニーを挑発した。ハーマイオニーは、いいわ、と言うと背筋をしゃんと伸ばし、杖を片手に呪文を唱える。

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」

 すると羽は当たり前のように机をどんどんと離れ、頭上で浮いたままぴたりと静止した。

「ほう! よくできました! みなさん、見てください。Miss.グレンジャーが成功させました!」

 ハーマイオニーは、基本的にどの教科でも目立っていた。今みたいに、真っ先に授業で出された課題を成功させられるからだ。尊敬する者もいれば、妬む者も多い。

 ハリーがそのようなことを思いながら机の方に視線を戻すと、目の前にあった白いふわふわとしたものが、その鼻を擽りはじめる。

「――は、は、くしゅん!」

「あっ! ハリー、ごめん」

 ルイスが杖で羽を操りながら余所見をしていたからだろう。ハーマイオニーを感心したように見ていたので、ルイスが浮かしていた羽が勝手にハリーの鼻を擽りだしたらしい。

 ハリーがくしゃみをするとクラス中の視線を集めたが、ルイスの羽はその前に机の上にはらりと落ちてしまっていた。

「本当に何なんだよ、あいつは! 自分が何でもできる優等生だからって、何をしても許されると思ってるんだ。自分が一番正しいって思ってるんだろうけど、お門違いも甚だしいよ! ああ、我慢ならない! あいつほど悪夢みたいなやつに僕は出会ったことがないよ」

 授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いたあとも、ロンの機嫌は最高に悪かった。廊下の真ん中を偉そうに歩き、大声でハーマイオニーに対する文句を垂れている。

 すると、隣を歩いていたハリーが誰かにぶつかったらしく、更にその隣を歩いていたルイスの方に体が傾いてきた。誰かと思ってハリーの向こう側を覗き見ると、それがハーマイオニーだということに気づく。しかもその横顔には、くっきりと涙の跡が残されていた。

「今の、聞こえていたみたいだ」

 ハリーは複雑な表情でそう言ったが、意外と小心者のロンは半ばハーマイオニーの様子が気になって仕方がなさそうなのに、何とも思っていないというふりを装っていた。

「ロン、あなたはちょっと言いすぎたと思う」

 ルイスがそう諫めると、ロンはばつが悪そうに顔を顰めた。

 ハーマイオニーは結局次の授業にも、その日の午後にも、それからハロウィーンのご馳走が並ぶ大広間にも、一切姿を現さなかった。

「ねえ、ハーマイオニーを知らない?」

 ルイスが大広間へ入る前にそう聞くと、パーバティはハーマイオニーがトイレに籠もって泣いているということを教えてくれた。ディナーに誘ったが、ハーマイオニーがひとりにしてほしいと言ったらしい。

 ルイスはハーマイオニーが心配でディナーの献立すら想像できないというのに、ハリーとロンは大広間の飾り付けを見ただけで、ハーマイオニーのことなど忘れてしまったようだった。

「あたし、やっぱりハーマイオニーの様子を見てくる」

 ルイスは大広間へ入る前に、思わず踵を返していた。ふたりの顔も見ず、人の流れに逆らうようにして走り出した。そして、ハーマイオニーがこもっているというトイレに到着すると、恐る恐る扉を押し開く。

「……ハーマイオニー?」

 トイレに足を踏み入れたルイスは、ひとつだけ閉じている戸の前でぴたりと足を止めた。

「ハーマイオニー、そこにいるんでしょう? 返事してよ、ハーマイオニー」ルイスは根気強く声を掛け続け、そして時にはノックをした。「ねえ、ハーマイオニー」

 もう何度目か分からないほどハーマイオニーの名を呼び続けたルイスの耳に、ほとんど聞き逃してしまいそうな小さな声で、ハーマイオニーが「あっちに行って」というようなことを言ったのが届いてきた。

「こんな所にこもってないで、一緒にディナーを食べようよ」

「食べたくないわ」

「食べたくなくても、こんな所で泣いているよりずっといいでしょう? ねえ、お願いだから出てきてよ」

 ルイスの願いも虚しく、ハーマイオニーは個室から出てこようとしない。

 ルイスの根気もこれまでだった。駄目だとは分かっていても、つい声を荒げずにはいられなかった。

「あたし、ハーマイオニーがこんな子だとは思わなかった!」

 ルイスは開かずの間となっている戸に向かって叫んだ。すると、扉の向こう側から聞こえていたすすり泣きが、突然聞こえなくなる。

「ちょっとくらいロンに言われたからって、何だっていうの? 今までは自分の思っていたことをちゃんと言い返していたくせに、どうして何も言わないの? 嫌われるのが恐い? これ以上嫌われることはないってくらい嫌われているのに、何を恐がる必要があるの?」

 ルイスは非常に苛立たしさを感じていたので、ハーマイオニーの入っている個室の扉を思いっきり蹴飛ばした。自分でもこんなに大声で怒鳴ったこと自体が、そもそも一度もなかっただろうということを、ルイスはどこか冷静な頭で考えていた。

 ルイスに蹴飛ばされた戸は鈍い音をたてて、どうやら壊れてしまったらしい。ぎぃと鳴って開いた戸の向こうから覗いたハーマイオニーの顔は、驚くというよりも、きょとんとしていた。

「そ、それは……それは、慰めてくれているの?」

 ハーマイオニーは手の平で涙の跡を拭いながら、ルイスに向かって問いかける。

「あたしがわざわざ、あなたを怒鳴りつけるためだけにトイレにくると思う?」

 ルイスが半分怒ったようにそう言うと、ハーマイオニーも少しだけ嬉しそうに笑って、私を怒鳴りつけるために来たに違いないわ、と言った。それに釣られるようにしてルイスも僅かに笑い、右手を差し出す。

「さぁ、泣き止んだのなら早く大広間へ戻ろう。まだディナーには間に合うと思うし、それに――」

 ハリーやロンに文句のひとつやふたつ言い返してやらないと! というルイスの言葉は、目の前に立ちふさがる巨大な物体を前にしたことで、消滅してしまった。

「何で……どうしてこんな所にトロールが出るのよ……」

 ルイスは顔から血が引いていくのが分かった。ハーマイオニーは驚きに声すら出せないのか、ルイスのローブを掴んで、かたかたと小刻みに震えている。

 こんな時ばかりは、本で得た知識など役には立たないだろう。気が動転しているハーマイオニーにトロールの弱点を聞こうにも、ハーマイオニーは声の出し方すら思い出せない様子で、口を真横に引き結んでしまっている。

 トロール、トロール、トロール……。

 ルイスは必死に頭の中で弱点を探したが、その体長四メートルはあると思われる巨漢を前にすると、動きが鈍いということしか思い出すことができなかった。

 トロールは馬鹿だが、目の前にいる人間を持っている棍棒で押し潰すという単純な行動は、どうやら水樽のような頭でも考えることが出来るらしい。ゆっくりと、しかし一歩一歩近づいてくるトロールが棍棒を振り上げたその時、トイレの扉の鍵がガチャリと閉まる音をルイスは聞いたような気がした。

 けれど、次の瞬間、棍棒を振り下ろすトロールの傍から離れるためにハーマイオニーごと後ろに飛び退くと、突然思い出したようにハーマイオニーが鼓膜も破れるくらいの悲鳴を上げた。

「ハーマイオニー! 立って!」

 腰を抜かしているハーマイオニーを自力で立たせ、ルイスは自分のローブに手を突っ込んで杖を取り出した。ハーマイオニーはトイレの壁にぴたりと張り付き、支えがなければ立っていられないような状態だった。それどころか、今にも気を失ってしまいそうだ。

「ルイス! ハーマイオニー!」

 突然の呼び声に、それが自分の名前だと気付くまで、ルイスは少し時間が掛かった。女子トイレの扉から、ハリーとロンが飛び込んでくるのを、ルイスにはトロール越しに見えた。

「ハリー! ロン!」

 トロールがなぎ倒していく洗面台の破片からハーマイオニーを守りながら、ルイスはふたりの名前を同じように叫んだ。

「こっちに引き付けろ!」

 ハリーはロンにそう言いながら、自分はあちこちに散らばっている破片を、トロールに向かって投げつけはじめた。

「ルイス! 早くこっちへ来て!」

「駄目、行けないの! ハーマイオニーが腰を抜かしてしまって、全然動かない!」

 ハリーの投げた壊れた蛇口がぶつかったのか、トロールはルイスたちの一メートル手前で動きを止めた。そして、今度はハリーを標的に決めたらしく、そちらに向かって歩き出す。

「やーい、ウスノロ!」

 ロンが反対側から投げている金属パイプには見向きもしなかったが、今度は標的をハリーからロンに変えようかどうかを迷っているような素振りを見せた。ハリーはその隙にトロールの後ろへ回り込み、ルイスたちの所へ駆け寄った。

「ハーマイオニー! 今のうちだよ、早く!」

「走って、ハーマイオニー!」

 ハリーが引っ張り、ルイスが後ろから押しても、ハーマイオニーはその場から動けなかった。ただルイスにしがみ付き、絶対に何があっても離さないという決意にだけは満ちていた。

 叫び声やら何やらが反響する音に逆上したトロールは、今度は逃げ場を失ったロンの方へと向かった。その時ハリーは、勇敢とも、間抜けとも言える行動に出た。走っていって後ろからトロールに飛び付き、自らの腕をトロールの首に巻き付けたのだ。

「ハリー!」

 ルイスは咄嗟に杖腕を振り上げたが、突然走ったあまりの激痛に杖を取り落としてしまった。その腕には、洗面台の硝子の破片が、ローブを貫いて皮膚に突き刺さっていた。激痛に顔をしかめながらハリーの姿を探すと、ハリーはまだトロールの首にぶら下がっている。しかし、よく見るとハリーの杖が、トロールの鼻の穴に刺さっていた。こんな状況でなければ、ルイスは間違いなく腹を抱えて笑っているだろうと思った。

 トロールは痛みに唸り声をあげながら、棍棒を滅茶苦茶に振り回し、ハリーを落とそうとしている。ハリーは、かろうじてしがみ付いている状態だった。

「ロン!」

 ルイスは茫然としているロンの名を叫んだ。すると、ロンははっと意識を取り戻して、自分の杖を取り出した。

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」

 ロンは自分でも何をしようとしているのか分からずに、咄嗟に思いついた呪文を唱えたようだった。ルイスはそれでも、ロンが唱えた呪文が鼻呪いではなくてよかったと、心から思っていた。

 ロンの呪文が上手く発動したのか、トロールの棍棒が手のなかから飛び出し、空中を高く上がって、刹那、ぼくっと嫌な音を立てて持ち主の頭に落下した。トロールは音を立ててその場に倒れこみ、その衝撃で部屋中に埃が舞った。

 ハリーは無言で立ち上がったが、まだ震えが治まらない様子だったし、ロンは杖を振り上げた状態のまま、自分のやったことを考えているようだ。ルイスの体からやっと手を離し、自力で立ち上がることが出来るようになったハーマイオニーは、それでもまだ青い顔をしている。

「これ……死んだの?」

「いや、気を失っているだけだと思う」ハリーは嫌そうな顔で、トロールの鼻の穴から自分の杖を取り出した。「うわあ、トロールの鼻くそだ」 

ハリーはそれをトロールのズボンで拭き取った。

 ルイスはそんな間の抜けた様子を見て、自分の体から力が抜けていくのを感じた。壁に背を預けたままズルズルと床に座り込み、溜まっていた息を吐いた。ほっとするのと同時に、震えが身体に広がっていく。

 急にバタンという音がして足音が連なってやってきたので、四人ははっとして顔を上げた。この大騒動を聞き付けた先生の誰かが、駆け付けてきたに違いない。そうルイスが思っていると、すぐにマクゴナガル先生が現われた。それからセブルス、クィレルが続けて入ってくる。

 セブルスはトロールを覗き込んだが、その向こう側に座り込んでいるルイスの姿は見えていないらしい。ルイスはどうにかして立ち上がろうとしたが、なぜか足に力が入らなかった。

「一体全体、あなた方はどういうつもりなのですか」

 マクゴナガル先生の声は冷静だったが、怒りに満ちていた。ルイスの所からは先生がどのような表情をしているのか見えなかったが、想像することは容易だった。

「殺されなかったのは、ただ運が良かったからです。寮にいるべきあなた方が、どうしてここにいるのですか?」

 びりびりとした嫌な沈黙が辺りを覆う。その沈黙を最初に破ったのは、ハーマイオニーだった。

「マクゴナガル先生、聞いてください。みんなは、私を探しにきてくれたんです。私がひとりでトロールを探しにきました。私――私、一人でやっつけられると思いました――あの、本で読んでトロールについてはいろんなことを知ってたので」

 ルイスは、ハーマイオニーが嘘を吐いていることに驚いていた。恐らく、他のふたりも同じように驚いているはずだ。

「もしみんなが私を見つけてくれなかったら、私、今頃死んでいました。ハリーはトロールに飛びかかってまで私を護ろうとしてくれたし、ロンは覚えたばかりの呪文でトロールを気絶させました。それに、ルイスは私をたくさんの破片から護って――」

「――ルイスだと?」

 ルイスの名に反応を示したのは、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生でもクィレルでもなく、スリザリンの寮監であるセブルス・スネイプだった。

「あの、あたしはここに」

 何度試みても立ち上がれない体をどうにかしたかったが、ルイスにはどうすることも出来なかった。冷静になって観察してみると、足にもいくつか破片が刺さっている。

「これは……」

 セブルスは元から血の気のない顔から、更に血の気を失わせてルイスを見た。驚愕の表情を浮かべたまま、大丈夫かの一言もない。

「まぁ、ジュリアード!」

 マクゴナガル先生の顔面も蒼白だった。何か言わなければならない――ルイスはなぜかそう思った。

「あの、先生。あたしなら、大丈夫です」

 どう見ても大丈夫そうには見えない者にそのようなことを言われても、その言葉に信憑性はない。ルイスも重々承知していたが、どうにかして目の前の人たちを安心させたかった。

 そう思ってルイスがまた何かを言おうとすると、それはセブルスによって遮られた。瓦礫を踏み越えながら傍らまでやって来たかと思うと、軽々とルイスを抱えあげ、マクゴナガル先生の前を通り抜けて、ハリーたちの横を足早に歩いていく。

「あ、あの、ええと、セブルス?」

「……何かね」

「その、あのね、抱き抱えてもらってる身分で、言えることではないのかもしれないけれど」

「はっきり言いたまえ」

「じゃあ、言うね……歩く振動でも体中に激痛が走るの。それに、セブルスが支えている足の所には硝子の破片があって、それが押し込まれて凄く痛いし、あとは――」

 これ以上文句を言われたくなかったか、それともルイスの体が重たかったのか、セブルスは杖を一振りして魔法の担架を呼び出した。ルイスをその上に寝かせると、トイレに落としてきたはずの杖を手の平に押し付けてくる。

「ありがとう、セブルス」

 ルイスはにこりと笑うつもりだったが、頬の筋肉を動かすとちょっとした痛みが走った。どうやら、顔にも傷があるようだった。

「……あたし、少し前に医務室にお世話になったばっかりなの。きっとマダム・ポンフリーは今度こそ、あたしを一週間は入院させるでしょうね。そして、大怪我をしても笑っていられる頭の悪い子は検査が必要だと言いだすと思う。これ、絶対なんだから」

 ルイスはなぜか、今更になって恐怖が波のように押し寄せてくるのを感じていた。どういうわけか震えの治まらない手で、恐怖を紛らわすようにセブルスのローブをぎゅっと掴む。

 こうして何かに縋っていないと、意識があっという間に遠退いてしまいそうだった。

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