先週、マクゴナガル先生がクリスマス休暇中、寮に残る生徒のリストを作ったとき、ハリーとロンは真っ先に名前を書いていた。ハリーは初めから帰るつもりはなかったようだったし、ウィーズリー家の兄弟たちも、両親がルーマニアに行くというので学校に残ることになっていた。
「おやおや、かわいそうに」
魔法薬学の授業のとき、ドラコがこれ見よがしな哀れみのこもった声で言った。
「クリスマスなのにホグワーツに居残ることになるなんて悲劇的じゃないか」
他の授業中だったらそのようなことなど言えないくせに、魔法薬学のセブルス・スネイプ教授が何も言わないことをいいことに、ドラコはハリーの様子を窺ってにやにやと笑っている。ルイスはカサゴの脊椎の粉末を計りながらハリーを見たが、当人は至って平然とした面持ちで無視に徹していた。
ドラコはクィディッチでスリザリンが負けたことを相当根に持っているらしく、ハリーを笑い者にしたいのだ。しかし、ハリーはそれさえことごとく無視をした。
けれど、ハリーにちゃんとした家族がいないことを嘲笑うような態度を見せると、ルイスの怒りは頂点に達し、杖を手に取ってドラコを笑い死にさせてやろうとしたが、ハリーとロンに押さえ込まれてそうすることが叶わなかった。
魔法薬学のクラスを終えて地下牢を出たルイスたちは、廊下を進んで階段を上った。すると、本来そこには玄関ホールが見えてくるはずなのだが、今はまるで木が茂っているように見える。階段の上を、大きな樅の木が塞いでいたのだ。クリスマスツリーのための木を森で刈ってきたハグリッドが、息を切らしながらそれを引き摺っている。
「やぁ、ハグリッド、手伝おうか」
ロンが機嫌の悪いルイスから逃げるように、ハグリッドの方へ駆けて行った。ハグリッドはゆさゆさと揺れる木の葉の影から、ひょっこりと顔を覗かせた。
「おう、ロン。ありがとうよ。でも、大丈夫だ」
「すみませんが、そこ退いてもらえませんかね」
後ろから階段を上ってきていたドラコが、嫌みったらしい声音で言った。正直なところ、ルイスが今一番聞きたくない声だ。
「ウィーズリー、小遣い稼ぎのつもりかい? ホグワーツを卒業したら森の番人にでもなればいいさ。あの小汚いハグリッドの小屋でさえ、君にとっては城みたいなものなのだろうからね」
「――ドラコ! いい加減にしなさい!」
ロンがドラコに飛び掛かろうとし、ルイスは今度こそ我慢しきれずにローブから杖を取り出した。
「ウィーズリー!」
ちょうどそこに、セブルスが階段を上がってきた。ドラコにとっては非常に喜ばしいタイミングだろう。だがしかし、ロンやルイスにしてみれば最悪のタイミングだ。
ロンは渋々ドラコの胸ぐらを離したが、ルイスはそれでも、上げた杖腕を下ろさなかった。
「ご覧の通りウィーズリーが喧嘩を売って来たんです、スネイプ先生」
「それはマルフォイがロンの家族を侮辱したからだろうが」
事の顛末を一部始終見ていたハグリッドが、木の影から顔を出してロンを庇うように言った。
「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だ、ハグリッド。ウィーズリー、グリフィンドールは五点減点。これだけで済んでありがたいと思いたまえ」
やはりルイスは都合よく無視されたようだ。ドラコ、クラッブ、ゴイルは杖を構えているルイスを遠巻きにして、木の脇を通り抜けて行った。
「覚えてろ。いつか、やっつけてやる……」
「マルフォイもスネイプも、ふたりとも大嫌いだ」
ロンとハリーは口々に文句を言い、立ち去っていくドラコとセブルスの背中を睨みつけている。
「さぁさぁ、ふたりとも元気だせ。ルイスも杖を下ろすんだ、もうすぐクリスマスだぞ」
ハグリッドに説得されて、ルイスはようやく杖をしまった。
「ほれ、一緒に来て見てみろ。大広間は凄いことになっちょるぞ」
四人はハグリッドと樅の木の後に続いて、大広間に足を踏み入れた。すると、そこではマクゴナガル先生とフリットウィック先生が忙しくクリスマスの飾り付けをしている。
「ああ、ハグリッド、最後の樅の木ですね――あそこの角に置いてください」
そう言ったマクゴナガル先生は、むすっとした面持ちを浮かべているルイスを見て、一瞬ぎょっとしたようだった。
「ジュリアード、どうしたというのですか」
ルイスは何でもありませんと答えたが、隣に立っていたハグリッドがその肩をとんとんと優しく叩きながら、髭に隠れた顔に苦笑いを浮かべた。
「ロンの家族を侮辱されて、そんで頭にきちまったんだと思います」
ハリーたちはその様子を見ながら酷く不思議そうにしている。
自分の家族を侮辱されたわけでもないのに、ルイスはまるで自分のことのように怒っていた。マクゴナガル先生がそれを聞いて見たこともないくらい優しく微笑んでいるので、ハリーたちはそれにも驚いていた。
「そういや、休暇まであと何日だ?」
ハグリッドが話を逸らすように言った。
「あと一日よ」家に帰る予定のハーマイオニーが答えた。「そういえば、三人とも、昼食まで三十分あるから図書室に行かなくちゃ」
「あ、そうだった!」
マクゴナガル先生は向こうにある樅の木の方へ行ってしまい、フリットウィック先生は杖からふわふわとした金色の泡を出して、新しいツリーに飾り付けている。その様子を横目に四人が大広間を出ると、ハグリッドも一緒にやってきた。
「図書室? クリスマス休暇前だっちゅうに、おまえさんたち、ちぃっと勉強しすぎじゃないか?」
「勉強じゃないんだよ、ハグリッド。ニコラス・フラメルについて調べているんだ」
ハリーがそう明るく答えると、ハグリッドはその表情を引きつらせて過去の自分を恨んでいるような顔をした。
「おまえさんたち、よく聞けよ。そのことについては、忘れるんだ。放っておけ。あの犬が何を守っているかなんて、おまえさんたちには関係のねぇことだ」
「でも、私たちはニコラス・フラメルが誰なのか知りたいだけなのよ」
「ハグリッドが教えてくれる? そうしたら、こんな苦労はしないで済むんだけどなぁ。僕たち、もう何百冊も本を調べたけど、どこにも出ていなかったんだ。何かヒントをくれないかい? 僕、どっかでこの名前を見た覚えがあるんだけど……」
「俺は何も言わんぞ。絶対にだ!」
ハグリッドは両目を吊り上げ、きっぱりとした口調で言い切った。
「それなら、自分たちで見つけるだけだよ」
ロンはそう言って探るような眼差しでハグリッドを見上げるが、ハグリッドは「俺は何も知らん!」と怒鳴りつけるように言い、玄関ホールを出て正面玄関を降りていってしまった。四人は顔を見合わせ、肩を竦めると大急ぎで図書室に向かった。
「ハリー、さっきニコラス・フラメルの名前を見た覚えがあるって言ったよね?」
ルイスが尋ねると、ハリーはうーんと唸りだした。
「うん。僕、絶対にどこかで見たことがあるはずなんだ。だけど、どうしても思い出せないんだよ」
「あたしもどこかで見聞きした覚えがあるのだけれど……家にある本で読んだのかな……」
ハーマイオニーは調べる予定の内容と表題のリストを取り出し、ロンは通路を歩きながら、書棚の本を手当たり次第に引っ張り出している。ルイスは現代の著名な魔法使いをぺらぺらと捲りながら、ニコラス・フラメルについて何か思い出せることはないかと、必死になって考えていた。
「――あれ?」
ハリーはどこにいるのだろうと思い、ルイスが辺りを見回すと、ハリーはマダム・ピンスに毛ばたきで図書室から追い出されているところだった。ルイスは慌てて本を本棚に戻し、ハリーの後を追いかける。
「ハリー、どうしたの?」
「ああ、ルイス。何か見つかったかい?」
ルイスは力なく頭を横に振った。ハリーもどうやら収穫はなかったらしく、苦笑を浮かべて肩を竦めている。
「僕、閲覧禁止の書棚に何かいい本があるんじゃないかと思って」
「そうだね、ある可能性は高いと思う。でも無理だよ。マダム・ピンスがいつも目を光らせているしね。透明マントでもあれば話は別だろうけれど」
最後の方は、図書室から出てきたロンとハーマイオニーの声にかき消されてしまい、ハリーには聞き取ることができなかったようだ。何て言ったのと聞き返そうとするが、ハーマイオニーが見つからないことを憤って一気に捲くし立て始めたので、それもできない。
やはり二人とも、収穫はなかったようだ。もう二週間も収穫なしが続いていたので、ハリーもルイスもふたりをあまり期待してはいなかった。
四人は昼食に向かいながらも、その話題は未だにニコラス・フラメルについてだった。
「私とルイスが家に帰っている間も、ふたりは続けて探すでしょう? 見つけたらふくろうで知らせてね」
「ハーマイオニーは、フラメルについて両親に聞いてみてよ。パパやママなら聞いても安全だろう?」
「ええ、絶対に安全よ。ふたりとも歯医者だから」
魔法学校に通っている自分たちにすら、フラメルについて調べるのにこれほど時間がかかっているというのに、マグルの歯科医が果たしてフラメルを知っているだろうか。ルイスにはそれが疑問だった。
「あたしは家の本棚を調べてみる。何か分かったら知らせるから」
ルイスがそう言うと、ハーマイオニーはなぜかルイスを心配そうに見た。ルイスには、ハーマイオニーが何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。
数日後、クリスマス休暇で帰る生徒たちの姿で、ホグワーツ特急の中は混みあっていた。ルイスとハーマイオニーは、それでも後ろの方に誰もいないコンパートメントを見つけ、その中に荷物ごと体を滑り込ませる。
「私、ルイスがふくろうを持っていたなんて知らなかったわ」
ふくろうの入っている籠を自分の脇に置いているルイスを見て、ハーマイオニーが目を丸くして言った。ルイスは苦笑いを浮かべ、籠の隙間から指を入れてふくろうを撫でる。
「ラウルに買ってもらったのだけれど、手紙を運んでもらう機会はあまりなかったかもね。分かるでしょう? 色々あって手紙を書くどころではなかったから。きっとラウルはかんかんだと思う。ふくろうを買ってもらう代わりに、手紙をたくさん書くって約束したの」
「そうね、ルイスが手紙を書くところなんて、私一度も見たことがないわ」
「一度は書いたの。ほら、前に嫌味の一杯詰まった手紙がラウルから来たときに」
すると、ハーマイオニーは、あれね、という顔をしてみせたかと思うと、突然思い出したようにルイスの方へ身を乗り出してきた。
「そうよ、ルイス! 私、前から聞こうと思っていたの」
「な、何を?」
ルイスはハーマイオニーのあまりの迫力にたじたじとなった。
「あなた、スネイプ先生とどういう関係なの?」
「どういう関係かって?」
何を聞かれるのかと思えば、ルイスはきょとんとしてハーマイオニーの顔を見つめた。
「何を言いだすのかと思ったら、そんなこと」
けれど、ハーマイオニーは最重要事項だとでも言いたげに、真剣な表情を浮かべている。
「セブルスはラウルの友達よ」
「友達? お兄さんの?」
ハーマイオニーはなぜか絶望的な表情を浮かべてみせた。
「だったら、あなたはお兄さんにニコラス・フラメルについて聞かないほうがいいと思うわ」
「ラウルがセブルスに漏らすとでも? まずありえないと思うけれど」
そもそも、ルイスはセブルスが学校で守っている何かを盗もうとしているなどとは、微塵も思っていなかった。ハーマイオニーも、最初はセブルスがやったなどとは思ってもいなかったのに、クィディッチでセブルスがハリーの箒に呪いをかけているところを見てから、それを信じるようになっていた。
「念のためよ」
「……分かった、ラウルには話さない」
ハーマイオニーがほっと息を吐いたちょうとその時、車内販売がルイスたちのコンパートメントにもやってきた。ふたりはそれぞれに食べ物と飲み物を買い、ルイスは更に飴も買うと席に戻った。
ルイスは、ハーマイオニーがいつか家の事情について訊ねてくるに違いないと、そう心の準備をしていた。それなのに、ハーマイオニーは入学の翌日から、そのことについて一切触れてこなくなった。ルイスにとって、それはありがたくもあったが、どこか落ち着かなくもあった。ハーマイオニーが書物に書かれているようなことを本気で信じているのだとしたらと――そう思うと複雑な気持ちがした。
それから、ふたりは取り留めもない話をしながら、キングズ・クロス駅に到着するまでの時間を過ごした。ハーマイオニーは学校の授業や、休暇中に出された宿題について話したがった。少なくとも、闇の魔術に対する防衛術はルイスのほうが成績がいいとハーマイオニーも分かっているので、ほとんどがそのレポートについての話題だった。
「ハーマイオニーは駅からどうやって帰るの?」
話の切りがいいところまでくると、ルイスは急いで別の話題にすり替えた。いくら勉強に苦痛を覚えることのないルイスでも、あれについてこれについてと話題を提供してくるハーマイオニーにはうんざりしかけていた。すると、ハーマイオニーは一瞬不服そうにしてみせたが、それでも、両親に会えるのだと思うと頬の筋肉が緩むようだった。
「車だと思うわ、両親が駅まで迎えにきてくれる約束だから。ルイスは?」
「あたしは地下鉄に乗って漏れ鍋まで行ったら、そこから暖炉を使って家に帰るの。ハーマイオニーは煙突飛行をしたことはある?」
煙突飛行と聞いて、ハーマイオニーはきらきらと目を輝かせた。
「いいえ、残念だけどまだしたことがないの。どんな感じ?」
「便利であることは確かだけれど、あたしは好きじゃない。でも、一度は試してみる価値はあると思う。一生に一度くらいはね」
ルイスは帰りのことを思ってうんざりとしてしまった。煙突飛行がグリンゴッツのトロッコのようだったらいいのにと、ルイスは叶わない夢を抱く。
落胆しているルイスを見て哀れに思ったのか、ハーマイオニーは両親が漏れ鍋までなら車で送っていってくれるに違いないと言ってくれた。ルイスはその気持ちを嬉しく思いながらも、首を横に振った。
「ううん、大丈夫。わざわざ悪いもの」
時々、ルイスは不思議に感じることがあった。自分はどうして魔法族に生まれたのだろうとか、マグルに生まれていたらどうなっていただろうとか、そのようなことを考えていたのだ。もう何年も前にドラコ・マルフォイに話して聞かせたとき、酷く馬鹿にされてしまったので、それ以後は口にすることもなくなっていた。
ルイスは魔法族もマグルも嫌いなわけではない。今更魔法なしの生活なんて考えられないけれど、マグルのような生活を送ってみたいという気持ちもあった。その点に関していえば、ルイスにとってハーマイオニーは羨ましい存在だった。両方の生活を知っているハーマイオニーには、一体世界がどのように見えているのだろう。
ルイスはキングズ・クロス駅に到着しても、そのことばかりを考えていた。学校を卒業したら、マグルのなかで生活してみるのも、いいかもしれない。ハーマイオニーにそのことを言ってみると、ハーマイオニーは呆れ返って目を丸くした。
「ルイス、あなた――別に悪い意味ではないけれど――魔法族らしくないわね」
「ああ、うん、そうかもしれない」
ハーマイオニーの両親は、とても優しそうな人たちだった。それは、ただジュリアードの家名がどのようなものかを知らないからかもしれないと、皮肉にもそう思ってしまったが、それを抜きにすれば最高のマグルだと思った。
「それじゃあ、ルイス、休暇明けにまた会いましょうね!」
「うん、また」
大きなトランクとふくろうを抱えている女の子は、マグルの目には相当奇妙に見えていることだろう。地下鉄に乗るとマグルたちにじろじろと見られたが、ルイスの頭のなかはもう、煙突飛行のことでいっぱいだ。
漏れ鍋を外から見るのは久しぶりだった。本屋とレコード店に挟まれた場所にあるが、マグルたちはその場所にまったく目もくれない。彼らにはそれが見えないらしいが、では一体マグルにはどう見えているのだろう。潰れたパブだろうか。
マグルたちは、そこへ入っていくルイスすら見えてはいないようだった。
「おかえり、ルイス」
カウンターの中に立っていたバーテンのトムが、ルイスの姿を見つけると、にっこり笑った。
「こんにちは、トム。暖炉を借りてもいい?」
「もちろん、いいとも」
「ありがとう」
ルイスは暖炉のなかにトランクを押し込み、ふうと息を吐いた。それから、我ながら往生際が悪いと思う。入ってしまえば一瞬だ。そう自分に言い聞かせて、ふくろうの籠を胸の前に抱えた。暖炉の脇にある煙突飛行粉を一掴み取って、それを足元に叩きつける。エメラルドグリーンの炎が上がり、ルイスは深く息を吸い込んだ。
「ジュリアード!」
ルイスがそうして行き先を告げると、その姿はエメラルドクリーンの炎のなかに解けるようにして消えた。
ルイスはいつものように着地に失敗した。暖炉が早く出ていけとでもいうようにその身体を吐き出し、遅れてトランクも吐き出された。籠は胸の前でぎゅっと抱きかかえられ、ふくろうは非難するように鳴いている。服のあちこちには煤が付き、黒い髪がぼさぼさになって汚れていた。
「もう暖炉は嫌……」
立ち上がって服の煤を払うと、それが顔の前に舞い上がり、ルイスはごほごほと咳き込んだ。
「大丈夫かい?」
「見て分からない? ちっとも大丈夫なんかじゃ――って、え?」
ルイスは目の前に立ってくすくすと笑っている男の人を見て、目を丸くした。男の人はあちこち継ぎ接ぎだらけのみすぼらしいローブを着ている。まだ若いはずなのに、髪は白髪交じりで顔色も悪く、ルイスの目から見ても、その男の人は病にでも侵されているように感じられた。
「え、あの、あなたは誰?」
ルイスはずっと恐れていたことが起こったのではないかと心配になった。とうとう煙突飛行を失敗させたのかもしれない。途中で間違って別の家に入り込んでしまったのだろうか。少し顔を青くさせて、ルイスは確かめるように周りを見回した。ここはちゃんと、自分の住み馴れた家だった。それを確信したルイスは、ほっと胸を撫で下ろした。
男の人は尚もくすくすと笑いながら口を開こうとしたが、その後ろからルイスの見慣れた人物が現われる。
「ああ、お帰り、ルイス」
「ただいま」
ラウルはルイスに近づいてくると、いつものように杖を一振りして体中に付いた煤を取り除いてくれた。男の人が床に転がっていたトランクを起こしてくれる。
「どうもありがとう。えっと……」
ルイスはラウルを見上げた。ラウルはにこりと笑い、ルイスの肩に手を置いた。
「ルイス、こちらリーマス・ルーピン」
リーマスと紹介された男の人は、にこにこと微笑みを絶やさない。何がそんなに嬉しいのだろうと思いながら、ルイスは右手を差し出した。
「はじめまして、だよね?」
しかし、ルイスはなぜか、リーマスと会うのが初めてではないような気がしていた。
「前に何度も会っているよ、ルイスが忘れているだけで」
ラウルも面白そうにそう言いだすので、ルイスはまじまじとリーマスの顔を下から見上げて、うーんと唸った。すると、リーマスは困ったように苦笑し、小さく肩を竦める。
「リーマスさんとあたし、小さい頃に会っているの?」
「リーマスでいいよ」リーマスは朗らかに言った。「覚えていないのが当たり前なんだ。私と君が会ったのは、君がまだ赤ん坊の頃だったからね」
確かな記憶はないにしろ、ルイスの頭の片隅には、リーマスという存在が住み着いていたようだ。
「でも、こんなところに来て何をしてるの?」
自分の家をこんな所というのも妙だが、それでも、我が家は確かにこんなところだった。マグル界からも魔法界からも隔絶された場所にある。ジュリアード家の屋敷はただ静かなだけで、普通の人にとってはあまり快適とはいえないだろう。兄のような人狼には最適な場所だが、普通の魔法族にしてみれば好んで住みたいと思うような場所ではないに違いない。
「少し事情があってね。住んでいた家を追い出されてしまったんだ」
ルイスはリーマスの出で立ちを遠慮もせずに見た。ぼろぼろのローブに痩せこけた頬を見れば、ある程度は想像できるような気がした。
「……家賃を払えなくなった?」
ルイスがはっきりそう問うと、リーマスは目を丸くしてから苦笑を浮かべ、ラウルはくつくつと笑った。
「ルイス、リーマスは一ヶ月前くらいからここにいるんだ。行くところがないって言うからね」
「うん、そうなんだ。居候をさせてもらっている」
しかし、物好きな人もいるものだと、ルイスは思った。いくら家賃を払えず追い出されたからといって、人狼のいる家に転がり込んでくるなんて普通なら信じられない話だった。
「ふうん」
ルイスは訝しげにリーマスを見ていたが、ラウルがふたりにお茶をすすめたので、その話は打ち切りになってしまった。
「さあ、ルイス」
ラウルはそう言うと、いやに楽しそうな笑顔をこちらに向けた。ルイスはラウルに入れてもらった紅茶のカップを取り落としそうになりながら、な、なに? と問い返す。
「君の武勇伝はいろいろと聞かせてもらっているよ」
ラウルはルイスの向かい側のソファに、深く腰を下ろしている。その隣に座っているリーマスは、少し気遣わしげにルイスを見た。
「合計で手紙が四通も届いた。二通はセブルスからで、残り一通ずつは、ダンブルドアとマクゴナガルからだよ」
「ダンブルドアまで?」
「ダンブルドア先生だよ、ルイス」
ラウルは静かに嗜める。けれど、ルイスは何故ダンブルドアまでもがラウルに手紙を送ってきたのだろうかと、それを不思議に思っていた。セブルスはラウルの友人だし、マクゴナガル先生はグリフィンドールの寮監だから、手紙のやり取りをするのは分かる。
しかし、ラウルはダンブルドアの話にはあまり触れなかった。
「さあ、話してくれるね?」
ラウルは口調でこそ頼むようだったが、その顔は何が何でもその口から吐かせてやると言っている。ルイスはどこかに逃れる道はないかと思案して視線を隣へと向けるが、リーマスは目を合わせるなり、諦めなよ、とでも言いたいのか、頭を小さく左右に振った。
「……あたし、別にたいしたことをしたつもりはないけれど」
ルイスは努めて明るく言った。それにしても、クリスマス休暇で家に帰ってきて早々、ラウルの説教が待っているとは思ってもいなかった。
「多分、一度目の手紙は飛行訓練の話でしょう? あれはただ、グリフィンドール寮生の友だちを助けようとして、たまたま足の骨を折ってしまっただけだし――」
四つの瞳に見つめられながら、ルイスは酷い息苦しさを感じはじめていた。
「きっと二度目の手紙はトロールね。これも友達のハーマイオニーをトイレに呼びに行ったら、たまたまトロールが女子トイレに入ってきただけで、あたしが悪いわけじゃないし、それに――」
ルイスの声は、段々と花が萎むように小さくなっていった。そして、ハグリッドの言っていたことを思い出す。ラウルはただ純粋に、ルイスを心配してくれているのだ。お互いに、たった一人の家族なのだから。
「傷はマダム・ポンフリーが完全に治してくれたけれど……」
ルイスはそこまで言うと、何だか申し訳ない気持ちになった。自分の怪我のことを聞いて、ラウルはどれだけ心配しただろう。それなのに、それらについての手紙をひとつも出さず、ラウルに心配ばかりかけていた。
「……心配を掛けてしまったことに変わりはないよね。ごめんなさい、ラウル」
ルイスは俯いて、両手の指を膝の上で絡めた。黙って言葉を待っていると、ラウルは緊迫感を解き放つように大きく息を吐き出した。
「分かっているのなら、別にいいんだ。僕だって怒りたいわけじゃないからね。ルイスだってせっかく休暇で帰ってきたのに、お説教なんてごめんだろう?」
その代わり、とラウルは滅多に見せないような真剣な表情をルイスに向けた。
「例え誰かを助けるためであっても、これからは無茶なことをしないと約束をしてくれるかい?」ルイスは黙って頷いた。「それから、君たちの手に負えないような困ったことが起こったら――」
ラウルは何故か苦笑を浮かべてリーマスを見た。
「大人に必ず相談をすること。それは学校の先生でも、僕やリーマスでも構わない」
ラウルはルイスが頷くのを確認してから、冷めてしまった紅茶を入れ替えてくれた。喉を下っていく熱い紅茶を感じながら、ラウルの今の言葉を頭の中で繰り返していた。
ラウルの言っていることをすべて真面目にとらえると、これから何かが起こるかもしれない、と言っているようにしか聞こえない。深読みのし過ぎかもしれないが、学校で守っている何かのことを考えると、深読みもしたくなる。もしかしたらセブルスがラウルに何か話ているのかもしれないと思ったが、もしラウルが何か知っていても、決してルイスにそのことを漏らしはしないだろうという確信があった。
しかし、ルイスはそのことについて思案している暇はなかったのだということを、急に思い出した。そして、自分が今からやらなければいけないことを思うと、愕然とした。
「あたし、クリスマスの用意を全然していなかった!」
どうして漏れ鍋に到着した時点で思い出さなかったのだろうと、ルイスは自分自身を恨めしく思った。皆に贈るプレゼントを、何ひとつ用意していなかったのだ。
「絶望的じゃない、今からダイアゴン横丁へ行かなきゃいけないなんて!」
「絶望的?」
リーマスは、何故ダイアゴン横丁へ行くことに絶望を感じなければならないのだという顔で、不思議そうにルイスを見た。
「ルイスは煙突飛行が嫌いなんだよ」
代わりにラウルが答えたが、ルイスは意地悪くほくそ笑むラウルを一睨みした。
「……今日はもう疲れたから、明日の朝早いうちに行ってくる」
「それじゃあ、私も一緒に行こう」リーマスがにこりと笑って請け負ってくれた。「私もちょうど、ダイアゴン横丁に用事があるんだ」
ルイスはラウルも誘ってみたが、自分にはやることがあるからと言って断られてしまった。
夕食時のジュリアード家の食卓は、久しぶりに賑やかだと言ってラウルが喜んでいた。ふたりは学校でのことを熱心に聞きたがったので、ルイスはできるだけ詳しく伝えようと努力をした。
リーマスはルイスがグリフィンドール寮生だということを聞いて、とても嬉しそうにしていた。自分もグリフィンドール寮生だったと話しているとき、組み分けのときの緊張感を思い出しているような表情を浮かべているように見えた。
けれど、学校で何かを守っている三頭犬や、その守られている何かについて、そしてセブルスが疑わしいと思われていること、ニコラス・フラメルについては、ルイスは一切触れないように気を付けていた。
「ハーマイオニーは凄く頭がいいの。ロンはチェスが凄く強いし、ハリーなんて一年生では百年ぶりにクィディッチのシーカーに選ばれたのよ」
「ハリー?」リーマスは驚きのあまり目を剥いていた。「ハリーって、あのハリー・ポッターかい?」
「うん、そう。他にハリー・ポッターがいるなら、話は別だけれど」
「……そうか、ハリーはグリフィンドールでシーカーをしているのか。彼は飛ぶのが上手かい?」
「相当な乗り手だって、キャプテンのウッドが言っていたらしいけれど」
「それはそうだよ、ハリーはあのジェームズ・ポッターの息子なんだしね」ラウルが楽しげに横から口を挟んだ。「ハリーの父親も、グリフィンドールチームのメンバーだったんだよ、ルイス。彼も相当な乗り手だったんだ」
「ラウルはハリーのお父さんを知っているの?」
ルイスは瞬時に、自分はしてはいけない質問をしたのだと直感した。ラウルは済まなそうに眉を顰めてリーマスを見る。リーマスは気にしていないというように首を振ったが、その表情はどこか哀しげだった。
「学生時代、私はジェームズと同級生で、友人同士だった。もちろんラウルともね。ラウルは私たちより四つ学年が下だったが、すぐに仲良くなったよ」
ルイスは仲良くなったという言い回しに妙な違和感を覚えた。
果たして、グリフィンドール寮生とスリザリン寮生が仲良くなるということがあり得るのだろうか。自分たちとドラコ・マルフォイたちのことを考えると、そんなことは決して起こり得ないような気がする。しかし、本当に仲が良くなかったら、こうしてリーマスが家にくることもなかっただろう。
「私たちは、そう――特別だったんだ」
リーマスがルイスの心の中を見透かしたようにそう言った。
「特別?」
「そうだよ。私とラウルが同類だからだ」
そう言うリーマスの顔を見て、ルイスはすぐに察した。自嘲的な笑み、諦め切っている表情はどこか哀しげだ。リーマスとラウルはどこか似ていると思ったが、そういうことなのかもしれない。
「あなたも人狼なのね?」
何の躊躇いもなく言い切るルイスを、リーマスは最初驚いたように見ていたが、また自嘲的に微笑むと大きく頷いた。
「なんだ、そうならそうと早く言ってくれればいいのに」ルイスは細い肩をふわりと竦めた。「それなら、もうしばらくここにいるといいんじゃない? ラウルと、それから、もちろんリーマスが良かったらだけれど」
みすぼらしい継ぎ接ぎだらけのローブも、白髪混じりの髪も、青白い病んでいるような顔も、所々にできた小さな引っ掻き傷も、これで説明がつく。
ルイスはリーマスが驚いている顔を見て、くすりと笑った。
「家の住人がひとり増えたところで何も変わらないもの。部屋も余っているし、ラウルはあたしがいなくなるとまたひとりでしょう? それに、兄妹に人狼がいるのに、今更驚くとでも思った?」
最初は驚いた顔をしていたリーマスだったが、ラウルがルイスの言葉に声を上げて笑いだすと、リーマスも同じように笑いだした。
その反応を見て、なぜ自分が笑われているのかが分からないルイスは、僅かにむすっとしながら紅茶のカップを手に取る。こくりと温くなってきている紅茶を飲み、尚も笑い続けているふたりに向かって忌々しげに舌を出して見せた。