【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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1st 生ける屍
#1 生ける屍-A 


 音楽とはなぜ()()と書かないかが、物心ついた時からの疑問である。学問であるならば、なぜ学ぶと記さないのか。六芸のうち音曲を司るのが楽という字であっただけであって、理学数学国学に対して音楽というのは正直浮いているのではなかろうか。

 

 だから、小さい頃の私は音楽だけが特別なのだと思ったのだ。

 

 中学の音楽教師が言った。君は音楽が好きなら吹奏楽部には入らない方が良いのだと。

 

 授業に何でも優しかったあの先生が、鬼面の表情に変わるのが部活動だった。半端な覚悟であれば音が苦(おんがく)になると、口癖のように常々言っていた。

 

 リコーダーは補習になるほど苦手であった。しかし歌唱では、他学年の追試に合わせて手伝わされるくらいには信頼関係は持っていた。否、口実に呼び出しても問題ない生徒だと判断されていただけかもしれないが。

 

 果たして、今の私は音楽が好きなのだろうか。その答えの代わりに私は、枕元でけたたましく鳴り響く携帯端末を叩き落とした。

 

 アラームに使われているのは、家族からよく聞かされていたバンドの曲。いや、隠しトラックと言っていたか。ただただ成人男性がトークするだけの、曲と呼ぶには程遠いモノ。よぉだかやぁだかで始まるこの呪文は起きろおいと言いながらも、まったく私の身を引き起こすには物足りない。

 

 今日もまた、渋々と日光に合わせてヒトモドキが活動を始める。

 

 トイレに籠るまでの間に、ヤカンに半分水を入れて最大火力で2分のタイマーをかける。食事を掻き込んで、白湯を水筒に入れて買いだめした菓子パンを鞄に入れる。机の上に散らかった参考書とノートを詰めて制服に袖を通す。

 

 行ってきますの声に反応する家人はいない。扉を開ければ寒空が私を迎えてくれる。流石に想定外の気温である。

 

「もう上着がいる季節なのかなって……」

 

 風流な訳があるか。ここで怖い話をしよう。気が付けば2年生の1月になっていた。えっ、何が怖いのかって? 考えても見て欲しい。

 

 受験勉強を頑張って入学した輝かしい1年の春。ゴールデンウィーク直後から始まる「五月病は本格始動した教師陣に耐えられれば大丈夫」なんてものを言い出した奴を、私は本気で殴りたい。

 

 中間と期末テストでは一学年数百人の下から数えた方が早いという意味で、せっかく勉強を頑張って進学したのにこの仕打ちはなんだと。しかし敵は勉強や課題や先公(せんせい)であって、切磋琢磨する戦友共(クラスメイト)ではない。だが考査における序列とは、卒業までの3年間に絶えず存在する訳であって……。

 

 これで成績優秀で部活の友人達と「明日提出の課題どうだったぁ?」「翻訳すら終わってないんだけどw」と笑いあえていればどれだけ幸せだった事か。

 

 現実は非常である。そして天は人の上に人をつくるし、人の下に人をつくった。

 

 そうした学力カーストの下々がわたくしこと、下北沢高校2年A組学籍番号13番という符号を持った成れの果て(ヒトモドキ)である。

 

 そうした底辺の人間がやる事といえば、廊下では路に転がる雑草のように先公に対し稲穂の如くこうべを垂れるのが日常茶飯事。「私に学力はないですが、教室の邪魔にならないようにせめて先生は無視して授業をお進め下さい」と頭の中が空っぽの優等生を演じる事でしか、我が身を護れる手段を持ち合わせていなかったのである。

 

 考えても見て欲しい。自己肯定感マイナスの人間を格上相手の集団に放り込んだら、自壊するか自死するかの二択だろう。少なくとも私は両親にかけて貰った教育費諸々を返済する=恩返しするまでは死ぬ気がなかったのだけが幸いだった。痛い事だけはしたくないと、そうやって自らが心を閉ざしてきたのだ。

 

 そう。気が付けば12月が過ぎていた──それも2年生の。麻痺しきった感覚がようやく現実を受け入れたのだ。何と喜ばしい。祝え! 熟成されたクズ学生の誕生を! 

 

 ザ・リビング・デッド。生ける屍とはまさしく私の事だった。

 

 そのゾンビが一日何を過ごすかというと。

 

 6:45 起床 苦手な食パンを咀嚼して支度する

 7:30 出立 家から歩いて5分という立地条件を理由に進学した自分を呪いたい

 7:45 0限 補習と銘打った強制参加の授業

 8:40 SHR 何でも英語で略せばカッコいいって訳じゃないんだよ! 

 8:55 1限 「数学」実質徹夜で答えを赤ペンで丸写ししたノートを提出

 10:05 2限 「国語」相変わらず先生の下ネタ聞いて愛想笑いをしてれば大丈夫

 11:15 3限 「日本史」ダメな子でごめんなさい藤原さんって何であんなにいるの

 12:15 昼休 ドラッグストアでの半額品の買い貯めを咀嚼して課題に時間を使う

 13:00 4限 「英語」幸い当てられなくて助かった(ここで私の苦労を返して)

 14:10 5限 「体育」脳味噌絞りとった状態でも体力を枯らしにくるのは異常

 15:20 6限 今日はLHRで命拾いをしたチャンチャン

 

 そうして、もう16時。こんな事を日月火水木金金(一応建前上は日曜休みって事になってるから)を繰り返していたら、気が付けば500日以上経ってたって信じてくれるよね。

 

 今日も今日とて、先公のご機嫌伺いで雑務に明け暮れて一日が終了。お疲れさまでした……って、部活に行く余裕がなかった。早く帰って課題やらなきゃ。部活には週一で顔を出しときゃ大丈夫でしょうと高を括っていれば、1年次に隣だったクラスメイトらを偲ぶ……いや、死んじゃいないけど。

 

 疲労困憊で社会科準備室にある程度の資料を抱えて持っていけば、3限の担当だった日本史の方がそこに鎮座ましましている。

 

「安浦先生。他の組の小テスト、返却棚に入れときました」

「おぅ、お疲れさん」

 

 机に向かってこっちを見る暇もないのは、忘れ物とかをしても五月蝿くない私が内心できちんと()()と呼ぶ数少ない大人。

 

 英数国と比較して肩身が狭い社会科は、こうしてナメクジでも生えてきそうな薄暗い部屋が作業室に割り振られている。いやもう外が真っ暗だし、結局は電灯がサマサマな訳であって。

 

「忙しい所悪いけど、今日手は空いてるか?」

「やだなぁ………………先生。もう店仕舞いしたいんですけど」

「それが、どうしても頼みたい事があってだな」

 

 あ、先生珍しくこっち向いた。丸眼鏡でスポーティでスキンヘッドで、どっかのヤが付く自由業みたいなナリしてるから一部生徒からの人気も高い大人からの頼みとは一体何じゃらほい。

 

「うちの組の病欠に手紙やらプリントを渡して欲しいんだが……」

「お疲れっしたァー!」

「少しは話を聞け!」

 

 何処かからプラ容器に入ったシュークリームが出てくる。さては勤務中に抜け出して、わざわざ買って来たなこの御仁。

 

「御馳走様でした。で、何すれば良いんですか」

 

 ピラと書き殴られたメモ用紙には地名と住所が書いてある。スマホで検索すれば、駅前だしそう距離はない。

 

「最近は住所を教えるのすら、コンプライアンス的にどうなんですか」

「連絡網が潰えて久しい話を俺はしたい訳じゃない。うちの組の伊地知虹夏は知ってるか?」

「いや、知らないですよ……先生のとことフロアが違いますし」

「すまないが明日から受験でしばらく休校になるから、それまでに親御さんに渡して欲しくてな」

 

 自分とこの学級委員長はどうしたんですかといえば、件の彼女同様にインフルエンザらしくすっかり忘れていたとの事。

 わざわざ学校名が書いた角2封筒まで用意されているし。というか、買収されてるわでこんな頼み事は断れない自分が悪い。

 

「休校中の課題も量があるから頼む!」

「はぁ……貸し1ですからね、先生」

 

 内申点は上げてはくれないだろうけど、多少のミスは眼を瞑ってくれると信じたい。

 

 電車で揺られないからお駄賃でませんよと言われても、甘味で買収されているから夕食までのカロリー消費としよう。分厚い資料をスクールバッグに放り込んで数十分。駅前だからそこそこ高い建物に挟まれながら、まるで箱庭のような場所だと思う。

 

 道を行くサラリーマンやOLを見て、私もいずれはあぁなっていくのだろうか。誰からも期待されたくないし、給与分だけの仕事をして年金生活まで保たせろって本当に酷な話だ。

 

「私だって、好きで大人になんかなりたくないよぅだ……」

 

 そうこうしている内に、伊地知さんとやらのマンションの一室の玄関に着く。チャイムを鳴らそうとした所、玄関には小さなホワイトボードに真新しい文字が書かれている。

 

「急ぎの方は階下STARRYまでお越し下さい……って?」

 

 STARRYっと。検索をしてもまったく出てこないんだけど。しかし「下北沢 STARRY」で検索に引っかかったのは、何かの取材記事。年度明けにオープン予定だというこの店は、どうやら名の知れたギタリストが関係者にいるらしい。

 

「って、もしかしてライブハウス?」

 

 アレか? アレなのか? 化粧メイクした人々が楽器の演奏に合わせて、上下に首を振る謎の奇行をする集団だっけか。私の持てる知識ではまったくあてにならない。

 

 赤青のネオンの看板が闇夜に揺らめいた。そこにはまさしく探していたSTARRYの文字。間違いなく私が向かうべき場所であった。

 

「地表の下に入り口があるって、秘密基地みたいなの思い出す」

 

 すみません嘘吐きました。私には外で遊んでくれる友達なんていませんでした。どれくらいヤバいかというと、関西の巨大テーマパークであるU■Jに放り込まれた修学旅行で一人だけ全日カフェでお茶してました。引率の先生からの視線が突き刺さったのが本当に痛かった。

 

「我ながら交流関係の狭さに眩暈がする……」

「ウチ、今病人は間に合ってるんで」

 

 おぅと。扉の前に立ち竦んでいたら()()()声を掛けられた。金髪? 黄色? で長身の女性。いかにも()()()って感じのお姉さんだ。首輪を巻いて、漆黒の衣装に身を包んでいる。

 

「首輪じゃねぇ。これはチョーカーって言うんだよ」

 

 すみません。声に出てました。暗がりの中から、切れ長の眼が覗く。

 

「友達のライブでも見に来たのか? ちょっと待ってろレジ開けるから」

「いえ、私はお届け物を……」

「プレゼントとは殊勝だなお前。とはいえ、此処はそういう馴れ合いには似つかないかもだけどな」

 

 飲み物は何にすると机上のメニューを叩く。招き入れるのに金を取るのか……いや、そもそもお店だからワンドリンク買えってのも分かるけども。財布の中身足りるかなぁ。

 

「これ、チケット代足りんぞ」

「う”ぇ”!?」

「仕方ねぇ……今日だけ特別だぞ。オマケしといてやるよ」

 

 そういう初見殺し止めて欲しい。ますます恥の上塗りになってしまう。とりあえず10000円払ってれば足りるだろうか。諭吉さんを犠牲に、樋口さんと野口さんが三人召喚された。

 

「ピックだよね」

 

 STARRYと書かれた()()()()型のプラスチック片。それが弦楽器を使う時のものくらい、私だって知っている。

 

「うわぁ硬くて弾きに難そう……」

「お前楽器やってんのか?」

「いえ、齧ってるくらいです」

 

 ピッと手を出すチョーカー姐さん。あぁそういう事。ちゃんとDRINKって書いてあるじゃん。本日の()()()()がハットトリック。もう帰りたい。

 

「聞く前から帰るってオイ。せっかく金払ってるんだからゆっくりしていけって」

「ですから……私、ライブハウスに来るつもりじゃなかったんですってば」

「何だって?」

 

 その発言は最後まで聞き取る事ができなかった。室内のスピーカーを通して響いてくる重低音。腹の底から震えるような。皮膚がビリビリと沸く。ゾワりと鳥肌が逆立つ。鼓膜を破らんと音が飛び跳ねる。

 

「キラキラしてる……」

 

 私達と同じくらいの制服を着たグループが、それぞれの楽器を両手に奏で出す。綺麗なものなんかじゃない。粗削りで、何処か未完成な曲。

 

 それでもだ。私の心を崩すのは、その音だった。自分には欠けている熱意だとか。そういったものが、氷を模したガワだけをいとも簡単に溶かしていく。

 

 次のバンドは、スーツ姿でダンディな大人の方々。トークも社会風刺というかそういう吹き溜まりのようなオーラを出しつつも、霧散させるような迫力で以って圧倒する。

 

 世の中への鬱憤全てを叩き込んだようなボーカル。地団駄にも似たドラムの走り。心臓の鼓動すら霞むベース。雨が家屋に降り注ぐ様子のキーボード。そして人の声の代わりに悲鳴を上げるギター。

 

 真っ暗なライブハウスだ。しかし私には青空が見えたし、嵐も過ぎ去るし大雪も降った。

 

「ホント、カッコいいなぁ……」

 

 皆が泣く映画だとか、流行りのメイクとかネイルだとかそういうのは仮面を被ってた。周りに合わせる為だけに覚えた内容なんて、試験勉強以上に使えない。

 

 そういうしがらみ抜きで感動するって、何時以来だろう。胸に刺さった杭を抉り回される。毒よりも悪性なものを肌で耳で取り入れる。私にとって明らかな異物。それを心が求めているんだ。

 

 そして流れるのは()()バンドの曲。かつて私を変えたモノ。別の名前を知らない誰かが歌ったって、その凄みが陰る訳ではない。コピーって言い方はわざわざしなくて良いじゃないか。曲が愛されているのが分かる。皆の憧れである──それが目の前で演奏する彼らからもひしひしと伝わってくる。

 

 私は汗だか涙だか分からない……それらが肌を伝って行くのを見送るだけだった。

 

「感動してるとこ悪いんだが、0時までにお店閉めなきゃならなくてだな……」

 

 いつのまにかチョーカーのお姉さんが何処か呆れた眼で覗き込んでいた。

 

「今、何時ですかッ!」

 

 時計を見れば、両親に怒られる時間なのは間違いない。慌てて荷物を抱え上げて走る。途中の段差で足を引っかけて転倒。ぶつかったのが床だけで本当に良かった。

 

「そんな怖がられても困る」

 

 手を貸してくれたチョーカーの人。呆れ気味でも何処か懐かしむような表情でこちらを引き起こしてくれる。

 

「よく見たら、下北の制服じゃねぇか。友達追いかけなくて良かったのか?」

 

 待て待て。他にも下北生がいたのか。こんな喜怒哀楽が自覚なしに吹っ切れた有様を喧伝されたら、もう生きていけない。

 

「音楽ってもんは自由で良いんだよ。バンドの方針だとか、得意な曲とかはあるけどさ。それでも()()()()()()()()()()()ってのは、滅多にない事だ」

 

 付き合いでやらされてるとかは別だけどと彼女は嗤った。

 

「泣ける時に泣ける。笑う時に笑える。そういうライブハウス(ハコ)に私はしたいんだ」

 

 照明が最小限のステージは、もう何もない。それでも、その残滓は彼ら彼女らの熱量が残ったままだ。

 

「私は、STARRY(ここ)の店長、伊地知星歌だ。お前……名前は?」

 

 私は生ける屍(THE LIVING DEAD)。ヒトの皮を被ったゾンビ。生きてる価値もないし、他人をなぞるだけの生活しかできない紛い者。それでも、私は……私という存在は。

 

「下北沢高校の栗原佳って言います」

 

 ケイちゃんね。何処か懐かしい視線を感じて見上げれば、お姉さんにはプイと顔を逸らされた。

 

「そういえば、お前……。ウチに何しに来たんだ?」

 

 スクールバッグに放り込んだ角2封筒の存在をすっかり忘れていた。

 

「えーっと。虹夏さんにお届けものデス……」

 

 恥か死にダメ押しの4点目である。鬼のようなLOINE(ロイン)が大量に届いていて、慌てて通話したのだった。




冬コミの原稿が終わってぼざろを一気見しました。
でかい杭で胸に風穴開けられて掻き回される感覚を味わいました。
学生時代の黒歴史をひっくり返すようで、1話1話血反吐を吐きながら終了。
10年前に原作に出会えてたなら、私の世界が変わっていたのだと思います。
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