【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
オーディションまであと僅かなのに全然集中できない。いつも練習に付き合ってくれている後藤さんは、家の用事があるらしくて一足早く下校してしまった。とすれば放課後の校舎に残って練習する旨味もない訳で。
ギターケースを背負って、結局はいつもの道。下北沢駅前のライブハウスに辿り着く。LOINEの着信を見れば伊地知先輩から。スタ錬の提案は、高校の補習の為に難しいらしい。一人で自主的にやっても、上達には非効率だ。何も取り柄がない私だから分かる。人に合わせるのが得意なだけであって、輝ける存在ではない事も。
運動部の助っ人だって他に上手い人がいるから、その繋ぎとして役に立つだけ。結局喜多郁代という存在は、いてもいなくても結果が変わらないものだと思っている。
CLOSEDと書かれた看板を通り過ぎてノックする。しかし、いつも通りドアノブを回しても引っかかった。可笑しいな。いつもなら、店長さんはこれくらいの時間にはいる筈なのに。やや間があって開錠の音。のっそりと金髪が姿を表した。
「あぁ、喜多ちゃんか。悪ぃ、つい開けるの忘れてたわ」
炭酸が抜けたジュースみたいな顔色の店長さん。珍しく、気勢が削がれてる? 曰く、本当にやる事がないらしい。いつも仕事に追われているのに、今日だけは職場でもオフのような空気。傍らには、珍しく赤色のギターが鎮座ましましている。
「そういえば、店長さんって楽器やられてるんですか?」
「昔な。人並みには出来た自信はあるけど」
「それじゃあ、自主練見て貰えませんか!?」
私が人より勝る点。それは愛嬌だと思っている。相手の牙城を崩す為の恰好の武器。媚び諂うだけでなく、自分の戦場を形作る──ペースを保つ方便。しかし、想像よりも店長さんはあまり気乗りはしないようで……。
「今の私が教えたら、オーディションのカンニングみたいになっちまうだろ? 公平性がなくなるな」
「それは……そうかもしれませんが……」
「手伝ってやりたい気持ちもあるんだが、獅子は子供を崖から突き落とすなんて諺もあるくらいだ」
まぁ、気張るしかないよと慰めるように肩を叩かれる。
今回の事態は、元はといえば私が5月のライブから逃げた事に由来する。あの時にまったくギターが弾けなかったとカミングアウトしていれば、結束バンドとして未完成で拙い演奏をせずに出場を辞退していた筈。そうすれば、店長さんも伊地知先輩にこんな課題を出さなかったのに。
全部私が悪いのだ。だから必死で皆に追いついて、フロントマンとしての職責を果たさねばならないというのに。
「すみません。無理なお願いをしてしまって……」
「あー。そういうんじゃないから喜多ちゃんは気にしなくていいよ。まぁ、可哀そうなのは事実だから……ちょっと待ってろ。もうすぐ向こうも終わるだろうから、先生をスカウトしてやる」
そうしてのっそりとお店の中を遊回し、暫くすると戻ってきた。連れてきた相手は、キャップ帽を被って全身ジャージ姿でマスク姿の……。
「もしかして栗原先輩?」
「どうも」
全身が埃まみれで、何やら作業後のよう。いつも下ろしている黒髪を後ろで一つに纏めているのは新鮮だった。
「ケイちゃん、お疲れ。鍵を渡すから、私らの部屋でシャワー浴びてってよ。タオルとかシャンプーとか、勝手に使って良いから」
「あ……じゃあ、お言葉に甘えますね」
そうして、いそいそと出入口へと登っていく。残された私はクエスチョンマークを頭上に浮かべるだけ。
「どうして栗原先輩がっ!?」
「前にインターネット絡みで相談した事があってさ。お駄賃やるから作業してくれってお願いしたんだよ。大家さんにも許可貰って、3階とココとで壁裏にLANケーブル這わせてたんだよ。それとwifiも設置してくれててさ」
おっ。ちゃんとパソコンが無線で動くと、店長さんはノートパソコンを何やら覗いている様子。
「生憎こういうのは疎くってさ。業者に頼むと出張費だけで一万円くらいに成る訳よ。で、機械に詳しいケイちゃんにお願いしたって訳」
片手でレンタルスタジオの回数券をヒラヒラさせている。そして栗原先輩が置いて行った、電機屋での買い出しと思われるレシートを見て眉を顰めた。
「……まぁ、必要経費って奴だ。スタジオ1時間の貸出料金って、大体相場が2000円くらいなんだよね。同じお金を払うなら、有効利用しないと」
「あぁ、そういう……」
「もちろん、倍にして渡してるから……まぁ10回分だな」
オマケにスタンプも貯まって1回無料だと笑う店長さん。
「その……こういった言い方は失礼かと思うんですけど。結束バンドに対しては、店長さんは甘くないですか? 勝手にお邪魔して、好き放題にスタジオを使わせて頂きますし」
「贔屓して何が悪いって話だよ。それに、ちゃんとバイト代から差し引いてるから安心しな」
まぁボーカル練習ならカラオケの方がコスパが良いだろうと、店長さんはどこ吹く風。
「それは……私がまだ未熟という訳ですか?」
「本来なら山田がやるべきだろうとは思ってるよ。ギター始めて1ヶ月ちょっとの初心者にギタボをやらせるってのは、任せてるんじゃなくて放棄してると同義って事。虹夏は音痴だから仕方ないとしても、リーダーとしてメンバーの負担管理はアイツの仕事だ」
責任問題から逃げるべきじゃないんだよと、口調は荒っぽい。
「でも……それは、元々私が結束バンドから逃げたのが原因じゃないですか」
「スカウトする時点で実力も見極めないアイツらが悪い。それに5月のライブも数合わせてぼっちちゃんを組み込んだのも、普通に考えて可笑しいだろ」
誰でも良いならだなんて、私だったらブチギレてるよ。そういう店長さんの目は暗かった。
「ま、今のお前らが順調なら良いんだよ。だから『仲良しこよしでやっとけ』って言った訳。ガチだったら流血沙汰だよ、ホント」
「何やら、人生経験も含まれてません?」
「まぁな。私からすれば
本来なら音楽ってのは
「戻りました、星歌さん」
「おう。お駄賃とついでにもう一個お願いがあるんだけど」
「また弾き語り独演会なんて、簡便してくださいよ?」
「そこまでの事はしないってば。喜多ちゃんにギター教えてくんない?」
そう言われた栗原先輩は胡乱な目をする。また厄介なものをと顔に書いてある。
「基礎練なら後藤さんが一からやってますし、第三者が口を挟まない方が良いのでは?」
「オーディションまであと3日なんだよ。ちょっと合わせをやってくんないかな」
「相変わらず無茶ぶりを……」
先輩は更に頭を抱えた。制服に戻った彼女がスカートを揺らしながら徘徊する。
「あ……すみません。無理にお付き合い頂く必要は……」
「やるよ。いずれにせよ負けたくはないし」
誰にとは言わなかったが、その視線は間違いなく私に向けられていた。曲名を教えてという質問。どうやらオーチューブで確認しようとしていたらしい。
「実は……結束バンドのオリジナル曲なんです」
「どういうこと星歌さん!?」
「喜多ちゃんの言う通りだよ。ぶっつけでオリジナルやる予定」
「あぁ、何で更にハードルが上がるのぉ!?」
少しは段取りってものをと先輩は髪を掻き毟って瞑目した。けれど、再び開けた双眸は何処か焔が宿っている。
「楽譜だけハイドウゾって訳じゃないんでしょ。音源ある?」
「はい。リョウ先輩から打ち込みのデータなら……」
「メールで共有してくれる? 20分で覚える」
そこから先は栗原先輩の行動は早かった。先程店内に置かれていた赤いギター。その傍らにあった楽器ケースからA5のノートを取り出して、ひたすら筆を奔らせる。
そして、イヤホン越しに曲を聞いた彼女は…………確かに嗤った。
「
綴るのは歌詞ではなく、6本になるように定規で書き出して各所に数字を割り振っていく。私が持っている楽譜のコピーを元に、何かを書き起こそうとしているみたい。
「数字はバレーで抑えるフレットの位置ね。丸と矢印で書いてるのはソロパートの指裁きを採譜した奴。精度は7割程度って感じ」
私が物珍し気に覗き込んでいるのが気になったらしい。すぐにまた音源のヒアリングに戻る。流石に時間内では終わらなかったものの、30分もすればよく分からない暗号書が出来上がっている。
メモを頼りにギターで音を充てていく。そして今度は書いた一部を油性ペンで塗り潰していった。
「ちょっ!? 何やってるんですかッ!?」
「何……って、喜多さん用に削ってるだけだよ」
私の勿体ないという発言に対して、流石に清書してる時間がないからと彼女は言う。
「山田さんは作曲が上手だけど、それは作った本人があと3人いる必要がある。メイン・サイド・ベース・ボーカル全部を出来る前提だからね。その二つを喜多さんがやるなら、割り切って要素を削るしかない」
先輩はタブレットを取り出して、今度は何やらディスプレイを叩いている。ビートは180程度。どうやら今回の採譜を再現しているよう。
「イントロとAメロできたよ。とりあえずやろうか。この際、メロディラインは後藤さんに任せよう。喜多さんがやるのは、その指弾きが単調にならないようアクセントとして演じる事に集中して」
例えばこんな風にと彼女はギターをかざす。絶妙なバッキングと指裁きで以って旋律を紡ぎ出す。
「最初のイントロは後藤さんに追いつこうなんて思わなくて良い。このメモを見ながらダウンストロークで2回ずつ繰り返して弾いてみて。音源には無理に合わせなくていい」
タターンタターンタターンタタ。タターンタターンタターンタタ。タターンタターンタターンタタ。テーテーテテ、ダッダッダ。
「これしか弾かなくて良いんですか? リョウ先輩のだと、もっと動かしてるんですけど……」
「あくまで喜多さんの役割は
例えばBメロと栗原先輩はペンを投げた。代わりにどこからか取り出したピックで弦を叩く。
「『息も出来ない』から『どこにいる』まで。
どういう説明をすればいいか首を捻っていると、私達の上から声をかけられる。
「多分、緩急が大事って言いたいんだと思います。ロックバンドがずっと激しい音楽弾いてたら、皆飽きますよねー。だから、曲の間にも休む時間が必要なんですよ?」
バイトで色々と教えてくれるPAさんが幽霊みたいな黒衣をはためかせて、こちらを見下ろしていた。
「PAさん。折角なんでこの曲で
「はーい」
「喜多さんは、私がギタボやってるのを自分だと思ってみてて」
そういうと栗原先輩は、ストラップを肩からかけてシールドを取り付ける。既に暖気運転をしていたらしいアンプから唸り声が出始めた。
「エフェクターないのが辛い所だけど、喜多さんと条件同じにしないとだからね」
ふーっと息を吐いた先輩が、供えられたスティックでドラムのシンバルを4回叩いて曲がスタートする。イントロは、私に教えていた通りの簡素なもの。しかし、何度も原曲を繰り返していた私にとっては、リードギターもリズム隊も頭の中で補完されている。
「突然降る夕立 あぁ傘もないや嫌 空のご機嫌なんて知らない」
初めて聞いた筈の曲を歌い出すのに、先輩には一切の迷いがない。
この時ギターには一切触らない。その代わりに眼前で手拍子。観客を煽る様に大きく見せて、ここで乗らなきゃ損だよとアピールする。音源を聞いた事がないであろうPAさんも合わせて柏手を打つ。
続いたAメロでようやくコード弾きが始まる。そこはギタボを任されているという義務感にも似た演奏。時折ネックの方を見ながら音を止める。
先程敢えて弾くなと言われたBメロはどうか。頭上で大きく手を振る様に。もちろんPAさんも追従する。それが落ち着いた頃に、視線が再びギターに戻りバッキングが始まる。
いよいよサビ。1小節に1つか2つコードだけを割り振ったシンプルな構成。終わりかけには弾いてミュート弾いてミュートを繰り返し、スタッカートのように弾ませる。腕振りはこのライブハウスでもよく見るエイエイオーのように。
「ぶちまけちゃおうか 星にッ!」
再び始まるイントロを終え、後ろを向きながらギターをかき鳴らして数十秒。ジャーンとストロークで決めて彼女は跳ねる。
シーンと静まり返った会場に気まずさを思ったのか、先輩がぎりりと振り返る。
「いやー。面白いもの見れたわ」
「店長さン”!?」
「必死になってるケイちゃんが新鮮だなーって思っただけじゃん。PAもそう思うだろ?」
「私も頑張ってて可愛いなぁって思いましたよー」
対して評された栗原先輩は、オトナなんて大嫌いだとすっかり拗ねている。
「っていうかさ。ケイちゃん、バンドやってないのに場慣れしてない?」
「え……エアバンドですよッ! ほらッ、誰だって想像しません!? 盛り上がってるかいっ! って」
「言い訳するあたりが胡散臭せぇな……」
確かに栗原先輩はライブハウスにちょくちょく顔を出しているが、織口先輩以外と合奏している覚えがない。
「実は他に拠点を構えてますって面をしてねぇ?」
「誓って! ただ兄の演奏に付き合う機会が多くって!」
栗原先輩ってお兄さんがいらっしゃったのね。周りに教えてくれる人がいると、ちょっと妬いちゃうかも。
「兄の仲間が冗談半分で一緒に演奏してくれて……それで中学に上がりたての私が、本番のMC中に弾かせて貰って……客受けは良かったですよ?」
それで経験がないのに、ある程度詳しいという事。納得している私の横で、店長さんは苦虫を噛み潰した表情をしている。
「何か、どっかで見た事があるような……。ケイちゃんの事になると、頭の隅に引っかかるんだよなぁ。そのギターも何処かで……」
「よくあるフェンダーMEXだと思いますけど」
「そりゃあ初級者くらいの値段で買えちゃうから、これといった決め手にならないんだよなぁ」
そういうもんですかねと、栗原先輩は鞄から眼鏡ケースくらいの大きさの四角をステージに並べていく。
「ほら、喜多さんも準備して。どうせ本番はここでやるんだから、ストラップして立ち弾きしようよ。後藤さんには及ばないけど、私もソロパートを充てるからさ」
先程と違って、アンプからは重低音と共に唸らせるようなノイズが奔る。それと同時に空間が歪むような音色も聞こえてくる。
「もし物足りなくなったらエフェクターを買いなよ。足りない一歩を後押ししてくれる、大事なパーツだから」
指慣らしのように、単音とメジャーコードを繰り返す。それは、上がるのを躊躇している私を待ち構えているよう。まったく似てない仕草が、何処か私をいつも引っ張ってくれるうちのリードギターを想起させた。
「後藤さんに頼まれての事だからね……投げ出す訳にはいかないよ」
「何の話ですか?」
「元々、曲の相談とか受けてたから。第何版か分からないけど、おそらく作成したてのを彼女から聞いてたからさ」
それで随分と早く採譜ができたのか。リーク情報サマサマである。
「むしろ、自慢したくてしょうがなかったみたいだよ」
前言撤回。承認欲求モンスターが此処に極まれりだったらしい。
「でも、まぁ。そういう偶然のおかげで喜多さんが上達するには願ってもない事だ」
「栗原先輩は私からすれば何でもできるように見えますね」
自嘲自虐に呟いた言葉。伏せていた私の顔……というかほっぺを彼女は摘まんで上下にずらす。
「ふぃふぁいふぇす……」
「そんな事に悩んでる暇があったら、喜多さんの武器を活かしなよ。呑み込みの早さじゃ上を行かれてるんだからさ」
合わせるのは得意なんでしょと目で問うてくる。そうだ。喰らいつくのだけが、私が努力で補える限界点。
「いつか……私も先輩と一緒に堂々と弾けるようになりますか?」
対して先輩が嗤う。馬鹿な事を言ってんじゃないよと。
「その為にはまず、私が後藤さんの代わりが務まるようにならないとね」
何か皮肉でも利かせるのだろうかという感じだが、その真意が明らかになるのは私達が本当のピンチになってから。この時の私は知る由がなかったのである。