【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
「と……いう訳で、目下の解決しない問題ばかりの状況をどうにかしよう!」
威勢がよく声を張り上げた織口さんを、同席する我々は何とも生暖かい目で見守っている。生徒会室もとい、学祭実行委員会臨時本部とも言えるこの部屋。その一角で総務系列の者が一堂に介す中での発言である。
「織口先輩らの案は分かりますよ? 実際カンパという名の見ヶ〆料の進捗は50%程度。しかし、参加バンドを2から3倍に増やさないと大赤字ですね」
他の総務局員からの発言に、織口さんはどんと胸を叩く。
「でもまぁ、告知からこれだけ短い期間で集まったんだし、10月まで締め切りを伸ばしてたら余裕っしょ!」
一体、その自信は何処から来るのだろうか。火中にあるのは私もだけに、一体どんな打開策があるのか正直期待していたのだが……。
「学外から応援を呼ぶ!」
「却下だ却下! これ以上、防犯の手間とリスクを上げるんじゃあないッ!」
「うわー、ケイちゃんのいけずー」
私のツッコミに過剰反応だと、わざとらしく彼女は声をあげる。その様を見た観衆は──。
「総務夫妻……痴話喧嘩なら他でやってください」
と、評価は散々である。誰が夫婦だ。そう呟いた彼女は、バンド活動にも通ずる優秀な後輩君。
「いつも言ってるじゃないですか。結論ありきの会議なんか意味ないんです。労力を増やさずに、お金が欲しい。たったそれだけなんですから」
「それが簡単にできれば苦労しないんだけど?」
「ていうか、先輩方はバンド組まないんですか? 数を増やすってそういう事でしょ」
その質問は結構ダメージが来るんですけど。吐血しかけた私の代わりに織口さんが答える。
「孤立気味と転校生で組んだギターデュオに肩入れしてくれる奏者が何人いると思う?」
「いや、それは別に良いんですけど……只でさえ時間が限られてますから、こちらとしては1枠にたくさん人を参加させたい訳ですよ。でないと、料金徴収がどんどん非効率になります。吹奏楽と應援團はともかく、ただでさえ同窓会から圧力かかってるんですけど」
こちらは生徒会が食い止めていますが、時間の問題でしょうねと口を零す。
「後輩君はあれかぁ? 私らに今更ベースとドラムを探して来いと?」
「でなきゃキーボードはいかがです?」
いずれにせよ、バンド組めてる私には関係ない話ですが。そう締めくくった後輩を織口さんはヘッドロックする。
「ないものねだりはしねぇ主義だけど、煽るだけなら楽だよなぁコーハイ?」
「ギブ……ギブっす織口先輩」
そのタイミングで下校を告げる鐘が鳴る。補習組はようやく解放されて、各々の部活動に打ち込める時間となる。運良く見逃して貰った後輩は、咳払いをしつつ窓際を指さした。
「ほら、先輩方。受付もちゃんとやってください」
解放しっぱなしの窓越しに、生徒会役員と話しているのは私も見知った子。
「
「あっ……私の一年の時に二つ前の席だった子です」
入学したてという事もあったし、友人程度として交流もあった。二年目になってクラスが離れてからは疎遠になっていたのだが……。
「久しぶりだね、ノベル」
つい声をかけてしまった。名前は垣沢
「確かノベルは文芸部部長だったっけ」
「栗原佳はどうして此処に?」
貴女に生徒会のイメージはないんだけどと、相変わらず取り付く島がない視線を寄越してくる。横から織口さんが耳打ち。
「随分な二人称だね……」
「他人の事をフルネームで呼ぶ癖がある以外は普通の子です」
の筈なんだけど。ノートの貸し借りをしたりそれなりに交流はあったのだが、未だにこの子の真意とやらはまったく掴み所がない。
「そっちは文芸部としての出し物について?」
「はい。
そういう良く分からない小ネタを挟む癖があった。昨年出したという文集を片手に顔を出しに来たらしい。そして……。
「体育館ステージの申込書……
「出すのを迷ってまして。まぁ成り行きという事もあり」
この子には失礼だが、バンドのイメージがまったく結びつかない。リコーダーも合唱も授業で苦手だった覚えしかないのだが。
「……音痴なのにと思ってませんか? 栗原佳」
「むしろ
「作詞も小説も、貴女の言う受験には役に立たない俗物ですよ?」
そう悪戯をしかけた悪ガキのように嗤う。というか、ドラマの妖艶な悪女皇ともいうべきか。
「スリーピースでやる分には、音の厚みがなくて困っていたので。むしろ、貴女達がここまで興味があるとは……って近いッ!」
つい目を皿のようにしてのそりと二人して立ち塞がってしまった。お嬢様属性の彼女から、キャラ崩壊しそうな驚きの声が上がる。
「はぁ……栗原佳もバンドをやってるのなら、最初から巻き込んでいれば良かった」
「巻き込んでおけば……って、物騒なワードをなぜ入れた?」
「百聞は一見にしかず。まずは、いらしてはどうでしょうか。私達の
勿論、組むには条件が必要ですがと付け加える。そこまで言われてしまえば、興味が湧くに関わらず行ってみたいのが心情だ。こちらを見て爆笑している生徒会長に鉄拳を浴びせつつ、荷物をまとめて部屋を後にした。
夕陽が延びる中、ボロボロの鉄製階段を登りきる。寂れた……もとい錆れた校舎の一角で彼女は鍵を回す。
「っていうか、ここ防音室みたい。壁の作りとか全然違うんだけど」
「旧視聴覚室らしいです。昔は先生方の会議室を兼ねていたようですが、同窓会館の方が新しいですからね。持て余しているのでしょう」
まぁ都合が良いいこした事はありませんがと、彼女は不敵に嗤う。
「さぁこちらに」
そこは机が並び立てられた、ごく普通の教室にも見える。唯一の違いはその配置。黒板の前には余分とも思える教壇が煉瓦畳のように敷かれている。椅子はそちらを一斉に向くように。これはまるで……。
「ライブハウスじゃないか」
つい漏れ出た本音が宙に浮く。隣の織口さんも同じ感想らしい。
「下手すらSTARRYより広いんじゃね?」
機材などが一切ないのは置いておいて、これだけの空間が貸しスペースとして扱えるのなら優位な点になる。先客は2名。二人とも私の知人である。
「うちのドラムの尾島千尋。貴女も2年の時に隣の席だったでしょう」
そうです。トラウマで思い出したくもない修学旅行も一緒の班でした。友人関係としては良好で、お互いに漫画やゲームの貸し借りをしていて……。
「最近ネトゲに上がんないから心配してたけど、想像以上に元気そうね」
「これには事情がありまして……って、お互い様でしょ。それに吹奏楽はどうしたの?」
「もう辞めたわ」
そう彼女は眼鏡を指で傾けて、あっけらかんにいうのだ。
「元々は音楽室の機材を使いたい放題って触れ込みで入部したのよ。それが運動部の付き添いに演奏会へ向けての自主練。勉強との両立もあるし、とても時間が足りなかったの」
であるから3年にあがったタイミングで、自ら退部を申し出たらしい。
「受験を理由にすれば誰からも怪しまれないし、丁度都合が良かったわ」
「それはそうとして、理由だった楽器の件は良いの?」
「えぇ。むしろ、放課後が自由になった分で色々と試せるようになったから」
壁際に置いてあるウーマーイーツもビックリなリュックサック。そこから仰々しく取り出したのは、金属製の部品やら支柱やらが大量に出てくる。
「組み立てに時間がかかるから、もう一人を隣の子に紹介しといてよ」
すっかり作業モードに入ってしまった同級生を横目に、ちょこんと人形のように座る小柄な少女。中学校も一緒という意味では縁がある。そんなには親しくないのだけど、同郷もあいまって声をかけ易い方ではあるのだが……。
「ピアニストを呼ぶには正直気がひけたんだけど……」
「それ皮肉? ケイ」
滅相もありません。ツーサイドアップが彼女の所作で揺れる。
「川田早紀さん……私の中学で、合唱とかの伴奏してくれてた子」
「訂正させて。やらされてたの間違い」
このツンツンの尖り具合も相変わらずのようだ。嫌いではないが、正直扱いに困る性分である。決して悪い人ではないのだが……。
「まぁそのお陰で内申点もあがって、この高校に入れたと思えば安いかしら。感謝はすれど後悔しかないけどね」
毒舌というか根から打算的な性格も相まって、忌避されるタイプの筈だがどうして
「何よ。狐に摘ままれたような顔して」
「いや……裏を知ってると思うと、貴女はピアノを嫌ってる節があったから」
「やらされた音楽が嫌いなだけあって、やりたいものやって何が悪いかって事」
そういう意味では気が合う筈ね。改めてよろしくと手を差し出してくる。
「お互いに猫を被るってのも大変でしょ。手の内明かしてればそんな気遣い要らないし」
拙い感情は全部音楽にぶつけてしまえばいい。彼女が取り出したのは
「
私が欲しかった音楽は自分で作るしかない。内蔵されたスピーカーからは、鍵盤楽器とは隔する歪みを含んだモノ。まるで、川田さんの心情を表に出したよう。
「ロックに行こうよ。此処はそういう場所。平和ボケしてる
だから、貴女も戦ってるんでしょう。そう締めくくる。
「そうそ。仲間は多い方が良い」
割って入るのは、荷物を組み立て終わったらしい尾島さん。そこに鎮座するのは……。
「ドラ……ドラムセット……だよね?」
「いや、疑問形になるのは分かる」
こっちもこっちでまとまらない光景。ジャンクかと思われても仕方がない。
「100均とハードショップの廃材で作ったそれっぽい奴」
ペダル式ゴミ箱+プラゴミ箱+金属部分を抜いた大きさの違うタンバリン(これがタムだろうか)+鍋蓋と思しき物体が支柱に逆さで半固定されている。
「いやー。ゴミ箱のコスパは最高よ。ペダルはあるわ、天面は改造次第でフロアタムにもなる!」
「誰もそんな運用期待しないのでは……」
しかし音色は紛いものという訳ではない。意気揚々と叩く様はまるでストリートパフォーマンス。即席のドラムセットは、まさしくその役割を果たしていると言えよう。
「さぁ、栗原佳。共闘と行きますか? 私達も紛いなりにも音楽を志している者。下北祭に殴り込むのも悪くありません事」
このお嬢様は入学当時より相当語彙が荒っぽくなってるな。彼女もまたギターを携えてこちらを見る。ん、待て。ギターだと?
「
「えぇ、そのまさかですわ」
既にいるギター*1ドラム*1ショルキー*1。そしてこちらの手持ちはギター*2。
「あっ。私はボーカル出来るからね?」
そういう意味じゃないよ織口さん。ツッコむ気力はないのだが、私の仮定が当たらない事を信じたい。
「誰かがベースやるって話?」
「誰かではなく、貴女がですよ。実力を買っての事です。中学時代からライブハウスを賑やかせていたのを知らないとでも?」
つまりは半分兄の所為。というか、私の黒歴史を何故知っているのか。
「ですから、最初から巻き込んでいれば良かったと申しているではありませんか」
さすれば事前に下準備もできたと思いますしと締める。いや、締めるじゃないよもう。
「私、ギターしかできないからね?」
「えぇ、存じてます」
「もう一度言うよ。ギターしか弾けないんだってば」
「えぇ、承知しております」
彼女の口角が不気味に傾いた。瞳の臆には愉悦の色が見える。
「ギターでベースは弾けますでしょう?」
何を言ってんだこの
「ですから、貴女の腕を見込んでとの事です」
「いやいや。ベース経験ない人間にそれを振る?」
「
一体、何の話だというのだ。そもそも、私は意識して彼女らの前で演奏だなんて……。
「私が話した」
そう透き通る声で場を遮ったのは、最近よく聞く機会が増えたがあまり慣れないモノ。なにせ、会話としては直接介する程の友人関係ではない。決まって周りには結束バンドがいたからだ。
「久しぶり……栗原先輩」
結束バンドのベーシスト。山田さんが顔を出す。
「山田さんが此処に来るってイメージもないんだけど」
「堂々とベースを持ち歩いてると、先生が五月蝿い。なので置かせて貰ってる」
「鍵は私の持ってるコレと、職員室にスペアがあるだけだから。防犯にはうってつけ」
「うちの郁代がお世話になってるようで」
えぇ、そりゃもう。無事に審査は通ったようだが、元はといえば本番まで期間がないにも関わらずオリジナル曲を推してきた経緯があるからだ。作曲までの三週間であれば、喜多さんもコード弾きに終始して危ない橋を渡る必要はなかった。
「その節はどうも。オーディション合格おめでとう」
「ありがとうございます。それはそうとして、郁代のスタイルが変わったのが気になった」
栗原先輩は郁代にギターを辞めさせたかったんですか──と問うてくる。
「そっくり返すよ。無理難題押し付けて、心を折ろうとしたんじゃない」
「そうだよ。だって、一度は虹夏を追い込んだんだから。これぐらいのハードルは乗り越えて貰わないと」
おそらくそれは結束バンドの再結成の切っ掛けになった、喜多さんがライブに現れなかった件を指しているのだろう。
「意趣返しとしちゃあ、性根曲がってるんじゃないの?」
「でも、先輩は私の意図を理解した。その上で、郁代がステップアップする踏み台になってくれた。それについてはお礼申し上げる」
しかし、結束バンドの在り方を変えるのはナンセンスだという。
「聞いたよ。六弦ベースを買いとって、その上でギターを貸してるんでしょ。本来であれば経験ある貴女がギターに転向して、本人のベースを喜多さんに教えるべきだった。違う?」
「その時間は作曲の余裕を喪う事になる。なら郁代の楽器をチェンジして、ぼっちに任せるべきだと判断した」
最大限の最大効率だと。恐らく、私は
「喜多さんは天才だ。あの短時間で、オリジナル曲の弾き語りが可能なレベルまで昇華したよ。見抜いた山田さんは凄いと思う」
「諦めない郁代を助けてくれたのはありがたいと思う。だけど、私は作った時点の曲が最高だと思った。それをあの子は敢えて
その切っ掛けを作ったのは──結束バンドを穿ちかねない蟻の巣なのは、貴女の姿勢にあると言う。
「この関係が良好なものにしたいとは、私も思ってるよ。だから口出しできる程の実力を見させて欲しい」
俗にいう宣戦布告だという。双眸には覇気が籠る。
「貴女だって、郁代が経験した楽器替えを耐えられると思う」
「このタイミングで私にベースを推すには、あまりに絶妙だよね」
「そう。私は貴女にベースの基礎を伝えられるし、郁代ほどは苦労しないと思ってる」
互いのバンド活動に干渉するのは公平に。そして、いつも世話になっている垣沢部長の助けになる。利害の一致という訳か。
「
「あら。私は栗原佳に期待しかしてませんけど」
ここまで来ると私も
「それで、ベースはどこで調達するの? 山田さんが貸してくれるって話なのかな」
「申し訳ないけど、自室と作曲部屋とSTARRYの三本しかないから貸せない」
それは俗に余っているというのでは。とはいえ、私も貸して欲しいと強請る立場ではない。
「ねぇ、ケイちゃん。自宅に初心者用のギターは余ってない?」
「電装壊れてる可能性があるのが確かあった筈だけど……」
そして織口さんも、一体なにを言い出すのか。
「えーっと、垣沢部長。ようは下北祭でケイちゃんがベースパートを担当すれば良いんでしょう?」
「えぇ、その通りです」
「そして、山田さんはベースを教えたいと。でもベースはないんだよね」
「うむ」
なら私に良い考えがあるよと、彼女は胸をはる。
「明日、ケイちゃんと山田さんはSTARRYに集合ね。店長さんには話つけとくから」
ヤル気満々な織口さんを見て不安感が増したのは、言うまでもなかろう。