【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
まぁ、正直意趣返しというつもりすらなかった訳だ。真面目な先輩方を揶揄うのは面白いし、機会があれば焚き付けてみようとした。つまりは、ちょっとした悪戯心。
だというのに、この人達は本当に予想以上の反応をしてくれる。巻き込まれ体質をすれば、ぼっち並みのリアクションではなかろうか。放課後にSTARRYの一角。店長は、またお前らは訳の分からんものをという視線を寄越している。
「お前ら……アタシの箱を何だと思ってるんだ」
「バイト先?」
「喫茶店感覚」
「…………えーっと。星歌さんに会いに来ました」
ケイちゃんの言葉しか響かねぇと店長はヨヨヨと泣き始める。大のオトナが情緒不安定過ぎるだろ。
「言われた通り作業室貸してやるけど……一体、何をおっ始めるつもりなんだ」
「いえ……私も使い古しのギターを持って来いと言われただけでして」
もうエレキとしてはジャンクに近いんだけど。そう栗原先輩が簡素なギターケースから取り出したのは、いつもと違う奴。弦の錆具合もあるが、ピックガードの汚れも相当だ。
「んじゃあ、時間もないしちゃっちゃとやりますかね」
織口先輩は手持ちの工具と一緒にいくつか秘策を持ち込んできたらしい。
「実際、このギターの調子が悪いとこって?」
「正直、ノイズが酷い。シールドとか替えても変わらないし、本体側の電装だと思ったんだけど。もう暫く使ってないし、処分にも困ってた所」
「まぁギターの二本や三本って、スペアは必要でも持て余すんだよなぁ。おまけに最初に買ったのは思い入れもあって捨てにくいときた」
そういうのに限って無銘メーカー品だから、中古の市場価格すらつかない。リサイクルショップに売っても買い叩かれるだけだし、それならばと自宅に保管しっぱなしのケースもあるのだという。
「そんなワケアリ品は勿体ないから有効活用しないとね。ほいじゃ、先生がちょっと診てみますか」
適当に弦のチューニングをして、織口先輩はアンプからの音を待つ。ビリビリと何かを破る音ばかりが続き、マトモな演奏ができるとは私も思わない。
「あー、これなら行ける。ちょっとメンテするから待っといて」
清掃用具を両手に、ダスターと薬剤塗布で磨いているよう。十数分後に裏蓋を戻した彼女が弾き直せば、一応ちゃんとした音が出来るようになる。
「本当はしっかり整備しときたいんだけど、接点復活材で応急処置ね。残りは私も馴染みの業者に頼んじゃうし、さっさと本題に入らないと日が暮れちゃうから」
箱から取り出したのは、ペンと錐。そして電動ドリルやピンバイス。明らかにギターの修理には関わりのない機材ばかりで、私の胸も踊る。
持ち込んできた小袋にパッケージされていたのは、おそらくベースのブリッジ。これも傷の具合から年季が入っているし、多分ジャンクなんじゃないかな。
「まさかだけど……ソレ取り付けるつもり!?」
「そのまさかだよ。勿論、事前の下ごしらえもちゃんとしてきたし」
彼女は自信気にパーツを片手に誇る。金属製の定規をガイドに線を引いた。
「ていうかさ。治ったんなら、普通にギターとして使えば良いんじゃねぇの?」
「違うんですよ店長さん。諸用があって急遽ベースが必要になりまして」
「……だからって、改造ギターコンペでもないのに危険な橋を渡るのかよ。下手すりゃ再起不能だぞ」
それが私の愉しみでーすと、織口先輩は鼻歌気分。見ているこっちは半信半疑である。とはいえ相手はレフティギターを自作するヤベー奴なのは知っているから、腕は確かな筈。その間に、私は店長に高校でのあらましを話す事になる。
「へぇ。ケイちゃんがベースやるんだ」
「ベースのベの字も知らない人間がどうにかなると思わないんですけど」
「まぁ、
「それを言うなら、
缶詰……海……ぷぷ。店長のセンスも中々光ってる。そんな事をしたら店長に梅干しされた。人の心がないのか、虹夏の姉は。
「でだ。発破を山田がかけたのは分かったけど、何でそんな喧嘩腰なんだよ」
「えー。店長なら『ロックな青春してるな、お前ら』って言うの期待してた」
「生憎だが山田、わざわざ知人友人関係拗らせる方が可笑しいって気付け」
巻き込まれてるケイちゃんが迷惑してるって……栗原先輩に抱きついてる。うわ。ぼっちの件といい店長そういう趣味があるの?
「まぁま、お二人とも。垣沢部長の謎かけはどういう意味だったのか紐解いていこうか。どうしてケイに御指名があったかをね」
おそらくギターが出来ればベースが弾けるという持論の件だろう。
「ベースの開放弦とギターの6から3弦の開放はEADG」
「そう。ベースに転向するギター経験者も、そこには違和感なく取り組めるという訳」
「けど、1オクターブ高くなる」
それは机上でも分かる知識の話。解決策は大人しくベースを買えばいいんじゃないかな。
「ちなみに……音の高さって振動数で決まる訳でしょ? ベースの弦を張ったら行けたり?」
「そんな事したらギターが過重に耐えかねてネックが壊れるんだよねぇ」
まぁ広いネットの海があれど、ベースをギターに改造する人がいてもその逆がいない理由の一つ。つまり構造上そもそも不可能だという話。
「でも織口さんは、それをやりたくて私のギターを持ち出した訳でしょ」
「そうそ。逆に考えるんだよ……1オクターブ高くっても良いさと」
そして、壊れなければ何をやっても赦されるのだと嗤う。私と栗原先輩はつい目を合わせて白黒させた。
「ベースには重厚な音が必要? 分かる、分っかるよ。でも根本にあるのは、観客を巻き込み聞き惚れさせれば何でも良いのよ」
弦を器用に巻き取り、プラスドライバーを捻じ込む。そして早速ブリッジを外しにかかった。用なしになったトレモロブロックを離脱させ、スプリングやら中の不要な部品を掻き出していく。
細めの油性ペンで当たりをつけて、ピンバイスでボディに穴を開けていく。そのガイドを中心に、電動ドリルで慎重に穴を拡げていく。6弦用のブリッジが、小一時間で4弦用にと変更されていく。
「突貫工事過ぎて、こっちが不安になってくる」
「言い出しっぺの山田さんが引き気味でどうするんですか……」
持ち込んだのが実質ジャンクと言えど、それでも楽器として生を受けたモノであるには変わりない。果たして、その天命を果たすような転生は可能かどうか。それは、マッドサイエンティストもビックリに歪んだ一人の女の手にかかっている。
「ペグは1、2、4、6弦を使う。ここでのポイントは2と4弦は逆巻きにして、きちんと4弦分の幅が余裕ができるように位置変更する事」
「3、5は使わねぇなら外して埋めておけよ。ナットに合う奴探しといてやるから」
「ありがとです店長さーん」
ギターでベースをやるには、6本は文字通りに手が余るのだという。定規を直角に当てて、ナット溝をデザインナイフで器用に掘り進んでいく。そういえば、織口先輩は改造歴を以ってすれば、これぐらいは朝飯前だろうか。
「今回使用するのは、アコギ用のエクストラライトね。実家に余ってたのを持ってきた」
パッケージ見るにセット品をくすねてきたよね。そもそも何故に3、4、5、6弦が……。
「1、2弦は直ぐに切れちゃう事もあってさぁ」
「ふむふむ……は?」
店長の声が間延びした。少なくとも0.015インチはエレキの3弦と同等なのだが、それを切る演奏とはどれ程だというのだ。聞かなかった事にしよう。
「さて、山田さん。敢えてここでアコギ弦に拘った理由は何でしょうか?」
アコギの方が弦が太いからなんて理由を、この先輩はヨシとしないだろう。感覚ではなく、もっとロジカルな方面で。さすれば……。
「3弦はプレーンじゃなくてワウンド弦であるべき」
「ザッツ・ライト。どうしても
通常エレキギターの3弦は1、2弦と同様の作りで出来ている。しかしベースに似せるのであれば、ここの音質は妥協できないラインになる。太い弦を態々選ぶというのがミソという事。
「とはいえポールエンドも不安にはなるんで、あらかじめズレないようにハンダで埋めてきてるんで多分大丈夫」
ベース用のブリッジに弦を通したら、そりゃあ細いギターの弦は引っかからなくなる。それも分かった上で、径まで調整してきたらしい。
巻き方はともかくとして、本来ありえない機材の組み合わせがここに集合する。ギターを改造したベース……もとい4弦ギターの誕生である。
「FenderのTenor Teleって、7万円くらいするよね」
「あれはEBGDの変則チューニングだから、私はギターだとは思ってないんだけど」
あくまで、今回はベースに似せたギターだと言い張っている。
「むしろ島村のGP1/4thとかどうだろう」
「流石、山田さんは詳しいねぇ」
75cmのボディという事もあり、持ち運びが便利と(私の中で)話題になった4弦ギター。一度は弾いてみたいと思うけど、バンド活動に組み込むのが難しいので買ってもどうせコレクションになっていたに違いない。
……待てよ。最初から4弦ギターのブリッジを使えば良かったのでは。というか、わざわざジャンクから改造する意味。
「そこ。最初から4弦ギターを用意しとけば良いのではって顔しない」
「学生には万円単位はポンと簡単に出せないってば」
こういう所で周りとの金銭感覚が浮き彫りになるな。実家が太いというのはありがたいが、何でも買えてしまうというのも寂しい物もある。シールドを繋げば、見た目はギター。流れ出す音も、きちんとしているといえばそうかもしれない。
「4弦ギターの良い所! 弦が少ないから指裁きが楽!」
純粋に腕を上げろという話だが、確かにミュートも楽だ。早引きも弦同士の間隔も広いから、抑え損ないも起こりにくい。というか、何時の間にかセールスマントークになったのか。
「そして、もう一つ。スラップ演奏がやりやすい事!」
確かに、感覚が狭い6弦エレキに比べたらサムピングもやりやすいようには見える。ピック弾きではなく、指の当て方自身で音を変えられる。それもまた、ベースの魅力的な部分。
「とりあえずベースの専門用語は分かんないけど、右手の爪は切った方が良いって事ね……」
名残惜しいなとさっさと爪切りで処理していく栗原先輩。そこは躊躇しないのか。
「指なのにアタックする時に足を引っ張るとは」
「そこ、うまく言ったみたいな顔しないの」
反応するという事は、そのネタまで辿り着く思考に至ってしまったという事だ。所謂、争いは同じレベルの者同士でしか発生しないんだゾ。それを無視して、織口先輩はアンプの火を入れた。
「まずあくまでギターと言い張れるから、アンプも流用可能だしエフェクターも使える」
「ベースをギターアンプに使うのだけは絶対やめろよテメーら。アタシの後輩が酔って機材壊した話が本当にあるんだからさ」
「うぇ……肝に命じときます」
いやはや。本当に壊す人間がいるのだろうか……私の中で心当たりがあるベーシストを一人しっているが、まさかソレではなかろう。
「それじゃ、まず指弾きの基本から」
ツーフィンガー。人差し指中指を交互に歩かせるようにする奏法。
「ギターにはストロークという概念がつきまとうけど、ベースはいかに安定した音をだせるか。つまり、指の位置すら固定するの」
ピックアップに親指を立てかける事で、コンパス代わりに一定の距離を保つ。
「あとは1、2、3弦の場合には薬指を一つ手前の弦に当てる事でミュートさせる。これも始めたばかりの初心者なら有用」
「人によってはバレーした左の指先で弦をミュートする」
横から押し付けるイメージで。聞いてチンプンカンプンな栗原先輩は? を浮かべる他はない。実際に改造ギターを弾いてみるが、始めたばかりならこんなものな音色である。
「というより、リズム感ゼロの私にやらせるのはどうかと思うんだけど」
前に雑談をした時にもそんな事を言っていたっけ。でもまぁ垣沢部長が期待しているのは、きっとその程度の事じゃないんだと思う。
「ベースと同じロールをして欲しいだけで、低音が必要という訳じゃない」
「何それ、意味わかんない」
「店長なら察せるでしょ」
話を敢えて振ってみるが、金髪を掻き揚げての回答は要領を得ない。
「まぁ、考えた事もなかったな。ベースがなきゃいいだなんて。当然のように誰かが担当してたから困るってのもないし」
「そう、
ドラムは進行の拍を作る。ベースはメロディが載る下地のようなモノ。両者は似ているし、共通点も多い。
「ドラムは楽器としての構想がそもそも違う。叩く事で……自身の悲鳴を以って、ステージ内に響きを押し付ける」
まぁ、ベースなんて誰がやっても一緒なんて台詞は吐きたくないけどさ。
「ベースは何というか、ギターやボーカルにない外れた音を曲に吹き込むイメージ」
「だって
「そう。ケーキとかと一緒。スポンジがないのに生クリームを塗りたくったり、イチゴやチョコレートを乗っけてもソレはケーキじゃない」
ギターにしかできない事がベースにはできる。しかし、それは低音を紡ぎだせるからではない。
「自分の世界をバンドメンバーに引きずり込む。想像と演技が役割。対するギターは技術と音感。曲に埋もれず、かといって存在感を消したら意味がない。そういう高度な楽器」
それを上手く言語化できないのはさておき、結束バンドでそのロールを実行している。であれば山田リョウという人間は、このバンドにおいて無二になれる。虹夏もぼっちも経験はともかく楽器に対しての息は長い。郁代もこの短時間での仕上がりは上々だ。
栗原佳というのは、私からいわせればある意味異質だ。奏法も固定化せず、やりたいように演奏する。妥協もするし、機材の力を借りるのも躊躇しない。その思想そのものは、楽譜よりも曲という存在そのものを重視する。
全員の力で音楽が成り立てば良い。その為なら、他人に対して実力の底上げやら首を突っ込む。所謂お節介という奴。孤独にいたい私とは、そこが違う。自信とは実力から来るもの。練習量がモノを言う。だからこそ、ぼっちも日に6時間なんて狂った練習を充てていたのだ。
栗原先輩は絶対に拘らない。
しかし、それが間違えていると私は指摘はできないのだ。誰よりも
「どんなバンドになるか。それが栗原先輩の肩にかかってる」
「そんな器じゃないと思うけどな……」
「まぁ、山田の言わんとするのは理解できる。ようは、自分のギターテクでギターパートににできない事をやれって話だろ」
店長が咬み砕いたが、つまりそういう事だ。リードギターにもサイドにもない。合奏をする上で、自分にしかない味を出す。それが今度は4弦ギターになるというだけの話。
「まぁ、まずはベースの音出しの基礎からやらないとだけどね」
「平然と6弦ギターでスラップできるなら、織口先輩がやればいい」
「同感だ」
「皆に同じく」
他人事だと笑った先輩に対してのツッコミが揃う。とはいえ技術を知っているのと、その楽器が向いているかは別の話。
「私にはリードギターとボーカルという大切なお仕事があります故」
「……織口さんがリードやってくれるんで、私は4弦ギターの練習頑張りますね」
「おい……ケイちゃんも切り替えが早ぇなオイ」
前にピックの話題になった時に、目立ちたくないのではないかとの仮説を思い出す。実力が伴っているのであれば、問題はないと思うのだが。
「だって私は、やりたくない音楽が強制されなければ何だって良いんですよ」
その瞳に見た事がない色が灯った。思わず私が見惚れるような、深淵にも似たうねりが