【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
拝啓、進捗は不味いです。
え……4弦ギターって、こんなに難しいの? いや。弾き易いとは思ってるんだけど、スラップだったり指弾きなんて全然世界が違う。
「ラップタップ奏法と何が違うかさっぱりなんだけど……」
ペンペンとフレットを両手で突つくのではなく、左手はフレットをきちんと抑えた上でピックの代わりに右手の実力で勝負するって想像以上にハードルが高い。もともと地頭が良い訳ではないから、左手を動かすのが精一杯だというのに。
思考に余裕がないから、右手のストロークも違う弦に振れがちだ。だから弾くタイミングがギターやってる人間からすると、本当に致命的なレベルになってくる。
「きっと私の演奏が頭打ちなのは、多分コレが原因なんだよね」
所謂、
今日は気分転換も兼ねて、一人暮らしをしている兄の元に遠出している。横浜を越えたその先で、結構旅費も痛いのだが。この前実家に私物を回収しに来て欲しいと言われ、日用品やら何やらを漁りに来た次第……と言いたい所だが、実際には部屋の掃除も兼ねている。
「お
「……今更かよ」
鬱憤を晴らす先がなくて、自虐的に口にした言葉は鼻で嗤われた。つれない態度をとるのは、IHで湯沸かししたインスタントコーヒーを煎れてきたまさしく我が兄その人である。何処かで貰ってきた歯ブラシやらホテルのアメニティ。いくら物を捨てられない性格だと言っても、櫛とか持ってても使わないに決まってる。ゴミ箱への距離が遠く、つい私はそれらを上着のポケットに捻じ込んだ。
「そもそも右手と左手の動きが噛み合わないと弾けない楽器なんて、俺らにはそもそも向いてない。頭の出来を考えろよ」
そういうお
「……にべもなく言われるとショックだよ」
「兄妹揃って下手なギター弾いてるからお互い様だ」
軽口というか皮肉を言うのは相変わらずのようだ。
「
いつの間にか声に出ていたらしい。脳天に軽めの手刀を落とし、彼の溜飲はどうやら下がったようである。
「平気で妹に暴力振るうなんて信じらんない!」
「こういう時だけ弱者のフリしてんじゃねぇよ」
まぁ、 こんな感じに私たち兄妹は通常運行。アニメやらのヲタカツや音楽だってそう。持ち回りの楽器だって同じギターときた。まぁ、兄からすれば年齢が一回り若いバックアップファイル。妹からすると経験だけが浅い劣化コピーという事だ。
「にしても聞かない曲だな。最近の流行りか」
スマホから垂れ流しながら作業をしていたのを気に留めたのだろう。珍しく兄の触角が動いた。
「あーコレね。学校の友達がオリジナルやってんの。音源聞いてみる?」
「……一般通過高校生がやるレベルじゃねぇだろ」
「それは同感」
「イントロ……ギリギリでAメロはともかくBとサビは可笑しいだろ。作曲者は一体何考えてんだ」
「多分当てつけなんじゃないかな」
おそらく私に対しての。後藤さんにできて、私では到達できないラインを攻めている。
「仕方ないなぁって気持ちもあるけど、実力が足りてないのは事実だし……」
「お前、悔しくねぇの? コケにされてるって分かってんなら」
「これくらい、あの子達なら朝飯前何だろうなぁって思う」
経験に裏打ちされた後藤さんと、潜在的な才能を発揮する喜多さんならこなせる。それに比べて私は、ベースモドキで燻っているだけ。これを諦めと言わずにどうしろと。対する兄の反応は、想像以上のもの。立てかけてあったギターケースをこっちに寄越す。
「これ……お
「そうだ、貸してやる。いっそスラム奏法みたいにパーカッションしてみろよ。バンドを誘ってきた相手は、最初はアコギでデュオやるつもりだったんだろ」
そういえば近況報告がてらに、電話でバンドの話をした事があった気がする。だとしても、私にとってはハードルが高い。
「最初に弾いたギターがコレだったから、左手絡みであんまり良い思い出がないんだけど」
「エレキの基礎ができてりゃ問題ないだろ。それに俺の
そう体良く運搬係を任されてしまった。これが一時間程前の話である。
『次は、金沢八景。金沢八景。京急本線、横浜方面はお乗り換えです』
慣れない土地での乗り継ぎは本当におっくうだ。いっそのこと分かりやすく藤沢まで出て小田急で帰った方が良かったか?
とはいえ、来てしまったからには仕方がない。折角座れた席を泣く泣く手放してホームに降りる。意外とアコギのハードケースって重いんだよね。肩に跡とか残らないで欲しいと思いながら眼前に聳えるのはやはり階段。うへぇとつい溜息が出る。
いざ登ろうとして気付く。片手に機材ともう反対にアタッシュケースを持ち歩いている。流石にこの急斜では辛いだろう。我ながら性分とでも言おうか、つい声をかけてしまった。
「あの……お手伝いしましょうか?」
俯いていた彼女の顔が上がる。その瞳には見覚えがあった。
「Oh! You’re the one for me!」
「うぇっ……イライザさん!?」
クルリとした金髪をはためかせるのは、先日もアキバで遭遇したアニメオタク……もといギタリスト。それにしても随分な大荷物だ……私も他人の事を言えないが。
「こんなの抱えてどうされたんですか? 即売会……じゃないですよね」
「私のバンドメンバーが『イマカラロジョウライブスンダケドキザイモッテキテクンナイ?』って」
「何というか、お疲れ様です」
という事は、これ全部アンプとかのオーディオ類か。見た所は値段が張りそうな物だし、なるべく触りたくないが……。
「重そうですんで、片方でも持ってきますよ」
「Thanks, that's helpful!」
という訳で、成り行きで途中下車をする事になった。夕暮れの街中。駅前は夏祭りの手前なのか、浴衣姿の人で溢れている。ロータリーを抜けた高架橋の下。一段上がった所に、飛んだり跳ねたりしている二人組が見える。まさか……。
「みなさーん 今からライブしまーす。タダなんで暇ならみてってくださーい」
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」
何故にこんな所に後藤さんがいるのか。世界って本当に狭いと思う。
「あーイライザー。機材持ってきてくれてありがとー」
「シマが忙しいからって、代わりに飛んできたんだヨ! ヒロイにはオキューを据えろって頼まれタ!」
「ゴメンゴメン! 埋め合わせはライブでするからさぁー」
三つ編みで三白眼の女性がのらりくらりと逃げる。呆れたのか日常茶飯事なのか、イライザさんもある程度怒った後に踵を返す。
「じゃぁケイ。ヒロイの事はヨロシクネ!」
「あれ……イライザさんはこのままお帰りに?」
「折角来たんだから、ヨコハマのアニメショップを観光してくる!」
何かもうストレスを纏う感じの空気だったので、私も呼び止めなかった。とすれば、離脱するタイミングを逃して留まってしまう訳で……。
「金沢八景の皆さーん。今からライブやりまーす。見てってくださーい」
「ワータノシミー」
「えっいや、君達もやるんだよ……?」
「……………………え。私も?」
本当にこっちの台詞である。っていうか、後藤さんは何をしに此処に?
「あれ。キミぃ……ひとりちゃんの友達じゃないの?」
「いや……友人という意味では
「じゃぁ、一緒に弾いてってよー。たくさんいた方がきっと楽しい!」
「そういうものですかね」
そして着いてこの方、一言も発していないのだがその後藤さんは大丈夫だろうか。
「あぅ。ケイさん実は……」
顛末はお盆にSTARRYでライブをする事になり、そのチケット販売に明け暮れていた。その際に、ここにおわす女性と成り行きで路上で演奏を……という流れに。って、マジか。
「ちなみに一枚買って頂け……」
「それ多分、コレと同じ?」
山田さんから押し付けられて買わされたチケット。財布の都合で既に折りたたまれてしまっているが、後藤さんが持っているのとまさしく同一である。
「あ……いえ、私も頑張ります……」
「なんかゴメンって」
「すみません、お気になさらず」
つまり下北沢周辺では、他のメンバーが青田買いをしている可能性も考えて遠出してきたという事か。
「……地元なら買って貰えるかなって、淡い期待があったんですが」
「中学時代の人間関係にもよるけど、2時間かけてイベントってのも辛いよね」
っていうか、後藤さんは此処から下北沢まで通ってるの? そっちの方が驚いた。そんな漫談を覗き込むのは三つ編みの美女である。
「えー。外でギターを弾いた事がない?」
「あの……ギターってやっぱり高級品だから、外に出すのが抵抗があって……」
「でも、さっき見せてくれたよね?」
何故か仏壇の
「それでえーっと。お友達もバンドやってるんだぁ」
「まぁ組んだばっかりですので、まだ練習中ですけど……」
「そっかぁ。じゃあ、この曲今からやるから合わせ出来る?」
何時の間にか握られていたスマートフォン。そこから流れ出すのは、先程までも飽きる程に聞いていた曲。
「
「知ってるなら話が早いっ。そーだ、お友達もギター見せてよ!」
こう押し切られては逃げ場がない。渋々取り出すのは兄のギターだ。
「女子高生でアコギは映えるねぇー。即興だけど、音量はこっちも調整するからさ。気軽に行こう! それで、ひとりちゃんはぁ……」
「むむっ、無理ですっ! こんなにたくさんの人の前だって!」
「でも本番のライブハウスなんて、それ以上にプレッシャーじゃない? 旅の恥はかき捨てって言うし、後は……そんなに怖いなら目ぇつむって弾くとか? なーんて 人見知りなんだよね? 分かるよぉ……」
いや、むしろ視覚なしで弾けだって? ハードルが更に上がるんじゃないか。私だったら、衆人監視と手元の弦の位置を天秤にかけるまでもない。ちょっと……後藤さん? 何、その手があったかみたいな表情してるの? 本人が納得するならいいやと首を振った所で、冷気が一瞬掠める。夏場なのに、まるで幽霊に出会ったような身震いが。
「でも一応言っとくけど 今目の前にいる人達は君達の闘う相手じゃないからね」
敵を見誤るなよ。その言葉が氷柱のように心臓に刺さる。
「それじゃあはじめますねー。曲はこの子のバンド……結束バンドのオリジナル曲でーす」
パチパチパチー。非常に虚しい。っていうか、この雰囲気で弾くの? なんかお通夜状態なんだけども。
「ほらっ、弾くよ」
「あっ、はい……」
ドラムがいないから、最初は私からか。打ち合わせなしで、アコギのボディを4回右手で叩く。
やってみて初めて分かる。ダメだ……
私もエレキではなく、普段使い慣れない兄のアコギだからだなんて言い訳は許されない。しかし、着実に低音を作っている
インディーズという前線で戦っているベテランだから……この結果は当たり前? ふざけるな。経験がなんだ。負けは負けだぞ栗原佳。後藤さんが踏み出せないなら私が……!
「……背中を押すなよ。もうそこに列車は来るッ!」
目を瞑っていた後藤さんが周囲をパチリと見る。急な事態に驚きを隠せないようだが、私にとっては好都合だ。
「がんばれー!」
最前列で聞いていた浴衣の少女。その声に惹かれて、私はつい続きを叫んでいた。
目を閉じる 暗闇を指す後光
タイミングと言い本当にピシャリだ。後藤さんを此処から引っ張り上げるのは、曲自身ではなく観客の声援。
「ちょっとあんた何言ってんのよ」
耳塞ぐ 確かに刻む鼓動
「なんかギターの人不安そうだったからつい……」
正直、私が起爆剤になれなかったのは悔しい。しかし八方塞がりだろうが、自分が足掻いた軌跡は残る。安定度? 違う。後藤さんも指弾きの精度が格段に上がっている。
胸の奥 身を揺らす心臓
『敵を見誤るなよ』
先程の楔の正体。心臓に突き刺さったままのソレが疼く。振り返れば、その発信源である美女が不敵に嗤う。
ほかに何も聴きたくない 私が放つ音以外
最初から
「不協和音に居場所を探したり……」
これにギョッとするのは後藤さん。それもそうだろう。いくら2番の始めにはリードパートがないとはいえ、本来は曲を終わりにしようと気を抜いていた所。対して、標的のベーシストはケラケラとついに笑みを隠さなくなった。
「来なよ、ニューフェイス。おねーさんが付き合ってあげる」
エフェクターがないから分が悪いなんて言っていられない。このセッションはおそらく機会がこれきりだ。このまま勝ち逃げなんてされたくない。
いつものエレキより硬い弦相手には、流石にピッキングの手数も落ちる。だが、現状で抗えるものある。右手の手櫛をペン回しの要領で逆に構える。ここからは一発勝負。ノイズが載らないアコースティックギターに、いかに歪みを与えられるか。
コームの歯で以って、斜めに弦に当てる。このパートはパワーコード主軸。左手の中指を覆うように6弦を。そして右手で1弦をミュートして、全部の弦を撫でる。その歯の一本一本が抵抗となって、鋸のように動かす度に残りの弦が軋む。
その
「君達ーよかったよ!」
「あっありがとうございます……」
「……おっ、どうした?」
結果はこのザマである。軽くあしらわれてしまった。指も脳味噌も酸素やエネルギーを求めてクタクタになってしまった。
「あのー。このライブのチケット買ってもいいですか?」
「2枚下さい!」
「よかったねぇひとりちゃん」
平然と復帰できている二人。これが格の差かと思い知る。チケット絡みのごたごたが落ち着いたら、今度は警察沙汰。慌てて片づけをして意識がはっきりした時には、後藤さんと別れ金沢八景駅のホームに立っていた。
「いやー、悪いね。新宿まで荷物運びが助かるよー」
酔っ払いベーシストがベンチに腰かけた。次の電車まで、暫く時間がかかる。というか、現状把握について。気まずい雰囲気であるのは事実。それを切り出したのは、まさかの向こうから。
「廣井きくり……何時までもお姉さんって訳にはいかないでしょ?」
「あ……栗原佳です。下北沢高校の」
クリハラ? そう廣井と名乗った女性が首を傾げる。
「シモキタぁ? うーん、キミ。お兄ちゃんとかいる? んでもって10歳くらい年上で、Y大かD大出身だったり」
「あっY大ですね。年も8つ年上……」
「まさか……名前は司さんだったりする?」
ビンゴです。そう即答すれば、アルコールで真っ赤の彼女が更に紅潮する。
「うわー、マジか。アタシはあの人の妹さんに喧嘩吹っ掛けてた訳?」
「廣井さんは兄のお知り合いですか?」
「うみゃぁ、それ以上だとは信じたいけど……」
酔いが残る顔で廣井さんから平謝りをされる。
「ゴメン。ひとりちゃんを焚き付けるつもりが、キミを巻き込んじゃったみたい」
「いえ、悔しいですけど完敗でした」
それでも糧になるものはあった。即席セッションの思い切りの良さ。これは、ライブの本番にも活かせるかもしれない。そう呟けば、相手は年長者の余裕とやらを魅せつける。
「イライザとも仲が良いんだね。良かったら、うちのバンドに手習いで勉強しに来る?」
「えっ……と」
「新宿インディーズ。FOLTが本拠地のバンド──SICK HACKってそこそこ売れてるバンドマンなんだー」
どうやら、今日のお詫びという事らしい。きちんと目を見開いた彼女の瞳は、まるで獲物を見つけたかのように不気味に光っていた。
それと書いてるとギターを練習する時間がまったくない事に今更気づいた。