【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
足りない。足りない。こんなもんじゃない。弦は犇めき、アンプは唸る。飛んで行ったピックを拾う間が勿体なく、整えられた爪で引き裂くように弾いた。全パートの掻き回しが終わった所で、一際楽器が鳴いて曲が締まる。
夏も真っ盛り。曇りの日とはいえ冷房なんてない空き教室。おまけに近所迷惑にならないように窓は閉じたまま。汗が全身から滝のように流れ出す。頬を伝うのも気にせず、唯々練習が一段落した事に対してようやく息を吐いた。
「ケイちゃんがっつき過ぎ。ここん所どーしたんさ」
ギタボの織口さんが何かあったでしょという目をしている。
「私は愉しませて頂いてますから、栗原佳の精神状態は関係ありませんけれど」
おい
「私はこれくらいベース役が奔ってくれた方がやりやすいけどね」
「その煽りを食らうボーカルの身にもなって欲しいんだけど」
「敷かれたレールの上だけで演奏なんて御免遊ばせですよ」
「マトモなのは
「今更、
「それ言い出したら、ケイちゃんの方がヒトモドキって口癖じゃん!」
織口さんのコメントに対して周囲の反応は想像以上。
「ケイは昔っから冷めた子だったからね」
「そういう川田さんは大人げないよね」
「中学も今も反骨心だけで生きてるのよ! それを喪ったら私は私じゃないし、人間ですらなくなるわ」
彼女の捨て台詞に聞こえるが、実は的を得ている。それも私の黒歴史を抉る感じに。
「NO協調性NOライフ。そんなもので自分殺して生きてる方が、よっぽど生き地獄だっての。ねぇ
まったくもって本当に好き放題言いやがる、うちのバンドメンバー共は。それを知ってか知らずか、他は話を勝手に進めたがるばかり。
「川田さんから見て、ケイちゃんはどんな人間?」
「人間なんてで括っちゃ人間に失礼でしょ。コイツはヒトモドキ。いつも顔色伺って、やる事成す事がハリネズミみたいにガクブルなんだもん。自己表現の方法くらい学習しろっての。高校三年にもなってさ」
「…… 仰る通りです」
もう、本当。批難対象在ったら集中砲火するのやめてくれない? そう抗議の声を上げたら肩を叩かれる。まだ玩具にするつもりか。
「っていうかさ。結束バンドと仲違いしかけた話はどうなったん」
「正確に言うと星歌さんのトラウマを抉ったらしい」
「しかも身内との因縁と来たもんでしょ。運命じゃんソレ」
実際、貴女のお兄様はどんな事やらかしたんと興味津津である。まったく……他人事だと思ってさ。
「廣井さんって人の話曰く、大学祭のライブで出会ったとかって話は聞いた事があるって。でも、最初のコンタクトはずっと前だってくらい
「あれか。前世の因縁があったとか」
「そのノリじゃ、まったく以ってケイちゃんも巻き込まれてんだけど」
どうせトラブル続きの人生ですよとピックをギターケースへとしまい込んだ。
「あら、どちらへ?」
「今日は職員会議への殴り込み。おまけに織口さんを添えて」
「人をおまけみたいにさぁ。ま、何とかしますよっと」
運動部の掛け声が校舎裏まで響き渡る中を歩く。無関心であった今までと違い、今では向かう足も億劫である。並走する私を、相方はのほほんと見た。
「空っぽなワタシとマイナスなワタシ。結局どっちが人生充実してると思う?」
「
「でもケイちゃんの場合、学生生活が
頼むから巻き込まれるのは簡便である。そう表情に出したのを知ってか、彼女は小首を傾げた。
「でも、楽しいでしょ?」
「……まぁ、それなりには」
「照れちゃってもう。カワイイナー」
よしよしするな。そして棒読みされても困る。震える足を叱咤して、ドアノブに手をかけた。まったくこういう役割は向いていないのに。最高学年という看板だけはどうにか下ろしたいのだが。
校長室横の大広間。普段は会議などが行われる場所は、生徒指導や学年主任を含めた面倒な相手ばかりが面を揃えている。手招きするのは我らが前生徒会長。誘導されるがままに着席をし、数刻後には他の教員も空いた場所についた。
「それでは、皆さんお揃いのようで。今日は下北祭の打ち合わせ。及び生徒側からの要望もいくつかありましたので、先生方にはご協力を頂きたく」
教頭の合図を以って滑り出すが、思ったより会合は鈍化している。決められたルール。予算や日程。保健所やら消防署やらへの陳情。それら全てが絡み合って、満足に議論すらできない。結局、いつも通りじゃねぇか。そう呟いたのは、新生徒会役員の誰かだろうか。
分かり切っている事だろう。この場が形式的な物であり、生徒達に諦めさせる説法の為なのだと。こうやって今までも抑圧されてきた。媚び諂って、やらされている学園祭になり下がる。生徒の自主性を尊重する校風だかが呆れを通り越す。
大人達から見れば、その程度の事だ。
「では。下北祭総務部としては、ステージイベント開催の方向で動きますので悪しからず」
予定調和だった会議室が、鶴の一声で細波立った。その渦中にいるのは……声を張り上げたのは隣の織口さんだ。
「……君は先程までの打ち合わせを聞いていたのか?」
「えぇ、聞いていました。そして、先生方がこちらの資料も目にくれないのも分かってます」
仕事をしているフリをするなら、もうちょっと上手く芝居をして下さいよ。そう彼女は口角を上げた。
「体育館の使用許諾については折り込み済みです。吹奏楽・應援團委員会、その両長とも話はついてます」
本当かと叫びを上げたのは、各顧問の先生。視線の先には、各新委員長も澄まし顔をする。
「えぇ、聞き及んでます。交友会OBにも事情を説明しています。そもそもが、我々の貸し切りという状況が時代錯誤です。例年と違うと面倒だという理由では、学生側も退く気は毛頭ありません」
「君らの勝手を通してどうする!」
「大人の勝手を押し付けるのが商売ですか!」
つい叫び返したのは誰だろうか。先生方も紅潮する。
「今のは誰だ。場合によっては生徒指導に……」
「傘連判状でも書きましょうか? 全校生徒に及ばないまでも、下北祭に不満を持つ物で募集したら、全校生徒の8割は確保できますよ」
「だとしてもだ。学園祭は君達の学費から捻出して予算配分をしている。それをやれ請求なぞ言語同断だ」
小瀧前会長が嗤ってこちらを見る。尻尾がぶら下がったぞ。そう言いたげな表情で。
あぁ、やってやるよ。仕掛けるなら失言した今しかない。
「学費には水道光熱費等の充当があります。つきましては我々生徒には、警備会社の邪魔をしない程度にはそれを自由に行使する権利がありますよね」
「藪から棒になんだ君は」
「生徒総会を開きます。実行委員会委員長に、生徒代表としての権利を有するか。その是非を問います」
「それがどうした。君主制でもやるつもりか」
ここに来て隣の織口さんが盛大に嗤い出す。つられて生徒会のメンバー。あげくこの場にいる生徒達に波及する。
「学園祭当日は土日。つまり
ざわめく会議室。私も私で何を言っているかがハチャメチャだ。だが、最後まで筋を通すしかない。まるでシナリオプロットのないTRPGを遊ぶようなもの。手探りだが、何とかするしかない。
「先生方の押し付けたる学園祭。それら全てを捨てます。その代わり、我々は学生がやりたい事だけを進めます」
「そんな支離滅裂が許されるか!」
「最初から下北祭自体に筋なんてないんですよ。私達は教師の自己満足に付き合う道具じゃありません」
やる必要がない学園祭。誰が人身御供で自ら運営するんですか。そう問いかける。
「近隣住民への説明。警察をはじめ公的機関への挨拶回りも我々が足を稼いでます。予算は生徒の学費から。これの何処に先生の役割がありますか」
「そんなものはないぞ!」
「よっ、口だけが達者!」
後ろから別の生徒の野次が飛ぶ。火に油を注ぐ形に冷や汗が伝うが、畳みかけるチャンスは今しかない。
「ちょっとやりたい事があるんです。総務部主催のステージイベント。この
以上ですと着席する。体中の震えが止まらないが、言ってしまったものは仕方がない。教師からの反応は……押し黙るもの。我関せずもあり。重い口を割ったのは教頭だ。
「それで……君達がステージイベントに
まさしく正論だ。これに克つ材料を私は持ち合わせていない。
「ヤケになって学業を捨てるのは、職業として認める訳にはいかないのだよ。進学率や大学の知名度。その風評が我が校への評価に繋がるのだ。それは入試試験の倍率にも影響する」
「自由主義を否定する校風が、世間のお父様お母様に受けるもんですかね?」
「……残念ながら、偏差値が将来の安定と考える親御さんも多い。学業だけが取り柄の中学生は、基本的に教師への従順さを売りにしている。内心点を卑怯と思うかね? 実際、君達はそのお陰で此処にいるのだ」
織口さんの返答に対して、やや困った回答をする教頭。それは呆れや嘲笑ではなく、人生経験を積んだ大人だから出来る表情で。だが、それとこれとは話が別だと添えた。
「まず。私たち実行委員会が遊び惚けているという決めつけと思われる発言は心外です。学生の立場から恐縮ですが、まず撤回して頂きたい」
「ほぅ……それに見合う成績を出していると」
「えぇ。1学期の期末テスト、私は学年9位でしたし背反には十分では?」
さらりと何言ってんだこの
「ゴホン。織口君が見合う成績を出しているのは分かった。しかし、他の子達はどうだろうか」
「そこにいる前生徒会長の小瀧さんは学年11位ですよ。藤井実行委員長も13位。これで不十分と仰ります?」
「……しかし、全員がそうはいくまい」
「えぇ、そうでしょうね。300人いれば300位がいる。そんな事は当たり前じゃないですか。小学生にだって分かります。それともそれが分からない程、ウチの学生は馬鹿だとでも決めつけてます?」
お前だぞー、256位。織口さんが分かっててこちらを見る。はいはい、自覚してますよーだ。
「貴方方がやろうとしているのは、学業を盾にした
マウントとりたいなら、全国模試やら統一テストで結果残せば良いだけでしょ。そう吐き捨てた。
「我が校の武器は文武両道・質実剛健・雑草魂でしょうが。草の根一本でも諦めない生徒を否定しますか。私達は、貴方方が言う遊びですら本気でやってんです。それすら軽んじるなら結構」
但し、裏切られた手負いの獣達が、残りの半年で何をやらかすかは覚悟しといて下さい。そうニコリと嗤う。静まり返る会議室。正確に言えば、先生方が押し黙ってしまった。
だが、勝った訳ではない。話は平行線のまま決裂の道に向かっている。教頭すらも苦虫を咬み砕く中、助け舟を出したのは意外な人。
「かねてから生徒会の様子を見てましたが、根回しは事実ですよ。一体、
「安浦先生……生徒会副顧問とはいえ、騒動を助長するような発言はよろしくないかと」
あれ。安浦先生、反論してくれるんだ。というかこの人、生徒会室の鍵を借りに行ったら渡してくれる機会が多いのはそれが理由か。
「そもそも騒動という定義が間違えてませんか。大人達がこぞって煙を立てて火事を演出しようとしているじゃないですか。教師という職業は、子供の火遊びを否定するのではなく消火器を持って災事に備えて見守る。それも必要な役割かと思います」
「しかし……何か問題があってからでは遅いのですよ」
「下北沢の生徒たるもの。そこのリスク管理は申し分ないでしょう。彼らの人格形成などをご指導仕るのは他ならぬ
少しは、信用という言葉が必要ではありませんか。そう彼は締めくくった。終業を告げる鐘が鳴る。ここでのタイムアップは結論は先延ばしにできるかどうか。今回もダメだろうと思った矢先、教頭の声が広間に木霊する。
「実行委員会に一任しましょう。校長には私から説明します」
「教頭、よろしいのですか!?」
「失敗せぬように務めるのも先達の務めです。好き勝手はやらせませんが、出来る事と成す物が違わなければ生徒を信じましょう」
これ以上の議論が必要かと見回した。生徒からは指笛。先生方は瞑目する者も。そんな形で会議を終えたのだった。
「いやー。ケイちゃんも恰好良かったよ」
「ていうか。何やってんの織口さんも!!??」
「爽快爽快。今日はお互いに良い夢見れそうだね」
夕日が差し込む廊下の前で佇んで、私は吠えた。それもこれも感情のままに議論した私が悪いのだが……。
「これでケイちゃんのメンツも護ったし、私もやりたいようにやった。それに後悔はないよ」
「あの時、万年落第組がって思ったでしょ」
「ハハハ。否定はしない! それに私は2年間余所者だった訳だし? 調査書もこの学校じゃ1年分でしょ。受験くらい何とかなるって」
それともお前は勉強ですらマトモにできないって、ばっさり斬り捨てて欲しかったのかにゃぁ。そんなあざとく猫語風を装っても無駄だぞ。
「そんなマゾじゃないってば」
「さぁ、それはさした問題じゃないね。先公共に啖呵切っちゃったよ。どうするバンドリーダー?」
「リーダーは織口さんなのでは?」
「何言ってんの。暴走するメンバー止めるのは、いつだって頭のネジがマトモなヒトモドキだよ」
でも、そんな
「ここが分水嶺だ。ライブそのものが崩壊するか、笑って本番を迎えるかのね」
「の割には、設営関係は殆ど風前の灯なんだけど」
「予算が足りないのは分かってると。でももう企画的にもタイムリミットだ。この会議のおかげで晴れて会場は確保できそうな雰囲気だけどどうする?」
私は、この企画にかける皆を裏切りたくない。であるならば残された手段は、思いつく限り一つだ。
「STARRYに行く。そんで星歌さんに頭下げる」
「この前の兄の粗相のお詫び?」
そう揶揄う織口さんを目で諫めた。
「まぁ、そんなとこ。それに、私じゃないと出来ない事がある」
いや……月末のたまアリのライブが最高でした。ちなみに本作のサブタイトルはもちろん某バンドからとらせて頂いてます。皆も推しのライブは見に行こうな!