【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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#8 白百合の花言葉-B

 はじめて会った時にピーンと来たんだ。この子は楽器なんかやる高校生じゃないって。背負っていたハードケースは厚みから見てアコースティックギター。年期も新品には程遠いし、何より背負い方が不慣れだ。肩ズレを気にして背負い直していたし、本来の持ち主ではない事は明白だった。

 

 金沢八景でぼっちちゃんの奇行を眺めているのが、楽しくてしょうがなかった。そんな折りに、成り行きでセッションする事になった訳だけど、機材準備で頼まれた相手が悪かった。

 

 志摩はドライに見えて、実は面倒見が良い。ワタシが一緒にやろうよと言えば、おそらくストリート用のを般若の様相で自分の分も持ち込んだろう。対してイライザは、ストイックというか現金主義だ。今回も駄賃のついで(どうやら銀ちゃんに頼んで、報酬分から交通費を天引きしていたらしい)で観光しながら帰っちゃったし。

 

 そうなると面倒を見るぼっちちゃんはともかく、ツッコミやちょっかいをかけてくれる相手は此処にいない訳で。我ながら面倒臭い性格してます……実はかまってちゃんなんだぜ廣井きくりってベーシストは。

 

 そんな時に降って湧いたのが栗原佳ちゃん……後で知ったけど、ワタシがお世話になった人の妹さんだった。なよなよってしてて、現実諦めてて。それが、学生時代の私にそっくりで……でも眼の色だけ(ほのお)は、あの人にそっくりだった。咄嗟にこの子の演奏を聞いてみたいと思っちゃったんだよね。おまけにぼっちちゃんとも仲が良かったみたいだし。

 

『金沢八景の皆さーん。今からライブやりまーす。見てってくださーい』

『ワータノシミー』

『えっいや、君達もやるんだよ……?』

『……………………え。私も?』

 

 あの時の呆けた顔がまーた、たまんなくてさ。つい意地悪したくなっちゃうんだよね。志摩みたいに生真面目そうだし、何かあったら私の首根っこを掴んで貰える。だからこそ、この一時の縁をモノにしておきたかった。

 

 敵を見誤るなよ。その台詞に対してキョトンとしたぼっちちゃん。でも、あの子は違った。苛烈な視線。頬を伝う汗。観客に曲を届けるには、まず身内をどうにかしろというメッセージを肌で感じたに違いない。

 

 そこからは凄かった。こちらが挑発してくれば乗ってくるし、あげく手櫛で弾き始めたよ。ボウイングならぬコーム奏法なんて、そんじょそこらの高校生が扱える技法じゃないって。

 

『来なよ、ニューフェイス。おねーさんが付き合ってあげる』

 

 なに啖呵切ってるんだワタシって、それも想定済み……いや、想定以上だった。慣れないアコギなのに私の演奏に喰らいついてくる。おまけに釣られて、ぼっちちゃんも本気モードになってるし。はぁ、おちょくったこっちが悪いよねコレ。結局シジミ汁の恩返しレベルから、ライブ本番並みのクオリティにペースを上げて弾く事になる。

 

 帰りの道中で悔しそうに機材を運ぶケイちゃんを見て、我ながら大人げないなぁとは思ったよ。でも、そうじゃない。私に本気を出させる程に、キミ達の演奏は魅力的だったんだ。面と向かっては恥ずかしくて言えないけどね。

 

 そんな衝撃的な出会いをしてこの方、彼女とはそこそこ交流する機会が増えた。エレキギターでリズム隊をやるにはどうしたらいいかだとか、実力をあげるにはどんな練習をしたらいいかだとかが、時々LOINEに届くようになった。

 

 その懐かれ方が心地よくてつい…………これはアレだ。ワタシが伊地知先輩に抱いていた感情と似ている。相手がギターなのに、他に聞ける相手がいなくてせがんだ私の過去と。それに思わず喜びを感じていた私は、ついのめり込んでしまったのだ。ぼっちちゃんは自分の核を持ってるから、メンタルをどうにかすれば私なんていらないし。まぁ私だって、そういうのが苦手だから酒に逃げているんだけど。

 

 だから、STARRYに入っての一声には度肝を抜いた。

 

「……いくらケイちゃんの頼みでもなぁ。ここで直ぐにOKとは言えないんだよ」

「そこを何とかっ!」

 

 あれ? 先輩がケイちゃんを土下座させてる。横にいるPA係は袖を口に当てて微笑んでいるし、一体どういう状況だコレ。

 

「やっほー。しぇんぱーい! 生チューちょーだーい!」

「やべぇ……店の鍵あけっぱだ。おかげでまったく面倒臭い奴が来ちまった」

 

 先輩のツンが表面上なのは分かってる。え? ワタシに対しての風当たりが強い? そんな事ないって。アレはそれなりの愛情って……。

 

「天井に向かって独り言を吐くな」

「あれ? 口に出てました?」

「ハァ。なんか削がれちまったな。ケイちゃんも珈琲で良いか。ちょっと仕切り直そう」

 

 何処かの乱入者の所為でと、ぶつくさ言っている。

 

「……もしかして、タイミング不味った?」

「廣井さんがSTARRYに来る時って、いつもこんな感じじゃ……」

「コイツとの付き合いも長ぇからな。時々出没しては、勝手に飯食ったり風呂借りてく奴だからもう諦めてる」

 

 ドリンクサーバーからは香ばしい匂いが流れてくる。お盆にはマグカップが4つ湯気を立てている。それらをズズっと口を付けて、ワタシは騒動の始まりに首を突っ込む事にした。

 

「それでぇ? なんで喧嘩してたの二人ともぉ?」

「喧嘩じゃなぇよ。ちょっと、ケイちゃんの頼み事が非現実的でさ」

「すみません……無理を言って」

「いやいや、ケイちゃんが謝る事じゃないってば……これはどっちかというとSTARRYの問題で」

 

 何やら話が見えない。首を傾げていると、黒衣の音響担当が耳打ちしてくる。

 

「ケイさんは学校と喧嘩して、学園祭本番までに機材とスタッフ揃えますって啖呵切ったんですって」

「……その話は誇張があるというか」

「でも、事実だろ。カンパの代金だけでステージイベントを運営すんのは」

 

 下北祭。あぁ、先輩の妹ちゃんと同じ学校か。あそこキビシーって話、そういえば愚痴も聞いてたっけ。って事はバンド勝手にやらせて貰いますって、先公共に楯突いたって話か。

 

「いやぁ……青春だねぇ。ロックだねぇ」

「その感想だけで終われりゃどんだけ良いと思ったかだよ。巻き込まれると、こっちは尻込みするってば」

 

 面倒見が良い先輩が、今更ケイちゃんを放り出すとは考えにくい。

 

「えーっと。つまりケイちゃんは、先輩達に下北祭の運営に来てくれませんかーって頼んでた訳だ!」

「当たらずしも遠からずだな」

「すいません。本当に予算がないんです……」

 

 あー。それ、凄くメタな話だな。現在の参加人数*5000円の総額を見て、軽く数字を逆算する。

 

「この報酬じゃ土曜を休業日に全部当てて、日曜を18時スタートに間に合わせられるんなら、うちにも黒字が出る。悪い話じゃないんだが……」

 

 そう、先輩は首を捻った。そこに何の問題が? やりゃあいいじゃん。恩も売れるだろうし。

 

「ないんだよウチ」

「ないんですよねー」

「えっ。何が?」

「く・る・ま だよ車」

 

 そう彼女は声を大にした。何で車の話なのさ。

 

「運び出しの体力が保つかは、この際置いとくわ。こんだけを載せる機材車がないんだよ」

「え? 先輩、今更だけど仕入れの時とかどうしてたんですか?」

「ドリンクとか消耗品は馴染みの業者に配達頼んでるし、そもそも自分で買い出しって行かないんだよ……っていうか、買いに出てる時間があれば、事務所で仕事してるってば」

 

 つまりレンタカー代をさっ引くと赤字になると。私も私で都会っ子だから(というかお金がないぃ~)マイカーなんてまた夢だ。誰か知り合いに声かけてみるかとスマホを漁る先輩。とはいえ交友関係もたかがしれてるし、そんな人……いるじゃん。この場に似つかわしいお節介野郎が。スマホをコールしたら予想外にも出てくれた。

 

「もしもしぃー? 司さぁーん。営業車貸してくんない?」

『藪から棒になんだ廣井。話が読めん』

「えー。可愛い伊地知先輩の頼みが聞けないんですかぁ?」

「おい、待て! よりによってアイツに声かけたのか!?」

 

 え。実の妹が目の前にいるのに、その手段をむしろとらないとかどうかしてると思いますけど。あたふたする二人を視界の端にどけて、私は道化のように口上を立てる。

 

「妹の為なんですから、ちょっとデレたっていーんじゃないっすか? 車貸してくださいよー」

『車ぁ? 何でまた』

「お()ぃ。STARRYから学校まで機材を運ぶのに足がないの。後ろのシート倒して載っけてくれないかな」

『会社のプロボックスならある程度は入るが……監視役はまさか』

「アタシだよ。文句あっか」

 

 せっかく話が巧く纏まろうとしたのに、先輩が出しゃばると面倒なんだよなぁ。

 

『大ありだ。伊地知さん横に乗せて平常心でいられる保証が俺にねぇ』

STARRY(うち)の機材運ぶのに、店長のアタシが動かなくてどーするよ」

 

 私のスマホに向かって雄叫びを上げる先輩。それに尻込みしたか呆れたかは分からないが、返答はやや諦め染みた声。

 

『時間合わせるから企画書送れ』

「何年経っても、いつもソレかよ。相変わらず頭が堅い事しかしねぇ」

『……そういう伊地知さんは、少しはプランとか計画とかは覚えたらいかがですか』

「んだとコラァ!?」

 

 あー。また始まった。本当に仲が良いんだからこの二人は。私だって妬いちゃうよ。

 

「ケイちゃんの前だから、喧嘩しちゃダメですからねー。あと、モノに当たったりしない事!」

「廣井の癖に割と真面目な事を言うのな」

『同感だ』

「センパイタチヒドスギナイ!?」

 

 まぁここまで出汁に使われるのは想定内だったし、馬鹿を演じるなら役割に似合っている。

 

「これで車も確保できたし、一歩前進だねケイちゃん!」

「あ……ありがとうございます」

「ここに山田がいたら『仲介料を寄越せ』って言うだろうし、言い出しっぺが廣井で安心したわ」

 

 先輩も隅に置けないなぁ。実は話せて嬉しかったんじゃないの。アホ毛が犬の尻尾みたいにパタパタ動いてるじゃないですか。

 

「しゃあねぇ。成り行きとはいえ具体策考えねぇと」

 

 そういって、重い腰を上げて倉庫の方へ。私は暇と言えば暇なので、ケイちゃんの手を引いて進む。階段下を利用したそこそこの広さ。埃は被っていないようだが、この薄暗さが不安が残る。

 

「今ステージにある真空管アンプは、使うのも運ぶのもリスク高くて貸せねぇからな。トランジスタでそこそこ値が張る奴を用意しなきゃだ」

「先輩ってば太っ腹ぁ!」

「まだ中年太りする年齢じゃねぇよ! まぁ、マーシャルの良いヘッドとかなら揃えてあるし、元々はステージの機材が壊れた時の予備として融通して貰った奴だ。メンテも兼ねて使ってみるかな」

 

 よいしょと抱えて運び出す。廊下にはそこそこの量が並んでいく。

 

「あの……重たい物は私も運びますので!」

「何でもかんでもケイちゃんにやらせる訳にはいかない。まして報酬が対価なら、アタシらは給料分の仕事をしなきゃならん」

「しぇんぱーい。アラサーなんですから、ぎっくり腰には注意してくださぁーい」

 

 返事はなく足蹴にされた。ちょっと先輩、私に対してだけ冷たくない? 

 

「私だって、好きで大人になった(としくった)訳じゃねーっての」

 

 誰よりもロックを愛し、今なおロックに支えられてる先輩の事だ。常日頃で何を思ってるかなんて、想像に難くない。だって、私達はバンドマンだ。こんな世の中がつまんねーって、楽器を武器に闘ってる存在なのだから。

 

 地方の格差・年金問題・貧困格差なんて、それを直視しなきゃいけない程の大人になんてなりたくなかった。私は酒に興じて現実逃避。先輩は生計を立てる意味で、音楽から離れられなくなった。それが望むと望まざるかを別として。

 

「ケイちゃんはさ。わざわざ背伸びして、上辺だけの大人になんなくなって良いんだよ」

「えーっと。どういう意味ですか?」

「何でも背負い過ぎたら潰れちゃうよ。重石があるなら、頼れるおねーさん達に任せなさい」

 

 お前、ベース以上の重量持てんのかと先輩が感嘆する。そんなだから飲み屋に置き忘れるのかとも。うぐっ、否定が出来ない。

 

「流石に傷つくんだけどぉ先輩ぃー?」

「事実だろ。酔っぱらって荷物背負い忘れるのを違和感として覚えとけ。それとも、頭の方が軽過ぎるか……」

 

 言外に馬鹿って言ってません? そういう意味だと思うけど、それはそれで雑談として受け流す。

 

「こんな風にさ。友達とかと肩肘張らずに会話できるように成りな? 至極真面目ってもの可愛げがあるけど、自分を追い詰めちゃダメだよ」

「廣井さんから見て、無理してるように見えますか?」

 

 うん。そうだよ。キミが足を稼いで闘わなくたって良いんだ。それを支えるのが周りの大人達。私だって、学生の頃から散々迷惑をかけながら助けられてきた。年齢を老けて、ついぞ自分の番が回ってきただけの事。

 

 そこに愛はあるし、友情だってある。ただ、私らは先達としてキミを支えていきたいんだ。かつて誰かにやって貰った恩返しを果たしたいという自己満足にも似たエゴの為に。

 

「最初は誰かのためにって思ったんです。学園祭って、高校生活の中でも一瞬でしかない。それでも義務的にやらされるんじゃなくて、私ならこうしたいを皆に踏み出して欲しいと思ってました」

「だから、ステージイベントを引き受けたの?」

「私にはギターしかないですし、今更漫談やら外部から人を呼んだりなんか向いてません。なら、自分が齧った分野であれば身を締めて取り組めるかなぁって」

 

 その結果がコレですけどねと彼女は嗤った。

 

「それは誇っても良いと思うけど」

「誇る?」

「うん。キミにはそこまで他人に尽くす才能(センス)があるって事だよ」

 

 私にはそんな考えはできないや。こうやって後輩にちょっかい出すのも、ぼっちちゃんのオーラに惹かれてのめり込むのも全部自分本位。結局は己の探求心を満たす為だけの行動でしかない。

 

「世間ではそういうのはお人好しって言うよね」

「……今の廣井さんみたいです」

「あー、こりゃ一本とられたね」

 

 そう誤魔化した。褒められるような高尚なものじゃないんだよ。大人ってのは、自分がより良い環境を作る為には何だってするんだよ。こうやって後輩にちやほやされたいし、先輩にはダメな奴だなぁって甘えたい。そんな権化が酒豪──廣井きくりなのだ。

 

「ギターだってベースだって、どんな楽器だなんて関係ない。作りたい音楽がある。その為に弾く。仲間を集める。それって、素晴らしい事なんだよ」

 

 何もかもをお膳立てされて、酒に頼らなかったら先に進めなかったワタシとは違う。自分の足で踏みしめて演じてるんだ。そこに嘘偽りなんてない。立派なミュージシャンなのだって。

 

「良いじゃん青春。これが最後の下北祭なら、周りの雑音(いけん)なんて全部潰してこうよ。人の迷惑にならない範囲でなら、何でも許されるんだから!」

「てめぇはその迷惑をまき散らすなよ」

「結構格好いいこと言ってるのに先輩酷くない!?」

 

 いよいよ先輩の釘差しが絶対零度の冷気を纏い始めてきた。

 

「まぁ、もうちょい周りを頼れってのはアタシも賛成だ。あんまり気負うなよ」

「はい……二人とも、ありがとうございます」

「これで機材とスタッフも確保できたし、一件落着じゃん!」

 

 めでたしめでたしだ。ワタシが諸手を打てば、ケイちゃんは意を決した様子で一言。

 

「あの……体育館をライブハウスっぽくできませんか?」

「っぽくって?」

「えーっと、アレですアレ」

 

 指し示すのはステージ上で常時点滅を繰り返す照明機材。まぁ、確かに本番だとカラフルで煌びやかだよね……って、え? 

 

「正直、ステージに上がる皆さんが羨ましくて。この前に部会でヒヤリングしたら、そういうの憧れてる下北生が意外と多かったりするんですよ」

 

 どうします先輩? ワタシが振り向いたら青い顔をしていた。そうだよねー、こういうお互いに専門外だよね。そう見合わせた。照明係は用意できても、流石に設置する訳にはいかないだろうな。

 

 こういう時の廣井お姉さんは………………。

 

「まぁ、何とかなるっしょ!」

 

 懐で温めていた鬼ころに手を伸ばしたのだ。

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