【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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#9 The Ever laststanding-A

 別棟一階の化学準備室。そこで転寝をしていた前生徒会長の首根っこを捕まえたのは、つい先程の事である。何かねという顔をするので、貴女が巻き込んだ話の件だと溜息を吐いた。

 

「さっき藤井実行委員長にも報告しました。当日の機材についてはこちらで何とかなりそうです……いや、何とかしますんで」

「但し、あくまでも高校の学園祭レベルという訳だね。やるなら徹底的にと言いたい所だが……自信ありげだね」

「えぇ、勿論。最高のスタッフを呼んできますから」

 

 あくまでもお飯事(あそび)の域を出ないと言いたげだ。だが、頼もしいとも嗤った。それもその筈、あくまでもド素人のバンド希望者が寄せ集まった結果。到底感動できるライブになるかだなんて、場数も実力も違い過ぎる。

 

「まず見た目からとも言いますし、お通夜な会場よりもマトモな策を練りたいんです」

「ふむ。それでキミが私に頭を下げに来たという訳か」

 

 頭の回転が早くて話が進んで助かる。まぁ、そもそも頼らなきゃいけない状況である事の方が問題なのだが。

 

「体育館の照明を剥ぎ取って改造しろとは恐れ入ったよ」

「別にわざと壊せとは言ってません」

 

 ライブハウスをソレたら占めるのは、音響やアーティストに限らず照明も一役買っているのは御承知だろう。あのミュージシャンを引き立てる熱と光を扱うのは、相当な下積みとセンスが求められる。多少がセトリによってルートが決まるPAと違い、パフォーマンスはその場でぶっつけ本番だ。そんな刹那を切り取る技法を欠かすなんて勿体ない。

 

「この部屋に来たという事は、察しがついているのだろう?」

「はい。500w以上の照明器具なんて、そんじょそこらに転がってませんから」

「さーて。何処にしまってあるかと」

 

 ホリゾントライトの代わりを用意するなんてのは難しい。だが、スポットライトの代わりになるのならいくらでも方法がある。物置代わりに使われているこの部屋なら、運動部が使っているハロゲンライトぐらい湧いてくるだろうと浅はかな考え。しかし、想像に違わず埃を被った品々が表に浮上する。そして……。

 

「偏光用のプリズムシート。何に使うかさっぱりの業務用サイズだが、まさかステージイベントで使う事になるとはね」

 

 20度程度なら光線を曲げる事が可能な文明の利器。絶望的に高額な訳ではないが、節約できるにはこした事がない。ボーダーライトに取り付ければ、直上から降り下ろす以外の選択肢も見えてくる。

 

「問題はこれらをどうコントロールするかですが……」

「なぁに。回転式のスポットライトを自作すれば良い話じゃないか。

「……それ、どうやって動かすんです?」

「図画工作で使う色付きセロファンをドラム式にして、照明係(せいと)が手で差し替えれば良いじゃないか」

 

 むしろ人力以外に他に方法があるのかいと、会長には首を捻られた。いや、想定以上にアナログ過ぎて言葉が出なかった。

 

「確かにそうですが……もっと妙案があるものかと」

「ないもの強請りをするんじゃないよ。DMX制御をできる高校生が、世の中に五万といては困るね」

「……その口ぶりだと会長はできるとでも言いたげですね」

「当然だ。QLC+とかのフリーソフトを使えば、電子制御くらい楽に再現できよう」

 

 でも、それだけじゃ駄目なんだとだぶだぶに余った白衣の袖を振る。

 

「誰かが欠けた時に崩壊するシステムなんてクソ喰らえだ。それなら、お金を払って専門業者を雇うといい」

 

 そもそもと彼女は指を立てて嗤った。

 

「人間というのは、個々人に才能(むきふむき)があるとも言えるしないとも言える。むしろ適性という表現が正しいかな。例えば若き天才小学生とその道50年のベテランと比べるのであれば、どの業界であっても実力に差は出るのが99%だ。世の中はソレを経験と定義している」

 

 その残りの1%(キセキ)とやらは信じたくないがねと肩を竦めた。

 

「仕事というのは、他人の実力(さいのう)を買うから支払いが発生するんだ。キミが懇意の人達に音響の作業を頼んだように、我々が背伸びしても手に入らない()()そのものを購入しているんだ。やろうと思えば人間ってのは何十年かければできない事は、()()()()()()を除いてはほぼないね」

「それはそうかもしれませんが」

「まぁ……日常らしいステージ上の照明を寒色にするだけでも、体育館は黄色い光に照らされているという常識からひっくり返される。あとは人海戦術で4つのスポットライト(ハロゲン)適当(てきせつ)に当てる。こんな所だ。()()()()()()()()()()

 

 そんな学芸発表会(レポート)のように締めくくらないで下さい。只でさえこっちはクラス企画の論文でもめてますんで。そうしたら鼻で嗤われた。そもそもクラスに居場所があるのかと。答えはNOであるので撃沈した。

 

「というかキミ。アレを止めなくて良いのかい?」

 

 指で示されるがままに窓際から階下を覗き込んだ。正門が見えない訳ではないという事で、優良とは言えない視力で以って目を凝らす。

 

 赤毛交じりのサイドテールが風に揺れる。うちの制服ではなくて、ギターケースを背負いこんでいる相手なんて想像に難くない。

 

「きたぁ…………アァン?」

 

 脳が事態を処理するより先に化学準備室を飛び出していた。最短距離で玄関まで駆け抜け、上履きを靴箱に仕舞い直す暇なんて与えずに運動足を蹴り出した。それもその筈。時間と場所と場合の全てが最悪の組み合わせだったのだ。よりによって秋の交通安全週間での校門前とか、部外者は黙ってろな状況というのに冷や汗をかく。

 ほら言わんこっちゃない。早速生徒指導連中と体育教官どもに取っ捕まっている。彼女らしい愛嬌で切り抜けられるだろうか……否。それに靡く程、うちの先公は人間としての良心なんてありゃしないからだ。あぁもう、これ職質状態じゃん。お嬢さんは一体何処から……。

 

()()んですっけねぇ……ゼェハァ……ようこそいらっしゃいましたァ……秋華校の喜多さんですね……ゼェ……生徒会室にご案ナァイしますので……ゼェ……こちらへドウゾォ」

 

 私を見つけて彼女はぶんぶんと腕を振る。元気そうで何よりって、そういう意味じゃない。結束バンドのギターボーカル──喜多郁代その人が無邪気に笑顔を振りまいた。

 

「栗原、生徒会の雑用か? 部外者の入構許可はしかるべき手順を踏んでだな……」

「学校事務室にはこちらからお声かけいたしますので、こちらで失礼いたしますネッ!」

 

 話が長引けばボロが出る。逃げるように彼女の手を引いて、その場を脱兎の如く駆け出した。その様を見て、渦中の人物は一言。

 

「先輩って、随分と積極的なんですね?」

「……要らんトラブルに巻き込まれないような処世術って奴だよ」

 

 その割には自分から首を突っ込む事が多いよね、と化学準備室に置いてきた筈だが、脳裏にまで前生徒会長が囁いてくる。大概毒され過ぎてるな私も。まぁ、ここで愚痴を零しても仕方がない。

 

「それにしてもいきなり凸しに来る感じ? 虹夏さん達はもう帰ったと思うけど」

「はい! さっき駅前にリョウ先輩と向かってるのをこっそり見届けてから来ましたから!」

「……?」

 

 猶更、首を捻るのだが。そもそもこの学校に用事があるとは思えない。

 

「誰かと待ち合わせ?」

「はい!」

「いくら喜多さんの交友関係が広いと言えど、友達と一緒に帰るって雰囲気じゃないよね。本当は理由があるんでしょ」

「えぇ、栗原先輩に用事があって来ました!」

「へぇ…………え?」

 

 寝耳に水である。というか、呼び出すならLOINEでも良いのでは。

 

「だって、伊地知先輩以外に連絡先を教えてました?」

 

 そう言われれば否である。とすれば最初から伊地知さんから転送なり何なりで、事前にコンタクトを取れただろうに。しないという事は、それなりの理由がある筈だ。

 

「つまり虹夏さんに迷惑をかけられない案件って事ね」

 

 話が早くて助かりますとウインクで流された。いざという行動力オバケなのは、陰キャの私からすれば本当に頭が下がる思いだ。

 

「次のライブは秋華祭だっけ。10月頭にステージイベントに出るんでしょ。星歌さんから聞いたよ」

「はい……その事なんですが、実は自信がなくて……」

 

 自信がない? この期に及んで? 土地勘もない他校に対して特攻をかける陽キャが? とんだ冗談にも程がある。

 

「何にでも成れる(できる)喜多さんらしくない台詞だねソレ」

「本心で言われると、私だって傷つきます」

 

 プンスカと自分で擬音を出すあたり、相当向こうも参っているな。行く当てもないので例の防音室にとりあえず避難。鍵が開いているという事は、勿論先客がいるという訳で。文芸部()部長のお嬢(ノベル)が窓際で、参考書を片手に一瞥する所までが1セットだ。

 

「貴女はまた厄介事を背負い込んで来たんですか?」

「……まぁそんなとこ」

 

 まだ何も言っていないというのに酷い偏見である。しかし、全く以って否定できないのが辛い所だ。道中の自販機で買ったジュースを開栓する。喜多さんにあげた分も含め、缶の表面を結露の水滴が滑る頃にようやく話が進み出す。

 

「不安で練習が上手くいかないんです。本番が近いのに、3曲分を揃える時間もなくて……言い訳をしちゃいけないのも分かってるのに」

 

 セトリを聞いてみたら、お盆ライブの曲目ともガラリと変わっている。この短期間でオリジナル曲をリリースする速度にも感服するが、それに周りが追いつけるかどうかはまた別の話。

 

「メンバーには打診したの? クオリティアップの為に新曲削れないかって」

「……私からは言えないです。只でさえ厚意に甘えて結束バンドでギターボーカルをやらせて貰えているのに、皆の足を引っ張る訳にはいかない」

 

 罪悪感で続けるなとは、以前星歌さんも言っていた。しかし、ここまでくると原因は根っこがかなり深い所にありそうである。

 

「『ギターと孤独と蒼い星』や『あのバンド』とかストックがある訳でしょ。ここに来て更に追加するってのは負担も大きいし、断っても文句はでないで……」

「それじゃダメなんです!」

 

 遮った彼女の瞳に浮かぶのは、焦りや追い詰められたようなマイナスの感情ではない。憧憬や畏怖が入り混じった()()()()構図。

 

「後藤さんがその日の為を思って歌詞を書いてくれたんです。リョウさんも私達の晴れ舞台だからって、編曲を重ねてくれてます。後には退けない状況だから、皆の期待は裏切れないんです」

 

 バンドから逃げ出すくらいだから、律儀な事はあっても責任感は薄い物だと思ってた。目論見は外れたが、ここまで真剣になられるとそれはそれで手強い相手である。さてどうするものかと頭を掻いていれば、助け舟は思わぬ方向からやってきた。

 

「傍から聞いていれば、自分勝手極まりないですね。実力は高めたい。けれど時間はない。音楽に妥協はしない。しかし周りと協調や報連相をしない。欲が過ぎます」

 

 口を挟むお嬢(ノベル)。いくら何でも言い過ぎだろうと目で制せば、彼女は心底嬉しそうに嗤う。

 

「でも、嫌いじゃないですよ。そういう所。泥臭くて、非効率で。それでも音楽を愛してるって伝わって来ます」

 

 そういってケースからギターを取り出して、彼女はスタンドへと立てかける。音源くらいあるのでしょうと問えば、喜多さんが怪訝な顔をする。

 

「わたくしと栗原佳でなら、アレンジの一つや二つを()()()()には小一時間とかかりません。貴女が結束バンドを想っての事ならば、せめて自分だけでも納得させられる演奏を仕上げるべきでしょう」

「……はいっ! ありがとうございます!」

 

 え……待って? コレ私も巻き込まれた流れ? かたやさっさと準備しろと目で急かすし、キターンとさせてるし。これは逃げられないのだろうと、私も相棒を手に取った。脇には勿論転記用のノートも。十回程度の流しを耳へと行った。喜多さんのスマホから流れるのは、打ち込み音源でも分かる出だしが滑らかな曲。

 

「最初のイントロフレーズはDbm7 Cm7 Bm7 Fm7辺り……最近の曲ってやけにセブンスを使いたがる傾向は問題はございますよね」

「それって私に対する当てつけかお嬢(ノベル)

「別に…………そうは言ってません」

 

 いや。白々しい態度が物語っているではないか。だって便利じゃんセブンスコード。

 

「耳コピに馴染みがあるという訳ではございませんが、所謂00年代邦ロックというのは純コードと聞き分けが難しいくらい『響きが変わらないけどちょっと弄ったからお洒落です』な発想が、絶対何処かにはございますからね」

「確かにちょっと恰好良いコード弾きって何だろうなって時に、惰性で割り振ったりはするよね」

「楽譜に書き起こすのであれば、メジャー・マイナーからのポジションチェンジにそれほど苦労しないという面もあります。指が追いつかなければ、逆に諦めるという発想も大事です」

 

 つまり? 喜多さんが小首を傾げる。

 

「最初っから楽譜なぞ捨てれば良いんですよ。大事なのは、自分が確実に音を作っているという仰々しい自信。リズムギターであれば、自分のボーカルをブーストする追い風にしなくては」

 

 採譜が終わったらしいお嬢(ノベル)がこちらを見る。相変わらず無茶を御所望で、この我儘娘は。

 

「喜多さんは聞き分ける事にだけ集中してみて。この曲に出会ったばかりの私達が、どんな下手な演奏するかを愉しんでるだけで良いよ」

「いえっ……そんな事は……」

「誰だって最初はこんなもんだよって。どんなバンドマンでも、練習しなきゃ絶対に上手くはならないって肌で感じて貰えれば良いからさ」

 

 さぁやるよと視線を飛ばせば、お嬢(ノベル)も当たり前だと口角を上げる。そうさなぁ、只の負け試合では物足りない。アレンジの更にアレンジで全部上書きしようではないか。喜多さんのスマホから改めて曲が流れ出す。

 

 イントロ入りかけのアルペジオ。最初からスライド奏法で手数不足を補う。あぁもう良いフレーズだな。山田さんのセンスには脱帽するが、それと技術が追いつくかで逆ギレするかは別の話。ただ難しそうに見えて(というか一番難しいのでは?)このイントロをベースとして一曲の最後までリピートされている。逆に言えば、ここさえマスターしていれば後は困る事がない筈だ。

 Aメロは比較的に静か。むしろ聞いた感じはBメロの方が鬼門だ。ボーカルの音程でもメロディもリズム隊の拍からも逸脱する単音弾きが続く。どちらがリードをやるか決めていない状態で、お互いに向かい合って掛け続ける。メインフレーズを山彦のように交互に繰り返す。

 サビはお嬢(ノベル)の鋭いカッティングに対して、私はなだらかな単音弾きで対抗する。相手の音楽の()を消すように、背中越しにカバーするように。この場に楽器が2つしかなくても最大限のパフォーマンスが発揮できる為に。

 間奏部分は正直どうするか決めていない。というよりほぼ即席の合わせなのだから、楽譜なんてないに等しい。自分を出すなら今でしょうとお嬢(ノベル)がこちらを見る。分かっている。この場で一番格好良いと()()()メロディを演奏する(ヤる)事を。

 私はオープンコード。お嬢(ノベル)はパワーコード。所謂王道と呼ばれるシンプルな進行に沿って曲自体を塗り潰す。弾き方の長所短所を間隙のない圧によって、相手をフォローしあう。思わず歌が口から零れた。

 

『遥か彼方』

「「僕らは出会ってしまった!」」

『カルマだから』

「「何度も出会ってしまうよ!」」

『「「雲の隙間で!」」』

 

 本当に楽しくて仕方がないんだよ。バンド演奏っていうのはさ。それ(うた)を諳んじた時には、お嬢(ノベル)の手がスマホに伸びた。ブツリと伴奏が止まり、静寂が部屋を支配する。突然の中断に呆けていたらしい喜多さんが、私達を見て一言……。

 

「何というか……全然曲に合ってませんでしたね」

 

 そんなものだ。賑やかしでギターを握るというのはこういう事。

 

「でも、お二人にはこの曲の音源がなくても演奏し切ってたんだと思います」

「私達は純粋にセッションする口実が欲しいだけでしたので」

 

 従って喜多さんが持ち込んだ曲が何であろうと、クオリティはともかく愉しんでいただけなのだ。

 

「下を向かない。背筋を伸ばす。手を止めない。間違えてもキョドらない」

「笑顔で波に乗り。ストロークを強調し、手を振り上げる。ネックを意味もなく振るでしょうね」

「「そしてセッションしている相手を振り返って、好き勝手歩き回る!」」

 

 お嬢(ノベル)と二人してハモってしまい、思わず笑みが零れた。つられて喜多さんからも悲壮感が抜けていた。

 

「そうしたら喜多さんはバレーコードのバッキングを覚えようか。後藤さんに負けないくらいのギターがきっと手に入るよ」

「……私、頑張らないとですね! 精一杯頑張りますのでお願いします!」

 

 かくして、うちのバンドメンバーを巻き込んだ秘密の特訓がスタートしたのだった。

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