【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
「でも、どうして急にギターを買いに行こうなんて話になったんでしょうね」
喜多ちゃんの言葉に首を捻る。いや、ぼっちちゃんのギターが壊れたって所から話がスタートしてたじゃない。せっかく買ったのだから弾く所を見せて欲しいとせがんだ結果、わざわざお茶の水から下北沢まで戻る途中の事。
「修理って、流石に新品を買うより安いじゃないですか。私の金銭感覚が可笑しかったり?」
「いや……リョウの場合は、親に甘やかされて好き勝手やってるだけだと思うよ」
ウチも特別お金に困っている訳ではないが、お姉ちゃんが自営業でやっている以上は不意打ちの出費に備えないといけない。ぼっちちゃんが現金大枚を叩きつけてYAMAHAの
「それにしても、実は喜多ちゃんがギター欲しかったんじゃないの~」
「話が読み込めないんですが、何かありました?」
「だって、わざわざぼっちちゃんの腹話術なんかしちゃってさ」
「
ひとりちゃん……ねぇ。秋華祭のライブの後から、妙に距離が近くなった気がするんだよなぁ。別に妬いている訳ではない。少なくとも、ぼっちちゃんがギターヒーローだって知ってるの私ぐらいだろうし。それが特権って奴だ。だから喜多ちゃんに取られても悔しくなんか……ない。
もやもやした気分を払拭するように、STARRYのドアに手をかける。店内を流れるBGM。開演前の照明。いつも通りの筈なのに、何処か心が落ち着かない。
「やっと帰ってきたか……それで、どうだったんだ。お目当ては見つかったか?」
「はい……買って来れました……」
ぼっちちゃんが背負ってきたケースを開けば、漆黒で艶のある曲線美を見せる本体がおずおずと顔を出した。
「おねーちゃんと違って、親切な店員さんが対応してくれたからね!」
「……まさか、行ったのはお茶の水じゃねぇだろうな」
「そのMASAKAだよッ!」
そして深い溜息を予想外に吐いている。あれ……私、何かやっちゃいました?
「誰しも若気の至りってのがあるんだよ……お前らも気を付けろ。刺してくるのは過去の自分自身だぞ」
「お茶の水の元
「リョウ……そこまで言ったら可愛そうだよ。反省してるんだから、褒めてあげないと」
「揃いも揃って酷いよなお前ら!」
それは褒めてんだか貶めてんだか慰めてるんだか。ヨヨヨと泣くお姉ちゃんにぼっちちゃんも挙動不審になるし、これは悪循環しか産まないな……主に
「ていうか……お披露目会は次の下北祭なんだろ。私を揶揄ってる暇があったら、練習したらどうなんだ。ぼっちちゃんもブランクが短いとはいえ、最近お前らもスタ連は御無沙汰だったじゃねぇか」
「下北祭? 私、申し込んでないけど」
「「「え”ぇ”っ!?」」」
それにすっとんきょうな声を上げたのは、リョウ以外この場にいた全員だ。
「いやいやいやいや。ケイちゃん頑張ってるのは知ってただろ。てっきり既定路線だったものかと」
「伊地知先輩!? あれだけ仲良さそうにしてて、栗原先輩を裏切るんですか!?」
「アバババババババ……」
「お姉ちゃんも喜多ちゃんもぼっちちゃんも落ち着いて!」
あぁ、これどう説明したら良いものか。
「最初、ぼっちちゃんが秋華祭ライブの出場を迷ってるって言ってたでしょ。それで、こっちも実はキャンセルしますって申し訳ないじゃん。リーダーとしては、皆やバンドの評判を下げるようなリスクは負いたくないというか……」
「ステージからダイブしても受け止めて貰えない陰キャですみません……」
「ギター弾けるって嘘吐いて、ライブ当日にドタキャンしてすみません……」
「ほらほら! そういう所だよ二人とも!」
結果論からすれば秋華祭は成功したと言える。しかし、あのクオリティをフルスロットルでかけ続けられるかは別問題だ。まぁ、ぼっちちゃんのBTR値直葬案件があったせいで、不完全燃焼とも言えるけど。
「だから……私はよりにもよって
いくらぼっちちゃんが本番に強いとは言え、限度ってものがある。幸運が続けば問題ないのではなく、賽の目とは結局収束するのだ。つまり私は、結束バンドに対して地力を信用していなかったのであって。
「今は二年生だし、参加するなら来年があるからまぁ良いかなー……って、目が怖いんだけど皆ッ!」
喜多ちゃんの目がキターンというか、おどろおどろしている。ぼっちちゃんは何か溶けて波打ってるし、お姉ちゃんの視線は冷たい。
「伊地知先輩の薄情者ッ! お世話になってた栗原先輩に恩返ししたって良いじゃないですかッ!」
「薄情者!? 相談しなかったのは悪かったとは認めるけど、流石に言い過ぎじゃぁ……」
「あの……虹夏ちゃんはケイさんを信じられなかったんですよね」
その指摘に身を竦める。言い訳がましいが、そうではないのだ。
「メタ的に……だけどさ。出演料を2万円と考えると、それをリーダーとしてはメンバーに強制できないというか」
ノルマ代ならまだいい。売上次第ではバックもある。しかし、下北祭に限っては自腹出演だ。秋華高にノリ気であったのは、そういった負担を全部学校に押し付けられるから。懐は痛まなくて済む。
STARRYは良くも悪くもきちんとしたライブハウスだ。バンドマンとして
「そりゃあ、栗原先輩とは友達だよ? でも、それと下北祭に出演するかは別の話だし……」
正直に言うと、バンドに掛かりきりになってしまっている自分達が怖かった。ぼっちちゃんの加入から秋華祭まで、ずっとノンストップで走ってきた。振り返って見直す時間が欲しかったのだ。下北祭だって、去年まではステージイベントすらなかった。そんな不安定な環境で、ぼっちちゃん達を巻き込むなんて……。
「虹夏ちゃんは、私達を信じてくれますか?」
そうつぶらな瞳を伏せて一つ下の後輩は私に問いを投げかける。
「も……勿論だよ。皆、成長してるし頑張ってる!」
「それなら、同じだけケイさんを信じてあげてくださいッ!」
ギュウと彼女の手が私の腕を掴む。縋るように、助けを求めるように。真摯に一直線な視線が、ついに克ち合う。
「ケイさんは確かに、結束バンドのメンバーじゃないです。それでも、ずっと助けて貰ってました。そういう努力とか積み重ねって言うか。もしかしたら、打算的に手を貸してくれたかもしれませんけど……でもきっとお金じゃ買えないし、取り替えられないものだと思います!」
ぼっちちゃんに此処まで言わせちゃう私が
「正直、怖かったんだ。私とリョウって学校じゃ浮いてる事もあるし、これ以上周りに迷惑をかけて進学とかに支障をきたしたくないって考えてた」
ギタボ募集のビラを学内掲示に貼らせて貰おうと掛け合いにも言った。職員室での異物を見るような感覚。アレが背筋を這うようで恐ろしかった。結局はそこで折れてしまったのだが、自分の居場所を削ってまで音楽が本当にやりたいのかと突きつけられた気分だった。
「そりゃあリョウみたく、進路は何処行っても人生安泰みたいな事はあるかもしれない。でも、私は違う。バンドやりたいって夢も、勉強して働きたいっていう未来も。その片方を大人の
只でさえ、お姉ちゃんの夢を砕いた
「もうこりごりだよ。諦めろ、勉強の役になんか立たない。やっても無駄だって。そんな人達がいる学校で、演奏なんかしたって楽しくなんか……」
「でも闘ってる人達がいるんです、虹夏ちゃん」
ぼっちちゃんの瞳が揺らぐ。海のうねりにも、焔の熱気にも似たその渦は私を捉えて離さない。
「参加したって喪うものなんてないですッ! あ……お金は掛かるんでしたっけすいません」
格好つけようとして盛大に滑りましたと、半瞬前のヒーローさは何処に行ったのだろうか。ゴミ箱に潜り込もうとする彼女をあやしながら喜多ちゃんが続ける。
「伊地知先輩が怖がってるなら、残りの三人で精一杯フォローします!」
「さんマイナスいちなら、ふたつは進める。例え虹夏が後ずさりしても、無理矢理引っ張れるよ」
私達は四人で結束バンドなんだから。そうリョウは嗤った。
「でも一団体じゃなくて、一人当たり5000円は気に食わん」
「リョウ先輩。せっかく格好よく締めてるのに……」
「台無しですね……本当に」
喜多ちゃんとぼっちちゃんの呆れ顔。どうやら、私以外は平常運転なようだ。
「よし決めた! 土下座してスケジュールに捻じ込んで貰う!」
「おー」
「その意気ですっ!」
バンド一のムードメーカーが此処で折れてちゃ話にならない。空回りだって構わない。ポジティブで返すだけが私の取り柄なのだから、笑って誤魔化せ。そう思ったのだが……。
「ていうかさ。何で誰も申し込み済みだって事を確認しないんだよ」
お姉ちゃんが勝手に盛り上がっていた私達を諫める。
「どういう事です? 店長さん」
「お前ら分の手付金はもう払ってるし……というか、その集めたカンパ代が結局はSTARRYに入ってくる予定なんだが」
「話が読めないんだけど、お姉ちゃん」
「言ってなかったっけ。下北祭のライブイベントは
寝耳に水である。ていうか、え。お姉ちゃんが下北祭に来るの?
「そもそもだ。虹夏と山田は秋華祭にかまけて、自分のクラスの出し物すら参加してんのか?」
「うぐっ……否定ができない」
「好き嫌いで学校行事に参加しないってのはナシだ。というか、成績の件を言い出すなら一番内申点に響くだろ。体育祭を拒否する運動音痴とやってる事は変わらねぇんだからな」
ボイコットする価値なんかないとか以前の問題だと、どっしり構えたお姉ちゃんは宣う。
「という事は、栗原先輩は最初からソレが狙いで?」
「外堀を埋めてからって感じだが、それとは話が違うだろ。ケイちゃん経由で、虹夏が文化祭出し物の付き合いが悪いってクラスメイトからの愚痴は聞いた」
レポートやら研究やらをやってる暇があったら、秋華祭ライブの練習だぃと放課後は早々に学校を切り上げていた。まさか、このような形で明るみになるとは。
「私から言わせりゃ、好きな事以外をしたくないって我儘なだけなんだよな。ちゃんと同じグループの子には謝っとけよ。その分はバイトのシフト減らすから、ちゃんと企画に参加しろ」
「面目ございません……」
「でだ。虹夏への説教はこれくらいにして、ぼっちちゃんと喜多ちゃんはどうすんだ」
私とリョウは在学生だから、ライブをやるかはともかくとして参加する義務がある。しかし、こんな文化活動に閉鎖的な高校に殴り込んでくる必要はない。
「他校からの参加要件も、ケイちゃん達が苦心してくれたみたいだからOKは出てるらしい。ヤル気があれば問題じゃないけど、校風が真面目っ子な所だ。お前らの演奏が受ける保証はない」
それでもやるのかと、お姉ちゃんは挑発するかのように口角を上げた。
「音楽の良さとかは伝わるか分かりませんけど、一生懸命やってる人を嗤う優等生はいないと思います。やらなきゃ損じゃないですか!?」
「私は……むしろ、知り合いがいない方が弾き易いかな……って、へへ」
方向性はともかくとして、二人とも前向きであれば問題はない……筈だ。
「それじゃあリョウ! セトリ決めなくちゃね!」
「新曲のネタがない……考えさせて」
「そんな出演する度にリリースするバンドマンもそんないないってば」
思えば、曲のレパートリーも随分と焦り過ぎたような気がする。ストックもあるし、偶にはこんなライブも悪くないかもしれない。
「いっそMCなしで4曲ぶっ続けとか!?」
「合間に
「早弾き、タッピングときたら歯ギター。って
「あの……その……私は普通のライブが良いです」
四者四様の盛り上がりも、結束バンドが始まって以来今に始まった話じゃない。そういえば、やりたいように音楽に打ち込んできたのだ。くよくよするだなんて、本当にこの期に及んでという感じ。
ちょっと肩肘張ってたかなぁ。ここの所は勉強にライブに大忙しだったし、こうやってガス抜きみたいにくだらなく駄弁るのはちょっと新鮮かも。
「まぁ大船に乗ったつもりでいろよ。本番もSTARRYに負けない環境整えてやっからさ」
「え~。お姉ちゃんも仕事するの? ちゃんと出来てるか不安だなぁ~」
「お前なぁ。人が折角気を使ってだな……」
大丈夫だよ、お姉ちゃん。あの時とは違う。今は仲間もいるし、目的は違えど夢を追いかける。隣に立ってくれる人がいる。それだけで、私は満足なんだから。お姉ちゃんに迷惑をかけてばかりの子供から、やっぱり独り立ちしたいんだから。
「まぁいいさ、虹夏のやりたいようにすれば。お前らの後詰は任せろ。最高のライブにしてやっから」
姉の描いた夢をなぞるのが
欠けているのはきっと、思い出すまいと奥底にしまっていたあの色。新緑にも似た、深き森を映しとったような髪。
「そういえば、貸し1ってのも忘れてた」
「何の件ですか……虹夏ちゃん?」
「うーうん。こっちの話」
あの超がつく程の生真面目な先輩であれば覚えているだろう。勝手に背負い込んで、家族のツケを詫びてきたくらいのお人好しであれば想像に難くない。それがこの滑り込み参加の話で決済するのであれば、舌を出しながら頭を掻いて誤魔化すさ。
「私が要らない事まで一人で考えすぎてた。それが巡り巡って馬鹿みたいって思ったんだ」
「伊地知ニジシカ……」
「ウマは何処に行ったんですか? リョウ先輩」
おいそこ。実は考えてませんでしたみたいな顔しないの。そして乗りツッコミを期待するな。まぁこうして茶化してくれる相手がいるというのも、気を悪くする訳ではない。そんな私を見て、期が熟したようだとお姉ちゃんが口を開く。
「そういえば言い忘れたが……お前ら。
「「……………………ゑ?」」
「そもそもアタシがケイちゃんに話を通した頃には、ステージの申し込み期限間際だったんだって。枠を空けて貰えただけで幸運だろうが」
「…………わふぅ」
「おっ。ぼっちが溶けた」
全く以ってやれやれだわ。私は不意打ちの出場は、もう二度としないと固く心に誓った。