【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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#1 生ける屍-B

 干支を一周分離れた姉と呼ぶ存在が、自分の遥か遠くに行ってしまうのだと。だから嫉妬もしたし、心底恨みもした。それが当てつけである事は子供ながらに理解していたし、そんな事をしても姉の関心は私に向かないのも知っていた。

 

 そう。私、伊地知虹夏は音楽が──バンドマンが嫌いだった。

 

 母がいなくなった今だからこそ分かる。年齢が離れていたとしても何気なく会話をできる肉親がいるというのは、一人っ子と比較すれば恵まれている。しかし年端のいかない少女にとって、私よりも優先すべき対象があるというのは本当に気に食わなかったのだろう。

 

 アンプの音量を最大まで上げる悪戯は何度手にかけた事か。その度に姉は怒り、母はその場を宥めたのだ。俗にいう()()()()()()()が私の全てだった。

 

 それが一転したのは、あの事故のせい。

 

 恨みとか憎しみとか、マイナスの感情は純粋なあの頃には持ち合わせていなかった。ただ母が家に帰る事は二度となく、あれだけ嫌っていた姉が必死に私の手を取って歩き出したのもその時だったのだ。

 

 姉だって辛かったろうに、それを微塵も感じさせないような粗野な振る舞いは更に加速した。料理は下手だったけれど、家族の母になろうと藻掻いていたのだ。

 

 からかいのネタにはされるけれど、姉がぬいぐるみを抱かないと寝れないのはきっと私のせいだ。四六時中ついて回って母の不在を糾弾し泣いていた。自分も神経を張って疲れているだろうに、姉はやるべき事を放り投げてでも布団に私を寝かしつけてきた。

 

 子守歌替わりは、いつもロックな曲。あれだけ不快だった音楽という存在は、ここにきて喪ったものとトレードしたように私の心を占めるようになったのだ。

 

 追いかけたいと思った。姉のバンド仲間であるリナさんにドラムを教えて貰いながら、いつか隣に立って演奏する事を夢見てスティックさばきを真似る事に終始した。無駄だと分かっている。12年の差は逆立ちしたって埋められない。

 

 それでも私は、矢面に立って戦い続ける姉を支えたいと思ったのだ。ライブハウスに連れていかれるようになって、何年が経ったのだろうかなんてもう覚えていない。だが転機とは理不尽なものを除けば、殆どが人の意思によって形作られるのを私は知っている。

 

 姉の違和感は僅かに滲み出ていた。外出する時間が極端に減った。誰かと電話する機会が増えた。持ち出すとき以外には自室に飾ってあった愛用のギターが姿を消した。捨ててはいないというが、本音はどうなのだろうか。

 

 ともかく、姉らしくない振る舞いがそこかしこに産まれたのだった。勉強が得意でもない

 のに経理の本が机に並んだ。整理されていない領収書請求書の山が、百均で買ってきたプラスチックケースに月ごとに放り込まれている。

 

 顔を合わせれば無理やり嗤う事が増えた。干からびていく姉の姿を見て、流石の私も心配で声を上げた。

 

 家族会議も容赦しないと姉に詰め寄った。やや迷った症状を見せた。傷ついた顔をした。それでも姉は決意を込めて口を開いたのだ。

 

「バンド辞めて、春からライブハウス始めるから」

 

 その時の私はしっかりと祝福できたのだろうか。姉の夢(あこがれ)を他でもない実の妹(げんじつ)が壊してしまったのだ。内心の絶望が、せめて姉に伝わらないように唇を咬んだ。

 

 この時に姉も私も、音楽という流行り病に憑りつかれた生ける屍になったのだろう。一人は夢を諦めて実利を執った。一人は憧れが消え失せ舞台だけが残された。

 

 母の遺言に従って二人で頑張ろうと誓ったのに。また裏切って姉は先に逝くのか。それが悔しくて悔しくてしょうがなくて床に伏せった。

 

 病は気からというがインフルエンザが身体を蝕むのは、僥倖というかタイミングが非常に良かった。頭を冷やすには時間は十分だった。

 

「なら、お姉ちゃんに負けないバンドマンになる」

 

 その一歩を踏み出すのにどれだけの勇気が必要だっただろう。精一杯の強がりを見せて背伸びをした。虚に突かれた姉は、眉間の皺を珍しく伸ばして私を見た。

 

「虹夏なら越されて悪くないかな……」

 

 消え入りそうな声だったが、確かにはっきりと私に届いたのだ。

 

 その後は目まぐるしく一日が過ぎていった。ドラムソロで喰っていくには技術が必要。であるから、まずは研鑽の場としてバンドを組むのは必然だった。

 

 何処吹く風の幼馴染であるリョウが、今の音楽活動(バンド)を辞めると不貞腐れたのも丁度その時。屋上で黄昏ている彼女に声をかければ、快諾と言わないまでも了承を得られたのが大きかった。

 

 利用するなんてのはとんでもないが、巻き込む相手は親友だと尚良い。金銭トラブルは御免だが、経験者が近くにいるというのは私も自身が引き締まる。

 

 姉に頼り過ぎたくないのが本心だ。只でさえ慣れない経営で四苦八苦しているだろうに、そこに余計な心配をかけたくない。

 

 結束バンド(仮)の立ち上げが落ち着いた頃に、出席停止中の件についてクラスメイトに聞く機会があった。当時は学級委員長も欠席といったから結局誰が課題を持ってきてくれたのだろうと探せば、自宅で珍しく酒を呑んでいた姉がカカッと嗤って饒舌に語り出したのだ。

 

 曰く、ライブ中に感極まって泣き出した(比喩的表現なのかな?)お客さん(かわりもの)がいたらしい。

 

 早速次の日に一つ上の学年のフロアに降り立った。名前だけは聞いていたから、自前のポジティブさを以ってヒヤリング。先輩方の所から情報収集しつつうろちょろすれば見つかった。それも非常に分かり難い所に。渡り廊下の窓が不自然に空いている。垂れ下がっているのはマフラーだろうか。わざと引っかかっているように見えた。

 

 迫り出しているコンクリートの上。これで煙草なんか吸ってたら、アンニュイと合わせて絵になっていたのかもしれない。新緑にも似た深い髪色。それを寒空の中に吹雪かせながら、上着だけ羽織って遠くの景色を見据えていた。

 

 ミステリアスな雰囲気はリョウとかも持っているけれど、そういうのとは違う()のオーラ。凝らしている先を辿っても何も見えない。暫くそうしていても反応がないので、こちらから声を掛けてみる事にした。

 

「栗原先輩……ですよね?」

 

 眉をしかめて彼女はこちらを見る。どうやらお邪魔してしまったかな。明らかに不機嫌な顔。仕方がなく私も窓枠を飛び越えた。

 

「…………どちら様で」

「あー、えーっと。課題を届けて貰った伊地知ですけど」

 

 焦点が合わない彼女が、ふらふらと首を左右に傾けながら何かを熟考する。

 

「完全に死んだ魚の目をしてる」

「………………それを笑う奴に今更躓く事もないでしょ」

「おっ、案外イケる口じゃないですか」

 

 心臓はまだ脈を打つ。灰色の彼女が一瞬だけ彩色された。実はコミュ障なだけであって、案外良い人なのでは。

 

「先輩は何してたんです?」

「近眼対策で遠くの看板とかの文字読んだり、ノウを休めてた」

 

 ノウ? No?  Know? あぁ脳ね。休めてるってどういう事だ。

 

「授業でオーバーヒートするとマトモな思考できなくなっちゃうから、何も考えないようにする時間が必要」

 

 あー、つまりアレか。目を開けて寝ているという訳か。

 

「……で、誰でしたっけ?」

「伊地知虹夏ですってばッ!」

 

 イチジニジフミキリニ。そう譫言のように呟けば、慌てて我に返った。彼女の目が見開かれる。

 

「ア”ァ! ライブハウスの子ッ!」

「間違いじゃないんですけど付属品扱いしないで!」

 

 はぁ。お姉ちゃんから聞いてた印象と全然違う。結構ロックな子って言ってたんだけどなぁ。思ったより会話が弾まない。

 

「処しにっ、処しに来たんですか!?」

「いやいや! ライブハウスの事どんな目で見てたんですか!」

「変人達の巣窟ッ!」

 

 間違えてるけど間違えてない! 確かにお姉ちゃんも廣井さん(いそうろう)も常識人かと言うと答えはNoだ。アレ、私が目指すバンドマンってやっぱ変人なのか。ツッコミの役回りが多いけど、それって所謂普通って奴じゃん。

 

「私ってば予想外の壁……アイデンティティの危機ッ!」

「いやいや、普通で良いじゃない!」

 

 そう熱弁するのは意外にも目の前の相手。心なしか、先程よりも活きが良い。

 

「そう、そうだよ。普通ってサイコーじゃん! 誰にも均等に接して、打たれないように出ない杭であるべき。同調圧力に屈して個性潰して何が悪いのさッ!」

 

 その表情が何処か苦し気に見えた。拒絶に垣間見えるのは、鍵が半端にかかった扉。重そうに見えて、手をかければ容易に崩壊しそうな心理的障壁。

 

「先輩は……()()()に成りたいんですか?」

 

 私は普通じゃない事を卑下しない。母がいないのも、家事に時間が取られて勉強が疎かになっているのも。それは運命的なものであっても、誰かに決められたものじゃない。カミサマとやらを信じてるのであれば、人は足掻いても受け入れなきゃならない。少なくとも私は選んできたし、これからも自分から踏み出していきたい。

 

「それが一番省エネなんだよ。生きるのに精一杯の私には、これ以上背負う重石を増やしたくない!」

 

 だって私はヒトモドキなんだから。上着を羽織り直して、冬の空を見上げた言葉が空虚に響いた。

 

「周りに合わせてヘラヘラ笑ってさ。本当に楽しいと思う? 私は嫌だよ、でもそうするしかないじゃんか! それ以外をする余裕なんてないんだからッ!」

 

 コンクリートの壁に拳が叩きつけられる。加減もしたらしいが、鈍い音は確実に私にも聞こえる。

 

「ありのままって先輩的にはNGなんですか。猫被るって神経使いません?」

「……開き直るってのも考えたよ。でも、進学とか考えると自己保身したくなるじゃん」

 

 おそらくは通知表やら受験に響く内申点。一つ上の学年だから、そろそろ文理選択を見据えた受験対策が始まっている事だろう。結局は、この学校という組織……いや学力主義がここまで彼女を追い込んでいる訳であって。

 

「……ゴメン。赤の他人に熱くなり過ぎた。ホント、カッコ悪いね。私」

 

 授業10分前の予鈴が鳴る。立ち上がる彼女に対して、私は精一杯声を張り上げる。

 

「先輩はロックンロールって好きですか?」

 

 諸説あるが、その起源は、現行体制への抵抗・社会風刺を元にした労働者階級による反旗を曲に載せたモノ。決してお行儀が良いもんじゃない。

 

「私は音楽が嫌い……だった。でも、お姉ちゃんや皆がいてこういうのも悪くないなぁって思います。先輩にだって、譲れない何かとかある筈じゃないですか」

 

 譲れない事。荒削りの人間としての矜持が、本当に先輩自身を赦すのだろうか。

 

「それが()()()()()()()って言うなら、それを貫き通せば良いんですよ……きっと」

 

 バンドの道を進んでいたのが、姉にとっての普通だった。正直に言えば頭が良い方ではないとは妹ながらに思うけれど、ギターだけは誰にも負けない技術があった。プロへの引く手数多の誘いを断ってまでライブハウスの運営に甘んじたのは、きっと私のせい。

 

 姉の普通を壊してまで居座ってしまったのが、伊地知虹夏という存在である事は私自身が一番赦せない事だ。

 

「私はっ……演奏とかまだまだだと思うケド、お姉ちゃんの夢を叶える為には絶対に退けない」

 

 そういう覚悟とかプライドって、誰にでもありますから。そう笑って誤魔かせば、先輩の噤んだ口から発せられた言葉が、僅かに私の鼓膜を震わせた。

 

「自分の全てを投げうって、誰かの為に何かを残せたらなって……」

 

 社会福祉とか縁の下の力持ちとか。そういう自己犠牲精神に憧れてると呟いた。

 

「だから今の私は、自分の進学(みらい)の為に自分(わたし)を犠牲にするのは躊躇わない。だって、それはやりたい事だからじゃない?」

 

 ちゃんと精一杯足掻いている人でちょっと安心した。卑屈で面倒な人だと思うけど、少なくともコミュ障ではない。根はきっと熱いヒト。

 

「あと筋が通らないのは大嫌い。仁義って古くさいけど、人とのコミュニケーションから産まれる訳でしょ。それによっぽどがなければ、信頼は裏切られない。虹夏さんも私が尋ねた恩があったから、こうして付き合ってくれたんでしょ」

 

 自己否定感に抜群な変わり者だけかと思ったけど、実態はどうやら違うらしい。まるで整備されていない剥き身の刀身。錆ついて使い物にならないけど、斬れ味だけは残っていて容易に他人を裁く武器。

 

 なーんだ。心配して損だね。ちゃんと自分を持っている先輩だった。

 

「先輩は普通ですよ。ヒトモドキって嗤ってましたけど、ちゃんと人間らしい事してるじゃないですか」

 

 でなきゃこんな事に一喜一憂なんてしないと付け足せば、彼女は俯いて頬を掻いた。あっ、照れてる。

 

 それでも。自分の殻を破りたいと彼女が願ったのなら。精一杯のエールを私はしてあげたい。それが、私と彼女との(えにし)であれば。

 

「もし……ですけど、普通な事に物足りないって思ったら。例えば未練が残ってたり、興味があったらまたSTARRY(ライブハウス)に来てくれませんか」

 

 いよいよ始動する姉の夢(げんじつ)。その片道切符。道連れは多い方が良い。

 

 だって、音楽に(ライブで)泣ける人が悪い人な訳ないじゃん。姉から持って行けと言われた名刺を一枚彼女に手渡した。

 

「私は……私は音楽は嫌いじゃないけど、どうしたら良いのか分からないよ。いつしか勉強の手段になっちゃてたんだから」

 

 聞けば中学から高校1年まで全部5だったとの事。いやいや、それってある意味才能なんじゃないの。褒めるつもりでいたが、()()はつまらないものだと彼女は言う。

 

「音楽なんて、()()()()()()って嗤うクラスメイトはいるでしょ。だから真面目にやっときゃいいの」

 

 勿論、知識は必要だけど。筆記がほぼ満点らしいのが、私と先輩との大きな差か。がっくりと私は肩を落とす。

 

 窓を再び乗り越えて廊下に戻る。二人して進む廊下の角には生徒宛てに向けた掲示板。つまらない啓発のポスター加えて、真新しいA4サイズの告知が一枚。

 

 下北祭……進学だけを是とするこの高校にとっては、関係ない(どうでもいい)とすら豪語する者もいる悲しきイベント。

 

「クラス対抗の体育祭とか、球技大会の方が意味分かんないですよね」

「そりゃあ健全な精神は健全な肉体に宿るとか、気持ち悪い事を大人が勝手に決めたからだし」

 

 その毒牙が文化系にまで浸食されたら、学生にとってたまったものではない。

 

「そういえば、うちの文化祭ってつまんなーい。去年も皆虚無僧みたいに出し物してましたよね。大学みたいに論文の発表会とか変な講演だったりOGだったりを呼んだって、結局学校側の自己満足に付き合わされてるみたいじゃないですか」

 

 だったら、他の学校に飛び入り参加でもした方がマシだ。秋華とか桜花高校にツテがあればなぁ。そうボヤいたときに、隣を歩く彼女の目に焔が奔ったのを私は見逃さなかった。

 

「虹夏さん……下北(うち)の文化祭って、普通じゃないのかな? 中学の時はそういうの無かったから」

 

 ここで私は珍しく悪女の勘が働いたのだ。下手に励ますよりも、こういう面倒くさい人って焚き付ける方が早いんじゃないかな。

 

「そうかもしれないですねー。だって、こんな堅苦しいの可笑しいですよ。もっと生徒に伸び伸びさせるものじゃなきゃ、文化祭をする文化そのものが廃れちゃいますよーだ」

 

 我ながら何という歯に浮いた台詞である。だが、それが効いたらしい。立ち昇るのは、先程とは違い凍てついても熱を持った風。

 

 お姉ちゃんの言う通りだ。この人はやっぱり普通じゃない(かわりものな)のだから。

 

「それじゃあ、正すため(フツウにするの)に働くってのは悪くない話だね」

 

 横から覗いた嗤い顔は、それこそゾッとする迫力があった。不味い。手負いの野獣に火を着けたのか……私は。

 

「下北祭。今年こそ青春らしい事してみる……かな」

 

 無駄に正義感のある人間って無気力な方が世の中の為なのかもしれないと、齢わずかな高校生(わたし)ですらひしひしと感じるのであった。

 

 嗤って誤魔化せ、伊地知虹夏。やっぱりこの先輩は、屍のフリをした変人(ヒトモドキ)だった。




全24話構成を二週間間隔って言ったら、完結まで1年かかりますよと刺されました。
まじですか。ぼざろ2期発表とのチキンレースが始まりました。
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