【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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#10 グロリア-B

「いや~、昨日の先輩達すごかったですねー」

 

 絶賛来場者対応で格闘中の栗原先輩を見かけて声をかける。怪訝そうな顔というか、明らかに地雷を踏んだ表情が返ってきた。

 

「それってさ……。織口さんが『歌詞とんじゃったー★テヘッ』って言い出した奴か、お嬢(ノベル)がMCの合間に優雅にお茶し始めた奴か、尾島さんのスティックが折れて観客席に吹っ飛んでった奴か、川田さんが持ち場離れてグランドピアノで参加し始めた奴のどれですかね……」

「全員を殴り飛ばしそうな栗原先輩が一番見ものだった」

「山田ァ!」

 

 その台詞を聞いただけで、駐車場のトラロープで首を括りかねない先輩を必死に喰いとめる。

 

「……どうせ私は四六時中ツッコミ担当ですよ」

「あぁもう。先輩自分の世界にトリップしちゃってるし……演奏バッチリだったんですから、最高のライブだったじゃないですかもう!」

「なら良いんだけどさ……」

 

 どっこいしょと女子高生らしくもない座り方で、壁に身を預けて彼女はへたり込む。

 

「これが本当にやりたかった事なのかなってナイーブになる」

 

 まぁ……結果がどうあれライブイベントは開催され、お姉ちゃん達の頑張りもあって無事に下北祭1日目は終了したという訳で。

 

「先輩達って、あんな感じに演奏するんだなって……ちょっと()()ちゃいます」

()()程の価値があったとは到底思えないんだけど」

「観客慣れしているというか、下北生の熱を解ってたんだって思いました」

 

 気後れしていたのは私の方だ。勉強ばっかりのこの学校で、バンドにかける想いなんて伝わらないと。でも、先輩達は違った。諦めていた層に対して、狂気と紙一重なパフォーマンスで全部を掻っ攫っていった。

 

「この学校ってさ、私みたくフラストレーション抱えた人間の集まりだって事だよ」

 

 曰く勉強に明け暮れて、青春なんて以ての外だと。

 

「後藤さんがいつも言ってるじゃない。青春コンプレックスがどうこうって。それは彼女みたいな性格だから、一歩踏み出せないんじゃない。環境が友人関係が。押し付けられた現状が青春から切り離されたから()()()()()()()なんだよ」

 

 人は誰しもが孤独を抱えて生きていくんだと。

 

「でもどんな人生だったかなんて、後で見返さないと分からない。灰色に見えていたものが、実は虹のように輝いているかもしれない」

「喜多ちゃんみたいに?」

 

 アレはアレで大分拗らせていると思うけど。そして何処か遠い目をする先輩。

 

「あの子の事はちゃんと見ときなよ。後藤さんと比較にならないくらいの素質を持ってるんだから」

「ギターの実力?」

「そっちじゃなくて人格の方」

 

 リョウが首を傾げると、先輩は汗で貼り付いた前髪を救うように手で拭った。

 

「奥底に眠る願望っていうのかな。求めているのはバンドとしての成功じゃないって事」

 

 喜多ちゃんは、誰かと一緒に成したい事に憧れていると思っていた。それが、私の独りよがりだったって訳なのかな。

 

「彼女、相当負い目を感じてるよ。結束バンドに対して」

「……!?」

 

 その様子じゃ気付いてないみたいだねと、先輩は力なく嗤う。

 

「ギターを逃げたのは、私達だって見抜けなかったから気にしなくて良いって……」

「虹夏……多分、その事じゃない」

「リョウは何か知ってるの!?」

「今の郁代は枠に宛がわれているのが、実力不足とか過保護だって感じてるんでしょ」

 

 それ、どういう事なの。あれだけ頑張って練習している喜多ちゃんが、今の結束バンドが窮屈だって? 

 

「私と栗原先輩は、それぞれのアプローチを試みてた」

「山田さんは無理難題を押し付ける事。私は咬み砕いて諦めるのも手段だって考え方。後藤さんだって、純粋にギターのコーチとして振る舞ってたよね」

「それが、郁代の中の承認欲求モンスターを産んだ」

 

 まさか、喜多ちゃんにぼっちちゃんみたいな妄想を顕現する力があろうとは……。若干退いていたが、そうじゃないとリョウに肘で小突かれた。

 

「ようは、自分が何も出来ないって思い込んでるんだよ。他人から教えて貰う、誰かが助けてくれる。それが、郁代の中でマイナスのイメージが凝り固まっている」

「秋華祭のライブで少しは吹っ切れたと思ってたんだけどね。バッキングする時の表情は、楽しんでたみたい。まぁ、結果は更に悪い方向に転がったというか……」

 

 相当、参っていると思うよ。所詮他人事だとリョウの言葉が、私の鳩尾に重く響いた。

 

「昨日もぼっちと遅くまでSTARRYで練習してたらしい」

「お姉ちゃんはそんな事は一言も……」

「スタッフもいないから、お店も開いてないと思う。合鍵を貸したって星歌さんも言ってた。下北組には迷惑がかけられないって」

 

 下北祭なんて、只の学園祭じゃん。そう言ったら栗原先輩は般若になりそうだけど、たかがその程度で自分で追い詰めなくなって良いじゃないか。

 

「虹夏。どうして……って顔してる」

「そりゃそうじゃん! 遊びでバンドやってるなんて思ってないけど、そこまで無茶までする必要なんて……」

 

 対してリョウは溜息を吐く。栗原先輩も苦い顔をした。

 

「ならさ……遊び程度でぼっちが徹夜して歌詞を書いてくる? 一週間で郁代はギタボこなせるまでオーディションに向けて猛練習をする?」

「山田さんも、突貫で4人パート分の作曲まで二週間で仕上げてきたからね」

「チケット売る為に駅前で即興ライブする? 迷惑はかけられないって、色んな人に頭下げて練習に付き合って貰う?」

 

 郁代にとっては、結束バンドが生き甲斐になってしまった。そうリョウは呟いた。

 

「か……考えすぎだよ……。喜多ちゃんはさぁ。私らと違って陽キャオーラが半端ないし、バンド以外の楽しみだってある訳じゃん?」

「その引く手数多の友人関係を抱えている郁代が、自分から時間を削って苦しんで挑んでいるのが結束バンドなんだよ」

 

 それ以外に説明する必要があるかと、突っぱねられた。

 

「駆け出しバンドマンとして、一人で闘えてない事にフラストレーション抱えてるんだ」

「まぁ私が言うのもなんだけど、自分の実力と折り合いつけないと辛くなる一方だよ。特にギターってのは」

「……楽器によって違いがあるとは思わないんですケド?」

 

 ドラマーは気楽だと二人は視線を合わせて気まずい顔をする。私、変な事を言っちゃったかな。

 

「ぼっちがいつも言ってるでしょ。『お願いだから虹夏ちゃん捨てないで下さい!』って」

「あれは……もう、ぼっちちゃんの発作みたいなものじゃん」

「本当にそう思ってるなら、認識を改めさせる必要がある。ギタリストは皆がその不安と闘ってる」

「需要と供給って奴だね。ギターが簡単な訳じゃないけど、誰しもがバンドと言ったら飛びつくからさ。人口過多なんだよ」

 

 そういえば、栗原先輩のバンドだってギターが三人だ。だから、ベースモドキで参加って……。

 

「私が、喜多ちゃんを捨てるかもって勘違いさせてるって事?」

「というより、郁代は結束バンドに必要とされたいって願ってる。先輩として構ってあげてるとかじゃなくて、頼りにしてるとかそういう少年漫画にありがちな表現」

 

 助けて貰ってるのは私の方じゃん。お姉ちゃんの夢を叶える為に、結束バンドを結成した。そこそこの場数も踏んできた。センターを任せてるのだって、喜多ちゃんを信頼して……。

 

「それ、郁代に面と向かって言った事がある?」

「ない……です」

「喜多さんが下北高校(ウチ)に殴り込みに来て、私達と練習してたとかも?」

「それ……聞いてない……」

 

 秋華校のライブのクオリティについて。ぼっちちゃんの機材トラブルが発生したとはいえ、本来のソロパートが始まるまでを自身たっぷりに独演した喜多ちゃん。大方、リョウあたりが仕込んだのかと思っていたが、喜多ちゃんが自ら望んで練習していたんだって……。

 

「私が、喜多ちゃんを追い詰めてたって……そんな……」

「そうじゃない。頑張りを認めてくれる誰かがいてくれれば良いだけ。こんな風に」

「ハイッ! リョウ先輩に撫でて貰えるなら、例え火の中でも水の中でも!」

「「どっから出てきた!?」」

 

 思わず、私と栗原先輩の声がユニゾンする。リョウは本当に決め顔である。

 

「うむ、郁代。褒めてつかわす」

「ありがとうございまーす!」

 

 シリアスな雰囲気ぶち壊しだよコレ。飼い主が三日ほど旅行に行った後のペットの如くじゃれあっている。なんか、心配して損したくらいだ。ここいらでこの話は終わりにしよう。

 

「あのねー、喜多ちゃん。頑張るのは良いんだけどさぁ。ちょっとバンドのリーダーに相談してくれたって罰は当たらないんじゃない?」

「でも……伊地知先輩なら練習に来ちゃうじゃないですか。店長さんからは口止めされてましたし」

 

 クラス企画をサボらないようにとの事だ。っていうか喜多ちゃんとぼっちちゃんだって、自分の秋華祭すっぽかして、夜にSTARRYでスタ練してたよね!? 

 

「え? クラス企画なんて、籤引きで決まった実行委員に後片付けは全部よろしくって押し付けるものじゃないんですか?」

「真顔で何てこというの喜多ちゃん」

 

 そんな風だと栗原先輩だって怒る……アレ、当の実行委員が何で目を逸らしてるんですか? 

 

「……私、そもそもクラス企画一切やってないんだけどね」

「「「え……!?」」」

「友達が一人もいないにやる価値があります? 本部の仕事が忙しいで、全部逃げてますけど?」

 

 こっちの方が思ったよりも重症だった。というか、合法的にサボり過ぎだろう。

 

「仮装行列も最後方でリアカーを引いてゴミ拾いしてたし、應援團の校歌演舞には人数合わせで参加したりって都合つけたし、一切関わってませんよ」

「ここまで白々しいと、ある意味才能では?」

 

 そんなこんなでお昼過ぎになって顔を出した喜多ちゃんと、模擬店の買い漁りで食事を掻き込んでいた時分。話を聞くとどうやら終電手前まで練習していたとの事なので、ぼっちちゃんの実生活に支障が出たのは想像に難くない。

 

 休憩の筈なのに呼び出しを喰らっている栗原先輩が慌てて飛んでった所で、ようやくぼっちちゃんからLOINEが届いた。頑張り過ぎて、寝過ごしたから遅れるとは聞いていたのだが……。

 

「え……事故で電車が止まったァッ!?」

『はい……踏切で立往生が出ちゃったらしくて、これから折り返すそうで日吉駅にすらいけなくて……』

「武蔵小杉まで出れれば、湘南新宿で渋谷には行けましたっけ……?」

「乗客の振替事情次第じゃ難しい。菊名まで戻って、JRで長津田から田園都市がシンプルか……あるいは町田まで出た方が……」

 

 おまけにぼっちちゃんが人見知りで、駅員さんに道を聞けないと。スマホを頼りに来て貰うしかない。どう頑張っても予定よりプラス1時間はないと辿り着けない。

 

『すみません……私が寝坊したばっかりに……』

「だ……大丈夫ッ! 事故だけは気を付けてね! 焦らなくて良いからね!」

 

 そういう私の声が震えていたのは分かっている。現在時刻はもうとっくに14時を過ぎている。17時の出番まで、ギリギリか……あるいは。ヒーローは遅れてやってくる。どんな物語だってそうだ。きっとぼっちちゃんも間に合って……。

 

「虹夏」「伊地知先輩」

 

 二人が心配そうな目でこちらを見る。

 

「な……なんとかなるって! きっとぼっちちゃんも」

「下北駅から、この学校までの距離は考えた?」

「ひとりちゃんも体力がある方ではないですし、ギターケースを背負ってくるにはもっと時間がかかると思います……」

 

 万事休すだ。このままぼっちちゃん抜きで演奏する? それは駄目だ。あの技術失くして、オリジナル曲で厚みを出すなんて不可能だ。こうして不在が如実になる事で、改めて彼女の実力が折り紙付きだと自覚した。

 

「曲目変えて、他のバンドにサポートお願いする!?」

「私と虹夏なら即興でもできるかもしれない。でも、郁代は多分ついて来れない」

 

 只でさえ限られた練習時間は、主に楽譜から読み取る事に終始する。喜多ちゃんの場合は、期限までに与えられた曲と歌詞を覚えてくるので精一杯。これから覚えるなんて、流行りのメジャーソングでも難しい。

 

「これは、先輩お二人の学園祭です。ひとりちゃんがいない状況で、私が邪魔になるなら遠慮なく外してください」

 

 そんな事を私は言わせたいんじゃない。結束バンド皆で盛り上がろうって時に、無粋に水を差すリーダーにはなりたくない。

 

「郁代はカラオケでもやる? ボーカルだけなら何とかなるでしょ」

「手持無沙汰で間奏中にピースなんてやりませんよ?」

「すっかりギタリストらしくなってきた」

「えへっ! もっと讃えて下さいー」

 

 二人ともそんな冗談を突き合ってどうするのさ。ぼっちちゃんが間に合わないイコール結束バンドの危機だというのに。

 

「私はそんなに悲観してない。打てる手はまだ残ってるでしょ」

 

 ニヤニヤと口角を上げて嗤うのを見て考える。この状態のリョウは明らかに私を揶揄っている。それも至極マトモにだ。長い付き合いだから分かる。私だって頭を使えば、その結論に辿り着けるレベルだと。

 

 頭の上のドリトスがグルグルと旋回し、萎え切って再び息を吹き返した所。閃きどころではない。只一つの可能性に賭けてみたいと思った。

 

「私、探してくるッ!」

「伊地知先輩!?」

 

 呼び止める喜多ちゃんの声を置き去りにしようとする勢いで、来場者の波を掻き分ける。何処だ、あの人のいそうな場所。この大イベント中の喧騒に紛れても、絶対に安寧が担保される心当たりは……一つしかない。

 

 4階まで一気に駆け上がる。情報科室の手前の渡り廊下。誰の目にも止まらない死角。立ち入る為には、わざわざ窓枠を飛び越えるなんて面倒な入口だ。

 

「あ!」

 

 あの時と同じように、目的の人物は壁に寄りかかり遠くを見ていた。唯一の違いは傍らにあるギグバッグ。

 

「ギターッッ!!!!」

「虹夏さん!?」

 

 いつぞやと同じ光景かもしれない。それでも私は、道化らしくわざと誇張して振る舞った。

 

「それギターだよね?」

「あ……こっちはベースモドキじゃなくて、れっきとしたフェンダーMEXだね。生徒会室から追い出されちゃって」

「弾けますよね?」

「本当に久しぶりというか……っていうか、虹夏さんのキャラが違い過ぎない!? 人の話ちゃんと聞いて!」

 

 そこの二人は笑ってないで助けてくださいよと、高みの見物を決め込んだ残る結束バンドのメンバー。

 

「ちょっと今困ってて無理だったら大丈夫なんだけど……大丈夫なんだけど困ってて……」

「絶対だいじょばないやつ……!」

「お願い! 今日だけサポートギターしてくれませんか! ギターの子が遅刻しちゃって……」

 

 捲くし立てる私の剣幕に彼女……ようやく昼休憩なのだろう。食べかけの焼きそばやらフランクフルトを転がしていた栗原先輩は目を白黒させた。

 

「カクカクシカジカマルマルウマウマ!」

「後藤さんが遅刻する!? 何でそんな事になってんの!? 最後(トリ)だから普通は間に合うじゃん!」

「事故って普通に間に合わなそうなんでお願いします! なにとぞ~」

 

 ちゃんと説明してよと、私の説得を諦めたのか笑いを堪えているリョウに話が振られる。

 

「結束バンドの曲。メンバー以外で解像度が一番高いのは栗原先輩。やろうと思えば、いくらでも押し付けられる」

「体の良い女扱いされてる……」

「でも、栗原先輩以外に適任がいないです!」

「後藤さん未満の実力で演奏(ヤレ)って言われて、ハイソウデスって納得すると思う? 仮にも結束バンドは、れっきとしたシモキタ系バンドじゃん。固有のファンがいる中で、私が参加して納得すると思う!?」

 

 確かに、求めているのはギタリストの後藤ひとりだ。あの独特のセンスと挙動不審を以って、追いかけている人もちらほら出始めている。見た目で表現するのであれば……。っていうか、ダンボールがいきなり目前に降ってきた。

 

「これに入って演奏したら?」

「どっから持ってきたの!?」

「教室展示から拝借してきました!」

 

 リョウと喜多ちゃんが、ノリノリで完熟マンゴー二代目を爆誕させようとしてるんだけど。それが冗談かはさておき、そして後ろには騒ぎを聞きつけたらしい織口先輩の姿もある。

 

「話は聞かせて貰ったよ。ここは先輩達に任せなさい! (あと店長さんに)」

「「大船どころか泥船なんじゃないですかね!?」」

 

 最後に何か嫌なキーワードが挟んであったんだけど。一言一句ハモッた私と栗原先輩。二人して顔を見合わせて苦笑する。

 

「お願いします、先輩。ここで()()()()を清算してください」

「……分かったよ、降参。やれるだけ後藤ひとりになってみる」

 

 奇しくも、結束バンド-1+1が誕生したのであった。

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