【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
100ふぁぼありがとうございます。まさかここまでご支援頂けると思ってませんでした。気が向いたら、完結後に短編を少し書こうと思います。
実際この登場人物で、どんな話が読みたいですかね?メッセージ機能他にてリクエスト受け付けます。
私達がステージに上がっている時に、観客からどう見えるかはあまり考えた事はない。正直に言うと演奏をこなすので精一杯だし、きちんとお客さんに対してファンサービスできているかは別次元の話だ。っていうか、そもそも私はライブハウスでバンドを組んだ事がないし。
『1曲目、「ギターと孤独と蒼い星」でしたッ!』
お互いに向き合って各々の楽器を手に掻き鳴らした所で、喜多さんの曲紹介が入る。重大なインシデントは既に取り返しのつかないレベルで発生しているが、それでも何とか乗り切ったと言えよう。MCの合間にドラムスローンから降りた虹夏さんは、やや小走りになって私の身を包むジャージを掴んで舞台袖に引っ込ませる。
「ケイちゃんってば、気合が入り過ぎてるな」
「……それは周りの皆に言って下さい」
そわそわと待機していた星歌さんの問いについて、そう……私こと栗原佳は何故か猫背でピンクジャージで桃色髪で此処にいる。楽屋もとい実行委員を含めてスタッフが控える空間には、見知った顔が揃えていた。
「それにしても、ぼっちちゃんのジャージがここまでケイちゃんに似合うとは」
「っていうか、何でお姉ちゃんがそんなものを持ってるかの方が驚いたんだけど」
そう。後藤さんのトレードマークとも言えるピンク色のジャージ。決してこのような事態を想定して買い揃えたのではなく、まさかの本人のものらしい。
「昨日、ウチに来る時にぼっちちゃんが盛大にすっ転んだらしくてな。大きな怪我とかなかったみたいだけど、ズボンとか泥だらけだったんで私の服を貸して洗濯に預かった……って。何だよお前ら」
「(星歌さん)(お姉ちゃん)(先輩)の犯罪臭凄いね」
「そんな目で私を見るな!」
横にいた廣井さん共々、困惑の表情を浮かべている。
「それよりも、カツラとかどうしたの~? 随分手が込んで作ってあるけど」
本物みたいじゃーんと。さてはこの人酔っ払い過ぎて焦点すら合ってないな。
「一般的なスズランテープですよ。チア部が使うポンポン作る時の」
「それでぼっちちゃんの髪を再現しようとする栗原先輩の交友関係が怖い」
私が作りましたと★テヘッという風にウインクをした織口さんは、既に何処かに消えている。一応は彼女も実行委員だから、他所に呼ばれたのだろうか。
「ケイがここまでノリノリだとは思わなかった」
「それ以上言ったらどうなるか分かってんだろうね?」
「面白かったから写真撮って中学時代の部活LOINEに送っといたから」
「えげつがないねぇ~」
古巣からの同級生である川田さんの所業に眩暈がし、ツッコまない小瀧前生徒会長に対して頭痛の種を拾いつつも、脇に置いたペットボトルの水を口内に流し込む。エネルギー消費というか、後藤さんの本気を再現しようとするとこっちの身体がとてもじゃないが保たない。
「栗原先輩……大丈夫ですか? あと3曲ありますけど」
心配そうに虹夏さんが私を覗き込んでくる。正直綱渡りだった私の状況を見て、慌てて打ち合わせしようと言った所だ。時刻は16時57分。想定よりも10分ほど巻きで進行していたので、結束バンドに与えられた時間は実は多かったりする。それもあって、トークが得意とも思えない山田さんとセンターの喜多さんが現在進行形で漫才を繰り広げている訳だ。
「ちゃんとしたギターに暫く触ってなかったから、正直言うと指が攣りそう」
自作の4弦ギターではなくって事ね。弦と弦の間隔に余裕がない分、慣れとは本当に恐ろしい。
「それにしても、栗原先輩のぼっちちゃんトレース……前に聞いた時よりも格段に腕が上がってません!?」
随分と痛い所を容赦なく突いてくる。そりゃあまぁ……。
「暫くは後藤さんの動画を、脳に焼き付くくらい動画を見てたからね」
喜多さんに教えを請われた時に、自分流では不味いと判断した。山田さんにも釘を刺されたし。だからこそ後藤ひとりを真似する事で、その代わりを努めようとしたのだ。
「ぼっちちゃんのライブ映像なんて、お姉ちゃんの隠し撮り以外……」
虹夏さんがきょとんとした表情をする。星歌さんのとんでもない性癖が実の妹によって暴露された訳だが、私は私でそれどころではない。そういえばあのチャンネルの存在って、結束バンドメンバーには教えてないって。演奏中よりも冷や汗が頬を伝う。
「いや……それはですね……」
馬鹿正直にぶちまけるか? しかし、それは後藤さんの隠し通したいという意思に背く事になる。本人不在の状況でそれだけは避けたい。どう回答すべきだろうか。自分の失言をフォローしようと口を開く前に、虹夏さんは私の唇を人差し指で塞いだ。
「そっか……知ってたんだ。ギターヒーローの事」
私の肩を叩いて、舞台に戻ろうと促す。ん……という事は、後藤さんの努力は既に無駄って事? その疑問を払拭するように、私達はカーテン脇の人の目がない所まで移動した。
「そっかぁ。そうだよね。私だけの特権だと思ってたけど、栗原先輩みたいな動画通なら気づいちゃうかぁ」
それは不貞腐れている小学生みたいに……まぁ、拗ねた子供っぽい表情をした。
「ううん。分かってる。栗原先輩がギターヒーローを知ってたから、ここまでサポートしてくれたんだって。だから、今日はよろしくお願いします。自称
私達がステージを離れたのは、1分にも満たなかった筈だ。しかし檀上に戻ってくる迄に、とてつもない時間が流れていった錯覚に陥る。
「行こう、
きっとぼっちちゃんも此処にいる。そう虹夏さんは胸を叩く。
『それでは、結束バンドの2曲目です!』
喜多さんがアイコンタクト。そう、ここからが本番だ。迷いを振り切ったドラマーのシンバルで、再び物語は転がりだした。
『あのバンド の歌がわたしには 甲高く響く 笑い声に聞こえる』
『彼のバンド の歌が私には 劈く 踏切の音みたい』
結束バンドを知っている観客だからこそ、驚いた人もいるだろう。そう、後藤ひとりは人前で歌わない。しかしネットの世界の住人足るギターヒーローは、実は弾き語りの動画を何本も上げている。
この
・結束バンドとして出演する(なので私が後藤ひとりを模倣する)
・セトリは全部オリジナル曲
・チームとしての籍が浅い私をフォローする為に、喜多さんもメインパートを演奏する
ようはこれらを満たす為であれば、何をやっても良いという事。その結果が、私と喜多さんのツインボーカルだ。自分の名誉の為に言っておくが、私は音痴だから音を外すのではない。諸般の事情で、肺活量が他人よりも圧倒的に劣っているからだ。発声が苦手であるのを事前にPAさんに調整をお願いしていれば、ある程度は音量等の加工をして誤魔化してくれる。
『目を閉じる 暗闇を差す後光』
『耳塞ぐ 確かに刻む鼓動』
金沢八景駅での失態は、もう二の舞は御免である。だからこそ対策済みであれば、こちらも遠慮なく挑戦できる。あの時はアコースティックの弦が太過ぎて、本来やりたかった事ができなかった。
サビの部分。ソロの指裁きが下手な私は、正直言うと「あのバンド」のビートにはついていけない。だが一瞬でも同じ音を出して繋ぐ事ができれば、形式上は問題ない。連続ピッキングが間に合わなければどうするか。
その答えの一つは、スライド奏法とチョーキングだ。秋華祭を乗り切った諸兄には説明は不要だろう。そこで呑んだくれている廣井さんのカップ酒を用いた、後藤さんのボトルネック奏法。度肝を抜かれた観客も多いと思うが、アレはあの状況で一番理にかなっている。
ギターのチューニングは本来、ボディ側とペグ側を弦が張り詰める事によって音を生成する。その初期の張り具合がEADGBEという音を割り振られる。フレットとはボディ側との距離を一定に保つ為の定規のようなものだ。つまり感覚でボディ側との張力を把握さえすれば、単音弾きの難易度を大きく変えられる。しかしデメリットも存在するから、誰しもはやらないのだ……。
「だって左の指がクッソ痛いんだからァッ!」
後藤さんが、どうしてあの土壇場で廣井さんのカップを拾いに行ったと思う? 痛いんだよコレ! エレキギターの弦って、下手すると細くてスパっと指切れるんだよね。勿論、今みたいに無理やりな演奏を続ければ当たり前である。
それと「あのバンド」で特徴的な連続ピッキングの代用はというと、チョーキングで以って弦を揺らしてフォローする。だって、右手の上下運動が絶対に間に合わないし。
『わたしが放つ 音以外』『私が放つ
何とか一番が終了。ここからは山田さんのベースが主旋律を持っていく手筈になっている。
『『ベース 山田リョウ!』誰かにはギプスで 私 だけが』
一応は下北祭という事で、主役を目立たせようと実質ベースソロという奴だ。これでもかというドヤ顔で喜多さんの紹介を受けて、低音を響かせる。
『『間違いばかりみたい』』
ここで全員の演奏が揃う。私は後藤さんがいつもこなしているであろう、鬼畜なメインリフにまたしても挑む事になる。そしてギターソロ。
それでは
調整自体は本来なら絶対に使わない4重の重ね掛け。
『『ドラム 伊地知虹夏!』足鳴らす 足跡残す迄』
ここで観客を煽るジャスチャー。両手の平で以って、ドラムソロをする虹夏さん以外は手拍子。ノリだけはSTARRYの観客にも負けてない下北生の一部が、これでもかと熱量を上げる。後は、今迄の演奏の集大成だ。
『わたしが放つ 音以外』『私が放つ
場をひっくり返すくらいの技術はないが、経験と自分を巧く魅せるテクニックだけは残念ながら習得しているので最後まで走り切ればいい。振り返ってメンバーを見る。後藤さんなら絶対やらないであろう、
『2曲目「あのバンド」でした!』
会場のボルテージは最高潮。指笛まで鳴らす人もいる。っていうか、この下北沢高校にそんな奴がいたのかと本気で頭を抱えるわ。
『でも、こういうの悪くないよね』
私がつい呟いた声をマイクが拾ってしまったらしい。ソレが本来後藤ひとりを演出する予定だった脚本の一部を書き換えてしまったらしい。何か喜多さんがめっちゃ目をキターンってさせてるし、私に何を期待しているのか。山田さんは嗤ってるし、虹夏さんは狼狽えている。
『え……と。下北生の皆さん。本日は足を運んでくださって、ありがとうございます』
え……後藤ひとりっぽいMCって何やるの? ステージからダイブして担架で運ばれろって? 流石に御免である。仕方がない、無難な挨拶をしよう。
『結束バンド
後藤ひとりジャージ盗人容疑はあるが、それとこれとは話が別。作業を頂いているお礼もかねて話を振る。そして、他のメンバーからの視線が痛い。
『『『逃げた(ね)(ましたね)』』』
いや……後藤ひとりのイメージを崩さないのは、これで限界です。セーフっつったらセーフ! マイクを手渡すと、星歌さんも嫌な顔はしなかった。っていうか、何か目が据わってない?
『下北祭にお越しの皆様。すみません、こういう場は慣れていないものでして。駅前のライブハウス、STARRYの一同です。この二日間、皆様の熱狂にあてられて私も年甲斐もなくはしゃいでしまいました』
いつもの事じゃんと虹夏さんが口を尖らせるが、星歌さんは聞かないフリをした。
『皆様はライブハウス……というのをご存じでしょうか。音楽とは、人によって好みがあります。ソレは否定してはいけない。私はかつて、舞台に上がっているバンドマン達と同じ道を辿っていました。ご来場の皆様も好きなモノをそれぞれ応援する。それもまた自由です』
星歌さんは堂々と背を伸ばして諳んじる。
『若輩ではありますが、下北沢STARRYは音楽に少しでも興味がある皆様を応援いたします。これを機会に、ライブハウスは薄暗くて怖い場所という雰囲気ではない事を。ちょっと変わった楽器を持った人達が、己の夢を謳う場であると知って頂ければ幸いです。是非遊びにいらして下さい』
そう言って出口付近でお店のフライヤーを配ってますのでと付け加えた。会場は失笑と大きな声援が返る。
『従来の下北祭は、こういった企画についてあまり良い心象をお持ちでなかったと聞いています。それでも舞台を願ってくれた生徒さん達がいます。おかげで我々もビジネスライクに彼女達を手助け出来ました』
その言葉を最後に星歌さんは、観客を見るのを止めてこちらに歩み寄ってくる。
『ご紹介します。彼女の熱意が、我々を動かしてくれました。3年A組学籍番号11番 栗原佳ちゃんです!』
『ちょっ!? お姉ちゃん!?』『せ……星歌さん!?』
つい、私と虹夏さんの驚きの声がマイクで響く。いや……今の私は結束バンドの後藤ひとりだっていうのに、それを台無しにするなんてどうして……。何やら含んだ顔をする。私のカツラを取って、ジャージも脱いで良いよとジェスチャーをする。暑いのは暑いから指示に従うが……その理由をようやく理解した。
そう。ヒーローはいつも遅れてやってくる。私に対しての他己紹介で雄叫びが行き交う会場を、
「すみません、皆さん。遅れましたッ!」
新調したギターをギグバックから取り出して、シールドを引き延ばした少女──後藤ひとり本人の姿があった。勿論会場はざわめくだろう。知人のコスプレそっくり? の人がもう一人飛び出てきたのだから。
「いやぁ……よく間に合ったもんだ。お疲れ、ケイちゃん。後は焦んなくて良いからな」
そう言って星歌さんは自分の居場所へと戻っていく。後藤さんが電車の時刻表より遥かに早くありえない時間で到着したのも驚きではあるが、今はその真偽を問いている暇などない。
私の役目は終わった。後藤ひとりが戻るまでの繋ぎを果たしたのだから。そうやって、アンプのボリュームを絞った所で、袖を掴まれた。それもまさかの後藤さん本人に。
「ケイさん、本当にありがとうございました。あと2曲ありますから、一緒によろしくお願いします」
「……へ? どういう事。間に合ったんだから、私は要らない子じゃん」
逆になんでという顔をする。それに助け舟を出したのは、まさかの山田さんだ。
「ギタボは郁代がやるから大丈夫。栗原先輩は、いつもの即興演奏で参加してくれれば大丈夫」
全然話が読み込めないんですけど。というか、
『えー、改めて紹介しまーす!
虹夏さんがMCのついでにドラムやら何やらを叩きまくって、あるいは山田さんがベース音を鳴らし、喜多さんがキャーと黄色い声を上げる。もう何が何だかどうでも良くなってきた。喜多さんの声が更に弾む。
『体制変わりますが、まだまだお付き合いください! ……って、後藤さん!?』
ようやく本来の位置に収まった猫背の虎が吠える。ロックとは敗者の敗者による敗者の為の音楽だと。長髪から覗かせる切れ長の目は、確かに私を捉えていた。
言葉なんて要らない。ほら、行くよ。彼女からはありえもしない台詞が、脳内で補完された。特徴的なメインリフ。イントロとABメロに用いられるフレーズは、私も何度か聞いた事がある。そして、変更後のセトリでコレをやるとは聞いていない。思わず笑みが零れた。とんだ意趣返しではないか。
呆然とする他のメンバーよりも先に身体が動いた。裏拍を取るようにバッキング。それを二度程繰り返して、私も後藤さんと同じ旋律をエフェクターありきで調律する。この曲は本来インスト用じゃないんだけどな。お互いに向かい合う恰好。いつも俯いている後藤さん。立ち昇るオーラというか、それを間近で感じられる。
そうか。彼女は「ぼっち」なんじゃなくて、本当は……。何度繰り返しただろうか。永遠とも思える山彦のような演奏。そのループを断ち切るように虹夏さんのドラムが鳴る。合わせて私達もギターを掻き鳴らした。
『聞いてくださいっ! 「青春コンプレックス」ッ!』
喜多さんの叫びを皮切りに、結束バンドの音楽が会場に木霊した。