【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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#12 present to you-A

 流れる季節の真ん中でとは、一体何時を指すのだろうか。当時グランドピアノを押し付けられた川田さんが、溜息を吐きながら演奏していた3年前。人生に何度もない卒業式などという儀式に先程まで参加させられていた訳だが……。

 

「クソったれ……自分」

 

 学生鞄を床に放り出して、私は最後の情景を眺め続けていた。春先とはいえど、肌寒い空気が伝わっている。鳥肌が立つのは、決してそれが理由とは思わない。賢明な読者諸君なら察してくれよう。私がどうしてこんな事になっているのか、想像に難くないのではないか。

 そうだよ! 結局、1年間クラスの思い出のない私は「集合写真撮ろうぜ!」って誰かが言い出す前に撤退を決め込んだんだよ! 靴箱からこうしてスニーカーを回収したし、もう誰も追ってこない筈。つまりはこの高校から、栗原佳という人間はもういなくなったという訳だ。

 それでも、どうしてか名残惜しいと思う私もいるのだ。だから、クソったれ自分……その言葉が喉を突いた訳で。そんなくだらない感傷が僅かでも残っていた方が驚きだ。この想いは愛着どころか、憎しみと紙一重だというのに。

 

「それは違う。()()()()()の反対は、無気力・無関心・無感動だよ」

 

 ぬっと私の頭上を声が駆け抜けた。つい釣られる様に顔を上げれば、何時の間にか開け放たれた窓から見知った青髪が覗いていた。しまった……口にでも出ていたのか。

 

「言わなくても分かる。どうせ先輩が、傍から聞いたらくだらない理由でいじいじしているくらい」

 

 何とも理解に聡い後輩だこと。よっこらしょと窓を乗り越えた彼女を邪険にする訳にもいかず、二人して同じ方向を見つめるに限る。

 

「栗原先輩は一人が好きなの?」

「その台詞……そのままそっくり返したら、どういう反応するのかな」

 

 見つめ合って数十秒。お互いがいたたまれなくて噴き出したのは、どちらが先であろうか。

 

「……一人でいたい訳じゃない。関わろうとした方がストレスだと思ったから、もう3年のクラスには期待しなかった」

 

 実際、強固なコミュニティが存在している上で割り入れる程の陽キャではない。喜多ちゃんなら別かもしれないけど。

 

「まぁ、先輩と仲が良い友人は何人もいた訳でしょ。バンドとか生徒会とか。そういった人達を裏切ってまで、此処で黄昏ている気分はどうかって事」

 

 何とも耳が痛くなる説教だ。頭では理解しているが、それに報いようと思える程に私は人間ができていない。

 

「スマホの着信を見ても、同じ事が言えるの?」

「……………………本当にごめん」

 

 唯々、そう言うしかないではないか。何故だって? 私だって人間の心はある。

 

「電源切ってるから当たり前じゃん」

 

 山田さんが盛大にずっこけた。だって貴重品を教室の鞄に入れたまま式典に参加するなんて、無警戒でいられる程に脳味噌が空っぽな訳ではない。であれば、映画館と同じでマナーであろう。

 端末を起動すれば、虹夏さんから怒涛のLOINEが来ている。今どこにいるのだとか。お別れくらい言わせてくれないんですかと、半分泣きが入っているような気もするが……。

 

「ていうか……此処が分かってるなら、さっさと教えてあげなよ。可愛そうじゃん」

「え? こんな愉しい状況、放っておける訳がない」

 

 そうだった……山田リョウってこういう子だったわ。別の意味で私は頭を抱えた。

 

「むしろ、何で山田さんの方が見つけるのが早かったんだよ」

「遠目で玄関に駆けてった先輩の姿を見かけて、追いかけたら靴箱が空っぽらしくて。もう頭の中が一杯一杯だったんじゃないかな」

 

 まぁ連絡先交換していれば、かけた方が早いのが事実ではある。……こんな風に予想外の可能性を除いてだが。

 

「先輩にとっての高校生活って、満足のいくものだった?」

「相変わらず、容赦しないでズバズバと切り込んでくるねキミは」

「そうでもしないと場が保てないでしょ」

 

 まるで自分は伊地知虹夏の代弁者と言わんばかりの振る舞いをする。意地でも私を家に帰したくないらしい。

 

「……最悪(さいこう)だったよ。特に3年目がね」

 

 人間のフリをしていたヒトモドキが、ちょっと背伸びをして人間になれたと錯覚した。いや錯覚してしまった。

 

「私なんかが……って顔してる」

「灰色だった高校生活に色が着いちゃったんだよ。全部諦めてた事が、急に輝き出したって感触は言っても伝わんないでしょ……」

 

 欲をかいたって、自覚すると恥ずかしい物だ。対する反応は先輩を嘲るものではなくて、どちらかといえば同情めいたものだった。

 

「もう1年経つんだけど、前のバンドを抜けた時に虹夏が声をかけてくれたんだ。ベースやってくれって」

 

 人づてでは聞いていたが、山田さんが自ら切り出すのなんて珍しい。

 

「私にとって、作曲が全てだった。鬱蒼とした歌詞、不協和音と紙一重のメロディ。それでも、誰かの心に刺さる……せめて自分達だけでも音楽だけは見失わないように。そんな事してたら、自分の居場所すらなくなったんだ」

 

 いつも飄々としていたが、思ったよりもこの子はナイーブなのかもしれない。アンニュイな空気を纏いながら、遥か先の景色を見据えて言の葉を紡ぎ出す。

 

「思えば、あの時が一番卑屈になっていたんだと思う。私の音楽を分かるのは、もう私だけしかいないんじゃないかって」

「……今でもそう思ってない?」

 

 あざとくテレッてしてんじゃないよ本当。さっきまでの私の感傷を返せ。

 

「虹夏は『暇ならベースやって?』って言ったんだ。作曲に鬱々としていた、馬鹿馬鹿しい程に悩んでいた私の感情なんて関係ないって。忖度抜きにベーシストが欲しかっただけ。だから救われた」

 

 幼馴染というか、いつも隣に立つ彼女の姿勢には常々救われていたのだという。

 

『例えば未練が残ってたり、興味があったらまたSTARRY(ライブハウス)に来てくれませんか』

 

 私の時も、虹夏さんはそう声をかけてくれた。()()()になる事を怖れていた私に、精一杯音楽をすればいいじゃないと笑って励ましてくれた。

 

「助けられてばっかりだな……私」

「そう思ってるなら結構。ちゃんと虹夏を待ってあげて欲しい。最後くらいは……虹夏は、挨拶だけはちゃんとしたいって子だから」

 

 そうやって虹夏さんの家庭の都合というか、親御さんの話まで持ち出されると、心が痛んで反抗しようがないではないか。私はここでホールドアップをせざるを得ない。さて、唐突に暇になってしまった訳だが…………こっちを見るな。話題をわざわざ用意するな山田リョウ。

 

「そういえば、店長からのお礼。お兄さんには伝えたの?」

 

 お礼? そんなものがあったっけか。首を傾げたら、彼女は溜息を吐く。

 

「ぼっちが下北祭でライブに間に合ったでしょ。あの時に織口先輩と長津田駅まで高速で飛ばして迎えにいった件」

 

 あぁ、アレね。私が現場で四苦八苦している間に、実行委員をサボって外周してきたと。結果的に間に合った(?)一端を担った訳だが、そのやり方も強引過ぎる。

 

「仕事を皆に押し付けてまで、うちのお()ぃと一緒に抜け出すのが本当に下北祭の為だったと思う?」

「少なくとも実行委員としては失格」

「まったくもって同感だよ。ライブが盛り上がったとはいえ、アレ許してたら際限がなくなるよもう」

 

 こういう時にいなくなる指揮官(じょうし)って、本当に困るんだよな。私も他人の事を言えた義理はないが。だって独断専行の事後承諾を経た方が、圧倒的に解決速度とクレーム抑えられるんだもん。組織論を理解しろとは、実行委員会内でもキツくお灸を据えられたが知ったこっちゃない。

 

「結果的にテンション爆上がりのステージイベントでした! チャンチャン!」

 

 お前もだぞと嫌々ながらに目を上げた。その本人が満面の笑みでこちらを覗き込んでいるから、本当に世も末である。

 

「ぼっちちゃんのジャージを使ったのも、カツラを押し付けたのも。迎えを間に合わせたのも、アンコールまでやらせたのもね!」

「それ全部、貴女の手の上だったみたいな台詞ですよ織口さん!?」

 

 この一年間で、もう自称悪友の域まで昇華してしまった織口優の姿がそこに在った。

 

「『神の見えざる手』にあらずんば」

「誰もアダム・スミスの話をしろとは言ってない!」

「うわ……倫政がセンターで69点だったイヤミぃ?」

 

 誰もそんな所で張り合う気はないというのに。というか、受験で爆死した私を揶揄いにきたのはそっちだろう。

 

「英語は102点だったもんねー」

「102? 凄いじゃん栗原先輩」

皮肉な(おほめの)言葉をありがとう。でも、200点満点でだからな!?」

 

 実に51%の正答率である。ちなみにリスニングは17点と、もっと酷かったので思い出したくもない。おかげで国公立は受ける価値すらないで終わりましたよ。私の受験戦争は。

 

「でもまぁ、二科目センター利用で何とかなったんでしょ私大の方は」

「まぁ一般受験すら全部落っこちて、ダメもとで願書を出したら受かってしまったというか」

「でも情報系の学部でしょ? 文系出身でやってけんのかね……っていうか、二科目ってどうやって」

「国語193点に日本史96点」

 

 二人がドン引きしてるんだけど。え……どういう事。

 

「まぁ何というか……得意科目二科でも9割近く取れる実力があるなら、そこそこ名の知れた私大に行ける前例が出来てしまった訳か」

「参考になります!」

「山田さんは参考にしてる暇が有ったら勉強しろよもう!」

 

 こんな駄目人間の日本史に真剣に向き合ってくれた、社会科の安浦先生には感謝しかない。だって、夏休み前の平均点が40点クラスだったし。本人は私の報告を聞いて呆然……というか、もはや呆れてすらいたが。

 

「さて、輝かしい大学生活が待っているかだどうかだね」

「結局私は、知り合いが誰一人いなそうなキャンパスになりそうですよ」

「進学しても()()()にならないと良いね?」

 

 その台詞をそのままそっくり返そうか? と口角を上げる。織口さんとはもうサヨナラだ。会えない訳ではないが、家族と離れて地元の県立大に進学したらしい。私との接点はなくなるに等しい。

 

「本当に刹那的な1年だったよね」

「アディオス アミーガ。いつか『よう相棒、まだ生きてるか?』って、言わせるくらいには成仏してね?」

「勝手に殺すなよ」

 

 この冗談の応酬も、今日で最後になるのか。二人して顔を向けあって拳を合わせる。良くも悪くも修羅場を潜った者同士。他に言葉は要らないだろう。要るとすれば…………特にこの子に対してか。

 飛び越えようと爪先を引っかけて、盛大に頭からコンクリートにダイブしようとする小柄な影。たまたま置いてあった私の学生鞄がクッション代わりになってなかったら、顔面が真っ赤になっていただろう。

 

「なんで…………出て…………くれないんですかッ!?」

 

 そう、息も絶え絶えで虹夏さんが吠える。というか、顔とかもうぐしゃぐしゃなんだけど。美人が台無しである。怪我がなくとも目は既に充血して真っ赤になっている。

 

「グズッ……」

「やーい。虹夏を泣かしたー。店長に言っちゃおー」

 

 棒読みで気勢の欠片も感じないんだが山田さん。とはいえ、結果的に泣かせてしまったのは事実であるので、混乱の平定には努めたい。手を差し伸べれば私を引き起こしてくれるだろう。そんな甘い考えもあった。結果はもつれるように抱き……いや、ラグビースタイルのタックルをされた。後頭部を壁面に打ち付けると痛みが広がっていく。

 

「バカッ……バカッ……先輩の馬鹿ッ! オタンコナスっ!」

「虹夏にここまで罵倒される人をはじめて見た」

 

 おいそこの二人。他人を肴に一杯やってんじゃないよ。対岸の火事だと思ってさ。

 

「店長さんすら『未だにぬいぐるみを抱かないと寝れない癖に!』程度だったのに、愛されてんねー栗原女史」

「あぁもう……虹夏さん悪かったって……。後で何か奢ってあげるからさ。欲しい物なにかある?」

 

 泪で制服がべちょべちょなんだけど。下手に刺激すると悪化しそうなので、彼女の反応を待つ。カンガルーだかコアラだか分からない状態になっているが、顔を上げた虹夏さんが鼻を啜りながらこちらを見る。

 

「先輩(の時間)が欲しいですッ!」

「!?」

「キマシタワー!」

「おい待てなぜそうなる!?」

「卒業祝い奮発したんですから、ちゃんと食べに来てくださいぃィイッ!」

 

 良かった。むしろ安心したわ。LOINEの内容と照らし合わせると、STARRYで後藤さんらと一緒に卒業パーティーを開く予定だったらしい。サプライズを第一に考えていていざ連絡してみたら、もう帰ったとなればタイミングが悪すぎたと頭を抱えたという訳か。

 気を遣わせて悪かったと彼女の背を擦れば、追加で注文良いですかとか細い声が返ってくる。それくらいは自腹で払おうかと思っていたので、良いよとつい口に出してしまったのが運の尽き。

 

「それじゃ……名前……呼んでくださぃ」

「……今なんと?」

「呼び捨てくらい良いじゃないれすか! いっつもいっつも他人行儀で! そんなに迷惑でしたか!?」

 

 もう擬音がビエーンになりかねない。作画崩壊というか、女の子が人前で見せちゃいけない表情……いや、後藤さんが毎回やってる気がするが……になっている。どういう事と戸惑う私に、山田さんが助け舟を出してくれた。

 

「私と虹夏って、この学校じゃ浮いてるでしょ?」

「うん……え……? そうなの?」

 

 やらかしまくってる私の方がよっぽどだと思うんだけど。口には出ていたようだが、彼女は意に介さない。

 

「部活も入ってないし、頼れる姐貴分(おとな)って多分いないんだよね。店長は身内だし、STARRYに精一杯でしょ。いつもバンドリーダーを頑張ってて、ぼっち達を引っ張ってた。だから、きっと甘えられる誰かが欲しかったんだと思う」

「リョウうるしゃい」

 

 本気(マジ)……慕われる中で、そんな風に思ってた訳か。私はてっきり友情レベルかと思ってたが、想像以上に愛が重い。まぁ、それくらいならお安い御用だ……とはいえ、ちょっと勇気がいるんだけども。

 

「その……虹夏……さん?」

「ニジカ!」

「っ……虹夏。これで良いのかな?」

「敬語も丁寧語も禁止っ!」

「あぁ、もう! 分かったよ! 散々振り回して悪かったよ虹夏。ゴメン」

 

 こういうの慣れてないんだよなぁ。ポンと頭に手を置けば、彼女のアホ毛が機嫌良く左右に跳ねた。懐かれてるねぇとは織口さん談。

 

「最後の最後で先輩風を吹かせて良かったじゃん」

「そっちこそ、本当に最後まで減らず口がどうにもならなかったよね」

「私だって、ユウって呼んでくれたって良いんじゃない? 私はケイって話しかけてるのに」

「アンタにゃ苗字呼びで十分でしょ」

 

 そんな漫才をやってたら、虹夏が拗ねてしまったではないか。見上げる形でこちらと視線が近距離で克ち合う。

 

「……正直、羨ましいです」

「この問答の何処が!?」

「先輩にとっては、造作もないんだと思います。でも、気兼ねなく話をしてくれるじゃないですか。私にとってSTARRYも結束バンドも……やっぱりリードしなくちゃいけなくて。それで……」

 

 栗原先輩だけが、唯一私の素が出せる相手でしたと告白される。

 

「ぼっちちゃんと弾き語りライブして、リョウと4弦ギターで打ち合わせして。喜多ちゃんと師弟関係結んで、私とは只のオトモダチですか!?」

「ケイ…………お前、罪な女だな」

「皆みんなズルいですッ! 私だって先輩にちやほやされたいですッ!」

 

 それはあまりにも虹夏が大人びているからだ。背丈はともかくとして、頭一つ抜けている。母親を喪ったからが理由かは分からない。でも背伸びを感じさせない愛嬌と、持ち前の明るさが全てを覆い隠すように塗しているから気づきにくい。

 目の前にいる彼女は、年齢相応の高校2年生だった。普通の人間になりたいヒトモドキである私と同じ。周りから色眼鏡で見て欲しくない……普通の人間としてありたい只の少女だった。

 だから唄うのだろうか。彼女の背中を押したくて。私が、かつてこの曲に救われたように。そりゃ(ボク)だってねぇ……。

 

「『少なくとも 君には味方がいるよ』」

 

 その()()()に虹夏が顔を上げる。そういう先輩が粋な所、ちゃんと人間してるじゃないですかと笑う。私は好きな()()()()()の曲を。他人の言葉を借りて……ヒトモドキではなく、他人を模倣する人間(ヒト)として唄う。

 

「『プレゼントの物語の中の住人達』」

「…………そうですね…………さぁ、これから何をしに行きますか、先輩?」

 

 STARRYに顔を出すのは別としてね……虹夏の声につい逡巡した。灰色の学生生活、それでも決して無駄じゃなかったと。

 走馬灯のように駆け巡る思い出。これは、私をヒトにしてくれた物語だ。だから(ボク)はもう行かなきゃ。

 

「サヨナラ、下北沢高校」

 

 ほらまたどこかで涙の落ちる音。

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