【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
一階の玄関付近で、いかにも彩光が絶望的な区画。名ばかりの新聞兼放送室の隣。実質1年N組と呼ばれる教室がある。今までは
本来であれば補習という名の必修授業で埋もれていたであろうこの身を、無理やり眠気から叩き起こしてまで足が赴いたのは理由があった。
春眠不覚暁。私自身が、もはや追い込まれての行動に近い。
「あっ、栗原先輩。1年に用事ですか。部活の勧誘?」
小柄なサイドテール少女。伊地知虹夏さんがひょっこり柱の陰から顔を出した。
「お互いに進級おめでとう……で良いのかな」
「んまぁ、成績ギリギリでも留年しない、って分かっただけでホッとしましたけどねー」
終礼後のホームルームから逃げるように階段を駆け下りて、まず出会った相手が顔馴染みで助かった。
「なんか疲れてませんか先輩」
「……聞いても嗤わないなら話すケド」
「ないですよー。そんな不幸につけ込む真似なんてしませんってばー」
脳がいかにも受け付けなかった、今更揺るぎようがない事実を舌に載せる。
「クラス分けの結果、3年にもなって
「ぼっ……って、え”ぇ”ぇ!?」
嘲笑はされなかったものの、反応はオーバーリアクション気味だった。
「私、理系の友達の方が多いんだけど。進路希望の結果、今年の3年って文系が2クラスしかなくて……残りの友達全員がB組だったって事」
「
そんなあからさまにうわって顔しなくても。夢だと思いたいのはこっちの方だ。
「まぁ、どうせ勉強しにくる学校に行かない訳だから。1月の受験シーズンまでの9ヶ月の孤独に耐えれば大丈夫大丈夫」
「全然そんな楽観的な顔に見えないんですけどッ!」
愛校心なんてものは持ち合わせていないし、高校生活なんて進学の踏み台と割り切れば辛くない……辛くない筈なんだ。
「という訳で、やけっぱちになりました」
内申点に響かない範囲で。そう付け加えれば、伊地知さんのアホ毛が左右に動いた。
「先輩……前から思ってましたけど、保守的に見えてかなり博打打ちですよね」
会って数度のこの娘。かなり鋭角な斬り込みをしてくるとは常々思う所だ。
「一度きりの人生だし、学生生活と勉強の両方を失敗しても思い出さえ残れば良いんじゃない……って。という訳で、この前の文化祭実行委員会の会合に参加しにきました」
「嗚呼、アレデスネ……」
何故か気まずそうに目を逸らされた。少々私もはっちゃけていた感はあるが、あからさまに退かれても困る。
「自分を変えるって難しいけど、コミュニティ開拓しなきゃなんない程に詰んでます」
「クラス替えでここまでダメージを受けてる人初めて見た……」
「あのね……新1年生ならともかくとして、3年にもなってのぼっちはヤバいってのッ!」
転入生みたくチヤホヤすらされないし、この2年間で知人友人が既に固まっている以上は異分子でしかないんだぞと自嘲する。
「それじゃ、私とLOINEで連絡先の交換しませんか?」
「後輩に慰めて貰うって、ホント涙が出てきそうだよ……」
えぇ、勿論お願いしますとも。プライドなんてものは狗に喰わせてしまえばいい。そんな微妙な空気にお構いなしなので、後ろから追いかけてきたらしい友達が一人。上背がある楽器ケースだから、中身はベースあたりだろうか。
「虹夏……新しい玩具を見つけた?」
「他人様の事をそんな言い方をしない!」
只でさえクラス分けでナイーブなんだから。そうフレンドリーファイアをしなくても良いと思うが。そんな彼女は教科書をハリセン代わりにして盛大に頭を叩いたらしい。やられた相手は悪びれずに続ける。
「どうも。虹夏の彼女──山田リョウです」
「そーそーって、どうしてそうなんのさッ! 自己紹介ッ!?」
もはや阿吽の呼吸でツッコミをされるのは、群青に似た髪を首元ではねっ返すクールビューティ。だるげに足を斜めに構えるのは、手持ちの
「バンドに於けるリズム隊は、まさに夫婦関係。簡単に切れる絆じゃない」
リズム隊という言葉を脳内で反芻しながら、諸々の事情を勘案する。という事は……。
「伊地知さんがドラマーって事?」
「はいっ。バンド名は未だ募集中だけど、ギターも見つかっていよいよ本格始動だーって感じです! またSTARRYに来てください。おねぇ……店長も喜ぶと思いますっ」
彼女も楽器やってたんだ。それはそうか。伊地知星歌と名乗っていた店長さんの血縁なのだから、そういう方面に明るいのは想像に難くない。
「という訳で虹夏、今日の
「話に脈絡もないし、ありがたくもないレンタル料ッ!」
相方のツッコミも何処吹く風。その絆とやらも灯火のように今にも消え去りそうだ。対して、いつもの事だと流す伊地知さんにコインを二枚放り投げる。
「今日付き合ってくれたお礼だよ。好きなの買っといで」
「虹夏……この先輩は良い人だっ」
「おーいそこ。簡単に買収されないのッ」
ではまたと去っている二人を見送りつつ、ようやく教室の扉に手をかける。大丈夫。怖くない、怖くない。
中には数名。もちろん見知った顔がいる……それも他のクラスであるのが悲しい事だ。会議が始まる前でそれでも存在感を発揮するのは、
「なんでまた会長は相変わらず白衣着てるんですか?」
「なーにを言っているんだ栗原クン。これはトレードマークって奴だよ。それに、もう元会長になる予定なんだけども」
「……うちの学校は文章そのまんまの進学校なのに、生徒会長は揃いも揃って頭からネジ抜けた人しかいないのか」
先代は應援團長として学ランの方が似合う女子。先々代は保健室登校だけど首席卒業だとか、凡人は価値なしとでも言われているとでも。
そんな曲者が名を連ねる、我が校生徒会第124代会長が率いる昨年もその例外ではない。
「校章抜き打ちチェック事件を思い出すねぇ……あの頃のキミは相当尖ってた」
「乗り気だったのは会長じゃないですか」
「そうだとも! 退屈しのぎには丁度良かった。もちろんキミの正義感を存分に刺激した大イベントだ」
彼女はそう付け加えるのを忘れてない。元はといえば生徒指導の一環を思い通りにしたいという、教師への反抗心だという真意を私は知っている。かつて、私はその手駒として利用されていただけ。
「……校則重視ってのが嫌いじゃないだけです」
「そう。そこだ。規範だとか他人敷かれたレールの上にしか動けないキミが、どうして下北祭なんて至極どうでも良いイベントに首を突っ込むのかが、ワタシとしてはどーしても気になるだよねぇ」
「知ってるくせに」
1年間とはいえ彼女とは長い付き合いだ。そう突き返せば、だぶだぶに余った袖で口元で笑みを隠す。
「あのクラス分けを見たら、引き籠りになるのではと思ってたよ」
「毎日C組にカチコミに行きましょうか? 会長殿」
「おやおや、便所飯ならぬ屋上飯の邪魔をしては悪いから遠慮しておくよ」
お互いに悪態を吐いた所で、適当な席につく。まばらに人がばらけた所で、生徒会担当の先生をはじめ副会長を主軸に便宜上の説明が薄っぺらく会場を取り巻いていく。
話半分に聞いていた私は、真横にいる生徒会長に振り返らずボリュームを落として続ける。
「実行委員長はどうせ出来レースでしょう?」
「キミが自ら名乗り出たいとは思わなかったねぇ」
「何をどう解釈したらそうなるのか、原稿用紙2枚分に書き留めて下さい」
実験レポートよりはお安いご用さ。コイツしれっと返してきやがった。
「その委員長役は藤井さんを推しておいた。あの子なら職員からの受けも良いし、尚且つ気骨もある。交渉役として配するにはうってつけだ」
「会議が始まる前から一通り組織構成決まってるのは、流石にどうかと思いますけど」
そう突つけば、キョトンとした顔をされた。
「キミがその台詞を言える立場にあるとは難しいんじゃないかな。勝ち敗けとは戦争になった時点で決まっているものだと、常々言っていたのは誰だっけかねぇ」
それは定期テストだとか、テレビゲームの話ではとお茶を濁す。
「そうさ。最初から勝負なんてのは決まっている。我々従順な
学費を払っているのだから、子供だってお客様なんだがねぇと彼女は嗤う。
「第124代生徒会の最後の仕事だ。どうせなら周りを巻き込んだ上で、盛大な花火を打ち上げようじゃないか」
最大の後援者が一番怖いのなんのって。そう唇の筋肉を引き攣らせながら、私はただただ流す他はなかった。
そのタイミングで簡単な資料が前の席から回ってくる。担当部署に分かれたグループワーク。これから面接対策で嫌という程やらされそうな事象に思わず辟易した。
「キミの適性を考えればと思ってだ。グットラックだ栗原クン」
余計な真似を。そう不貞腐れながらも、指定された場所で机の向きを変えて分会議場を作る事に。小中学校のような給食時の向かい合い配置とした。 目の前には私が
いよいよ生徒会役員の議事に従って、新1年生を加えたミーティングが始まった。
昨年から継続して参加している者らからの問題点の掲示。具体的に関わる備品や電源の動きであったり、学校側と折衝せざるを得ない領域の話。 どれもこれもが新鮮であるが、わざわざこんな厄介事に首を突っ込むのはそこそこ頭がデキる人ばかり。
基本的には去年ダメだったから、今年はどう改善しようかと思う話がほとんど。私みたく興味本位で自分から参加するのもいれば、クラス担当として仕方がなく来る人もいるのでその熱意はそれぞれだ。
まずはお互いの名前を覚え、半年程の準備期間を共に戦おうとの盃の酌み交わし。自己紹介も程々に、各テーブルが解散し始めた頃合いだ。一人の少女がピシリと挙手をした。ショートカットでいかにも勝気に見える。私みたいな根暗な女郎には縁がないオーラを放っている。
「昨年度の資料にはライブイベントの開催は見受けられませんでした……今年もその開催は不可能なのでしょうか」
ライブ? 体育館で演奏するアレか。それはドラマやらアニメであれば、青春真っ盛りの定番かと思うが不可能とはどういう事だろうか。
質問された生徒会役員も苦い顔。昨年度のパンフレットを捲りながら、ステージイベントのタイムスケジュールを私達に見えるように指し示した。
「例年生徒からの要望も多いのですが、フリーマーケットの開催場所を兼ねている件と、應援團演舞とゲストの講演会で予定がひしめき合っている状態です。我々も再三の交渉の場は持っていますが、おそらく……」
「結局は、
誰かのお茶らけた声に力なく首を振る生徒会役員。
「最悪経費についてはカンパなどの形は取れますが、遡れる以上過去に開催できた事例は僅かです。これを成功させるのも皆さんの頑張り次第……という回答でよろしいでしょうか」
その締めに対して、一文字に結んだ表情で少女は項垂れた。
終業の鐘が鳴る。流石に理由があるとはいえ、いつまでも私達は校舎に残っている訳にはいかない。
後片付けをして自分の鞄を肩にかけた所で振り返る。もう誰も残っていない教室。人員配置の書かれた黒板を名残惜しく見つめているのは、先程の討議で声を上げた少女。
「
思わぬあるまじき台詞に私は目を剥いた。その拍子に机の足を蹴飛ばしてしまって非常に痛い。物音に驚いたのはあちらの方。切れ長の目が照明が落ちた教室で怪しく光った。
「あっ……すみません。人がいると思わなくって。私、3年の織口優って言います」
自分の学年もそこそこの人数がいるのは知っているが、織口なんて苗字でこんな子がいただろうか。
「両親の都合で今年から転入してきまして……誰も友達がいません。まずは趣味の世界からアプローチしようとバンド仲間を探してます。なので、こういう委員会なら出会いがあるかなと思って」
バンド。ここに来て、私からしてみれば遥か遠くの存在。
「
吹奏楽委員会は体育会系だ……異論は認めない。新聞と放送はあくまでも生徒会直属で委員会扱い。肩身が狭い運動嫌いの者達には辛い話。何が文武両道だ。本当に馬鹿馬鹿しい。
「わざわざそんなメンドクサイのをやりたい顧問の先生もいないので、部活を作るっていうのも非常に難しいかと……」
夢を壊す立場の人間って、こう……心が抉られる。絶対に悪徳商法の営業とかは精神衛生上無理だと首を振った。
「ズレてるって嗤います?」
それは、彼女の熱意が空回りしている事の裏返し。けれども……それが如何に儚いモノと知っていても止めていい訳がない。
そうだよ。
「貴女がやりたい事を否定しちゃ、何も始まりませんよ。私だって、何かが変わる気がしたから此処に来たんですから」
改めて自分の名を名乗る。相対する彼女の熱に負けないように。
「
「でも、
「あの曲のサビは私も大好きよ。ポップかつキャッチーなロックって文句も最高」
音楽に通ずる人に響かない歌はない。それが好き嫌いという趣向はあるのだろうけれど、旨い下手で片づけられない世界が確かにある。
「栗原さんは、どうして変わりたいと思ったの?」
「……いや。3年にもなってぼっちになったから、自分の居場所を作りたいなぁって」
「そっか。なら私と同じだね。私だって変えて見せるわ」
こういうの天命って言うのだろうか。もちろん、自分から動き出さなきゃ始まらない物語。
「私達、仲良くできるかしら」
差し出された左手に握手をしようとして………………。え?
「こっ。こちらこそ、よろしくお願いします」
本能というか咄嗟に右手が出てしまい、どっちで握ろうかとあたふたする。一瞬思考がフリーズしてしどろもどろになってしまって、まったく恰好がつかなくなった。怪我でもしていたのだろうか。
「へぇ……弦楽器やってるんだ」
それは最終的に握った私の左手に対して明らかに試す視線。右手と左手の爪と指の長さ。水かきに迫り出した肉の違い。それに彼女は一瞬で気づいた。
「ねぇねぇ。学祭でデュオ、よかったら二人でやってみない?」
拝啓、過去の私へ。
現実世界で手一杯なのに、身の丈に合わない人間関係を求めようとすると
そんな風に馬鹿正直に忠告しても、手遅れに過ぎないのはとうに理解していた。
今思えばうちの生徒会長……なんで平時でも白衣着てたんだろうか?