【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~   作:エーデリカ

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#2 オープニング-B

 嵐のように過ぎ去った一日だった。数日前から音信不通になったメンバー。公園で黄昏ていたピンチヒッター。半ば連れ回す形での即席演奏。どれもこれもがちぐはぐで、絶望的に噛み合わない。しかし、際どい所で首の皮一枚が繋がった。

 

 ベースとドラムの2ピース構成を出来るほどの実力で乗り切るには、余りにもハードルが高い。少しでも私達に興味を持ってくれたギターがいるというのは本当にありがたいし………………ちょっと変わった子だけれど、まるでダイヤの原石みたいな煌きが感じられたのだ。成り行きでも同じ船に乗ってくれた彼女との親睦を深めようと思ったその矢先の出来事。

 

「よぉーし! 今からぼっちちゃんの歓迎会兼ライブの反省会だぁ!」

「あっ……今日は人と話過ぎて疲れたので帰りま……す」

「え”っ!?」

「失礼します!」

 

 リョウ。ゴメン眠いじゃぁないんだよ。水を得た魚のように去っていく後藤ひとり(ぼっち)ちゃん。私は追いかける事も出来ずに立ち竦むしかなかった。

 本当に全く以って結束力が全然ない。とっとと荷物を抱えていくリョウの背を見送りつつ、私はライブを終えた片付けを手伝おうとフロアに足を踏み入れた。

 今日はシフトが入っている訳ではないから一銭にもならないけど、習慣とは怖いものでお姉ちゃんの傍で働くというのは当たり前なのだ。モップ掛けと机拭きがある程度済んだ所。パソコンに何かを打ち直していたらしい彼女が、そういえばとわざとらしく声をかけてくる。

 

「虹夏、もう上がっていいぞ」

「まだ全然済んでないけど良いの?」

「お前にお客様だよ。接待も仕事の内だ」

 

 そのお客さんを併設しているスタジオに放り込んでいいのか、というツッコミは姉の性分を考えて辞めた。ノルマをこなす為に声をかけた友達が帰っていったのは見たけども、こんな時分に一体誰だろうか。深くキャップ帽を被った相手。よくよく目を凝らせば見知った黒髪が空調の風に流された。

 

「あれ? 栗原先輩っ。来てくれたんですか!」

「よく言うよ。LOINEで時間と場所だけ指定して詳細ナシだったんだから」

 

 だからオシャレも何もしてませんと言う。薄手なジャケットの下は、私と同じ制服のようだ。もしかして男っぽい服装が好きなのかな。

 

「いやぁ……アレには理由がありまして」

「インストで驚いた。前に流行りのJ-POPやるって言ってたから、てっきりそういうものかと」

 

 まさかギターボーカルの子に逃げられたとは、私の軽くもない口が裂けても言えない。

 そもそもライブ自体がドタキャンになりそうで、支払い済みのチケット勢以外に声をかけようかすらギリギリまで粘ったのだ。ぼっちちゃんの抱き込みが成功した直後につい勢いで送信してしまったけれども、よくよく考えれば思い切った行動だった。

 

「ていうか、来てるなら声かけてくれればよかったじゃないですかッ!?」

「下北生がいるなら自重しますッ!」

 

 そういえば、この前は結構一人で盛り上がっていたらしいとはお姉ちゃん談。まぁいいか。私は喉が乾いていたので、勝手口に余っていた珈琲をコップに注いで戻る。訝し気にこちらに視線を寄越す先輩に、態々お代は要りませんと釘を刺す。

 

「まぁ……何というか、もっとカッコいい所を見て欲しかったなぁとは思ってました」

 

 冷め切っているのにスティックシュガーを丸々入れたのは不味かった。溶けもしない半固体が底の方でしぶとく生き残っている。そして、まだ中身は想像以上に苦いままだった。

 

「ドラムができるって凄いと思うよ。私なんて手と足の動きが不揃いなんて絶対できないし」

 

 音感はあるけどリズム感はまったくゼロだと嗤い飛ばす。それが先輩なりの慰めであるのは分かっている。けれど……。

 

「結束バンドって名前に反して、凄いまとまりがない音楽かなぁとは思った」

 

 先輩は本当に痛い所を突いてくる。そして、パッと表情を変えて言い過ぎたとフォローが入った。

 

「えーっと、下手って風には映らないけどね。でもあのダンボー君を見てると、観客なんて眼中にないんだなーって」

 

 ステージ上のパフォーマンスと勘違いされるレベル、そんなぼっちちゃんの奇行。その第一印象は間違えていない。しかし眼中にないとは物理的な意味なのか。

 

「だって、自分の世界に入り浸ってるじゃない。アレはソロ向きだよ。というより、バンドと絶妙に()()()()()

 

 ここまでダメ出しされるぼっちちゃんが不憫で、つい本音がポロっと出てしまう。

 

「いや……実は、あの子と顔を合わせたのも今日が初めてでして」

「結束ならぬ即決バンド……か。ある意味度胸があるね」

 

 頼む相手を間違えたかなとは、彼女をSTARRYに連れて来る時にも考えた。しかしリズム隊を考えなしに進む様子を見ても、彼女の演奏が何処か魅力的だと直観したのもまた事実。

 

「きっと時間をかけてセッションすれば、あの子の音楽も輝くと思います」

「それには、まずお前がギターの事を理解しなきゃだけどな」

 

 こんなキレキレの発言をするのは、栗原先輩ではない。所用が終わったらしいお姉ちゃんが、ひょっこりスタジオの扉を開けて歩み寄ってきた。

 

「盗み聞きはよくないと思うんですけど」

「初ライブを終えて前向きなのは良いが、このままじゃ埒が明かないから先達としてアドバイスをしてやろうっての」

 

 上から目線なのが気に食わないが、お姉ちゃんの方が実力を伴っているのもまた事実。しかし、その対象が私に向けられていない事に驚く。

 

「ケイちゃんさ。さっきも雑談してた時、ギター経験者って言ってたじゃん? 一曲何か弾いてよ」

「うえ”っ。私がですかッ!?」

「ギターやってた事があるって、私はじめて知ったんだけど!?」

 

 まったく。油断も好きもありゃしない。何時からお姉ちゃんは、私と同世代の友人が出来たのだろうか。昔から興味がある事には視野が狭くなる癖があるけど、一回り下の妹に近しい相手への詰め方がエグくない? 言い寄られた先輩はしどろもどろになるが、観念したのかホールドアップした。

 

「その代わり、下手の横好きって言葉が如何に大事か考えてくださいよ星歌さん。ここの借りても良いですか?」

「機材チェック用の奴だし、好きに使ってくれ。待ってろ、チューナー持ってくる」

「あっ、いらないです。なくても違和感ないくらいにはできるんで」

 

 そう言うと彼女はストラップを肩にかけ、爪弾きと共にペグを回し始める。鼻歌のようなハミングが流れ出す。

 

 Hm()…… Hm()……Hm()…… Hm(ンー)…………

 

「へぇ。あんなのいるんだ」

「私にはぺちゃぺちゃ弾いてるようにしか聞こえないんだけど」

 

 お姉ちゃんが珍獣でも見つけたような顔をする。私にはまったく分からないから、ただただ首を傾げるしかない。

 

「虹夏はドラマーだから知らないと思うけど、大昔はチューナーなんて便利なものはなかったんだよ」

「じゃあどうやって調整してた訳?」

「18世紀にはピッチパイプって笛の音で判断してたんだ。音でチューニングってのは、いまケイちゃんがやってるでしょ。ンーって奴。あの音、どこかで聞いた事ないか?」

 

 お姉ちゃんは完全に私を揶揄うモードに入っている。それは答えが実は難しくない事の裏返し。

 

「えーっと。あのリズムって時報だよね?」

「正解。アレは440Hz(A=ラ)が3回、880Hz(A=ラ)が1回だ。ギターには開放弦って言って、指板のフレットを押さえないで出す音が元々決まっている」

 

 俗にEADGBE。それぞれギターの弦に振られたアルファベットの事らしい。

 

「そんな面倒臭いのギタリストって覚えるのッ!?」

「面倒で片づけるな! お前だって出来るんだぞ。小っちゃい頃から絶対に教わってるだろ。下手すりゃ幼稚園保育園でだ!」

 

 そんなちっちゃい頃の音楽なんて、カスタネットとかピアニカくらいしか覚えてない。当時やったような童謡レベルのものって、そう多くはないのだが。とりあえず当てずっぽうに行こう。

 

「例えば……ドレミの歌?」

「そのまさかだよ。()()()()()()と同じ事をケイちゃんがやってんの」

 

 リコーダーなりで演奏した事あるだろうと、お姉ちゃんは嗤う。

 

「つまり、その440Hz(A=ラ)が5弦の解放音と一緒な訳。一巡する880Hz(A=ラ)は5弦の12フレットを押さえた時と一緒」

 

 よっこいせと近場にあった別のギターを引き寄せて、お姉ちゃんもまた弦を弄り始める。

 

「次は440Hz(A=ラ)が6弦の5フレットと880Hz(A=ラ)は6弦の17フレットを抑えた時と聞き比べて調整するって寸法だ。本当は同じ音が出る音叉とかあった方が手っ取り早いけどな」

 

 まぁ長年の勘で合わせるって手もあるが。そう言って姉もまた椅子に腰かけ構える。

 

「最後に5弦の5フレットと4弦の解放音を合わせて……ってのを1弦まで繰り返してチューニングするんだよ。そんでもって6本の張りが強くなると他の弦がズレるからの繰り返し……おっ、終わったみたいだぞ」

 

 緊張して手汗が凄そうな先輩。かっちこちでこっちも背筋が伸びそうだが、一体何を聞かせてくれるというのか。アンプのダイヤルが右に回される。接続されたギターのピックアップが拾う僅かな音がノイズとして吐き出される。立てかけたタブレットには、動画サイトと思われる再生ボタンが既に押されていた。

 

「あのダンボールの子が何を考えてたか。ケイちゃんの演奏見て考えるのがお前の宿題な」

 

 先輩の演奏はお世辞にも音色が綺麗だとは言えない。それでも着実に抑えていく手つきは、ベテランではないが初級者を脱しているのが伝わってくる。だが、おそらくお姉ちゃんが言いたいのは技術面ではない筈。70から75BPMあたりのゆっくり目に進むコード進行に合わせて、先輩は器用に弦を裁いていく。笛の音と共に前奏が流れ出す。

 

「天国への階段……オタク渋いねぇ。今時の高校生がわざわざやる曲とは思えない」

 

 最初の数秒聞いただけでこれである。ちょっとお姉ちゃん。失礼にも程があるって……。イントロを聞いた時には下の4本の弦を丁寧に弾いているなぁという印象だ。技術というよりは丁寧さが滲み出そうなパート。ボーカルの流暢な英語と共に、哀愁の籠ったメロディが場を支配する。

 

 ()の貴婦人は全てを黄金と信じて、天国への階段を買おうというのか。

 

 そう繰り返されるフレーズは何処か寂しげで、小川で鳴く鳥のように儚いモノ。

 

 その中に隠れるのは木々のように根強く、魂を持ったような旋律。

 

 曲調がストローク演奏に代わり、一気に雰囲気を塗り替えていく。

 

 嗚呼、私には分からない。本当に分からないんだ。そう呟く歌詞と共に。

 

 ここまで聞き惚れていたせいかあっという間だ。邦楽なら3番あたりくらい。曲が進んだのかようやくドラムの音が奔り始める。高音を掻き鳴らすギターの旋律。

 しかし尻切れ蜻蛉のように終わるメロディ。ギターソロが始まったあたりで栗原先輩は端末引き寄せて停止のスイッチを押し込んだ。

 

「あ……以上です」

 

 その声に悲観した表情をするのはまさかお姉ちゃんの方。

 

「嘘っだろ。ここからが本番だってのにさ……」

「もうかれこれ5分半は弾いてるんですけど。でも趣味でギターを触ってますって、こういう事なんですから簡便してください」

「ホント勿体ないなあぁァ!」

 

 珍しくお姉ちゃんが拗ねている。常日頃で子供っぽい事はあるけれど、音楽に関しては取り分けドライな面を持っている筈なのに。がしがしと髪を掻いて、別のアンプに歩み寄った彼女がシールドを己の武器に繋ぎ直す。

 

「虹夏。クラッシュとスネアとバスだけでいいから適当に叩いとけ!」

 

 なんて無茶ぶりである。というかビートは大体掴んでるけど、そもそも洋楽なんて滅多に聞かないんだけど。栗原先輩のタブレットを勝手に拝借して、中断した1分程前に適当に戻したらしい。ここまでなら弾けるんだろうと、お姉ちゃんは焚き付ける。

 

 頭の中でつんざく音が鳴り止まない。それは笛吹きが仲間に誘っているのだと。

 

 (うた)が私達の背中を押した。巻き込まれた先輩も、目を白黒させながらもう必死である。独奏よりも怯えたような弾き方だが、それでも音は外さない。私は私でほぼ初見の曲を耳で把握した限りでコピーしていく。

 先程のセーブポイント(やりなおし)。挫けた先輩に代わって、お姉ちゃんのギターが唸りを上げる。負けじと先輩もバッキング。お姉ちゃんのギターが一本では足りない旋律を補うように、彼女もまた要所要所を抑えて紡ぎ出す。端末からはシャウトにも似た独特の雄たけびが場を支配する。

 久しぶりに見たお姉ちゃんの演奏はやっぱり輝いていて、スタジオの白い光に比例して陰もまた領域が増える。ドラムスとして後ろで叩くなんて夢のまた夢。スポットライトという薄明光線(かいだん)が伸びていく。

 

 耳を澄ませば()の調を思い出すだろう。

 

 全が一、一が全。岩は決して独りでに転がりはしない。

 

 皆が知る()の貴婦人は、天国への階段を買っている。

 

 そう締められた再生動画が、別の広告を流し始めたあたりで我に帰る。

 

「で……今日のライブと同じぶっつけ本番だった訳だが。虹夏、感想は?」

 

 そんなにいきなり振られても。単純な脳味噌はつまらない回答しか吐き出さない。

 

「なんていうか、動画に合わせるというかお姉ちゃんに引っ張られた感じなんだけど。やっぱり雰囲気に寄せられたというか」

 

 お姉ちゃんと栗原先輩の実力は雲泥の差。しかし二人の音楽は、互いが互いを補うように欠けていた音を繋いでいたのだ。それも何も打ち合わせなどなく。質問した側は、あくまで傍観者として投げてくる。

 

「なぁ、ケイちゃん。この曲、何通りに弾ける?」

「二部の方は3パターンくらいは。星歌さんがリードやるって分かった時点でサイドの譜面基準に切り替えました」

 

 それは相手に合わせた演奏を用意できているという事。あのダンボールの子が何を考えてたか──そうお姉ちゃんは言っていた。物理的に周りが見えてないとかじゃなくて、私たちがぼっちちゃんに何をしてあげられたかどうか。

 

「もっとぼっちちゃんと話せば良かったのかな……」

「スタジオで何をしてたか私は知らないけど、バンドってのは共同作業だ。もちろん個人の実力があってこそだと思うが、まだお前らにはまだ早いからな」

 

 楽譜を渡しただけで、これが弾けますとの返事を鵜呑みにしてしまった。本当にすべきかは、曲を知っているだけじゃなくて彼女が何をできるかを確認すべきだったのだ。

 

「ギターが弾けるってのは、ただ演奏できるって訳じゃないんだよ。極論なら一人で弾き語りだけやれば良い。でも、バンドってのは皆の力を合わせるんだよ」

 

 お前らは()()()()()なんだろ。そうお姉ちゃんは嗤った。

 

「お前にとって今まで叩いてきたのが無駄じゃないって思える演奏をしろ。絶対歩みを止めるな。あの子をバンドマンとしてのギタリストに育てるのも立派な役割だぞ」

 

 そう、私の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。その甘やかしてもらってるんだ感が気恥ずかしくて、つい話題を切り替えてしまう。

 

「えっと! そういえば、栗原先輩ってギター歴長いんですか!?」

「中学からかな。兄が昔バンドやってて、楽器だけ置いて飛び出しちゃって。でも私、家じゃギター()()()()んですよ。音が出せないから楽譜を頭で判断して、単純に抑えてるだけです」

「親御さん厳しいのか?」

「厳しい……んですかね。そういうのよく分からなくて。部屋に一応鍵はかかるんですけど、鳴らしたらまず怒られますから」

 

 じゃあどうやってここまで練習してきたのかと、つい口に出てしまった。先輩は愛想笑いをする。

 

「ハンマリングとピッキングなしのプリングだけです。なるべく右でミュートしながらというか、平手を押さえてなるべく音を出さないようにイヤホンアンプで聞いているというか……」

「それ演奏(ギター)って言わないじゃんか!」

 

 ギター用語はよく知らないけど、お姉ちゃんも頭を抱えているので流石に王道ではないらしい。まぁ、せっかく両手があるんだから使えるものは使いたいよね。

 

「だからリズムが壊滅してるし、ギターソロは出来ないって事か」

 

 そりゃあ掻き鳴らすという行為自体に触らなければ、上達も不可能に近いという話。もはや封印というか縛りプレイというか。

 

「でも4弦のチューニングを半音(D#に)上げるのは面白かったなぁ。それもお兄さんが?」

「いえ、独学です。弾きにくい曲があったら全部TAB譜ごと書き換る癖がついてて……」

 

 曰く、手癖で指が他の弦に当たってしまって変な音になるのが嫌だという。

 

「最初の指裁き(アルペジオ)を見た時に、ソコ指の長さ足らないでしょってビビったわ。3弦で代用してごまかしてるんだな」

「本職のギタリストからしたら唾を吐かれそうですけどね……」

「大丈夫大丈夫。ジミー・ペイジだってあの音源を撮るのにダブルネックじゃ足りないって言うんだし……」

 

 お姉ちゃんは私がドン引きするくらい世界にめり込んでしまっている。先輩すみません。ちょっとばかし暴走に付き合って下さい。目を輝かせる肉親の姿を見て、私はそっとその場を離脱した。

 




天国への階段って、ギター始めた人がまず最初に練習する曲だよね(暴論)
アメリカだとNO STAIRWAY TO HEAVENって楽器店で言われるらしいって。

経験者の方はスマホがなかった時代、チューナー忘れた時にガラケーの117でチューニングした事ないですか?
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