【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
「だあぁもうッ! 職員室ぶっ飛ばせば態度変わるかねッ?」
そこらの石ころを蹴っ飛ばすのは、成り行きで相方になった少女──もはや優等生のガワを剥がした織口優さん。ショートカットを揺らしながらヤバい事を宣う。快活な表情とは裏腹にもう既に思考がぶっ飛んでいた。
「……うちの高校、震度5強でも授業続行した前科ありますから」
「自称進学校ほどメンドクサイってどういう事!?」
翌年の避難訓練を二、三年生有志がボイコットしたのは学外にも有名な話である。というか生徒会がクーデターの為に利用するな。従順に見える優等生らが実は骨があり過ぎる方が問題だろう。
「我ながらこんな学校を選んだ事に今更後悔するよぅ……」
全力で否定できない自分が憎い。確かに大学受験のステータスの意味では順風満帆と言えるが、青春の全てを勉強に投げうったのは間違いない。
「っていうか、ケイちゃんはどうして下北に来たわけ?」
粗方、想像がつくけどさぁという表情をしている。というか、いつのまにか下の名前呼びとは恐れ入る。
「そう言われると……意識した事がなかったかも」
きっと何も考えたくなかったからかもしれない。とは、口が裂けても言えなかった。普通の人生とやらを想像した時に、一番無難な選択肢を踏み出してしまった。その成れの果てがヒトモドキなのだからやるせない。長い物に巻かれる私と違って、この転校生は喪うものなどないと吠える。
「ムシャクシャした気持ちになった腹いせに、いっそ
ここまで織口さんが御立腹なのは、つい一時間程前の教師陣との折衝について。私から言わせれば、アレは双方が大人げなかったの一言で片付くのだが……。
「どうやってステージやんのか(笑)って。こっちが聞きたいってのバァカ!」
現状維持を是とする大人達にとって、相手する餓鬼共なんて赤子の手を捻るくらい簡単なのだろう。どうせまた言っているで片付く話。結局、学園祭が終わるまで無茶ぶりに聞き流しに徹すればいいだけなのだ。
「織口さんにはじめて会った時の清楚さは、一体何処に行ったんですかね……」
「
その台詞の出典である某邦ゲーの事を思い出しながら頭を振る。毒で勝つなんてのは絡め手なのだって。であれば……。
「確か地震騒ぎの時も、サーバー機というかパソコン関係がハードウェア的にお釈迦になりましたからね。期末テストの成績が文字通り更地になったらしいですけど」
先生達は修羅場ったらしいけど、子供には所詮縁がない話。というか、どうして無停電装置を導入してなかったのか。ノートでもない限り予備バッテリーは必須だろうに。
「何それ。いい気味じゃん」
「そうは言いますけど、復旧する労力が釣り合います?」
「しわ寄せが自習になっても私は別に困らないんだけど」
この前の考査だって転校のブランクを感じさせない順位だったのが、彼女本来のスペックを物語っている。
「つまり、ケイちゃんは外堀から埋めろって言いたい訳ね」
言外に卑怯者って褒められているのは何だかなぁ。
「今回みたいな話は、今は卒業された先輩達からしてみればやっかみを買うに決まってます。ですから誰の迷惑にもかからない前提で、例え学祭の隅っこで開催しても怒られないって状況を作るしかないんですよ」
まず、現状の整理だ。なぜ下北祭でライブないしステージ企画が下火なのかを。
「地域交流をわざわざ掲げるフリーマーケットについては、参加する外部の運搬路の確保を理由に東側パーキング付近を提案できる筈です」
駐車場から近い場所での開催の方が、参加者の負担軽減に繋がると「メリットだけ」を押し付ければ不可能ではない。
「じゃあさ。中庭の芝生エリアにブルーシート敷こうよ。個人で持ち込み必須にすれば、私達の財布だって痛まないし」
即断即決と言わないまでも悪くない。だが、問題にすべきはそれだけじゃない。
「それでも雨の日はどうするの、って反論を全部叩き潰さなきゃならない」
「あー、マジか」
運動部の出し物は諦めろで済む話。しかし、来て貰う人にとってはハイソウデスカで終わらせられない。
「駐輪場の軒下とかどう?」
「自分が同じ状況に置かれて満足します?」
秋冷えする季節なのだから、私だって御免被りたい。というか、コンクリに座り込みとか痛いだろう。
「仮にテントと三方幕を周辺の学校からお借りして、運動会みたく並べれば良いかって訳じゃない。足りない部分は発注しなきゃならないだろうし、そもそも……」
「どうせお金がないんだろうねぇ」
「そうそう、どうせお金がないって…………え”?」
声の主に思わず振り返る。そこには窓枠からぶら下がってコウモリ状態の、我らが生徒会長がこちらを揶揄っていた。
「……いつも思うんですけど、白衣って汚す為の作業着じゃないですよね!」
「制服より安いんだから使い勝手が良いじゃないか」
嗚呼この利己主義者め。洗いやすいのは同意しよう。汚れが落ちるかはどうかとして。
「そうそう、どこまで話をしていたっけ」
「っていうか、一体いつから聞いてたんですか……」
「それは、聞くだけ野暮ってものだよ栗原クン。続きだが、お金がない話だよ。ない袖は振れないねぇ」
会長の袖はだぶだぶしてますねと織口さんがツッコむが、相手は案の定意に介さない。
「で。会長はこんな所で油を売ってる暇があるんですか?」
「業務連絡だよ。二人には特命があって足を運んだ訳だが……」
そういって他言無用だと大袈裟なジェスチャーをした後に、厚手のクリアファイルを取り出してこちらに見せる。おい待て。それは今、どこから出現させたのだ。アナタの袖は四次元ポケットか何かですか。
「職員室に爆破予告をしたいのは山々だけど、彼らがいないと下北祭どころか学校自体がなくなりかねないから簡便してくれたまえ」
ここ数年分の学園祭に対する決済の書類。つまりは財務局ないし渉外局の血の結晶である。それを身内とはいえ、ほとんど予算と縁がない総務局に回覧してどうするつもりだ。
「予算……ですか。ゴミ袋とかって、実質自腹みたいだって皆言ってましたけど」
「消耗品の談義をしに私がここまでお膳立てすると思うかい。大いにキミ達に関係あると踏んでいるんだが」
今度は器用に反対側の手からスマホが飛び出した。いや、だからその仕組みはどうなってんのさ。ネットで見たんだけどライブ会場の設営費をどうすんだいと画面をかざしてくる。というか、袖が余る服装なのにどうやってスワイプしてるんだこの御仁。
「え……そこまで私らがやるんですか!?」
「何を今更ァ。頭がお堅い先公連中に、二人で喧嘩を売りに行ったと専らの評判じゃないか」
愉快だ愉快とでも言いたげなその面を、伸ばして詰めて自由に遊んでやろうか。しかしカチコミに行った事実は消えないので、大人しく会話が進むに任せるとする。
「それにステージイベント復活を掲げて戦っている姿は、学校生活を与えられたものだと錯覚する者達にとって非常に眩しいのだよ。これぞ青春ではないかな」
青い春なんてものは似合わない青春を送ってきた私がですか? 隣にいる織口さんはともかくとして。自嘲気味に喰いついた私を、この生徒会長は聞く耳も貸さない。
「ふむふむ。機材保険を含めれば2日でウン十万円くらいが相場か」
「そのマネーパワーをどっから持ってくるかを教えて下さいよ会長殿」
「このプランだと
まして全出演者に対応できるように、多めに発注をかけなければならない。
「マイクってボーカル相手に3つくらいあれば足ります?」
「私らだってフォークデュオやるんだからそっちの採音用も必要だし、8つぐらいは無難に用意しときたいんだけど」
おい待て。やる曲目は聞いてなかったけど、アコギ路線とは初耳である。
「……むしろ、エレキでデュオとか苦しいってば」
仰る通りです。エフェクターでも実力差は誤魔化せません。だがしかし、どうしてその判断になったのだ。私の問いに、彼女はあっけらかんと返した。
「だって、ケイちゃんアコギ持ってるじゃん?」
「私のではないんですけど……というか、織口さんと面と向かってそんな話をした覚えはないんですが」
「STARRYの店長さんが口を滑らせてくれました!」
成り行きでそんな雑談をした覚えはある。初心者はFコードって抑えるのが大変じゃないかという質問に対し、エレキの方が感触柔らかいじゃないかと比較した発言は覚えがある。
しかし、それがアコギも弾けると脳内変換するのはいかがかと思う。確かに、初めて触ったギターには間違いはないのだが。
「星歌さんもよくそんな事諳んじてたね」
「これはまぁ、あのライブハウスを私に紹介したがツキって訳にしといてね?」
今度から迂闊に口を割るのは控えておこう。あの人も悪気があって喋った訳じゃなさそうだし。
「ケイちゃんがアコギ無理っていうなら、これからバンドメンバー集めなきゃ!」
「こう、コミュ障には色々とハードルが高い事をつらつら申し上げて来るなぁもう」
ベースにドラムにキーボード。やる人によってはリコーダーガチ勢とかタンバリンカスタネットとか金管なんてのもあるらしいが、ハイドウゾと自ら寄ってくるものではない。
「ここにきて交流関係の狭さがなぜ仇となるのか……」
「しかし一理あるんじゃないかな。結局、カンパで集める以上は参加する人数は多いにこした事はない。君らだってバンド出演者を集めるんだよ。全部で20人いれば1人が1万円強。40人なら5000円プラスアルファだ」
勿論足りない部分は耳を揃って払って貰うがね。会長は対岸の火事だと言わんばかりである。まぁ、他人にとっては事実でしかないし大人しく諦める。
「40人……大体10組ですか」
「そんな気骨がある人間がどれだけいると思ってるのかな? でなきゃ余り者のケイちゃんを抱き込まないってばさぁ」
「そんな行き遅れの女みたいな事言わないでください」
織口さんのフレンドリーファイアに対して、流石の私も心が折れそうだ。折れたナイフと折れない心とはいつぞやのゲーム実況だったか。そんな絶望的な状況をひっくり返す材料がない。
「しかし、やりたいこととやるべきことが一致する時、世界の声が聞こえるというじゃないか」
「会長、世界どころか世間の声が厳し過ぎはしませんか」
まして、優等生のガワを剥がそうとする者にとっては恰好の的だ。私だって進学を諦めた訳じゃないし、勉強に不貞腐れてイベントに首を突っ込んでいる訳ではない。
「そういえば、生徒会顧問は『手前らは内申下がるのを覚悟しろ』って言ってましたよね」
「大人達にとって
きっと理不尽なんてものじゃない。世界にとってそれが当たり前で、箱庭から見上げる私が駄々を捏ねているだけ。
人一人を値踏みしやがって。自分にとって関係ないものが、そんなにも眩しいか。そんなにも怯々しているのか。
「神様にだって、頑張る皆を笑う権利なんてない」
ぼそりと呟いた言葉を、どうやら相方は聞き逃さなかったらしい。
「そうだね。私だって決して笑わないよ」
だからさぁ。こんな世界には
「絶対にステージをやりたい子はいるよ。こんな風に下敷きになったって構わない。でも、きっとその屍を踏み越えた先で謳うバンドマンを
織口さんの純粋さが、時に太陽に似た輝きを放つ時がある。暗がりの教室で一瞬見せた、うちの高校のお堅さを揶揄した場面。それは閉じ込められた現状を、卵の殻を破る小鳥に見立てて解放しようとした錯覚。
そう。私の叫びたいを代弁してくれた。それが共鳴というかユニゾンにも似た感情を彼女に抱いた際に、ようやく世界に色が付き始めるのだ。後は、私が一歩踏み出すだけ。
「ふぅん。確かに同じ阿呆なら踊らなきゃ損。所詮人間なんて利己主義なんだからね」
「言うだけタダの会長は良いですよね」
そう口を尖らせれば、彼女は珍しく肩を竦めた。蚊帳の外と仲間外れは酷いじゃないかと目を細めなくとも。
「少なくとも私は、生徒会長というポストは内申点の為に選んだ訳じゃないんだ」
わざとらしく振る袖で口元が隠れる。そして、仰々しくこちらを振り返った。
「良いじゃないか独裁者。まして合法的にだ。全校生徒が自分の前に平伏して、それらを束ねて大人共に立ち向かうんだ。これほどカタルシスが得られるものが他にあるかい?」
「ケイちゃんにだって仲間がいる訳じゃん。生徒会をバックにつけれれるほど心強いものはないよ」
拳を握る。肺に空気を送る。隔膜を震わせる。喉から迫り出す。口を突くのは諦めない覚悟。
「何としてでも人数を集めます。こんな所で企画倒れなんて言わせない。成功させるなんかじゃない。私達が舞台を作ります!」
「良いねぇ。良い子ちゃんだった栗原クンがどう抗うのか見ものだよ」
「逃がしませんからね会長。
任期を理由にトンずらを決めている相手に対しては、あらかじめ釘を打っておく。これはアナタが嗾けた物語だろうと。
「それに対する
「そんな呪いみたいなもの要りませんってば」
「そう邪見にしないでくれたまえ。1つは体育館の貸出許可だ。今ある予定されているイベント全部を押し退ける理由が必要になってくる」
話を盗み聞きしていたから、それの焼き直しだ。言われるまでもない。その為に厄介なのは例年ステージ使用をしている吹奏楽委員会。そして應援團の存在だ。自衛隊にだって音楽隊があるように、公の場での広報活動には両者は欠かせない。学外を招く場とあっては、下北沢高校の顔と呼べる存在だ。無下にはできない。
「まぁ、應援團にいたっては生徒会からも顔が利くからね。吹奏楽委員会はキミ達の努力に期待しよう。そして、もう一つは改めて音響業者の確保。さっきも述べたように支払うべき金額をどこから捻出するかだ」
「先公共はまったく動く気配はありませんでしたからね。首……じゃない、腹を括るしかないです」
これで夢を叶える為には、後に退けなくなったという訳だ。
「そして通常の総務職に加えて、学生としての本分である学業……あっ、これじゃ4つかい。まぁ、後は万事どうにでもなるよ」
ようやく頭痛の種が分かってきた。しかし、勝てない勝負ではない。
「ようは、成り行きに任せずに抗うしかないって事ですね」
「それに時の運と協力者だ。君達にとっては賛同してくれる仲間が期日までに集まるかだ」
無勢が多勢になる期限まで、あと半年も残されていない。しかし高校最後にして、私にとって最初に踏み出したイベントはこの機会ばかりだろう。
「さて、私もそろそろお暇を頂こうか」
「会長は私達を焚き付けた事を後悔しないようにして下さいね」
「無論、存分に愉しませて貰うとするとも!」
相変わらず余計な一言を添えて去っていく。私達も夕日が差し込み始める渡り廊下を潜り抜ける。いよいよ下校を促すような何回目か分からないチャイムが鳴り響いた。そのタイミングで着信音。ディスプレイには伊地知虹夏さんの文字がある。
『あー。栗原先輩? まだ学校にいます?』
「そうだけど、どうしたの」
『実は……今からギター始めたいって子がいるんですけど、何かアドバイス貰えないかなぁって』
経験者の人数は多い方が良いので……だそうだ。とはいえ、あっちもあっちで星歌さんや山田さんもいるだろうに。私の怪訝そうな顔を察したのか、逆に織口さんは興味津々だった。
「どしたの。STARRYに呼び出し?」
「まぁ、そんなところです」
「ふーん。じゃあ私も行こうかな」
なんでまた。あそこは単なるライブハウスだというのに。その台詞に対して彼女は指を振る。
「私の背後霊が脳裏に囁くのよ。きっとこの縁はいつか役に立つ日が来るってね」
何の事だかさっぱりだが、私は返事代わりに下駄箱から靴を地面に放り投げた。
「私、まだ明日の予習が終わってないんだけどな」
勿論、提出予定の課題と次回の小テスト勉強もである。私は諦めるように、教本の入ったスクールバッグのファスナーを引き締めた。