【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
「先ぱーい。こっちこっち!」
「いやいや。夢の国とか新宿で待ち合わせって訳じゃないから……」
急な呼び出しに対して、栗原先輩はやれやれといった風貌だ。どこか疲れている……いや、何かのストレスに晒されているようにも見える。
「というより、私達って営業時間外に入ってきちゃって大丈夫なんですか」
「お姉ちゃんに頼んで特別にね!」
「一応お前らは虹夏と一緒にバンド練習って名目で見逃してるだけだからな」
言葉では邪見にしているが、そういうお姉ちゃんだって先輩が来て嬉しそうじゃん。私とお揃いのアホ毛がぴょこぴょこと揺れている。
「お連れさんも下北の制服……お友達ですか?」
「はじめまして、ギター仲間の織口優。下北の三年生です! ギター談義が出来ると聞いて!」
ダウナーな栗原先輩と正反対で相性良さげな人らしい。むしろ主導権すら握っているようにも見える。
「出た。初来店の癖に常連ムード醸し出してた奴」
「こちらこそお世話になってます店長さん!」
「お姉ちゃん”ん!?」
どうしてぼっちちゃん相手といい、うちの姉は年下に手を出すのが早いのか。
このままだと話が脱線しそうなので、我らが新メンバーを改めて紹介する。
「こっちのゴミ箱で溶けてるのが後藤ひとりちゃん。陽キャオーラがとんでもないのがギタボの喜多ちゃんだよ!」
「よろしくお願いします! (よろしくお願いします……)」
喜多ちゃんの声でぼっちちゃんが完全に消失したんだけど。とはいえ結束バンドの平常運転だから、あえてフォローしても今更だなと思い留まった。
「もしかして、5月ライブのギターの子?」
「あっはい」
その節はどうもとにょろりと這い出して栗原先輩と握手をする。何かETの指タッチみたいになってるけど気にしないでおこう。っていうか私らは慣れちゃってるけど、ぼっちちゃんの
おそらく栗原先輩は呆れてるか理解が追い付いてないか現実逃避。対して織口先輩は興味津々といった様子。って、今日の主役は彼女じゃない。
「本日お集まり頂きましたのは、喜多ちゃんにギターの事を語って欲しいんです!」
ようは、初心者が躓きやすい部分とか。極度のコミュ障のぼっちちゃんから聞き出すのは困難だし、リョウは当てにならない。お姉ちゃんはレベルが違うというか、お願いをするには気がひけるという奴だ。
「そういう事なら朝飯前!」
織口先輩が背負ったバッグからにょきっと黄色い獲物が出てきた。まさしく背景には「ジャーン」の擬音が背景に出ているに違いない。
「ギブソンレスポールスペシャルシングルカッタウェイTVイエロー。お主、只物ではないな」
「あっ、分かってくれる人がいて嬉しー!」
「なんて?」
珍しく誰よりも早く反応したのはリョウだった。織口さんとハイタッチ。私ら蚊帳の外は置いてきぼりである。
「今時の学生ってギブソン買うのかよ……エピフォンじゃねぇって金の使いどころは大丈夫か……」
「店長さん知ってるんですか?」
そういうお姉ちゃんも物珍し気に覗き込んでいる。
「ギブソンって有名なメーカーがあってだな。その子会社が作ってんの。見た目も似てて音質そこそこの廉価版って奴もあるんだけど……って!? どうしてこんな事になってんだ!?」
呆れ半分の次には発狂している。一体どういう事なんだか解説役が欲しい。
「……あの。……もしかしてなんですけど」
ぼっちちゃんがようやく人の形を取り戻しての第一声。その発言に度肝を抜かれた。
「これ……右利き用のギター……をレフティに改造してるって事ですか?」
「はいっ! 中身の配線もバラシて、ピックアップと弦の受けも含めて全部反転しました!」
「それは素直にレフティ用を買えば良いのでは?」
「甘いですよ山田さん。推しと同じものを使いこなすまでがファンなんです。この
まだまだ趣味の範疇ですけどと、織口先輩はお茶目に舌を出した。よく分かんないけど、凄い
「このギブソン……
「あっ、知ってます! カラオケの定番ですよねっ!」
音楽にまだまだ明るくない喜多ちゃんですら知っている。所謂ロキノン系が陽の目を見ない90年代から根強い人気を誇るアーティストのひとつ。
「ギターってそういう楽しみ方もあるのねー。確かに憧れの人と同じものを使ってるってテンションがあがるって感じね!」
「そういう喜多さんはリョウ先輩から貸してもらってるんだから、実質条件を満たしているのでは…………?」
「あっ、そっか。買い取るって話と草食べてる話がインパクト強すぎて、喜多ちゃんがリョウの事を追っかけてるの忘れてた」
シンパシーで惹かれあうもの同士(プラスでギブソンに傾注しているのを含め)わいわいやっている横で、私ら残り組は眺めるだけである。
「ほーら、ぼっちちゃん。栗原先輩が驚いちゃうから、そろそろ出ておいでー」
ゴミ箱の中身をひっくり返して、足元から円柱を二本立てるように天井へ向けて捏ねる。ぺたぺたと粘土細工を組み上げ、胴体と思しきものと前かがみの人型を産み出していく。金曜ロードショーとかで猫背のロボットを見た事があるが、そんな感じに仕上がった。
「毎回思うんだが、ぼっちちゃんの変形っていうか。それどういう仕組みでそうなってんの」
「私も詳しく知らないけど、何となく……っと、こんなもんかな」
よし。喜多ちゃん程ではないけれど、ある程度上手にできた筈。まるで福笑いだなとは先輩談。
「あっ。はじめまして、後藤ひとりです。趣味でギターをやっています」
「ぼっちちゃん。まさか記憶までリセットされてないよね」
「……我ながらボケという奴に挑戦してみたんですが、滑ったみたいですね……すみません、大人しく母なる大地に還ります」
「ぼっちちゃーん! 話が進まなくなるから帰っておいでっ!」
もう栗原先輩とお姉ちゃんが漫才でも観覧しにきてるみたく、しっかりと距離を置き始めちゃってるし。どうどうと宥めながら着席させて、ようやく落ち着いた。
「紹介するね。下北沢高校の栗原先輩。進級したらお友達がみんな他のクラスになっちゃったらしくて」
グフウという擬音を出しながら先輩が机に沈んでいく。そういえば、この人も大概メンタルブレイクする人だった。
「栗原佳って言います。よろしく、後藤さん」
「アッハイ」
それって返事だったんだ。むしろびくりと身を竦ませたようにしか見えなかったんだけど。
「あー、えーっと。栗原さんもギターをお召しになって?」
あんまりの緊張に日本語が崩壊し始めている。おまけにぼっちちゃんの輪郭も。っていうかよくよく思えば私達って、ぼっちちゃんに対するプライベートゾーンへの踏み込み方って何段飛ばしをしていたんだろう。
「もう5、6年になるかな。っていうけど、触れるってだけで弾ける訳じゃないから全然下手っぴだって」
「その自己評価は周りにとっては結構ダメージくるから程々にしておけよ」
遠巻きに仕事をしながらお姉ちゃんがくるりと振り返った。ってか、気になるならちゃんと輪に入れば良いのに。何だかんだで、ぼっちちゃんも栗原先輩の事も大好きな癖に。
「え……店長さんのお墨付き?」
「だいじょーぶッ! ぼっちちゃんも結束バンドも日々成長してるって!」
コノヒトヤバイヒトダーという顔をするぼっちちゃん。私も私で自信がなくなりそうなのを鼓舞するように畳みかける。
「栗原先輩の演奏って、そよ風みたいにさらさらなんだよ! 今度ぼっちちゃんもセッションしよう!」
「……すみません。他人様の琴線に触れないような演奏しかできなくて御免なさい」
嗚呼もう。これ二人とも根っこが同じ奴だ。実は相性が良いんじゃないか。あるいは極度の同族嫌悪か。
私もあっちのテーブルに交じりに行こうか。そう現実逃避くらいしたって罰はあたらないだろう。
「っていうかさ。私は構わないんだけど、お前ら練習とかをしに来たんじゃない訳?」
ギターを語りたいって聞いてたんだが、これでは世間話に花を開いているだけだろうとお姉ちゃん。確かにその通りである。
「次はケイちゃんも今度来る時にギターを持ってきなよ。実家じゃ練習できないんでしょ?」
「御迷惑にならない範囲でしたら」
それとスタジオ借用の料金表。お姉ちゃんがピッと壁のポスターを指し示す。
「え”!? お姉ちゃん金取るのッ!?」
「当たり前だろ。結束バンドは全員バイトに出てるから、給料から天引きしてんの。ある程度割引が効くけどって話、ちゃんと面接する時に説明しただろうが」
「そうなのぼっちちゃん?」
「はい……確かに店長さん言ってました」
何かお姉ちゃんから、イエスマンに対して圧力がかかっている気がするが仕方がない。
「じゃあ栗原先輩もここでバイトしようよ!」
「お前らだけで手は足りてるって。それにケイちゃんも受験生だろ。あんまり親御さんに迷惑かけないようにしないと」
二年生までは遊んでて良いんですかとは野暮だから聞くまでもない。
「私は練習できる場所を提供頂けるだけでも嬉しいです。実際、楽器店のスタジオとかってハードルが高くて入りにくいんですよね」
「あー分かる。私もバンド組む前はびくびくしてたわ。馴染みの店でバイトするようになって、ようやく一歩踏み出せたというか」
お姉ちゃん。栗原先輩に対して
「ぼっちちゃんもお店で機材とか調達しないの?」
「あっ……怖くて入れないです。お父さんの方が詳しいから、オススメのとかを譲って貰ってます」
理解がある肉親がいるとやっぱり精神的に楽なのだろうか。私もお姉ちゃんにキツく当たっていた時期もあったから、少し胸の内が痛む。栗原先輩もある意味で針の筵であるならば、STARRYがセーフハウスになれば良いなと思う。
「まぁ、あっちのギブソン談義がまったく以って終わらないんだが…………そういえば、ケイちゃんもそういうお気に入りとかある?」
お姉ちゃんの質問に対して、明らかに男向けな黒色の財布を彼女は取り出した。小物入れの部分より黄色い樹脂製のピックが転がり落ちてくる。傷というかエッジの削れ具合とロゴマークが掠れてしまっているのを見て、相当年期が入っているものだと伺える。
「島村のHISTORYで販売されてるティア型のウルテムピックです。アコギ用の1.2mmを使ってます」
ものを見て反応するのはぼっちちゃん。おずおずと覗き込んでいる。
「これ……弾きやすいですか? 私、セルロイドのトライしか使ってなくて」
「弦に当たった時のプラスチックっぽさがなくなるのが良いですよ。でも後藤さんには合うかは分からないかなと」
その声にどこか拒否をされたのだろうかと明らかにショックを受けるぼっちちゃん。彼女の繊細さを事あるごとには話題に出していたが、栗原先輩はトリガーを弾いてしまった事に気づいたらしい。
「いや……決して後藤さんとの会話を終わらせたい訳じゃなくて。私だってウルテムのピックを20種類くらい買ってようやく巡り合えた一品だから、きっとそういう運命みたいなのがきっとあります。今度一緒に買いに行くとかどうですか?」
「友達と楽器店で買い物……!!??」
あっ、インパクトが強すぎて蒸発しそうになっている。あ、ダメだ。今回のは刺激が強すぎたみたい。
「お前らは総じてぼっちちゃんを揶揄い過ぎなんだよもう」
「ふがっ」
まるで防護服のように頭からダンボール箱を被されてしまった。いやいや、この程度で落ち着く訳が……。
「もう一生こんな仮面を被ってようかな」
「それマスクですらないし、もはやヘルメットだよ!」
まるでアニメの悪役とかがやってそうな様相である。お姉ちゃんのぼっちちゃんに対する扱いもそこそこ酷いと思う。
「
あれ。栗原先輩もそういう動画とか見るんだ。そういえばお姉ちゃんとこの前セッションする時も、裏で演奏流してたっけ。
「私の練習方法って、ひたすら弾いてみたの動画で演奏までコピーするから」
「つまりコピーのコピーか」
「はい。劣化でしかないですけど、趣味の範疇ならこれで十分です。それに……」
他人から強制されるような音楽なんてクソ喰らえですから。その声色は何処か絶対零度の冷気を帯びていた。
「たくさんある動画の中で、自分になら真似できたり。あるいは絶対に真似できないけど、尊敬する奏法ってあるんですよ。アニソンやゲームの主題歌とかって、スコアなんか発売されませんから。そういうのもTAB譜に起こすんです」
「自分から弾きたい曲探せるんだから、ケイちゃんも立派なギタリストだよ」
「実力で何処からが相応しいかとかは野暮ですよ、星歌さん」
うりうりと肩を組んでお姉ちゃんが距離を詰める。
羨ましい訳じゃないよ。私だって、理由があってギターをやらないだけなんだから。でも同じ担当の子を子供扱いでちょっかいかけるのは、実の妹として良い気分じゃない。
「ぼっちちゃんは、逆に流行りの曲とか好きなんでしょ」
「あっはい。メジャーな曲ならそこそこ弾けましゅっ!」
「じゃあさ。ぼっちちゃんとケイちゃんで弾いてみなよ。有名どこだと『One Little Love』ならどうよ」
お姉ちゃん。会話のキャッチボールの途中で
「はじめて会った人とセッションだなんて緊張し過ぎて可笑しくなりそう……」
「ぼっちは最初から可笑しいから大丈夫」
「山田ァ!」
こっちはこっちでデリカシーがない。どうやらギブソン談義が終わったらしい。
「ギター三本相手にベースは一本。まさにベーシストが孤高だと言える」
何か面白そうのノリで織口先輩もウキウキ構えてるし、リョウも自分の世界に入っちゃってるし、打ち合わせなんてすっ飛ばして早速アンプから8ビートを刻み始める。
「まぁ喜多ちゃんの参考になるかは分からないけど、即興でやるってのは技術以上にお互いの相性も重要だ。じゃあ質問。パート別のバンドスコアがない状態で、三人はどうやってギターという役割を分担するでしょうかってな」
「えーっと。純粋に技術面で判断する感じですか?」
「ちゃんとコミュニケーションが取れてるならな。けど学校も違うし、ぼっちちゃんは
とすれば先輩方はぼっちちゃんの性格を鑑みて、リードパートを譲る筈。でも、ぼっちちゃんの演奏の滅茶苦茶さは栗原先輩は知っている。実力を卑下していても、前回はお姉ちゃん相手だから退いたとも考えられる。リョウのリズムに合わせて、答え合わせが始まった。
ぼっちちゃんはストロークの早さから、予想通りメインを張る。先輩方二人の反応は、実は対処が異なっている。
織口先輩はおそらくサイドギター。ぼっちちゃんと抑える箇所が違う部分。楽譜通りなのかは分からないけど、左手のストロークの周期が違うから拍を合わせた純粋な補い合う役割を果たしている筈。
対して栗原先輩は二人とはまったく違った。お気に入りだと言っていたピックはお姉ちゃんがよく弾いたりする時のバランスが取れたものとは異質。音のヌケが違うのだ。ミュートし損ねた部分が如実に出てしまうというのは、悪く言えばミスが許されないという意味。
実力が伴ってないと自嘲する栗原先輩が取った方法は、激しく弾く二人と対照的にシンプルでバンドっぽくないという感じだった。私の語彙力でどうにか表すとすれば、一小節につき二回しか弾かない。「タータン休み休み」とでも言うべきか。
「ウルテムのダイレクトな表現は諸刃の剣だ。ケイちゃん、やっぱり目立ちたくなくて確実にって感じだな。カッティングで止めるあたり、ぼっちちゃんに譲ってる感じかな」
それが変わるのはおそらくサビと思われる部分。お姉ちゃんの嗤い声が突き抜けるように響いた。
「ハハっ、
「あっ、この曲知ってます!」
どうやら、喜多ちゃんを誘う為の演技だったらしい。思わず彼女もカラオケ気分で歌い出す始末。ボーカルを担当して貰うって話。冗談半分って訳じゃなかったんだけど、やっぱ上手いなぁ憧れちゃうよ。
4人の演奏プラスでボーカルは本当に楽しそう。こう、久しぶりに会った同級生と久しぶりに弾いてみるか? みたいな感じって言うのかな。
その輪に加われない私は、まるで照らされたステージの外で眺めるだけの傍観者だった。
「演奏なんかしなくたって、ライブが最高だって分かる時がお前にも来るよ」
「ちょっ!?」
慰めのつもりか、お姉ちゃんが私の髪を力任せに掻き乱す。それが今にも疎外感で崩れ落ちそうな私を慮っての事だと分かっているから尚の事つらい。
「大丈夫。
だから、まだ泣かないよ。お姉ちゃんの夢を叶えるまでは立ち止まる訳にはいかない。
そうして私も、喜多ちゃんの詩に合わせて精一杯のハミングをするのだった。