【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
作詞続きで寝不足だった今日この頃。それがようやく復調しました。いやぁ、人間って睡眠時間を削りに削っても生きながらえているものだと思い知った次第ですん。
歌詞をリョウさんに託した私は、特に差し迫ってやる事はない…………のだけれど孤独な高校生活をまた一日耐え抜いた反動か、身体が満員電車を受け入れない精神状態だって……。
時間潰しに喫茶店なんて大それた事なんか出来ないし、かといってこのまま街をぶらつくのは体力的に非効率だし……。であるからして、STARRYに足が向くのは仕方がないと思いたい。
でもリョウさんは家でレコーディングしてるだろうし、喜多さんは友達と用事があるって先に下校してます。虹夏ちゃんがいればいいんだろうけど、店長さんと二人きりは怖くて嫌だなぁ。オマケにバイトのシフトに入ってない日だし。
そうこうしている内に通学路を辿っていけば、つい下北沢駅前まで来てしまった。ここまで来たなら行くしかないよねと自分を奮い立たせる。
「でも『用事がねぇのに来るのかよ』なんて店長さんに言われたらワタシ……ワタシィ!?」
「あれ。何やってるの後藤さん?」
発狂している私を、階段の上から見下ろしてたのは二つ年上の栗原佳さんだった。虹夏ちゃん達よりも先輩で、音楽が好きなお姉さんというイメージ。なんでこの人バンド組んでないんだろうって思う時もあるけど、事情は人それぞれだよね。
あっ。もしかすると私と同じぼっち? そういえば虹夏ちゃんもそんな事を言っていたような気がする。気の合う音楽仲間が周りにいないのかも知れない。
ここはバンドマンとして爽やかに挨拶を……。
「あぅ。ケイさん、本日はお日柄もよく」
「絶賛、大雨なんだけどね」
しまったぁ。言葉選びからまず間違えたぁ! こういうストイックな所、怒ってなさそうだけど大丈夫かな。
濡れなくて良かったとケイさんは折り畳み傘の水滴を手振りで弾いた。背中には私と同じような楽器ケースをしょいこんでいる。
「降るなんて予報じゃ言ってなかったんだけど。もうサイアク」
湿気は嫌いじゃないんだけど、という台詞の通りに雨宿りをしにきたそうだ。
「結束バンドの皆はどうしたの?」
「実は……今日は結束バンドが誰もいないかもだから、入るの迷っててぇ」
「ご縁があるんだから堂々としなきゃ…………よぅ大将、やってる?」
そう嗤いながら入室するのに合わせて、私も慌てて滑り込んだ。まるで飲み屋の常連さんみたい。
「大将じゃなくて店長だッ! って。なんだ、ぼっちちゃんも一緒か」
何やらパソコンと格闘していた店長さんが、眉間に皺を寄せて入口の私達を見上げている。
「今時の高校生って、こういう機械に強い?」
珍しく店長さんに覇気がない。小難しく読んでいたのは説明書かな。インターネットの色々と料金プランだか。家電屋さんのパンフレットなどが、只でさえ狭い作業机を押し広げていっている。
「STARRYって、よくも悪くも地下な訳じゃん。LOINE程度なら問題ないけど、ノートパソコンを使うにもテザリングにも限界があるからさ。今までも電波悪くて困ってたんだよね」
だとしても金がねぇんだよなと金髪が綺麗に机に広がってる。弱気な店長さん、ちょっと新鮮だな。
「ご相談ってぐらいであれば、お話に乗れますけど」
「本当かッ!?」
「同建物に同名義人で引くなら、キャリアによっては割引が効きます。それに、使い方にだって一工夫があれば元も取れると思いますし」
店長さんの目がキターンってしてる。って、うぇ!? ケイさんパソコン強い?
「まず、コストがかかるのは仕方ないです。使う相応の報酬を支払うのが対価ですから」
安物買いの銭失いと一緒。目に見えない電波だって、身の丈にあった商品というものもあるらしい。
「そりゃまぁ、バイトサボってる山田から差っ引くのも許されるからな」
リョウさん。あんまり真面目な感じしないけど、店長さんそんな事思ってたんだ……。って、私も他人事じゃないよね!?
「あ……あぅ。お役に立てなくて本当にすみません」
「ぼっちちゃんはいるだけ助かるマスコットだから気にしなくていいよ」
いるだけが存在価値って、実質何もするなって事じゃないですかっ!?
ムンクもビックリに叫び声を上げたい所だが、その前にむぎゅうとケイさんから口を包まれる。
「そのいるだけってのが大事なんですよ。回線速度はともかくとして、このフロアにインターネットがそれなりに使えるようになっているって結構メリットだと思います」
「例えば?」
「使うのは星歌さんに限った話じゃないって事です」
ようは、ランニングコストに見合うリターンがあるかという意味らしい。
「例えば無線ルータを別で購入して、無料wifiを解放するとか」
「それ実質、損するのこっちじゃねぇか?」
「タダ乗りさせてくれるって、お客さんにとっては十分メリットなんですよ?」
ケイさんはここぞとばかりに力説する。コンビニにだって今時あるネット環境が、時代の流れで必要かどうか。
「まず店長さんが遠くに移動する時……そうですね、1時間ばかりにしましょうか。ずっと地下鉄だと、ヤホーとかゴウグルで検索すら難しくなりますよね。スマホゲームなんてもっての他。道中飽きちゃいますよ?」
「まぁ、暇潰しには困るわな」
「演奏中にスマホを開くなんてチケット代をドブに捨てるような人は、このライブハウスにはいない前提です。でも、入れ替え時間とかを勿体ないと思うお客さんは中にはいると思うんですよ」
確かに私だってスマホがないと、東京の迷宮みたいな所は迷ってしまう。最初の一ヶ月で学校に遅刻しかけたのは、渋谷駅があまりに複雑で分からなかったし位置情報も便利だと思う。現代人の必須ツールには違いない。
「カフェとかで無料開放しているのは、その場に長時間居座って貰う為なんです。ワンドリンクがぼったくりなライブハウスにとって、これ以上の儲けがありますか?」
「いや……ここライブハウスだし」
「
虹夏ちゃんから聞いた事がある話と一緒だ。前も興行場として許可を取るのが大変だって言ってた気がする。という事は、ドリンクでも積極的に
「あぁん!? STARRYを本格的に喫茶店にでもするつもりかぁ」
「メイド服を喜多さんに着せてたって話ありましたよね? 虹夏さん
「あんの野郎……」
立ち会ってた私が証人になってしまって申し訳ありません。むしろ店長さんの方がノリノリでしたよね……。
「バンドマンには出演費用と枠を提供する対価にノルマ代が課せられる。観客はチケットとドリンク代を支払う。けれど休日でないと、バンド目当てでの客足も続かない。週末営業だけなんかやってたら、それこそ宝の持ち腐れです」
そこに呼び水になるものがあるとすれば。ケイさんは人差し指を立てた。
「ライブがないという時間帯を有効利用できる。飲食店というハードルを乗り越えている以上、喫茶店案は悪くないと思いますけど」
確かに私達がお話している間だって、土地代とかは払ってるんだよね。お休みの時間がない方が、お金になるっていうのも分かる。
「このご時世、居座って貰える理由の一つにネット環境は大事だと思いますよ?」
「提案してくれた所わりぃーけど、ライブハウスである事だけは譲れないんだよな」
「なら、ライブハウスらしい喫茶店やりましょうよ」
「私は言葉遊びをしたい訳じゃないんだが……まぁ、聞くだけ聞こうか」
まるで、店長さんを試しているみたいに話しているんだ。ケイさんの背負った楽器ケースから、深紅のギターが顔を出した。例えばこんな感じだとひとメロディを奏でる。単調で同じリズムだが、時折弾くのではなく弦を叩いて紡ぎだす。
「星歌さんもきっと下積み時代があったと思います。実力なんて二の次で、バンドマンとしての生き方を模索してそれを支えようと舵を切った訳ですよね」
「私は音楽に五月蝿いだけの小姑だよ」
「では、先輩からのありがたいご指導だってプライスレスです。無論、私もその一人なんですけど」
そういえば、店長さんというかSTARRYってどれくらい前から営業してるんだろう。でも店長さんが演奏してるところ聞いた事がないし、こういうお店は昔から立ち上げようと思ってたのかも。
「バンドマンはお金がない問題。山田さんは例外として、そこそこ財布に気にかけないといけないのは、私だって分かります。だから場所代が無料で済む路上ライブをするんでしょう。客寄せしたい人間なんて五万といる訳じゃないですか」
そこに勝機がありますと宣言する。アンプに繋がれていないギターだが、流れるようなメロディとボディを小気味よく叩く音が木霊する。サンバとかマンボだっけ? こういうの。
「店内ラジオ代わりに、楽曲を演者が提供する。むしろ参加費をタダでも良いくらいに思い切ってもどうでしょうか。勿論音量は制限をかけさせて頂きますけど、そのBGMを背景に普段ライブハウスと縁がない人に足を運んで貰うんです」
「なんつーか、見世物小屋みたいだな」
「えぇ。
けれど転がし方によっては、いくらでも展開できる事業だ。その言葉の主は意外にも店長さん。
「店はお客さんに飲み物を買って貰える。バンドは無料で演奏の機会がある。お客さんは電源と無線環境が手に入るし、チケットを払わなくても音楽に触れる事ができる……か」
「そう全部が上手くいくとも限りません。でもSTARRYにしか出来ない事を模索しないと、他のライブハウスに埋もれちゃいますから」
「
クオリティ担保しながらが難しいんだがなぁ。そう店長さんはガシガシと髪を掻いた。
「それじゃ言い出しっぺのケイちゃんが実演してね」
「……ふぁぃ!?」
ちゃっかり店長さんは何処からか持ってきたシールドの端子をケイさんに向けている。
「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだよ」
何時の間にか話の主導権を店長さんが握ってる!? 聞き手に徹していた時と表情が代わり、ニヤりと口角を上げたのが分かる。
「フェンダー・ムスタング。それがケイちゃんの相棒でしょ。借り物じゃなくて、実力見せて欲しいんだよなぁ」
あっ……。店長さんの目が猟犬みたいになっている。狩場に追い込んだ獣みたいというか。
「星歌さんが言うなら……それじゃ、ギターっぽくない弾き方でやってみます」
私だって歯ギターとかやるけれど、そういうケイさんの持ち方もちょっと異常かも。
ストラップを肩から下げるんじゃなくて、胡坐をかいて目の前のテーブルに置くような恰好だ。中学の音楽でこんな光景……あった。お琴の授業みたい。
持ってきた鞄の中にあった簡素な作り……というより、100円ショップでよくある大きめのお弁当箱をDIYしたエフェクターボックス。つまみを回して微調整をかけているみたい。
「綺麗にまとまってますね。直列で3つなのは……」
「電源が三股のを買っちゃったからだね」
あぁ、そういう事か。でも、ケイさんってお兄さんのギターを借りてるって言ってなかった?
「自分好みの音を作りたくて買い足しちゃったんだ。とはいえ親がいない時にしか使えないから、あんまり出番はないんだけど」
「それは……何というかお疲れ様です」
「まぁこれからはSTARRYに来るから、他人の目なんて気にしなくて良いし」
ケイさんがシールドを直結し、アンプから微細なビリビリとした音が響き始める。
「
私はお父さんが色々と準備してくれてたし、機材は選び放題って正直申し訳ないな。あるものでやりくりするって、RPGの序盤みたいな感じで冒険的な楽しみもあるんだろうけど。それでも、必要だと思うから揃えた
「ただ安価な分ノイズが気になるんで、歪みはなるべく出さないように調整してるんであんまり使いこなせてないというか……」
出す音が制限されるならマルチエフェクターでもいいんだろうけれど、個々のを踏みしめてる方がバンドマン
なんか札束で殴り倒してマウントとるような感じになってしまいそうで、慌てて口を噤む事にした。
「エフェクターは自分が足りない実力を補ってくれる。だから、手が届かない所だけをサポートしてくれるだけでいいんだよ」
ない物ねだりはしないとケイさんは言う。ただギターとパソコンに向かい合ってカバー曲を練習し続けてきた私と違う世界。弾き方の基礎はお父さんが教えてくれた。でもケイさんの型破りながら堅実なのは、きっと学び続けてきた一つの答えに違いがない。
「……っていうか、エレキでラップタップ奏法って本当にケイちゃんは変わり者だなぁ」
「メロディ弾きが出来るほど得意じゃないですからね。けど、両手とも使えるなら話は別です」
アルペジオを絡めながら、ベースラインと短音弾きを織り交ぜるのはハードルが高い。だからこそ両手でハンマリングとスライドを駆使する事で、足りない手数を補おうというのだ。時に指で擦る。爪で引き揚げ音を揺らす。
「自分が聞いた事がある印象に残ったカッコいい音を全部凝縮して、適当なタイミングで繋ぎます」
それは唄もなく、リズムも勝手。拍など不定期。それでも、ケイさんが語りたい音楽がぎゅっと詰まった演奏に間違いない。
トーンのつまみもいじるし、挙句はアーミングも使いこなす。もはや曲というよりは、DJをやっている感じみたい。
「とまぁ、即興演奏に充てるんならこんな感じです。独学で過ごしてきた私より、もっと上手い人達がいる筈です。そんな掻き集めた音楽で、このライブハウスを満たすいい機会だと思うんです」
弾いていたケイさんを見ている店長さんは何処か焦点があってない。まるで、彼女を通して別の誰かを見ているような……。
「前にも思ったんだけど、ケイちゃんの弾き方は何処かで…………」
いややっぱ忘れて欲しいと、店長さんは思い出せない記憶を辿る様にこめかみを小突いた。
「私もミュージシャンの端くれだからな。いつかトップレベルの逸材が出た時に、うちのライブハウスが登竜門でした……とはいつか聞いてみたい台詞なんだ。良いよ。ケイちゃんの案、もうちょっと煮詰めてみる」
ゴホンと店長さんが大きく咳ばらいをする。
「ぼっちちゃんはさ。音楽で飯を喰うってどう思う?」
「えーっと。店長さんだって、ライブハウスで生計立ててませんか」
「まぁ、私の場合はサポートというか裏方だよな。というより純粋なギタリストとして名を残したいとか、有名になりたいとかはどう?」
とても私じゃ人並みの仕事ができると思ってないし、得意なギターで稼ぐなら天職だとは思っている。
「あ……店長さんは、私がやっぱり社会不適合者だって……」
「そんな事言ってないってば!」
え。むしろそれ以外に理由があるんですか。
「若者が夢を追うっていうのを応援したいとは、前からずっと思ってたんだよ。勿論ぼっちちゃんや虹夏がメジャーデビューなんて話があったら、私だって自分の事のように嬉しく思うよ」
「……店長さんは後悔してるんですか?」
「そう考えないように蓋をしてきたんだ。過去の私が見たら、今を認めてくれるのか。しょうもない程しがみついて、私は生きて歌ってるんだって気付いてくれるかってね」
それでも、私にとってはSTARRYが宝物のようだと笑った。そこに嘘の色や泪はない。振りかぶる様に紡いだ言葉は湿った空気を吹き飛ばすように、カラ元気な声が響く。
「あとさ……お駄賃あげるから、ルーターの設置に来てくれない?」
店長さん。とことん機械とか弱いんだと、私はケイさんと顔を見合わせた。
一瞬寂しそうな顔をした店長さんの顔が、脳裏に未だにこびりついている。
1日11時間勤務かつ12連勤目で流石に投稿ペースに支障が出る今日この頃