【完結】ふぇす・ざ・ぽっぷ!~ヒトモドキの狂詩曲~ 作:エーデリカ
朝焼けに染まった石畳を、主人公が膝を打ち奮い立たせている。最後に台詞はなく、口元のアップで何かを呟いた後に舞台が暗転する。
そして流れ出すBGMとスタッフロール。哀愁を漂わせたピアノの旋律。劇場の音響をこれでもかと有効利用とした、心臓の拍動と共鳴するリズム。芯が通った女性のしなやかさを合わせた力強いボーカル。歴代を彩ってきた主題歌のオマージュ。それがメドレーで続き、最後に総監督の名前がピタリと中央で止まった。
会場の照明が光を取り戻しても、私はシートから動けない。嗚呼、人をここまで感動させる作品がこの世に溢れているなんて。映画を雑食のようには見に行かないけど、シリーズの集大成とも言える傑作を目の当たりにして、私は心身ともに打ちのめされたという表現が近い。
「いやぁ。しかしケイちゃんにこんな趣味があったとはねぇ」
横からの声に冷や水を浴びせられたかのように、我に返った。隣のクラスもとい、今では音楽仲間の織口さんが意を得たりという表情でこちらを見る。
「そういう織口さんも、アニメとか見るんですね」
「グリッドヒーローは『超世紀』の録画を見てたから。昔ながらの映像が現代の技術でリファインされると、こう胸に来るものがあってだねぇ」
贔屓を抜きにしても良い映画だった。ここで泣くんだぞと制作陣に押し付けられたような気もするが、それでも涙腺への刺激が止まらなかったのはまた事実。
「しかし隣で見てたけど、ケイちゃんってば拷問椅子に据えつけられたみたいに動かないんだもん。死んだかと思ってた」
勿論、尊さで。言わずもがなである。
「でも、思ったんだ。スタッフロールの間は、現実に戻ってくる私達に『泪を拭く位の時間は用意してやった』ようにね」
「実際、感動で心が洗わられるというか」
「そう。風呂は命の洗濯っていうけど、人間の感情も解さないとダメになるって」
そのストレッチないし、仮想体験が私達を生き物に仕立て上げているとも言えよう。人間は内心の自由を持つ。そのアウトプットが誰かに触れて影響しあって、娯楽という文化は形成されている。
「だから、演奏とかも同様だと思うんだ。コピーバンドだったって誰かの心を模倣したのではなくて、自分の表現方法の一つに他ならないってね」
それが、パクリとオマージュの違いだと。まぁ私も夜な夜な弾いてみたの演奏をトレースするに限る人間だから、あまり肯定すべき立場でもない気がするが。
上野駅から僅かに南下。途中大行列のファストフード店に辟易しながら、ちょっと道を逸れて、少し高めの喫茶店に足を踏み入れる。
「ケイちゃんは何にする?」
「えっ。こういうの無難に珈琲じゃ……」
「分かってないなぁ。今時のJKらしい事をしよう!」
ほら。
「ビールジョッキの二回りほど大きいじゃん!」
「いやぁ。財布にもカロリー制限にも大ダメージだわコレ!」
他人事のように爆笑する織口さんを肘で小突く。言い出しっぺはアンタだよ。とはいえ美味しい物は別腹という事で、難なくペロリと平らげてしまった自分が嘆かわしい。
「それで? 浮かない顔してたから半日付き合ったんだけど、そろそろ白状してくれないかぇ?」
底に残ったフレークを、器用に長スプーンで救いながら彼女はこちらを見る。
「……隠し事なんてしてるつもりはないけど」
「嘘だぁ。絶対、結束バンドと何かあったってば」
その言葉を聞いて、ピクリと反応してしまった自分が嘆かわしい。我ながら分かり易い。
「大した事じゃないよ。でもメキメキ実力を上げてるのを見ると、自分ってこんなに下手なんだなぁって思う」
ギターヒーローもとい──後藤ひとりさんの実力は折り紙付きだ。しかしもっとバケモノに近いのが、ボーカルをやりながらギターを始めて数週の喜多さんの方。
「いくら油が乗ってるからって、あの上達具合は妬いちゃうよ。練習時間や苦労は絶えないと思うけど、それでも私より実力がある」
こういうの嫌になるなぁ。だからこそ、感情のブレ幅を抑える為にヒトモドキになろうとしているのに。そんな私を知ってか知らずか、織口さんは口角を上げる。
「良いじゃん。青春だよ、青春。そうやって大人になるんだから」
「同い年に達観したように言われたくはない」
続く言葉が思いつかないので、水を代わりに飲み干した。
「残念ながらエモロックな歌詞も曲も作れる人材がいないので、我々はバンドスコアを購入して練習する他はないじゃん」
「私、買うけど役に立った試しがない」
そりゃあ参考にはなるけど、結局は動画を見て練習するし…………。
「おまけにギターピースならともかく、バンド組めないならスコア要らないし。お金が勿体なくない?」
「ケイちゃんみたいな守銭奴がいるから、世の中の経済は回ってないんだよ!」
他のお客様の御迷惑にならないように。机を乗り出す彼女をどうどうと宥める。気付けば1時間近く駄弁っていたらしい。荷物をまとめて現金を漁ってレジを介する。
曇り空の街中をしばらく歩いただろうか。慣れ親しんでいるからこそ地図すら要らないが、最初の頃はビクビクしながら歩いていたホームグラウンド。総武線の東西を間違えたり、ロータリーから歩行者天国に向かう為に大周りを繰り返したあの頃が懐かしく思う。
そう。オタクの聖地とも言われるこの場所──秋葉原こそが、私にとって
「駅前にある謎のアーティスト屋には捕まらないようにね。そこで圧迫接待された事があるから」
「うわ。何それコワい」
「それ以降、一人の時は絶対にポケットから手を出さないようにしてる」
ビラチラシは受け取らないし、声掛けは無視するに限る。今では笑い話であるが、社会勉強としては恐怖しか覚えなかったのはまた事実。
そんな私の苦労を知って知らずか、隣を行く織口さんは目を輝かせながら進んでいく。
「いやぁ。それにしてもオフのケイちゃんの服装。最高にクールだね」
「女子高生だって舐められたくないからだよ。多少老けてるくらいに見えた方が好都合」
「そういうもんかねぇ」
夏も近づく中で、二人してパンツスタイルに薄手のジャケット。女顔の少年くらいに思われるのが理想である。
「それはそれで危ないとは常々考えてはいるんだけど……と。ここね」
ゲームセンター横の狭い口から入っていく同人ショップ。最初に来た時は、スマホと睨めっこをしながら何時までも辿り着けなかった苦い思い出がある。当時は二号店もあったし。
「あっ、ぱかぷちの新作! ねぇ、ちょっと遊んでって良い!?」
許可を取る前から、織口さんが500円を既に投じている。彼女の性格を鑑みるに、これじゃ梃子でも動かないだろうな。そんな風に邪魔にならないように踊り場から遠目に見ていたら、必死に駆け込んでくる女性が一人。金髪がクルクル巻いている碧眼の外人さんだ。階下の混み具合を見て、なにやら顔を青くしている様子。まぁ、日曜日のマロンボックスはいつもこんな感じなんだけど。
「えーっと。メイアイヘルプユー?」
私ってば何を言っているんだ。そもそもアキバはオタクの街でも過言でないし、そこそこ日本語が
「Oh! I owe you one! Can I leave my guitar here?」
オーユーワンとやらは分からないが、ギターを預かってくれと? おまけに初対面の相手に? 新手の詐欺かと警戒しているが、彼女の泪が滲んだ表情にただ事ではないと感じる。であるからして、口を突いたのは本心と真逆の言葉。
「イッツァピースオブケーク」
「Many thanks!」
私の拙いお安い御用という発言を聞いて、戦地に飛び込んでいく女性。とはいえこの混み具合じゃ、お目当てを見つけても戻ってくるのに30分コースだろうか。会計を済んだ人達が入れ替わり立ち替わり上がってくる。暫くして大荷物の織口さんが現れるまで、どちらかと言えば暇であった。
「あれ。一体どこからギターが出てきた?」
「実は、観光客の人に押し付けられちゃって」
「いくら日本が治安が良いからって、普通大事なものも預けるかなぁ」
私も怖いと思ってるけど、もう後戻りはできない。最悪はヤがつく自由業みたいな風貌な人が現れた時点で110番通報ができるようにスマホを握りしめる他ない。
「オゥ、やっとお目当ての新刊が買えましたター!」
「日本語喋れてる!?」
「やー。親切な人がいてくれて助かったヨ!」
ぶんぶんと両手をシェイクされる。ショルダーバッグには、飛び出る量の同人誌が顔を出している。
「ユーは何しにアキバへ?」
そんなテレビ番組みたいな事を、まさか明らかに外国人の美女から言われる日が来ようとは。
「あ……夏コミ前の最終確認ですかね」
「チホーイベの新刊は大事ヨネー!」
「なんて?」
蚊帳の外の織口さんを置いてきぼりにして申し訳ない。ただ同人誌を買いに行く人間っていうのは、オタクの中でもちょっと変わっているんだよ。
「ワタシ、清水イライザァ。次の夏コミも出るんだヨ!」
渡された名刺には、凝ったフォントでハンドルネームと
「
「ウィ!」
「分かる様に説明して欲しいんだが、栗原先生」
相手のハイテンションさに、若干引いている織口さんの手を肩から剥がす。
「えーっと……織口さん。世の中には1冊が500円とか1000円くらいの薄い本があってですネ。有志が作るイラスト集とか漫画とか小説とかが売ってるんだよ」
「うわ。コスパ悪そう。何でそんなのをこんな人混みの中で買う訳?」
「うぐっ。否定できない……」
核心を突くというか、クリティカルヒットなんだけど。無邪気って怖い。
「デモ。ようやくチューケンのワタシを知ってるなんて、ユーも変わりモノネ!」
サークル主本人に変わり者認定とか、どういうサービス?
「ミス・オリグチ。ヲタクには立ち向かわねばならない時があるのヨ。此処で出会う本達は販売数も限られていて、欲しい人が全員手に入るモノじゃないノ!」
「あー。アリーナライブの物販みたいな?」
「ザッツライト! 喉から手はでないケド、皆が行列して買いに行く戦争と一緒ナノ!」
いきなり親近感湧いてきたなと腕を組む織口さん。いや、それで良いんかい。
「ようは、趣味で傾倒している危ないヒト達の集まりでしょ。バンドマンの追っかけだって、大差がないじゃない」
そういえば、彼女も自覚ある厄介ファンだった。ギターの電装抉じ開けてレフティに改造するギターヲタクじゃないか。
我が意を得たりとジャンル畑が違うイライザさんに、果敢に挑む織口さん。何時の間にか意気投合しているし、私を置いてどっかいっちゃうし。慌てて両足を叱咤して追いかける。
「レボリミュージック……初めて来た」
近所のショッピングセンターにテナントを出してる店舗しか行った事がないからね。全国展開系以外って、踏み入れるのにハードルが高いんだよなぁ。
所狭しとギターやベースが並ぶ。おまけに値札も目が飛び出る物まで。
「というか、こういう積み方だと地震とか来たら大惨事じゃぁ……」
うっかりなんてやらかしてたら人心地着かない。高額商品に囲まれるという恐怖を物ともしないで、二人はずんずん進んでいってはしゃいでいるし。溺れる一歩手前の小学生集団を見守るような、圧迫感というか何かに近い。
「店員さん! これ買います!」
「Wow! お目当てのストラップがこんな所にあるヨ!」
「お二人さん、楽しそうですね……」
それぞれがお目当ての物をビニール袋に入れて退店する頃には、私の方が憔悴しきっているってどういう事だ。
小一時間位は物色して、財布の中身が許す限りは色々と買い出しをしていたようだ。
お店を出て軒先でぱちくり話していた織口さんが、少し席を外すと駆けていったきり。私は再びイライザさんと二人きりになる。
「良いフレンズがいるのネ」
「そう見えます?」
「オフコース! さっきもユーの事をベタ褒めしてましタ!」
そういうキャラじゃないと思うけどと口を零せば、イライザさんは私の頬を擦る。
「ヒクツになるのがタマニキズとも言ってたヨ」
「それが性分ですんで」
私が口を尖らせたら、今度はイライザさんが顔を伏せる番。
「ワタシ。アニソンバンドで皆に笑顔になって欲しいノ。でもトーキョーのヒト、あんまりそういう文化を認めてくれるのって限られてるケドネ」
オタクである事を卑下しない。しかし、それを相手が認めてくれるかと言ったら別の話だ。
「私はアニソン好きですよ。その熱意も方向性も」
だからその曲の知名度なんて、原作が如何に素晴らしいかで決まるなんて赦さない。
「タイアップソングっていうのは、原作者と制作陣とアーティスト三者の信頼があってこそ成り立つんです。おまけに作画班は見合う絵コンテを上げてくるし、アニメーションもつけなきゃならない。アニソンってそういう努力と汗の結晶なんですよ」
なんて熱弁したって、世の中の何人が耳を傾けてくれようか。何かの支えがなければ一つの楽曲として認めてすら貰えないなんて、そんな理不尽があってたまるものか。
「ンー。ワタシはそんなに思いつめた事ナイヨ。でも、ユーがアニソン好きって伝わってくるヨ!」
だから、
「
──アナタは名前があるか?
「アイム セブンティーン イアーズ オールド ノット ハビング ボーイフレンド」
「Oh, I didn't mean to having boyfriend. I’m not “yuri”, but i like you」
いや、
「アイム クリハラ ケイ プリーズ コールミー ケイ ナイス トゥ ミートゥ ミス イライザ」
「You're welcome “Kei”! じゃあ、私もケイちゃんって呼ぶネ!」
「やっぱり私からはイライザさんでお願いします……」
明らかにネイティブの人に英語でこれ以上渡り合うのは正直無理だ。丁度ホールドアップした所で、織口さんが帰ってくる。
「私も自分の用事が終わりましたよっと」
「……そういえば、ケイちゃんはマロンボックスで買わなくて良かったノ?」
イライザさんにギターを押し付けられたりで、あまりにイベントが多すぎて忘れていた。とはいえ、一ヶ月程前も来ていたし、改めて買いたいものがあるかと言えば正直思いつかない。
「まぁ夏コミも一般参加するんで、その時に新刊含めて買うつもりですね」
「Oh, will you go to “Tokyo Big Sight in summer? However, are you interested “comic market”?」
なら、うちに売り子に来ない? とイライザさん。
「うぇ”!? 新宿イこライザーにですか!?」
「実は、いつもの売り子が
棚から牡丹餅というか、落石が頭を直撃したというか。渡りに舟であるのは間違いない。実際、入場料金もチャラになるし。
「契約成立ネ! ケイちゃん!」
「お手柔らかにお願いしますね。イライザ……さん」
「ウィ! これはお店で観賞用と布教用で購入した分ネ! 今日のお礼、バーイ!」
それじゃあと、黒いビニール袋に入った冊子を私に押し付けるように彼女は人混みの喧噪に消えて行った。
「入ってるのはサークルの名刺と……」
春コミで出した新刊と先程のマロンブックスで購入したと思われる薄い本。
「うわぁ、えっちィのも入ってる」
織口さんのマジレスを受けて、私は人目を憚って赤面した。