「…チリ?」
「え…自分、ソウか…?…おわっ!あぶなっ!」
チリが手に持っていた缶コーヒーを落としかけながら呆然と見つめてくる。
かつての相棒とも呼べる友人が目の前にいるこの状態。本来であれば久々の再会を共に喜びつつ互いを労うべきであるのだが、今の俺はとてもそんな状態ではない。この忙しい生活の中で再び会えたという喜びはもちろん大いにあるが、なによりもまず困惑の方が俺の感情においては大多数を占めていた。
「チリ…お前なんでここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフや!ここに異動になったってどういうことやねん!」
昔から好奇心旺盛で大抵のことには驚かずにいた強心臓の持ち主であったチリだが、さしもの彼女も今回ばかりは俺と同じように強く困惑しているようである。まぁ確かに疎遠気味になっていた昔の友人といきなりこんな場所で再開したら驚かない方が難しい。
…しかしよく見るとなんかチリの口角が若干ピクピクしてないか?まるでニヤけるのを必死に抑えているような…まぁ気のせいか。
「それはさっきオモダカさんが言ってたろ。それよりも俺はなんでチリがここにいるのかが気になるんだが。」
「え、なんでもなにもチリちゃん四天王やで。あれ、言ってへんかったっけ?」
【悲報】かつての相棒、俺の上司でした。
確かに以前メールで『チリちゃん結構お偉いさんやからなぁ』とは言っていたけれどもまさかそれが四天王だなんて思わないじゃん。
チリは運動神経が抜群に良く、頭脳も優秀だったためアカデミーにいた頃からテストや運動などで大敗を味わってきた俺だが、ついに社会というバトルコートにおいても完全な敗北を期してしまった。
「おや、お二人は知り合いだったのですか?」
俺らが慌てふためく姿を静観していたオモダカさんが話しかけてくる。
「あ、はい。チリとは学生時代からの友人でして…。まさか四天王になってるとは思いませんでしたけど。」
「友人…まぁこれからやな…。そうなんですよ。チリちゃん学生の時は”ずっと”ソウと一緒に過ごしとったんです。」
なにやら最初ボソッと言葉をこぼしたチリだがそれ俺には聞き取れなかった。それにしてもなんか『ずっと』のイントネーション強くない?コガネ弁そんな特徴あったっけ?
「…ていうか、チリが四天王なら俺上司にタメ口使ってることになるじゃん。
すみませんでした。チリ四天王。以後気をつけます。」
「やめーや、そんな気色悪い。ソウがチリちゃんに敬語使うなんて聞いただけで背筋ゾワゾワするわ。」
チリが「なはは」と笑いながら俺に向かっていつも通りの喋り方でいいと伝えてくる。うん、まあそんな気はしてた。俺も今更チリ相手に畏まるとなると凄い違和感がある。
「その様子だと四天王達との関わりも問題無さそうですね。彼らは個性が強いので多少心配していたのですがチリがいるのなら平気でしょう。」
「あはは、ありがとうございます。実は俺もここにくる前はチャンピオンや四天王と話すことに緊張していたんですけれど、オモダカさんがとてもいい人で安心してます。」
「ふふふ、こちらこそソウさんが優秀な方で非常に助かっています。先程の世間話も実に楽しいひと時でした。今後ともよろしくお願いしますね。」
「俺もオモダカさんと雑談してたおかげでストレスなく作業できましたし、これからも仲良くしてくれると嬉しいです。」
そう言って俺らは互いに握手をする。いやぁ本当にオモダカさんがいい人で良かった。格式高いポケモンリーグでチャンピオンを務めている人ってもっと仕事に厳格で自他共に厳しい人なのかと勝手に思っていたからいい意味で予想を裏切られた。これならチリ以外の四天王も個性は強いけど皆良い人なのだろう。…まあ1人は3つの役割を掛け持ちしてるキングオブ社畜であることがわかっているからその人に会ったら栄養ドリンクでも差し入れてあげよう。
「…なんやえらい仲良うなっとるやんけ。…ニヤニヤしおって。」
オモダカさんと談笑していたらチリが急に不機嫌になった。…なんで?
もしかしてチリがいるのにオモダカさんとばかり喋っていたから機嫌を損ねたのか?
「あぁ、すまんすまん。さっき整備中にオモダカさんが俺の様子見に来てくれてそこから少し話してたんだよ。」
「ほーん…何の話しとったん。」
「何って…まぁ趣味とかお互いの学生時代の話とかかな。」
「…ふん」
チリのご機嫌を取ろうとしてこれまでの経緯を説明したがチリの機嫌は直らなかった。昔からたまに突然不機嫌になることがあったけれども未だにその解決法がよくわからない。…そういえば昔ピクニックに連れて行ったら多少マシになったっけ。
「そ、そうだ。俺まだ整備する装置残ってるんだった。
なぁチリ、これ終わったら昼休みだから一緒に飯でも食べに行かないか?」
ピクニックとは行かなくともご飯に誘えば多少機嫌が良くなるのではという淡い期待を込めながら俺はチリに提案する。まぁそもそもチリと飯を食うという事自体久々で、ご機嫌取り抜きにしても元々誘うつもりだったので問題ない。
「…まぁ、ええか。うん、チリちゃんも久々にソウとご飯食べたいわ。チリちゃんもう昼休みやから終わるまでここで待たせてもらうで。」
そう言ってチリは近くのソファーに腰掛ける。長い脚に黒のパンツを履いて脚を組んで座るその姿はなんだかとても様になっている。
「そうだ、オモダカさんも昼食一緒にいかがですか?」
後ろにいるオモダカさんにも声をかける。いくらチリと久々の再会だからって側にいるオモダカさんを除け者にするのは違うでしょうよ。
ちなみにチリの表情をチラ見したが彼女もオモダカさんとは交友があるためそこは気にしていないようだった。…眉がピクッと動いた気がするがおそらく気のせいだろう。
「…いえ。せっかくの再会なのですから2人で食事をしてはいかがでしょうか。それに私はもうすぐ昼休憩が終了する時間なのでここで失礼しますね。」
俺の考えとは裏腹にオモダカさんは誘いを断った。もしかしたら俺たちに気を遣ってくれたのかもしれない。やはり出来た人である。今度改めてお礼を言っておこう。
「わかりました。なにからなにまでありがとうございます。」
「礼には及びません。…部下の想いを後押しするのも私の役目です。」
チリと俺の”久々に食事を共にして懐かしみたい”という想いをオモダカさんは汲んでくれたようである。ポケモンリーグの頂点に立つ人はそういうところも一流なのね。
オモダカさんは去り際にチリに何か伝えたようでそれを聞いたチリは顔を若干赤くしていたが何を言われたのだろうか?
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無事何事も無く残りの整備を終わらせ、俺とチリはポケモンリーグの中にある食堂へとやってきた。施設内の食堂はかなり広く、昼休みということもあってか結構な人数の職員たちが食事を取っていた。
「チリは何食べるんだ?俺はこのカレーライスにしようと思ってるけど。」
「チリちゃんはオムライスにポテトサラダやな。ここのポテサラごっつ美味いねん。」
この食堂はメニューも豊富で定番の色々な定食はもちろん、麺類や単品も数多く食べることができる。
料理を受け取った俺たちは2人掛けのテーブルに座り、お互い向かい合って食事を始めた。うん、やっぱカレーは美味い。メニューが多すぎると逆に迷うってのあるあるだけどそうなったらカレー頼んでおけば間違い無いよね。
ふと対面にいるチリを見る。容姿は大人びたが身に纏う雰囲気は過去の明るいチリそのものであり、学生時代に2人で巡ったレストランなどの記憶が蘇ってくる。
「…なぁ。ほんまにソウはここで働くんか?」
物思いに吹けながら黙々とカレーを貪っていると、不意にチリが話しかけてきた。
「そうだけど…不満か?俺はチリとまた一緒にいられて嬉しいんだけどな。」
「いや、不満なんてこれっぽっちもないで。チリちゃんもソウと働けて嬉しいわ。…ただ、あんま実感がないんや。実はチリちゃん、ソウと一緒に働けたらなーって前々から思っとったんやで?でもそれがほんまになるなんて思ってなかったし…」
そう言うチリの顔にはどこにも不満の色など見えず、むしろこれからのことを想像して期待と胸を膨らませているように見えた。こやつめ、なかなかに嬉しいことを言ってくれおる。
つい最近まで疎遠気味になっていた俺らだが再開した今、俺たちの間に気まずさなどは皆無であった。いや全くいい友人を持ったものである。
「俺もチリと働けたらなとは思ってたけどまさか実現するなんてなぁ。人生何があるかわからないもんだよな。
まぁそういうわけでこれからもよろしくな、ーーーーー相棒。」
そう言って俺はチリに笑いかける。
「…そっちこそもうチリちゃんの側離れるんやないで?ーーーーソウ。」
俺に対して笑い返してくるそのチリの顔は昔見た天真爛漫なーーー俺が様々な場所に足を運ぶための勇気を貰えるかつてのチリの笑顔となんら変わらなかった。
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ーーーその後、一緒に食事をしていた俺たちだったがなぜかチリが執拗に「あーん」をしてこようとした。昔はよくしてもらっていたが、他の職員の目もあるし第一俺はもう立派な大人である。そう断るとチリはぶーたれて逆にあーんをしてくれとせがまれた。埒が開かなそうだったのでささっとあーんをしてあげたがなんか凄く恥ずかしかった。
…そしてその日のチリは頗る上機嫌だった。まぁ久々に会ったんだし多少のはっちゃけはよしとすることにしよう。
衝動書き。続くかは未定。