今回は少し息抜きということで第4.5話という形にしました。ずっと甘いものばかり食べていたら胸焼けしてしまいますからね。
なので今回ソウくんはお休みです。ほんのちょっとは出てくるけど。
四天王以上の地位を持つ職員に対して与えられたポケモンリーグ上層階に位置する部屋の中、カタカタと自分のキーボードを叩く音だけが響く静かなオフィスの中でアオキは濁った眼と重そうな瞼を開きながらパソコンと向き合っていた。ディスプレイから放たれるブルーライトで目を虐めながら次の会議の資料を作るその表情からはおよそ感情といったものが読み取れずそれでいて何処か枯れた哀愁のような雰囲気を醸し出しているが、アオキにとってはこれが通常である。
現在、もう2人いる四天王のうちの1人であるハッサクはアカデミーでの授業、オモダカはベイクジムへと視察、そしてポピーも社会勉強としてそれについていっており部屋の中には死んだ魚のような眼で打ち込まれていく文字列を淡々と追うアオキと、なにやら妙な本を机に頬杖をつきながら読んでいるチリの2人しかいない状況であった。
「あの、チリさん。…失礼ですが、先程から何を読んでいるのですか?。」
すると、今まで無表情でモニターと睨めっこをしていたアオキが横に座るチリに目線を向けて話しかける。その顔はあいも変わらず感情の起伏に乏しいものだったが、僅かに疑念が見てとれるものであり首も若干傾げられているように思える。
「ん?あぁ、チリちゃん昨日こないな本買いよってな。あの草タイプのドアホ、チリちゃんがいくらアピールしても全く気付かへんからちょっと先人達の知恵借りよう思うねん。」
どや!とチリが自慢げに掲げるピンク色の本の表紙には『気になるあの人もいちげきひっさつ!恋愛必勝法!』とキラキラした文字で書かれており、それはおよそ普段の彼女からは想像できないものであった。
「なるほど、やはり彼に関することでしたか。どうにも珍しいものを読んでいるなと思いまして。
…踏みいった質問かと思いますが、その…彼とはどのくらいのところまで?」
横目でチリを見ながらキーボードを叩きつつアオキが尋ねる。反応を見るに、あまり進展はしていないだろうと思いつつ資料の作成を続けながらアオキはチリの返事を待つ。
「全然やぜーんぜん!色んな餌試してる途中やけどこれっぽっちも釣れる気がせえへんわ!…自分で言うのもなんやけどこないな美人さんに迫られてあれってあいつホンマに男なんか?オージャの湖で泳いどるヘイラッシャより鈍いで!」
「そうですか…。まぁでも彼も彼なりにチリさんのことを大切に思っているようなので、いずれ実を結ぶと思いますよ。」
ある程度予想した通りの答えが返ってきたアオキはソウとのファーストコンタクトを思い出しながらチリを励ます。彼としても比較的仲の良い同僚の恋路を応援しない道理は存在せず、先ほどの言葉は余計なお世辞など混じっていないことが声色から読み取れる。
「チリちゃんもそうなって欲しいんやけどなぁ…。最近でも
「…!?」
チリの何気なく放った言葉にアオキは呆然と目を見開く。仕事に疲れて輝きを失ったその眼は驚愕の色で満ちており、普段は表情の乏しいアオキが眉を傾けさせながら動揺した様子を見せている。
「…彼と寝た、とは。その…、どういう意味で…?」
「あぁ、実はついこの間ちょっとチャンスがあってん。そんでいつまでもウダウダ言いよったからベッドに無理矢理引き摺り込んだったんですわ!
にしてもあれは中々気持ちええもんでチリちゃん癖になってまうかと思いましたわ!」
なはは!と笑いながらチリがドヤ顔でアオキに向かって告げる。
彼女としてはソウが自宅に看病に来た時の話をしているつもりだったのだが、それをアオキは盛大に勘違いしながら必死に動揺を押し殺していた。
「そ、そうですか。…というか、そこまで済ませているのなら後は時間の問題なのでは?」
「いーや、それが全然そんな気配あらへんのよなぁ。なんならその日も朝起きたら朝食作り置きして既に出勤しとったし。他にもーーーー」
口を尖らせながら、それでいて楽しそうにソウについて文句を言っているチリを尻目にアオキはソウに対して多少の不信感を募らせていた。仕事に生きてるアオキでも人としての誠実さは持ち合わせている自信があり、今の話を聞いてチリを大切にすると言っていたソウを今まで通りの目で見ることができなくなりつつあった。
「人の恋路に口を出すべきではないのかもしれませんが…少し彼と話をする必要がありそうですね。」
近日中に彼の元を訪れようと思いながらアオキはチリとの会話を終えてモニターに目線を戻す。共に働く仲間ーーいや大切な友人であるチリのために一肌脱ぐのもやぶさかではないと考えるアオキのその眼には、相変わらず濁ってはいるけれども確かに年長者としての貫禄が宿っていた。
そしてその横で会話を終えたことを確認したチリは再び手に持っていた雑誌に目を落とす。いつもと変わらずに明るいながらものらりくらりとしている彼女だが、その表情は苦労しながらも1日を大切に過ごす恋する乙女のものとなんら変わらないものであった。
後日、ソウによる必死の説明とチリへの確認によって無事アオキの誤解は解かれることとなる。その際に噂好きのおばちゃん職員達の中で尾鰭が付いてチリとソウの間に子供ができたという話が広まりかけ、ソウが冷や汗をかきながらリーグを駆け回るのはまた別のお話。
ちなみにチリもそんな事実はないと誤解を解いて回ったが、なんだか満更でもなさそうな様子であった。
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時刻は変わりポケモンリーグをを紅く染めていた夕日がすっかりその顔を地平線の彼方へと隠した夜。チリはテーブルシティの中心に位置する惣菜屋、ベーカリーオルノへと足を運んでいた。そこでチリは難しい顔をしながら数えきれないほどの食材を前に唸っている。
「おや、四天王のチリさんではないですか。こんなところであうとは珍しいですね。」
チリが手を顎に当て首を傾げながら惣菜と睨めっこをしていると、背後からおよそ年配のものだと思われる声をかけられる。
「お、クラベル校長やないですか。ほんま奇遇ですね、校長さんこそどないしたんですかこないなとこで。」
チリが振り返ると紺色のスーツを身に纏ったグレープアカデミーの校長、クラベルが立っていた。ポケモンリーグはその距離の近さ故、アカデミーとも薄くない関係を築いておりチリとクラベルは仕事を共にしたことも何度かあるためお互い親しそうに会話を進める。
「私は普段自炊をするので、その買い出しに来た次第ですね。チリさんも自炊などなさるんですか?」
「いや、チリちゃん普段は外食か適当に買って帰った弁当で済ましてまうんやけど少し事情がありまして…。」
少し目を逸らしながら照れ気味に答えるチリ。そんな彼女の様子に興味が湧いたのか、クラベルは慎重に深入りして質問を続ける。
「ほう、どんな事情かお伺いしても?」
「ちょっと恥ずいけど…まぁええか。
実はチリちゃん先日こういう本を買いまして。」
若干悩んだ素振りを見せたチリだが、すぐにその様子は鳴りを潜め一冊の本をバッグから取り出してクラベルに見せる。いかにも女子アカデミー生が好みそうな表紙をした本を取り出すチリにクラベルは少し驚いた様子を見せる。
「おや、チリさんもそのような本をお読みになるんですか。此処にいるのはそれに何か書いてあったからでしょうか。」
「この本によると『まずは胃袋から掴むべし!』だそうですわ。せやから今度弁当でも作ったろかなと思ったんですけど、チリちゃんあんま自分でご飯作ったりしないから色々困っとるんですよ…。」
「…なるほど。確かに男性は女性の美味しい手料理に弱いとよく言いますからね。お相手の方もきっと喜んでくれるはずです。」
典型的な恋愛論を頭の片隅で思い返しながらクラベルはそう返すが、チリは未だに困ったような表情でクラベルのことを見つめる。するとクラベルはあることを思いついたようで、チリに微笑みながら提案した。
「私でよろしければ料理についてお教えしましょうか?今は宝探しという課外授業期間のため学内にいる生徒が少なく、家庭科室が空いている時間も多いんですよ。私も一応教育に携わる者ですから、多少はお力になれると思いますよ。」
「ほんまですか!?ならお願いしますわ!絶対あのボケの胃袋を鷲掴みにできるようになったるんで!」
チリにとってそのクラベルの提案は目から鱗であり、それと同時に願ってもないことだったようで嬉々としてクラベルに頼ることを決める。クラベルとしても校長としての雑務が多くなってきていた時期にちょうど良い息抜きの時間が出来そうだと頬を緩める。
「えぇ、任されました。やるからにはビシバシいくのでしっかりついてきてくださいね。」
長年教師をやってきた中で様々な環境や世界の、そして人の変化をその眼で見てきたクラベルだが、いつの時代になっても気になる異性のために己を磨かんとする女性の顔はその輝きを変えずに見る者の心を温かくしてくれるものだと微笑みながら感じる。それと同時に自身の妻との出会いを思い出し、懐かしくも愛しい記憶に思いを馳せながらチリに向かって頷いた。
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その後、アカデミー内の家庭科室にて時々四天王の1人が料理をしているとの噂が広まりそれを見に来る生徒が増え、結果的に家庭科を履修する生徒が増えたとかなんとか。
そして弁当を食べるソウを想像しながら料理をするチリを見て、そのイケメンながらも可憐な表情に多くの女生徒の性癖が歪められたそうな。ちなみにアカデミー内でそのような生徒は、チリを見るとまるでスリーパーにさいみんじゅつをかけられたように顔を赤くして倒れることから夢女子と呼ばれているらしい。
今更ながら、作者はゴリゴリの標準語話者なので関西弁があやふやです。ご了承ください。