TS転生者は最高に顔のいいヒーローになりたい 作:ソノアノ
改めて話をすると――私、海棠アノアは転生者である。
それも前世が男だったいわゆるTS転生者、ある時死んだと思ったら女の子に転生していた元男性である。正直、どうして死んだのかは覚えていないが、決してろくな理由ではなかっただろうと思う。
前世の私は、はっきり言ってどうしようもないくらい、生きている価値のない人間だったのだから。
いや、正確に言うと自分で自分のことを生きている価値があると私は思えなかったという話なのだけど。大学を出て、ブラック企業ではあるものの就職して、オタ活に没頭しながら日々の仕事のストレスを耐え抜く日々。
自分を恵まれていないとは思わなかったし、多分そこそこに人生というやつを送れている人間だったのだろうと思い返してみると感じる。
けれど、それだけだったのだ。それだけの人生に、それだけの自分。ネット上でチヤホヤされるようなスキルもなく、ただオタクコンテンツを消費する――どころか、半分くらいは積んで消費すらしていない体たらく。
大学まで出させてもらって、何不自由なく社会に出て、その程度で終わってしまった自分。
はっきり言って、そんな自分のどこを好きになれっていうんだ?
自分が死んだんだなと自覚したとき、私が覚えたのは安堵の感情だった。もうこれ以上、鬱屈とした人生を送らなくていい。上司に怒鳴られるストレスも、好きなコンテンツが荒らしに粘着されるストレスも感じなくていい。
そう考えると、これまで感じてきた肩の重荷がどっと外れる感じがしたのだ。まぁ、そもそもそれを自覚すること事態がおかしいとその後に気付いたのだけど。
思えば、前世は貧乏くじばかり引かされてきた人生だった。学生時代は掃除や片付けなどの面倒事を押し付けられ、社会人になればやりたくもないのに飲み会の幹事をいつの間にかやることになっていたりした。
転生したのだと自覚したとき、今度こそは自分の好きなように生きようと心に決めたものである。
――そんなとき、気づいた。鏡に映る自分の顔に。私が意識をはっきりさせたのは物心がつくのとほぼ同時で、鏡を見ればそこにはあどけない女児の姿が移っているのだ。
――――それを美しいと、私は思った。
リアルで女性と関わることに躊躇いが有り、アニメや漫画の美少女を推しといって憚らない前世の認識では、正直リアルの女性の顔の違いなんて殆ど見分けがつかなかった。
若い女性が化粧をすれば、概ね彼女たちは美人の部類に入るのではないかと適当に考えていたものだ。
そんな感覚の私が、明確に人を美しいと思ったのは、それが初めてのことだった。
私はこれが、私の転生における特典であると判断した。理由は色々とあるのだが、一言で説明できないのでここでは省く。
大事なのは私がチートじみた美貌を手に入れて女性として転生したということ。
なら、次に思うのはそのチートを利用して無双をするのかということだ。
転生した世界は現代日本に近い――というか、ヒーローが存在する以外はほぼ前世と変わらない文明レベルの世界。当然SNSや動画配信サイトで配信者などをすることもできる。
結論から言うと、それは不可能だった。
だって、怖いんだもの。自分の顔の良さを否定されることが。私はこれまでの人生で、多くの人間から注目された経験がない。悪意を向けられたこともない。
顔の良さを活かして生きようとすれば、多くの視線にさらされるだろう。その全てが良いものではないというのも想像に難くない。
だから、私は顔を隠して生きることにした。前髪を残し、眼鏡をかけて。私という個を殺し、極端に目立たないような服装を選び。
結局私は、前世と変わらない価値のない人間へと落ちた。
それでもただ一つだけ、前世と違うものがあった。
それが何か? それは――前世の私は私のことを何一つ好きになれなかった。でも、今の私は、
私の二度の人生で、初めてできた好きになれる自分。それが在るだけで、私の二度目の人生は少しだけ前向きなものになれた……きがした。
そうして大きくなって、ヒーローとヴィランが当たり前に存在する世界に慣れて。
そんなときだっただろうか――
――私の目の前に、マスコットのコットンが現れたのは。
私という転生者が、転生モノの舞台の上に引きずりあげられる時が来たのは。
+-+-+
この世界にはヒーローとヴィランが存在する、というのは既にこれまで何度も語った通り。
そもそもヒーローたちがどうして当たり前に存在するようになったのか。実はヒーローの存在が人々に知られるようになったのは比較的最近の話だ。
ちょうど私が生まれる少し前、今から二十年ほど前のことだった。
突如として私達一般人のお茶の間のテレビに、ヒーローとヴィランの戦いが映し出されたのである。ここでのポイントは二つ。
一つは、これがテレビ局の報道によるものではなかったということ。むしろテレビ局は最初、このヒーローの存在を否定する立場だった。この放送がされる以前から、時折世界のあちこちでヒーローの目撃情報はあったのだが、それらはニュース等で取り上げられることはなく、うまい具合に隠蔽されていたということだ。
もう一つは、
とにかく、隠蔽されていたヒーローは、ある時電波ジャックによってその存在が露見した。以来、政府やヒーローが所属する組織は表社会でもヒーローが受け入れられるよう尽力し、今のヒーローが当たり前に知られる社会が築かれていった。
今ではヒーローといえば、芸能人、スポーツ選手に続く、第三のテレビの有名人だ。多くのヒーローが有名企業からスポンサードを受け、CMに出現したり、テレビでバラエティに出現したりしている。
中にはアイドル活動や配信者になるヒーローまで現れて、思いの外ヒーローの存在は急速に社会へ受け入れられていった。
少なくとも、私が物心ついた頃――私が自分を転生者だと自覚した頃――には、ヒーローは社会の一部になっていた。まぁ、その頃は偏見も結構あったけど。
そんな世界で、コットンと出会ったのは今から一年ほど前、私が十五になる頃だ。
コットンは私に出会ってそうそうこう言ってきたのである。
『君は“最高のヒーローになる素質”がある。どうかな? その素質を開花させてヒーローになってみないかい?』
私はその問いに、疑問を挟むことなく端的に言いきった。
「
――と。
いやだって、考えて見てほしいのだけど、いきなり現れたマスコット。最高の素質を持つヒーローになれる。そして私は転生者。
どう考えても何か裏があるにきまってますやん。
っていうか白い四足歩行のマスコットとか存在自体がギルティやん。ワケガワカラナイヨってその口で言ってみろ、リアルQBに感動の余りありがとうございますってお礼を言うぞ。
でまぁ、そのコットンに対してなのだけど、私は正直悪い気はしなかった。意外に思うかもしれないが、そもそもヒーローとヴィランなんていう前世になかった存在が跋扈する世界に転生した時点で、それに何かしら巻き込まれることはもともと想定していた事態だ。
まさかここまでコッテコテの胡散臭いマスコットが声をかけてくるとは思わなかったけれど。
それでも私が踏み出せなかった理由。それはコットンが胡散臭かったというのもあるが、何より――
自分の顔を他人に晒すのと同様に、ヒーローとしての行動を他人に否定されることが。
なんとも自分勝手なことに、自分を否定されたくないからというエゴで、誰かを守るために戦うヒーローという存在から逃げようとしている。
なんて、ふざけた話。
だからきっと、それはある意味で当然の成り行きだったんだろう。因果応報、全てがあるべくしてあるがままに。コットンが目の前に現れた時点で――私がヒーローになることは、既に既定路線だったんだ。
+-+-+
「ヴィランだ!!!」
遠くから――聞こえる場所で声がする。
それは、ある意味絶望的なまでに、ヴィランが“近く”にいるということなんだから。ちょうど私とコットンがいる、人気のない公園からでも聞こえてくるくらいに近く。
普通、近くに出現したヴィランの存在を人々は“警報”で察知する。ヴィランが現れ、それを発見した住人が通報し、それに応じて警報が発令される。
その間は数分もかからない。だからその数分の間ヴィランの存在を知らなくたって、そうそう被害に巻き込まれることはない。
でも、声が聞こえる場合は例外だ。近くにヴィランがいるということ、下手をすれば自分も被害を被るかもしれないということ。それがこの世界の常識。
今、私はコットンから勧誘を受けていた。突如として現れた胡散臭いマスコット、明らかに黒幕だって感じのそいつの口ぶりを躱しながら、その場から逃げ出そうかと思っていた矢先。
――まるで計ったかのようにヴィランは現れた。
コットンいわく、私を今すぐにでもヒーローに変身させる力がコットンにはあるという。それは私の中の素質を目覚めさせ、ヒーローへと変化させるものだという。
だから私はヒーローに変身すれば、今すぐにでもヴィランのもとへ駆けつけることができる。そんな状況でヴィランが現れたということは――
そしてコットンは、待っていましたと言わんばかりに口を開く。
「おや、これはまずい。近くにヒーローの気配はしないから、ヒーローが出動してくるまでに誰かが怪我をしてしまうかもしれないね。さぁアノア、君はどうす――」
それに、私は。
「コットン、今すぐ私をヒーローにしてください」
「ふぅん?」
コットンが怪訝な顔をする。先程まであれほど嫌がっていた私が、突然心変わりをしたのだから当然だ。
「アレほど僕を怪しいと言っていたのに? ヒーローになるのが怖いと言っていたのに? 一体どういう心変わりだい? アノア」
「心変わりなんてしてません。私はたしかにヒーローになるのが怖い。貴方が何を企んでいるのかわからない。でもそんな事……」
……ああ、自分でも何を言っているんだろうと思う。
そんなこと、心にもないこと口にしなければいいのに、と。
――昔から、そうだった。
「
どれだけ自分が嫌だと思っても、どれだけそれを避けようと思っても。
私がその場で動くことが一番の正解なのだと解ってしまうから、思ってしまうから。
「――いいね。君は行動することを恐れるからこそ、そうも言っていられない状況で動かざるを得ないことを知っている」
別にそんなだいそれた話ではなく、ただ単純に……
「貧乏くじを引きやすいだけですよ、私は」
「でも、動くと決めたのは君自身だ。今まさに、君はヒーローになろうとしている」
コットンの手……正確に言うと前足から光が溢れる。それを私に触れさせると、変化は起きた。
「……仮に」
「はい?」
衣服は光を帯びてドレスのように変化して、髪も白銀へと染まっていく。そんな中、ポツリとコットンはつぶやいて、
「君の言う通り、僕が悪いマスコットで、君を騙していたとしたらどうする?」
「その時は」
やがて、変化を終えた私は自分の姿と――それから自分の中で溢れ出る“力”を感じていた。それは私のヒーローとしての特殊能力と言えるだろう。
それを実感しながら、コットンに返す。
「私が責任を取って貴方を止めます」
その言葉に、コットンはどこか嬉しそうに笑みをうかべた――ような気がした。
「さぁ、君の名前を教えてくれ、ヒーロー」
「私の、名前」
湧き上がる力に、名前を込める。
私が誰であるかを明確にする。
ヒーローとしての名前ということだ。アノアではない、変身した“誰か”の名前。
「――ノア。プリズム・ノア」
「いい名前だ! 行こうノア、君はこれから、最高の――」
うなずく。そうだ、コットンは言っていた。私には素質があると。
そう――
「私は――最高に顔のいいヒーローになる!」
「――ヒーローになるために。……えっ?」
そういって、決意を秘めた顔で私は飛び出す。
これから始まる、最高に顔のいいヒーロー、プリズム・ノアの活躍に思いを馳せながら――
「え、ちょ、まっ……ええー?」
置いていかれたコットンは、困惑したままその場に浮かぶことしかできなかった。
自分のためにしか行動しない代わりに自分がやると決めたら他人を理由に絶対投げ出さない系ヒーロー。
世界と個人を天秤にかけて両方答えるタイプです。