TS転生者は最高に顔のいいヒーローになりたい   作:ソノアノ

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増える顔のいいヒーロー。

 人里離れた山間部に、そのヴィランが現れたのは午後の気怠いタイミングであった。

 通常であれば、人のいない場所に出現したヴィランは発見が遅れる。とはいえこれは悪いことかといえばそうではなく、人がいないのであれば人命は失われない。それ以外の物は復旧が比較的容易だ。

 

 問題はそのヴィランが、()()()()()()()であったということ。

 

 全長は数十メートルを優に超える人型のヴィラン。顔はフランケンシュタインのようなツギハギだらけの粗雑なものだが、その巨体自体が驚異を感じさせるには十分である。

 

 ヴィランが出現してから十分もすると、ヒーローたちが現場に到着してきた。これほどの巨体だ、驚異とみなしたヒーロー組織は多く、数名のヒーローがおっとり刀で駆けつけることとなる。

 対してヴィランは、現れたヒーローにこう叫んだ。

 

『俺はハイド製薬の最高傑作ヴィラン、ビッグァー様だ! これよりお前らヒーローを殲滅し、ハイド製薬が世界を手にする!!』

 

 対するヒーローたちも自身の名を名乗り戦闘を開始する。()()()()()()時点でヒーローたちの警戒度は高まっており、油断はなかった。

 しかし、手加減なく放たれた一撃にビッグァーはびくともせず、ヒーローたちに動揺が広がる。

 

『どうしたどうした!? 俺の巨体はお前らの攻撃などものともしないぞ!』

 

 その言葉に、ヒーロー達は視線を交わした。

 

「まさか、上級クラスのヴィラン? 君たちに対応手段はあるか?」

「……難しいです。中級という時点で私は殆どお荷物みたいなものですし」

 

 上級。中級。

 それはヒーローとヴィランの強さを表す指標だ。ヒーローたちはその強さを等級によって区分され、上級、中級、下級に分けられる。

 ヒーローたちの区分の基準は単純だ。政府によって審査され、公的に決定されるという仕組み。ヒーローの存在が公にされているからこそできる基準といえる。

 逆にヴィランの区分はかなり曖昧だ。上級と中級は一般的に強さ以外の基準はなく、戦闘中に区分が変動することすらある。一応、下級にのみ明確な基準があり、「ヴィランになった際理性を失い会話ができなくなる」タイプのヴィランは下級に分類される。

 

 ビッグァーは会話が可能な時点で中級は確定。中級ヒーローの攻撃を受けてもびくともしない場合、最悪上級認定すらあるという状況。

 上級ヴィランの出現は稀だ。理由は単純に、それを製造するコストが莫大で倒された時のリスクをヴィラン組織が負いたくないから。

 

 ――動揺が広がる戦場。しかし、吉報は届けられた。

 

「……安心してくれ皆。現在この場に――()()ヒーローが救援に向かっている」

「まさか……フレアマフラー!? お会いできるんですか?」

「ああ……! 彼女がたどり着くまで、我々がこの場にヴィランを押し留めるぞ!」

 

 例外。

 何事にも例外というものは存在し、この場合における例外は、“特級”と呼ばれる区分。その名前が戦場に広がったことで、ヒーローたちは嬉しそうに言葉を交わす。

 つまり特級とは、ヒーローとヴィランにおける最上級の区分。上級の上に設けられた、例外を表す等級だった。

 

 ヒーロー達の士気が高まる中、ヴィランは不気味に笑みを浮かべる。

 

『特級ヒーロー、特級ヒーローか、いいぞ、かかってこい。俺は最高傑作だからなぁあ!』

 

 ヒーロー達の攻撃を受け止めながら、ビッグァーが叫ぶ。

 ――そして、そんな戦場を見つめる影が一つ。

 ……つまり、私、プリズム・ノアは戦闘に加わることなく、それを地上から観察しながら少し別のことをしていた。

 

 

 +-+-+

 

 

 ヒーローというのは十把一絡げ。

 ヴィランというのは魑魅魍魎。

 

 要するにそれぞれに色々と種類があるということ。ヒーローの種類はいくつかに分類される。

 顔を隠した仮面(マスクド)タイプ。

 複数人で行動する戦隊(スクアッド)タイプ。

 少女的な服装を身にまとう魔法少女(ウィッチ)タイプ・

 主な種類はこの三つ、顔を隠していなかったり、ロボットのようなものを操縦するタイプもいるけれど基本はこれで説明できる。

 

 私、プリズム・ノアは言うまでもなく魔法少女タイプ。顔は隠していないが、容姿は髪色から何から変化しているため正体がバレることはない。

 総じてヒーローに言えることは、「変身時に正体がバレない」ということだ。

 元は社会の裏側でひっそり戦っていたこともあって、正体バレというのはヒーローにとって死活問題。たとえ顔が見えていても、元の顔とは全然違う顔つきになったり、そもそも特殊なステルス迷彩みたいなもので、認識阻害に近い効果を発揮させたり。

 

 そしてヒーローにはそれぞれ固有の能力というものが備わっている。炎を操ったり、すごい性能の剣を振り回したり。

 じゃあ私の場合は何かというと、少し説明が難しい。

 まず第一に、私にはほかのヒーローとは明確に違う点が一つ、存在するのだ。

 

 それは――()()()()()()()()()()()()()()使()()()ということ。

 

 ほかのヒーローは、変身しないと能力が使えない。

 

 あの黒幕マスコットことコットンは、一体どういうからくりを使ったのか私に不思議なマジカルパワーを付与した。イヤほんと、一体何なんだあのマスコット。他の人には見えないし、常時空中浮遊してるし、私がエゴサしてるとお小言飛んでくるし。

 保護者かな? 常時共働きで家にいない現世の両親よりは保護者をしているのは間違いない。

 

 まぁ、何が言いたいかといえば単純で。

 私はほかのヒーローと比べると、少しずるい。転生者特有のチートといえばそれまでだが、とにかく私はほかのヒーローとは違うことができる……ということだ。

 

 そして今は――

 

『あのヴィラン、やはり攻撃が効いてない』

『君のよみ通り、というわけだ』

 

 山間部に出現したヴィランを、別の小高い山の頂上からヒーローの視力を持って観察する私と、それに受け答えするコットン。

 私達は戦場を外から観察している。

 いや、サボっているわけではなく、これも必要なことでして。

 

『あのヴィラン、()()()()()()()()()()()()()。攻撃してるヒーローたちも気付いてるみたいだけど、アレはただのハリボテ』

 

 巨大怪人ビッグァー、名前の通りの巨体を誇るヴィランだけれども、実際にはその巨体はこれっぽっちも動きを見せない。ただ攻撃を受け止めて笑っているだけ。

 そう、ハリボテとはまさにその事。アレは動いていないのではなく、動けないのである。

 

 その事に気付いたヒーロー達は、特級ヒーロー“フレアマフラー”の登場を待つことなく、事態の解決に向けて動き出していた

 

『数人のヒーローがこの場を離脱したね。どれも下級の……ビッグァーだったか? 彼に有効打を持たないヒーローだ』

『もしもアレがハリボテだった場合、警戒されるのはアレが陽動であるということ』

 

 陽動、囮としてあのヴィランが運用されている可能性。ヒーローたちが一番に警戒しなくてはいけないのがコレだ。なにせアレ程の巨体。無視できないがために複数のヒーローがこの山間部に集う。そうなったら、どこかしらの警備が手薄になるのも当然だ。

 そこを狙って本命のヴィランが暗躍する……ありそうなシナリオである。

 

『ただ――君はそうではないと考えた。そうだろう、ノア』

 

 うなずく。

 それは私がそう考えたというのもあるけれど、何よりもしアレがハリボテでなかった場合――解決に最も向いている能力を持つヒーローが私だから、という理由もある。

 今はこうして、山の上から戦場を観察しながら、あるものを私は能力で捜索していた。

 

 そして――

 

 

『……見つけた。ヴィランの本体』

 

 

 私は、お目当てのものを、一歩もこの場から動くことなく見つけ出したのである。

 

 

 +-+-+

 

 

 男には何もなかった。

 幼い頃から影の薄く、得意といえるもののなかった男は成長し、就職し、そして失敗した。病気で会社を辞めた後は自堕落な生活を続け、やがて闇金に手を出して――気がつけばヴィランに改造されていた。

 そんな、ダメ人間の末路に相応しい人生を送った男は今、幸福の絶頂にいた。

 

 ――あのヒーロー共が、俺に翻弄されて対応に戸惑っている!

 

 巨大怪人“ビッグァー”。彼は己の人生で初めて、光の当たる人間を振り回しているという事実に歓喜していた。日陰者だった自分が、自分を心のなかで見下していた連中をまとめておもちゃにしている。これほど素晴らしいことがこの世にあるのか?

 偏見と悪意に満ちた意思がそう囁く。

 

 しかし、その絶頂期も長くは続かなかった。

 

 

「――見つけましたよ、ヴィラン」

 

 

 立っていたのは、白銀の美少女だった。白を基調としたドレスに身を包み、はっきりとした目鼻立ちは彼女の美貌を際立たせながらも、どこか幼さを感じさせる。美人と美少女の境目に立つ少女。

 ビッグァーの人生において、生身では一度も見たことのないような、眼を見張るほど顔のいい少女がそこにいた。

 

 ビッグァーは思わず叫びそうになったのをこらえたことを、自分のことながら褒めたくなった。

 もし叫べば、ヒーローたちと戦っている自身の能力――“ハリボテ巨人”と名付けられたそれから、驚愕の叫び声が轟いてしまう。

 

「はじめまして、私はノア。――プリズム・ノア。驚いているようですね? なぜここがわかったのか、と」

 

 思わず、ビッグァーは頷いてしまう。声以外を伝えないハリボテ巨人にその動作は伝わらないので問題はないが、それでも迂闊だったとすぐに思った。

 

「まず……ほかのヒーローの方々は貴方を陽動だと判断したようですが、私は()()()()()()()()と判断しました」

 

 陽動。

 それはたしかにビッグァーがこの場に現れた目的の一つだ。ビッグァーを改造した組織――ハイド製薬からはこの場に現れ、ヒーローを挑発し、ヒーローたちを足止めしろという命令“も”受けている。

 

「理由は貴方の言動です。貴方は言った、“自分は最高傑作のヴィラン”だと。おかしいですね? 巨大になったまま身動きの取れない――ハリボテでしかない貴方が最高傑作などと」

 

 ――その瞬間。ビッグァーは叫んでいた。

 

「ふざけるな! 俺は最高傑作だ! この世界の歴史を塗り替えるヴィランになるんだよ!」

 

 それは、当然ハリボテの巨大ビッグァーにも伝わる。

 ――しまったと思った時には、もう遅かった。

 

「……どうやら、推測は大当たりだったみたいです。貴方()()()ですね?」

 

 ――――図星を突かれた。

 ビッグァーが一瞬見せた表情は、それを朗々と語っていた。

 

 ノアは訥々と答え合わせを始める。

 

 そもそもビッグァーは、“巨大ヴィランの試作品”として制作された。

 現在、この世界に存在するヴィランはその体長が概ね高くても10メートル程度と、ある意味小さい。これは単純にヴィラン組織に巨大ヴィランを製造、運用する技術がいまだ存在していないということ。

 もちろん、ヴィラン組織は巨大ヴィランの開発と研究を常に行っている。街一つを容易に破壊するヴィランというのは、製造のコストは莫大だが見返りも彼らにとっては非常に大きい。

 

 そうして開発された試作品の一つがビッグァーだ。

 ビッグァーは、自身の体を拡大、“投影”する能力が備わっている。それはヴィランの体を巨大に見せる能力こそあるものの、実体はなく、身動きを取ることもままならない。

 

 そこまでがヴィラン組織“ハイド製薬”の限界だったということ。だが、この巨体事態は有効に使うことができる。ヒーローの陽動はその最もたるものだがもう一つ。

 

「貴方自身が逃げおおせれば、ハリボテのカラクリは露見しない。再利用ができますね? そうすれば、別のヴィラン組織がその技術に興味を持つかもしれない。つまりこれは――デモンストレーションだったわけです」

「……っ!」

 

 そう、ハイド製薬は現場にこのハリボテを投入することで、自身の技術のデモンストレーションを行った。ハリボテによる陽動という効果。そして巨大化技術の披露。この二つによって、ハイド製薬は別の組織から“技術提供”を受けようとしていたのだ。

 

「くそ、撤退だ!」

 

 思わず叫んでいたが、もうかまわない。ビッグァーは本体である自分がヒーローに発見された時点で逃走するよう指示されていた。もう、ハリボテを投影する必要もない。

 

 プリズム・ノア。名前は知っている、少し前から活動する新進気鋭のヒーロー。とにかく顔がいいと評判で、若手でありながら、一気に知名度を獲得しているという話題のヒーロー。

 ――自分とは正反対の、“持っている”人間。

 

 こんなヤツに、自分の未来を閉ざされるなど、あってはならない。

 

「俺は……俺は最高傑作なんだ! 最高傑作になるんだよ!!」

 

 一瞬で飛び出し、ヴィランの身体能力で逃げ出す。仮にも中級レベルの改造をされた自身の身体能力は、そこらのヒーローなど置き去りにしてしまうほどのものだ。

 不意を漬けば、この山の中、そうそう追いつくことはできない。

 

 

「そこまで」

 

 

 ――はずだった。

 

 ノアが、そこにいた。

 彼女がやってきた方向とは正反対の方向に全速力で逃げたはずのビッグァーの目の前に。

 

「なっ、あっ――」

「……貴方が“ハリボテ”であると見抜いた理由。実はもう一つあるんです」

 

 手には、剣。水晶のごとくきらめく剣。

 ――ビッグァーは、反撃する暇も与えられなかった。

 

 

「その“顔”は、どう考えても最高傑作に与えられる顔じゃないですから」

 

 

 一突き。

 中級のヴィランであるはずのビッグァーの体を、ノアはただそれだけで、完全に動けなくさせてしまった――

 

 

 +-+-+

 

 

 分身。

 それが私の能力だ。

 ある意味、自分の鏡をみているような、光を反射(プリズム)させているかのような能力。私がヴィランのカラクリに気付いた理由は色々あるけれど、ぶっちゃけ能力が似たようなものだったというのもある。

 

 ただ、違いはその分身に実体があるということ。

 私は、私と寸分違わない分身を作ることができる、それも複数。

 ほかにもその分身を、好きな形に変えることも可能だ。あの水晶の剣、実はアレも私なのである。

 

 水晶私(クリスタル・ノア)、ううんキラキラしていて美しい。

 人前で技名を言う時は、クリスタル・ノアとだけ名乗るよ!

 

 とまぁそんなわけでヴィランのからくりに気付いた私は、野山を分身の人海戦術で駆け回り、本体を見つけるに至ったというわけだ。

 

 ――自身を最高傑作と名乗るヴィラン、ビッグァー。

 きっと、ヴィランに改造された彼は、本当に彼の人生において“最高の瞬間”を迎えていたんだろう。屈折した人生を送り、最後にはヴィランに改造されてしまうこの世界の人間は多い。

 

 ある意味で、私と彼はそう違わない。少なくとも、前世の自分のことを何一つ好きになれなかった私なら、ヴィランになっていてもおかしくはないんだから。

 そう思って、私は自分の顔を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 ――あ、この角度の私、かわいい。




他には最高傑作の割に名前が雑、などの理由によりヴィランの正体を見破っています。

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