TS転生者は最高に顔のいいヒーローになりたい 作:ソノアノ
我ながら不純な理由でヒーローをしている私、海棠アノアはヒーローをする上で常に気をつけていることがある。
それは「外面」をよくすることだ。
上辺、体裁、ほかにも言い方は何でもあるが、最高に顔のいいヒーローなら当然外面という言い方が最適だろう。
昨今――前世と同じように――インターネットやSNSが発達してくると、ヒーローの炎上が問題になることが多くなってきた。
炎上の理由は二つ、「言動」と「救助が間に合わない」。この二つだ。
前者が燃えるのはまぁヒーローには限らないし、燃えた側に責任があるが後者の場合はヒーロー本人が悪くないのだから少しばかり可愛そうだ。
ヴィランが出現した際、万が一そのヴィランが一般人に危害を加えた場合――最悪それで死者が出てしまった場合――責められるのは駆けつけたヒーローだ。
特に、その状況で一番に駆けつけたヒーローは槍玉に挙げられやすい。
間に合わなかったのだからヒーローにも責任はあるという論もあるが、それならば一番速くその場に駆けつけることのできたヒーローが責められるのはお門違い。そうでない場合はそもそも一般人を傷つけたヴィランが一番悪いはずなのに、だ。
事件と関係のない一般市民なんてそんなもの、と言ってしまえばそれまでだが私は他のヒーローと違って誰かのためにヒーローをしていないから、そういうところを責められると痛い。
なので、可能な限り現場には即座に駆けつけるようにしている。
どうやってかといえば、私の能力は「変身しなくても使える分身能力」。つまり街のあちこちに分身の私を配置するのである。
それ目立つんじゃない? と思うかもしれないが、私の分身は私の思うように姿を変えられる。透明になってしまえば見つかることはない、不思議パワーで透明になっているから監視カメラにも引っかからないので便利だ。
そしてヴィランが出現した際は一番近くの分身を向かわせ、そのヴィランを討伐する。
我ながら便利な能力だ。ちなみに分身からの発声は念話の要領で本体から言葉を送信する感じで行っている。他にも細かい動作は、本体の私が集中して意識し操作しないといけないのでヴィランが強すぎると少し苦しい。
ともかく、そうやって可能な限り現場に速く到着することで被害を最小限に留めることで私は外面を良くしようとしているわけだ。
今現在出すことのできる分身の総数では、自分が暮らす街をカバーするので精一杯なので、能力を成長させて何れは世界全土を私の分身で満たしたい。
これは単純に外面の良さを極めるだけでなく、世界中に顔のいい私がいれば世界はもっと幸福になるだろうという崇高な考えあってのこと。
ああ、早くその時がくればいいのに。
そういえばもう一つの外面、言動についてだけど。
プリズム・ノアはSNSのアカウントや動画サイトのアカウントをいまのところ保有していない。だから炎上するような言動をする余地がないのだ。
これには色々と理由があるのだけど――私は
……配信とかをするスペースがないんだよね。自宅だと両親にバレる可能性もあるし、どうしたものかなぁこれは。
+-+-+
『プリズム・ノアまたまたお手柄! 中級ヴィラン“ビッグァー”の野望を阻止!』
夜のオフィスに、パソコンの明かりだけが灯っている。もう既に終業したはずのそこで一人の女性がけだるげに作業を続けていた。
そんな彼女のパソコンモニターには、昨日起きたヴィラン事件に関する記事が映っていた。
プリズム・ノア。
ここ最近頭角を現してきた新進気鋭のヒーロー。
魔法少女タイプのヒーローは見た目のいい可愛らしい少女がなることが多いが、ノアはその中でも輪をかけて顔がいい。リアルの公開されていないタイプのヒーローだが、果たしてその正体はどれほどの美貌を有しているのか。
――しかし、ノアは顔のいいヒーローだが、そんな顔の良さなど霞んでしまうくらい、ヒーロー達の間ではノアは
それを端的に言い表すなら、
そう評する他になかった。
なぜなら――と、女性がノアの活躍記事を見ながら考えていたところ、不意に落とされていたはずの照明に明かりが灯る。
「しつれいしまーす……ってうわぁ!」
小声でぼそりとつぶやきながら入ってきたのは、十六ほどの少女である。栗色の髪をポニーテールにまとめた、ジャージ姿の少女だ。
ラフな格好であるが、快活さと同時に溢れ出る陽の気を纏う少女である。
「アコネさん、まだお仕事してたんですか!?」
「……そういうクレアこそ、今何時だと思っているの?」
クレア。
奈良田クレア。それが彼女の名前である。アコネと呼ばれた女性は手元にあった飲水を軽く呷りつつ、こっそりと入ってきたクレアの方に剣呑な視線を向ける。
「いやーははは、忘れ物しちゃって……」
「……解ってるわよ、ただよりにもよって
「ごめんなさぁい」
気恥ずかしそうにそう言って、クレアはアコネが手にしていたブレスレットの前までパタパタと駆け寄って手を差し出すと、アコネはまったくもうと嘆息しながらその手にブレスレットを手渡す。
それは、なんというべきか、“鍵を差し込む穴”の空いたブレスレットだった。
「エンジンキーは失くしてないでしょうね」
「それはもちろん! アタシの魂なんですから!」
「ブレスレットだって魂でしょうに……」
もう一度ため息。色々と言いたいことはあるが、クレアの天真爛漫な笑みをうかべているとアコネは何も言えなくなってしまう。
「アコネさんは何をしてたんですか?」
「残ってた仕事の片付け……はほぼ終わったから、ちょっと息抜きにね」
「息抜きでヒーローの活躍ニュースを見るのは職業病ですよぉ。……あっ! プリズム・ノアちゃん!」
後ろから、クレアはアコネのパソコン画面を覗き込む。
映っているプリズム・ノアに反応して、彼女は目を輝かせた後。
「最近話題の、ちょっと
そう、ノアを指さして言った。
「ちょっと?」
「まぁ、ちょっとじゃないですか?」
「……そう、いいけど」
――言うまでも無いが、アコネとクレアはヒーロー関係者だ。
そして、ヒーロー関係者の中でもプリズム・ノアは話題の人物である。
「世間じゃ、顔がいいだの、仕事が早いだの言われているけれど、彼女は絶対にどうかしているわ」
加えて言えば、大衆とヒーロー関係者ではノアに対する印象が異なるのだ。
世間ではノアのことを好意的に見ている者が多い。というのも、彼女の現場到着スピードはあらゆるヒーローとくらべてずば抜けて早い。ノアの「外面作戦」は少なくとも一般人相手には有効に機能していると言えるだろう。
ただ、ヒーロー関係者にとってはそうではない。
「あれ、どうやってるんですかね? 普通ヒーローって組織の許可がないと変身できないのに」
「……一応、理論上は可能よ」
ヒーローは組織の許可がなければ変身できない。
ヒーロー組織の鉄則だ。何故かといえば、ヒーローの力は個人が所有するにはあまりにも強大な力である。特に上級のヒーローともなれば最悪街一つを吹き飛ばす規模の攻撃を行うことだって不可能ではない。
だからそれを日常的に使えないよう、基本的にヒーローの変身は所属する組織の許可が必要になる。だから、ヴィランが出現した時、どうしてもヒーローは初動の対応が遅れるのだ。
なお、こうなった経緯には、ヒーローが勝手に変身して問題を起こした事件以外にも、「一般人の避難意識が高まり、初動の対応が多少遅れても死者が出ることがなくなった」などの理由があるが、ここでは割愛する。
大事なのは、アコネの言う“理論上は可能”の部分だ。
「組織の許可はヒーローの鉄則だけど、例外だってある。ヒーローがヴィラン出現の現場に居合わせた場合ね」
「そういう時、ヒーローがいるのに出てかないとか、その方がイメージ悪いですもんね」
ヴィランが目の前にいる。ヒーローである自分がその現場に居合わせている、そんな状況で、規則を理由に変身して市民を守らないのはヒーロー失格だ。だから、そういう時は現場の判断で変身し、ヒーローと戦うことが許可されているのである。、
だから、とアコネは続けた。
「ノアはその例外を使ってる。常にヴィラン出現の現場に居合わせてるのよ」
――この“例外”についてはもちろんノアも理解している。
ノアが街中に放っている分身は、変身前の海棠アノアの姿をしている。これをヴィラン出現時は変化――変身させて現場に急行しているわけだから、理屈の上では規則の例外という規則に従って行動しているわけだ。
ただ、
「ノアちゃん、
それは、ノアが「変身していなくても能力を使える」という前提を無視した場合の話。
この世界の前提として、最も重要な大前提として、ある事実が存在する。
ヒーローの能力はその全てが科学によって作られた
だから普通のヒーローは、変身していなければ常人と変わらない能力しか持たないのである。ノアだけが、変身せずとも能力を使える特別な存在、というわけだ。
なのでもしそのことが露見すれば、ノアが例外を利用してヴィランを退治していたことは問題視される可能性はある。これはノア自身も理解している。だが――
「……何にせよ、これだけのヴィラン討伐の実績があれば、そのカラクリなんて誤差もいいところよ」
――実績。ノアのヴィラン討伐はその頻度があまりにも他のヒーローとくらべてずば抜けている。その点を考慮すれば、多少の“ズル”は許容されるだろう。
「どちらにせよ言えること。ノアは例外を利用してヴィランを退治している。これはノアにそれが可能だからというだけじゃない」
「ノアちゃんは、
「これまで例がなかったわけじゃないし、別に禁止もされてないけれどね。個人でこれだけの量の事件を解決してる。それはやっぱり問題よ」
現代のヒーローは、組織に所属することが普通だ。
個人でのヒーロー活動は非常に困難を伴う。事務処理をしてくれるバックアップがいないのもそうだが、何より組織の許可が必要な変身が不可能。だから現場に駆けつけた状態でしか変身ができないし、他にも公的機関への申請などやることがとにかく多い。年末調整とか。
これまで、過去に個人のヒーローがいなかったわけではない。個人の突然変異の天才が突如としてヒーローに変身できるアイテムを開発し、ヒーロー活動をした例はいくつかある。だが、その多くはこういった制度の問題ですぐに企業所属になった。
だからここまで、アコネは剣呑な雰囲気で話を進めてきたが、決して彼女はノアを悪く思っているわけではない。
「
心配。
それが答えだ。世間の人々は、ヒーロー関係者まで含めてノアが「分身」できるということを知らない。ヒーローが自分の能力を隠すのは普通のことだからだ。
だから、端から見ればノアは
「……自己犠牲、よね」
ともすれば、それが滅私の奉公に見えてしまうほどに。
「…………アタシ、ノアちゃんと友達になりたいです」
少しだけ顔を伏せていたクレアが、決意を秘めた顔でそういった。
「アタシ、この前もノアちゃんが頑張ってくれたのに、現場に間に合わなくって。こんなんじゃだめですよね、だってアタシは……」
「もう、言ってもしょうがないじゃない、色々制約が多いんだから。だって貴方は……」
「んー、わかってますってば! もっと頑張るっていう決意表明ですよ! ノアちゃんにこれ以上無茶はさせられない。だってアタシは――」
クレアは懐から、車の鍵のようなものを取り出してアコネに見せると、笑顔をうかべたままそれをブレスレットに重ねるようにして、
「スタート!」
掛け声と共にポーズを取る。
変身はしない、あくまでそうするポーズを取っただけ。
だというのに堂に入ったその姿は、とても手慣れていて――
「――アタシは特級ヒーロー。“フレアマフラー”なんですから」
そして何よりも、自信に満ちていた。
――新進気鋭のヒーロー、プリズム・ノア。
その正体は、自身の顔の良さに絶対の自信を誇る少女、海棠アノア。
そして、特級ヒーロー、フレアマフラー。
特級とは、上級の上に位置する最強を意味するヒーローの称号。
その正体は、快活にしてヒーローを体現したかのような栗色の髪の少女。
奈良田クレア。
夜も更け、アノアは明かりを落とした部屋で自身のエゴサをしている。クレアは忘れ物を回収して帰路につく。どちらも、学校指定のジャージを身にまとっていた。
まるで運命の神がそうしたかのような采配で、二人の道は何れ交わる宿命にあった。
最初のアノアの解説は夜にベッドの上でエゴサしながらというイメージをするとわかりやすい最後の描写。
配信とかはそのうちやりますが、まずはその環境を作るところからといった状態です。
早くやりたいですね。