「お前が女子だったら好きになっていた」といったら本当に女子だった件 作:タン塩レモンティー
梅雨の季節。今は雨こそ降っていないが、それでも身体に纏わりつくような暑さがあり、飲食店の壁に貼られている『冷やし中華始めました』というチラシが夏の到来を予感させていく。
だが、そんなひと時も終わりを告げた。
「急に降り出したな……」
「そうだね。傘、持ってきてないや」
授業での小テストが終わって教室を出ると、窓の外に見えるのは土砂降りの雨だった。今日は朝から雨が降るという予報だったが、せいぜい小雨程度と耳にしていた。
そのためか、俺の隣にいる友人である陽川は傘すら持ってきていない様子だった。
「折り畳み傘も持ってきてないのか?」
「うんー、荷物になっちゃうのが嫌で、あんまり持ち歩かないんだ」
「そうなのか」
そんな会話をしつつ、大学構内を一歩出てみる。
外に出た瞬間、雨が地面を打つ音で耳がいっぱいいっぱいになった。二人の声量もそれに負けないよう、自然と大きくなる。
「どうすんのこれ?」
「……ちょっと調べてみる」
スマホをいじって十数秒、陽川は声を漏らした。
「やっぱ止まってる……」
「まあだろうな、この雨じゃ流石にな」
「ど、どうしよ……だい君」
困った顔で俺を見つめてくる陽川。ちなみにだい君ってのは、俺の名前の大樹から由来している。おもむろに頭をぽりぽり掻きながら、あたりを見回してみる。
周囲にいる人たちもこの雨のせいで遅延の影響を受けているのか、その会話の内容までは聞こえないが、焦りや苛立ちなどがその表情から想像できた。
中には一度外に出たにもかかわらず、また大学構内に戻っていく人の姿も見受けられる。雨が止むまで、大学内で雨宿りしていくつもりなのだろう。
彼らの様子を見て、陽川が呟く。
「雨止むまで待つしかないかな?」
「ああ、……あ、俺ん家来る?」
「え?」
一人暮らしをしている俺は、この大学から程近いところに家がある。徒歩圏内なので、電車が止まっていても問題なく帰れる。
「大学のすぐ近くに住んでんだよ」
「あ、そうなんだ」
「おう、だから電車が動くまで俺ん家いろよ。最悪泊まってもいいしな」
「……いいの?」
「全然いいよ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
「おっけー、じゃあ行こう」
そう言って俺は手に持つ傘をさして歩き出す。4、5歩水が溜まった地面を歩いたところで、陽川がついてきていないことに気づいた。
振り向くと、陽川が何か言いたげな顔をしていた。
「ああそっか、傘持ってないんだったな」
俺は引き返して陽川の元に戻ると、傘を陽川に近づける。
「ほれ、早く入れ」
「ごめん……ありがとう」
照れ臭そうに笑うと、陽川は遠慮がちに傘へと入った。
◇
「わ……びしょびしょだ……」
俺の住むアパートの一室についてすぐ、びしょ濡れになった自分の服を見ながら陽川が言った。
「全然寄らねえ陽川が悪いんだろ」
傘は俺が持つ一本しかなかったから、二人してそれに入っていたわけだが、遠慮するかのように全然体を寄せて来なかったので、お陰で陽川は右肩から腕にかけてがずぶ濡れになっていた。
「だってぇ……」
「だって、なんだよ」
聞くと、陽川はふいっと目を逸らした。
「な、なんでもない……」
「……まあいいや、そのままいたら風邪ひくぞ」
「うん、でも着替えとかないし」
「俺ので良ければ貸してやるよ。サイズが合わないかもしんないけど、まあ大きい分には問題ないだろ」
棚から適当な服を見繕うと、それを陽川に向かって放り投げた。
「それ着ていいよ。ちゃんと洗濯してあるから」
「あ、うん……ありがとう……」
陽川は服を受け取るが、着替え始めるでもなく、もじもじと所在なげに体をくねらせている。
「どした?着替えないのか?」
「え、えと……洗面所で着替えてもいい?」
「なんで?」
「ここで着替えるの、恥ずかしいから……」
恥ずかしい?男同士なのに?と疑問に思ったが、まあ同性でも下着やらなんやらを見られるのに恥ずかしさを抱くのは別に不思議なことではないか、と納得すると、俺は洗面所のある方を指さした。
「いいけど……そこな」
「ありがとう」
言ってそそくさと洗面所に入り扉を閉めると、3分ほどで出てきた。
「やっぱ結構大きいね、ぶかぶかだ」
陽川は男にしてはかなり小柄だ。
俺が大きいと言うわけではないが、陽川の小柄さも相まって、もはや小さな子供が大人の服を着ているかのような感じになっていた。
陽川は着ているスウェットの裾をぎゅっと握り込み、なんだか気恥ずかしそうに明後日の方向へと視線をやる。
「陽川チビだもんな」
「チビじゃないし……」
俺の一言に、陽川がむーっと頬を膨らませた。
いやチビだろうと内心思うが、これ以上言って怒らせるのもなんだしと、話を切り替えることに。
「適当にそこらへん座れよ」
「うん」
6畳ほどの広さがある居間の真ん中、低めのテーブルが置かれているその周囲に敷かれたクッションを指さした。
陽川はそのうちの一つにストンと腰を落とす。
それからふうと息を吐くと、陽川は長めの前髪をいじりながら口を開いた。
「……なんか、人の家来るのって初めてだから、どきどきする」
「そうなのか、まあ、俺も人のこと家に招待すんのとか初めてだな」
「へ、へぇ……そう、なんだ……」
普段二人でいる時も、別に全く沈黙の時間が流れないってわけじゃない。
二人とも、元々あまり発言数が多い方ではないのだ。しかし、今までそういった沈黙の時間が苦痛だと思うことはなかった。
ただ、今はいつもより居心地が悪い。それは陽川も同じなのか、きょろきょろと周囲を見渡してはぽりぽり頬を掻いていた。
俺はその沈黙を破るようにリモコンに手を伸ばすと、テレビをつけた。
つけた番組はニュース番組。ちょうど、この豪雨についてのタイムリーな話題について報道していた。
「まだしばらく止みそうにないな」
「そうだね、ていうかさ……」
陽川はそこで言葉を区切る。
ん?と思いテレビから目を離し陽川に視線をやると、陽川は俺の部屋をじろーっと一周見やっていた。
「だい君。部屋汚すぎ」
「え、そうか?」
言われて俺も部屋を見渡す。
通販で頼んだ荷物の箱はそのまんまだし、そこらじゅうに大学の教科書や飲み干したペットボトルは散らばってるし、服も何着かほったらかしになっている。とてもじゃないが、綺麗とは程遠いのは間違いない。
それを見かねた陽川が立ち上がる。
「片付け手伝ってあげるよ」
「え、いいよ別に……」
「いいからいいから、こういう機会じゃないと片付けしないでしょ?」
「まあ、そりゃそうだけど」
部屋の片付けが始まった。正直めんどくさいなーと思いつつも、陽川の厚意を無駄にしないよう、俺も真剣に片付けに取り組んだ。荷物の箱を畳んで、散らばった服や教科書、ゴミを拾い上げ整理整頓。
そんなこんなを十数分しているうちに、部屋はみるみる綺麗になっていった。
「おお、だいぶ綺麗になった。陽川の片付けスキルたけーな」
適確に部屋を片付けるお母さん的な何かを俺が陽川に感じていたところで、陽川が部屋の片隅で固まっていることに気づいた。
俺はその背中に声をかける。
「どした?」
「か、だい君って……こういうの、見るんだ……?」
油の足りていない機械のようにゆっくり振り向く陽川が手にしていたものは、俺がいつの日か購入したグラビア雑誌だった。
もう捨ててしまったものかと思っていたが、どこかに埋もれていたみたいだ。
「ん?ああ、別に見るけど?」
「そ、そだよね……男の子だもんね。やっぱ、こ、こういうのが好きなんだ……へぇ〜……」
何故か陽川は自分の胸あたりを見ながらそう呟いていた。
いかがだったでしょうか。