「お前が女子だったら好きになっていた」といったら本当に女子だった件 作:タン塩レモンティー
部屋の片付けも済んですっきりしたところで、俺たちは映画を見ていた。最近話題のホラー映画だ。
ホラーと聞いて陽川は渋っていたが、いいじゃんいいじゃんと無理を通して二人で見ることに。
陽川は途中うわーとかきゃーとか悲鳴をあげては俺にくっついてきていた。それが面白くて俺は映画どころではなかったが、当の本人は至って真剣に驚いていたらしく、映画が終わる頃には汗だくで、少し息を切らしていた。
「どんだけ怖がりなんだお前」
「もう無理……2度とホラー映画は見ない……」
俺のそばで、陽川はそう意思を強く固めていた。ただ、いい時間潰しにはなっただろう。
陽川から時計に視線を移すと、時刻はもう21時を回ろうとしていた。
「だいぶ時間が経ったな。雨もまだ降ってるみたいだけど、電車はどんな感じだ?」
「うん、調べてみる。えっと……あ、もう動いてるみたい」
「そっか、どうすんだ?」
「え、あ、じゃあ……帰ろ、っかな……迷惑に、なっちゃだろし」
「別に迷惑ってことはねえよ、全然泊まっていっていいし。なんなら泊まっていって欲しいまである。陽川といるの楽しいし」
「そうなの……?じゃあ、まあ、そこまでいうなら、泊まってあげなくも、ないけど」
そう言う陽川の言葉は途切れ途切れで、視線が右往左往し、最後まで俺と目が合うことはなかった。
「なんだその上から目線は。まあおっけ、泊まるってことで。よーしじゃあ晩酌しようぜ。宅飲みっていうの?今からスーパー行って酒とつまみ買ってこよう、晩飯もまだだし、適当に済ませちゃおうぜ」
「う、うん!」
「よし決まりだ行くぞ!」
いかにも大学生らしいノリで家を飛び出すと、近所のスーパーへと向かう。先ほどまでの豪雨はもう止んでおり、今はパラパラと優しい雨が降っていた。
傘一本で二人、その小雨を凌ぎつつ夜道を歩いていると、ふと陽川が口を開いた。
「そういえばさ、だい君って普段ご飯はどうしてるの?」
「ん、そうだな……スーパーの惣菜とかよく食べてる、自炊とかできないし。あとは冷凍品とか、カップ麺にもよく頼ってるな。あとお菓子で済ませるなんて日もある」
「お菓子で!?……栄養偏ってるんじゃない?それ」
「栄養とかよくわからんけど、まあ腹満たせればいいだろう精神だな」
「だめだめな精神だね……」
「ほっとけ」
ほんとは自炊とかできればいいんだろうけどな。時間はあっても、いかせんやる気がない。手間もかかるし、それならちゃちゃっと済ませられるカップ麺やら冷凍品やらに逃げてしまうのも無理はないだろう。
むしろ、大学生の一人暮らしで、特に男子で自炊しているなんて人の方が少なそうだ。だから俺は全然だめだめなんかじゃない。
そう内心自論を展開していると、陽川が何か言いたげにこちらをちらちら見ていることに気がついた。
「どした?」
「あ、いや……えっと、夜ご飯、僕が作ってあげようか?」
「え、まじ?作ってくれるの?」
ていうか作れるの?と思ったが、陽川って所々女子っぽいとこあるし。さっきの片付けなんてもろ女子っていうかもはやあれはお母さんだったな。
そんなところがあるから、別に料理の一つや二つ作れても違和感はなかった。
「うん、そんな大したものは作れないかもだけど」
「え、普通にありがたい」
「あんま期待はしないでね」
と言うわけで、夜ご飯は陽川が作ってくれることとなった。
立ち寄ったスーパーで酒と適当なつまみ、そして陽川が作ってくれるという料理の食材を買い揃えると、家に戻ってくる。
時刻はもう9時半だ。
友達が家に泊まるというイレギュラーな事態が発生していて晩飯を食い逃していたこともあり、腹はすっかりぺこぺこだった。
俺が無意識にぎゅ〜っと腹を鳴らすと、陽川は「すぐに作るね」と早速料理に取り掛かった。
一応料理道具一式は実家にあった、もう使っていないものを持ってきているので自炊するには困らない。それと調味料も、自炊するようにと家から送られてきているので事欠かない。
どっちも全然使ってないんだけどな。ごめん母ちゃん。
陽川は包丁を取り出すと、手慣れた手つきで食材を切っていく。
「なんか俺に手伝えることあるか?」
「大丈夫!だい君はテレビでも見ながらゆっくりしてて!」
「んー、包丁気をつけろよ?」
「わかってるよー」
言われた通りテレビを見ながらくつろぐことしばし。
陽川ができたよーと2品の料理を運んできた。
一品目は青青しいピーマンとにんじん、そして細切りにした肉が炒められた料理、チンジャオロースだった。
「おお」
「野菜も取って欲しいからね」
「ポテトサラダか……うまそう」
「どっちも簡単なものだけど、冷めないうちに食べて」
簡単?俺からしたら難関なんだが。改めて陽川の女子力って高いな、なんて思う。
いただきますと手を合わせ、買った酒を開け、二人でその缶を合わせた。
一口飲み、息を吐いたところで、ポテトサラダに手をつける。口を動かしている俺を、陽川はちょっと心配そうな顔で見つめていた。
「うまい、うますぎる!」
俺がそういうと、陽川の肩の力がふっと抜けたようにみえた。どうやら、自分の作った料理が俺の舌に合うかどうかを不安に思っていたらしい。
「甘いな」
一口食べると、その穏やかな甘さに息を吐く。陽川も蕩けた顔をしている。
まず真っ先に感じるのは、バターの食感。四角く切ったそれが噛まずとも舌の上で崩れ、熱したことによって強まった甘みがより色濃く感じられる。加えてマヨネーズが持つ酸味も、良い具合に甘さと馴染んでいる気がする。ベーコンもちょうどよいアクセントだ。
「よかったー……」
「え、まじうまい。陽川って料理得意なんだな」
「得意ってほどでもないけどね、たまにするくらい」
「へぇー……」
実家でお母さんの代わりにご飯を作ったりしているのだろうか。だとしたらすごい親孝行だ。俺も迷惑かけてばっかじゃダメだよな……。
あとで陽川に今の料理の作り方を教えてもらおう。そんなことを考えながら食べ進めていると、ふと陽川が何かを咎めるように声を出した。
「こらー、野菜よけちゃだめだよー」
陽川は俺のチンジャオロースの皿を指さす。
その皿の端には、おそらく野菜嫌いの俺が無意識によけていたのであろう、ピーマンの集合体があった。
……ピーマン嫌いすぎて体が勝手に。
陽川の言葉に、だって嫌いなんだもんと口にしようと思ったが、せっかく作ってくれているのだ。いくら嫌いな野菜といえど、それは失礼に値するのではないか、そう考え、端に寄せていた野菜を一気に口に放り投げた。
「うん、えらい」
うん……苦い。ピーマンを水で押し流す。それを見ていた陽川は上下に肩を揺らしていた。
そんなやりとりをしていると、二人とも料理を食べ終えて、手を合わせる。
「いやー、うまかったな」
それにしても、久しぶりに人の手料理なんて食べた気がする。
年末年始や長期休暇の時は実家に帰るから、別に母親の作った料理を食べることくらいはあるけど、それでも一年に一、二回だし、もう誰かの手料理を食べるなんて半年以上ぶりだった。それが母親以外のものともなると、もやは初めてかもしれない。
「でも、ちょっと量少なかったね。買ったおつまみ食べよー?」
「おう、まだ酒もあるしな」
そう言って晩酌が始まった。つまみを肴に酒を飲み、談笑を交わす。酒が入っているからか、その話の内容はいつもより花が咲いていた。
そういや、こうやって陽川と酒を飲むことってあんまりなかったな。たまにご飯食べに行ったりすることくらいはあったけど、飲みって感じのことはした覚えがない。
だから知らなかったが、陽川はあまり酒に強い方ではないらしい。むしろ弱い方なのか、缶一本飲み干した頃には顔が真っ赤になっていた。
「大丈夫か?酔ってる?アルコール4%の1缶だけだけど……」
「ふぇ……?大丈夫だよ、酔ってないし……」
その言葉とは反対に、陽川の目はとろんとしていた。
あー、これは確実に酔ってますね。てか酒弱すぎだろ、4%缶一本で酔うってどんだけ弱いんだよ。
「酒弱いなら弱いって先言っとけよ……」
「弱くないってー!ほら、もう一本飲もう?」
陽川はもう1缶開けようと酒に手を伸ばすが、これ以上酔わせるとどうなっちまうかわからないので、俺はその缶をすっとこっちに引き寄せる。
飲もうとしていた酒を奪われた陽川は、机にぐたっと倒れ込んだ。
「やめとけ……」
「んー、別に大丈夫だよ〜……」
どこも大丈夫ではない。酒に弱い人間ほど酒には注意するべきだ。
たった一缶でこの様ともなると、あと一缶も飲めばきっと酔い潰れてしまうだろう。なんなら急性アルコール中毒になる可能性すらある。
そんな事態は御免なので、陽川には悪いがお酒はここで打ち切りだ。
「まだ飲めるのにぃ〜……」
陽川は涙声をあげながらじたばたしていたが、水を出してやり、「はいはいわかったよ」と宥めていると、しばらくして、すーっと寝息を立て始めた。
「え……寝た?」
おいおいマジかよどんなところで寝てるんだこいつは。しかもそんな一瞬で?睡眠薬でも入ってたのかと疑いたくなるレベルの入眠の早さ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「ったく……」
これから陽川と酒を飲むときは要注意だな。というか、ここまで弱いんなら飲んじゃダメなレベル。家だからよかったけど、居酒屋かなんかで急に寝られたらそれはそれは困っただろう。
仕方ねえな、と思いつつ、俺は毛布を背中にかけてやる。ため息をため息をついてから時計に目をやると、てっぺんを回っていた。
その時、ふと甘い声がした。
「ねぇ……だい君」
陽川がそう口にする。起きてたのか、それとも寝言か?
「なに?」
問うと、陽川から反応が返ってきた。やっぱり起きているみたいだ。
「だい君ってさ……今、恋とか、してるの?」
「……恋?」
なんで急にそんな話を?と思ったが、大樹はそばによる。
「どうだろうな。今は、してないかな」
「……昔は?」
「うーん、恋っていう恋はしたことないかも」
「へ、へぇ……彼女とか、いたことあるの……?」
「ないな。欲しいとは思うんだけど、誰かを好きになるってこともなかったし」
「そう……なんだ」
そこから会話が途切れる、かと思いきや、数秒間を開けて陽川がまた口を開いた。
「じゃあ、どんな子が好きなの?やっぱ、胸の大きい子……?」
「え、なんで胸?いや、胸とかどうでもいいし、タイプっていうタイプもあんまないけどさ……」
「……つまんないのー」
自分で聞いといてつまんないって……。まあ、つまんないこと言ってる自覚はあるからいいんだけどさ。
「てか、そういう陽川はどうなんだよ。今彼女とかいるの?」
聞き返すと、陽川は突っ伏したまま、ふるふると頭を振った。
「いるわけないじゃん……」
いるわけなかったみたいです。なんでそんな当たり前みたいな言い方なんですかね。
「じゃあ、どんな子がタイプなんだー?」
「うんー……、だい君みたいな人、かな……」
「はぁ?」
俺みたいな人?男勝りな女の子が好きっことか?
へぇ……陽川そういうのがタイプなんだ、なんか意外だ。
でもまあ、女子っぽい陽川からすると、男っぽい女子に魅力を感じていたりするんだろうか。それはそれで、確かにお似合いそうではある。
「……それで言うなら、俺は陽川みたいな人、結構好きだけどな」
女子力高いし、料理もできる。生真面目でいい奴だけど、決してつまんない奴じゃない、ちゃんと面白いところもあるし。一緒にいて楽しいと思える。
「もし陽川が女子だったら、多分とっくに好きになってたかも」
俺は笑いながらそう言うが、陽川からの反応はなかった。
また寝ちゃったのか。
酒が入っているということもあり、多分結構恥ずかしいことを言ったし、別に聞かれてなくたっていいんだけど。
俺は小さくため息をつくと、立ち上がる。
まだ早いけど、もうやることもないし、話し相手も寝てしまった。
俺も寝るか……。
適当に歯を磨いて後片付けをしてから、寝ようとして、まだ机に突っ伏している陽川に一応声をかけておいた。
「そんな格好で寝てたら腰悪くするぞ」
つっても、ベッドは一つしかないから他に寝る場所があるってわけでもないんだけど。
「あれだったら、ベッド、入ってきてもいいからな」
そう言うと、俺は部屋の照明を落とした。
「おやすみ」
◇
ことり、と食器のようなものを置く音で目が覚める。寝ぼけた頭で起き上がると、何かいい匂いが鼻を刺激した。
目を擦って匂いの発生源の方を見てみると、テーブルには目玉焼きとベーコンが乗ったお皿が置いてあった。
ぼーっとそのお皿を見ていると、奥の方から陽川が出てくる。
「あ、起きた?おはよ。昨日買った食材のあまりで朝ごはん作ったから、よかったら食べて」
「あ、ああ……おはよ」
朝食なんて作ってくれたのか。なんて女子力が高いんだ。
ていうか、酔いは覚めたのだろうか。
「陽川は大丈夫なのか……昨日、結構酔っ払ってたろ」
ベッドから降りて、テーブル近くのクッションに腰を落とす。
すると、陽川も同じくクッションへと腰を下ろした。
「うん、全然平気。ていうか、酔っ払ってなかったし」
「酔ってたろ……途中寝ちゃったしよ、机で」
言いながら、作ってくれた朝食をもぐもぐと食べる。
うまい……。
一人暮らしを始めてからは朝食を取ると言う習慣がすっかり無くなっていた。大学のある日はぎりぎりに起きるから朝食を取る時間ないし、休みの日は昼まで寝てるし、だから物珍しい。
陽川も自分の作った朝食に手をつける。
「いつ起きたんだ?」
「ついさっきだよ」
「ちゃんと寝れたのか?つかどこで寝た?」
「床で寝たけど、ちゃんと寝れたよ?」
「ベッド入っていいって言っといたのに」
やっぱ聞いてなかったんだな。
まあ、カーペットは敷いてあったし、別に寝られないこともなかったんだろうけど。
「てかさ、だい君」
「んー……?」
「昨日言ってたの、ほんとう?」
「昨日言ってたのって?」
「あの、陽川が女だったら、好きになってたって……あれ……」
言われ、手が止まる。
「……聞いてたのかよ」
「うん……」
起きてたのか、てっきり寝たもんだとばかり。
「まあ……ほんとだよ。真面目でいい奴だし、でも面白いところもあるし。女子力も高いし。何より一緒にいて楽しいって思える。女子だったら、本当に、多分本気で好きになってたと思う」
それを聞いた陽川は無反応だった。なんか言ってくれよ恥ずかしい……と視線を送ると、陽川は顔を赤らめていた。
「へ、へぇ……じ、じゃあ。もし僕が今、本当は男じゃなくて、女でしたーって言ったら、ど、どう思う?」
「どうもなにも、そりゃやべーなって思うけどな。だとしたら男女で一夜を共に過ごしちゃったわけだし……てか、こんなもしも話に意味はないだろ」
俺がそう言うと陽川は立ち上がり、なにやら自分の鞄を漁り出した。
なにやってんだ?と朝食をもぐもぐしながら見ていると、戻ってきた陽川はテーブルに一枚のカードを置いた。
「……もしもじゃない。性別のところ、見て」
陽川が持ってきたのは保険証だった。なぜこんなものを今……。
「ん?」
言われた通りに性別表記のところを見る。
「男」と書いていなければならないはずのそこには、なぜか「女」と記されていた。
「誰の保険証?これ」
「ぼくの……」
名前を見るが、陽川知実。
確かに、今目の前にいる彼の名前だ。生年月日と照らしわせても、これが陽川のものであることは間違いない。
「え、どゆこと……?」
なんで陽川の保険証に『女』って書いてあるんだ? その真意を問おうと顔を上げると、陽川は不機嫌そうに、そして少し悲しそうな、切なげな表情を浮かべていた。
「だい君のばか……女だよ、僕……」
いかがだったでしょうか。