東都のミドリさん 作:ラグ
あれから。
落ち着いてこれからのことと向き合うことができた。
折り合いは付けられたと思う。
そりゃ工場を閉じることは寂しいけれど。
やっぱ一番何かしら思っているだろうじいちゃんが決めたことだしなぁ。って。
こんな風に思えるようになったことが少し嬉しい。
今なら自分の目の前のことばっかり気にして、全然周りが見えてなかったなぁって分かる。
ただ、なぁ。
「どうすっかなぁ…」
ため息は止まらない。
吹っ切れたのはいいが、進路はまだ決まらなかった。
車は好きだし、車関係いくか?っていうのもなんか違うんだよなぁ。
俺は!じいちゃんたちのが憧れだったの!
だから一旦保留だ保留。
ってもどうすっかなぁ。
安定っていったら公務員か?
いや、それだけで一生のこと決めんのもなぁ。大事だけど。
学校の先生とかー?
あと思い浮かぶのは警察官か?
なんてったって我が親友殿の目標だ。
目指す最終目標は不穏極まりないが。
達成できた時点で捕まんじゃねぇか??
嫌なんだけど。親友逮捕されんの見るの。
ってかあれ?アイツが警察官になったらどんなんになるのか想像できねぇんだけど。
道案内とか迷子の対応とか?いや無理だろ。
ケンカっ早いもんなぁ。
……どつき回して犯人とっ捕まえたり?
えーこの先丸くなるかなぁ…。
いつしか自分の進路から親友の将来に思考がズレている。
あいつが出来そうな警察官の仕事あるのか調べてみようと思い始めたころ
「悩んでますねぇ」
声をかけられた。
「あ、おはよ。つい考え込んじゃってた」
「おはようございます。なんか難しい顔をされていましたね。ほら笑って笑って」
微笑みながら彼女がこちらへ歩いてきた。
あの日彼女と別れたあと。
次の日学校に行ったら、ダチから「おう、吹っ切れたみてぇだな」って言われた。
いつも通りにしてたつもりだったんだけどなぁ、バレてら。
まぁ、今の俺はやる気マンマンだからね!
んで昼休みにふたりで昼飯食いながら話してるうちに、これからどうすんだ?って話になったんだけど。
今も悩んでる通り、進路なんて宙ぶらりんなんだよな。
まぁ、ぼちぼち悩むわーって言ってたら、昨日の話になって。
んー。って思い返してる内に、この機会に色々やってみっかって思ったし、もう1回あの人の所に突撃してみよってなってたよね。
あの人、本当に好きでやってそうだったし、将来とかどう考えてんだろ?
考えがまとまって自分の世界から帰ってくると、目の前にはつづきを待ってる親友殿。
なんとなく言いたくなかったから、ニヤッて笑いながらやっぱナイショ♡って言ったら殴られた。
コイツやっぱまじで手ぇ早いよな。
ってな訳で。
放課後、中学に突撃したらたぶんしばらく来ないと思うよって言われたもんだからどうしたら会えるか聞いてみた。
どうもあの人いろんな場所に出没しているらしい。
付いたあだ名が『東都のミドリさん』
植物を育てるのが上手な人のことを緑の手を持つ人って言うらしくて、いつからかそう呼ばれるようになってたんだって。
都市伝説かよ。
でも彼女が手を加えたら、何故か花咲かじいさんかってレベルで花も実も咲き誇るそうだから、あながち間違ってないと思う。
──子どもたちがいる時は一緒に作業をしてくれるもんだからね。いつの間にかこぞって誰がキレイな花を育てることができるか勝負だーって具合でみんな夢中になって育ててるよ。
あの子と一緒に世話をするようになってから本当に雰囲気とか意識が変わってねぇ。
それを話す用務員さんは本当に嬉しそうな顔をしていて、あぁこうやっていろんなところで人の心にも種を蒔いてるんだなって思った。
彼女の話を聞けたのはいいが会えないのは問題で、くそー、やっぱ会えねぇかって思ってたんだけど、意外と彼女と出会うのは簡単だった。
出会った場所は俺ん家のご近所にある、とあるおばあちゃん家の畑だ。
そう。ほんとにこの人どこにでも出没するのな!
中学に突撃してから3日後の帰り道、歩いてたら普通におばあちゃんと一緒に前を歩いてた。
いやいや。えっ???
ってな感じで見てたら、それはもうナチュラルにお邪魔しまーすって畑に向かっていって、植えられてる何かの様子見て何かやってた。
おばあちゃんがお茶持って家から出てきて、すっごい仲良さそうに話してるし、うん、長いお付き合いなんだなーって感じだった。
そこからは突撃して、この間のお礼して、良かったらちょっとだけ一緒にさせてもらえないかお願いしてみて、今に至るって訳だ。
「じゃ、今日もよろしくね」
「はい。今日はこちらの方に行こうと思っています」
どこに行くかは決まっていない。
というか彼女にとってはこれは息抜きであって、散歩のようなものらしい。
ただ、行く先々に彼女がお世話をしている場所があるのだ。
ある時は公園の花壇をさわってみたり。
ある時は病院の花壇をさわってみたり。
またある時は警察所の花壇をさわってみたり。
それでいて全部施設の人と仲がいいからすごいんだよね。
おー、いらっしゃい、ミドリちゃん!ってな感じでさ。
ちゃんと許可もらって一緒にやってるんだから。
もちろん個人のお宅でも声掛けられているし、なんなら専用のスペースなんて場所をもらっているところもあったりする。
あんまり手をかけないでも良いようなものを植えているみたいだけど。
そんなこんなで。
歩いていく内にミドリちゃーんって呼ばれて。
うちの野菜出来てきたのよ!もう出来が良くって~ってな具合で、それはもう行く先々で声をかけられている。
これも毎回こんな感じ。
昔から一緒にいろいろ育ててた人もいれば、小学校とか中学校で彼女の影響を受けた子のお家の方もいたりする。
今どきこんなに地域の人と仲良しな人なんていないよなぁって思いながら、その光景を見る。
俺も割と人付き合いは良い方だけど、彼女もそれとはまた違ったベクトルで人との関わり方が上手い。
どちらかというと俺は相手をこちらのペースに巻き込んでのせるタイプで、彼女は彼女のその雰囲気で人を引き寄せるタイプ。
「人間ホイホイ……」
「えっ?何か言いました?」
「なーんにも」
途中いろんな人の畑にお邪魔しながら特にアテも無く歩いていく。
特に目新しいものもないのに、なんでこの人はこんなに楽しそうなんだろう。
「楽しそうだね」
「そう見えます?」
「うん。何が楽しいのか聞いてもいい?」
「特に何が、というものは無いんです。ただ嬉しいなぁと思いまして。」
そう言って彼女は笑った。
ちらりと手元を見おろしながら、
「みなさんあったかくて。すごく良くしてくださるじゃないですか?みなさんの嬉しいことを共有してもらえるのって、すごくステキでワクワクしますよね。」
目線の先にはここに来るまでにもらった色とりどりの花。
小学生くらいの女の子がお母さんの手を引っ張りながら駆け寄ってきて差し出してくれた、小さな花束。
──おねえちゃん!おねえちゃんが教えてくれたお花、見てみて!こんなにキレイに咲いたの!だからおねえちゃんにもあげるね!
はちきれんばかりの満面の笑顔が思い出された。
傍にいるお母さんも子どもさんを見ながら笑顔になっていて。
――わ!ありがとうございます。本当にキレイ。あいちゃんが大切に大切にお世話をしているからお花も応えてくれているんですね。みんなで楽しませて頂きますね
そう言いながら彼女も嬉しそうに受け取っていた。
「ちょっとしたことに喜んでいる、いろんな人の幸せをおすそ分けしてもらえるこの時間が大好きで。」
言葉がつづく。
「たとえ誰と会えなかったとしても、しゃべらなかったとしても、こうして歩いて、何ごともない穏やかな時間を感じられて。当たり前のことかもしれない小さなことを発見できることが楽しいって思います。すっごく贅沢で豊かなことですよね」
ゆったりと言葉を紡ぐ様は本当に嬉しそうで、その姿が眩しく思えた。
そう思える彼女の心が豊かなんだろう。
きっといつだって普通ならなんとも思わないようなことに心を傾けているのだろう。
少しの間だけと言いながら、何回も彼女の散歩に付いていくのは、こんな彼女の姿に憧れているからなんだろう。
「そっか」
「もちろん、こうして一緒にお散歩させてもらっていることも嬉しいと思っていますよ」
笑顔で言っちゃうんだよ。こういうことをこの人は。
「~~っそう言ってもらえると安心だね。いきなり押しかけちゃったし、もう何回も付いていっちゃってるから迷惑だって思われてたらどうしようかと思ってた」
不意に告げられた言葉に思わず返事が遅れた。
「そんなこと思うはずありませんよ。それに行く先々でもすっかり人気者になっているじゃないですか」
「えぇ?そうなの?」
「この間、三丁目の緒方のおばあちゃんとお会いしたときなんですけれど、それはそれは嬉しそうなお顔で言われていましたよ。買い物帰りに荷物を持ってくれてねぇって。皆さんと仲良くされてるんだなぁって嬉しくなっちゃいました。美味しいお菓子を準備しておくからまた一緒に来るんだよとも言われましたね」
「あら嬉しー。またお邪魔させてもらおーっと」
「出会いは私と一緒に来た人、だったかもしれないですけれど、みなさんあなた自身を知ってまた来てほしいと思われているんですよ。頼れるお兄さん」
「頼れるお兄さん…」
お?ちょっと嬉しいかも。
思えば今までってどちらかというとイジられポジションというか、パシリポジションというか…?
フォ、フォローによく走るポジションか?
あれ??俺の扱いって??
姉と親友の顔が脳裏をよぎるのはあえて考えない。
頼れるお兄さん……いいじゃん。
「ありがとね」
彼女の花壇とか畑のお世話は、一緒にさせてもらっているけど言っちゃえばそんなに難しいことじゃない。
水をやったり、草を抜いたり、肥料をあげたりとか。
でも、同じものが植えられているところにしてもなんとなくやることが違うのだ。
じぃっと見て、声をかけて、手を加えていく。
終わったあとにはどことなくつやつやとして喜んているように見える。
あと思ってるのは俺だけかもしれないけど、どんどん雰囲気も変わってくるような気がする。
やっぱすっごい落ち着くんだよね。始めはそんなでもないのに。
心の底から真剣に目の前にあるものと向き合ってるのが分かる。それが何よりもかっこよく思う。
あと無駄なものも出さないようにしてるんだよね。
彼女が手を加えるとそれはもう大概豊作なのだ。
じゃあその出来た大量の花や食材はどうなるか?
まあ花はいいよね。あるだけでキレイなんだから。
問題は食材。
収穫して食べなければ、腐って捨てるしかなくなってしまう。
彼女がそれを許すはずがなくて。
説明すると長くなるからさらっと言うと、育てた側も受け取る側もWin-Winになる仕組みがいろいろ作られていた。
例えば、子どもさんがいるご家族のお庭で出来たものは児童館でのバザーとかお料理体験で使われたりとか保育所の給食で食べてもらうといった具合に。
いや、いち女子高校生ができるのか?って思うけど、そこは彼女だからの一言で納得してしまうあたり染まってきてる感じがするよな。
そんな事を考えていると、ふいに彼女の足が止まる。
目線の先には階段。
いつの間にか外れの方まで来ていたらしく、辺りには木々が増えていた。
「どうしたの?」
「この上なんですけど…」
「え?」
なんとなく歯切れが悪い感じ。
「んー。ちょっとだけお待ちいただけますか?」
振り返ってこちらを見上げながらそう言うと、少し駆け足で階段の方へ進んでいく。
「ぅえっ!ちょっ!待ってよ!」
珍しく先に進んでいく彼女を追いかける。
思いの外長い階段を登っていく。
こんなとこ、あったんだ。
彼女との散歩はそんなに遠出をする訳ではない。
それでも毎回何かしらの発見があって、その度にこの町に詳しくなっているのが分かる。
どうやら登りきったらしく、上の方に彼女の背中が見えた。
意外と体力あるんだよなぁ…
「はぁっ。追い付いた!どしたの?」
「あ…いえ、すみません。えっとですね…」
周りを見渡すように見ている彼女は、普段と違ってなんとなく困っているように見えた。
手に持った花束を持つ手にも少し力が入っているようだ。
「少し気になることが出来てしまいまして。説明もせずに申し訳ありません」
「いや、べつにそれは良いんだけど。それで?なんか俺にできること、ある?」
「……。」
あら、珍しい。
こちらは見てくれている。
けど、こんな風に無言なことは今までなかった。
きっと頭の中でどう言葉にしたらいいか考えて、それでも分からないからなんだろうなぁ。
その表情は笑顔といえばそうなんだけど、今まで見てきた俺には困り顔にしか思えなかった。
「困る?」
「いえ!そんなことは」
「じゃあ、ね?」
「……うぅ」
唸らないのーって言いながら、改めて周りを見渡してみる。
手水舎と灯籠が近くにあって、結構風格のある狛犬も両側にたっていた。
奥の方にまだ階段とその先にお社が見える。神社だったんだ、ここ。
にしては、なんか雰囲気があんまりよろしくない気がする。
いや、そういうことに詳しくないけどパワースポット的なもんじゃないの?こういうとこって。
「ごめんなさい。頼りにしていないわけではないんです!でもとりあえず、奥に行かせてもらいますね?」
悩んでいた彼女が俺を置いて進み出す。
そんな彼女の後に付いていこうとするのに何故か距離が空いていく。
疲れたわけでもない、止まろうとしているわけでもない。
なのに、追いつくことが出来なかった。
「少し。少しの間だけ待っていてください」
お社につながる階段の手前、鳥居の下で振り返った彼女はそう言って階段を駆け上がって行った。
なんとも言えないこの感じはどう言ったらいいんだろうか。
「えぇー……」
奥の方に行くことを体が拒んでいるかのように、そちらの方に足が向かない。
仕方なしに近くにあった石に座って待つことにしたけれど、ひとりになるとますますこの場所の雰囲気が気になりだした。
なんか妙に居心地が悪いっていうか、あんま来たくねぇ感じなんだよな。神社なんだけどなぁ。
そわそわと近くに植えられている木に手を伸ばす。
彼女と出会ってから、植物に元気をもらうっていう習慣がついた気がする。
元気かー?って思いながら幹の部分をポンポン叩きながら寄りかかる。
冗談に聞こえるけど本気で元気くれると思うんだよな、畑やってる人の肌を見てみたらわかると思う。
めっちゃキレイだから。
そんなことをつらつらと考えていると、どれだけ時間が経っていたのか彼女が走ってくるのが見えた。
「本当にすみません。お待たせしてしまって!」
「んーん、問題なしよ。大丈夫だった?」
「はい!ありがとうございます」
ここに来た時とはうって変わった明るい顔に安心する。
どうやら心配事は解決したらしい。
「あの、少しここでも見たいところがあるのですけれど、お付き合い願えませんか?」
「お!なになに〜、出来ることあるなら言っちゃって!」
一気にテンションが上がるのが分かった。
彼女の後に付いていくのだが、先ほどあれ程足が進まなかったのはなんだったのかと拍子抜けするほどにすんなりと階段の上へとたどり着いた。
向かったのは境内の端っこのところどころにある花が咲いているところ。
「ここのお花、どうにも元気がなくて。少しだけお手入れをさせてもらいたいんですけど一緒にお願いできますか?」
こちら、社務所なども無いようなので無断になってしまうんですけどね、と少し心配そうに続けていたがこちらとしてはもちろん問題はないので、指示を仰いでやることをやっていく。
ひとつひとつの集団に距離がある為、分かれて水やりや間引き、雑草を抜いたりとちょこちょこやっていく。
「そちら、どうですか?」
「うん。水の量も良いぐらいっぽいし、問題無いんじゃないかなぁって思うんだけどどうかな?」
「──うん。大丈夫。ありがとうございます」
合格をもらってホッとする。
「そんなに難しく考えないで下さい。引き千切ったり、水を考え無しに上げすぎたりとかしない限り大丈夫ですよ」
「いや、だってやっぱり大切な子たちでしょ。適当になんか出来ないって。俺が手入れした後でも喜んだ感じになってほしいし」
すると、こちらを見る目が丸くなった後、今まで見てきた微笑みとは違う、くしゃっとはにかんだ笑顔を浮かべた。
「んふふっ。ありがとうございます」
今まで大人びて見えていた彼女がひどく幼く見えた。
その無邪気な笑顔に思わずどきっとして目が離せなくなる。
「そんな気持ちでお世話をしてくれるから、みんなも喜んでくれていますよ」
咲き終わりが近いのか、数が少なくなった紫の花びらにそっと手を添えながら言う。
「やっぱり頼れるお兄さんですね。
──これからもぜひみんなをよろしくお願いしますね」
この後、いつもに増してどことなく上機嫌な彼女から、これまたいつもより少しボリュームアップした採れたて野菜の詰め合わせが入った袋を受け取って家路についた。
なおこれは、帰り道にいつも以上に発揮された彼女の人間ホイホイによって、他に物が持てなくなるほどにふたりして野菜を頂くことになったことが原因である。
流石に自分ひとりでは持ちきれない量だったこともあって、本気で次回から散歩に行くときは台車を引いたほうがいいかと悩むことになった。
見つけてくださって、読んでくださってありがとうございます!
ぜひまたよろしければ宜しくお願い致します。