東都のミドリさん   作:ラグ

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運命の日

──11月7日

 

懐かしい夢を見た。

彼女との出会い。

 

 

 

いつも通りに目が覚めて

水飲んで植木にも水やって

顔洗って飯食って、

いつも通りに出勤して。

 

いつも通りに仕事して

松田とか同僚のやつと馬鹿な話したりして

いつも通りに帰って、またいつも通りの明日が来るって思ってた。

 

 

日常ってあっという間に崩れるものなのな。

その日常を守るのが俺らなんだけど。

 

爆風に吹き飛ばされて意識が途切れる寸前、最後に見えたのは直前まで握りしめていた携帯電話とそれに付いているお守りだった。

 

 

 

──お守り。もらってくれますか?

 

桜が散る中、振り返った彼女がそう言いながら胸元に握りこんでいた拳をこちらへ差し出した。

逆光でその表情は分からない。

いつものように微笑んでいるのだろうか?

開かれた手のひらの上には木で出来た小さな鈴と短冊が連なっているストラップ。

 

ちょっとした願掛けというか、厄除けみたいなものです。

 

──どうか、無事で。

 

 

 

 

 

音が聞こえた。

次第に意識が浮上してくる。

が、非常に体が重たい。

まぶたですら動かし方を忘れてしまったかのように重い。

 

「う……」

 

なんとか目をこじ開ける。

…ここ、病院?何で…

 

「萩原さん!?」

 

視界の外にいたらしい看護師さんに名前を呼ばれた。

今先生を呼んできますからね!と言う声とパタパタと走っていく足音。

目を開けているのも億劫で、閉じたまま息を吐く。

痛い。

というか自分の体じゃないみたいにどうともなんないんだけど。

記憶を手繰り寄せる。

未だなんとなくぼうっとする頭にあの時の事が思い浮かんだ。

 

「あぁ…そっか……」

 

そうだ。爆発したんだ。

 

「くっそ……」

 

その声は誰に聞かれることもなく溶けていった。

 

 

 

 

 

 

あの日、都内2ヶ所のマンションに爆弾が仕掛けられた。

その解除と引き換えに10億円の要求があったらしい。

2班に分かれて出動して、あちらは松田が、こちらは俺が対応することになって。

 

 

 

 

「油断すんなよ。ハギ」

「分ーかってるって。命張るマジな時にふざける訳ないっしょ。そっちこそ下手打つなよ」

「はっ。誰にもの言ってやがる」

「ま、さっさと終わらせて帰りましょ」

「おう、あとでな」

 

そう言って別れた後、現着して爆弾があるという20階に近づくにつれて、ぞわりとした感覚が走った。

 

「…っなんだこれ……」

「萩原?どうかしたか?」

「っいえ。なんでもないです」

 

班長が怪訝な顔でこちらを見ているが、それどころでは無かった。

20階。光景としてはおかしくないはずなのに、どことなく重苦しくて、うっすらとモヤもかかっている気もした。腹の中に氷でもつっこまれたような感じがおさまらない。

おいコレ絶対やばいやつじゃん。

こんなん感じたことないんだけど…

もしかして事故物件とか??

 

 

「萩原、とりかかれ」

「はい」

 

とっととやるっきゃねぇとカバーを開いて現れた中身のタチの悪さって言ったら!

なんなのこのトラップの多さ!!

コレ作ったやつ、ぜってぇ性格悪いだろ。

やだやだ息苦しーい。廊下にまで嫌らしさが滲み出てんぞ。

あっ!あっぶね、ココ電気通ってるし!?

もー!!ダミーの線多すぎ!!

 

班長と先輩も覗き込んで、うっわ…って心の声漏れてた。

ですよね!先輩代わります??だめ?

ぞわりぞわりとする感覚を無視する。

焦るな、冷静に。

嫌な空気がまとわりつく。息が上がってくる。

 

 

もう過去最速じゃね?っていうくらい結構急いでやったけど、ダメだった。

残り時間を考えて、解体は間に合わないと判断。

本部に報告後、犯人の要求を呑んでタイマーを止めることはできた。

現場にホッとした空気が流れた。

その時点で防護服の一時解除を言われたので、脱がせてもらうために、仲間が待機している階下へ向かう。

昇ってきた時は周りを見る余裕なんてなかったらしく、降りるために階段に向かう途中、それぞれの家の前に図工の時間とか体験学習で作るような表札とか置き物とかが置いてあったり、鉢植えが並んでたりしてるのが目に入って、ここに住んでる人たちの生活を感じた。

爆発しなくて本当に良かった…

 

 

 

 

 

そんなこんなで降りてきてちょっと休憩。

今は先輩が爆弾の対応をしてくれている。

まぁ、タイマーは止められたし下手に触って爆発でもしたら目も当てられないから、完全解体じゃなくて持ち運べるようにだけトラップ解除して凍結処理になるけど。

 

 

防護服を脱いで、11月に入って冷えてきた空気を思いっきり吸い込んだ。

 

「ふぃーあっちぃ!ってか、あーもう。くそー。」

 

汗で張り付く髪がうっとうしい。

間に合わなくて犯人の言われるがままなことに腹が立つ。

人の命をなんだと思ってんだっての。

なにより自分の力不足が一番むかつく。

松田とふたりWエースとか言われてるけど、間に合わねぇんじゃ意味無いんだよ。

 

今朝見た夢を思い出す。

あの出会いがあったからこそ決められた。

俺は俺にできるやり方で胸張ってみんなのなんでもない日常を守るって腹決めてたのに。

 

冷たい空気がだんだんと火照った体を冷ましていく。

それと一緒に頭も落ち着いてきた。

ま、もうちょいしたら撤退になるだろ。

このままだと風邪を引いてしまいそうだなと思いながら、降りてきた階段の方を何気なく見た時だった。

 

いつの間にか気にならなくなっていた不快感が一気にぶり返してきた。

 

まだだ。

 

一度気が付くとぞわぞわした嫌な感じも、腹の底をぎゅっと握られているかのような焦燥感もむしろさっきより強まってきている。

うっすらとしていたモヤがいやに目に付いた。

周りは気付いていない。見えていない。

 

一気に血の気が下がる。

おい?萩原?と掛けられる声を無視して、簡易ツールになるけど手頃な工具を引っ掴んで階段を駆け上がり、爆弾の傍へ走る。

同時に着信を告げる携帯電話。

トラップ処理が終わっており、凍結処理を始めるまで少し離れたところに一時待機している班長と先輩の声に反応する余裕も無かった。

懐から震え続ける携帯を取り出しながら、配線を再度確認する。

奥の奥。

意識しなければ分からないような所にひっそりと隠されるようにそれは配置されていた。

 

「ホント、嫌らしい」

 

隣に駆け寄ってきた班長と先輩にそれを指差しながら、通話をつなぐ。

焦りを含んだ声で指示を出す班長と再度解体を始めるために準備を始める先輩。

 

「萩原!おまえ何のんびりやってんだ!さっさとバラしちまえよ!」

 

通話ボタンを押した瞬間飛び込んでくる怒声。

 

「んー。そうがなりなさんなって。もうちょいしたら先輩がやってくれるよ」

「あん?おまえじゃねえのかよ」

「やってたんだけどね~。こっちはトラップ多すぎのほんっとにイヤらしーいやつでさ。全力でやったんだけど時間切れ。っんとムカつく。」

「んで、交渉したってことか」

「そうそう。ただね…」

 

 

移動は不可だ!至急解体を続ける!

おそらく遠隔操作が生きている!

万が一に備えて階下の班員も最低限の人員を除いて退避!

待機の者も安全確保!警戒を解くな!

 

 

「っ、はあ!」

「気付いて大至急で解体してるところ。もう笑えねぇ笑えねぇ」

「…っち。」

「俺もタイマーが止まった時点で一時待機、休憩かかったから、防護服脱いじまってんだよね。今から着直すけど、とりあえず先輩が来るまで解体進めてる。ちょーっと急ぐから切るぞ」

 

 

この状態でここにいるのは流石に危険すぎる。が、一応最初に対応を任されたのは俺なのだ。

先輩が来るまで出来るところまではやるとして。

下のやつが退避する前に一度降りて防護服を着せてもらわないと。

 

 

「死ぬなよ」

「だーれにもの言ってんの。ま、何かあったら後頼むわ」

「ざけんな!」

 

先輩が駆け寄ってくる。

引き継いで階段の方に走り出したとき。

 

 

 

退避だ!!総員退避!!!再起動だ!!

 

 

 

っち!と舌打ちをして加速する。

おい!萩原!!と声が聞こえる携帯電話を握りこむ。

一緒に付けているストラップが暴れて、からころ!と荒々しい音を立てる。

 

 

6秒前!!

 

 

時間が無い。

階段まで間に合ったとしても、被爆範囲からは逃れられないだろう。せめて何か遮るものが無いと。

 

それでも走る。

諦めてたまるかっての。

間に合えっ…!

 

りん、と耳の奥に澄んだ鈴の音が聴こえた気がした。

それに気を取られた瞬間、ふわりと金木犀のような香りが鼻をかすめた。

階段の奥の家の前。

玄関先に置かれている植木鉢。

少し鋭い葉っぱと小ぶりな白い花が何故か存在感を感じさせていた。

 

そこからは無意識だった。

階段を通り過ぎ、誘われるようにドアの取っ手に手をかける。鍵は開いていた。

飛び込んで、がむしゃらに適当な部屋に体をむけたところで。

後ろからの熱風と圧力に体が吹き飛ばされた。

何がどうなったかはよく分からなかったけど、いつの間にか壁に背をぶつけるように横たわっていた。

 

「ぐっ…うぁ」

 

痛みというより、熱さとじんじんとした痺れ。

動こうとしても、指ひとつピクリとも動かない。

轟音で耳なんかやられてるはずなのに、不思議と耳の奥では小さく鈴の音が残っていた。

それが何故だか彼女の声に聞こえて。

無性に目の前に見えるお守りに手を伸ばしたくなった。

体に響くように染み込んでいくその鈴の音を聞きながら意識は黒く染まっていった。

 

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