東都のミドリさん   作:ラグ

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衝撃

 

 

「ハギ、また現場資料見てみろよ。マジでお前のいたトコだけだぞ。無事だったところ」

 

 

ひと通り言いたいことを言って気が済んだらしい松田から衝撃のひとこと。

 

 

 

 

「……マジで?」

 

「こんなことでデタラメ言ってどうすんだっての。階段横の家の入ってすぐ右の部屋だろ」

 

 

 

いわく。

階段の防火扉で俺が逃げ込んだ部屋の壁が守られた?とか

 

階段と廊下の方に爆炎の勢いが分散されて、俺がいたところはたまたま衝撃が少なかったのではないか?とか

 

他にも色々あるっぽかったけど、それって言っちゃえば結果論なワケで。

 

 

 

「…ちょっと鳥肌立ってる」

 

「いや、だから言ってんだろ?奇跡だって」

 

「そうじゃなくてね!いや、そうなんだけど!?」

 

 

生きてるって事が奇跡っていうのは分かってたつもりだったけど、こんなにミラクルが積み重なってるなんて思わないじゃん!

 

 

「つーか、なんだって家ん中入ろうって思ったんだ?カギ開いてるかも分かんねぇし、手前に階段あったろ?普通降りるだろ」

 

あそこで階段降りてたら、爆風にまかれてただろうな…だなんて怖いこと言わないで!

 

 

 

 

「んー。なんでだろ。無意識なんだけどね。…でもなんか呼ばれたような気はする」

 

「呼ばれただぁ?」

 

「うん。こっちだ!って感じでさぁ。あ、そうそう。あとその家の前にあった植木がなーんかやけに目に付いたんだよね。あと香りも」

 

 

そう、そうだ。

必死だったから咄嗟に動いてたけど、今考えると不思議だよな。

 

 

「ふうん。よく分かんねぇけど不思議なこともあるもんだ」

「だよね。やっぱ日頃の行いってやつかな」

「はっ。日頃の行いが良いヤツはこんな目に合わねぇだろ」

「………もうちょっと日頃頑張ることにするわ」

「そうしとけ」

 

 

気を取り直して。

あの時のことを考えてみる。

 

やたら辺りにもやが掛かったように見える中、あの白の花だけは小さいのにキラキラして見えたんだ。

 

極限の状態の中、確かに感じたあの香りもきっとあの花の香りなんだろう。

金木犀みたいな甘い香り。

例えいくら強い香りだったとしてもあの状況でそれを感じられるなんてありえないと思う。

そんな余裕無かった。

 

でもそのおかげで。

白の光と甘い香りに惹かれるように、俺は命を救われた。

 

 

 

 

『──ちりん』

 

 

そういえば。

思い返していると意識が飛ぶ最後、耳の奥に鈴の音が聞こえたことを思い出した。

 

 

 

 

「…なぁ松田。吹っ飛んじまってるかもしれないけどさ、現場に鈴とか無かったよな?」

 

「鈴?いや知らねぇ…。あそこに鈴があったとしても俺らが持ってなけりゃ鳴ってねぇだろ」

 

 

確かに。

風が吹くような場所でもなかったし、人が動かさなきゃ鳴らないもんな。

 

 

「でもなんか聞こえた気がしたんだけどなぁ」

 

「まぁ一応確認してみっか?…って、そいつは?」

 

 

と言って指指したのはサイドボードに置かれていた俺の携帯に付いているストラップ。

爆炎にやられたのか真っ黒になってしまっている。

短冊の部分なんて、バキバキにひび割れてしまっていた。

まぁ携帯の方も似たようなもんだけど。

 

 

「って言ってもそれって木でできてんだったよな?鳴らねぇか」

 

「いや、うーん…。鳴ってるのは聞いたことないんだけどさ」

 

 

 

なんとなく、これのような気がする。

 

だってこれはお守りだから。

 

 

「あん?」

 

「鳴らないけどさ、お守りなんだよね。だから。この音なのかは分かんないけど不思議なことばっかだし、これくれた人が守ってくれた気がする。ほらすっごく植物が好きな人だからあの花とか。助けてくれたのかなーって」

 

 

言ってみてすごくしっくりきた。

 

 

このお守りをくれた時の事を思い出す。

 

警察学校に入学する時、桜の下。

 

そこまで振り返ってそこから先がどうにも思い出せない。

 

 

「あれ…?」

 

 

見えない彼女の表情。

 

どうか無事で。と願ってくれたあの声は。

 

大切だった記憶が桜の中に埋もれていく気がした。

 

その感覚に戸惑っていると、てし、とおでこを叩かれた。

 

 

 

「ハイハイ。まぁそう思うならそうなんじゃねえの?ご利益あったってことだろ。礼言っとけよ…」

「おう」

 

 

もちろんお礼はするつもりだ。

こんなにバキバキにしてしまったからそれも謝らないと。

 

うわぁ、なんて言ったらいいんだろう。

怒ることは絶対にない、はず。

危ないことして!ってなるかな?

いや想像できないかも。

それよりも、無事で良かったって言ってくれる。

それは確実。

会いたいなあ。

あの雰囲気がすごく遠く感じる。

 

 

「なぁ、それくれたのってもしかしてお前が一時期ずっと付きまとってた人か?」

「ちょ、言い方!?人聞き悪いって!!」

「いや、あの時のお前はそう言われても文句言えねぇだろ」

 

 

ちょっと言い過ぎ…

いや?あれ??そうかも?

確かにあの頃は出掛けるって聞いたら付いてってたし…

 

 

「しかもぜってぇ連れてってくれねぇし」

「そりゃそうだ」

「いや、なんでだよ」

 

 

えー。なんでって…なんとなく?

あの時、あんま興味無さそうじゃなかった?

お前はあんまりああいう、のんびりご近所さんとおしゃべり巡り〜って感じじゃないだろ。

 

 

頭の中でぶつぶつ思っていると次の言葉に思考が止まった。

 

「ミドリさんだろ?」

 

えっ!と見上げるとニヤニヤと悪い顔してる松田。

 

「え?!な?」

「当たりだな?」

「なんで知ってんの!?」

「さーな」

「ちょっと!」

 

うわぁ、もしかしてこっそり見られてたとか?

どこ行くとか、何するとか言ってなかったのに?

 

 

「さて。ま、何はともあれ元気そうでなにより。仕事あるしワリィけどそろそろ帰るかねぇ」

「え?ちょっと!?おい、松田!?」

 

 

うわ。人を混乱の渦に叩き込んどいて、ほんとに帰ってっちゃってんだけど。

 

 

「ヒマになったらまた来てやるよ。それまでもやもやしてろ、ばーか。ぶん殴られても死なねえくらいに早く調子戻せよ」

「うわ。ねぇ、一気に現実見せるのやめてくれない?」

 

 

くく、と笑いながら、じゃーな。と言って出ていこうとして、ふと考えたように足を止める。

こちらを向いたその顔に嫌な予感がした。

なんかまた爆弾落とすぞ、コイツ。

 

 

「こちとらガキん時から知り合いなもんでね、萩原くん♡」

 

 

じゃ!と扉がパタンと閉じて数秒。

 

はぁぁあああ!!!

絶叫した。

飛んてきた看護師さんにめっちゃ怒られた。

ちくしょう。松田め。

今度絶対どういうことか問い詰めてやる。

 

 

 

 

 

 

 

その晩のこと。

板の間が続く広い部屋。

俺はひとり座っていて、大きく開かれた障子戸の向こう側に広がる満開の桜を何をするでもなくただ見つめていた。

風は吹いているように感じないのに、終わりを知らないようにぶわりと花びらが舞っている。

 

 

「綺麗でしょう?」

 

 

声を掛けられて初めて隣に人が座っていることに気が付いた。

その時点でただ漠然とに目の前の光景を見つめていた心地から覚めて、夢だ、ということを認識しながらも俺という自我を認識した。

 

隣に目をやると見知らぬ女の人。

豊かな黒髪をひとつに束ね、ぴんと伸びた姿勢が美しい。

柔らかい白の衣に黒と見間違えてしまいそうな深い紺色の袴をはいている。

和装というだけで珍しいけど、その姿はひどく馴染んていた。

 

 

「この桜、どう思う?」

 

 

いろんな感情が交差していてどのような感情がこもっているかが読み取れない、ただ強く想っていることは分かる瞳で桜を見つめたまま問われる。

つられるように俺もじっと目の前を見る。

不思議なくらい心は凪いでいた。

 

 

大きく広がったその枝も。

ずっしりと地面に広がるその根も。

それを彩るたくさんのやわらかな花びらも。

 

言葉を探す。

 

 

「なんだろう。すごくたくましいというか…」

 

 

普段見ている桜の綺麗さって、その一瞬の美しさというか儚さを感じさせる美しさだと思うんだ。

けど、この桜はそうじゃなくて。

 

 

「いつでもずっとそこにいてくれるような強さがあるっていうか」

 

 

いつまでも咲いているような。

散りゆくことなど無いように感じてしまう。

その力強さが美しいと思う。

 

 

「きっと、今までに。たくさんの逆境を乗り越えてきたんだろうなぁって」

 

 

そこに在りたいという強い意志が

伝わってくる気がした。

 

 

「そう思うよ」

 

 

俺の言葉が溶けて消えて。

それからしばらく経っても彼女は何も言わなかった。

ただふたり静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。

ぽつり、とそれは小さな声で落とされた。

何を思っての言葉かは分からないけれど、深い後悔の気配を感じた。

 

 

「あなたに縁が出来て本当に良かった」

 

 

私の勝手な願掛けのようなものなんだけれど

これしかない、と思ったの

 

桜を背負うあなただから

あの子が頼るあなただから

気持ちが通じるあなただから

 

とつとつと言葉が続く。

 

 

「どうか忘れないでほしい」

 

 

 

どういうことかと隣の彼女に顔をむける。

 

 

「そろそろ時間みたい」

 

 

きっと目覚めが近いのだろう。

段々と意識が薄れてくる。

その中で見えた彼女は最初に見たときとは違って、まとう衣装にはほつれや汚れが目立ち、そこかしこに傷を負っているように思えて。

はっとした次の瞬間には、そんなこと無かったかのように綺麗な姿に見えたけれど。

こちらを向いた彼女の強い眼光に言葉を飲んだ。

 

 

「これを」

 

 

手を取られて何かを握りこまされる。

 

 

 

──また会いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松田が見舞いに来てくれたあの日から数日。

その間に同僚や伊達、姉ちゃんを始めとする家族も見舞いに来てくれた。

 

 

いやぁ、ありがたいことだよね。

生きてるってだけで儲けもんってホントそう。

あの時吹っ飛んでたら、会えなかったんだって思うと助かった奇跡に感謝しかない。

心配と同時にめっちゃ怒られたけど。

特に姉ちゃん。

やっぱ小さい頃からの刷り込みなのかな?

ガミガミ怒る怖さじゃないんだ。

何だあの一言で精神を締め上げる感じ。

二度と油断しません。

 

ただ気掛かりがひとつ。

だからこそ、この日を待ち望んでいた。

 

 

「おっ、じんぺーちゃん!来てくれたんだ!仕事もう大丈夫なのー?」

「やっとこないだの事後処理が終わってきたとこだよ。この戦犯。」

 

 

お前がとっとと解体してりゃこんなめんどくせえことしてねぇんだよ…

ぶつくさ言いながら椅子を近くに引き寄せてくる。

 

 

「退院したらなんか奢れ。快気祝いだ」

「それって俺の快気祝いなんだよね??」

「こんなに面倒掛けといて何も無しとかありえねぇ。お前という人手が増えることで俺の仕事が減る。俺の快気祝いだろ?」

「ちょっと落ち着け?」

 

 

相当ストレスが溜まっているらしい。

目が据わってる。

いや、ごめんて。

 

 

「ぜってぇとっ捕まえてやる…」

 

 

小さな呟きが耳につく。

その声からは仕事のストレスからだけではない熱量が感じられた。

ギラギラとした光を湛える瞳は獲物を前にした獣のようで。

その様子に少しの不安がよぎる。

それと同時にこの親友をおいて逝くことにならなくて良かったと心の底から思った。

 

 

「悪い悪い。まぁそれじゃあ、班長あたりも誘ってどっか行くかー。後のふたりはきっと連絡つかないんだろうけど。せめて割り勘でよろしく!」

「っああん?割り勘?却下だ却下。ってかあいつらもどこて何やってんだか…。連絡くらい寄こせっての」

 

俺のことも、連絡のつかなくなった同期ふたりのこともなんだかんだ気にしているのが松田という男である。

懐に入れた人間はとことん大切にする、その気質に時々どきっとさせられる男前なのだ。

いささか物理的に強すぎるところが恐ろしいところではあるが。

 

 

さて、待ち人来たれりということで。

気になっていたことをぶつけてみよう。

ここのところ感じている嫌な予感を見ないふりをして、問う。

 

 

「あのさ…この間言ってたことなんだけど」

「ん?」

 

頼む、

 

「ミドリさんのこと、帰り際に言ってたじゃん」

「っあー。なんでそんな話になったんだっけか?」

「だから!ほら!高校の時に俺がよく一緒に出かけてたのミドリさんって知ってるって!ガキの頃からの知り合いとか言うから気になってんだけど!」

「そういやそんな話したな」

 

 

心臓の鼓動が速い。

初めて爆弾処理した時くらいじっとりと手汗もかいてきた。

 

 

「っていっても都市伝説みたいなもんだろ?俺も会ったことあるっぽいけど、噂どおりやっぱあんま覚えてねぇもん」

 

まぁ俺の母さんの方がちゃんと会ってるはずだし詳しいはずだぜ…

そういやお前一時期ずっとそればっかりになってたもんな。

 

松田の言葉が耳を抜けていく。

 

 

「ミドリさんって知り合いは?」

「いねぇよ。大体俺とお前のダチとか知り合いはほとんど一緒みたいなもんだろ」

 

 

ハギ?

 

声を掛けてくれる松田に返事をすることは出来なかった。

ああ、もう認めるしかないのか。

もしかしたらだけど多分。

 

 

 

みんな、彼女の事を覚えていない、らしい。

 

 

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