らいばる・ざ・ろっく! 作:ベーシストベーシストベーシスト
言い訳をさせてくれ。
私は現在時刻が既に17時を過ぎているのにも関わらずSTARRYに行けていないのだが、これにはちゃんとした理由がある。
いやまあ、すぐに行くとか言ってたくせに、とか気になるんじゃなかったのかよ、みたいな反論が来ることは分かっている。ただ理解して欲しいのだが、私にも譲れないものがある。それはひとりであったり、ギターであったり、バンドメンバーであったり。
「いらっしゃいませー!」
「あ、私上がりまーす」
「はーい。あ、園田ちゃんレジお願い出来る?」
「喜んでー!」
そして、既に入れていたバイトのシフトをこなすこともまた私の譲れないものの一つなのだ。
店長さんに文句がある訳じゃないし、過去の私がシフトを入れていた訳だから矛先は必然的に私になる訳だが、だからこそ私は叫びたい。
何やってんだよ過去の私は!?レスポールでぶん殴るぞ!?
……いや他人の楽器で人を殴ったら人として駄目だ。
数分後に思い出すのだが、週5でシフトを入れてた私にとっては休日の方が珍しかった。お仕事楽しい。
◻︎
「やってきました、下北沢!……もう18時だけど」
きっちり労働者としての義務を終えた私は、なんとか下北沢に舞い降りた。もう空の色が暗くなってきているし、道の途中にある店もライトをつけ始めているくらいの時間帯になってしまっているが。
既に三回目の来訪となっているからか、下北沢の光景に慣れてきた私がいる。未だSTARRYまでの道のりしか知らないとはいえ、通り過ぎてゆく光景に対して何故か懐かしさを感じてくる。これがノスタルジックという奴か。
……ってのんびりしてる場合じゃないな。既にライブが始まっているだろうけれども、店長さんに会って話すくらいなら時間はそこまで取らないはずだ。ちゃっちゃか行動しよう。
「確かSTARRYはこっちの方だよな」
「まだ少ししか通ってないのによく覚えてるねー」
「それほどでもあるな。STARRYまでの道はひとりと来たからとても思い出に残る……ってうわあああああ!?誰だお前は!?まさかギタ男か!?」
「あたしだよ!?というかギタ男さんは誰なの……」
振り返った先にいたのは超電磁アホ毛使いの虹夏だった。なんだ、一瞬で後ろに立っていたから暗殺者かギタ男かと思った。
「ギタ男はギタ男だ。ひとりのボディガードみたいなものだ」
「そんな存在見たことないんだけど」
「……?あそっか、見えないのか。じゃあこの話は一旦忘れてくれ」
「ホラー映画みたいなオチやめて!」
常人には見えないからな、ギタ男。時々話すけど、根はいい生物だ。人間に分類するのは絶対に駄目だぞ。それはゾウさんとアリさんの放つオーラが同じだと言っているのと同じだからな。ギタ男がゾウさん側。
「ところで虹夏はどうしてここにいるんだ?もうライブ始まってるだろう?」
「買い出しに行ってたの。ほらこれ」
そう言って誇らしそうに見せてくれたのはエコバッグだ。環境にやさしいのは流石だが、肝心の中身が見えん。
「……なるほど」
「千尋ちゃんは?今日はぼっちちゃんいないけど」
「私はひとりのストーカーか」
「でもぼっちちゃんがいたら来るでしょ?」
「否定はしない」
そりゃまあ、ひとりがいるのであれば来る理由としては十分だからな。ただ否定しないだけで肯定はしていないがな。うん、肯定はしていない。
「あっはっはっは……。それでどしたの?」
「うーん……。虹夏に伝えていいものか否か……」
「遠慮しなくても大丈夫だよ!知らない仲じゃないんだし」
「……それもそうか」
虹夏とは知らない仲じゃないというのは本当だし、彼女は店長さんの妹だ。もしかしたらあの言葉の手がかりが掴めるかもしれない。
姉と妹の考えが100%通じ合うかどうか、後藤姉妹を見てきた私は少し半信半疑ではあったが、とりあえず諸々のことを虹夏に話してみた。
「……とまあ、そんな感じだ」
「なるほどそんな事が……。ちなみにバンドメンバーの子の名前って?」
「フルネームは西雪双葉だな」
「えっ」
双葉の名前を伝えると、虹夏は少し驚いたような声を出した。かと思えば、あーなるほど、とか、こんなこともあるんだー、などと独り言を喋り始めた。大丈夫か?
「どうかしたか?」
「あっいいやなんでもないよ!」
「すごい食い気味だな」
そこまで勢いよく反応されると懐かしい気持ちになってくる。ひとりも昔はよく同じような反応を……いや今も大して変わらないな、うん。
「とりあえず店長さんに真意を聞きに行くのだが、虹夏は何か思い当たるか?」
「……うーん、あると言えばあるけど」
「本当か!?ぜひ教えてくれ!」
店長さんから話を聞くのが一番正確だが、妹である虹夏の視点からの意見も参考にはなる。同一人物ではないとはいえ、姉妹だからな。根本の考えは似ているはずだ。後藤姉妹は優しさ以外の部分が似ていないのが玉に瑕だが。
「それでどんな意味なんだ?」
「……えっとね、千尋ちゃん」
正直に言おう。その時の虹夏の瞳は、まるで虚空を眺めているのかと錯覚するほど不気味さを感じた。実際何も写っていない訳ではない。彼女は私を見ているし、下北沢の街並みもその目に写っている。いつも通りの可愛らしい笑顔だった。ただ、いつもの虹夏よりも煌めきがなかったというか。
夜空に星が一つしか輝いていないような瞳だった。
「大切な人に無視されるのって、辛いんだよ」
虹夏の言葉を聞いて数秒間、私は頭が真っ白になっていた。
私が?無視?双葉を?
「……いやいや、私は双葉といる時ちゃんと会話して」
「千尋ちゃんは気づいてないのかもしれないけど。千尋ちゃんって誰かと話してる時、いっつもぼっちちゃんのことを見てるんだよ」
そんな訳はない。
そう叫びたい気持ちがあったのにも関わらず、私は口から言葉が出なかった。出そうとしても掠れてて、肝心の部分が滑り出てこない。
今更ながら、心当たりはある。
さっきだってそうだ。虹夏の様子を『ひとりみたいだ』と思い、虹夏ではなくひとりのことを考えてた。
思い出せ、私。今日のお昼の時にお前は双葉に何と言った?
『まるでひとりみたいだな』
思い出せ、私。昨日のバイトの時、サボろうとしていたリョウ様に何と言った?
『学校を休みたい時のひとりと同じ空気を感じるぞ』
思い出せ、私。お前は何故本格的にバンド活動をしたいと思った?
『ひとりがついにバンド活動を始めてな』
ひとり、ひとり、ひとり。
彼女が私にとって大事な存在であることは疑いようがない。人生で一番親しい存在だと断言できる。
でも私は他の人といる時も、彼女のことしか考えていなかったのか?
「……大切な人が自分以外の人を見てたら、だれでも拗ねるし怒るよ」
虹夏の言葉が聞こえて、ようやく思考がクリアになった。
そうか。私はそもそもの前提を履き違えていたのか。
双葉
私
店長さんの言葉の真意がようやく分かった。
私は双葉のことを見ているようで見ていなかったんだ。表面だけを見て、その先にいると幻視しているひとりを見つめて。
私は双葉と仲良しだったんじゃない、私の独りよがりに双葉を巻き込んでただけだったんだ。
そんな状態でバンド活動をする?
私は、とんだ大馬鹿者だ。
「千尋ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ。すまない」
まだ頭の中が混乱している。状況と己の不甲斐なさを自覚したところで、私にできることは何もない。今更どの面を下げて彼女に会えばいいんだ?
「元気出して!」
そんな私の考えを見透かしたのだろうか、虹夏が励ますような声と一緒に私に話してきた。
「……彼女にどんな顔をして会えばいいか分からない」
「仲直りすればいいんだよ!千尋ちゃんの気持ちが伝わればきっと大丈夫!」
「でも私は」
「どれだけ大喧嘩してたとしても、最後にはまた仲良くなれるよ」
虹夏の最後の言葉は、落ち着いていた。
私の心にすっと入ってきて、ほぐしてくれる。そんな安心感のある言葉だった。
「……虹夏も似たような事があったのか?」
「昔ちょっとね。でも、今は世界一仲良しなんだ!」
そう言って恥ずかしそうに、けれど明るく笑う彼女は、私が知っている伊地知虹夏だ。
明るくて優しく、ひとりを掬い上げてくれた人。
彼女も昔、似たようなことがあってそれを乗り越えた。今の彼女があるのは、そんな積み重ねがあるからだ。
なら、私も進まなくては行けない。ひとりのライバルとして、そしてそれ以前の問題として、双葉の仲間に相応しい人となるために。
「すまない、世話になった」
「いいってことよ!この後はどうするの?」
「本当なら双葉に会いたいが、こんな夜中だからな。今日のところは帰るとする」
「ならSTARRYに来たほうがいいよ」
「……?まあそれも一理あるか」
元を辿れば店長さんに会いに来た訳だしな。虹夏に大きなことを気付かされたとはいえ、店長さんのメッセージがまだ残っている可能性もある。
「ではSTARRYに行くぞ!」
「元気があるのはいいけど、そっちは反対方向だよー」
下北沢に謀られた。
◻︎
「じゃあ、あの日仕事してたの園田だけじゃん。今のボクと同じだった訳か」
「いい子だった」
「利用してた黒幕が何か言ってるよ」
「ただいまー」
「お邪魔するぞ!……って」
「「あ」」
伊地知姉妹はいいぞ……。